波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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二話 装甲空母大鳳は静かに暮らしたい

 艦娘は同名艦でも個性がある、というのはそれなりに知られている話である。

 駆逐艦不知火を例にとってみよう。不知火という艦娘は忠誠心が高い傾向にある。ジョジョ提督の不知火は提督から決して離れず、護衛に務める事を信条としている。眼光は睨んだだけで駆逐艦が沈むと言われるほど鋭い。対して舞鶴の不知火は内政屋で、主に影から提督を支える事を信条としている。眼光はひっそりと消え入るように儚い。

 メシマズで有名な比叡でもアレンジャー、カクセナス、アジオンチーなど方向性は多種多様。

 秋雲などは同じ同人業界でも、提督×艦娘派、提督×提督派、艦娘×艦娘派などに分かれ水面下で骨肉の争いを繰り広げているという恐ろしい噂が真しやかに語られている。

 

 さて。

 下田鎮守府の大鳳はいわゆる三期艦である。日本の領海から深海棲艦が追い出され、熾烈な戦いが終わってから建造された。

 大鳳には激戦がわからぬ。大鳳は、鎮守府防空を任された装甲空母である。艦載機を飛ばし、飛行甲板を整備して暮らして来た。けれどもジョジョ提督の動向に対しては、人一倍に敏感であった。

 

 この大鳳は、他の大鳳と比較して大人しく、引っ込み思案な性格をしていた。争いを好まず、平穏を愛する。

 激しい「喜び」はいらない。そのかわり深い「絶望」もない。「植物の心」のような人生。そんな「平穏な生活」こそ大鳳の目標である。

 そんな大鳳も、自分の上司であるジョジョ提督の事は気になって仕方がない。

 

 鎮守府というのはどこも女性ばかりで、男性が少ない。女性提督の鎮守府などは物資の搬入業者以外男性がいないという事すらある。下田鎮守府も例外ではなく、大鳳がジョジョ提督を意識するのも必然の成り行きだった。

 ジョジョ提督は2mを超える長身に鍛え上げられた筋肉の鎧をまとった、彫りの深い顔の男である。かぶいた服装を好み、海軍支給の制服すら着崩している。一般的に女性受けはしない男である。

 しかし、前線で艦娘と肩を並べて戦ったという意味不明な経歴を持ち、今は一線を引いたとは言え、その指揮は現場で戦う艦娘の心理をよく汲み取ったもの。指揮の手腕も標準以上で、柔軟性を持ち、何よりも艦娘を尊重し、信頼を預けてくれる事が心地よかった。

 

 加えて言えば、艦娘に厭らしい目を向けて来ないのも安心できた。

 基本的に、艦娘の存在は提督に依存する。提督が死亡すれば艦娘は消え去り、資材の山と変わる。提督の指示に異論を唱える事はできても、強く言われれば逆らえない。

 日本近海の開放が終わり、命懸けの激戦を知らない新任の提督は認識が甘く、見目麗しい艦娘を情婦の如く扱うゴミクズもいるという。

 そうでなくとも、本来鎮守府の財政を助けるために設置された「任務制度」を逆手に取り、艦娘を建造しては使い捨てにするブラック鎮守府も存在する。

 まともな鎮守府、まともな提督の下に着任した大鳳は幸福だ。

 

 要因は様々だが、大鳳が提督に心惹かれたのは事実。

 ところが大鳳は引っ込み思案で、任務中ならばいざ知らず、個人的私用で提督に話しかける勇気は持てなかった。金剛を筆頭とする艦娘が熱烈なアプローチをかけ、バッサリと一刀両断されたのを見て心が折れたともいう。

 それに、そもそも大鳳は平穏を愛する。提督の取り合いに飛び込むのは気が引けた。

 故に、コッソリと遠くから提督を眺めては想いを募らせ、想いをこじらせ、うっかり提督×大鳳の薄い本を買ってしまったのも仕方のない事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 注文した薄い本が届く早朝、大鳳は落ち着かない気持ちで鎮守府正面入口でウロウロしていた。

 艦娘が個人的に注文した物品は毎朝まとめて届く事になっている。それを受け取り、各艦娘の部屋に配達して回るのは当番で持ち回り。大鳳は薄い本が届く日時を自分の当番の日に合わせていた。

 

(ま、まだでしょうか。まさか輸送中に襲撃があったとか? 誤送で別の場所に送られたとか)

 

 まだ配達予定時刻まで3分はあったが、大鳳は不安で仕方がなかった。

 大鳳は運が悪い。軍艦時代も、艦娘になってからも。コンロに着火すれば爆発。花火に着火すれば爆発。爆発絡みの事故を掃除機のように吸い寄せるのはもちろん、不運という不運が大鳳にはまとわりついている。悪い想像をするのも無理ない事である。

 大鳳は自分の不運を理解しているため、今回の注文に際しても十重二十重の安全策をとっていた。

 

 まず、目的は薄い本を手に入れる事。これは横須賀の秋雲にプレイのシチュエーションなどを細かく注文して描いて貰った。今思えばどうして性癖全開で顔見知りの艦娘に頼んでしまったのかと顔が熱くなる。酒の席の話であったし、口止め料込みで依頼料は弾んだので、秋雲から話は漏れないと信じたい。

 薄い本はありふれた柄のカバーをかけ、カムフラージュのための何の変哲もない文庫本に混ぜて送られてくる。誰かがうっかり大鳳宛の配達物を見てしまっても、パッと見では文庫版ジョジョの奇妙な冒険1~10しか見えないだろう。下田鎮守府ではジョジョの単行本は至極ありふれたものなので、誰も怪しまない。

 薄い本入手後にも気を配り、自室の文机の引き出しを密かに改造して二重底にし、そこに隠すように準備してある。仮に二重底に気づかれたとしても、正式な手順を踏んで開けなければ、爆発して証拠は隠滅される。文机が爆発するのは普通ありえないが、大鳳は過去にカップ麺を爆発させた前歴がある。上手くごまかせるだろう。

 

 ここまで気を配るのは、大鳳が目指す『平穏な生活』のためである。

 もし! 万が一にでも! 薄い本の存在が誰かに知られ、性癖が暴露されたら、心に深刻なダメージを負ってしまう。

 ささやかな欲望を満たしつつ、頭をかかえるような『トラブル』を避ける。大鳳にとっては重要で油断できないミッションだった。

 配達物を受け取り、自室の引き出しに隠すまでは安心できない。今の不安な精神状態は不本意なもので、早く済ませて『安心』したいところだ。

 

 配達予定時刻から2分が過ぎた頃、やっと業者が到着し、大鳳は努めて冷静を装いながら荷物を受け取り、震えそうになる手を抑えて受け取り票にサインをした。

 一礼して去っていった業者を見送り、ちらりと荷物を確認する。大鳳の他にも文庫本を注文した艦娘がいたらしく、そのうち何冊かは大鳳の薄い本とカバーの柄が被っていてまぎらわしい。

 大鳳の注文した薄い本はダンボールに入っているはずが、剥き出しで輪ゴムで留められているのを見た時は機関部が止まるかと思った。早速業者のミスという名の不幸の襲撃である。カバーをかけていなければ即死だった。中身をチラ見したところ、カバーの中身までは不幸の被害から免れ、ちゃんと注文通りのものだった。

 

 ドキドキしながらまずは空母寮へ向かおうとして、反射的に建物の影に身を隠す。ちょうどジョジョ提督がTシャツにハーフパンツ姿で玄関から出て、朝のジョギングに向かうところだった。軽い柔軟の後、走り出した提督の後ろを影のように不知火がついていく。嫌な汗をかきながら姿が見えなくなるまで見送り、ほっと息を吐く。暴走寸前だった機関部が静かになり、頬の熱が引いていくのを感じる。

 もし提督の目に留まり、薄い本が見つかりでもしたら(大鳳の機関部の)爆破は避けられなかっただろう。危なかった。

 

 建物の影からそっと身を出して、玄関を潜り鎮守府本棟に入る。艦娘の寮へは必ず本棟を通らなければならないのだ。

 

「おや、大鳳さん」

 

 後ろから声をかけられ、思わず飛び上がりそうになった。

 ゆっくりと、平静を装って振り返ると、そこには眠たげな目をした青葉がコーヒーカップ片手に立っていた。手には数冊の本と写真、何かの原稿と思しきものを持っている。

 

「おはようございます。朝早くから……ああ、荷受当番ですか。ご苦労様です。コーヒー、飲んでいきます?」

 

 青葉が手に持つ配達物に目をやり、朗らかに聞いてくる。先ほどからドキドキが止まらない。まるで破廉恥な行為に手を染めているようだった。あながち間違っていないが。

 大鳳は、慎重に、怪しまれないように返す。

 

「すみませんが……遠慮します。これからこの『荷物』をとどけなくてはならないので。それでは」

「仕事熱心ですねぇ」

 

 幸い、興味は惹かれなかったらしい。大鳳は普通の歩行速度で、しかし全速力で青葉から離れようとする。青葉は今最も見つかりたくない相手だった。情報収集や広報に熱心な青葉に薄い本が見つかれば、確実に大鳳の息の根は止まるだろう。

 

「おはようございまーす!」

「おっと」

「きゃっ」

 

 その時、通路の角を曲がって猛スピードで現れた島風が走り抜けていった。青葉はコーヒーをこぼさまいとするあまり本と写真、原稿を取り落とし、慌てて仰け反った大鳳も荷物を落としてしまう。

 

「島風さーん! 廊下走ったら提督に怒られますよーっ! まったくもう……」

 

 青葉はぶつぶつ言いながら資料を拾いはじめる。大鳳もしゃがみこみ、真っ先に素早くカバー付きの本を確保した後、青葉の資料を拾うのを手伝った。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。きょーしゅくです。大鳳さんの荷物は大丈夫でした?」

「割れ物はありません。大丈夫ですよ」

 

 自室に戻るらしい青葉と別れ、背を向けて、本を確認する。折れたり曲がったりしていないかのチェックだ。

 

「!?」

 

 そこで大鳳は一気に顔を青ざめさせた。カバー付の本の中身が違う。なぜか世界のカメラ特集の本だった。

 振り返る。そこには口笛を吹きながら去っていく青葉の後ろ姿があった。手にはカバー付の本がある。

 カバーの柄にありふれたものを選んだせいで、青葉のものと被ってしまっていたのだ。そのせいで、取り違えが起きた……!

 

(な、なんという事でしょう……! 青葉! 本を勘違いして持っていたのですか! まずい……あの『本』の中身を見られた(・・・・)ら……)

 

 薄い本の中身は提督×大鳳。しかも、青葉は大鳳が荷受当番である事を知ってしまっている。薄い本を注文したのが誰か、馬鹿でも分かるだろう。

 どうするか(・・・・・)!?

 正直に「取り違えましたよ」と言うのは避けたい。「え? そうですか?」などと返され中身を確認されたらそれで「詰み」。かといって「絶対に中身は見ないで下さい」と前置きするのも、余計な好奇心を煽るだけだろう。

 もう一度スリ変える(・・・・・)しかない。それも気づかれずに、がベスト……

 

 大鳳は少し距離を離し、青葉の後をつけた。青葉は一度食堂に入り、すぐに出てきて、のんびり歩いていく。手に持ったコーヒーカップはなくなっていたが、本はそのまま持っていた。カップを返しただけらしい。本もうっかり置き忘れてくればそれを回収するだけで解決するのだが、大鳳にそんな幸運はなかった。

 機会を伺い尾行する大鳳は、青葉が重巡寮へ向かっている事に気づいた。重巡寮に大鳳のような空母は目立つ。荷物を渡しに来たのだ、と強弁もできるが、運の悪い事に、この日の荷物に重巡宛のものはなかった。

 

(非常に……まずいですね……)

 

 最悪の事態を脳内に駆け巡らせながら、ジリジリと尾行を続ける大鳳は、青葉が重巡寮の手前の離れの建物に入っていくのを見た。

 その建物は「印刷所」である。利用するのは大淀か青葉ぐらいなので、利用しやすいようにと本棟と重巡寮の間に建てられたプレハブ小屋だ。

 小屋の窓に忍び寄り、そっと中の様子を伺う。青葉は窓に背を向けて輪転機を動かしていた。輪転機の稼動音はうるさく、少しの音は誤魔化してくれそうだった。

 不幸中の幸い。大鳳は意を決し、ここですり替えを行う事を決断した。

 

 実質、これが最初で最後のチャンスだった。青葉は印刷を終えれば重巡寮に帰るだろう。そうなればもうすり替えは難しく、そうでなくとも、いつ青葉が気まぐれを起こして本の中身を見てしまうか分からない。早急にすり替える必要があった。

 そっと窓を開け、室内に体をすべり込ませる。空母としては小柄だったのが幸いし、つっかえる事もなく無事侵入に成功した。青葉は口笛を吹きながら輪転機にかかりきりだ。本は青葉の斜め後ろ、死角のテーブルの上に無造作に置かれている。青葉が振り返るだけで、大鳳は言い訳不能の窮地に追い込まれる。だが、この状況が既に窮地だ。

 

(振り返らないで……振り返らないで……!)

 

 心から祈りながら震える手を伸ばす。そして机の上の本を手に取り……すり替えた!

 青葉は気づいた様子がない。大鳳は焦らず窓から再び外に出た。

 外の空気を胸一杯に吸い、安堵の息を吐く。手にはしっかりと本がある。やり遂げたのだ!

 

 正直、途中からシチュエーションがジョジョ四部の悪役、吉良吉影のそれを似過ぎていて気が気ではなかった。最終的に青葉を爆破するハメにならず、心底安堵する。

 吉良は幸運の星に守られていたが、大鳳は死兆星に憑かれている。しかし、事態の解決は大鳳の方がスマートだった。細やかな「気配り」と大胆な「行動力」で対処すれば、不幸も恐るるに足りず。

 大鳳は踵を返し、足取り軽く来た道を戻った。歌でも一つ歌いたいようなイイ気分だった。

 

 しかしまた不安に駆られる。外出後、玄関に鍵をかけたか確認するような気持ちで、念には念を入れてカバー付の本の中を確かめる。

 

(そ、そんな馬鹿なッ……!)

 

 大鳳は衝撃に打ち震えた。

 そこにあったのは薄い本ではなく、世界のカメラ特集でもない。タイトルは「今日の夕飯100選」……!

 これが何を意味するか? 恐らく、二度目の取り違えが起きていたのだ! 大鳳がほんの一瞬、青葉から目を離した隙に……! 大鳳の薄い本を持っていったしまった青葉が、薄い本を今日の夕飯100選と取り違えた、という事……!

 本のタイトルから察するに、事が起きたのは恐らく食堂。確かに青葉はほんのひと時食堂に入り、その間大鳳は青葉から目を離してしまっていた。

 

 大鳳は今にも死刑宣告を受けたような気持ちでフラフラと食堂を覗いた。そこには既に十人以上の艦娘が姦しくお喋りしながら朝食をとっていて、カバー付の本の姿はどこにも無い。

 絶望的に隅々まで目線で探していると、厨房に立つ鳳翔と目があった。たおやかに微笑みかけてくれるが、大鳳にそれに応える心の余裕はもはやなかった。

 

 おしまい。もうおしまい。薄い本は行方不明。既に誰かに持ち去られたのは間違いなく、遠からず中身を見られ、話は鎮守府中に広まるだろう。大鳳の静かな暮らしは失われた。ほんの少し、欲を出したばかりに……

 ゾンビのように生気なく、寮を巡って機械的に荷物の配達を終わらせる。仕事を終えた大鳳は半泣きで自室に戻った。朝食をとっていなかったが、食欲がなかった。

 

 全てを忘れベッドに倒れ込もうとした大鳳は、机の上に置かれた一冊の本を視界の端に取られ、猛禽のようにとびついた。

 震える手で中身を確かめる。意外ッ! それは大鳳の薄い本!

 

「な、なぜここに……!?」

 

 驚愕する。まさか、本が勝手に歩いて大鳳の部屋にやってきたとでも? それとも妖精さんが見つけて気を効かせてくれた?

 混乱する大鳳だったが、本のカバーについた、味噌汁の微かな匂いに気づき、全てを悟った。

 

 青葉と出会ったのはまだ食事の時間帯の前の早朝。その時間帯に食堂にいるとすれば、それは鎮守府のお艦にして料理長。

 鳳翔である。

 本の中身を見た鳳翔が事件の全容に気付き、こっそり机の上に置いていってくれたのだ。

 

(う、うう……)

 

 親切というべきか、余計なお節介というべきか。大鳳は形容し難い羞恥心に頭を抱えた。

 鳳翔はこういった話を吹聴するタイプではない。その意味では、最善の相手に見つかったといえる。被害は最小限で済んだ。

 

 しかし、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 大鳳はそれから悶々と悩み続け、勇気を出して「今日の夕飯100選」を鳳翔に返すまで二週間かかった。

 


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