――――ここで、少し時間を遡りたい。
場所は日本、横須賀は旧第四施設。
そこに訪れた
この三者の対峙は、どうにも奇妙だった。
価値観の一致点などあるはずも無く、本来ならすれ違うことすら無かっただろう三者だ。
ただほんの僅かな、髪の毛程の厚みも無い偶然によって、対峙している。
これを運命と言うべきか、あるいは他の名前をつけるべきなのか……。
『『アスカ』……か。上陰君がいれば、由来を知ることが出来たかもしれないな』
中には大気圏に突入して消滅したものもあり、今では存在しないものも含まれる。
その関係性は、良くわかっていない。
あるいは意味など無く、
『おっと、そう事を急がないでほしい』
一歩を前に進みかけた『アスカ』に対して、楓は片手を挙げてみせた。
意外なことに、『アスカ』は楓の掌を見つめて立ち止まった。
楓を路傍の小石と侮っているのか。
いや、小石を気に留めて足を止める者などいないだろう。
『せっかくの機会だ、是非ともキミ達の口から聞いておきたくてね』
ゆっくりとした口調で、楓は言った。
そんな彼の後ろで、白い宇宙服が立っていた。
メットが鈍い光沢を放っていて、内側の表情を窺い知ることは出来ない。
『アスカ』はその内側を覗き込もうとするかのように、じっと見つめている。
『いったい、キミ達は何なのだ?』
北極海で紀沙が『コスモス』に問うたことと、同じ質問だった。
それだけ楓にとって、いや、人類にとってこの問いが重要だと言うことだろう。
まさに、死活問題と言える。
『何を求めてこの
共存できるかもしれない、そう言う意図を込めて言葉を止めた。
そのまま、しばらく待つ。
そんな楓に対して、『アスカ』は。
「……?」
首を、傾げていた。
楓の言葉が理解できていない、いや、もっと悪い。
相手の言葉を聞いて足を止めることが出来る『アスカ』は、
その上で首を傾げている、つまり、これは一つの事実を示していた。
価値観の相違、だ。
◆ ◆ ◆
人間は、何の目的も無く行動したりはしない。
どんな怠惰な行為に見えたとしても、それは逆説的に「怠けたい」と言う目的を達成しているのだ。
だから、人間の行為・行動には必ず何らかの意味・意図が存在する。
しかし、
その意味で、『コスモス』の「食事をしにきた」と言う回答は、かなり人類に対して譲歩したものだったとわかる。
『コスモス』の言う「食事」ですら、
「「求める」……理解できない」
それは。
「「目的」……理解できない」
それは、
人間も自殺の意思でも無い限り、肉体の生存活動それ自体に干渉することは出来ない。
心臓が鼓動を打つことを自由に出来る人間はいない。
肺が収縮して呼吸をし、胃が食物を溶かすことを自在に出来る人間はいない。
いや、生きていると言う表現すら正しくは無い。
思い出した。
「我々は「求める」も「目的」も理解できない。お前達の言葉は、我々には理解できない」
すなわち、目の前に見えているメンタルモデルに語り掛けても意味が無い。
むしろ、慈悲深いとすら言って良いのかもしれない。
人間は、これから食べる牛や魚の言葉を聞こうとは思わないだろうからだ。
嗚呼、何と
『なるほど、私達にもキミ達のことを理解することは難しそうだ』
楓は頷いた。
取り立てて、失念した様子は無い。
自分の言葉が素通りしたことをいちいち気にしていては、政治家のトップなど出来ない。
むしろ楓は、口元に薄い笑みすら浮かべていた。
『これはお互いにとって、とても不幸なことだとは思わないか?』
「「不幸」、理解できない」
今度こそ、『アスカ』は手を挙げ始めた。
楓は、今度は止めようとはしなかった。
『アスカ』は、じっと楓を見つめていた。
そして不意に、『アスカ』は言った。
「お前の肉体は完全では無いようだ」
完全では無い、まぁ、それはそうだ。
かつての<大海戦>の後遺症で、本来なら生命維持すら出来ない状態なのだから。
この車椅子が無ければ、5分と保たずに死んでしまう。
別にその事実を指摘されたからと言って、どうとも思いはしない、だが。
「完全にしてやろう、その肉体を」
『アスカ』の口から出たその言葉には、流石に驚いた。
◆ ◆ ◆
楓の肉体を完全にする。
それはつまり、楓が失った肉体の機能を回復させると言うことだ。
治療する、と言っても差し支え無いだろう。
全く考えなかったわけでは無かった――紀沙だ。
人体のナノマテリアル化。
眼球を破壊されても、ナノマテリアルによる模造眼球で機能を維持することが出来る。
目はおろか、肉体の全てをナノマテリアルに置き換えることが可能だ。
それはある意味で、究極の医学と言える。
『それは、魅力的な提案だな』
魅力的、そう、魅力的だ。
不自由な生活を余儀なくされている楓にとって、<大海戦>以前の肉体機能を取り戻すことは悲願とも言えた。
普段は気にしていないように見えても、潜在的に思っていることだった。
しかし、だ。
『何故、そんな提案を私に?』
「そいつは、我々にとってもイレギュラーだ」
『アスカ』は、「宇宙服の女」を指差した。
遥か宇宙の彼方から、
何故、自分達の手から逃れられたのか?
だからこそ、わざわざ
日本などと言う、
理解できるとも。
『アスカ』は、二度と同じことが起きないようにするつもりなのだ。
『なるほど……私と言う
楓は知る由も無いが、『アスカ』は
「宇宙服の女」の情報を取り込むことで、彼女がどうやって
もう二度と、「宇宙服の女」のような存在が現れないようにするために。
希望の芽を、摘んでしまおうと言うわけだ。
『私にとっては、メリットしか無いな』
「ならば」
『ああ、願っても無い申し出だ』
楓は、『アスカ』の提案に頷いた。
『断る』
不意に、楓の姿が
蝋燭で紙を炙るような音が、微かに聞こえてきた。
それを見つめていた『アスカ』が、小さく呟いた。
「ホログラフ」
楓の――ホログラフの――後ろに立っていた「宇宙服の女」が、
乾いた音を立てて床に倒れた宇宙服からメットが外れて、『アスカ』の足元まで転がってきた。
中身は、空だった。
そして、その次の瞬間。
――――旧第四施設が、巨大な爆発に飲み込まれた。
◆ ◆ ◆
楓と「宇宙服の女」は、山の中腹あたりからその爆発を見下ろしていた。
かつて、真瑠璃が偽の旧第四施設から通ってきた場所だ。
周囲には迷彩服を着込んだ統制軍の兵士達が警護しており、2人の安全を確保していた。
『良カッタノカ?』
『別に問題は無いさ。人類の兵器ではあの旧第四施設は破壊することは不可能だ』
ナノマテリアルで再現された旧第四施設は、人間の爆弾程度ではどうにもならない。
しかしだからと言って、爆弾を仕掛けられないわけでは無い。
今やって見せたように、内部で爆弾を爆発させることは出来る。
むしろ破壊できないので、周囲に被害が及ぶ心配がいらないのは好都合だった。
『奴ノ申シ出ハオ前ニトッテ、良イモノダッタ』
『ああ、そのことか。確かに私にとっては悪いものでは無かった』
自分の掌を眺めながら、楓はそう言った。
実際、この身体が治るのなら、と思わないわけが無かった。
楓がただの一般人であったのならば、もしかしたら、『アスカ』の提案に飛びついていたかもしれない。
『うん? あれは……』
旧第四施設で断続的に――爆弾は複数仕掛けていた――起きている爆発音の合間に、別の音が聞こえてきた。
頭上のあたりから聞こえてくるそれは、ヘリコプターの飛行音だった。
スライドした扉から顔を覗かせているのは、北と上陰だった。
おそらく、自分の行動の報告を受けて飛んできたのだろう。
『先程の話だが』
「宇宙服の女」に、楓は答えた。
『私は、一度は首相としてこの国の舵取りを担った者だ。そんな人間が、この国の……いや、世界の恩人を売るような真似は出来ない』
『恩? 何ダソレハ』
『ははは。まぁ、格好をつけただけだよ』
この「宇宙服の女」の警告が無ければ、今回のように
彼女は、地球にとって
「宇宙服の女」が始まりを運んできてくれていなければ、地球はもっと早く滅亡していた。
楓は――いや、地球に生きる全ての者は、彼女に借りがある。
その借りの上に、恥を上塗るような真似は出来なかった。
ただ、それだけのことだった。
だからこれは、道徳だとか義理だとか、そう言う話では無かった。
楓が言ったように、「格好をつけた」だけだ。
そうしなければ、あまりにも人類と言う種が寂しく感じられたからだ。
『とは言え、あんな爆発程度で
楓の言葉は、途中で止まった。
止めざるを得なかった。
腹に腕を
呼吸を忘れて、楓は下を見た。
『アスカ』が、地中から上半身を伸ばしていた。
地面から半身を生やした『アスカ』の右手首から先が、楓の腹部に突き立てられていた。
楓は、察した。
あの時、楓の言葉を聞いて立ち止まったのでは無かったのだと。
ただ、
◆ ◆ ◆
揺り籠のような緩やかな揺れが身体を揺らしていて、ともすれば眠ってしまいそうだった。
嗚呼、心地よいこの感覚。
何故だろう、とても懐かしい……。
「……で、楓!」
はっとして、楓は目を開いた。
するとおかしなことに、自分は
いや、それどころか船上にいた。
厳密に言えば、軍艦の艦橋にいた。
艦橋……この発令所には、見覚えがあった。
この軍艦は、陸上自衛隊所属のミサイル駆逐艦『あきつ丸』だ。
両手を見ると、海上自衛官時代の制服の袖があった。
何度も目を瞬かせて、自分の状況について理解しようとした。
「どうした楓、体調でも悪いのか?」
隣を見ると、同じく海上自衛官時代の制服に身を包んだ北が指揮シートに座っていた。
片眉を立てて、不思議そうな顔で自分を見つめていた。
ああ、と、楓は理解した。
「楓、どうした」
「……いえ。何でもありません、艦長」
「そうか、あまり無理はするなよ。大事な決戦前だ」
これは、夢だと。
あるいは幻覚か、しかしどちらでも同じようなものなのかもしれない。
過去の光景には違いが無い。
実際、楓は北の副長として共に『あきつ丸』に乗っていた。
そう、今から自分達は<大海戦>に挑む。
楓はもう、<大海戦>の結果を知っていた。
人類の連合艦隊は、霧の艦隊の前に無残な大敗北を喫することになる。
『あきつ丸』は大破し、自分は肉体機能の半分を失うことになる。
そして僚艦は全て撃沈し、出航前に語らった戦友達はそのほとんどが死ぬ。
生き残りは、ほんの僅かだ。
「北さん」
「ん?」
艦橋の窓からは、どこまでも続く水平線が望める。
あの官邸の窓と同じだ、今にして思えば、同じ光景をと女々しく望んでいたのかもしれない。
我ながら、情けない。
けれど、不思議と悪い気はしなかった。
「勝ちましょう。勝って、皆で日本に帰りましょう」
北が、ちょっと驚いたような顔をした。
言うような奴でも無かった。
もっと冷めていて、小賢しい物言いをするような奴だった。
あの頃の仲間が見れば噴飯ものだったろうが、北は笑わなかった。
「当然だ」
ただ、当たり前のようにそう言ってくれた。
良く出来た想像だ、いや夢だろうか?
どちらでも良かった、どちらでも関係が無かった。
この人と一緒に、あの自由な大海原を進みたい。
楓の願いは、昔からそれだけだったのだから……。
◆ ◆ ◆
北は、ヘリから身を乗り出していた。
上陰が「首相、危険です!」と言っているが、それどころでは無かった。
海上自衛官時代から共に戦ってきた部下――部下と言う表現も生温い――が、刺された。
その事実に、北は叫ばずにはいられなかった。
「楓――――――――ッッ!!」
もう、返事は無かった。
車椅子ごと地面に倒れ伏した楓は、ぴくりとも動かなかった。
その前に、『アスカ』が立っている。
楓を貫いた手指を――血一つついていない――舌先で舐めている。
まるで、何かを確かめるようにだ。
「……理解できない。今の行動に何の意味があったのか」
『確カニナ』
「宇宙服の女」も、動揺した様子は見られなかった。
周辺の兵士達の腰が引けていることを考慮しても、不自然なくらいに動じていなかった。
彼女、あるいは彼女達にとって、死とはその程度のものでしか無いのかもしれない。
価値観の違いと言うには、少し冷たいと感じるかもしれない。
しかし、実際に無意味にも見える。
楓の行動は、『アスカ』が爆発に対処して――ナノマテリアルごと
だから、「宇宙服の女」や『アスカ』が無意味と断じてしまっても仕方が無いのかもしれない。
『ダガ、ソウデモ無イカモシレナイ』
しかし、「宇宙服の女」はそう言った。
意味が無いと断じながら、そうでも無いかもしれないと言う。
矛盾だ。
その矛盾の理由は、すべてが楓の思惑では無かったからだ。
むしろ、
意図的では無い、が、楓の他にも旧第四施設の「宇宙服の女」の重要性に着目していた者がいたと言うことだろう。
その証拠に、さぁ、聞こえてくるはずだ。
あの音が。
「…………?」
聞こえてくる音は、軋むような、それでいて力強く、早い。
立ち塞がる全てを薙ぎ倒してしまいそうな、そんな重厚感に満ちた音だ。
しかもどんどん近付いてくる、周囲の兵士達が悲鳴を上げて飛び退いた。
『来タゾ』
次の瞬間、木々を、大地を踏み砕きながら、鋼鉄の車体を跳ねさせて何かが飛び出してきた。
それは「宇宙服の女」を飛び越えて、『アスカ』に襲い掛かった。
◆ ◆ ◆
戦車と言うよりも、小さな動く
木々を薙ぎ倒して余りあるパワーに、重厚な装甲に覆われた巨体、鼻垂れれば鋼鉄をも爆裂させる大口径砲塔、全身凶器のその存在が、『アスカ』の身体を跳ね飛ばした。
――――ように見えたが、『アスカ』は堪えた。
「……ッ!?」
しかし、混乱はしている様子だった。
意外に思えるかもしれないが、事実、『アスカ』の表情には戸惑いがあった。
ダメージは無い。
彼は片手で戦車の装甲表面を押さえ、足腰の力でその突撃を押さえた。
それでも強力なパワーに押されて、数メートルほど2本の溝が地面に描かれることになった。
『アスカ』の靴の踵で、地面を抉ったのである。
止められたとは言え、戦車の前身はまだ続いていた。
キャタピラが跳ね上げる土が、車体の後ろに降り積もって山になり始めている。
「ただの戦車では無い……!」
と言うより、人類がそんな戦車を作れるはずが無い。
もちろん、霧がわざわざ作ることも無い。
つまりこの戦車は、『アスカ』の言うように
「奇襲は失敗か、まぁ良い」
霧か霞のように、軍帽に厚手のコートを身に纏った男の姿が
シャープな身体つきながらも、180センチを超える長身の男。
かけている眼鏡のフレームに、彼の名前が刻印されていた。
彼の名は。
「労力は少ない方が良いが、惜しむつもりも毛頭無いからな――この『IS-2』は」
男の名は『IS-2』。
2年前にヨーロッパを席巻した<騎士団>の一角が、現れた。
援軍?
いいや、そんな生易しいものでは無かった。
「さぁ、オオカミ共。
『IS-2』の後を追うようにして、木々の間から何匹ものオオカミが飛び出してきた。
すでに絶滅した日本の固有種とは明らかに違うオオカミ達で、『IS-2』が連れてきたのだろう。
激しいキャタピラとオオカミの遠吠えが、山々に響き渡る。
そのまま『アスカ』を麓まで、海まで、あるいはさらにその向こうまで――――。
「そうとも、かつて我々は欧州の果てまで駆け抜けたのだから……!」
<騎士団>きっての重戦車が、
その前進の重圧は、『アスカ』をして後退させる程のものだった。
楓や「宇宙服の女」の姿がどんどん遠ざかっていくにつれて、『アスカ』は不満を表すかのように眉を立てていった。
しかし同時に、『アスカ』は疑問も感じていた。
それは、今の自身の置かれている状況に対しての疑問である。
『アスカ』も愚かでは無い、今のこの状況がどれだけ特異で危険なことかは理解している。
そのあり得ないことが、起きているのだ。
「ガウッ!」
「オオウッ!」
オオカミ達が左右から『アスカ』に襲い掛かる。
それを両目で見やり、最後に『IS-2』を見た。
戦車の上から見下ろしてくるこの敵は、
何よりも……。
「……!」
オオカミ達を払った直後、『IS-2』が足を止めた。
反動で距離を取った『アスカ』を、凶悪な砲口が追いかける。
そして次の瞬間、山の一角が吹き飛ぶ程の轟音と衝撃が響き渡った。
麓にいる人々は、足裏からその衝撃の強さを感じただろう。
「…………逃がしたか」
彼の一撃は確かに『アスカ』を捉えたはずだが、もはや
どこからか反撃に出てくる様子も無い。
「お前達も追えないとなると、完全に逃げたようだな」
耳を下げるオオカミ達の様子に、そう結論付けた。
おそらく、『IS-2』の突然の出現に驚き、体勢を整えようと言うわけだろう。
「宇宙服の女」を狙う以上は、いつか再攻撃をしてくるはずだ。
しかし、「宇宙服の女」か……。
「楓」
その間に、である。
滞空しているヘリからワイヤー伝いに降りてきた北は、倒れた楓の傍に膝をついた。
楓は、返事を返さなかった。
北にとって、楓は部下である以上に戦友だった。
軍を退役しても、心は軍人――自衛官のままだったと、そう思った。
だから、哀しみはいらない。
彼が遺したものを無駄にしない。
それこそが残された者に課せられた、唯一の責務なのだから。
「……良く無事でいてくれた」
膝をつき、瞑目したまま、北は「宇宙服の女」に語りかけた。
もし彼女が『アスカ』に害されていたら、楓の努力が無為になるところだった。
そして、もうひとつ。
「支援に感謝する……で、良いのだろうか。<騎士団>だな?」
「ああ」
戦車では無くメンタルモデルのみの姿で、『IS-2』が戻ってきた。
彼はもちろん、楓に関心を払ったりはしない。
残念ながら、彼自身に人間の守護などと言うボランティア精神は存在しない。
あるのはただ、任務を遂行すると言う意思だけだ。
「我ら<騎士団>は<緋色の艦隊>と同盟を結び、
「宇宙服の女」を守ることが、『IS-2』の任務だった。
霧は『ハシラジマ』戦に全力を投入しているため、そこまで戦力を回せないだろうとのことだった。
そして勿論、<騎士団>の援軍は『IS-2』だけでは無い。
<騎士団>もまた、霧と同じように
◆ ◆ ◆
ここで、時間軸を元に戻そう。
『ハシラジマ』戦線の最前線で、『ガングート』が『コロンビア』と激しい戦闘を繰り広げていた。
いや、はたしてそれは
少なくとも、『ガングート』の巨大な艦体は半壊して傾きかけている。
「……治らない、か……」
削がれた右腕の
『フッド』と『コスモス』の戦闘記録はすでに共有されている。
正直なところ、対応策がわからない。
既存の戦術では対抗できない、何か新しい戦い方が必要だった。
黒い怪物達のような雑魚はともかく、『コスモス』や『コロンビア』のようなメンタルモデル級が相手では致命的な弱みだった。
独創性、それはおそらく、霧の艦艇が最も不得手とすることだった。
「……うおおおおおおおおおおおっ!!」
それでも雄叫びを上げて、『ガングート』は『コロンビア』に挑みかかった。
半壊した艦体は、それを何度も繰り返した証だ。
では何故、『ガングート』はそんな一見無意味な行為を繰り返しているのだろうか。
それは、『ガングート』の甲板に四肢をつけた『ペトロパブロフスク』の存在による。
もはや立ち上がることも出来ず、敵に屈するが如き姿勢の『ペトロパブロフスク』の前に我が身を晒す。
目の前には、絶叫する『コロンビア』がいた。
こちらに縋りつくように伸ばされた『コロンビア』の両手を、掴んで止める。
もちろん、無事ですむわけが無い。
「ぐおおおああぁ……ッ!!」
硫酸に両手を漬けると、こんな声が出るのだろう。
獣じみた悲鳴とでも表現すべきだろうか。
『ガングート』の端正な顔が苦悶に歪み、両掌からは高熱に焦げる音と煙が上がる。
溶ける先から再生を試みるが、ナノマテリアルが阻まれて散るだけだった。
「ガン……逃げ……」
「逃げるわけにはいかない」
四肢を焼かれて動けない『ペトロパブロフスク』。
顔を伏せたままの彼女に、『ガングート』は言った。
「私が逃げればお前が殺される」
「私は……良……」
「良くは無い」
「お願……あんた……だけ……」」
「聞けない」
「……
「いやだ」
『セヴァストポリ』、クリミア戦の前に撃沈された姉妹艦。
可哀そうな妹、最期はたった1人で戦い抜いた。
太平洋にいた『ガングート』には、どうすることも出来なかった。
だから妹を守れなかったなんて、そんな言い訳は。
「そんな言い訳、もう私自身が許せない……!」
次の瞬間、すでに削がれていた右手首が崩れた。
脆く抉り取られた右手を擦り抜けた、『コロンビア』の左手が『ガングート』の胸に触れた。
とんっ……と、衝撃がメンタルモデルの肉体に走る。
「カナシイワ……!」
「し」
しまった、と、『ガングート』が思った、さらに次の瞬間だった。
2つのことがほぼ同時に起こった。
まず第一に、見覚えのない潜水艦が――艦形を照合するに、Uボート――突如、『ガングート』の横に海中から飛び出してきた。
そして第二に、『ガングート』と『コロンビア』の右頭上に、影が差した。
超重量の鋼鉄の塊、その裏面と武骨なキャタピラが目に入った。
とてつもなく、鈍い音が響いた。
気を取られた『コロンビア』が『ガングート』から手を離した瞬間だった、その鋼鉄の塊が『ガングート』の甲板に着地し、そのまま『コロンビア』に突撃したのだ。
『コロンビア』の身体が、
「あー、やだやだ。オジサンは海の上は苦手だなあ」
戦車の上に、ボサッとした茶髪の男がいた。
『ガングート』もデータでは知っていた、<騎士団>の1人、『シャーマン・ジャンボ』だ。
それが何故ここに、と、思いはしたが、それ以上の疑問を彼女は言った。
「な……何故だ?」
「うええ? いや、オジサンにもいろいろあってね?」
半ば叫ぶように。
「何故、
『ガングート』の声が、『ハシラジマ』の戦場に響き渡った。
最後までお読み頂き有難うございます。
<騎士団>参戦!
かつての敵が味方になる的な展開は、個人的には大好物です。
それでは、また次回。