蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth098:「作戦、開始」

 手を結んだとは言え、人類と霧は未だ連合してはいない。

 せいぜい、地上と海で()()()との戦いの担当を分けている程度だ。

 それすらも協議の結果では無く、単に「お互いに手を出せない」と言うだけだ。

 その意味では、霧と人類は同盟している意味が無いとさえ言えた。

 

 

「――――即決は出来かねるプランです」

 

 

 ラングレー空軍基地から国防総省(ペンタゴン)入りしたエリザベスは、外に漏れるはずの無い秘匿コードでの通信を受けていた。

 このタイミングでわざわざそんなことをしてくる相手はそういるものでは無いので、ある意味で気楽にその通信を受けた。

 

 

「現状、我々は苦しい状況に立たされています。せっかく整えた反撃のための戦力を、他に差し向けることはとても難しい」

『それは、こちらも良く承知しています』

 

 

 相手は、<緋色の艦隊>の提督――千早翔像だった。

 バイザー越しの表情は相変わらず読めないが、図太さは見て取れた。

 図太さは、政治家には絶対に必要な要素の一つだった。

 まぁ、交渉相手の図太さはこちらにとっては面倒以外の何物でも無いのだが。

 

 

『しかしながら大統領、これは重要なことです』

 

 

 そしてアメリカの秘匿コードを使ってまで翔像がエリザベスに訴えかけてきたのは、彼の眼が確かであることの証左でもある。

 今、アメリカが動くかどうか。

 それが()()()との戦いにおける重要な分岐点になると、読んでいるのだ。

 

 

 しかし、アメリカにとって――エリザベス大統領にとっては、翔像の提案は厳しい判断を要するものだった。

 緊急時、アメリカの大統領はほぼ全権を委ねられている。

 だからエリザベスの判断は、まさに数億人のアメリカ人の命運を左右するのだった。

 その決断が、軽いものであるはずが無い。

 

 

「我が国の振動弾頭は、我が国の防衛のために使われるべきものです。またそうすることこそ、国民への責任を果たす行為であると信じています」

 

 

 正論だ。

 アメリカ軍はアメリカ国民のために存在する。

 これ以上無い正論だが、一方で、それだけであるとも言える。

 

 

『地上の()()()をいくら叩いても、問題の解決にはならないのです。大統領』

 

 

 地上に降下している黒い触腕は、言ってしまえば尖兵に過ぎない。

 だからそれをいくら攻撃しても、アメリカ国民の感情面は別として、事態の根本的な好転には繋がらないのだ。

 それは、エリザベス大統領にも良くわかった。

 

 

『だからこそ、大統領。どうかご決断頂きたい』

 

 

 ああ、まったく。

 自分は本当に大統領に向いていない。

 

 

()()()

 

 

 ああ、お腹が痛い。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――畜生。

 『ダンケルク』は、意識(コア)の底から湧き上がってくる感情を押さえ切れなかった。

 口惜しさと悔しさが、胸中に収まりきらず唇から外に出ようとする。

 だが彼女の口から漏れたのは、掠れた呼吸音だけだった。

 

 

「こ……はっ……」

 

 

 喉を、掴まれていた。

 首を絞められているのでは無く、片手で掴まれて、首の半ばに指が埋まっている。

 人間であれば、頸動脈を押さえられている形だ。

 それだけに、『ダンケルク』は声すら発することも出来ずにいる。

 

 

 良く見れば、メンタルモデルの両足が膝から先が失われていた。

 足場になっている艦体も、もはや原型を留めていない。

 おそらく、艦体の維持すらままならなくなったのだろう。

 『コスモス』の右手に掴まれて、『ダンケルク』の身体がぶら下げられていた。

 

 

「うおおおおおっ!」

「その子を離せ……!」

 

 

 無事な乗員(クルー)が何人か、『ダンケルク』を助けようと、廃材を武器に『コスモス』に襲い掛かった。

 もちろん、逃げることも出来ただろう。

 と言うか、敵わないだろうことはわかり切っていた。

 それでも彼らは立ち向かった、それは彼らが生粋のイタリア人だからか……。

 

 

「やめ……」

 

 

 喉を掴まれている『ダンケルク』の声は、誰にも届かなかった。

 ただただ、彼女の目の前で、1人、また1人とクルーの男達が倒れていく。

 『コスモス』の左手が一度(ひとたび)振るわれれば、その度に身体の一部が削り取られた状態で人間達が転がっていく。

 どうしようも無い絶望感が、『ダンケルク』を覆い尽くそうとしていた。

 

 

 畜生、と、『ダンケルク』は口惜しさに涙を流した。

 メンタルモデルは涙を流さないので、身体を構成するナノマテリアルが崩れかけているのだ。

 もはや『ダンケルク』には、戦う力など残っていなかった。

 抵抗する術を失い、エネルギーを使い果たし、ただクルーが倒されていくのを見ているしか出来なかった。

 

 

「……やめ……く、れ……」

 

 

 誰か、などと、これまで思ったことは無かった。

 しかし今、『ダンケルク』は痛切に誰かに救いを求めていた。

 誰でも良いから、この絶望的な状況を何とかしてくれと、そう思っていた。

 そして、『ダンケルク』の願いに応じるかのように、ついにこの『ハシラジマ』の戦いにも転機が訪れた。

 

 

 北側、()()()の黒い怪物で埋まっていた海の一角。

 そこに陣取っていた黒い怪物が、海中からの爆発によって一掃されたのである。

 独特の()に覆われて、削ぎ落されるように収縮する。

 潜水艦発射型の、侵蝕魚雷による攻撃だった。

 すなわち――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 来た、と、霧の全員が思った。

 ()()()の最北端――すなわち、()()()だ――の黒い怪物達が、一斉に侵蝕魚雷によって吹き飛ばされた、その瞬間だった。

 それは全体で見れば微々たるダメージだったが、霧の旗艦達にとっては十分な()()だった。

 

 

「まぁ、及第点と言ったら甘い判定になるけれど」

 

 

 事前の通信が難しい中では、攻撃によって知らせる以外には無かっただろう。

 『ハシラジマ』北側の戦線を指揮しているのは『レキシントン』、大学教授の出で立ちのそばかすの女性が航空甲板に立つのはシュールな光景だ。

 杖先で自分の甲板を叩きながら、『レキシントン』は左翼を前線に上げた。

 

 

 最後尾の数体を屠ったところで、()()()の包囲網――この場合は、包囲の外側から内側に入ろうとしているわけだが――を突破することは難しい。

 当然、内側からも呼応する必要がある。

 先の攻撃は、それを促すものでもあったのだ。

 

 

「そうは言っても、潜水艦の援護など経験したことが無いぞ」

「水上の敵を屠れば良いのよ、今まで通りじゃない」

 

 

 『ハシラジマ』北側の戦線、左翼を支えるのは、『アドミラル・グラーフ・シュペー』と『サウスダコタ』の霧の南米方面艦隊である。

 『レキシントン』の指揮に従って、彼女達の艦隊が前進する。

 向かい合う形になる黒い怪物達が、彼女達の方へと鎌首を向けてきた。

 

 

「まぁ、それもそうか」

 

 

 初撃は、『アドミラル・グラーフ・シュペー』だった。

 『サウスダコタ』の言葉にあっさりと頷いて、すぐに砲撃した。

 僚艦の軽巡洋艦2隻も、続いて砲撃を開始する。

 軽巡洋艦クラスの攻撃は牽制程度だが、今はそれが重要なのだった。

 

 

「攻撃開始、私に続いて砲撃しなさい」

 

 

 『サウスダコタ』もまた、僚艦と共に砲撃を開始する。

 左翼艦隊の前線投入は、それだけ他の艦隊の防衛線に負担をかけることを意味する。

 それでも『レキシントン』が左翼を前に上げたのは、北側から敵の包囲網を抜けて『ハシラジマ』を目指している()()()相手を援護するためだ。

 

 

 ()()()()()()、だ。

 とは言え、口で言う程に簡単なことでは無い。

 水上艦が潜水艦を発見するのは非常に難しい、つまり『アドミラル・グラーフ・シュペー』達には、自分達が援護している相手の正確な位置がわからないままに戦っているのだ。

 

 

「イ号艦隊の道を開く!」

 

 

 これが勝利への道となるかは、まだわからない。

 全ては、未来と言う()の中にあるのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『ハシラジマ』南側の霧の艦隊は、自らの任務を明確にした。

 すでに『ヒエイ』による()()()()()()()()()()は開始されており、本作戦の最終目標に向かって状況が開始されていたのである。

 南側の艦隊の役割は、戦線を強固に維持して()()()を進ませないことだった。

 

 

 ただ、南側の戦線には()が開いていた。

 『ダンケルク』艦隊を中核とする中央の戦線で、寸断された各所から()()()が抜けようとしていた。

 『ダンケルク』艦隊の背後に『ミョウコウ』艦隊が派遣されたため、穴自体は最小で済んだものの、それでも完全に塞ぐことは難しかった。

 

 

「怪物やら触手やらは良い、何とか対処にも慣れてきた。だが()()()のメンタルモデルが押さえ切れない」

 

 

 重巡戦隊を率いて戦線の穴を埋めようとしている『ミョウコウ』にとっても、『コロンビア』のような()()()のメンタルモデルは厄介すぎる相手だった。

 1人1人が特殊な能力を保持しており、個体によっては大戦艦でも対応が難しい。

 何よりも問題なのは、この期に及んでも()()()の全容が知れていないと言うことだ。

 霧における総旗艦のような存在はいるのか? コアはどこにあるのか? 不明なことばかりだ。

 

 

「『ミョウコウ』!」

「む……」

 

 

 『アシガラ』の声に、視界を伸ばす。

 メンタルモデルの瞳に映ったのは、()()()に艦首を向ける大型艦の存在だった。

 あれは、『ダンケルク』か。

 しかし何故、『ダンケルク』がこちらへと艦首を向けているのか……。

 

 

「……あれは!?」

 

 

 『ダンケルク』の甲板に、()()()……『コスモス』の姿が見えた。

 その手に力なく握られているのは――()()()()()()、と言う表現は、あながち間違っていない――『ダンケルク』のメンタルモデルだった。

 共有ネットワークにも繋がっている様子が無い、乗っ取られているのか。

 それを見た『アシガラ』が、眉を立てた。

 

 

「あの野郎……!」

「よせ、『アシガラ』!」

 

 

 無策のまま突っ込んでも、勝ち目があるとは思えない。

 だから『ミョウコウ』は『アシガラ』を止めた。

 とは言え、このまま進ませるわけにもいかない。

 『ミョウコウ』の後ろには、『ハシラジマ』があるのだ。

 どうする、と、『ミョウコウ』が思った時だ。

 

 

『『ミョウコウ』、今そちらに援軍を送った』

 

 

 援軍?

 『コンゴウ』からの通信に眉を動かした時だ、『ミョウコウ』の両側の海面が爆ぜた。

 そこから飛び出してきたのは、『ダンケルク』と比較しても遜色の無い大型艦だった。

 

 

「『デューク・オブ・ヨーク』と、『アンソン』か」

 

 

 大戦艦2隻、それが『コンゴウ』が『コスモス』を止めるのに必要と判断した()()だった。

 だがはたしてそれですらも足りるかどうか、『ミョウコウ』には自信が無いのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『ハシラジマ』南側の戦線に、不自然な空間が出来上がっていた。

 霧の艦隊が下がり、また()()()の黒い怪物達も進んで来ない。

 まるで何かを警戒し、怯えているかのように。

 そしてその空間に、3隻の大戦艦が向かい合っていた。

 

 

(『ダンケルク』……!)

 

 

 パンツスタイルのディーラー衣装に身を包んだ『アンソン』のメンタルモデルは、『コスモス』に首を掴まれている『ダンケルク』を見た。

 共有ネットワークに上がっている情報からすれば、この『コスモス』には直接は触れない方が良いらしい。

 触れられると、『ダンケルク』のように取り込まれてしまう。

 

 

 そうなると、距離を取って戦う必要がある。

 幸い、何を思っての行動か知らないが、『コスモス』は『ダンケルク』の艦体を維持している。

 移動の足にでもしようとしたのかもしれない。

 だが理由はどうであれ、艦体を持ってくれるのであれば、それは霧の艦艇の土俵だ。

 イ号艦隊の『ハシラジマ』到着までの時間を稼げれば良いわけだから……。

 

 

「……姉さん?」

 

 

 距離を取るべきと言う時に、『デューク・オブ・ヨーク』はずんずんと前に進んだ。

 『アンソン』が「あの、ちょ」と止める様子を見せるが、お構いなしだった。

 『ダンケルク』――つまり『コスモス』に、どんどん近付いていく。

 ああ、これは不味いと『アンソン』は思った。

 

 

「姉さん、怒ってる……」

 

 

 姉である『デューク・オブ・ヨーク』は、静かに怒る。

 けして怒鳴り散らしたりはしない、その代わりに口数が減るのだ。

 普段は饒舌過ぎるくらいお喋りなくせに、怒ると黙る。

 そしてそう言う時、『デューク・オブ・ヨーク』は信じられないくらいに強い。

 

 

(とは、言え)

 

 

 それではたして、あの『コスモス』にどこまで対応できるものだろうか。

 『アンソン』が固唾を呑んで見守る中で、『デューク・オブ・ヨーク』は『コスモス』に接触した。

 

 

「あれぇ、1隻で良いのかい? 最近わかったんだけど、僕けっこう強いみたいだよ?」

「――――1隻?」

 

 

 『コスモス』からかけられた言葉に、『デューク・オブ・ヨーク』は首を傾げて見せた。

 端麗な顔に薄い笑みを張り付けて、彼女は言った。

 

 

「もし本当にあたしが1隻に()()()()()()、あんた、言う程たいしたもんじゃないよ」

「……? 何のことかな?」

「すぐにわかる。嫌でも、すぐに――ね」

 

 

 力ある者同士の間で生じる独特の緊張感が、場に満ちていく。

 不思議と、海も凪いだような気がした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そうした海上の様子は、水面下に伝わっていた。

 もちろん通信が出来ているわけでは無いので、正確な意思疎通は出来ない。

 つまり、航路をどう取れば良いかの情報が無いと言うことだ。

 

 

「『アドミラル・グラーフ・シュペー』達も、それは良くわかっている」

 

 

 イ401の発令所は、すでに照明が落とされていた。

 僅かなディスプレイの明かりだけが、クルー達の顔を照らしていた。

 そして、艦の外からの断続的な爆発音が聞こえてくる。

 イ401――イオナは、静と共にそれらを一つ一つ聴音していた。

 

 

 『アドミラル・グラーフ・シュペー』達も、愚かでは無い。

 イ401側とのコンタクトが難しいことをきちんと見越していて、攻撃をあえて衝撃の大きい砲撃にしているのだ。

 その攻撃音を基に、イ号艦隊の航路を()()しているのである。

 

 

「他の戦闘音と混ざっているので、聴音が難しいですけどね」

「そこは、ウチの優秀なソナー手を信じるさ」

「あはは……こう言う時だけそんなこと言うんですから、艦長は」

 

 

 苦笑して、しかし悪い気分はしない。

 そんな様子で、静はヘッドホンに手を添えた。

 実際、今はソナー手が重要になる時間帯だ。

 ここで『アドミラル・グラーフ・シュペー』達の()()を見逃すことがあれば、致命的だ。

 

 

「それにしても、複雑な気分だな」

「ええ、複雑ですが……しかし、味方になれば心強く感じますね」

 

 

 ()()()達との戦いにおいては、海上よりも海中の方が危険だ。

 紀沙達イ404を襲った怪物のことも、イオナを通して聞いている。

 だが今に限っては、それほど心配しなくても良くなっていた。

 何故ならば、イ401を始めとするイ号艦隊は()達に守られているからだ。

 

 

「ゾルダン・スタークと『U-2501』。まさか奴らと共闘する日が来るとは思わなかった」

 

 

 『U-2501』の特殊潜航艇『ゼーフント』、無数の小型艇がイ401を守っている。

 イ401に群がる海中の()()()は、『ゼーフント』の魚雷網によって阻まれていた。

 かつては敵として相対した『U-2501』だ、その強さと厄介さは群像も良く知るところだった。

 それが今、自分達を守っている。

 

 

「こう言うのも、因縁と言うのかな」

 

 

 そうだとすれば、どこか皮肉に思える。

 あるいは因縁とは、常に皮肉なものと言えるのかもしれない。

 群像と、家族の間がそうであるように。

 ――――群像は、最大戦速を指示した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 命じる側は「最大戦速」と一言で言えば終わるだろうが、やる側からすればたまったものでは無い。

 数時間前に蒔絵が訴えたことと同じことを、いおりは群像に対して思っていた。

 あるいは、機関長と艦長の関係は大概そんなものなのかもしれなかった。

 そこまで思い至れば、諦めもつくと――いや、諦めて良い話では無かった。

 とは言え、である。

 

 

「ああ、良いですよ良いですよ! どんどんブン回しなさいよってね!」

 

 

 イ401のエンジンはまさにフル稼働中で、至る所で熱を孕んだ蒸気が噴き出していた。

 いおりも防護服に身を包んでおり、必要性があるかどうかはともかく、周囲でいおりの作業を手伝っているちびイオナ達も防護服を着込んでいる。

 それだけ、機関室の環境が悪いと言うことだ。

 

 

 補給や整備に心配があるイ401にとっては、出来る限り機関をセーブして運用した方が良い。

 だからいおりとしては最大戦速はご法度なのだが、そうも言っていられない状況もあるとわかっている。

 エンジンを守って艦が沈む、そんなことになっては本末転倒だからだ。

 いざと言う時、艦長の無茶を聞くのが機関長の仕事だった。

 それは、幼い頃に()()()()()()()()

 

 

「……こんな時にそんなことを思い出すなんて、業腹だわ」

 

 

 不機嫌そうな、あるいは懐かしそうな。

 一瞬だけそんな色を浮かべて、いおりは工具を握り直した。

 イ401の機関は何があっても止めない、そう踏ん張るために。

 

 

「ちょっと、何を物思いに耽ってるわけ!?」

 

 

 ()()()も頑張っているかなぁ、と、思っていると、蒔絵がプリプリとした様子で怒鳴った。

 それに形ばかりの謝罪をして、あおいは手元の端末に目を落とした。

 そこに映し出されているイ404のエンジンデータは、まぁ、()()()()()であった。

 最大戦速でエンジンを噴かしている以上、色々な数値が高くなるのは当然だった。

 イ401の方も似たようなものだろうと、そう思っていたのだ。

 

 

「このために何時間も停めて貰ったんだから、やっぱり駄目でしたなんて言えないわよ!」

 

 

 まぁそれにしても、機関長のように喋ることだ。

 怖いもの知らずな年齢だからか――デザインチャイルドに年齢は無意味とは言え――不思議と、不遜には思えなかった。

 意外と、蒔絵は政治家にでも向いているのかもしれない。

 あの静菜ですら、素直に言うことを聞いているくらいだ。

 

 

「もう少しだからね、いおりちゃん……」

 

 

 ぽつりと呟いて、あおいはデータ入力に戻った。

 イ404のエンジンが試されるのは、むしろこれからなのだから。

 機関室の戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 イ号艦隊、『ハシラジマ』に突入。

 日が昇り切らない未明に、それは行われた。

 合図は、北側外延部の()()()への攻撃だ。

 『U-2501』の『ゼーフント』に周囲を守られながら、()()()の包囲網に喰い込んでいく。

 

 

「1番2番、侵蝕弾頭魚雷発射! 続いて3番4番に装填!」

「あいよ! 1番2番、魚雷発射ァ!」

 

 

 梓の威勢の良い声が頼もしい。

 イ404の発令所は俄かに騒々しくなっている、外はすでに()()()()()だ。

 2隻の『ゼーフント』がイ404に合わせて魚雷を発射、補給を受けるべく離脱していく、続いて別の2隻がイ404の護衛に就いた。

 これを頼もしい味方と考えるべきか、当てにすべきでは無いと考えるべきか。

 

 

「恋さん、他の艦の位置は?」

「本艦を先頭に単縦陣。本艦の真後ろに『イ15』、さらに後方に『白鯨』級3隻。最後尾にイ401及び『ヒュウガ』コントロールの砲艦群です」

 

 

 イ号艦隊の総力だった。

 この総力を槍のように連ねて、()()()の包囲網を外側から破って『ハシラジマ』まで到達する。

 それが、作戦の全てだった。

 『ハシラジマ』に着いた後のことは、『コンゴウ』の管轄である。

 

 

「……ッ」

 

 

 その時だった、微かな頭痛を感じた。

 これは、クリミアやロリアンで感じたものと同じだ。

 ああ、と、ここに来て紀沙は理解した。

 自分達が今から向かう先は、()()()()場所なのだ。

 

 

 嗚呼、それにしても。

 冬馬等は聴音に没頭していて、似たようなことを感じているのかもしれない。

 ただ()()は、自分にしか感じられないことだろう。

 いや、一人だけ例外がいるにはいる、スミノだ。

 

 

「何かな、艦長殿」

 

 

 などとわざとらしく聞いてくるのは、いつものことだ。

 何でも無いと言葉にするのも鬱陶しく、視線を外すだけで答えにした。

 だが、スミノは無視できても頭痛は無視できない。

 そしてこの頭痛は、徐々にだが確実に強くなってくるのだ。

 想像してみてほしい、()()()の黒い怪物達がどのように()()のか。

 

 

「五月蠅いんだよ……」

 

 

 耳元で数多の猛獣が唸り声を上げているような、そんな状態。

 たまらず、紀沙はポツリと呟くように。

 

 

「叫んでばかりの、ケダモノが」

 

 

 そう、言った。

 ケダモノ、そう、黒い怪物(こいつら)はケダモノに過ぎない。

 こんなものに構ってはいられない。

 こんなものに、と、思った時だった。

 

 

 不意に、紀沙の意識が何者かに()()()()()()

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 兄の群像は、何よりも対話が必要だと説く。

 自分はまるで対話などしない性格のくせに、霧や他の人外に対しては遠慮呵責無く踏み込んで行く。

 けれど、それは互いが他人なのだと言う認識の裏返しでもある。

 相手は自分では無いから、本当の意味では理解できない、だから対話が必要だなどと説くのだ。

 

 

「……あのさぁ」

 

 

 心象風景、とでも言うべきなのか。

 いわゆる「霧の世界」へと意識を飛ばす(ダイブする)時、そこが紀沙の主導権下にある場合、紀沙の周囲は彼女の良く見知った空間となることが多い。

 例えばイ404の発令所であり、あるいは――北海道の実家だ。

 

 

 軍艦の模型が飾られたショーケース、床にとっ散らかった段ボール……工作の途中なのだろう。

 このリビングは、子供の頃の風景そのままだ。

 つまり紀沙の心が映し出すこの光景は、紀沙自身の()()()()()を示しているとも言える。

 紀沙の眼が、どこに向いているのかも。

 

 

「今、ちょっと忙しいんだけど」

 

 

 紀沙の「霧の世界」に入って来られる者は、侵入者を除けば、3種類いる。

 まずスミノ、彼女は唯一、紀沙の世界に自在に出入りが出来る。

 次に紀沙が招待した者、ただしこれは紀沙が「霧の世界」を認識して以降、一度も無い。

 そして、最後に……()()()()()()者だ。

 

 

「……母さん」

「あら、良いじゃない。今からそんな気を張っていたら疲れちゃうわよ」

「いや、今はほんとそう言う状況じゃないって言うかさ……」

「「そう言う状況」なんてものは、無いのよ。気の持ちようよ」

 

 

 母が、沙保里が、そこにいた。

 鼻歌など歌いつつ、紅茶などを淹れている。

 あの時、欧州の海で消えたはずの母が、あの当時と同じままの姿でそこにいた。

 これは、この2年間で紀沙が最も驚いたことでもある。

 

 

 紀沙のコアを媒介として、()()()()()()()

 『アドミラリティ・コード』の欠片、その膨大な容量だからこそ可能なことだった。

 紀沙の中で、沙保里は()()()()()のだ。

 しかも、沙保里だけでは無い。

 ここには、他にも()()されている者がいる。

 

 

「お茶のお代わりはいかがかしら?」

 

 

 紅茶のポットを軽く掲げて、にっこり笑顔で沙保里が言った。

 

 

「出雲、薫さん?」

 

 

 白い眉と髭で顔中を覆った、か細い老人に向けて。




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

どうでも良いことですが、私はNARUT〇だとサスケが好きです。
いやサスケと言うより、あの一族が好きと言うべきか。
いえいえ、他意は無いですよ、ええいやほんと(え)

それでは、また次回。

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