波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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第一部 ファントムフリート
プロローグ


 前世で俺はチベット発祥の秘術である特殊な呼吸法を学んだ。

 つまり、波紋法である。通っていた古武術道場では仙道と呼んでいた。

 波紋法、略して波紋の修行は困難を極める。

 1秒間に10回の呼吸ができるようにする、10分間息をすいつづけて10分間はきつづけるようにする、など、微妙に可能そうでよく考えるとできるわけがない鍛錬の達成が要求される。

 しかし、俺にはそれができた。肺や横隔膜などを代表とした呼吸器官の優れた素質と、厳しい鍛錬がそれを可能にした。文字通り血の滲む鍛錬だったのだが、その話は割愛しよう。

 

 波紋を使えば水面を歩き。有り得ないほどの若々しさを保ち。座った姿勢で数メートルもジャンプできる。ただの呼吸法で正に超人になれるわけだ。

 この波紋法というのは、実は太陽と同じ波長のエネルギーを生み出すもので、本来ゾンビや吸血鬼を破壊するために開発されたものだという。そして波紋法を修め、それを利用した吸血鬼との戦闘技術を身につけた者を「波紋戦士」と呼ぶ。

 

 しかし俺は波紋は使えても、波紋戦士にはなれなかった。

 何故か。

 恐怖に弱かったからである。

 

 恐怖によって、人間は体がすくむ。息が乱れる。戦闘で激しい動きをしても息は乱れる。繰り返すが、波紋というのは特殊で困難な呼吸法だ。息が乱れれば波紋は途切れる。命懸けの戦闘を行いながら波紋を練るには、恐怖に打ち克つ並外れた精神力、息を乱さない体力が要る。俺は体力はあったが、精神力は無かった。命がかかっている、と思った瞬間、怯え震えて息が乱れ脂汗をかき、波紋が維持できなくなったのだ。

 

 そんな訳で落ちこぼれだった俺だが、ある日、道場がはるか英国から流れてきたらしいゾンビに襲撃された時、咄嗟に妹弟子を庇って波紋を使う事ができた。ゾンビの牙を喉笛に受けながら、激痛と恐怖に耐えてたったひと呼吸の波紋を練り、カウンターの一撃。脳天に波紋を受けたゾンビはただの一撃で灰と化した。

 その瞬間、俺は波紋戦士になり。

 致命傷により、死んだ。

 

 そして生まれ変わった。

 生まれ変わった先の世界には波紋も無ければ吸血鬼やゾンビもいなかったが、それ以外は慣れ親しんだ現代日本とまったく変わらなかった。

 いや、一つだけ大きな違いがあった。「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画が売られていたのだ。

 果たして俺の世界があったからこの漫画があったのか、この漫画があったから俺の世界があったのか。それは分からない。自分の前世の世界が漫画化しているというのはなんとも奇妙な感覚だったが、まあ、ファンになるには十分な理由だった。

 生まれ変わっても少し修行をすれば前世の感覚を取り戻し波紋を使えたので、漫画から幾つか知らなかった波紋疾走を学んだり、戦い方を学んだりもできた。

 ジョジョの奇妙な冒険は俺のバイブルだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学生最後の夏休み。俺は海浜公園の近くに新しくできたデパートに買い物に来ていた。就活は終わり卒論も早々に片付き、悠々自適。就職すれば時間も無くなり旅行は難しいだろうから、どこかのビーチで常夏のバカンスでも過ごそうかと思い、水着を買いに来たのだ。三年前に履いたのが最後の海パンはカビ臭くなっていた。

 まだ開店セール期間中のデパートは安売り割引の文字が目立ち、そこに群がる人は多い。かくいう俺もピラニアの一員と化している。スポーツコーナーの一画、水着コーナーに集まりキャアキャアはしゃぐ若い女性客――――そしてそこから離れた男物の売り場に集まるむさい男達と俺。対比で男臭が凄い。

 

 だが! 俺はそんじょそこらのむさい男とは一味違う。

 前世の古武術道場の鍛錬をサボり気味だが幼い頃から続け、常日頃から(今も)波紋を練り続けた結果、鍛えこまれ絞り込まれた美しくたくましい筋肉と高身長を得ている。そのへんの男とはむさくるしさの格が違うのだよ、格が。結局むさくるしい事は否定しないが。顔もジョジョばりに濃いから。しかしジョジョと違って全然モテないのは理不尽である。やっぱ誇り高き血統じゃないとダメかー(´・ω・)

 

 悩みながらジョジョ柄の海パンが無いか探していると、突然横の壁が轟音と共に吹き飛んだ。瓦礫の塊が頭に直撃コースで飛んでくるのを、咄嗟に腕に集中させた波紋で弾く。

 水着コーナーに集まっていた若い女性客が鋭い悲鳴を上げ、むさい男達も甲高い悲鳴を上げた。うるせえ。

 

 むむむ。鉄筋コンクリートを吹き飛ばすこの威力には覚えがある。吸血鬼だ! この世界にもいたのか! 白昼堂々と良い度胸だ!

 

「コォォォオオオオオ!」

 

 俺は波紋を全身に漲らせ、決然と壁に空いた大穴へ歩み寄った。大穴の向こうに見える青い空、青い海。そこから漂う微かな腐臭とうっすらとした霧。いかにも吸血鬼らしい。

 背後から引き止める声がするが止まらない。男にはやらなければならない時があるのだ。

 最大限に警戒しながら、大穴の外を覗く。

 上下、左右。壁に足をめり込ませて垂直に立っている吸血鬼も、街灯の上に立っている吸血鬼もいない。非常階段から転げ落ちるような勢いで逃げていく買い物客達が見えるだけだ。

 …………。

 

 あれっ。

 いない。

 どこ? 吸血鬼どこ?

 

 困惑して見回していると、デパートの駐車場に停まっていた車が数台まとめて吹き飛ばされていった。たちまち炎上を始め、近くの道路の車窓から野次馬達がなんだなんだと顔を出す。

 数秒の間を起き、今度は民家が砲弾でも喰らったように爆音と共にバラバラになった。どういう事だ? 吸血鬼が大岩でも投げまくっているのか。

 

 車や民家が吹き飛んでいった方向から、大雑把に何かが飛来してきた方角を割り出す。そちらには海しかなかった。青い海には薄らと不気味な霧が覆っている。 

 海上で、何かが赤く光った。黒煙が上がり、数瞬後、信号待ちしていた大型トラックが恐竜に体当たりされたように派手に横転してスリップ。牛丼屋に突っ込んでいった。

 

 吸血鬼にしてはおかしい。いくらなんだもパワフル過ぎだ。DIO様でもあの距離からの投擲でトラックを吹き飛ばすのは難しいだろう。まさか究極生物……?

 目を凝らし、意識を集中して海上にいる「ソレ」を見る。

 鯨のようなフォルム。うっすらと煙を上げる背中についた砲筒、メタリックな黒い装甲。凶悪な剥き出しの歯。病んだような鈍い光を放つ両目。

 見覚えがあった。

 駆逐イ級だ。

 

 ア、アイエエエエエエ!? 深海棲艦!? 深海棲艦ナンデ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前世と今世では大きな違いが一つだけある言ったな。スマンありゃウソだった。

 今の今まで気にも止めていなかった事だが、もう一つ、大きな違いがあった。

 前世にあったブラウザゲーム「艦隊これくしょん」が、今世には無い。

 


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