波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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二話 いつまでも演習って訳にもいきません

 時刻は昼すぎ。昼食後の、鎮守府正面海域。沿岸警備がてら陣形の切り替え、射撃、航行の訓練を施していた不知火は、海上に薄ら揺蕩う霧の微細な変化にいち早く気付いた。

 夜間航行よりは楽だよね、などと話しながらほどよく緊張をほぐしている随伴艦に指示を飛ばす。

 

「敵艦隊が来ます。ハチさんは下がって下さい。まだ駆逐複数を相手にするのは辛いでしょう。それと……川内さんと雪風も下がりましょうか。三人は戻って提督に報告を」

 

 度を越した少数精鋭だった波紋艦隊にはこれまで縁の無い話だったが、他の鎮守府から上がった情報をまとめた結果、提督の艦娘管理能力には限りがある事が分かっている。

 一つは、一艦隊の編成は六隻まで。七隻以上の編成も可能だが、その場合艦娘の深海棲艦への特攻が失われ、実用的ではない。

 もう一つは、同時指揮は四艦隊まで。四艦隊を超えて同時に運用した場合、七隻以上の編成と同じペナルティを被る事になる。一艦隊しか指揮できない提督もいれば、四艦隊指揮できる提督もいる。この差の理由は分かっていない。波紋提督は四艦隊を運用できる。

 つまり最大で六隻四艦隊、合計24隻の艦娘を出撃させる事ができるのだ。

 波紋艦隊の艦娘は現在23隻であるから、目一杯には足りないが、大淀と明石は非戦闘要員で、鳳翔と那智に出撃制限がついている事を考えればどの道足りていない。

 

「旗艦は不知火が受け持ちます。単縦陣!」

 

 三人が緊張した面持ちで下がったのを確認し、不知火は号令をかけた。不知火を先頭に、時雨、夕立、響、神通、夕張がぎこちなくフラフラはしているものの、間違う事なく陣形を変える。

 

「うー、この霧、邪魔っぽい。敵艦が見えないっぽいー!」

「そうだね。でも、きっとそれは敵艦も同じだよ。大丈夫、頑張ろう」

 

 夕立と時雨の会話を聞き流しながら、不知火は艤装を構えた。あの戦いの後、始めての実戦である。一週間に満たないとはいえ、ブランクがある。半日と間を置かず戦い続けてきた身には長すぎる休養期間であったように思えた。艤装は専用のものではなく、威力が落ちる。後遺症のせいか、以前は気にならなかった霧が体にまとわりつくような不快さを伴っている。

 不知火は弱くなっている。一通り動きに問題が無い事は確認しているが、実戦で不都合が無いとどうして言えるだろう?

 

 不安を抱く不知火だが、努めて平静を保とうしたし、事実、心は静かに凪いでいた。この程度、ハンディキャップには入らない。

 共に戦ってきた心強く頼れる司令が、今は背後にいる。守らなければならない。それは心細さや重圧ではなく、誇りと決意となって不知火に力を与えた。

 自分の最初の実戦を思い出す。自分以上に、今、随伴艦達は不安と恐怖を抱いているはずだ。

 不安、恐怖。それを制す術を不知火は知っている。

 不知火は言った。

 

「皆さんはきっと今、恐怖や不安を感じているでしょう。それは自然な事です。不知火もそうでした」

 

 弱気な発言に、見なくても随伴艦が不安そうにしているのが分かる。不知火は構わず続けた。

 

「でも、不知火は敵を沈め、強くなり、生き残ってきた。不知火をここまで強くした司令の言葉を、貴女達にも送りましょう――――『幸運と勇気を!』」

 

 力強く誇り高く発した言葉に、一転全員が奮い立つ。不知火が砲を構えると、随伴艦もそれに続いた。霧の中に影が見え、敵が現れる。不知火は叫んだ。

 

「砲雷撃戦、用意! ……てぇーッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦が終了しました」

「おお、ご苦労」

 

 司令室の椅子にどっかり腰掛け、無傷で帰投した不知火の敬礼を受ける。座ったまま艦隊の出撃を見送り、帰投を迎えるこの立場にはまだ違和感が大きい。

 

 報告によれば、二期建造艦による初の実戦はつつがなく一方的に終わったらしい。不知火を旗艦とした空母・戦艦を含む連合艦隊計12隻に対するは、深海棲艦偵察部隊駆逐イ級三隻。数で見た戦力比は1:4で、火力その他で見ればもっと酷い。低い練度は数と不知火のカバーで十二分に補われ、被害は小破以下が二隻のみ。不知火が艦隊の練度向上を考えて攻撃を控えず、敵艦隊撃滅に注力していたらその被害もなかっただろう。暴力を振るう側になって改めて気付く、数の暴力の圧倒的有利さである。

 

 もっとも、次か、その次からはこうもいかない。

 偵察艦隊が消息を絶った事で、敵は状況が変わった事を知るだろう。偵察の数を増やすか、それとも再度侵攻をかけてくるか。戦闘の本格化は避けられない。艦娘の練度向上に努めると同時に、俺も戦士や現場指揮官ではなく司令官としての腕を上げていく必要がある。

 

「――――そして、現在は出撃しなかった川内さんと雪風、無傷の夕張さんと夕立に哨戒を任せています。報告は以上です」

「お疲れ。今日中に報告書にまとめておいてくれ。哨戒のシフトも組んだ方がいいだろうな」

「組んであります。後ほどお持ちします」

「お、おお」

 

 不知火、有能。俺の出番なし。もう不知火だけでいいんじゃないか。

 敬礼して退室した不知火と入れ違いになるように、大淀がノックと誰何の後書類をもって入ってきた。

 

「提督、失礼します。一般企業から電報が入っています」

「一般企業? 本部からではなく?」

「はい。食品関係で支援をしたいと」

 

 書類を読むと、無料で嗜好品を提供させてもらいたい、という旨のかなり下手に出た内容だった。それだけしかない。特にこちらへの要求もない。なんぞこれ。

 

「ワケがわからんぞ」

「提督も怪しいとお考えですか?」

「タダより高いものはないって言うからな。十中八九、何かある。裏取りできるか?」

「やってみます」

「おっと待て」

 

 退室しようとした大淀を呼び止め、メモ帳に走り書きして渡す。

 

「御神提督とメケ提督の連絡先だ。同じような話が来てないか当たってみてくれ。あとメケ提督にはあきつ丸を貸してくれた礼も頼む」

「了解で……え?」

「どうした」

「あ、いえ、失礼します」

 

 大淀はメモを二度見してから退室した。まあ「めけめけ王子13世提督」は二度見するよな。メケ提督の飼い主は何を思ってこんな名前にしたのか。

 大淀の退出後、書類を数枚片付ける。海軍本部から定期支援を受けられるようになった代わりに、書類仕事が追加されたのだ。資材を無事受領しました、その資材の量はこれぐらいで内訳はこうでした、前週の資材消費はこれぐらい、その内訳はこれこれこう、資材の他の物資についても同様だ。

 

 今まで、各地の鎮守府の運営は提督個人の裁量にかなり依存していた。海軍にツテがあったり、交渉能力が高かったり、内陸部との交流が楽だったりする鎮守府が充分な支援を受けていた反面、孤立していたり、交渉能力が低かったりする鎮守府は酷いものだった。不知火と那智の海軍本部襲撃以降はそういうガバガバ体制にメスが入り始めている。これからは書類仕事と引き換えに均一で公平で充分な支援が受けられるようになっていくだろう。ありがたい事だ。書類仕事で資材が貰えるなら喜んで書類捌きマシンになるさ。

 

 ただし、入院中、廊下に海軍事務職員募集のポスターがベタベタ貼られているのを見かけたし、たぶん海軍本部も人員が全然足りていない。襲撃初期の自衛隊出動からの返り討ちや、深海棲艦の霧の中での救助活動による二次被害で多大な被害が出ている。平時より大幅に減った人員で戦時の仕事を回せる訳が無い。鎮守府への支援が安定するのはもう少し先になるだろう。

 

 書類を片付けた後、入渠ドックに向かった。入渠ドック、とはいっても、プレハブハウスを一つ使って作られた風呂場である。

 湯船の近くに資材が置いてあると、どこからともなく出てきた妖精さんが資材をぽいぽい湯船に投げ込んで溶かし、浸かった艦娘にマッサージや治療を施し始める。なぜ湯船に浸かる必要があるのか、妖精さんがどこから湧いたのか、疑問はあるが妖精さんなら仕方ない。妖精のせいなのね、そうなのね。

 

 まだ下田鎮守府にある入渠ドックは二つだけで、来週には追加のプレハブの建材が届くはず。最終的には四つまで拡張する予定だ。一つの鎮守府に五つ以上入渠ドックを作っても、働き蟻の法則なのかなんなのか、五つ目以降の入渠ドックの妖精さんがサボりだすのだ。だから入渠ドックは四つまでで、同時に修復できる艦娘も四隻までになる。

 ちなみにこのあたりの法則を掴むまでに各地の提督達は相当難儀したらしい。

 

 今、使用感を確かめるために波紋で治る程度の軽傷の時雨と神通を入渠ドックに入れている。

 入渠ドックに入ろうとして、止まる。中にいるのは裸の時雨と神通だ。改善点や感想を聞こうと思ったが、今入ったら覗きになる。クソ提督不可避。

 あとで聞こうと踵を返すと、通りがかりの響とばっちり目があった。体格差から見上げられているが、間違いなく見下されているのが分かった。響は冷え冷えとした声で呟いた。

 

「つまり司令官は、そういう人なんだね」

 

 あ…あの響の目…養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。残酷な目だ…。

『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』ってかんじの!

 

「まて響。誤解だ。話せば分かる」

「そうかな。これは不知火に伝えておくよ」

「あ、そう? ならいいか」

 

 不知火なら誤解だとわかってくれる。

 堂々とした俺の態度で本当に誤解だと察したのか、響は気まずそうに帽子を弄った。

 

「えっと、司令官はここで何をしていたんだい?」

「入渠ドックの確認だ。これから長く使っていくんだから使ってみて不具合があればすぐに直す必要がある」

「そうだったのか。すまない、誤解してしまった」

 

 響は素直に頭を下げた。エエ娘や……許す!

 その後響を肩車して食堂に行ったら駆逐が寄ってきて、木登りならぬ人間登りをされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初戦の翌日からは、重巡・軽空母クラスが波状攻撃をかけてくるようになった。ただし妙に逃げ腰で、毎回交戦もそこそこに引いていく。一体何を考えているのか。

 

「不知火達をここに釘付けにしておきたいのではないでしょうか」

 

 司令室でコーヒーをグィィッと飲みながら不知火と議論する。

 

「まだ打って出られると困るってか。連中の傷はそんなに深いのかね」

 

 深海棲艦が俺達に反撃に出られると困るなら、ぜひ反撃に出たいところだ。深海棲艦の目論見を挫く以外にも理由はある。

 海軍による支援体制が確立し始めたおかげか、幾つかの鎮守府では正面海域制海権の奪取に成功している。つまり、鎮守府周辺の陸地やその正面海域の霧を祓い、その先の海域への反撃の糸口が見えてきている。しかし深海棲艦の霧の中では計器が滅茶苦茶に狂い、視界も効かず容易に方角喪失状態になるため逆侵攻作戦は文字通り難航している。

 

 その正面海域を開放した鎮守府から、「資源湧き」の報告が出ているという。

 資源湧きとは、海上の特定の地点に燃料の詰まったドラム缶や鋼材が浮いているという意味不明な現象の事だ。海軍本部が過去の資料を引っ張り出したところ、どうも昔艦が沈んだり戦闘機が墜落したりした場所に資源湧きポイントが重なっているらしい。

 

 日本は資源輸入国である。海路を封鎖され、輸入品の価格は天井知らずに上がっている。先日の食品会社の支援の打診も、大淀の調べによると、原料が輸入できず値上げに踏切り、結果客足が遠のいて行き詰まった経営を話題の鎮守府に広告塔になってもらう事でなんとかしようという目論見らしい。「艦娘も食べている菓子!」だとかそんな感じで。他の鎮守府にも色々な会社から同じような打診が来ているようだ。

 

 それはそれとして、石油の輸入も停止している以上、一種の油田である資源湧きポイントの確保は重要だ。現状、国単位で篭城戦をしているようなものだ。補給が無ければ干からびて死ぬ。できるだけ早く逆侵攻をかけて海路を奪還、流通を復活させる必要がある。

 資源湧きポイントを発見し、資源の足しにするため。そして海上輸送を復活させるため。防衛戦も重要だが、そろそろ打って出なければならない段階に入ってきている。

 

「二期艦の練度は不知火から見てどうだ。反攻作戦はできそうか?」

「難しいところですね。鎮守府から離れると鳳翔と那智の支援が効きませんし。私だけでカバーするとなると」

「不知火」

「はい?」

「僚艦を守ろうとするその意思は尊い。だがあいつらもいつまでもヒヨッコじゃあない。逆に考えるんだ。僚艦に援護してもらうと考えるんだ」

「援護してもらう」

「攻撃が分散されるだけで楽じゃないか? まだ背中を任せるには不足かも知れんが、足を引っ張るほどじゃあないだろう? どうだ?」

「そう……そうですね。一息に正面海域制海権奪還ができるかは分かりませんが、威力偵察としてひと当てして、轟沈せず帰投できる程度の練度はあるかと」

「ベネ!」

 

 俺は不知火と反攻作戦を練り始めた。

 さあ、反撃だ。

 


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