波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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一話 不知火に落ち度はあるか

 砲塔を旋回させる駆逐イ級を遠目に見て、ここ数日のニュースを思い出した。東京湾周辺を航行していた豪華客船が沈没した、というニュースだ。船体は真っ二つでボロボロ。現場周辺は濃い霧に包まれ生存者の救出は難航し、専門家やら自称有識者やらがあれこれと事件の原因を推測していた。有力なのはエンジントラブルによる爆発という話だったが。

 もしかしなくてもコイツ、あるいはコイツらのせいなんじゃあないだろうか。

 

 駆逐イ級。ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」に登場する雑魚敵だ。RPGでいうところのスライム。それが一匹ともなると、故意に負けようと思わなければ負ける方が難しい。

 艦娘がいれば。

 

 転生してからこっち、艦娘なんて聞いた事がない。艦娘なしで対処する時、駆逐イ級の強さはどれほどなのか。

 今また、ファミレスに砲弾が突き刺さり、無残な崩壊と共に瓦礫の山に変わっていく。あちらでも、こちらでも、さながら空襲のように無慈悲な破壊がバラ巻かれている。

 これがスライム? 馬鹿言っちゃいけねェ、魔王の間違いじゃないか。

 

 デパートに空いた大穴の縁に立ったまま眼下の惨状に呆然としていると、空から独特の爆音が聞こえてきた。見上げれば飛行機雲を引き連れて戦闘機が一機飛んでいる。

 来た! メイン自衛隊来た! 早い! もう来たのか!

 

 実際島風も大満足の恐ろしく早いご到着だ。自衛隊は深海棲艦の襲撃を予期していたのか? と一瞬思ったが、すぐに考えを改めた。沈没した豪華客船のニュースでは、残骸に残された痕から何者かに(陰謀論者は隣国の仕業だと根拠もなく名指ししていたが)攻撃を受けたのでは、という話もあった。それに備えていたのなら驚くほどでもない。相手が深海棲艦だとは思っていなかっただろうけども。

 

 とにかく自衛隊は到着した。自衛隊は実戦経験と数はさておき、練度は世界最高峰。漁船を化物化した程度の怪物に遅れはとらないだろう。自衛隊を倒したいならゴジラぐらい持ってこないと相手にならない。

 これで安心だ。

 

 しかし――――本当に、そうだろうか。

 

 深海棲艦の上空を旋回する戦闘機を見ている内に、嫌な予感がしてきた。

 

 艦隊これくしょんはブラウザゲームだ。ストーリーはあって無いようなもので、しかし人気はあったため、二次創作で盛んにゲームのバックグラウンドやストーリーが捏造されていた。その中でも潜在的な共通認識だったのが「深海棲艦の現代兵器無効説」だ。

 ミサイルやステルス戦闘機が登場せず、艦娘のみが戦っているのは、深海棲艦に有効打を与えられるのが艦娘のみであるからだ、という理屈付け。

 それがこの世界でも適用されるなら、自衛隊は深海棲艦に勝てない。

 

 旋回を続ける戦闘機が突如として煙を吹き始めた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 俺はずっと戦闘機を目で追っていた。攻撃された様子はない。しかし現実に、戦闘機はきりもみしながら落ちていき、中から人が飛び出してきてパラシュートを開く。戦闘機はそのまま遠くの霧の中に突っ込んだかと思うと、酷い衝突音と共に大きな水柱を上げた。

 呆然とする。戦闘機が堕ちた。エンジントラブルか? それとも俺が分かっていないだけで何かされたのか。

 

 深海棲艦。既知でありながら未知の敵。そこで始めて、俺の心に恐怖が湧き上がった。

 あれは本当に深海棲艦なのか。人類は勝てるのか。俺は今、終末の序曲に居合わせたのではないか。

 

 しかし。

 波紋戦士にとって、恐怖は不倶戴天の敵にして親しい友のようなもの。

 

 俺は己の拳を見た。イジメ抜いたとまでは言えずとも、堅く、強く、鍛え上げた拳を見た。

 前世での、長く辛い鍛錬を思い出す。

 妹弟子を守るため、グールをこの手でぶちのめした、短くも輝かしい記憶を思い出す。

 

 波紋戦士は戦闘機には勝てない。しかし相手が化物なら、究極生物だろうと倒せるのだ。

 つまり。

 

「俺が深海棲艦に勝てない理由はないのだァァァッ!」

 

 跳躍ッ! デパートの大穴から飛び降り、足に波紋を集中。くっつく波紋で壁を駆け下りる。

 そしてそのまま地上を海に向けて疾走する。

 頭上を砲弾が通り過ぎ、数メートル離れた背後の街路樹を爆散させる。止まない砲撃。成す術もなく蹂躙される平和な街。自衛隊が堕ちた今、俺が止めなければ誰が止める?

 

 再びの爆音、しかし破壊音は続かない。俺は走りながら空を見上げた。

 意外ッ! それは三機の戦闘機! 自衛隊の増援だ。

 

 が、ダメ。焼き直しのように戦闘機が煙を吐きはじめる。苦し紛れにミサイルが発射されるもすぐに勢いを失い空中で爆散。そのまま戦闘機は墜落無残。南無三! ブッダよ寝ているのですか!

 

 どうやら深海棲艦には現代兵器が通用しないらしい。

 しかし、波紋は現代兵器ではない。

 

 埠頭から海に躍り出て、海上を走る。波打つ海面に広がる波紋。なぜか俺の周りだけ濃霧が晴れ、視界も充分。

 予測! それはクレバーな戦闘における必要不可欠な行為。俺は果敢に砲撃音の元へ向かって海を駆けながら予測した。

 深海棲艦と共に現れた濃霧は、もしかすると太陽を遮断するためのものではないか? 俺の周りの濃霧が晴れているのは、深海棲艦の濃霧、引いては深海棲艦に波紋が有効だからではないか?

 根拠は充分。心を震わせろッ! 唸れ血液のビート!

 

 視界についに深海棲艦イ級が映る。俺に気づき、砲門を向けるイ級。

 

「コォォォォォオオオッ!!!」

 

 刻め呼吸のリズム! 血中に作り出した太陽のエネルギーを次第次第に束ね、拳に集中!

 

 砲門の向きを読み、弧をを描く走路でイ級に接近する。真横を砲弾がつんざく爆音と共に通り過ぎ、風圧で煽られよろめいた。しかし足は止めない。

 とうとう射程圏。俺は水面を蹴り、跳躍した。

 大口を開けるメタリックな怪物に喰らわせる波紋はもちろんこれだ。

 

「銀色の波紋疾走ッ!」

 

 着弾ッ! 狙いたがわず拳がイ級の装甲に突き刺さる。波紋が流れる独特の音と手応え。効いている。

 そしてッ!

 このままッ!

 拳を!

 こいつの!

 目の中に…………つっこんで!

 殴りぬけるッ!

 

 跳躍からの着水。残心を怠らず振り返る。

 脳天を叩き壊され痙攣する深海棲艦。病んだような昏い光を放つ不気味な眼光も、片目を潰されてコワさ半減だ。砲門をなんとか俺に向けようとするイ級だが、それを果たせず動かなくなる。

 確信する。奴は死んだのだ。

 

 波紋を受けたグールが上げるのとそっくりな煙を上げながら塵になっていくイ級を見ていると、素晴らしい達成感がこみ上げてきた。

 

 難敵であった! 終わってみれば決着は一瞬! 俺は無傷で一撃の勝負! しかし砲撃を貰っていれば俺が肉片と化していた! 射程! それは戦闘の基本! 遠距離砲撃をする相手に拳で挑むのは相当キツい! デパートからかなりの距離を全力疾走し息も切れている! 水面に立つだけの波紋の呼吸を保つだけで精一杯だった! 戦闘が長引けば負けていたのは俺だっただろう!

 それでも勝ったのは俺だった! 迷い無い勇気に裏付けられた、一直線の行動が早期決着を可能としたのだ!

 お疲れ俺! ありがとう波紋!

 

 呼吸を整え、凱旋するために陸地に目を戻そうとする!

 そこで視界の端に一瞬映る影!

 難破船か深海棲艦の残骸か! 背後を振り返り、霧に包まれた海の彼方に目を凝らす!

 捉えたのは『敵影』! 感じたのは敵意! 数は……『三』!

 意味するものは……敵の、増援ッ!

 

「アカン」

 

 これは無理だ。俺は全力で逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸地にほうほうの体で駆け戻り、デパートの影に隠れて荒い呼吸を整える。

 砲撃はますます激しく、市街地を蹂躙していた。あちこちで火の手があがり、避難が完了したのか死に絶えてしまったのか、最早悲鳴も聞こえない。

 

 落ち着け。落ち着け。

 一匹相手でも際どい戦いだった。三匹相手は犬死だ。既に街は死に体、守るべき民衆も既にない。

 俺も避難すべきではないか? 海に面した市街地を潰されたとしても、イ級が陸地を闊歩して侵攻してくるとは思えない。足のある人型深海棲艦ならどうか知らないが、とにかく一度引いて体勢を立て直すだけの余裕はあるはず。

 

 呼吸が落ち着いた。逃げよう。逃げるのは恥ではない。戦う意思を失わない限り。

 逃走手段として手頃なバイクか何かないかと見回したところで、川が目に入った。コンクリートで舗装されたその川は幅広く、水深も充分。

 遡上。その言葉が思い浮かぶ。

 

 血の気が引いた。これはマズいぞJOJO。逃げてる場合じゃない。深海棲艦が川を上ってきたら内陸まで蹂躙されてしまう。

 なんとか、なんとかできないか。

 俺一人では無理だ。助力がいる。しかしこの世界に俺の他に波紋使いなんて……

 

 そこで電流走る。

 深海棲艦と戦う者は艦娘だけではない。

 そう、提督だ。艦娘を建造し、指揮する者。

 

 何かに導かれるように、俺は本能的に「それ」をした。「できる」。その確信があった。

 何をしたのかは俺にも分からない。ただ、確かに「それ」は成った。

 反応は劇的だった。

 

 倒壊したビルの群れから突き出した折れた鉄骨が、身をよじるようにコンクリートから抜け出て俺の前に飛んでくる。倒壊していない無事なビルからも、無理やり引きずり出したように鉄骨が出てきた。支えを失ったビルが崩壊していく。

 スーパーマーケットや民家からは窓ガラスをぶち破り、金属製の鍋やフライパン、アルミホイルのロールが群れを作って飛来。大量のガラス片が道路に散乱した。

 ガソリンスタンドからはガソリンが意思を持ったようにダバダバ流れ出て、俺の前に池を作った。

 しばし間を置き、海の方からは墜落した戦闘機のものと思われる弾薬がジャラジャラと金属音を立てながら転がってくる。

 

 目の前に集まりうず高い山を作ったそれは眩い光を放つ。

 

「うお、まぶしっ!」

 

 思わず目を閉じ、数秒後目を見開いた時、資材は消え、代わりに制服を着た一人の少女が立っていた。

 

「はじめまして、司令官。不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです」

 

 俺は不知火ではなく、その背後の惨状を見ていた。周囲から無差別に無理やり「鋼材」「ボーキ(アルミ)」「燃料」を引っこ抜いてきてしまったせいか、半壊していた街が全壊になっている。

 これ、深海棲艦より俺の方が被害出したんじゃないか。

 不知火は眉間に皺を作り、あまりの出来事に呆然とする俺を訝しげに見た。

 

「……不知火に、何か落ち度でも?」

 


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