今夜は山で祭りが行われる……らしい。
らしいと言うのは、その祭りが山の行事項目に乗っていない、つまり最近突然に開催が決定したイレギュラーな催し物であり、私たち下っ端が祭りの開催を知ったのは、ここ3日ほどのごく最近の事であったからだ。
そして私は山の麓の警備を担うしがない白狼天狗だ。元々予定に組み込まれていなかった突飛な祭りである為、当然休みである筈も無く。加えて不幸は重なるものなのか、今日に限って見回り当番だったりする訳で。
まぁとどのつまり、私は山の祭りに参加する事が出来ずにいた。
今朝、『今日は何だか厄い香りがプンプンするわっ』と若干テンションがおかしな方向になりつつあった厄神様に言われた言葉は、どうやら間違っていなかったようである。今日の運勢はまさしく最悪の一言だ。
非番の同僚たちが、今頃里の方でわいわい楽しんでいるのかなぁと少しばかりの嫉妬に駆られつつ、優しい友人たちがこの寂しい白狼天狗に屋台の食べ物でも恵んできてはくれないだろうかと思いを馳せながら、私は背の高い木の枝の上でひっそりと、『千里先まで見通す程度の能力』を行使して山の周囲を監視していた。
本日も晴夜、お祭り日和なり。何故今日に限って非番じゃないんだと自嘲染みた笑いが浮き上がってくる。
見回りと言っても別に異常事態なんて滅多に起こるものじゃない。だからこの仕事は少々……いや、かなり暇だ。それは山が平和である証拠なのだから喜ぶべきなのだろうけれど、暇なものは暇なのである。こんな時は友人の河童や同胞と将棋の一つでも指したい所だが、いやいや自分の役目はきっちり果たさねばと無理やり自分を奮い立たせた。
……ちょっとだけ、祭りの風景を覗いてみても良いだろうか。いやしかし、ここで楽しそうな光景を目にしてしまえば仕事に響く可能性大だ。でもどんな賑わいを見せているのかどうしても気になってしまう。山の祭りは大きいからさぞ盛大な―――――
「もーみーじーちゃんっ」
―――――………………。
何だか、口にすれば河童が川に転げ落ちるレベルの渋柿を頬張ったような気分になった。
「もーみーじー、聞こえてますかぁ~?」
私のよく知る人物が、相当酒気に当てられているのか妙に酒臭く艶めかしい声で私の鼓膜を撫でた。同時にあぁ今日は本当に厄日だなと思わず溜息を吐き出してしまう。
「……こんな所までわざわざ何の用ですか、文さん」
「あやややや、ツレないれすねぇ~。いつから犬走椛ちゃんはそんな不愛想な子に育ってしまったんでちゅかぁ~」
振り返れば、案の定顔を夕焼けの様に真っ赤に染めた鴉天狗の腐れ縁、射命丸文が、蕩けた目をこちらへ向けて、えへえへとだらしのない笑顔を浮かべながら、虚空を不安定に上下しつつ浮遊していた。
彼女は山の連中の中でも相当酒に強い筈なのだが、ここまで酔いが回るとは、一体どれほど強い酒をどのくらい煽ったのだろうか。舌が回らない程ベロベロになった文さんなんて、記憶の中に残っていない。
それでも、取り敢えず凄く面倒臭そうだと言う事は分かった。
「で、私に何の用なんですか」
「お祭りなのに勤務に駆り出されてかぁいそうな椛ちゃんにぃ、おしゃけと食べ物をもっれ来まひた」
しかしこの人、本当に大丈夫なのだろうか。何だか居眠りを起こして枝から落ちてしまいそうなほど回っている。しかしまぁ、落ちた時は落ちた時か。この程度の高さから落下してどうにかなってしまうほど、天狗は軟な妖怪では無いのだから。
改めて、手渡された袋に手を掛ける。
袋を開いた瞬間、パァンッ! と火薬が炸裂した鋭い音響と共に、ドヤ顔の文さんの写真が張り付けられたバネがびよんびよんと飛び出して来た。
唖然とする私を余所に、隣で文さんが腹を抱えて大笑いする。まさに抱腹絶倒と言う奴だ。
「いっひひひひっ! 引っ掛かった引っ掛かった。河童しゃん特製のびっくり袋れすよぅ」
おお、間抜け間抜け。と文さんが盛大に私を煽って来る。蟀谷に青筋が奔っていく感触を感じた。
一瞬でも私に差し入れを持ってきてくれる優しさがこの人にあったんだなと感動した私が馬鹿だった。幸いな事に彼女は泥酔している。ここで殺ってしまっても、飛行中に事故を起こしたとして不慮の事故扱いになるのではないだろうか。刀で斬れば特定されかねないので、撲殺と行こう。計画を企てつつ、手ごろな石が落ちていないかと能力を行使して付近を見渡していく。
そんな時だった。
私は何かチラリと、視界の端に確かな違和感を感じ取った。
まるで見慣れた森の中に突然彫像が出現したかのような、そんなあからさま過ぎる違和感を。
「………………ん?」
「あ~椛しゃん。あとね、うんと。そう、伝言がありまふ。とってもとっても大事な伝言が―――――――」
「文さん、少し黙って」
椛が冷たいれすぅ、と泣き真似をする文さんを無視して、私は違和感の正体を探ろうと能力の精度を上げていく。
より詳細に、より精密に。
倍率と解像度が上がっていく光景の中、必死になってその違和感を探している内に、私は。
私は。
「――――――ッ!!?」
ソレに気がついてしまった瞬間。全身の毛が、まるで磁石に吸い寄せられた砂鉄の様に逆立った。同時に怒涛の如く押し寄せる不安の波。肌の表面から細胞の隙間を浸透し、肉と骨をグズグズに侵していくような、生まれてから一度も感じた事の無い悍ましい感覚が私を隅から隅まで一瞬にして蹂躙した。
毒を盛られたように段々と息が荒くなる。心臓は全力で走り回ったかの如く自己主張が激しい。早く目を逸らしたいのに、ソレから視線を外す事は許さないと瞼が抗議しているのか、限界まで見開かれた瞼は閉じる気配を一切現さなかった。
「何だ……これは……っ!?」
視界に星の様な白点がチカチカと瞬き始める。不条理とも言えるような緊張感が全身の感受性を爆発的に上昇させ、眼球を走る毛細血管が血を巡らせている感覚さえはっきりと感じ取れる程までとなった。
身体機能を司る司令塔に手を突っ込まれ、一気に掻き回された様な混沌とした感触。全身を舐め回し、這い回る様な不安と恐怖。これはどう考えても異常だ。異常過ぎる。明らかに私の体と精神が異変をきたしている。このまま呼吸さえもが狂ってしまうのではないかと錯覚を覚えてしまう程に。
しかし私には、この滅茶苦茶な状態異常にほんの少しだけ覚えがあった。いや、正確には呼び覚まされたと言って良い。私の中に眠り続けていたソレが、この目が捉えて離さないモノを目にした瞬間に叩き起こされたのだ。
それは獣の本能だった。遠い昔に失った筈の、野獣が持つ鋭敏過ぎる危機察知能力。私の中に未だ残っていた消し屑程度の『野生』が、アレは危険だと全力で警鐘を鳴らしているのだ。
そしてこの本能に刃を突き立て目覚めさせた原因など、最早考えるまでも無い。
私の千里眼が意思を無視して補足を続ける、一人の男。
見慣れない黒装束に身を包み、死人を連想させる灰色の髪をした大柄な男だ。
そう。ただの男。変わった風貌をしただけの、異国風の男。
だがこの男をはっきりと視界に映したその瞬間、全身を襲う悪寒を止める事が出来なくなった。喉から絞り出される唸り声を止める術を失った。
それだけではない。奴の背後には、山の麓で徘徊している筈の下級妖怪たちが、ギラギラと目を光らせながら男の後を音も立てず、木々の間や草葉の陰から追従しているではないか。
百鬼夜行。かつて日の本で猛威を振るった妖怪行列を彷彿させるその光景に、私は幾重もの冷や汗を流さざるを得なかった。
奴が何者かは分からない。そんなもの、一白狼天狗でしかない私なんかに理解できる筈がない。
でも、これだけは言えた。絶対な自信を持って確信出来た。
あの闇夜の中心を歩む男は、間違いなく山の脅威になると。
そして気付く。奴の足が向かう先は山の奥、我々の里がある方角だと言う事に。
思考が追いついた瞬間、無意識に懐刀の柄へ手を当てていた。刀身は既に鞘の中から食み出すまでに引き抜かれ、覗いた白銀の刃が鈍く月明りを反射させている。
その輝きに魅せられたのか、あの男から感じるどうしようもない不安と恐怖がそうさせるのか。私はまるで月の狂気に当てられたかのように、思考が泥の中へと埋もれ始めていった。
どうする。私一人で奴と戦うか? いや、無理だ。アレには勝てない。一人では絶対に勝てない。隣でヘベレケになってはいるが、こう見えて屈指の実力者である文さんでも難しいとさえ思えてくる。単身でさえもそう思わされるのに、奴の後ろには百鬼の大群が率いられているのだ。
どう考えても戦力差は絶望的の一言。ならば応援を呼ぶか? 白狼の全部隊をもってすれば、奴らの進軍を食い止められるかもしれない。
けれど。
私は、白狼天狗の全部隊をぶつけても、視界に映るだけで喉の奥から内容物をぶちまけてしまいそうになるあの男に勝利している光景を、欠片も思い浮かべる事が出来なかった。
変わりに私の脳裏を塗りつぶしたのは、全身を真っ赤に染められた同胞たちの上で独り優雅に君臨する、闇夜の様な男の歪んだ笑みで――――――
「もみじぃ、お顔が怖いれすよぅ」
唐突に文さんから肩を掴まれ、大きく揺さぶられたせいで能力が解除された。視界から男が消え、私を襲っていたどうしようもない不安感が徐々に徐々に失われていく。
安堵が顔を覗かせると、唐突に濁流のような勢いで肺へ空気が流れ込んだ。私は呼吸のリズムを掻き乱され、その場で強く咽込んだ。
「ぶはっ!! は、はぁっ! はふっ、はぁ、ぁう……っ!」
深呼吸を繰り返しながら胸を抑え、呼吸のリズムを戻していく。未だに鳴りやまない心臓が嫌に五月蠅く、とても苦しかった。
けれど大分楽になった感触はある。あの男を視界から外せたお蔭か、動悸は時間が進むごとに収まりつつあった。今回は酔っ払い鴉天狗に感謝した方が良さそうだ。
「ありがとう、ございます」
「んぅ~? よきにはからえ」
変わらぬ様子で蕩けた笑顔を浮かべる文さん。しかしこの様子から察するに、あの男は他者の精神に影響を与える何かを放っている事は間違いなさそうだ。それも、視覚に映せば発動するタイプのものと考えられる。現に奴を視認していない文さんは正気を失っていなかった。つまり、目を逸らしていれば問題ないと言う事になるか。
……だがしかし、奴から目を離す訳にはいかないのもまた事実。奴らは間違いなく山へ侵入を試みていた。今も祭りのある里の方角へ向かっている筈だ。ここで見失えば、対処が遅れてしまうかもしれない。
ならば、ここで腹を括るべきか。取り敢えず一瞬、ほんの一瞬だけ奴の所在地を確認して、それから増援を呼ぶことにしよう。
その為にも、予防線を張っておく必要がある。
「文さん」
「あい」
「私の顔がもう一度怖くなったら、また私を引っ張り戻してください」
「あーい」
柔らかく敬礼する文さんに、お茶らけつつも無駄に凛々しい何時もの面影は見当たらない。今一つ心もとないが、今は彼女が頼りだ。信じる事にしよう。
私は再び、千里を覗く能力を発動する。
だが、私はそこである事に気がついてしまった。『あっ』と不意に口から声が漏れてしまうように、どこか呆気なくも勘付いてしまったのだ。
奴の動きが止まっていると言う事に。
奴の姿が私の肉眼の内に収まっていると言う事に。
奴の二つの目が、遠方からこちらを覗いていると言う事に。
能力が。
奴の顔を大きく映し出し。
魂を引き摺り出されてしまいそうな禍々しい双眼が、私の目と合わさって。
頭の中でゾブッと、沼の底に引き摺りこまれる様な音がした。
恐怖が。
私を蝕んでいく。
「――――――――――――――――――――――」
気付かれ。危険。どうする。警告。増援。強敵。侵入者。百鬼夜行。
緊急事態発生。緊急事態発生。緊急事態発生。
増援を、増援を、増援を。
山が。
山が。
山が、危ない。
「■■■■■■■■■―――――――――ッッッッ!!」
「わひゃあっ!? み、耳がぁっ!!?」
私は叫んだ。山の同胞達へこの危機を伝えるために。
私は叫んだ。我らが役目を全うするために。
私は叫んだ。我らの山を、守り通す為に。
◆
食欲の秋。芸術の秋。読書の秋。スポーツの秋。外界では様々な言葉が冠されている所から見て取れるように、秋とは四季の中で春と肩を並べるほど賑わいが目立つ季節である。理由としては夏が過ぎ去り残暑を解消した秋の気温が様々な活動に対して非常に適しており、更に多くの穀物や果実が実りを迎え豊穣の潤いを人々へと施し、多年生の動物たちが冬ごもりの為に活発となるからではないだろうか。
幻想郷の秋も、例に漏れず騒がしかった。開発の進んだ外の世界と比べて自然の密度が高いこの大地は、原生生物は元より逞しく日々を過ごしている人間、そして彼らを襲い退治される妖怪までもが、秋の過ごし易い空気に心身共々解されて活動的になっている。
そんな秋の恩恵を色濃く授かっている地の一つに、無論妖怪の山も含まれていた。
イガに包まれた山栗や秋の山の代表格とも言える団栗がそこかしこに転がり、銀杏独特の匂いが鼻を撫でる。実った果実を胃袋に収めようと躍起になる野生動物たちの姿があちこちに映り、自然の賑やかさは衰える事を知らない。加えて山全体は秋の雅な色に覆われ、空から見下ろしても遠くから一望しても歪む事の無い絶景を生み出している。
尤も、それは昼間限定の事ではあるのだが。
日はとっくの前に沈み、満月が制空権を獲得した山の麓は多くの者達が眠りについているせいか、驚くほど静かな空間となっている。耳に流れ込んでくるのは落ち葉が地面に落ちる音と梟の鳴き声、そして私たちの足音と言ったところだろうか。
それにしても、太陽の光で装飾された時のこの山は、著名な芸術家が思わず唸る程の壮観な風景だった事だろう。しかし私は吸血鬼。それも他のヴァンパイアより日光耐性の低いポンコツだ。昼間に動けない事はないが、リスクが大きすぎるが故に専ら行動は夜中となってしまう。すると当然、月下の山を目にする機会にしか巡り合えない訳だ。月光に照らされ、不気味ながらも神秘的な雰囲気を孕むこの光景も勿論美しくはあるのだが、やはり日の元に憧憬を抱いてしまうのは致し方の無い事だろう。例えるならば、人間が空を飛びたいと願う様なものである。
しかし、幻想郷の人間の中には例外的に飛べる者も存在する。身近な人物では咲夜がそれの一人に該当するが……そう言えば咲夜はどう言ったメカニズムで飛行しているのだろうか。確か魔法の類は使えないと言っていた覚えがあるのだが。
まぁ、そんな事はさておき。
「……静かな山だな」
紛れも無い本物の満月が夜を支配していると言うのに、一向に妖怪を見かけない。今こそ、暗闇に生きる妖怪が本領を発揮する時刻だと言うのにだ。ここは本当に妖怪の山なのかと思わず疑ってしまう。
「…………、」
別に相槌や会話を求めた訳では無かったのだが、やむを得ず意識してしまう程に、山に足を踏み入れてから美鈴が一言も口に出さない。ただ黙々と、私の背後を専属の従者の様に着いて来るのみだ。
ぶっちゃけると気まずい。物凄く気まずい。
彼女が前々から―――正確には初めて顔を合わせた時から、何というか、私の事を館の住人の中でも特に畏怖している節がある事は知っている。小悪魔の様に純粋な恐怖を抱いているのではなく、どこか過大評価し過ぎている面が強いのだ。それは私の不条理な魔性のせいで錯覚しているだけだと何度も説得しているのだが、毎回ガチガチになってしまうのみで芳しい成果は今のところ上げられていない。現に、私と二人きりの彼女は魂の抜けた人形の様に見える。
「美鈴」
「! は、はい」
「この状況で緊張するのは分かる。だが我々は祭りに招かれた身だ。暗い空気は押し込んで、今夜は思う存分楽しもうじゃないか。これからは無礼講で構わない」
「……承知、しました」
……ふーむ、やはり私の言葉では精神を余計に揺すってしまうだけで、かえって逆効果なのだろうか。何だか美鈴の放つ雰囲気が更に刺々しくなってしまった様な気がする。
であれば黙って山奥を目指すのみとなるのだが、やはり気まずいな。招待状の裏側に隠された目的はさておき、祭りに招待されている筈なのに気分はまるで通夜である。山との良好な関係を築くためにも、なるべく明るい雰囲気を心がけたいところだが。
「……ん?」
ふと、一瞬だけ森の奥で何かが光ったように見えた。滑らかな金属が反射した光の様な、チカッとしたものがチラリとだけ瞬いたのだ。
こんな鬱蒼とした夜の森の中で光を強く反射させるものなどあるのだろうか。ああ、もしかしたらあの方角に天狗たちの里があるのかもしれないな。何にせよ、気になったのならば確認すれば早い事だ。
そう思い至った私は、身体改造の魔法を眼球に対して行使する。
夜の闇の中でも問題なく地形や色を把握できるのが吸血鬼の目だが、生憎遠距離を捉える望遠性能は着いていない。そこでこの魔法である。目の構造そのものを改造し、長距離を眺める事の出来る仕組みへ組み替えた。無理やり体を作り変えるから少し痛いのが欠点だな。
改造が終わり、視界が鮮明になった所で先ほどの場所へと目を向ける。どうやら光の発生源は、大きな樹木の枝の上だった様だ。
そしてよく目を凝らせば、あちらからも誰かが私を注視している事が伺えた。
月明りを反射する白い髪に、頭襟と似た形の小さな帽子。頭部へ存在する犬の様な二つの耳。修行僧を思わせる、ゆったりとした服装。これらの要素から察するに天狗の一種……更に言えば、イヌ科と類似した耳が見られる事からおそらく、年を取った狼が変化したと言われる白狼天狗ではないだろうか。
白狼天狗は天狗の中でも地位が低いと聞く。妖怪の山が縦社会となっている以上、俗に言う下っ端が山の麓を警備していてもおかしくは無いか。
取り敢えずいつもの様に警戒される訳にもいかないので、まずは敵で無い事を証明しておかねばなるまい。この距離で私の姿が見えているのだ、恐らくこれも見えるだろう。補足としてリップモーションもハッキリと送ればこちらの意図が理解出来るはずだ。
懐に手を伸ばし、招待状を取り出そうとする。
―――その時だった。
『ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッッ!!』
山全体へ響き渡る程の、力強い遠吠えが山に爆撃でも行われたかのように轟く。それは眠っていた野鳥も起きていた獣も全て一帯から遠ざけ、更に何か情報を仲間へ伝達したのか、周囲の森の影より次から次へと高速で飛び交うナニカが出現した。
そして、一拍の静寂が訪れた後には。
既に円を描く様に、白狼天狗の集団に完全包囲されてしまっていた。
「…………、」
何だか無性に、手で顔を覆って夜空を仰ぎたくなる衝動に駆られる。
油断していたと言うよりは、失念していたと言うべきだろう。私の魔性は本来ならばこれ程までに他者へと作用するモノであると知っていた筈なのに、輝夜や紅魔館の者達と出会う内に平常の感覚が麻痺していたらしい。考えてみれば、招待されている程度で私の魔性の効果を上回る好印象を、山の住人全てが抱いている筈が無いのだ。山への来客について伝令が渡っているのは恐らく間違いないだろうが、そうであっても平常の思考を錯乱させてしまうのが私の瘴気である。加えて彼らはどう考えても山の哨戒部隊だ。侵入者に対しての警戒心は人一倍強い。そこに私の瘴気が拍車を掛けたと見て良いか。
そして更に厄介な事に、恐怖と言うものは伝染する。一人が恐慌に陥れば近くの仲間が、更に仲間が……と言った具合に、集団は圧倒的な恐怖を前にするとその恐怖にズブズブはまり込んでしまい易いのだ。
ここでの恐慌とは、重度の混乱によるパニックを引き起こしている事を指しているのではない。正常な判断能力を、警戒心と恐怖で完璧に塗りつぶされてしまっている状態を指す。
つまり、だ。
今の彼らは、私の事を山へ侵攻してきた敵だと信じて疑っていない。
不味いな。状況はかなり悪い方向へと傾きつつある。魔力を発して瘴気の効果を攪乱させる腕輪を嵌めてこれとは、私の体質も本当に厄介極まりない。出来る事ならこの体質を大特価で市場に売り出してやりたい気分である。
「そこの妖怪ども」
唸るように、白狼天狗の一人が言葉を投げた。どうやら、先ほど私を観察していた者の様だ。
「誰の許可を得て山へ足を踏み入れた。ここが我らの山と知っての事か」
私たちは、山の誰かに招かれてここへ来た――――そう口にしようとしたが、ふとある事に気がついて、私は咄嗟に口を噤んだ。
今の彼女たちは、言うなれば起爆寸前の爆弾の様な状態だ。あとほんの少しでも背中を押されれば、問答無用で私たちへと襲い掛かってくる事だろう。私の声にも魔性の影響が上乗せされてしまう以上、下手に私自らが意見を述べるべきではない。いつもの二の舞を演じるわけにはいかないのだから。
ここは、瘴気も何もない綺麗な美鈴に任せるのが適切な判断か。
静かに彼女の肩へ手を伸ばし、掴む。同時に催眠魔法を発動。非常に効力を弱めた催眠を応用し、美鈴に私の伝えたい言葉を暗示として直接心へと送り届ける。言うなれば一方通行のテレパシーの様なものだ。直接私と思考を繋ぐと瘴気に精神を汚染され、錯乱を起こしかねないが故に可逆性を持ったテレパシーは不可能だが、これで十分望んだ効果は得られる筈だ。
『美鈴。私の代わりにこの場を収めてくれ。君の力を借りたい』
彼女は、注視しなければ気付かない程微細な動きで頷き、肯定の意を示す。
突然の精神干渉に多少混乱するかと思っていたが、意外な事に美鈴は冷静だった。この方法は私から美鈴へ言葉を送り付けるだけなので、彼女の心中は読めないがきっと私の考えを察してくれた事だろう。
美鈴は私から招待状を受け取ると、それを手に前進していく。
進軍先には一人の白狼天狗。最早刀と呼ぶにはあまりに乱暴な、巨大な鉈とも言える獲物を手に、彼女は狼の眼力で美鈴を睨み付ける。
美鈴はいつもの和やかな雰囲気を全て掻き消して、竜の如き鋭い目を携えたまま、臆することなく白狼天狗と対峙した。
手紙を開き、彼女は白狼天狗に突き付ける。
「我々はそちらの招待によってこの山へ参りました。だと言うのに、この様に客人を出迎えるとは何事ですか」
「招待? ……それをこちらへ見せてみろ」
白狼天狗は手紙を取り、内容へと目を通していく。眉間に皺が刻まれた険しい顔つきが、文を読み終えると同時にまた一層険しくなった。
「……お前は山から招待を受けたと言ったが、どこに大天狗様や天魔様の印がある。山の印すらも見当たらんではないか。嘘を吐くならばもう少し上手く吐いてはどうだ、賊風情が」
「その手紙をこちら側の自作自演だとおっしゃるのですか。そんな事をして私達になんの得があると? 貴女方の連絡不備ではないのですか」
「たわけ。大天狗様や天魔様が、その様な些細な失態をすると思うか。我々を何だと思っている」
「今の私には、客人を無下に扱う無礼者の群れにしか見えませんが」
「……貴様、山を愚弄するか。これ以上減らず口を叩く様では只では済まさんぞ」
白狼天狗が、振るえば頭から人体を斬り潰せるだろう大鉈を美鈴の鼻先に突き付ける。
明らかな敵意、そして殺意が、距離を置いている私にもハッキリと伝わってきた。
しかし美鈴。交渉を買って出てくれたことはありがたいのだが、少々言葉に棘があり過ぎるのではないか。もう少しソフトに対応せねば、さらに余計な反感を買ってしまう。
一触即発の状況を前に、何とかして内心の焦りを美鈴に伝え冷静さを取り戻してもらいたい所ではあるが、最悪な事に声も出せずテレパシーも不可能。かと言って発光魔法で文字のイルミネーションを作って見せても、白狼天狗達に攻撃だと誤解されかねない。ならばどうする。このままだと何だか果てしなく不味い事態に陥る気がしてならないのだが。
「……良いでしょう」
美鈴は、深く深く、森に身を溶かしていくように息を吐いた。
その瞬間。彼女の全身が淡い虹色の輝きを放ち、真夜中の森林を眩く照らし始めた。それは誰がどう見ても、彼女の能力が発動した確固たる証拠であった。
と言う事は、つまり。
「そちらがそう出るのならば、私も引くことは出来ません。無様な退却は紅魔の名折れ。貴女方が噛みついて来るのならば、我々はその牙を折る事も辞さない」
「ほう、それは宣戦布告と捉えて良いのだな?」
「貴女が躾のなってない犬だから、私もこう対応せざるを得ないのですよ」
「…………我々は狼、誇り高き白狼だ。犬畜生などと一緒にするな、木端妖怪風情が!!」
ブォンッ!! と横薙ぎに振るわれた大鉈の斬撃を、美鈴は身を翻して華麗に回避する。軽やかに着地した彼女は、中国武術の構えを取り、爆発的に気の練度を跳ね上げた。
「ただでは帰さんぞ。山を侵す不届き者どもッ!!」
「よろしい、ならばかかって来なさい。客人一つも持て成せない蛮族風情が、束になった所で我々に敵うものか!!」
白狼天狗の集団が雄叫びを轟かせる。刃を掲げ眩い光弾を解き放ちながら、全軍が一気に突撃を開始した。対する美鈴も負けじと咆哮を轟かせ、虹の気を全身から放出しながら牙を剥く白狼天狗たちへ一気に突き進んでいく。
私は空を仰ぎ、この喧騒に似つかわしくない満月を眺めながら、ぎこちない笑みを浮かべた。頬が引き攣り、唇の間から吐息が漏れ出していく。
私は一体、何を間違えてしまったのだろうか。
雄大な月に問えども、その答えは返ってこない。私の耳を貫くのは、血の気をふんだんに含んだ獣の咆哮のみだった。
◆
文句のつけようも無い、美しい本物の満月の下。
お嬢様の気紛れと、私の些細な不運と、その他色々な巡り合わせが原因で、私はあのナハトさんと山を練り歩くと言う、門番らしからぬ奇妙な現象が出来上がってしまっていた。
つい数日前に突然届いた、差出人不明の謎の手紙。ただ山へ招待するとだけ綴られた怪しさ満点なその手紙に隠された真実を探るため、私たちは山へと訪れている訳なのだが、実は私には何が何だかよく分かっていなかったりする。と言うのも、ある種罠としても見て取れる手紙を只の招待状だと一蹴して、あっさり乗ってしまったナハトさんの真意がまるで読めないからだ。
あの夏の夜、些細な情報だけで妹様に取り憑いた者の正体を暴いてみせたこの方の洞察力と思考能力は目を見張るものがある。吸血鬼異変で私たちに格の違いを見せつけた、あの八雲紫ですら手玉にとれない程のものと言えば、その凄まじさが理解できるのではないだろうか。
それを踏まえた私が述べたい事はただ一つ。彼は間違いなく、手紙に隠された真実に勘付いているだろうと言う事。
だがそれは、まだ確証が持てる程のものではないのだろう。そうでなければ、私たちに真実を説明しない筈がない。『ただ招待されているだけ』などと、取って付けた様な理由で誤魔化す必要性はどこにもないのだ。つまり彼は、その仮説を証明する目的も含めて、天狗の根城へ足を踏み入れようとしている。
改めて、彼の行動力の違いには驚かされる。普通妙な手紙の真意を確認するために、どんな危険が待っているかも分からない未開の地へ足を踏み入れようなどと思い至るワケが無い。ましてやここは妖怪の山だ。天狗を始め、河童や八百万の神々、果ては仙人までもが住み着いていると噂の、幻想郷指折りの巨大コロニーである。しかも相当高度な社会が形成されていて、余所者に対して非常に厳しい態度を持つとも聞く。
それを踏まえて彼は、ある意味要塞とも言えるこの地を、私たち二人だけで歩こうと言うのだ。それは暗に、妖怪の山程度など歯牙にもかけていないと比喩しているかの様に感じてしまう。
でなければ、彼がこの状況下で悠然と歩を進められていられる筈がない。
チラリ、と微細な動作で背後へと目を向ける。私たちの後から感じる、膨大な数の妖気。気の強さから下級妖怪や妖獣、妖精の類だろうが、それが至る所から私たちを眺め、見下ろしているのだ。まるで八雲紫のスキマに存在する異形の目の様に、四方八方からの視線が私たちへと突き刺さっている。
山の麓に入ってから直ぐの事か。私たちを囲う様に、奴らの気配が顔を覗かせたのは。
視線から敵意は感じ取れない。反面何か我々に思いを抱いている様子もない。彼らはただ、私たちを見ているだけ。本当にそれだけだ。だからこそ、この状況は不気味以外の何物でもなかった。
彼らの視線の的は、疑うまでも無くナハトさんに違いない。彼から常に放たれている、何時実体化してもおかしくない濃密な瘴気と魔力の香りに誘われて来たのだろうと容易に推測出来る。だがこれは、あまり良い状況だとは言えないだろう。魑魅魍魎の視線を縫い留めて尚、天狗の拠点へ乗り込もうなど、下手をすれば山の化生どもを従えて進軍している風にも見えかねないのだ。ましてや悍ましい悪魔が先陣を切っているのであれば、尚の事。
いつもの事だがどうにも意図が読めなくて、思わず熟慮してしまう。
いや、だが待てよ。
もしかして、ナハトさんはそれが狙いだったりするのだろうか。
私たちが所属する紅魔館も、言ってしまえば幻想郷の勢力の一つである。巷では悪魔が住む紅い館、吸血鬼異変を起こした大妖怪が住む場所として噂され、事実その噂の脅威度に相応しい戦力を有している。そして勢力を持った一派である以上、易々と天狗に
つまり彼は、わざとこの状況を維持したまま向かっていると言うのか。
下級妖怪如きは赤子の手を捻る様に容易く支配出来るのだと、紅魔の名を見下される事が無い様に、相手に足元を掬われる隙を生まない様に。
何てことだ。やはり彼は、ただ祭りに参加しようとしていただけではなかった。一瞬でも気紛れに山へ行こうとしているだけなのでは、と疑ってしまった私の愚考が実に浅はかに思えてくる。
彼は今夜、単身で山の妖怪全てと対等に立つ腹積もりだ。この機会に自らの力を掲げ、紅魔の名と彼の存在を山の者達に焼き付けようとしている。山の相手は一人でも事足りるのだと、そんな怪物が紅い館に住み着いているのだと。他でもないお嬢様達の安全の為に、この機会に予防線を張り巡らそうとしているのだ。
何という、絶対的な力の自信と果てしない度胸だろうか。普通そんな事は考えても実行に移そうとなんてしない。一歩間違えれば山と戦争を起こしかねない干渉だ。そしてもしそうなったとしても、彼はたった一人で争いを収める算段でいる。
これが、八雲に匹敵する大妖の胆力か。掴める糸は根こそぎ掴みとり、その糸でさらに大きな獲物を捕まえる実行能力と力量は、妖怪の私から見ても怪物と称さざるを得ないだろう。
しかし、余りにも規模の大きい彼の策略を察した私は、一抹の不安を胸に抱いてしまった。
このまま私が着いて行っても、有事の際には彼の足手纏いになるだけではないか? 私の力では、いざという時に山と立ち向かうことは出来ない。精々自分の身を守る程度だ。それでは何時か、私が押された時に彼の足を思い切り引っ張ってしまう事態になりかねない。ナハトさん一人で解決できる問題が、私のせいで大きく暗転してしまう様な事になるのでは。
ぐるぐると、不安が渦を巻いて粘質を持ち始め、頭の中に絡みつく。
「美鈴」
「!」
唐突に、ビリッと聴覚神経へ直接触れてくるような、鋭くも脳髄を柔らかく浸食してくる声に名前を呼ばれ、私は『はい』と脊髄反射で返答した。
彼の歩みが止まる。追従するように、私も動きを止めた。
「この状況で不安を感じるのは分かる。だが我々は祭りに招かれた身だ。暗い空気は押し込んで、今夜は思う存分楽しもうじゃないか。これからは無礼講で構わない」
それは、まるで。
まるで私の頭を読み、見つけ出した不安の塊を、大きな手で掴み取って引き剥がしてしまうかのようで。
彼はただ大丈夫だと、力強くも透き通る様な口調で私に言った。
――――ああ、やっぱり私はとんだ間抜けだ。真正のド阿呆だ。この最古の吸血鬼が、闇夜の支配者とまで恐れられた王が。私如きの影響で支障をきたす筈なんて無かったのだ。
彼はこう言っている。何も気に掛ける必要など無いと。お前はただ、祭りを楽しむように自然体で居れば良いのだと。
「……承知、しました」
言葉の節から覗く、彼の確固たる自信と強大さに、唯々畏怖が増していく。同時に私は戦力として数えられてはいないと言う事実を突きつけられて、胸が引き裂けるような思いだった。
何か、役に立てることは無いのか。そう頭の中で思考を巡らせるも、良い答えは浮かんでこない。それがまた、私の実力不足を表している様で。
ギリッ、と無意識の内に拳へ力が籠ってしまう。
そんな、己の無力感に苛まされている最中だった。
『ゥゥォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――ッッ!!』
突然狼の遠吠えに似た咆哮が山を揺るがし、周囲一帯へ襲い掛かった。怒号にも近い強烈な叫び声に反応した魑魅魍魎たちが次々と姿を消して行き、それと入れ替わるようにして、今度は前方から幾つもの強い妖気の反応が、豪速でこちらへと飛来してきた。
妖気の持ち主たちは統率された動きで私たちの周囲を旋回すると、瞬く間に逃げ道を塞いでいく。動きからして、長年の訓練による賜物だと直ぐに分かった。
そしてその正体は、私の予測通りのもので。
天狗の中でも下位に属す天狗達。恐らく山の警備を任されているのだろう、武装した白狼天狗の集団が現れた。
「そこの妖怪ども。誰の許可を得て山へ足を踏み入れた。ここが我らの山と知っての事か」
リーダー格と思わしき白狼天狗が、牙を剥いて威嚇する。その目は激しい敵意と恐怖を孕み、私たちをまるで親の仇でも見るかのように睨み付けていた。
予想よりも修羅場と巡り合うタイミングが早い。まさか麓で第一戦を繰り広げかねない一触即発の事態に陥るとは、頭の隅に掠りもしなかった展開だ。
下手な刺激を避けるため、無駄な動作を取らずナハトさんの動きを待つ。彼は暫しの間、周囲の状況を観察したかと思えば、ほんの些細な動きで私の肩をおもむろに叩いた。
次の瞬間、頭に何かが挿し込まれたかのような、形容しがたい感覚が降りかかった。刹那の際視界が明滅したかと思えば、脳裏に霞みがかった何かのイメージが浮かび上がってくる。
イメージは徐々に輪郭を現し、意味を成す形へと姿を変えていく。それは一つの文となり、私へ意思を語り掛けた。
『美鈴。私の代わりにこの場を収めてくれ。君の力を借りたい』
―――ああ、ここで私を頼るのか。
頼って、くれると言うのか。
彼自らが鶴の一声を放てば、白狼天狗の集団を言葉の重みで圧倒し、誰の血も流すことなく道を開く事が可能だっただろう。しかし彼はその選択肢を取らなかった。何故か。それは私の抱いたこの無力感を拭い去る機会を与えるために他ならない。
彼は言っている。その手で道を開いて見せよと。紅魔の名を守って見せよと。
不覚にも、胸が高鳴った。熱い血潮が巡りに巡る感覚が確かにあった。
私は試されている。他でもない、五百年もの昔に私が憧憬を抱いた絶対強者に、夜の覇者に。お前の能力を私に見せてみろと、この窮地を打開して見せろと。
私は門番だ。紅魔の名を守れずして門番が名乗れるか。
私は戦士だ。強者の期待に応えれずして何が館の精鋭か。
やってやる。この窮地を必ず乗り越えて見せる。過去の私とは違うのだと、彼の目に留めて貰えるように。
覚悟を決め、微弱に頷くと私はナハトさんの手から手紙を受け取り、歩を進めた。これが試合開始のゴングとなる。
私の役目は、紅魔の名を汚すことなくこの場を収める事。穏便に終わればそれでよし。武力を行使せざるを得ないならば、撤退の二文字を捨てて戦うのみだ。
ここから先は、背を向ける事は許されない。
それは相手も同じであった。手紙を受け取った彼女らはそれを我らの自演だと宣い、己の失態をもみ消そうと頑なに態度を和らげない。客人を連絡ミスによって無下に扱ってしまったと言う、小さいながらも重大なミスを、私たちに悟らせるわけにはいかないから……山の面子がかかっている状況だからだ。薄っぺらい面の皮だが、プライドの高い妖怪とは総じてこんなものである。かつての吸血鬼達が―――スカーレット卿が手本となる良い例だった。
お互い、引く事の出来ない理由がある。それは言葉で崩せるものでは決してない。こんな時こそ、妖怪らしく雌雄を決する他に無い。
力を持って相手を捻じ伏せろ。どちらが上か証明してやれ。
至極単純で、泥くさくて、蟠りの無い暗黙の了解に今は感謝せねばならないだろう。
「よろしい、ならばかかって来なさい。客人一つ持て成せない蛮族風情が、束になった所で我々に敵うものか!!」
お蔭で私は、自らの成長を彼に証明できる機会に恵まれたのだから。