波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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五話 提督会議

 羅針盤計画。

 海上輸送経路打通の要となる計画だ。

 陸が目視できる鎮守府近海ならとにかく、それより遠洋に出ると、途端に道しるべを失い方角喪失状態になるという。深海棲艦の霧の中では従来のあらゆる位置特定法が用を成さない。これでは逆侵攻は夢のまた夢。

 そこで、海軍は「羅針盤」を開発した。工藤提督、通称メカニック提督が開発した羅針盤には妖精さんが憑いていて、作戦行動から「帰投する」際にまっすぐ鎮守府を示してくれる。これがあれば少なくとも「帰り道がわからない」という最悪の状況は回避できる。

 しかし現在の羅針盤では帰投が可能になっただけで、侵攻ができない。霧の中に「進んでいく」時は、妖精さんが困り顔でぐるぐる乱回転する羅針盤と睨めっこしているだけで、羅針盤は役に立たない。メカニック提督もあれこれ改良を重ねたようだが、お手上げらしい。

 

 羅針盤プロトタイプは科学の域を超えていて、全ての内部メカニズムが従来の技術をガン無視している。

 そこで固有技能持ちの提督に招集がかかった。ワケのわからん物にはワケのわからん者を。

 海軍本部の指示は極めてシンプルだ。

 

 『羅針盤を改良し、遠洋航海を可能とせよ』

 

 簡潔過ぎる指示だが、あれこれ細かく注文をつけられ雁字搦めにされるよりはマシかも知れない。

 がんばるぞいっと。

 

 そんな訳で東京の海軍本部にやってきたのだ。

 同伴は秘書兼護衛の不知火と、運転手として大淀。不知火も運転を覚えようとしたようだが、残念ながら身長が足りずまともにこなせなかったらしい。

 海軍本部前には既にマスコミがやってきていた。俺達の車をみると押しかけてきたが、警備員がそれを抑えている。別の警備員に誘導されて敷地内に入り、車を降りる。

 

「では提督、私はこれで。お帰りの際はお呼び下さい」

「おお、そっちも頼んだ」

「お任せ下さい」

 

 大淀は会釈をして発車し、街中に消えていった。俺が会議に参加している間、大淀には買い出しを任せている。作戦行動に必要な物資は政府が配給してくれるが、経費で落ちない類の嗜好品は自分で買うしかない。宅配を頼めればいいのだが、まだ下田鎮守府は宅配可能地域から除外されている。大淀はウチの艦娘からあれこれとお使いを頼まれているようだ。俺もジョジョ最新刊を頼んでいる。

 ちなみに下田鎮守府では艦娘に一ヶ月1万円の小遣いを渡している。提督は海軍から基本給の他に、艦娘一隻につき二万の手当が支給されるのが普通だ。その内一万を艦娘に渡している形になる。残り一万は何か起きた時のための積立金として、俺の通帳とは別に大淀に代表して保管させてある。

 他の鎮守府では二万を全額艦娘に渡したり、艦種に応じて金額を差し引いて渡したりしているようだ。全額提督がもっていく例もあるという。まあ建前上は提督への手当だから、それでも間違っていない。

 実質艦娘は月給0~2万、衣食住保証で働いている事になる。すんごいブラック。そもそも艦娘に最低賃金を適用するか否かでもかなりモメているようだし、どうなる事やら。

 

 指定された時間の一時間前に着いてしまったが、海軍本部のロビーに入ると、既に提督と思しき人が数人、そして艦娘も何隻かソファーでくつろいでいた。大鯨に抱き抱えられた猫も一匹いる。若奥様に抱かれたペットにしか見えないんだよなあ……

 

「どうも、メケ提督。お久しぶりです」

「むにゃん? ああ、君も来たのか。大鯨君、もそっと上げてくれたまえ」

「はい、提督」

 

 大鯨がメケ提督の脇を持って持ち上げ、俺にメケ提督の目線を合わせてくれようとしたが、高さが足りていない。身長高すぎてすまんな……

 下半身をダルーンとぶらつかせているメケ提督は前脚を舐めながらもごもご言った。

 

「義手はまだ無いのかね?」

「ウチの大淀が今日試作品の受け取りに行ってくれる予定です」

 

 仕様書だけは先に見てある。至って普通の義手らしい。艦娘のパワーを基準に作られた日本の科学は世界一ィィィィ! な一品を期待したが全然そんな事はなかった(´・ω・)

 御神提督も呼ばれているようだが、まだ来ていない。他に知り合いもいないのでメケ提督としばらく話し込む。

 

「羅針盤計画っていっても機械は専門外もいいとこですが大丈夫ですかね」

「大丈夫だ、私もわからん。まあ工藤がどうにかするだろう。君は工藤を知っていたかな」

「メカニック提督ですよね。お会いした事はありませんが、話だけは」

「うむ。そこで赤木に巻き上げられているのが工藤だ」

 

 メケ提督が前脚で指した方を見ると、顎の尖った白髪の海軍制服の男と、バンダナを巻いた顔の青い男と、早霜を膝に乗せた気弱そうな女性、そして不知火が雀卓を囲んでいた。

 なにやってんだ不知火。

 

「工藤提督はバンダナの?」

「うむ。白髪は赤木だ。私も麻雀に誘われたが、肉球では牌を掴めんのでな、断った。女性は薬師寺だ。よくジャーキーをくれる」

「なんかウチの不知火が混ざってるんですが……」

「心配するな。負けても人の絵を描いた紙切れを取られるだけだ」

「それ金毟られてるんじゃないですかァ! 不知火待て!」

 

 急いで駆け寄ると、不知火が「どうぞ」と席を俺に譲ってきた。

 

「いやどうぞじゃなくてな。なんで賭け麻雀してるんだ。すみません勘弁してやってください、こいつルールも知らないので」

「しかし司令、勝てば高速修復材をくれるそうですよ」

「ああ、現物支給だ。レートは千点一個。高速修復材の手持ちがなけりゃ金でもいいぞ」

 

 赤木提督がタバコをふかしながら渋い声で言った。

 千点一個! 魅力的だ。高速修復材はあってもあっても足りない。しかし現物支給という割には現物が見当たらないが。

 疑問が顔に出ていたのか。薬師寺提督が消え入るようにひっそりとした声で言った。

 

「私が作る……」

 

 そういって近くに置いてあったポカリのペットボトルを手に取り、唐突に両手で一生懸命振り始める。しかしすぐに息切れしていた。何やってるのかわからんが体力と筋肉が足りない事は分かる。

 そういえば薬師寺って聞いた事あるな、と思っていると、ペットボトルがボワンと漫画チックな煙を上げ、高速修復材のバケツに変わった。

 ハアアアアア!? 新手のスタンド使いか!?

 あ、いや、聞いた事あると思ったら薬師寺ってポーション提督の事か。

 

「生産者の方でしたか。どうも、上城定成です。ジョジョ提督か波紋提督と呼んで下さい」

 

 薬師寺提督はゼーゼー荒い息を吐きながら会釈し、早霜に気遣われている。貧弱なお人らしい。こんな生産方法でバケツ量産してたらそりゃ過労で倒れるわ。

 さっきからしきりに財布の中身を確認していた工藤提督が恐る恐る言った。

 

「ちょ、ちょっと俺降りていいですかね。これ以上負けがこんだら明石……ウチの秘書官に怒られるんで」

「途中下車は許さん。が、ツケ払いにしてやってもいいぞ。で、JOJO。お前はやるのか? やらないのか?」

「賭けよう! 花京院の、じゃない俺の財布を!」

「グッド!」

 

 この後めちゃくちゃ毟られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて人が集まり、羅針盤計画会議が始まった。人数は十人に満たない。各自の同伴の秘書官を含めても二十人以下だ。提督が招集されたとはいっても全国の提督を全員集めて防衛線をガラ空きにするわけにもいかず(下田鎮守府には臨時で別の提督が入っている)、更に固有技能持ちの提督に絞るとこの程度しか集まらないのだ。

 そして会議が始まり自己紹介が終わると、早速羅針盤プロトタイプを前にして試行錯誤が始まった。工藤提督がメカニズムを説明してくれるが全然分からん。メケ提督は既に大鯨が振る猫じゃらしと戯れていて、薬師寺提督は部屋の隅の暗がりで早霜とヒソヒソ雑談している。大丈夫かこの会議。

 

「とにかくですね、まずは全員の固有技能で何かしらの影響をこの羅針盤に与えられないか試して頂こうかと」

「というと?」

「例えば、そうですね、上城提督」

「ジョジョか波紋でお願いします」

「あー、ジョジョ提督」

 

 工藤提督はコイツめんどくせぇ、という顔をしながら訂正してくれた。エエ人や。麻雀の大負けも結局明石にスパナでド突かれながら現金で素直に払ってたしな。

 

「ジョジョ提督の固有技能をこの羅針盤に使って見せてください。その反応を私が見て、良い方向に働いたか悪い方向に働いたか判断します」

「普通に波紋を流せばいいんですか? 波紋疾走ですか?」

「あーっと、ジョジョ読んでないのでそのあたりはちょっと。そうですね、最初は弱めの方? でお願いします」

「了解です」

 

 目の前の机に置いてある羅針盤は、前世のブラウザゲームで見た二次元の羅針盤を三次元化したような形をしていて、端っこに妖精さんが座って欠伸をしている。

 要望通り、羅針盤に手を当てて波紋を練る。おおおおおおッ! 唸れ波紋! 刻め血液のビート!

 

 羅針盤に波紋を流すと、鼻ちょうちんを膨らませていた妖精さんが驚いて飛び上がった。妖精さんの体を白い光が包み、妖精さんはびっくりした様子で自分の手を見ている。

 白い光は急激に強くなった。妖精さんの髪がビン! と逆立ち、顔つきが何かこう、彫りが深い感じに変わっていく。更に気のせいかドドドドドドドド……! と幻聴が聞こえてきた。

 

「こ、これは……ッ!?」

 

 工藤提督の明石が目を見開いている。

 眩い光に包まれた妖精さんは声なき雄叫びを上げ、突然その小さな拳を足元の羅針盤に叩き込んだ。

 羅針盤にヒビが入り、真っ二つに割れる。光と音は消え、妖精さんの姿も戻る。何故かアフロヘアになった妖精さんはてへぺろ! と舌を出して凄いスピードで逃げていった。

 

 後には真っ二つになった羅針盤だけが残される。

 微妙な沈黙が会議室に降りる。

 答えは聞くまでもない気がしたが、一応聞いてみた。

 

「この反応はどうですか? 良い感じですか」

「論外です。向こうに行って貰えますか」

「アッハイ」

 

 戦力外通告を食らった。アイテム開発はSPW財団の仕事だから(震え声)

 

 メケ提督も戦力外通告を食らった、というよりも海軍本部最寄りの鎮守府だから顔を出しただけで元々期待されていなかったようなので、二人(?)で情報交換がてら雑談で時間を潰す。

 

「君はまだ一隻も沈めていないのかね?」

「そうですね、まだ。半分退役状態にしてしまった事はありますが。他の鎮守府ではけっこう沈んでると聞きますが実際どうなんです」

「うむ。轟沈を経験していない提督は珍しい。誇るが良い」

「メケ提督も沈めていないのでは?」

「いや、最初期にまるゆがいってしまった。勇敢で、誇り高く、そして毛づくろいが上手い奴だったよ」

 

 落ち込んだ様子のメケ提督の顎を大鯨が優しくこしょこしょした。目を細めるメケ提督。こうしてるとただの猫なんだよなあ。でも喋ってる。死んでも植物になって蘇りそう。

 暗い話題で追い打ちをかける事もない。少し話を変える。

 

「羅針盤が完成したとして、その後の計画がどうなっているか知ってます?」

「それは知らんが、最近横須賀鎮守府では深海棲艦の追跡調査をしているな」

「追跡調査」

「うむ。交戦後、撤退していく深海棲艦にペイント弾を打ち込むのだ。ペイントされた深海棲艦が再び現れるまでの周期、頻度の分析を進めている。統計手法を用いれば奴らの補給地点までの距離や総数あるいは新造艦の生産ペースを割り出せる。今後の作戦の指標となるだろう」

「なるほど。上手い手ですね」

「私の発案だ」

 

 マジかこの猫。下手な人間より優秀なんじゃないか。

 

「今回の計画の成果と合わせて各地の鎮守府にも追跡調査が命じられるだろう」

「そういえば来週の支給物資目録に演習用にしてはペイント弾の支給多かったですね」

「個人的には秋刀魚の群れの追跡調査をしたいところだがね。予算が降りない」

 

 メケ提督は物欲しげに大鯨の胸のクジラパッチワークに猫パンチを繰り出した。そんな予算降りるわけないんだよな。やはり猫か。いやでもブラウザゲーム艦隊これくしょんには秋刀魚イベントあったしワンチャン……?

 

 メケ提督と話し込んでいるうちに、いつの間にか会議は終わっていた。どうやら改良の目処はついたらしい。一度解散という事で、御神提督と夜の街に飲みに繰り出す。不知火と御神提督の初春、マンモーニ提督改めプロシュート提督もついてきた。

 プロシュート提督には「アンタのせいで凄い風評被害を受けた」と絡み酒をされたが、最初に「君はプロシュート提督だね?」「そういう君はジョジョ提督」という挨拶が成り立ってしまった時点でもう親近感しかなかった。ジョジョラーに悪い奴はいない(真顔)。

 

 俺にとっては情報交換会と顔合わせの趣が強かったが、とにかく会議は翌日の再検討会議をもって無事終了し、解散と相成る。

 鎮守府への宅配定期便契約を結んできた大淀を褒めたたえつつ、俺達は下田へ戻った。

 再び戦いの日々だ。結末へ向けた運命の歯車は、軋みを上げながらゆっくりと動き出していた。

 


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