【完結】吸血鬼さんは友達が欲しい   作:河蛸

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EX7「蝕まれた愛の花言葉」

【第百十九季 文月の三】

 今日、お姉ちゃんから日記帳を貰いました。プレゼントだよ、やったね!

 

 でも誕生日じゃないのに何でプレゼント? って聞いたら、あんたはすぐ何処かへフラフラ出かけてしまうから、週一でも生存報告代わりに地霊殿へ帰って日記を書く習慣をつけなさいだってさ。

 

 お姉ちゃんったら過保護だよね。もう私だって子供じゃないんだから、半年くらい放浪しててもいいと思うの。

 

 けど折角のプレゼントだから、ちゃんと書いていこうと思うよ。日記ってなんだか面白そうだもん。最近暇だったし、新鮮で良さそうじゃん!

 

 ……日記って何を書けばいいのかな?

 

 

【第百十九期 葉月の一】

 全然書いてないじゃないってお姉ちゃんから怒られた。だって何書いていいか分かんないんだもん。

 

 そう言ったら、空いた期間で体験した事を書けばいいって教えてもらった。流石お姉ちゃんナイスアドバイス。自分で本を書いてるだけあるよね。私には何故か読ませてくれないけど。私の日記を読む癖に自分の本は読ませないだなんてずるいよ。今度盗み見てやる。

 

 おっと、日記だった。えーっとこの間の面白い出来事って言ったら、なんか変な館にいつの間にか迷い込んでたくらいかな。新鮮な血みたいに真っ赤なお屋敷が地上にあるの。お家と同じくらい大きかった。

 

 でも地霊殿の方がお洒落だったね。あのお屋敷は赤一色で目に悪いし、死体コレクションの一つも飾って無いなんてナンセンスよ。

 

 けどなんか迷宮みたいで面白かったから、また冒険してみたいな。お宝とかあるかもしれないじゃーん!

 

 

【第百十九期 葉月の十】

 あのお屋敷にまた行ってきたよ。

 

 今回は地下で変な女の子を見つけたんだ。キラキラした羽を持ってる、私くらいの女の子。一人ぼっちでブツブツ何か喋ってた。幻覚さんを見てるのかなぁ?

 

 どこか寂しそうだったから話しかけたんだけど、無視されちゃった。悲しいね。

 

 あっ、それと不思議な事があったよ。女の子の中から声が聞こえたの。何の声だろうね? お姉ちゃんは分かる?

 

 

【第百十九期 葉月の十八】

 とってもこわいおじさんがいた。

 おねえちゃんになでてもらった。

 うれしかったです。

 

 

【第百十九期 葉月の二十二】

 

 相変わらず怖いおじさんが住んでたよ。本当は近寄りたくないんだけど、何故か気付いたら傍にいるの。何でだろうね。いい迷惑だからあっちに行ってほしいよね。

 

 そうそうお姉ちゃん、このおじさん怖い癖に本読むの好きだよ。なんだかとっても難しそうな分厚い本を読んでたの。ハードバカーだっけ? ああいう本って叩かれたら痛そうだよね。

 

 その怖いおじさん、本を凄く熱心に読んでたから、読んでた本をお姉ちゃんのお土産に持って帰ろうとしたんだけど、気付いたら何故か栞しか持ってなかったの。お土産なくてごめんね。栞いる?

 

 

【第百十九期 長月の九】

 泥棒は駄目だって怒られちゃったから栞を返しに行ったよ。でも、返せなかったの……。

 

 だってね、皆で楽しそうに鬼ごっこをやってたのよ。仲間外れは寂しいからつい混じっちゃったの。それで返すの忘れてた。ごめんなさい。

 

 で、鬼ごっこなんだけど、おじさんが鬼役だったからすっごく怖かった。おじさんは多分私に気づいてないと思うけど、分身の術がべらぼうに怖かった。アレは明らかな人選ミスだと私は思うね。

 ん? 鬼役だからナイスチョイスなのかな? 教えてお姉ちゃん!

 

 

【第百十九期 長月の二十】

 今回はキラキラ羽の女の子が友達とお食事会をしてたよ。今更だけどあの子、フランドールって名前なんだ。私と同じで妹だったよ。シンパシー感じるね。

 

 そのフランが作った料理がね、すっごく美味しかったの! 思わずおかわり用の一皿を食べちゃった。

 私も美味しいごはんを作ってくれるお友達が欲しいなぁ。

 

 

【第百十九期 長月の二十九】

 今日は凄い日だったよ! なんとなんと、何時まで経っても夜が明けなかったの! 凄いよね。地上には妖怪の日があっただなんて知らなかったなぁ。

 

 でもなんだかお月様が少しおかしかった。ずっと眺めてると気持ち悪くなっちゃうの。だから帰って来ちゃった。やっぱり地獄はのどかでいいとこだね。

 

 あ、でも弾幕ごっこは綺麗だったなぁ。

 おじさん最後首ちょんぱしてたけど。

 

【第百十九期 神無月の二十】

 日記書くの忘れてた。ごめんなさい。でもこれって日記なのかな? まぁいいや。

 

 空いてる期間に色んな事があったよ。白い髪のお姉さんと黒い髪のお姉さんが、人間のいる里へ来るようになったんだ。

 

 私はこの黒い髪のお姉さんがお気に入りなの。なんたってお話がすっごく面白いのよ! 剣聖大和だっけ? お姉さんが語るハラハラドキドキの冒険譚がもうね、無意識に引き込まれちゃうんだ。

 

 お姉ちゃんも来ればいいのに。とっても楽しいよ。

 

【第百十九期 神無月の二十四】

 栞返して来ました! でもおじさんに直接返すの怖いから、メイドのお姉さんに渡したの。ごめんなさいもちゃんと言ったよ。偉いでしょ。

 

 ただメイドさんが余所見歩きしてたから思い切りぶつかっちゃった。余所見しながら焼き芋食べ歩くのは危ないよねー。鼻がぶつかった時、とっても痛かったんだからね!

 

【第百十九期 神無月の二十七】

 今日は地上の山でお祭りがあったよ。紅い髪の門番さんと華扇さん、そして萃香さんと怖いおじさんが闘ってたんだ。武闘会って奴なのかな?

 

 でね、このバトルがもうすっごい迫力だったの! 弾幕遊びも良いけど、たまにはこういうのもテンション上がっちゃうよね。特に萃香さんとおじさんの激突は興奮したなぁ。お姉ちゃんが闘ったらどうなるか見てみたくなっちゃった。今度お祭りがあったらエントリーしとく?

 

 ただそのおじさん、祭りの後急にぐちゃぐちゃになっちゃって、棺桶に詰め込まれてた。病気なのかな。何だか全然怖くなくなってたし、ドロドロのミンチと石膏を混ぜたみたいになってたよ。

 

 フランちゃんとレミリアお姉ちゃんが心配そうに見つめてた。

 おじさん、早く治ると良いね。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

【第百二十三期 水無月の十】

 今日はねー、宝探しをしたんだ! ん? あれ、一昨日だっけ。まあいいや。

 あの紅い館はすっごく広いから、絶対なにか隠してると思ったんだよね。だからお散歩ついでにぐるぐる回って来たの!

 

 そしたらね。くらーい地下から声が聞こえたの。ドアの奥からそこの君ー、開けてーって言ってたよ。何で私の事が分かったんだろうね?

 

 でもドアがどうやっても開かなかったから、置いてきちゃった。

 だって、まほう? が掛かっててどうにも出来なかったんだもん。私魔法使いじゃないしー。

 

 

【第百二十三期 水無月の二十】

 お友達が出来ました。

 

 前言ってた声の人にね、どうやったらあなたを助けられる? って聞いてみたの。そしたら、図書館の人を連れてきたら開けられるって教えてくれたわ。だから図書館に居た紫の人に手伝ってって頼んだの。でも無視されちゃった。

 

 どうしたらいい? って聞いてみたら、私の力は何か教えてくれって訊ねられて、無意識を操れるよって答えたわ。人の無意識にかくれんぼするのが得意だってね。

 そしたらね、声の人が「人の無意識の方向を操れないのか?」って言ったの。目から鱗だよね。そんなやり方、試そうとも思わなかったもの。

 

 で、教えてもらった通りにちちんぷいぷいしたら本当に誘い出せたの。こんな力の使い方があるなんて凄いね! 私、ヴァージョンアップしたらしいです!

 ついでに悪魔っぽい子も誘ったよ。この子も魔法が使えたみたいだから。

 

 けど、声の人は凄く恥かしがり屋さんなの。その二人には見つかりたくないんだって。だから声の人に教えてもらった魔法の扉の空け方を悪魔さんにしてもらって、解除して貰いました。

 そしたら「二人を部屋に入れないでくれ」って言われたから、無意識をズラしてみたよ。紫の人と悪魔さんはどこかへ行っちゃった。

 

 でね! でね! そこはなんと、金銀財宝ザックザクの部屋だった訳でありますよお姉ちゃん! 凄いね。

 お宝部屋の奥には本と水晶玉が何個かあって、それに声の人が入ってたの。魂がいっぱいあって面白かった。

 

 今はその声の人と私はお友達です。やったね!

 

【第百二十三期 文月の八】

 お姉ちゃん! 声の人って凄いんだよ! なんとね、なんとね。声の人のお蔭で無意識の私にも心が少しづつ戻ってきてるの! しかもあの眼は閉じたまんま!

 

 声の人、なにか心に干渉する力があるみたい。安心させる力だっけ? とにかく私の能力と根っこが似ているらしいの。だから出会った時に私の事が波長で分かったんだって。

 でね、心が戻りかけてる理由は、声の人の能力で私の波長を揺さぶったからとかなんとか言ってた。話がムズカシイからよくわかんなかったなぁ。

 けど、おかげで本当に少しずつ意識が戻って来てるの。この日記を書くのが楽しいのよ! それにほら、文章もハッキリしてきてるでしょう?

 

 あ、でもでも、まだお姉ちゃんには内緒にしておくね。完全に意識が戻ってからの方が良いし、サプライズした方が感動を呼ぶって声の人が言ってたから、暫くお姉ちゃんには日記を見せません。ごりょーしょーください!

 

【第百二十三期 文月の十五】

 最近は声の人のお手伝いをしてたよ。

 何でもあのお館、元々声の人の物だったんだって。でも悪い吸血鬼に虐められて、あんな水晶玉に閉じ込められてたみたいなの。

 多分、悪い吸血鬼ってあの棺桶に入れられたおじさんの事だと思う。怖いし。

 

 で、声の人は早くお家に帰って娘さん二人――フランちゃんとレミリアお姉ちゃんだね――を取り戻したいって言ってた。だから私に手伝ってほしいんだって。

 

 勿論オッケーしたよ。声の人のお蔭で私自身も力の使い方上手くなってきたし、随分自我がはっきりしてきたもん! 

 半分有意識なのに無意識の力を使えるのが我ながら不思議で仕方ないんだけど、とにかく! これは古明地家次女として、お礼しなきゃだめだよね。だから声の人が復活するのに必要だって言ってたものを、あのお館から取ってくるお手伝いをしました。

 

 でも、牙が生えた本とか悪いおじさんの服とか、一体何に使うんだろうね? 

 

【第百二十三期 文月の二十】

 この五日間は、声の人と幻想郷中を散歩して回ったよ。

 実は声の人って、今まで幻想郷を見た事が無かったんだって。だから一度地理やらなんやらを把握しておきたかったんだとか。

 

 なんでも声の人が閉じ込められてたあのお館……紅魔館はもともと外の世界にあった建物らしくて、外からこっちへお引越しした時には既に幽閉されちゃっていたから、見ようにも見られなかったらしいの。

 だから、私が案内してあげました。人里、稗田さんのお家、貸本屋さんの鈴奈庵、魔法の森、トンガリ帽子の魔法使いさんが住んでるお家、人形師さんのお家、玄武の沢、妖怪の山、無名の丘、太陽の畑、冥界の白玉楼、幻想郷の二つの神社、そして最後に旧都と地霊殿って感じかな。行ける所は全部行ったよ。

 

 声の人、幻想郷をとても良いところだって言ってた。嬉しいね。

 特に西行妖って言う、白玉楼の枯れた桜には興味津々だった。なんか陰の気が凄いんだって。私にはよく分かんなかったけどね。

 あ、でも白玉楼の本には面白い事書いてたよ。桜の下には誰かが封印されてるんだってさ。

 ちょっとロマンチックかも!

 

【第百二十三期 長月の十七】

 ここ最近はずっと予防接種のお手伝いをしてたよ。物凄い数をやったから、かなり時間が掛かっちゃった。でも私、頑張った!

 予防接種ってのはね、悪いおじさんの悪影響を遮断するために、旧地獄中の怨霊を材料にしたお薬を皆に打って回る事だよ。

 怨霊をワクチンにして大丈夫かなって思ったけど、これで悪いおじさんの瘴気と怨霊の陰気が……えーっと、つまりマイナス同士が相殺し合ってプラスに働くから大丈夫なんだって。声の人は物知りだね。私にはちっとも分かんないや。

 

 でもなんだか慌ててる様子だったから、何を焦ってるのって聞いたんだ。声の人は決戦の日が近いって言ってた。悪いおじさんはとってもとっても強くて怖いから、物凄く入念に準備しなきゃ勝てないんだって。

 だから凄く疲れたけど、私と声の人の力を合わせて、皆の意識と思考のべくとる? を頑張って捻じ曲げてながらやってみた。殆ど声の人に頑張って貰ったけど、頭パチパチするくらい疲れちゃったよ。ふへぇ。

 

 でもこれで、みんな安心だよね、きっと!

 

【第百二十三期 ××××】 

 どうしよう。どうしよう。

 あれって、悪いおじさんから皆を守るお薬じゃなかったの?

 

 なんで、小悪魔さんからいっぱい血が噴き出てたの? なんであんなに苦しそうにしていたの? なんで声の人は、おじさんは、それでも良いって笑ってるの?

 

 他の子もそう。みんな、みんな苦しんで死んじゃった。カラカラに乾いて、骨みたいになって死んじゃった。

 魔法使いの人間だって、あなたの言う通りに誘って、力になれる本が見つかるようにしてあげたのに。あんなのは違う、強くなれる力じゃないわ。絶対絶対おかしいじゃない。

 だってあんな、あんなに顔を真っ青にして、眼を濁らせて戦って、人間の友達同士で喧嘩するなんて、どこかが根本的に間違ってるとしか思えない。

 

 平和を取り戻すための戦いだったのよね? そうよね? なのに、皆がいっぱい怖くて痛い思いをするなんて、どう考えてもおかしいよ。

 

 おじさん、なにか隠し事してるでしょ。大丈夫って言ってたのに。これで安心だって言ったのに、全然大丈夫に見えないもん。

 

 怖いよ。分かんないよ。不安だよ。

 本当に本当に、すごくすごく怖いのに、それでも安心してる自分が居る。罪悪感で胸が一杯なのに、心が春の原っぱみたいに澄んでいる。とっても怖い。不気味だよ。

 自分の心が分からない。心を閉ざしてた時より分からない。

 だから、お願い、もうやめて。私を安心させないで。

 

 ねぇおじさん。間違っているのは、私たちの方じゃないのかな? 

 おじさんも、私も、悪い事をしてるのは、本当はこっちの方なんじゃないのかな?

 

 あのおじさん、確かに怖いけど、悪い人には見えないよ。だって、小悪魔さんを助けようとしてたじゃない。魔法使いの人間にも、花の妖怪さんに攻撃されても、抵抗すらしなかったじゃない。

 本当に悪くて強い人なら、さっさとみんなを殺しちゃうんじゃないのかな。魔法使いの人間さんを説得しようとなんて、小悪魔さんを治したりなんて、しないんじゃないかな。

 

 ねぇ、お願いだから私に本当の事を教えてよ。友達でしょう?

 本当は、おじさんが私に嘘をついてるんじゃないの? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆめだったらよかったのに

 

 

【            】

 あの日、奴を窮地へ追い込む計画は失敗に終わった。だが保険は幾らでも掛けてある。Aプランが駄目ならばBを。Bが駄目ならばCを。念入りに、念入りに、磨り潰すように戦わなければ、理想の形で奴を葬る事は出来ん。

 そしてようやく仕上げの時だ。全ての仕込みは終わった。後はプラン通り、再び駒を進めるのみだろう。

 

 私は実に悪運がいい。万が一に備えていた保険たちが台無しにされる事も無かったうえ、こんなに頼もしい協力者に出会えたのだから。この娘が私を地下から見つけ出した時ばかりは、忌々しい神を信仰してやっても良いとすら思えたな。

 運が良いといえば、あの地下の地獄鴉もそうだ。まさか太陽の力を保有していたとは。奴へ対抗するのにここまで適した矛もあるまい。

 

 しかし誤算だった事が一つ。ナハトが地底へ来るとは思わなかった。八雲紫があの男の味方に付いていたのは計算外だったのだ。あの女さえナハトの敵に回っていれば、奴が最も嫌う排斥と孤独の絶望で絞め殺せたというのに。

 

 幸いまだバレていないが、時間の問題だろう。ついさっき奴は古明地こいしを訝しみ始めた。さとり伝手に我が能力の暗幕が解かれ、正体を見破られる可能性は非常に高い。

 行動に移すとしようか。なんとしても霊烏路空だけは確保せねば。

 ただ……用途はどうするかな。信管代わりに怨霊を詰め込んで太陽爆弾にでもするか? ある意味、見物かもしれんな。

 




 
 次章、最終章。

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