【完結】吸血鬼さんは友達が欲しい   作:河蛸

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EX3「少女達のさいきょーお食事会」

 39度4分。

 これが一体何を表す数値だと思い浮かべるかと聞かれれば、大半の人は体温だと答えるのではないだろうか。その答えは正しい。人間の平常時を考えると明らかに異常なこの数字は、たった今脇の下で計った水銀体温計が無慈悲にも表示した私の体温である。

 つまるところ、私こと十六夜咲夜は完璧に風邪を拗らせていた。

 

 最初は微熱程度だった上に、症状なんて殆ど無かった。むしろ熱にすら気づいていなかったほどである。皆の食事を作り食堂へ運んでいた時に、美鈴から『気』が乱れていると指摘を受けて検査したところ発覚したくらいだ。

 そんな微熱程度だった風邪が意識した途端、急激に悪化したのである。頭が揺れ、体の節々が針を刺されたかのように痛みだし、強い催眠薬を飲まされたかのように思考能力は破壊され、時間操作は当然の如くコントロール不可能な状態となった。控えめにも仕事が出来るなんて言っていられる状態で無くなったところを、お嬢様に休養を申し付けられ、こうして横になった次第である。

 不覚だった。自身の体調管理が出来ていなかったという失態は勿論のこと、よりによって重要な日に重なるようにして体を壊してしまうとは、己だけでなく神をも呪う勢いである。

 件の重要な日とは一体何なのかと言うと、ベッドの傍らで心配そうに私を見守りつつ、おろおろしている妹様に大きく関係しているイベントの事だ。

 

 実は、先日妹様に友達が出来たのだ。

 あの忌まわしい夜が明け、正真正銘自由の身となった妹様は、お嬢様から最低限の常識を教えられると直ぐに外へ飛び出していった。とは言っても、紅魔館の周辺程度に留まってはいるのだが。それでもやはり、籠りっぱなしより外で開放的に遊ぶ方が楽しいらしく、目に映る全てのものが新鮮に思えるらしい。最近の妹様は見違えるように明るくなり、タンポポの花の様に朗らかな少女となった。そんな妹様は、ある日偶然出会った妖怪たちと意気投合して瞬く間に友達になったらしい。

 妹様はずっと地下に幽閉された身であったため、外界の刺激経験が少なく精神年齢がかなり幼い。妹様が友達になったルーミアという名の妖怪と氷精に大妖精は、控えめに見ても成熟した精神の持ち主ではない者達だ。つまり、出会ったばかりの子供同士が魔法の様に仲良くなる原理と同じ現象が起こったと考えていいだろう。

 初めてのお友達が出来て大変嬉しかったのか、先日妹様は館に彼女たちを招待したいと言った。お嬢様もそれを止めるようなことはせず、むしろ吸血鬼の寛容さを知らしめる為に連れてきなさいとの事で二つ返事に承諾し、いよいよ初めての招待日を明日へ控える事となったのだ。

 

 それなのにこの体たらくである。情けないを通り越して自分に憎しみすら湧いてくる。どうしてこの体は、ここぞという時に動かなくなってしまったのだろうか。妹様は私の作る料理で食事会をすることをとても楽しみにしておられたのに、それを裏切るような真似をしてしまった。首を切っても償えない大罪に等しい失態である。『大丈夫だから早く治ってね』と励ましてくださる妹様の純真な心が罪悪感と言う名の凶器となり、私の精神を酷く苛ませた。

 

「ご心配、なさらないでください。明日はこの身に変えても食事会を成功させてみせますから」

「駄目だよ! 人間は直ぐに壊れちゃうから、休む時は休まないとってお姉様が言ってた。だから、動いちゃダメ。もう気にしなくていいから、早く治ってね。皆はまた呼べばいいんだからさ」

 

 妹様の言う通り、人間は妖怪と比べて圧倒的に脆く、そして壊れやすい。たかが風邪が悪化した程度でこのザマなのだ。何が完全で瀟洒な従者か。妹様に今にも泣きだしてしまいそうな顔をさせて、さらに心配までかけさせて、私はメイド長失格もいいところだ。この日ばかりは、人間に生まれた事を心の底から恨んだ。いっそのこと盛大に罵倒してくれた方が、心も休まるという程である。

 そんな時、部屋のドアが柔らかくノックされた。同時にドア越しからでも感じる冷たい気配から、ナハト様が来られたと言う事が一瞬で分かった。

 

 ところで、私は当然のように寝間着姿である。ずっと横になっているために髪もボサボサだ。立つことも辛い状態であるためにお風呂にも入れない上に、熱のせいで沢山汗をかいている。だから、まぁ、うん。少しばかり……匂うはずである。ナハト様を『そういう目』で見たことは一度たりともないが、それでも異性であることに変わりはない。こんな姿のまま面会するのは、お嬢様のお義父様に対して大変失礼であるという考えもあるが、まず先に羞恥心が働いた。私だって、これでも女の子の端くれなのだ。最低限のプライドと言うか、守るべきものがある。

 

『夜分に失礼。レミリアから君が体調を崩したと聞いて来たのだが、入っても大丈夫かな?』

 

 お見舞いに来てくださったのに突き放すのは、お嬢様の義父であるナハト様に向かってするような事では絶対にないが、それでも恥ずかしい事に変わりはない。どう答えようか迷っていたら、妹様がドアへ突撃して呆気なく招き入れてしまった。羞恥の為に止めようと妹様に伸びた手が、虚しく空を切る。

 

「平気ではないだろうが、調子はどうかね」

 

 聞くだけで熱が下がりそうな、甘く魅了に満ちた声に私は頭を下げた。熱で頭がやられているせいか、いつもよりも彼の声が心に入り込んでくる様に感じる。

 

「大丈夫です。ご心配をおかけしてしまって、申し訳ありません」

「こう言っては失礼かもしれないが、君は人間なのだから、そこまで気を負わない方が良いさ。体調を崩すと言う事は、君が必死に生きている証拠だ。レミィもフランもちゃんと分かってくれているだろう」

「しかし……明日は、妹様の」

「ああ、それもレミリアから聞いたよ。その話の事も含めて、私はここに来たのさ」

 

 ナハト様は椅子に腰かけ、妹様を傍の椅子に座らせると、手に下げた籠の中からお見舞い品だろうリンゴと包丁を取り出した。彼は鮮やかな手つきでリンゴを剥き始め、あっという間に剥かれた皮が一匹の蛇の姿となり、皮の下に守られていた瑞々しい果実が露わとなる。それを小分けして皿に盛ると、私の前へと差し出した。

 

「食すほどの元気はあるか? もし固形物を噛むのが辛いようなら、摩り下ろしてジュースを作ってあげよう」

「大丈夫です、ありがとうございます」

 

 一切れ受け取り、口に運ぶ。歯が果実に切り込みを入れた途端、じゅわりと口の中に溢れる甘い果汁が、炎症を起こした咽頭を慰める。

 彼は満足そうに微笑みながら、今度は妹様へと視線を移した。

 

「フラン。君は友達と食事会を開きたいのだろう?」

「うん……そうだけど、咲夜が体調崩しちゃったから、また今度にする」

「家族を思いやるその心は立派だ。しかし、中止にする必要は無いさ」

 

 ナハト様は優しい笑みを浮かべて、妹様の柔らかな髪を撫でる。こうしてみると、本当に血が繋がっていないのかと疑ってしまうくらい親子そのものだ。

 そして彼は、穏やかな口調で静かに告げた。

 

「その料理担当、私に任せてみてはくれないか。これでも料理の腕には自信がある。良い機会だから、咲夜には今後の為にもしっかりと休養をとって貰おうじゃないか。大丈夫、客人を失望させるような真似はしないと約束しよう」

 

 ………………、

 何故だろう。ナハト様だから料理の腕前については、以前行った親睦会の料理対決からみてとても信用できるのだが、全く別の心配が、巣穴から獲物を探し出そうと這いずり出てくる蛇の様に顔を覗かせてくる。

 妹様とは違って、それほど力の強くない妹様の友達がナハト様を見て、果たして無事でいられるのだろうか。そんな心配だ。

 しかしそんな事は口が裂けても言えるはずが無く、また妹様の眼がキラキラと輝き始めたので、止められる筈なんてない訳で。

 

 かくして、妹様のお食事会を成功させよう大作戦が、特大級の爆弾を抱えたまま決行されようとしていた。

 

 

「ふわぁ、改めて見ると、立派な御屋敷だね」

「心臓みたいに赤いなぁ~」

 

 太陽がお月様と入れ替わった時間帯に、私は友人の二人と一緒に、霧の湖の近くに建っている館の門の前へ訪れていた。

 ここは、少し前にチルノちゃんを通じて意気投合した、吸血鬼のフランちゃんが住んでいる館である。紅魔館と言う名前なだけあって、館全体が沢山のトマトを被せたかのように真っ赤っかだ。ルーミアちゃんが心臓みたいだと言うのも頷ける。

 私たちがこの館へ訪れた理由は、フランちゃんに食事へ招待して貰ったからだ。何でも私たちが初めての友達だったらしくて、是非自慢のメイドさんが作る美味しい料理を食べて欲しいとの事。勿論、私たちは二つ返事で承諾した。前からこの建物の中がどうなっているのか気になっていたし、美味しい料理を食べられると聞けて行かない理由が無い。しかし誤解しないでほしい。私は別に食いしん坊と言う訳じゃない。美味しいものが好きなだけで、決して食い意地が張ってる残念な子と言う訳では無い。食いしん坊は、隣で『お料理お料理なんだろなぁ♪』と鼻歌を歌っているルーミアちゃんの担当だ。うん。

 

 巨大な鉄の檻の様な印象を受ける門の前に到着して、私たちは門番の紅さんへと挨拶する。何時の間に仲が良くなったのか、チルノちゃんが手をあげて元気に挨拶を投げかけながら紅さんの元へ駆け寄った。フランちゃんの時と言い、チルノちゃんは謎の人脈構築技術を持っている。驚くほど顔が広いのだ。

 

「みすずー! こんばんは!」

「おや、いらっしゃいチルノさん。それにルーミアさんと大妖精さんも。チルノさんは相変わらず元気ですねぇ。それと私の名前は『みすず』ではなく『メイリン』です」

「でもみすずって読めるじゃん。ならおっけーね!」

「あはは……まぁ良いでしょう。お嬢様からお話は聞いておりますので、どうぞお入りくださいな」

 

 美鈴さんが、巨大な門をいとも容易く押し開ける。妖精は人間より身体能力が低いから、力持ちな妖怪さんって少し憧れてしまう。何気に三人の中で一番力持ちなのもルーミアちゃんだ。いつものほほんとしているけれど、立派な妖怪さんなのである。

 お邪魔しますと挨拶を交わして、私たちは館へと足を踏み入れた。門ほどではないけれど玄関も大きくて、ノッカーへ手を届かせるのも一苦労だった。二、三回チルノちゃんがぴょんぴょん跳ねて届かない事に気付き、ルーミアちゃんが浮遊してノッカーを鳴らす。三十秒程経つと、パタパタと足音が聞こえてきて、内側から玄関が開かれた。出て来たのは、綺麗な七色の翼に左側に纏められたサイドテールが特徴的な女の子。私たちを招待してくれたフランちゃんのお出迎えだ。

 

「よっすフラン! 遊びに来たわ!」

「いらっしゃい。待ってたわ。ルーミアも大ちゃんも久しぶり」

「お久しぶりです。本日はお招きいただき……」

「そんなに畏まらなくてもいいよー。ルーミアとかチルノと同じくらいフランクで良いわ」

 

 カラカラとフランちゃんは笑う。ちょっと前までは吸血鬼って凄くおっかなくて危険な妖怪なんだと思っていた私だけれど、いざ話してみれば、こんなにも笑顔が素敵な女の子だったので、川下りをするように毒気が抜かれていったのを覚えている。

 

「早く美味しいご飯が食べたいな」

「本当ルーミアは食いしん坊ね。じゃあ早速行きましょ!」

「おー!」

 

 チルノちゃんの掛け声とともに、私たちは館の中へ足を踏み入れる。フランちゃんを先頭に目的地まで歩き続けた。

 歩きながら周囲を観察して思ったのだけれど、このお屋敷は本当に広い。飛んで弾幕ごっこが出来るくらい天井が高くて、横幅もそれに準じている。廊下は一番奥が僅かに見える程長く、ここで暮らしていたら移動だけで疲れないかなぁとさえ思えてくる。何だか外で見た館の外見よりも大きい気がするけれど、錯覚か何かだろうか。

 

「ほい、到着! 中にテーブルがあるから、適当に座って」

 

 フランちゃんがニパニパと笑いながら、数多くある部屋のドアを一つ開けた。中は完全に洋風の内装で、紅を基調とした壁紙や金の刺繍が施された赤絨毯が広がり、部屋の中心に丸いテーブルが鎮座している。椅子が四つ周囲を囲っていて、それぞれの席には予めナイフやフォークなどの食器が置かれていた。

 普段を森で過ごし続けてきているからか、何だか整えられた絢爛な部屋と言うのはとても新鮮に感じる。チルノちゃんは大はしゃぎで部屋の中を駆け回った。

 

「すげーとっても絨毯がふかふかする! あー寝っ転がると気持ちいい……まさにさいきょーの絨毯ね……何だか眠くなってきたかも」

「チルノお休みするの? なら私も……おおー気持ちいいー」

「もう二人とも、今日はお食事会ですよ? ほら、ゴロゴロしないで席について」

「あはは。まぁ、自由に寛いでていいよ。私料理取ってくるから、ここで待っててね」

「あ、手伝いますよ。一人じゃ大変でしょう?」

「いーのいーの。今日の皆はお客様だから、スカーレット家次女として精一杯おもてなししなきゃだもん」

 

 それじゃあね、とフランちゃんは背中の翼をはばたかせて、まるで空気を滑るように外へ出て行った。

 改めて、本当に吸血鬼さんなのかなぁと思わされるくらい、とっても親しみやすい女の子だと思う。私が人里に遊びに行って古本屋さんで本を読んだ時、幻想郷縁起という幻想郷の妖怪の特徴などを記した書物には、吸血鬼さんは非常に強い力を持った種族の妖怪だと書かれていた。何でも一声で大量の悪魔を召還したり、片手で樹齢千年の大木を持ち上げられたり、さらに瞬きをする間に人里を駆け抜ける事が出来、自らを蝙蝠または霧状に分解する事でどこにでも侵入可能で、頭を吹き飛ばされなければどんな傷を負ってもたった一日で回復してしまう……らしい。しかも、悪魔の近縁だからとても凶暴だとも。

 

 そんな知識が私の頭にあったものだから、私は最初、フランちゃんが怖くて仕方がなかった。チルノちゃんと意気投合した彼女が笑顔で挨拶をしてきた時は、実は笑顔で騙して頭からパックリ食べちゃうつもりなんじゃないかとさえ思っていた程だ。

 でもそんな事は全然なくて、彼女は心の底から私たちと親しくしたいだけなんだって直ぐに分かった。だってチルノちゃんが信頼を寄せたのだ。チルノちゃんは、臆病で疑り癖のある私と違って、人を純粋な目でみる能力に長けている。チルノちゃんと仲のいい人たちは皆、例外なく優しくて思いやりのある人たちばかりだ。彼女の目が曇った所なんて、私は今まで一度たりとも見た事が無い。彼女が友達だと言った以上、フランちゃんはとても良い子なんだろうし、事実そうだった。フランちゃんと会えて、私は先入観で人を見るのを止めようと思えたのだ。

 

「お料理お料理なんだろなぁ、はーやくご飯が食べたいなぁ」

 

 椅子に座り、テーブルに顎を乗せて揺れ動きながらルーミアちゃんが歌を歌う。とても単調な歌なのに、どこか引き込まれるのは何故だろう。彼女が持つ純粋な食への愛が溢れているからだろうか、なんて。

 

「楽しみですねー。確か、すっごくお料理が上手な美人のメイドさんが居るんでしたよね。何だか憧れちゃうなぁ」

 

 頭の中に、ほわほわとイメージ像が浮かび上がってくる。笑顔が可憐で、凛々しくて、台所に立つ姿はまさに美しき女性の鑑と言えるような、そんなメイドさん。きっと凄く綺麗な人なんだろうなぁと想像が膨らんでくる。出来るなら今夜会ってみたい。

 

「私、一回だけ会った事あるぞ。寝てるみすずに向かってナイフを投げて叩き起こしてた。凄いナイフ捌きが上手かったんだ。だから料理上手なのよ!」

 

 私のイメージ像に、ナイフを手に美鈴さんへ詰め寄る冷酷な一面が追加された。怒ると怖い人なのかな。で、でも普段怒らない人ほど怖いって事は、いつもはとっても優しい筈。そう自分を納得させる。

 それとチルノちゃん。いい加減ちゃんと美鈴さんの名前を覚えてあげよう?

 

 そんな時。ゆっくりドアが開いたかと思えば、銀色の丸いお盆の様な食器を器用に浮かせながら運んできたフランちゃんが再登場したのである。浮かせているのは魔法の応用だろうか。やっぱり吸血鬼って凄い。

 

「お待たせ。オードブルにスープとパンだよ」

 

 本当はコース順にゆっくり出そうかと思っていたんだけど、お腹空いてるだろうしいいよね。そう言って、フランちゃんはゆっくりと銀に輝く食器を私たちの元へと降下させた。何だか、こんな風に食器が降りてきて蓋が開く光景を見ると、自分が不思議の国に迷い込んでしまった様に思えて、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

 半球状のプレートの中には、小さな竹林が広がっていた。

 

 これは、アスパラガスだ。鮮やかな緑色の茎が均等な長さに切り分けられ、それが円を作るように並べられている。中心の空洞部分には、食欲を掻き立てるクリーム色のチーズが流し込まれていた。新緑の縁に黄金のチーズが組み合わさり、皿の上で織り成すその光景は、まさに光る竹で出来た竹林だ。加えて、周囲に散りばめられた色とりどりのスパイス粉が、適度に盛り付けられた葉野菜のサラダが、まるで夏の憧憬を切り取ってここに乗せているかのような臨場感を演出する。

 

 続いて目に映るは野菜スープだ。一体どれ程の野菜の旨みを凝縮してこの一杯を作ったのか、厨房の神秘を感じさせる金色のスープは、さながら砂漠の中のオアシスの様な魅力を放っている。喉が、胃が、全身が。早くこのスープを飲んでくれとしきりに訴えてくるのだ。立ち上る湯気が匂いを伝えるよりも早く、眼にした瞬間から生唾が舌を潤わせた。

 

 控えめに存在を主張しているパンもまた素晴らしい。物語に出てくるパンが酷く美味しそうに見えてしまう現象があるけれど、これはまさにそれだ。きっと、本当に物語からパンを引っ張り出してきているに違いない。

 酵母の魔法が生み出した芸術は、触らなくても分かる程にふっくらとしていて、指で押せば先が柔らかく生地に沈んでいく事だろう。これをスープに浸して口に運んだ暁には、頬が緩み落ちること間違いなしである。

 

「ふわぁ、綺麗ですね……まるで作品の様です」

「凄い美味そう! あたいこんな料理見たことないぞ!」

「ねーねーねー、は、はやく頂きますしよう? 待ちきれないよ!」

 

 キラキラと目を輝かせながらチルノちゃんが燥ぎ、ルーミアちゃんはもう今にも皿へ飛び掛からん勢いでフランちゃんへ催促した。その様子を、本当に嬉しそうにフランちゃんは眺めている。

 

「うんそうだね、食べよっか。それじゃあ、お友達記念と言う事で、今夜はパーッといきましょ!」

 

 いただきまーす、と合掌に加えて食材への感謝を込め、私たちはお皿の上の料理を堪能する作業に取り掛かった。

 まず先手をとったのは、意外にもチルノちゃんだった。フォークをアスパラガスの竹に突き刺して、そのまま口に運んでいく。何度か咀嚼を繰り返して、途端にカッと眼を見開いた。

 

「お、おーいしぃーっ! 凄いぞこれ! なんか、こう、何て言うのかなぁ! アスパラがシャキッとしたと思ったら、間髪入れずに中からアツアツのチーズが溢れてくるんだ! あたい、熱い食べ物って苦手なんだけどさ、これはその熱さが全然気にならない。アツアツじゃなきゃ生み出せないトロリとした状態を保ちつつ、控えめな温度を絶妙に保っているのよ。だから噛めば噛むほど、舌にチーズがアスパラガスと一緒に寄り添ってくるんだわ! まるであたいとアスパラガスをチーズが引き合わせてくれているみたい!」 

 

 それに対して、ルーミアちゃんがぶんぶんと激しく首を振り、キラキラとした眼で賛同の意を表す。見ると皿の上がもう空になっていた。それなりの量があった筈なのだけれど、よっぽどお腹が空いていたんだろう。

 私もアスパラ料理を堪能して、次にスープへ取りかかる。

 スプーンで掬った透明感溢れる黄金の雫を、一口。

 途端に、まるでそれが一連のマナーであるかの如く、温かい息が自然と漏れ出した。

 

 見た目は静かな湖を思わせる大人しい姿なのに、口に含んだ途端野菜の旨みが暴れ狂うのだ。しかしそれは決して不快なものではなく、むしろ甘受すべきものだと本能的に思えた。この味のインパクトを例えるならばまさに、野菜が繰り広げる弾幕ごっこだろう。互いが互いを主張しあい、しかし相手を食い潰すことなく、各々の美しさを存分に発揮している絶景の招来。

 スープが通り過ぎた喉が喜び、全身が歓声を上げた。その反動が熱い吐息となって漏れ出していく。体が熱い。けれどそれは、疑うでもなく夏の蒸し暑さではない筈だ。

 

 パンを千切り、吸い寄せられるように黄金色の湖へと浸す。瞬時に生地へ汁が吸い込まれて、しっとりとした香り立つスポンジへと姿を変えた。

 はむ、と唇でそれを歓迎する。これがまた何とも心地よかった。水分を多く含んだ部分は潤沢な感触を舌に伝えつつ味のプレゼントを味蕾に届け、水分の少ないふわふわとした部分が歯を出迎え楽しませる。黄金調和と言っても過言ではない食感と味覚の二重奏は、目尻が下がっても致し方のない事だろう。

 

「すっごく美味しいなぁ……これを作ったメイドさんに是非会ってみたいですね」

「あ……えっと、これを作ったの咲夜――――うちのメイドさんじゃないんだ。私のおじさまなの」

「おじ様、ですか?」

「うん。義理だけど、私の自慢のお父様。運悪く咲夜が体壊しちゃって、代打におじさまが料理を作ってくれたんだ」

 

 そう言って、彼女は笑った。それはまるで、自分の大切な宝物を褒められて喜んでいるように見えて、なんだかとても微笑ましくて。

 そんな幸せそうな表情を見ていたら、フランちゃんが自慢に思うおじさまと言う人に会いたくなってしまった。

 

「あたい、そのおじさまに会ってみたいぞ!」

「私も会いたいな」

 

 二人とも同じ考えに辿り着いたのか、フォークを握りしめた手で万歳しながら賛同を表現する。フランちゃんは困ったように頬を掻いた。

 

「う、うーん。会うのは良いんだけど……その、おじさまって色々と凄い人でね、慣れてないと怖いと思う」

「怖い人なの?」

「ううん、凄く優しいよ。だけど雰囲気がちょっとね」

 

 つまり、フランちゃんが言いたいのは見た目が怖いから私たちが怯えるんじゃないかって事なんだろう。例えば、凄く強面で仏頂面なおじさんだとか。でも、こうしてお食事も作ってくれてフランちゃんが優しいと言う人なのだから、見た目に反して本当に心優しい人なのだろう。

 それだけだったら別に、私たちは気にしない。私はフランちゃんと会ってから、先入観でだけで人を見ないと決めたのだ。それは他の二人も同じだった。

 

「あたいは別に怖いとか気にしないぞっ。なんて言ったって、あたいはさいきょーだからな!」

「私も大丈夫ですよ。見た目で判断なんてしませんから」

「大ちゃんにおなじーく」

「う、うん分かった。じゃあ、メインディッシュを持ってくるついでに呼んで来るね」

 

 そう言って、彼女は嬉しさ半分不安半分と言った表情を浮かべつつ、空になったお皿とお盆を魔法で浮かせて部屋を後にした。

 残された私たちは、まだ見ぬ『おじさま』の姿を想像しつつ、どんな人柄なのかを話し合う。

 

「フランちゃん、見た目が怖いって言ってたけれど、おじさまってどんな人なんでしょうね」

「怖いと言うよりカッコイイかもしれないぞ。こう、歴戦の勇者みたいな」

「ムキムキおじさまー?」

 

 手を水平に広げてニコニコ笑うルーミアちゃんに釣られて、思わず笑ってしまう。うん、ありそうだ。強面と言うより凄く体の大きい人なのかもしれない。だから雰囲気が怖いって言ったのかも。私たちは皆背が低くて小さいから、威圧的に見えるとの事だったのかな。

 おじさまの姿談議に花を咲かせていると、木製のドアを軽く叩く音が聞こえた。続いてフランちゃんが、さっきと同じくお盆を周囲に浮遊させながら入場してくる。

 

「お待たせ、メインディッシュだよ」

 

 わあー、と歓声が上がる。テンションが上がった私たちは、拍手で彼女を出迎えた。フランちゃんは照れくさそうに頬を掻きながら、照れを吹き飛ばすように咳払いをして背後のドアへと手を向ける。

 

「そしてこちらが、お料理を作ってくれた臨時のコックさんで、私の義理の父。ナハトおじ様よ」

 

 どんな人なんだろう、とドキドキしながら部屋の入口へと眼を向ける。妖精に親と言う者は存在せず、さらに妖怪でも親と共に暮らしている者は非常に少ない。だからだろうか。吸血鬼と言う特色も相まって、何だかとても新鮮に感じるのだ。

 そして。

 コツン、と言う革靴が床と接する音と共に、件のおじさまが入場し――――、

 

 …………………………………………、

 

 あれ?

 何だろう。

 私は幻を見ているのだろうか。

 私の頭の中には、強面で髭の生えた筋骨隆々な男性で、けれど柔らかい笑顔を浮かべていそうな、不器用な優しさを湛えているイメージ像が作られていた。優しいけれど見た目が怖いと言われれば、自然とその様な想像図しか頭に出てこなかったのだ。

 

 だがそのイメージ図が、ほんの一部分しか合っていない。

 

 服装は、本に載せられていた外の世界の『コックさん』に該当する格好だと思う。白地のコートに円柱状の長い帽子。知っている人が見れば、直ぐに料理へ携わる人だと言う事が理解できる。

 けれど彼は、料理は料理でも子供を捕まえて鍋で煮込む様な料理をしそうな人だった。

 全身からビリビリと大妖怪の怒気に似た威圧感を放ち、見る者を引き寄せる、どこまでも冷たい魅惑の微笑みを浮かべる彼は、まさに悪魔の長そのものである。

 こんなの知らない。と言うより、私たちを見下ろすくらい大きくて風見幽香さんみたいなコックさんなんて、私の知ってるコックさんじゃない……!?

 

 ふと脳裏に蘇る、幻想郷縁起の一説。

 岩を容易く砕くパワーに、天狗を上回るスピード。圧倒的な力を持ち、一声で大量の使い魔を呼び出して戦争を起こせるほどの絶対強者。

 フランちゃんの朗らかなイメージとは180度異なる、正真正銘本物の悪魔と言える印象を受ける男性だった。

 私は何かの見間違いをしているのかと思ったが、視線を横にやればルーミアちゃんが死んだ魚の様な眼をして虚空を見つめていた。どうやら彼女にも同じく、眼を向けるだけで体の芯から震えが止まらなくなる男の人がはっきりと見えている様だ。

 

 彼は長い帽子をとり、灰色の癖毛を露わにした。見つめていると魂が吸い取られそうになる紫の瞳を私たちへ向けながら、湖の水面を走る波紋の様に穏やかな口調で告げる。

 

「紹介に預かったナハトと言う者だ。今日はフランドールの我儘を聞いてくれてありがとう。君たちを心から歓迎しよう。思う存分堪能していってくれ」

 

 優しく、甘く。擦り寄るような声色に、恐怖が柔らかく溶けていく。

 ど、どうしよう。何か言わなきゃ。返事を言わなきゃとても失礼な対応になってしまう。私たちが無理を言ってわざわざ来てもらったのに、怖くて口が開けませんだなんて、あまりにもあんまりだ。それに何より、おじさまに失礼を働いて友達のフランちゃんを傷つけるような真似はしたくない。

 それでも現実とは無情なもので、私の舌も唇も、何もかもが仕事を放棄してしまっていた。

 しかし、絶体絶命の壁を打ち砕くべく、私たちのヒーローが立ち上がる。

 チルノちゃんが、まるでナハトさんの威圧を全くものともしていないかのように、元気な声を上げた。

 

「お料理作ってくれてありがとう! とっても美味しかったわ、内藤のおっちゃん!」

 

 ヒーローなんて居なかった。チルノちゃんはいつもと変わりなく、しかし変わらないからこそ特大の爆弾を投げ込んでくれた。

 内藤さんじゃないよ!? ナハトさんだよ!? そう突っ込みたいけど口が動かない。でも、突拍子もない発言のお蔭で威圧感の束縛からほんの少し脱出する事に成功する。後は自分の意識を引き摺り上げるように、太ももを抓って体の主導権を取り戻した。

 

「チルノちゃん! 内藤さんじゃなくてナハトさんです! す、すみません。チルノちゃん、人の名前を覚えるのが苦手で、悪気はないんです!」

「ごめんなさぁーい」

「ん? ああいや、大丈夫だ。フフ、名前を間違えられるとは、中々珍しい経験をさせて貰ったよ。別にその位で気に障ることは無い。むしろ微笑ましいと思っているくらいだ。だからそんなに戦々恐々としなくても大丈夫さ」

 

 何とか許してもらえたみたいだ。心の広いお方で良かった。怒りを買って頭から食べられちゃうかと思っていたので、ほっと内心胸を撫で下ろす。

 彼はニコニコと微笑みながら、さて、とお盆の方へ手を向けた。食べなさい、と暗に言っているのだろうか。

 

「君たちの中にお肉が好きな子がいると聞いていたからね、メインは肉料理にさせて貰ったよ。折角だから、感想を聞かせて貰えると嬉しい」

 

 促され、緊張の渦が巻く中、半球状の蓋を取る。

 意外な事に、今度は洋風料理ではなく和風仕上がりの料理となっていた。

 さっと火を通して出来上がったお肉を、惜しみなく贅沢に切り分けられている。赤くてらてらとした光沢をもつ断面が、緊張で食べ物を拒絶したお腹を再び呼び起こす。

 傍に備え付けられた調味料は三種類だ。お肉の友達とも言える粉雪の様なお塩に、滑らかな黒を湛えるあっさりテイストのわさび醤油。最後は、醤油に摩り下ろしたにんにくとタマネギを和えた濃厚和風ソースだ。

 どうしよう。こんなの、絶対に美味しいに決まっている。どの調味料にお肉を浸して食べるのか、想像しただけで胸が高鳴る。いやしかし決して誤解しないでほしいのが、私はルーミアちゃんと違って普段から食いしん坊な子じゃない。妖精なのに最近重くなった事実なんて絶対にない。悪いのはこのお肉なのだ。ピンクに近い赤みの中に、舌の上で蕩けそうな脂身がバランスよく配合されているこのお肉がいけないのだ。

 

 意を決して、お肉料理と一緒に付いて来た箸を手に、一切れ摘まんでまずはお塩を着ける。そのままパクリと行った。

 さっと表面だけ焼いたお肉を切り分けると言うシンプルな調理法だけれど、だからこそ素材の旨みが存分に発揮されるものだ。それを塩という調味料の中で最も簡単な装飾のみを施したこの味わいは、まさにシンプルイズベストと言う他ない。柔らかな肉の食感に、どこかさらりとした断面の舌触り。噛めば噛むほど脂の旨みが出てきて、それをお塩が引き立ててくれる。

 あつあつの白米と一緒に掻き込んでしまいたい衝動が胸の中に燻り始め、それが山火事の如く広がっていった。

 

 ことり、とテーブルの上にお茶碗が置かれた。

 お茶碗の中には、炊き立てツヤツヤのお米が君臨していて。

 見上げれば、太陽の畑の妖怪さんよりも恐ろしい空気を放つナハトさんが、食欲の悪魔の化身とでも言わんばかりに、私に誘惑の言葉を囁いた。

 

「一緒に食べてみなさい」

 

 ――――そんな事を言われて、止められる訳が無かった。

 ほかほかのお米と、今度はわさび醤油に付けたお肉を一緒に口の中に放り込む。

 爆ぜた。

 そう形容せざるを得なかった。

 ああ、ああ、ああ! 食事に対する幸せの念がこれでもかと溢れ出てくる。これは、最早言葉で語れるものではなかった。お米とお肉と醤油とわさび。たったそれだけの要素しかない筈なのに、どうして噛むのを止められないんだろう。加えて、もう一度この組み合わせで食べてみたいと言う強い欲求が泉の如く湧いてくる。

 止まらない。箸が止まらない。それは、私だけでなくルーミアちゃんもチルノちゃんも同じだった。

 

「ふおおおおお―――っ!! 内藤のおっちゃん、これ本当に普通のお米とお肉なの? 凄いわっ! 脂とお米とお肉とソースが一緒に踊ってるみたい! ううん、ご飯が進む! 進めなきゃいけないって思っちゃう! 沢山食べてるはずなのにどんどんお腹が空いてくるわ……これぞまさにさいきょーの黄金調和って奴なのね! 」

 

 感情のまま、喜びのまま、チルノちゃんが思いを口にしていく。物覚えがあまり得意じゃない筈なのに、有頂天になるとこんなに比喩を繰り出してくるのは何故だろう。

 一方ルーミアちゃんは、頬を紅潮させてとろんとした表情を浮かべていた。幸せの絶頂に浸っている……そう思わせる至福の顔に満ち溢れている。

 

「お肉美味しいぃ……しあわしぇ……まるで最後の晩さ――――」

「な、ナハトさんこれすっごく美味しいです!! 何かやっぱり、く、工夫とかしているのでしょうか!?」

 

 ルーミアちゃん、分かるよ。言いたいことはすっっごく分かるよ。本当に本当に美味しいんだからそう言うのも無理ないよ。でもね、今だけはその例えを出しちゃダメ!! それはフラグ発言ってやつなんだよ!? 

 

「工夫か。まぁ、少しだけね。急ごしらえだったので、肉に氷魔法とほんの少しの魔力を与えたんだ。調節すれば、普通に熟成するよりも品質の高い熟成肉を完成させられるのさ。紅魔館オリジナルミート、と言うべきかね」

「へぇ~内藤のおっちゃんって魔法使いだったのね!」

「チルノちゃん、だから、ナハトさんだって…………」

「そんなに焦らなくていいさ。気にしなくて大丈夫だ。しかし、一つだけ訂正する所がある。……本当はこの料理、私が全て作ったわけではないのだよ」

 

 えっ、と思わず口から声が漏れ出した。

 確か料理上手なメイドさんが体調不良になって、その代わりにナハトさんが作る事になったと聞いていたのだけれど。

 では、他に誰か料理上手な人が……。

 そう疑問を膨らませていた時に、今まで黙っていたフランちゃんが、わたわたと慌てている様子が視界の端に映り込んだ。

 

「私がやったのは、材料の品質向上と補佐、後は指示だけだった。前菜もパンもスープも肉料理のソースも、全てフランが作ったものなのだよ」

「ちょっ、おじさまっ、それは恥ずかしいから内緒にしてって……!」

「何を恥ずかしがる必要があるのかね。それに、君が心の底から彼女たちをもてなそうと頑張った努力を、私のものにする訳にはいかないだろうに」

 

 ぽんぽん、とフランちゃんの頭を優しく叩いた彼は、私たちへ再び笑いかけた。その顔は、まさに娘を想う父親のそれに違いなくて。

 

「この子は吸血鬼で、しかもあまり外の事情を知らない。さらについ最近、やっと外に出られるようになったばかりでね。色々と迷惑をかける事があるかもしれない。しかし彼女はこの通り優しい子だ。どれだけ強い力を持とうとも、決して友達を傷つけるような子ではないよ。だからどうか、これからも怖がったりせずに、フランと仲良くして欲しいんだ」

 

 真っ赤になって俯いちゃったフランちゃんを見て、私たちは顔を合わせて微笑んだ。答えなんて、考えるまでも無い。私たちは最初っから、そのつもりでいるのだから。

 

「なんだ、そんな事なら全然オッケーよ!」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「今度一緒にご飯探しに行こうなー」

 

 フランちゃんは真っ赤っかなままだけど、花が咲くように笑顔を浮かべた。それが、同性の筈なのにどうしようもなく可愛く思えてしまう。

 そこで私は、彼女が最初何を不安がっていたのか、理由が分かった気がした。

 最初にフランちゃんがナハトさんの紹介を渋ったのは、怖がられて関係が壊れちゃうと思ったからなんだろう。確かにフランちゃんの言う通り、ナハトさんは怖い。多分二人きりにされると気絶しちゃうと思う。でもそれとこれとは話が別だ。フランちゃんが勇気を出して紹介してくれたのだから、今度は私たちが勇気を出して迎えるべきだ。いや、勇気なんて必要ない。そんなもの無くたって、友達である事には変わりない。

 

「……さて、いつまでも私が居ては気まずいだろう。ここにおかわり用のワゴンを置いておくから、好きなだけ食べなさい」

 

 指を弾き、ナハトさんは沢山の料理が乗ったワゴンをどこからか呼び出した。テレポートに近い魔法だろうか。

 そして彼は、静かに部屋を後にする。残されたフランちゃんを、私たちは笑顔で迎えた。

 真っ赤っかになっている彼女を手で招いて、もう一度食事を再開する。

 今度はワゴンにあったお酒を貰って、私たちはそれぞれグラスを持った。

 お酒を注ぎ、準備を整える。次に掛ける言葉といえば、これ以外に不要だろう。

 

 新しい友達が出来た事を祝して。

 

「かんぱい!」

 

 

 

「お料理凄かったですねー。ほっぺたが落ちちゃうかと思いました」

「本当美味しかった! にしてもフランってあんなに料理が上手かったんだなー。ねぇ、今度何か作って貰おうよ!」

「食べても良い人類でミートパイ作る?」

「うーん、あたいは人間食べられないからちょっと……」

「そうなのか……残念だなぁ」

「じ、じゃあ皆でお菓子作りましょう? それだったら皆好きだと思うから」

「おお、さっすが大ちゃん頭良い!」

「頭脳明晰なのだ」

「あはは……そう言えばチルノちゃん、ナハトさんが全然怖そうじゃなかったけれど、大丈夫だったの?」

「ん? いや、怖かったわよ。あたいを震えさせるなんて、やっぱり内藤のおっちゃんはただものじゃないわ! ……でも」

「でも?」

「大ちゃんとルーミアが、内藤のおっちゃん見た時に怯えてたじゃん? その時、おっちゃんが寂しそうな顔してたから、もしかしたら何時も怖がられてるのかなって。だから、あたいだけでも怖がらない様にしようって思ったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――この言葉が、魔性によって歪められた認識を抱える彼の真髄に、限りなく近い答えだと言う事を、氷精は知る由もない。

 




料理を想像しながら書いたらセルフ飯テロになってとても苦しかったです(血涙)

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