蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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新年あけましておめでとうございます。
あと少しですが、今年もよろしくお願い致します。


Depth092:「前進か後退か」

 この島には、一度だけ来たことがあった。

 当時は島の名前などわかるはずも無かったが、「熱田島」と描かれた古い看板や立て札を見つけるに至り、ここがアッツ島と言う名前だと知った。

 2年……いや、もう3年前か、紀沙が、ゾルダン達と一晩を過ごした島だ。

 

 

「閣下、ご無事で何よりです!」

「しかし、これはいったい……霧との交渉は!?」

 

 

 霧製のゴムボートで――驚くべきことに、自動航行だ――アッツ島の砂浜に上陸した北を、『白鯨』級から先に上陸していた軍幹部達が出迎えていた。

 首相である北にゴマをすりに来たわけでは無く、単純に状況を知りたかったのだ。

 紀沙の艦隊の『白鯨』級は海峡の外に待機していたので、空海の黒い怪物の出現に動揺していた。

 

 

「慌てるな、じきにお前達の司令官も上陸する。そうすれば正式な説明があるだろう」

 

 

 スーツのスラックスが海水に浸るのも気にせずに、北は後ろを振り向いた。

 浮上している2隻の『白鯨』級。

 そしてさらにその向こう側に、紅い巨大な戦艦と、それと比べれば余りにも小さな潜水艦が1隻。

 潜水艦のハッチに足をかけて、紀沙は目の前の『ムサシ』を見上げていた。

 

 

 魂魄(ムサシ)なき超戦艦の姿からは、以前のような圧倒されるような威圧感は感じられなかった。

 存在感は、確かに薄らいでいた。

 幽霊船と言う表現が、ぴったり来るのかもしれない。

 そして甲板に、父である翔像の姿があった。

 父は手すりに手をかけて、紀沙を見下ろしていた。

 

 

「父さん……」

 

 

 何故だろう。

 紀沙と翔像は今、限りなく近い存在になっていると言うのに、どうしてか以前よりも心が離れ離れになってしまっているような気がした。

 父を、前よりも遠く感じる。

 

 

「父さん。母さんはきっと、本当は父さんに会いたかったと思うよ……」

 

 

 口をついて出た言葉も、そんなものだった。

 声も小さく、はたして聞こえたかどうか。

 戦略や作戦の話以外の話をしたいと思っても、結局は……だ。

 でも、何か言葉をかけてほしいと、この年齢(とし)になっても――いや、この年齢だからこそ、父の、家族の言葉を求めてしまうのかもしれない。

 

 

「……さよなら」

 

 

 何故か、別れの言葉を口にしていた。

 イ404はこの島で本土からの補給――真瑠璃達の『白鯨』――を待ち、その後『ハシラジマ』を目指す。

 <緋色の艦隊>と合流する翔像とは、別れと言えば別れだった。

 ただ、そう言うこととは違うと、本質的な部分でそう感じた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 軍人と言うものは単純な生き物で、任務を与えられるととりあえずは冷静になれる。

 たとえそれがあまり意味の無いものであったとしても、体を動かしておけば気は紛れる。

 紀沙の麾下にある2隻の『白鯨』級の艦長達も、そう言う手合いの人物だった。

 

 

「『白鯨Ⅳ』と『白鯨Ⅴ』はそれぞれ警戒と休息を(半舷休息)。乗員は交代で食事も済ませておいて下さい」

「はっ、了解致しました!」

「提督殿は?」

「私は少し皆の様子をみてきます。お2人はそれぞれの艦のクルーの様子を見ていて下さい」

「「はっ」」

 

 

 当たり前の話だが、2隻の『白鯨』の艦長は紀沙よりも年上の、それも男性だった。

 最新鋭艦を任されるだけに人格者だが、士官学校を出て数年ごとに昇進して……と言う経歴の、ガチガチのエリート軍人だった。

 それだけに、いざと言う時にどれくらいの力を発揮してくれるのかはわからなかった。

 2人共――井上と上木、共に大佐――良い人だが、それは必ずしも軍人には必要とされない素養だ。

 

 

 と言って、叩き上げの軍人に任せられる艦でも無い。

 特に『白鯨』のようなハイテク艦は、人事の観点から見れば特にそうだが、工学的な知識を持つ人間を艦長に据えたくなるものだ。

 現場で培われた()で動かされてはたまらないと、そう考えてしまうだろう。

 加えて言えば、そう言う人物はえてして紀沙のような人種には素直には従わない。

 

 

「考えれば考えるほど、お手盛りの出世感が出ちゃうよね」

 

 

 自分で言っていて虚しくなって来る。

 だが、仕方がなかった。

 時間さえあれば、とは思う。

 いま少し紀沙に年季と経験があれば、麾下の艦隊の状況は全く違ったものになっていただろう。

 けれど今は、時間が無いことを嘆いている暇すら無い。

 

 

(思ったよりは皆、落ち着いてる……わけ無いか)

 

 

 アッツ島南の砂浜から2キロほど内陸にかけて、『白鯨』級の乗員達が上陸していた。

 半数は警戒要員として艦に残っているが、半数は上陸している形だ。

 炊事の煙が上がっているのは、その半数が食事に入っているためだ。

 落ち着いているように見えるのは、言葉少なに黙々と食べているからか。

 こう言う時、誰か場の雰囲気を払拭できるようなムードメーカーがいてくれれば……。

 

 

「だぁ――からな? そうじゃねえだろって!」

 

 

 そんな時、やたらに威勢の良い声が聞こえた。

 そして紀沙には、顔を向けなくとも、その声の主がわかるような気がした。

 ――――冬馬だ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 生来の親しみやすさなのか、あるいは単純に不真面目に見られやすいためか、冬馬は周囲に溶け込むのが異常に上手かった。

 これは、紀沙には真似できない部分だ。

 人見知り……なのだろう、これも。どこかで他人を信用できないのだ。

 こんなところだけ、兄の群像とそっくりなのだ。

 

 

「そう、例えるならうちの艦長くらいのがベストだろって話だよ!」

 

 

 その冬馬が、何やら艦隊の兵士達と食事を共にしていた。

 半舷休息の命令はイ404にも有効だ、だから別に不思議なことでは無い。

 ただ、流石に自分が話題になっていると、いけないことだとわかってはいても聞き耳を……。

 

 

「艦長のはこう、ちょうど掌にすっぽり入る()()()()()()()があるわけよ。それくらいがベストなわけよ正直」

 

 

 ……うんん?

 

 

「梓の姐さんはありゃ鍛え過ぎだって。あおいの姉さんは、まさに()()()()って感じだろオイ。静奈サンはお前、ニンジャってかサムライってか」

「な、なぁ。何か提督が物凄くつめてー目で見てんだけど」

「むしろ興奮する」

「……そうか……」

 

 

 あれは親しみとは違うなと、紀沙は思った。

 もしかすると自分のことを売り込んでくれているのかと思ったが、いやいや違うとすぐに思い直した。

 後で梓にでも言いつけておこう。

 と、そんなことを思ったからか、イ404のクルーで次に見かけたのは梓だった。

 

 

「い、いっち……」

「声が小さいよ、ほらもう一往復!」

「「「い、いっち! に―いっ!」」」

 

 

 何をしているのかと思えば、波打ち際でうさぎ跳びをしていた。

 彼女の後ろに艦隊の兵士達が十数人ほどいて、同じように――明らかにバテていると言う点を除いて――うさぎ跳びをしていた。

 砂浜+波打ち際でのうさぎ跳び訓練、半舷休息の意味を一から説明すべきかと思ったが、やめておいた。

 あれはあれで、梓なりのコミュニケーションなのだろう。

 

 

「コミュニケーション、ね」

 

 

 大事なことではある。

 ただ一口でコミュニケーションと言っても、色々あるだろう。

 皆それぞれ、自分なりのコミュニケーション方法と言うものを持っているのだ。

 それに比べて、自らの何と不器用なことか……まぁ、最も。

 

 

「紀沙ちゃん、ちょっと……良いかな」

 

 

 この男ほどでは、無かったかもしれない。

 もちろん、紀沙が半分意図的に避けていたと言うのもあるだろうが。

 

 

「少し、話したいことがあるんだ」

 

 

 苦悩する軍医、良治は、紀沙の答えを聞くと、少しだけ笑った。

 笑った顔は久しぶりに見た気がする、と、紀沙は思った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 紀沙と良治の付き合いは、それなりに長い。

 兄・群像とその友人達を除けば、たぶん一番だろう。

 学生時代に出会ってから、数年来の付き合いになる。

 軍医としてイ404に乗り込んでからは、診断を通じて身体の隅々まで知られる関係だった。

 医療行為だったせいか、不思議と恥ずかしいと言う気持ちにはならなかったな……。

 

 

「艦を降ろしてほしいんだ」

 

 

 何となく、そんな話だろうとは思った。

 身体を診られるのが気恥ずかしいとか、それ以前の問題で、紀沙はもはや()()()()()()()()()身体になってしまっている。

 だから、紀沙にとって軍医は――少なくとも肉体的な意味では、必要ないと言える。

 

 

 良治にとっては、辛い、と言うより忸怩(じくじ)たる思いがあっただろう。

 紀沙の変化をつぶさに診ていながら、何も出来ないのだから。

 もちろん、他のクルーにとっては軍医は必要だと言って引き留めることは可能だろう。

 だが、そう言う理屈では無いのだ。

 

 

「妹」

 

 

 ん? と、首を傾げると、小岩に腰かけた良治がどこか遠くを見るような目で言った。

 紀沙は座らず、良治の斜め前に立つ形になっている。

 周囲には、人はいない。

 

 

「妹がね、いたんだ。まぁ、良くある話だけど」

 

 

 まぁ、()()()()話だ。

 直接的にしろ間接的にしろ、霧の海洋封鎖後の日本では良くある話だ。

 家族が()()

 それは、<大海戦>後の最も苦しい時代を生きた日本人が、一度は口にする言葉だった。

 

 

「真面目な子だった。だから……」

 

 

 だから、紀沙に重ねていたのかもしれない。

 良治は紀沙よりひとつ年上になる、だからと言う側面もあったのだろう。

 ただ、そう言う話なら似た話を聞いた覚えがある。

 ここで良治が言いたいのは、だからこそ辛い、と言うことなのだ。

 

 

「今の紀沙ちゃんに、僕はむしろ邪魔になると思う」

 

 

 その理屈は、わからないでも無い。

 紀沙が良治の立場でも、同じことを言うかもしれない。

 だから、ここで良治の希望を叶えてやるのが一番良いのかもしれない。

 ただ、()()は違うと思った。

 

 

「良治くんが邪魔になるなんてことは、無いよ」

 

 

 違うと思ったから、そう言った。

 そこは、ちゃんと言っておかなければならないと思った。

 

 

「良治くんが――良治くん達がいてくれるから、私は自分がまだ人間だって思えるんだよ」

 

 

 自分が人間なのか、そうでは無いのか。

 普通ならば悩むことでは無いが、今の紀沙にとっては大事なことなのだった。

 自分が人間だと、感じさせてくれる。

 それだけが、どれだけ貴重で大切なことか……。

 

 

「だから、出来れば傍にいてほしいな……」

 

 

 無理強いは出来ない、ので、それだけ言った。

 後はもう、良治がどう受け止めて、どう言う結論を下すかとしか言いようが無かった。

 顔を上げた良治から逆に目を逸らすように、紀沙は海を見た。

 すると。

 

 

「警笛」

 

 

 甲高く、それでいて耳に鈍く聞こえる音が聞こえてきた。

 『白鯨』が、来たようだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『白鯨』――厳密には『白鯨Ⅲ』――の首脳も交えて、すぐに会議が開かれた。

 霧側の代表として『コンゴウ』がいて、彼女を通してすべての霧の旗艦に会議が中継されている。

 場所は、広さと機密性と言う観点からそのまま『白鯨』の大会議室が使用された。

 議事進行は真瑠璃が務めることになった。

 

 

「まず最初に再度、状況を説明します」

 

 

 人類の――人類と霧の置かれている状況は、箇条書きにすると以下の通りになる。

 第一に、()()()による侵攻が始まった。

 第二に、巨大な()()()の一体により地球表面の大きな部分が覆われてしまった。

 第三に、()()()には霧と同じようなメンタルモデルが存在する。

 第四に、()()()に対抗するために人類と霧が同盟を結んだ。

 4点目はともかく、他3点は要するに「絶望的です」と言うことだ。

 

 

「採取した()()()の一部について、我々の方で調査しました」

「サンプルが少なくて大変だったー!」

 

 

 次いで、刑部親子による()()()の生態調査の結果が報告された。

 ()()()()()ものの調査は流石に無理だが、過去2年間の間に採取し続けたわずかなサンプルを調査して、少しでも()()()のことを知る努力をしていたのだ。

 とは言え、わかっていることはそう多くは無かった。

 

 

「わかったのは、()()()を構成する物質が霧のナノマテリアルに極めて酷似していると言うことです」

「つまり、奴らにも弱点(コア)があると言うわけだな」

 

 

 流石に近しい存在なだけに、『コンゴウ』の指摘は的を得ていた。

 確かに、ナノマテリアルに近い物質を使うと言うのであれば、メンタルモデル形成に際して演算する何かが必要になる。

 つまり、コアだ。

 コアさえ潰せば、演算は出来ずに身体が崩壊する――つまり、死ぬ。死なざるを得ない。

 

 

「だが我々がそうであるように、()()()のコアの場所もまたわからんぞ。その気になれば、離れた位置から艦体だけ遠隔操作することも出来るのだからな」

 

 

 霧のコアは、人間の心臓のように「必ずそこにある」ものでは無い。

 霧同士であれば多少は感じ取れるので、もしかすると()()()のコアも感じ取れるかもしれないが、確証のある話では無い。

 

 

「いや、それも大事だけどよ。その『ハシラジマ』ってところまでどうやって行くんだよ。まさか出会う敵全部ぶっ倒して行くわけじゃねーだろ」

 

 

 冬馬の心配も重要だ。

 『ハシラジマ』は遠い、辿り着いた時には手遅れでしたでは意味が無い。

 だが、最短時間で進める航路がわかるわけでも無い。

 こればかりは、出たとこ勝負で行くしか無い、皆がそう思った時だ。

 

 

「え、あ……ええ?」

 

 

 真瑠璃が慌てている。

 メインモニターに砂嵐が発生し、一瞬だけ耳障りな音が響いた。

 何が起こっているのかは明らかだった。

 『白鯨』のシステム異常ではないとすれば――()()()()()()()()()()()()

 

 

『んー、ンー。マイクチェック、エヴリバディ聞こえてマスかー?』

 

 

 どこかで聞いたような、不思議な日本語だった。

 こんな喋り方をする相手を、紀沙はひとりしか知らなかった。

 アメリカで拾い、2年前に別れたきり、声を聞いたのも久しぶりだった。

 

 

「……ジョンさん?」

『イエ――スッ、久しぶりデスねー!』

 

 

 アメリカの情報屋、ジョン。

 実に、2年ぶりの登場だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 アメリカの情報屋と言っても、ジョンは日本にいる。

 だがアメリカにいた時と同じように、ジョンは世界中の情報を入手していた。

 そしてこのタイミングで、紀沙達を助けんと連絡を取ってきたのである。

 かつて結んだ人間関係に、感謝しなければならなかった。

 

 

「ジョンさん、この航路図は?」

『太平洋中のモンスターの出現個所を避けて、ユー達の言う『ハシラジマ』まで最短で進めるルートよ』

 

 

 とは言え、さしものジョンでも太平洋全体の怪物の出現場所を把握することは難しかった。

 それが出来たのは、盗めと言わんばかりにネット上に各国が放出した衛星写真や哨戒機(ドローン)の映像が流れていたからだ。

 それらをまとめると、比較的に安全に南に進める航路がわかる。

 

 

 これで、問題のひとつは解決した。

 中には得体の知れない人物――まぁ、ジョンは正体を隠しているから――から提供された情報に懐疑的な者もいたが、紀沙は疑わなかった。

 ジョンの航路を、信じて進むべきだ。

 

 

「後はコアの問題だが……」

「それは、ここで話していても仕方のないことだろう」

 

 

 そして最後は結局、この男だ。

 紀沙と向かい合う正面の席に座っていた、群像だ。

 彼はジョンの航路図を見つめた後、会議にいる面々全体を見渡した。

 実際、群像の言うことは間違っていない。

 

 

 そもそも彼は、過去の霧との戦いにおいて弱点(コア)の場所に固執したことは無かった。

 いや、むしろ避けてきたと言っても良い。

 それでも彼は今まで勝利してきたし、敗北しても最悪の事態だけは避けて、とにもかくにも生き延びてきたのだ。

 その群像が言う言葉には、それなりに重みがある。

 

 

「もとより、そんな時間も無いしね……」

 

 

 そして、紀沙が言うように、もう時間も無い。

 このままいたずらに時間が過ぎていけば、ジョンの航路図も意味がなくなってしまう。

 孫氏では無いが、軍の展開は素早くが鉄則だ。

 出撃に躊躇するくらいなら、出撃を取りやめた方が良いとすら言われることもあるくらいだ。

 

 

「全員の意思を統一する必要があります」

 

 

 そう言って紀沙が立ち上がり、メンバーを見回した。

 目を逸らしてくる者は、誰もいなかった。

 

 

「征くか、退くか」

 

 

 世界の命運を懸ける、そんな戦いになるだろう。

 そしてその中核を成すのは、自分達なのだ。

 他国の艦隊も援護のために出撃してくれる、ジョンのような協力者もいる。

 負けられない、成し遂げなければならない戦いなのだ。

 紀沙達の答えは、最初から明らかだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 霧の大戦艦『ヒエイ』は、2つのことを考えていた。

 まず第一に、戦力が足りないと言うこと。

 自身を含む霧の一個艦隊をもってしても――これだけで、人類の国家であれば大国をひとつ陥落()とせる――戦線を維持することすら出来ない。

 

 

 理由は、黒い怪物達があまりにも頑丈(タフ)と言うことに尽きる。

 こちらの攻撃が効きにくい――流石に超重力砲なら効果があるようだが――上に、何十発と砲弾を叩き込んで沈黙させて、海面下から次の個体が出現してくるのだ。

 つまり、物量で押されていると言う状況だった。

 

 

「『センダイ』、『ジンツウ』。駆逐艦を2隻ずつ率いて右翼の『ナチ』艦隊を支援に向かえ!」

 

 

 戦線に穴が開けば補充する、それの繰り返しだった。

 そしてこの場合、「戦線に穴が開く」と言うことは、黒い怪物に()()()()ことを意味する。

 救出可能な場合はコアを切り離すが、それが出来なければ死だ。

 いわゆる人間のように恐怖を感じないから、戦線投入を臆する艦がいないことが救いだった。

 

 

「『ヒエイ』! 『ハシラジマ』後方にも出たって!」

「別動隊か。そちらは『イセ』艦隊に任せておけ。『チョウカイ』と『クマノ』を補佐につけてある!」

 

 

 『スズヤ』の報告に、『ヒエイ』は砲撃を続けながらそう応じた。

 『ヒエイ』達は『ハシラジマ』の北側に防衛線を敷いていたが、南にも黒い怪物の集団が現れた。

 別動隊の可能性を考慮して『イセ』と一個艦隊を置いていたのだが、それが功を奏した。

 ただ『ヒエイ』と『イセ』の艦隊で、『ハシラジマ』駐屯艦隊はすべてだった。

 つまりこれ以上の増援が敵にあると、『ヒエイ』率いる駐屯艦隊は危機に陥ることになる。

 

 

「まさか、艦体を邪魔に思う時が来るとはな……!」

 

 

 そしてもうひとつ、『コンゴウ』から報告のあった()()()のメンタルモデルだ。

 黒い怪物の方はタフだが鈍重で、だから何とか対抗できている。

 しかしメンタルモデルは別で、俊敏で力のコントロールに長けていて、巨艦であればある程に艦体が良い的になってしまうのだ。

 そう言う意味では、霧側もメンタルモデルで戦った方が良いくらいだ。

 

 

「デカブツだけなら、何とでもなるものをな……!」

 

 

 左翼艦隊を率いている『ミョウコウ』が毒吐く。

 実際、左翼艦隊は戦線の維持に成功していた。

 ただ……。 

 

 

「ぎゃあっ!?」

「『ハグロ』! くっ……!」

 

 

 僚艦の『ハグロ』の艦首が、海中から伸びてきた黒い触手に絡めとられていた。

 艦尾が浮かび上がって、艦体ごと引きずり込まれそうだ。

 舌打ちひとつ、『ミョウコウ』が艦体側面の装甲からエネルギーを噴射させ、横滑りする形で『ハグロ』の艦体に体当たりし、レーザー砲を撃ち込んで触手を焼き落とした。

 

 

「ひいい、ちょっと焦げた!」

「文句を言うな、喰われるよりマシだろう!」

 

 

 その時だった、『ミョウコウ』の艦隊が大きく右舷側に揺らいだ。

 左舷側は『ハグロ』がいるので、『ミョウコウ』のメンタルモデルがいるちょうど反対側と言うことになる。

 揺らぐと言うより、傾いた、と言った方が正しい。

 何だ、と振り向けば、右舷側甲板の手すりに、何者かが座り込んでいた。

 よほど重量があったのだろう、手すりが大きくひしゃげていた。

 

 

「嗚呼……かなしいわ……」

 

 

 ()()は、女の姿をしていた。

 血色が一切見えない異常に白い肌に、同じくらい白い病衣を着ている。

 顔も身体も、肌と言う肌を焼け焦げた包帯で覆っていた。

 顔に巻かれた包帯の隙間から、緑色に輝く瞳が時折覗き出てくる。

 

 

 ()()()だ!

 

 

 考えるまでも無いその答えに、『ミョウコウ』は腰を落として臨戦態勢を取った。

 だが、相手に襲い掛かってくる様子は無い。

 何事かはわからないが、ブツブツと呟き続けている。

 ほとんど聞き取れないが、とりあえず、やたらに「かなしい」と繰り返していることはわかった。

 

 

「かなしいわ……このほしもなくなってしまう、かなしいわ……」

 

 

 熱、だ。

 『ミョウコウ』は自分の艦体(身体)の上で感じた異常を、正確に理解していた。

 じゅうう……と言う、何かが焦げる音が聞こえる。

 焦げているのは手すりであり、甲板の床であり――やがてそれらは、ぐにゃりと溶けて歪んでしまった。

 霧の艦体が、ただの熱で溶けるなどあり得ないことだ。

 

 

「そして……あなたもうしなわれてしまう。ほんとうにほんとうにかなしいわ……」

 

 

 待て待て、と、『ミョウコウ』は驚嘆した。

 気付いたのだ、ただ溶かされているわけでは無いと。

 これは、この女にとっての()()なのだ。

 その証拠に、失われた艦体部分の再生が出来なかった。

 

 

「この『コロンビア』があなたをうしなわせてしまう。かなしい……かなしい、カナシイワアアァァッ!!」

 

 

 絶叫、『ミョウコウ』は両手で耳を押さえた。

 同時に、熱量が増して艦体が溶けて、『コロンビア』と名乗った女に吸収されていくのがわかる。

 艦体が邪魔だ。

 『ミョウコウ』は、改めてそう毒吐いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『ハシラジマ』で戦闘が始まってなお、霧の総旗艦『ヤマト』は小笠原諸島沖から動かなかった。

 いや……もはや彼女は総旗艦でも『ヤマト』でも無かった。

 彼女は『コトノ』、ただの超戦艦『コトノ』だ。

 そして今、『コトノ』は超戦艦としての最後の力を使おうとしていた。

 

 

「このままだと、紀沙ちゃん達の到着まで『ハシラジマ』は保たない」

 

 

 ()()()()()()()()()()と、コトノは思っていた。

 元々、霧にメンタルモデルをもたらしたのは()()()()だった。

 たったひとりで()()()()天羽琴乃が、寂しさを紛らわせるために霧に伝えたものだ。

 グレーテルら()()()()()()()でさえも、自力で変化することは出来なかったと言うのに、天羽琴乃はほとんど自力で覚醒した。

 

 

 あの「宇宙服の女」、外宇宙から来た警告者の警告を最初に受け取った人間、それが天羽琴乃だった。

 それを運命と言うのか、才能と言うのか、それは誰にもわからない。

 確かなのは、コトノにはこのまま『ハシラジマ』を陥落とさせるつもりが無いと言うことだ。

 そしてそのためには、自身が乗り込むだけでは足りない。

 霧の艦隊の、()()()()()()

 

 

「これが、『ヤマト』が私に残してくれた最後の()()()()()

 

 

 総旗艦『ヤマト』より、すべての霧の艦艇に告げる。

 すべての霧よ。

 『ハシラジマ』に急行せよ、()()()()()

 

 

「今のままじゃ、霧の皆は『ハシラジマ』に辿り着けない」

 

 

 距離的にも時間的にも、しかも途中の航路を黒い怪物に阻まれている現在、どうしてもそうなる。

 だから、『コトノ』の――『ヤマト』の呼びかけに応じる霧は、すべて()()()()()

 『アドミラリティ・コード』に次ぐ最優先命令と、ナノマテリアルを最も理解している超戦艦級のコアだからこそ成し得る、特別な演算による強制転送――つまり。

 

 

「勝負はここから、でしょ?」

 

 

 コトノの艦体の周囲から、ナノマテリアルの粒子が舞い上がっていた。

 そしてそれはコトノの周囲だけでは無く、天空より堕ちてくる黒い光に対する抵抗の意思のように、海より浮かび上がっている。

 儚く力強いその姿は、蛍のようにも見えた。

 

 

 しかもそれは、世界中の海で起こっていた。

 太平洋で、大西洋で、インド洋で、地中海で……そしてそれらの粒子は、風に乗るように空へと流れていく。

 まるで織物を織るかのように、一か所へ、同じ場所を目指して――――。

 

 

「『ヒエイ』! 新しい艦隊反応が!」

「また増援か!? これ以上は……! うん? 識別コード……?」

 

 

 ――――『ハシラジマ』海域に、突如として濃霧が広がった。

 淡い光の粒子を伴うそれは、黒い怪物の集団を()()覆い尽くし、黒い怪物達は明らかに戸惑ったような動きを見せた。

 この戸惑いは、そう、突然に()()()()が増えたが故の戸惑い。

 捕食対象が、自分達よりも遥かに数が多くなったが故の、戸惑いだった。

 

 

「お前達は……!?」

 

 

 アフリカ方面艦隊より『ラミリーズ』艦隊――「さあ~、ぼっこぼこにしちゃうよ~」――及び、『リシュリュー』艦隊――「何て醜悪な輩、わたくしの前から一掃してさしあげます」――到着。

 大戦艦級3、重巡洋艦級6を含む17隻。

 『ハシラジマ』南西方面に展開。

 

 

 アジア方面艦隊より『プリンス・オブ・ウェールズ』艦隊――「霧の大義のために、全力を尽くそう」――及び、『ウォースパイト』艦隊――「今回ばかりは貴艦に同意してやる」――到着。

 大戦艦級4、重巡洋艦7を含む23隻。

 『ハシラジマ』南東方面に展開。

 

 

 オセアニア方面艦隊より『メルボルン』艦隊――「総旗艦命令とあらば」――及び、『シドニー』艦隊――「従わない道理はありません」――到着。

 大戦艦級2、重巡洋艦級3を含む11隻。

 『ハシラジマ』北西方面に展開。

 

 

 南米方面艦隊より『アドミラル・グラーフ・シュペー』艦隊――「久しぶりの大戦だ、腕が鳴ると言うものだ」――及び、『サウスダコタ』艦隊――「あまり大きな戦いで消耗したくはないのですが、仕方ありませんね」――到着。

 大戦艦級1、重巡洋艦級5を含む12隻。

 『ハシラジマ』北東方面に展開。

 さらに――――……。

 

 

「さぁて……講義の時間よ、醜いバケモノさん達」

「まさか、カルロ達ごと転送されるとは思わなかったぞ……!」

「まぁ、手っ取り早くて良い。行けるか、『ペトロパブロフスク』?」

「当然よ、『セヴァストポリ』の分も闘って見せる……!」

 

 

 さらに、北米方面より『レキシントン』艦隊――大戦艦級10、重巡洋艦級17を含む72隻。

 ヨーロッパ及びロシア各地より『ダンケルク』艦隊、『ガングート』艦隊、『ペトロパブロフスク』艦隊、大戦艦級7、重巡洋艦級14を含む65隻。

 それぞれ『ヒエイ』艦隊、『イセ』艦隊の後方に展開。

 合計200隻にも及ぶ霧の艦艇が、『コトノ』――総旗艦『ヤマト』の力によって転送されたのである。

 

 

「さぁ――――第二次<大海戦>を始めるとしようかの……!」

 

 

 第二次<大海戦>。

 それは、まず人類の関与の無いまま……人智を超えた存在同士による戦いとして、始まったのである。




投稿キャラクター:
ゲオザーグ様より『コロンビア』。
有難うございます。

最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。
最近、生みの苦しみを感じつつも頑張っています(え)
ここからは多分、ワンピ〇ス的に戦闘処理していくことになります(意味不明)
それでは、また次回。

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