【完結】吸血鬼さんは友達が欲しい   作:河蛸

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第三章「狂瀾怒濤の鬼神伝」
13.「始まりはお便りから」


「おっ、咲夜ちゃんじゃないか。今日もえらい別嬪さんだねぇ! どうだい、今年も豊作で野菜も果物も安いよ、買ってかないかい? 今ならサービスであまーいお芋も付けちゃうぞ!」

「おーい咲夜さんよう、今日はお肉も安いぜ! 仕入れたての新鮮な牛、豚、鶏がどの部位も大特価販売中だ! 序でに買っていきな!!」

「お米が豊作でお酒も安いよー。晩酌や宴会にいかがかねー」

「さっきゅううう――――――んッ!! おいらの血を寄付するからこっちにきてェェ―――――ッ!!」

 

 今日、人間の里の商店街では毎週恒例の朝市が開かれている。人里に数多く存在する商人たちが、それぞれ仕入れたての品々を活気と共に顧客へ売り込む小さな市場だ。雄鶏の鳴き声を吹き飛ばさんばかりに賑わうこの朝市は、早朝だと言うのにまるで宴会の様に騒がしい。加えて、夏の過ぎ去った今は実りの秋真っ只中だ。豊作の喜びと言うスパイスがより濃厚に働くせいか、他の季節よりもどこか活気が強まっている様に思える。もしかしたら秋の神様も、この喧騒に釣られてふらりと紛れ込んでいるかもしれない。

 

 前々から私は、人里へ買い物に来ることがあった。特に毎週行われている朝市の日を狙って来ていて、おまけに私は服装も髪の色も人里の人間にはあまり馴染みのないものであるせいか、今ではすっかり顔が知れ渡ってしまっている。二、三回訪れた頃にはいつの間にか名前まで広まっていた。恐らく霊夢かその辺りが教えたんだろう。別に構わないのだけれど、時々呼び込み以外の用で私を呼ぶ声が聞こえて来るようになって少しばかり怖い。直接手を出してこない分、良識的なのかもしれないが。

 まぁ、人里の人間たちは妖怪を身近に感じる生活を送っているせいで外の世界と比べて非常に逞しく、適応能力も高いので良くも悪くも大らかなのだ。細かい事を気にしないと言って良い。排他されてきた外と比べれば、この賑わいも悪くないと思える。

 

「鶏を一羽まるまる、あと卵を二箱くださいな」

「毎度有り! いつもの牛じゃないって事は、お嬢様のリクエストか?」

 

 そう言って豪快な笑みを見せる男性は、急ごしらえを要する際に朝市平時を問わず世話になる肉屋の主人だ。この人は見かけの豪傑さに寄らず読書家で、幻想郷の妖怪やその対抗策、危険区域などを記した、いわば一種のガイドブックである幻想郷縁起と言う名の書物を愛読しているせいか幻想郷の妖怪事情にやたら詳しい。その為私が紅魔館に属する者と噂で知るや否やお嬢様について興味を持ち、買い物ついでの談話で主人の日常などを話した結果、よく気にかけてくれる様になった稀有な人だ。

 

 外の世界なら、吸血鬼を気遣う人間なんて考えられたものではなかった。改めて幻想郷とは凄い所なんだなと実感させられる。

 ……ただ時折、お嬢様に血を飲んでもらいたいと自らやってくる物好きを超越した人間がいるのが困りものだが。

 

「ええ。昨晩、北京ダックが食べたいと仰せられたの」

「へぇ『ぺきんだっく』……ん? それって確かアヒルの料理じゃなかったかね? 鈴奈庵の外来本で読んだことがあるぞ。鶏で良いのかい?」

「フフ、お嬢様は純真な側面が強いお方ですから」

「――はっはっは! 成程、じゃあサービスでアヒルの卵二箱もツケておくよ!」

「ありがとう」

 

 料金を支払い、品物を受け取って持ち合わせていた袋に入れる。また来てくれよーと背後から主人の別れの挨拶を受け止めながら、食後のデザートはスイートポテトにしようと思い至って、八百屋にも足を運ぶことにした。確か秋は香りで顧客を呼び込むために作りたての焼き芋も売ってるはずだから、試しに買って食べてみよう。だが誤解しないで欲しい。これは味見をして真に美味な芋なのか見極めるために買うのであって、決して自分が食べたいからなんかではない。あくまで味見なのである。良い品を主人に提供する為に見極めるのも従者の務めなのだ。間違っても私が焼き芋大好きメイドさんと言う訳では無い。

 

「すみません、焼き芋一つとサツマイモを一箱――――」

「店主、サツマイモを一箱分貰えるか――――」

 

 偶然声が重なったと横を見れば、いつぞやの半人半獣の女性がそこに居た。

 彼女と私は目を合わせると、『あ、こんにちは』といった具合に軽い挨拶を交わす。間にはもう敵対の空気は無く、あるのはこの奇遇に驚く雰囲気のみだ。

 戦いが終われば(わだかま)りを残さないのが、幻想郷特有の暗黙の了解と言って良い。元よりあの戦闘は不可抗力な勘違いによるものだったのだ。今も険悪である必要などどこにも無い。

 それは、彼女の方も心得ている様で。

 

「先日はどうも。えっと、咲夜さん、で合ってるかな?」

「はい。十六夜咲夜と申します。紅魔館で従者を務めております」

「上白沢慧音だ。一応、寺子屋で教鞭を執らせて貰っている。改めてよろしく」

「こちらこそ」

 

 あの晩の戦いが嘘のように、和やかな空気が私たちを包む。

 しかし店の前で買い物を続けず会話をするのも何だとの事で、それぞれ必要な品を手に、一旦場を離れてから会話を再開した。

 

「かなりの量を購入されたようですが、上白沢様も今晩芋料理を?」

「いや、流石にこの量を一人では完食できないさ。今日は妹紅に竹細工の課外授業を頼んでいてね、その序でに子供たちと焼き芋でもしようかと」

 

 そう言って彼女は、何だか遠足を楽しみにしている子供の様に朗らかな笑顔を浮かべる。余程寺子屋の子供たちが可愛いのだろう。確か以前美鈴が『手のかかる子ほど可愛く思える』と言っていた事があった。それと似た様な気持ちなのかもしれない。

 因みに美鈴の言う手のかかる子は私の事ではないと言っておく。そう、決して私の事ではない。私は過去を振り返る女では無いのである。断じて。

 

 閑話休題。

 

 件の妹紅と言えば、確かお嬢様の槍をまともに食らい散り散りになりながらも瞬時に復活して見せた、あの炎を操る人間――と呼ぶには少しばかり規格外だが――の事だろうか。竹細工の授業を任されているという点から考えるに彼女は器用だろうから、何だか火加減も上手そうに思えてくる。子供たちが笑顔で跳ねる様な、美味しい焼き芋を簡単に作ってしまいそうだ。もしそうならば私も食べてみた―――いや、火加減の調節方法を参考にさせて頂きたい。

 

「……ところで、一つだけ質問したいことがあるのだが、大丈夫かな?」

「なんでしょう」

「あの晩に現れた男についてなのだが……ああ、勘違いしないで欲しい。別に他意は無いんだ。ただ、妹紅は彼の事をあまり話してくれなかったので、気になって」

 

 恥ずかしながら、あの後気を失ってしまって記憶が無くてね―――彼女はそう言って、苦々しい笑みを浮かべた。そこに悪意は見当たらない。純粋に、ナハト様について知りたいと思っているのだろう。

 ……別に黙秘する必要は見当たらないし、お嬢様からナハト様の事を口外するなと命令が下されている訳でもない。ならば、根の深い部分以外は話しても問題ないか。

 

「少しなら大丈夫ですよ。して、あの方の何を?」

「ありがとう。……ただ純粋に、彼がどう言った妖怪なのか知っておきたいんだ。危険なのか、危険でないのか、簡単な所だけで構わない」

「……危険か危険でないかで言えば、勿論危険なのでしょう」

 

 嘘は言っていない。事実、あの方は人知を超えた力を持つ吸血鬼だ。しかも強大極まりないお嬢様よりも頭一つ、いや二つは抜けていると言っても過言ではない。

 吸血鬼のソレを更に超越した再生能力。漏れ出した瘴気を浴びるだけで人体に重篤な影響が出るほどの濃密かつ莫大な魔力。それを具現化しコントロールを可能とするほどの精密さ。そして豊富な知識と非常に高い洞察力。能力面のみで見れば、これ程厄介で強力な妖怪はそうそうお目にかかれるものではないだろう。事実、彼と総合的に考えて匹敵すると思われる怪物は、八雲紫以外に私は知らない。

 

 しかし、妖怪の中でも文句なしのバケモノと称せるポテンシャルを持つ反面、普段のあの方は非常に穏やかで紳士的な妖怪だ。人間から罵詈雑言を投げられたり、理不尽な攻撃を受ける程度では、怒りを滲ませている様子が浮かび上がって来ない。丁寧な対応に気を配り、あの瘴気にさえある程度馴れてしまえば、ナハト様は恐らく危険ではないのだろう。

 

 だが、それでもだ。

 

 私は決して忘れない。あの忌まわしい夜の出来事を。そして抱かされた、あの方の真の恐ろしさを。

 彼の怒りは、怒りの矛先を向けられていない私ですら死を予感したほどのものだった。彼の指先が動けば死ぬ。彼が声を発すれば死ぬ。彼の視線に射抜かれれば死ぬ―――そう覚悟させられてしまう、理不尽なまでの圧力と力があった。 

 勝てる勝てないの問題ではない。許す許されるの問題でもない。彼の怒りを買えば死ぬのだ。いや、実際は死なんて生温いと両断できるような処断を下されてしまう。夜の怒りを前には人間の力など、蟻が象に挑むよりも無謀な事である。

 だからこそ、安全などとは程遠い。いや、そもそも妖怪の時点で人間にとって安全な存在など無いに等しいのだが、それでもはっきりとこう言える。彼は決して安全な吸血鬼などではないと。

 

 あの方は恩人だ。それは本当に、心の底から理解している。私の様なちっぽけな従者風情では、到底返す事の叶わない恩義を感じている。

 けれど、だからこそ。彼との間に存在する尺を計り間違えてはいけない。彼の強大さを計り間違えるような事があってはいけないのだ。

 

「ですがあの方は寛大です。並大抵のことではピクリとも動じる事はありません。事実、上白沢様はナハト様に敵意を向けても処刑される事が無かった。お嬢様のお話では、その様な些細な事でも他の吸血鬼達は不敬だと一蹴して、殺害にまで及ぶことが多々あったそうですから、あの方が吸血鬼としてどれだけ大らかなのか察する事が出来るかと思います。しかし、あの方の持つ力は―――いえ、あの方の怒りは危険以外の何物でもありません。これは仮定の話ですが、もしあなたがナハト様の怒りを買ってしまったとしましょう。そうすれば、最悪人里は無くなります。賢者の守護があったとしても只では済みません。これは絶対です」

 

 つい語気が強くなり、荒々しい空気を帯びてしまう。

 その効果が如実に表れたのか、ごくりと音がはっきり聞こえてきそうなほど、彼女は喉を蠕動させた。教鞭を執る者である以上、彼女は聡明なはずだ。今の言葉だけで十二分に彼の実態を理解出来たのだろう。

 けれど別に、脅すつもりなんてない訳で。

 

「―――と、脅し文句みたいな事を言いましたが、彼は不用意に手を出される様な事でもなければ他者に襲い掛かる事はまずありませんから。まさに触らぬ神に祟りなしですわ」

「その様だな、肝に銘じておくよ。……っと、いけない時間だ。仕事だから、私はこの辺りで」

「ええ、お達者で」

「時間を割いて付き合ってくれてありがとう。それでは」

 

 彼女は頭を下げた後、箱を抱えて足早に去って行った。言われてみれば、それなりに時間が経過している。授業の準備などで忙しいだろう彼女はこれから大変そうだ。それでも彼女は、自分の仕事が好きなんだろうなぁと別れ際の笑顔を見て私は感じた。

 そして仕事と言えば、私にもやるべき事があるのだった。このままぼうっと佇んでいる訳にはいかない。済ませる用は済んだ事だし、芋を食べながら帰るとしよう。

 

 八百屋から買った焼き芋を袋から取り出しつつ、私は振り返る。皮を剥いてさぁ実食だと思い至ったその時、何か弾力のあるものに強く弾かれ、私は大きく後退し、よろめいた。

 拍子に、焼き芋が無慈悲にも手から転げ落ちる。

 

「!」

 

 即座に時間停止。間一髪で焼き芋を救出する事に成功し、止まった時の中で安堵の息が零れ落ちる。危ない危ない。

 態勢を整えて、時間の流れを正常に戻す。何にぶつかったのかと振り返って前を見れば、そこには何も存在していなかった。

 はて、と首を傾げつつ周囲を見るが、不審なものは見当たらない。だが確かに今、何か柔らかいものにぶつかった感触があったのだ。時間停止中はずっと焼き芋に意識を持っていかれたとはいえ、解除して直ぐに振り返れば、衝突した物を当然視界に捉える事が出来るはずである。

 それが無かったと言う事は、本当に私の気のせいだったのだろうか。

 

「……不思議な事もあるものね」

 

 だからこその幻想郷か、と一先ず自己完結をさせておく。うだうだと考え込んで時間を食ってしまったら本末転倒だ。ここは手早く焼き芋を処理しつつ迅速に帰宅する事が先決である。

 改めて、九死に一生を得た焼き芋を見る。時間操作の応用で温度を維持できるのがこういう時に便利なもので、時間が経過してもアツアツの状態で吟味する事が出来るのだ。

 

 そして頂きます、と漸く口にしようとしたその時だ。手提げ袋から何かがはみ出している事に気がついて、私はそれを何気なく手に取った。

 端正に作られた、ラベンダーの栞だった。

 こんなものが何故袋に? と疑問を抱くも、パチュリー様の栞をメイド妖精が悪戯で袋に隠した線が浮かび上がってきて、直ぐに考えるのを止めた。こんなのはよくある事だ。特に最近は妹様がやんちゃになりつつあって、メイド妖精と悪戯をする事が増えたせいか物がよく隠されたり移動したりすることが多くなった。以前と比べれば大変微笑ましい事ではあるが、だからと言ってやりたい放題で放置していい理由にはならない。良い機会だから、戻ったらお嬢様の許可を頂いて少しお話をしよう。そろそろ誰かが注意しなければならない頃合いだと、お嬢様も思っておられる事だろうから。

 

 私は栞を折れないよう袋に仕舞って、紅魔館へ続く帰路を歩み出す。

 久しぶりの焼き芋は、思わず頬が緩くなるほど甘かった。

 

 

 相も変わらず、秋空の下でも私は門番である。と言うより一年中門番である。元来体が頑丈なせいか、それほど暑さも寒さも気にならないので環境に関しては別段苦しい所は無かったりする。しかし一日中門前で立っているだけではかなり暇なので、その部分が辛かったりする。

 昔はそれなりに修羅場と言うか、紅魔館に侵入しようとしてくる賊が定期的に訪れてきて良くも悪くも暇では無かったのだが、最近は滅多な事ではやってこない。来る者と言えば、私を倒して強さを証明したいと謳う物好きな人里の格闘家か、黒白のシーフマジシャンか、

 

「おはようございます、美鈴さん」

「あっ、おはようです。鈴仙さん」

 

 迷いの竹林の奥にある永遠亭と言う場所からやってくる、鈴仙さんくらいだ。

 

 彼女は時折、永遠亭に住まうナハトさんの友人からナハトさんへ手紙を届ける為に、遠方よりわざわざここまで訪問してくれる頑張り屋さんな妖怪兎だ。最も用件はそれだけではなく、序でに薬箱の管理もしてくれている。彼女が師匠と敬う人物がそれはそれは凄い薬師さんらしく、事実そのお師匠さんが作った薬の効力は抜群で、咲夜さん曰く調子が悪い時に服用すると直ぐに体調が改善されるとのこと。

 言うまでも無いが薬箱の管理が必要なのは、私たち妖怪と比較するとどうしても肉体的に脆い咲夜さんの為だ。ついこの間熱を出して倒れた事があったからか、お嬢様は鈴仙さんの来訪をそう言った面でも歓迎したと言う裏話がある。昔から吸血鬼にしてはお優しい方だったが、ここ数年で本当に丸くなられたものだ。

 

「これ、お手紙です」

「ありがとうございます。いつも遠くから大変ですね、この後人里にも向かうのでしょう?」

「師匠に扱かれるのは今に始まった事じゃないから大丈夫ですよ。それに私、こう見えて力持ちなんで、重い荷物もへっちゃらです」

 

 むん、と力こぶを作る仕草をする鈴仙さん。パッと見ただけでは華奢に映るかもしれないが、相当肉体を引き絞っている名残が私には伺えた。気の流れも非常に安定かつ活発だし、もしかしたら昔は鍛えていたのかもしれない。

 

「前の点検から薬は使われました?」

「いえ、以前薬箱の補充をしてもらってからは使ってないですね。皆健康体そのものですよ」

「では、薬の点検は必要ありませんね。それじゃあ私はこの辺りで」

「おや? 珍しいですね、今日はお茶を飲んで行かないんですか?」

「ふふ……実は以前お邪魔した時、時間を忘れてしまったせいでその日のお仕事が終わらなくて師匠に怒られちゃいまして。今は絶賛反省中なんですあはははー」

 

 そう述べる鈴仙さんの目は、濁り切った池の水の様に不気味な色を湛えていた。何だか若干気が乱れ始めている。トラウマになる程とは、一体どんな風に怒られたのだろうか。

 お師匠さんの怒りがよほど怖いのか、鈴仙さんは『それではー』とだけ言い残して忙しなく人里の方へ飛び去って行った。

 手を振りながら見送って、私は手紙を届けに行くために門を開こうと手を掛ける。

 

 そう言えば、ナハトさんが身内以外と交流を持つなんて凄く珍しいなぁと、今更になって気がついた。昔の彼は紅魔館の中でも特に近しかったお嬢様達とそのご両親くらいしか、積極的に関わっている所を見たことが無かったものだから、一層物珍しく感じてしまう。

 そうなると必然的に、この手紙の内容が気になってくるものである。が、無論頼まれたって聞かない。例えこればかりはお嬢様や妹様の命令であっても聞くことは無いだろう。彼のプライベートを無許可に覗こうなど、盛大な自殺行為以外のなにものでもない。過去の紅魔館に居た吸血鬼達であれば、この手紙を手に取る事さえ忌避しそうだ。

 そう考えていると、いち早くこの手紙を届けねばと言う強迫観念に駆られてしまい、私は直ぐに門を開いた。ここで衝動に負けて全力疾走のまま紅魔館へ帰れば確実に咲夜さんからナイフと共にお説教を頂く事になるので、気のサーチを駆使しナハトさんまでの最短最速のルートを割り出しつつ足早に目的地へと向かう。

 

 ふと、背後に小さな反応が二つ。

 

「みすずー!」

「チルノちゃん、美鈴さんですよ!」

 

 よく見知った妖精たちの元気な声が、私の背中を優しく押した。

 妹様の所へ遊びにやって来たのだろうか。しかし今は真昼間で太陽が制空権を握っている状況な上、妹様から彼女たちに関しての伝言を受け取った覚えはない。つまり予定に組み込まれていないと言う事実に繋がる。となると私に用事がある様に思えてくるのだが、今はこれを届ける方が優先だ。取り敢えず私が不在の間、勝手に館へ入らないよう釘を刺しておこう。この二人は妖精にしては非常に聞き分けが良いので、ちゃんと理解してくれるはずである。チルノさんが好奇心に負けなければの話だが。

 

「こんにちは二人とも。すみませんが、ちょっと待っていて頂けますか? ナハトさんにお届け物があってここを離れなくてはならないので―――」

「おお、それは丁度いいわねっ。これ、内藤のおっちゃんへのお手紙だから渡しといて!」

「チルノちゃん、内藤さんじゃなくてナハトさんですよ」

 

 大妖精さんの訂正もなんのその、『ん!』と元気よくチルノさんの手から一通の封筒が手渡された。はて、彼女もナハトさんと交流があったのだろうか。あまりにも意外過ぎて、受け取った後に手紙とチルノさんを二度見してしまった。

 私の心中を悟ったのか、大妖精さんが説明を加えてくる。

 

「さっき二人で遊んでいたら、これを紅魔館に住んでいる男に渡してくれって言われたんです。多分、ナハトさんの事じゃないかなと思って」

 

 大妖精さんの言葉に訝しみを覚えた私は、手元の封筒へと視線を移した。

 裏にも表にも文字は書かれておらず、差出人は一切不明だ。魔力などの力が感じられない所から見て術による罠の可能性は無いだろうが、どう考えても怪しい事に変わりは無かった。手紙に関しては鈴仙さんから受け取るものについてしか、ナハトさんから聞いていなかったからだ。連絡が無かったのであれば、当然ナハトさんが予期していないお便りと言う事になる。

 

「一体、どなたからこれを?」

「分かんない。なんか霧みたいなヤツだったわ」

「霧?」

「形が無かったんです。突然目の前に現れて、伝言と一緒に手紙を落としていきました」

 

 霧の様な姿をしたもの……普通に考えれば身元が明かされる事を恐れて変化の術かそれに類似したものを行使していたのだろうが、だとすれば余計に怪しさが増してくる。誰が、何の目的でナハトさんにこれを渡そうと企んだのだろうか。

 ……いや、私があれこれと考えても仕方がない。もしこれが何らかの術が施された手紙型の罠であれば即座に処分する所だが、そうでない以上この手紙の意図を見出すのは、宛先の人物であるナハトさんであって私ではないのだ。ならば、共に届けておくのが最良の選択と言えるだろう。

 

「分かりました。それでは、責任をもってしっかりと届けておきますね」

 

 あと勝手に門の中に入っては駄目ですよ、と再度釘を刺しておく。元気よく返事をするチルノさんと頭を下げる大妖精さんの見送りを背に、私は門を後にした。

 

 

「遂に追いつめたわ、お姉様。次の一手で確実にチェックにしてあげる。もう逃れられないわよ。お姉様の運命は今ここで完全に潰え、私に勝利がもたらされるのよ!」

「――――」

「腕を組んで余裕を装ったって無駄だよ。分かってるんだから。悔しいのよね? ねぇねぇ悔しいのよね? 妹に窮地に立たされるなんて、プライドの高いお姉様に我慢できる筈がないんだもの。さぁ、是非今のその気持ちを私に聞かせてよ、お・ね・え・さ・まぁ!」

「……クックックッ。甘いわねぇ、フラン。そうやって勝ちを確信して、水面下の脅威に気付かずに踊り狂う様が本当に滑稽だわ」

「なんですって?」

「貴女の負けって事よ、フランドール」

「…………ハン、この状況で盤をどう引っ繰り返すと言うの? お得意の運命操作で勝ちの糸を手繰り寄せるつもり? 出来るものなら寄せて見なさいよ、出来るもんならねぇ!! 負け惜しみなんてみっともないよ、レミリアお姉様ァ――――――」

「はいチェックメイトー」

「――――――――――――――――――う?」

「……忘れていたの? ポーンは相手陣地の最終列にまで潜りこめば、クイーンへと昇格出来るって事を! お前は私が意味も無く外れにあるコイツを動かしていると本気で思っていたの?ルールブックはちゃんとよく読みなさいとアドバイスまであげたって言うのに、完璧に失念していたなフランドール・スカーレットッ!」

「な、な、なななぁ………っ!」

「さらによぉーく見てみなさい、私が配置した駒の数々を」

「!? わ、私のキングが! クイーンが完成した事で完全に包囲されている!?」

「お前は目先の勝利ばかりに囚われて、周りに一切気を配らなかった。それが敗因に繋がった! 改めて周囲に目を凝らしてみなさいな。どう? 貴女の視界に、果たしてここからの逃走経路は映し出されているかしら?」

「そ、そんな! こんな、こんな事って……!」

「たかが雑兵と思って見過ごしたのが仇になったわね。まさに油断大敵って奴よ」

「ふ、ふにゃああああああ~~~~ッ!?」

 

 ガツン、とフランがテーブルに頭を打ち付ける音が図書館中に響き渡り、それが試合終了のゴングとなった。

 一部始終を観戦していた私は、手作業を止めて彼女たちへ声をかける。

 

「惜しかったね。まぁまぁ良い線を行っていたとは思うのだが、そこはやはり経験の差と言ったところかな」

「うー……」

「フン、ボードゲームで私に勝とうなんて500年早いわっ」

 

 負けた事がよほど悔しいのか、自慢げに胸を張ってドヤ顔を向けるレミリアに腹が立つのか。フランは呻き声を上げたまま机から一向に顔を上げようとしない。腕をクッションにしていないので鼻が潰れて痛いと思うのだが、大丈夫なのだろうか。

 

「しかし初心者相手に少し大人気なかったのではないか?」

「そうよ。フランはチェスをやったことが殆ど無かったんでしょう? それを上げてから叩き落とすなんて可哀想に。お姉さんらしくない」

 

 私と共に観戦していたパチュリーが、賛同して非難の声を上げる。だがレミリアは『強さこそが正義なのよ』と悪魔的な笑みを浮かべるだけだ。活動的な妹と違って、策略や陰謀を好むレミリアらしいと言ったところか。

 

 そして実は意外な事に、フランはボードゲームを殆どした事が無かったりする。彼女はもっぱら活動的な少女で、自由の身だった400年前も盤上で思考を働かせるより体を動かして活動することが多かった。幽閉されていた間も、ただひたすらに眠っては起きるか、時たまボールを壁に投げて一人キャッチボールをするか、本を読むか、あの卿と話をして時間を過ごす事しかしなかったそうである。哀愁漂う彼女の経歴を思い返すと、どことなく自分にも共通した点が浮き彫りになって変な笑いが出た。こんな事でシンパシーを感じてどうすると言うのか。主に年長者として自分が情けなくなってくる。

 

 しかし今の私は以前の様なボッチではない。最近になって漸く……苦節数千年の末に漸く、初めての友人を獲得した。尤も、諸事情あって手紙でのやりとりしか出来ない状況ではあるが、私はそれでも大変満足である。そしてこんな関係を輝夜は『ぶんとも』と呼んでいたが、友人にも色々な種類があるのだと、輝夜と知り合って初めて知ることが出来たと言えよう。私は本や映像、体験と言った情報媒体からしか知識を習得していないが故に交流によって生まれる文化的情報に疎い。その為、他者との交流と言うものの重要さが身に染みて理解できる。

 兎に角、やはり友人とは素晴らしいものだ。得るまでの経過で様々な事があったが、今では花に話しかけている様を見られて引かれても全く気にしない位に気分が良い。

 

「さて、こんなもので良いか」

 

 彼女たちの試合を見守る傍ら行っていた作業が終わり、私は完成した品をテーブルへと置いた。

 すると対面座席へ座っているパチュリーが、活字の海から興味深そうにチラリと視線を寄越す。

 

「それは……前に私が作った腕輪かしら?」

「その模造品だな。残念なことに以前の異変で壊してしまったから、自分で作ってみた。折角作って貰ったのに申し訳ない」

 

 そう。あの時錯乱した輝夜へ手を伸ばした際、私は腕ごと輝夜に装飾品を砕かれてしまっていた。種族的に彼女は人間の筈なのだが、実は相当な力持ちだったらしい。流石に木端微塵になった腕輪を組み立て直すのは骨なので、今度は自分の手で作ってみる事にした。幸いどの様な素材と構造をしているかを把握していたので、後は手順を踏めば容易だったが。

 

「別に構わないのだけれど、要の石はどこから?」

「大昔に集めていた収集品の中へ紛れていた物を使った。魔石の類だ、問題ないだろう」

 

 400年前に館を発つ際、この館に存在する様々な絡繰り部屋へ隠した物の一つだ。長い間放っておいたのでもしかしたら劣化しているかもしれないと危惧していたが、どうやら無用な心配だったらしい。証拠に腕輪へ魔力を通した瞬間、小悪魔の尻尾が少しだけ柔軟さを取り戻している。彼女は魔性が及ぼす私への緊張具合を計る指標になってくれているのだが、それでもフランクになってくれた方が百倍好ましい。小悪魔から信頼を得るには、まだまだ先が長そうである。

 

 パチュリーが、徐に本を閉じて私に言った。

 

「ねぇ、その石ってまだ残っていたりする?」

「恐らく探せば出てくるだろうが……」

 

 もしかして欲しいのか? と聞いてみれば、案の定そうだったらしい。彼女の抱えている魔法実験のアイテムとして欲しいのだとか。

 まぁ問題は無いだろう。と言うより使って貰った方がありがたい。大切なコレクションではあるが、使いたいと願う者が居るならば使われた方が良い筈だ。今現在あの品々は本当の意味でお蔵入りしてしまっており、まさしく宝の持ち腐れとなってしまう危険性が高い。大事に扱ってくれるのならば、彼女へ絡繰り部屋への行き方を教えるのも吝かではないか。

 と、そんな事を思慮していた時。

 

「失礼します」

 

 ノックと共に、美鈴が図書館へと姿を現した。

 普段は門番に勤しんでおり、休憩中を除けばずっと外に居座っている彼女がここまで来たと言う事は、理由は一つしかないだろう。

 

「こちら、お便りです」

 

 レミリア達へ一礼した彼女が、予想通り私へ便箋を手渡した。輝夜からのものだろう。前回からの日数的に考えてそろそろかとは思っていたが、どうやら読みは当たっていたらしい。

 二通の手紙を受け取った私は、まじまじと封筒を見ながら―――

 

「……ん? 二通あるようだが、これは両方とも永遠亭からの便りなのかね?」

「いえ、それが……」

 

 美鈴は、異例として加えられていたもう一つの手紙について私に説明を施した。何でもフランの友人であるあの妖精達が身元不明の人物から私宛への手紙を受け取り、それを美鈴へと渡したらしい。訝しんだ美鈴は手紙に罠が無い事を確認して、この手紙の処断を決めて貰うべくここへ持ってきたそうだ。

 はて、私に便りを寄越す様な人物が輝夜の他にも居ただろうか。いや、もしそんな仲の人物が存在するならば私が忘れるわけが無い。であれば、これは必然的に私の知らぬ人物からの物となってきそうだが。

 

「……、」

 

 先に差出人不明の封を開けて中身を見れば、案の定私の知らない者からの便りだった。と言うよりは名前が書かれていないので、誰の者からなのか分からないと言った方が正しいか。

 

「なんて書かれているの?」

 

 レミリアが興味深そうに伺う。彼女から半ば警戒の色が見て取れた。

 私は文を読み上げ、内容を彼女たちに提示する。

 

「『ナハト殿。次の満月の晩、貴方を妖怪の山の祭りへ招待します』……これだけだな」

「妖怪の山ですって?」

 

 概要を耳にしたレミリアの表情が、結露を帯びたガラスの様に一気に曇る。妖怪の山とは、レミリアがそこまで不安を煽られる様な場所なのだろうか。

 確かふらりとレミリアやパチュリーに聞いた話によれば、その山は天狗を中心とした様々な妖怪による縦社会が築かれている地であったか。噂だと外界に匹敵する高度な文明を所有しているとか何とか、関係者ではない者には噂の尾ひれを掴み辛い未開の土地だ。

 

 兎に角、見方を変えれば一国から招待を受けたと考えればいいのだろう。ただ、招待を受ける由縁が全く見当たらないのが引っ掛かるのだが。

 

「何か不味い事でも?」

「……いいえ。ただあまりにも不自然だと思って。その手紙は、指定地からしてどう考えても天狗の関係が寄越したものじゃない。おじ様の名が天狗に知れ渡っているとは考え難いから……いや、有り得るわね。パパラッチカラスが異変中のおじ様を偶然発見した可能性は捨て切れないか」

 

 でも、とレミリアは区切りを入れた。

 

「だとすれば尚更怪し過ぎるわ。表面上は招待する理由も差出人も一切不明。おまけに事情説明の為にこちらへ天狗を寄越す気配も無し。浅く読んだとしてもこれは罠よ。罠に掛ける理由が分からないのだけど」

「確かに。だが逆に不自然ではないかね。何故この様な、断られる事が当然とも言える態度で私を招待したのかが。まるで断られない確信を持っているかのように思えるな」

 

 もしくは、断られても痛手にならないと捉えるべきか。だが前者の場合は引っ掛かるものがある。断れなくなる理由として考えられるものは第一に弱みだろう。だが弱みなど思い当たる節が無い。あるとすればレミリアたちの事だろうが、そもそも彼女たちは並の者では手も足も出せない猛者達ばかりだ。アクションを起こそうにも、相手側も相当な痛手を負う事必至である。

 となると、また別の要素が考えられるが……。

 

 ふと。

 手紙を読み返している最中、私の目に『祭り』の文字が、酷く強調されて焼き付いた。

 瞬間、稲妻が駆ける様に私の脳裏へ閃きが誕生する。

 これは、まさかではあるが。

 

「親睦会への招待か?」

「へっ」

 

 素っ頓狂な声を上げ、ぱちぱちと目を丸くするレミリアを余所に、私は思考を展開していく。

 天狗は絶対的に上下関係を重きに置く種族だと聞く。それは同族間に限った話では無く、他種族においても適応されるらしい。例えるならば人間。天狗は彼らに対して、絶対に対等な形で接しようとはしない。あくまで自分たちが上で、人間は下。幾ら対応が丁寧だとしても、その根底が覆る事は決して有り得ないのだ。

 そして当然の様に、その逆もまた成立する。

 例えるなら賢者たる紫。彼女と天狗達は、有事の際を除けば互いに干渉する事を控えている関係にあるとレミリアは言っていた。敢えてその関係性を示すならば対等と言ったところだろう。これらの例から考えるに、つまり天狗と言う種族は、幾ら力量的に相手が勝ろうとも上の立場に妖怪を置くことは決して有り得ないのである。身内ならば上下が徹底していようが、他者に対しては絶対に対等以上を譲らない。この性質は国同士の干渉に似ているような気がする。

 

 ここで、私の存在が彼ら天狗たちに知られていると仮定しよう。そして私の存在が露見する様な切っ掛けになったのは、間違いなく紫と幽々子のタッグと戦闘を繰り広げた際だ。あの戦いは余りにも目立ち過ぎた。空中戦とは言えあそこまで暴れ回れば、一人や二人に目撃されていてもおかしくは無い。

 それに加えて、私の魔性の性質をプラスする。するとどうだろう。客観的に見れば、凄まじい威圧を放つ謎の吸血鬼が、妖怪の賢者と冥界の管理人を相手に平然と戦っていたと言うとんでもない構図が出来上がってしまうではないか。どうしてそうなるだなんて言葉は今更である。不本意だが今までの経験からして、そう思われていても何ら不思議ではない。

 

 つまり、これらから導き出される天狗の思惑は単純明快。

 敵対してしまう前に、強大だと判断した私と友好を取り持って対等の位置にまで持っていこうと言う魂胆なのである。

 

 そしてもしそうならば、これは好都合と呼ぶに他ならない。

 

 この様な事は以前にもあった。最たる例があのスカーレット卿だ。彼もまた同じ理由で私に近づき、そこから紅魔館との縁が出来た。実際の所は甚だ不本意ながら上司と部下の様な関係で、最後には裏切られてしまうと言うオチだったが、形はどうあれこの形式は表面上プラス方向の縁が出来る局面である。これを利用せずしてどう友達を作ろうと言うのか。

 これはまたとないチャンスなのだ。私にも友人が出来る事が証明され、さらにこの間のお茶会で紫と関係性を『知り合い』レベルにまで修復できた今、現在までの経験をフル活用して私の悪印象を取り除く事の出来る絶好の機会である。上手くいけば友達が増え、最悪失敗してたとしても、関係を悪化させられない相手側の都合上、表だけでも仲良くしてくれるはずである。何だか相手の都合を手玉に取るようで胸の内から嫌悪感が顔を覗かせるが、ここは少し目を瞑ろう。双方の関係性を安定化させるために必要な事でもあるのだ。

 

 では、この招待に頷かない道理無し。

 

「彼らの意図が読めた。満月の晩は三日後だったかな。時間もある事だ、この招待に乗るとしようか」

「い、意図が読めたって、具体的には何が分かったの?」

「恐らくただの社交パーティーへの誘いだろう。大方異変時の私を見て、敵対する前に友好的に接して取り込もうとしているのではないかね」

「誘い込まれて叩かれる危険性は?」

「わざわざ彼らが争いの火種を起こすメリットが見当たらない。万が一そうだったとしても、直ぐに後退するさ。速さには少し自信がある」

「……はぁ、分かったわ。もうこうなったら私なんかじゃ止められないのは承知してるしね。でも一つだけ条件がある」

「何かね」

「美鈴を同行させること。それだけよ」

「!?」

 

 突然話題の矛先を自分に向けられた美鈴が、限界にまで目を見開いてレミリアを凝視した。全く予想だにしていなかったのだろう。私も彼女を同行させろと言われるなど想像もしていなかった。ただ美鈴よ、何故そんなに不安そうな表情を浮かべているのだね。

 

「お、お嬢様? 何故私が……?」

「前の異変の時、アクシデントに巻き込まれていたとはいえおじ様が迷子になってたでしょう。おじ様に放浪癖があるのは知っているわよね? それの予防策よ。貴女がブレーキ役になるの」

 

 ……確かにフラフラと歩きまわってしまう癖があるのは認めよう。事実、昔から私は旅好きだ。だがそのボケてしまった老人を扱う様な物言いは如何なものか。いや、年齢からしてみれば私も十分お爺さんなのかもしれないが、それでも物忘れなどは起きていない。

 

「ですが、門番はどうなさるので? 咲夜さんは言わずもがな多忙ですし、小悪魔さんも……」

「今、門の前に妖精が二匹いるじゃない。そいつらを臨時で雇うわ」

 

 あの子達ならフランの相手にもなるし一石二鳥でしょ、とレミリアは朗らかに笑う。その提案に反応したのは、言うまでも無くフランだった。

 がばっと起き上った彼女は、目をキラキラさせながら姉に問いかける。

 

「じゃあその日の夜は皆と一緒に門番やってもいいの!?」

「ええ、そうね」

「面白そう! と言う訳で美鈴いってらっしゃい!」

「妹様ァ!?」

 

 美鈴の悲鳴もなんのその。紅魔館を取り仕切る姉妹から勅命が下された今、彼女が反対の意を押し切る事など出来る筈も無く。

 晴れて、私と美鈴による妖怪の山社交パーティーへの参戦が決定する事となった。

 しかし美鈴は何時になったら私を前に緊張してくれる事が無くなるのだろうか。この機会に、その壁を取っ払う事が出来れば良いのだが。

 

 どうやらこの旅は、山と良好な関係を築く他にも目標が出来そうである。

 


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