波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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三話 これより艦隊の指揮を執ります

 

「お疲れ」

 

 よくやった、御苦労、頑張ったな、とかなんとか色々言葉は浮かんだが、服のあちこちと頬に煤をつけたまま敬礼する不知火にかけた言葉は結局割とフレンドリー路線で落ち着いた。

 前世で庇った妹弟子の名前も不知火だったから、どうにも他人とは思えず上手く距離が取れない。こうして見ていると顔立ちもどことなく似ている気がする。案外、そのあたりの縁で不知火が初期艦になったのかも知れない。

 

「司令。戦況はどのようになっているのでしょうか? 各地でこのような本土攻撃が?」

 

 戦闘の余韻も冷めない内に、覚悟と緊張が混ざった凛々しい表情で不知火が聞いてきた。

 そんなもの俺に聞かれても困る。俺だってなあなあで戦闘潮流に巻き込まれただけだ。が、不知火は俺に聞くしかない。

 

「ちょっと待て」

 

 答える前に、状況確認のために周りを見回す。瓦礫の山と化した街は静かなもので、砲撃は止まっている。燻っている建物はあっても、燃え上がる炎はひとまず見当たらない。霧のせいだろう。

 深海棲艦を沈めた後も、霧はまだ残っていた。ただしかなり薄くなっている。もう霧というよりも、薄く霞がかっている程度で、視界の確保に支障はない。しかし海に目を移せば、遠くの海上をまだ濃い霧が覆っているのが見えた。

 なんとなく察しがついた。恐らく、この霧は深海棲艦の勢力圏の証なのだ。霧があるから深海棲艦が存在できるのか、深海棲艦が存在するから霧が出るのかは知らないが、倒して薄くなったという事は、深海棲艦を完全に駆逐すれば霧が晴れると思っておいて良いだろう。そして遠洋に濃い霧が見えるという事は、まだ敵がいる、更なる追撃の可能性が充分にあるという事でもある。

 ふむ。

 

 俺は不知火に予測も含めて一通りの説明をした。俺が海軍の人間でないと聞いてかなりのショックを受けたようだったが、今は非常事態だ。深海棲艦の電撃的奇襲で現代の日本防衛戦力……自衛隊も後手に回っており、市民が立ち上がらざるを得ないと判断したと説明すると、何やら感服していた。尊敬の目がこそばゆい。

 

「司令はこの後どうすべきとお考えですか?」 

「そいつぁ難しい問題だな。まあ、何をおいても情報だ」

 

 ここで待機して救助を待つ、内陸へ逃げる、留まって交戦、瓦礫に埋まっているかも知れない人々の救助エトセトラ。取れる選択肢は多い。選択の参考にするためにも、情報収集をする必要があるだろう。戦争で重要なのは兵站と情報である。戦争をする時、兵站が切れている! 情報もわからんでは敗北は確実! 確実! そう、コーラを飲んだらゲップが出るっていうくらい確実なのだ。

 ポケットに入れていたスマートフォンを出してみたが、変なノイズが入るだけでネットに繋ぐどころか操作そのものを受け付けず、やがてピガガッと悲鳴を上げて煙を出し、沈黙した。玄関が粉砕されていた近くの民家にお邪魔して固定電話を試してみるも、当然繋がらない。というか停電していた。電気屋にあった電化製品も軒並み沈黙していて、電池式の携帯ラジオまでスマートフォンと同じような壊れ方をしてしまった。

 水道管もあちこちで破裂して大きな水たまりを作っていて、道路は乗り捨てられた車や倒れた街路樹でとても使える状態ではない。都市インフラが完全に破壊されている。

 

 襲撃の始まりの時、自衛隊の戦闘機が墜落した事を思い出す。スマートフォンやラジオの異常と併せ、恐らくこの霧の中では電化製品が使えないのだろうと予測を立てた。

 厄介な状況だった。情報収集をしたければ足で稼ぐしかない。

 自衛隊は戦闘機を落とされ警戒しているはずで、即座の救助は望めない。政府が状況を把握できているかも怪しい。襲撃されているのはこの街だけなのか? 全国規模なのか? 世界規模なのか? それも分からない。

 

 戦争において戦力の逐次投入は愚策である。少数で散発的に戦闘を行い各個撃破されるのも論外。戦力を素早く集中させ、一気呵成に攻撃をするのがセオリー。その理論に則れば、俺と不知火は恐らく攻撃されていないと思われる内地に一度撤退し、自衛隊なり義勇軍なりなんなり、他の戦力と合流すべきだ。

 しかし。民家や電気屋をうろついている間に、海をチラチラ見ていた不知火の報告によると、海上の霧が少しずつこちらに近づいてきているという。俺が見ても分からないが、人の形をしていてもやはり艦。視力が違う。不知火の証言をまとめ速度をざっと計算した結果、恐らく明日の未明頃に再度襲撃があるとの予測立てられた。

 

 一時撤退している間に港を占拠、あるいは川を遡上、あるいは上陸されたら恐ろしい事になる。障害物のない海だからまだ補足・撃破できているのだ。それが可能かどうかは知らないが、もし深海棲艦にコンクリートジャングルに潜まれたら本格的に打つ手がない。

 コンビニで弁当を食べて腹ごしらえをしながら(代金はレジに置いておいた)、不知火と額を突き合わせて方針を検討する。

 

「防衛ラインの構築を具申します。深海棲艦の本土上陸は回避すべきです」

「そうだな。情報については誰か人を見つけて、その人にひとっぱしりしてもらうか」

 

 破壊された道路では車どころかバイクの運転も難しいだろう。文字通り走ってもらう事になる。俺と不知火は街を防衛しなければならない。深海棲艦の被害を受けていないであろう内陸との連絡役は誰かに任せる必要がある。自衛隊が陸路で兵力なり救援なりを寄越してくれればそれがベストなのだが、そう上手くいくとは思えない。

 コンビニの書籍コーナーにあった街の地図でどこからどこまでを防衛ラインと定めるか決めようとしたが、不知火は難色を示した。

 

「この地図は地形の精度は高いですが、水深も海流も描かれていません。もっと詳細な情報が必要です。それと、防衛ラインをどう決めるとしても、不知火と司令だけでは戦力が心許ないかと」

「あ~……」

 

 確かに。前世にあったゲームは艦隊『これくしょん』。艦娘はこれくしょんしてナンボだ。特にゲームではなく現実では戦力的に。一隻+オマケだけでは、例えば駆逐六隻で突破をかけられたら攻撃の手が足りず防衛ラインを抜かれるだろう。

 追加の召喚、もとい建造が必要だ。

 しかし。

 

「? 不知火に何か?」

「いや」

 

 きょとんとしている不知火を見る。こんな小柄な駆逐艦娘の建造でさえ、付近一帯の鋼材やら燃料やらを根こそぎ引っこ抜いて集める必要があった。

 ゲーム内での建造では、最低建造費用は鋼材30、燃料30、ボーキサイト30、弾薬30。現実と相関関係があるとするなら……いや待て。

 そういえば、不知火の建造には開発資材を使っていない。阿呆みたいに材料を消費したのはそれが理由か? 艦一隻分と考えれば少ないぐらいなのかも知れないが。

 うーむ? よくわからん。とりあえず保留にしておこう。

 

「海図は図書館だな。郷土資料コーナーに行けばあるだろ、たぶん。なかったら市役所あたりか」

「お供します」

 

 図書館への道すがら、意外にも怪我人や逃げ遅れた人は全然見当たらなかった。襲撃から三、四時間は経っているし、既に避難が完了したのか、あるいは立てこもって息を潜めているだけなのか。内陸の方へ避難するように大声を出しながら進んでいると、弱々しいうめき声が聞こえた。声を辿ると、瓦礫に足を挟まれている御老人がいた。迷わず駆け寄る。

 

「大丈夫ですか」

「あ、足が……」

 

 瓦礫の下を除いたところ、足が挟まれて圧迫はされているが、潰れている訳ではないようだった。

 

「ふん! ……ふゥん! ……不知火、頼む」

「了解です」

 

 瓦礫を持ち上げようとして失敗し、波紋疾走込みでも失敗し。普通の波紋使いは鋼鉄の首輪をちぎれない程度にしか筋力向上しないからね、仕方ないね。不知火に頼むと、空のダンボール箱でも持ち上げるかのようにひょいっと持ち上げて投げ捨てていた。馬力が違う。

 

「さすが不知火! 俺に出来ないことを平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ! あ、大丈夫ですか? 歩けますか」

「あ、ああ。助かったよ。お嬢さん、力持ちだねぇ」

「艦娘ですから」

 

 不知火は当然、といった風にクールに答えた。力持ちってレベルじゃないが。

 御老人は御神さんというそうで、特に衰弱もなく元気だったため、内陸の方へ御足労をお願いさせてもらった。俺が把握している限りの情報をありったけメモして渡し、警察か自衛隊に届けてもらうように頼む。その情報を元に対深海棲艦戦に有効な援助をもらえれば最善。艦娘と波紋使いに組織のバックアップがあれば、鬼に金棒、ジョースター家にスピードワゴン財団だ。

 

 何度も振り返って頭を下げる御神さんを見送る。これで俺達が深海棲艦に負けて海の藻屑になっても、最低限の情報は活かされる。

 後顧の憂いは無い。あとは前を見据え、心と体を振り絞るまで。

 

 図書館の駐車場は破壊されていたが、本館の方は無事だった。誰もいない館内の郷土資料コーナーを二人がかりで探すと、海図はすぐに見つかった。他にも海に面した高台、海上からの砲撃に対する遮蔽に使えそうな建造物・地形などの情報も漁る。コピー機は止まっていたし司書もいないので、メモだけ置いて勝手に借りていく事にする。

 

「思っていたより水深がありますね。魚雷発射に支障はなさそうです」

「魚雷あるのか」

「はい。無いよりマシ程度のものではありますが」

 

 そう言って魚雷を見せてくれる。今更だがこんなにゴッツイ艤装を身につけていて邪魔ではないのだろうか。

 話を聞くと、どうやら見た目通りデフォルトで最低限の魚雷や砲は持っているらしい。確かにゲームでも装備0で戦えていた。ちゃんとした装備があるに越した事はないようだが。

 不知火は装備を二つ持てる。初期装備が12.7cm連装砲のみだから、あとひと枠分余裕がある。できれば用意したいところ。

 

「不知火、装備ってどうやって手に入れるんだ」

「はて……不知火には分かりかねます。私を建造した時と同じようにはできないのですか?」

「それは街崩壊不可避」

 

 不知火建造でかなり街の資源をかっさらってしまった。また同じ事したらペンペン草も生えなくなるぞ。装備開発自体は感覚的にできそうではあるが。

 

「司令の身一つで諸々を工面するのはやはり無理が出るかと。ドックがあればいくらか効率的なのでは? ここは海に面していますし、工廠か造船所の類は無いのでしょうか」

「造船所! そういうのもあるのか」

 

 早速街の地図を調べてみたが、造船所はなかった。古い地図によれば第二次大戦中はあったようだが、戦後に畳んでしまったらしい。今は缶詰工場になっている。

 しかし調べている内に思いついた事があった。

 ゲームでは艦娘の建造にも装備の開発にも、燃料や弾薬といった資材の他に開発資材が必要だった。不知火の見た目も初期装備も、深海棲艦の姿までもゲームとここまで似ているのなら、開発資材についても類似していると考えるのは妥当だ。開発資材は建造の触媒だと仮定する。占いに水晶、呪いに髪。オカルトに触媒はつきもの。資材から人間を錬成、もとい艦娘を建造するのもオカルトの領域。きっとそう外れた考え方ではない。

 

 俺と不知火は図書館で手に入れた戦利品を適当なバッグに詰め、深夜までかけて街中を回ってそれらしいものを収集した。

 ホビーショップで見つけた埃を被った重巡のプラモデル。過去の戦没者慰霊碑を少しだけ削らせてもらった石の欠片。転覆していた漁船の船体の一部。古本屋で見つけたエースパイロットの伝記などなど。何が開発資材として働くか分からない以上、片っ端から集めるしかない。船体の設計図でもあれば一番それっぽくて良さそうなのだが、流石に見つからなかった。

 

 そして時刻は明け方近く。元造船所、現缶詰工場の魚臭い工場の搬入口のあたりで戦利品を並べ、建造を試みる。不知火は数歩下がって、ホームセンターで見つけてきたカンテラで照らしてくれている。装備は後回しだ。まずは頭数を揃えたい。

 さて。上手くいくといいが。いや、上手く行かせるのだ。不知火にも相当街中を駆け回って手伝ってもらったのだから。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の……違った。あー、まあ、アレだ。建造ッ! お前が艦娘になるんだよ!」

 

 なんとかなるだろ、と気合を入れると、なんとかなった。

 不知火の建造時と同じように、周りから夜の静寂を破りガタガタ音を響かせながら勝手に資材が集まってくる。しかし、不知火の時よりも遥かに小規模で大人しいものだった。

 集まった資材は光を放ち……それが収まった時、資材があった場所には二人の艦娘が立っていた。

 

「貴様が司令官か。私は那智。よろしくお願いする」

 

 凛々しい長身の女性がまっすぐ俺を見て言い、

 

「航空母艦、鳳翔です。不束者ですが、よろしくお願い致します」

 

 弓道着を着た小柄な女性がたおやかに微笑んだ。

 

「ようこそ、『戦争』の世界へ。俺の事はジョジョか波紋提督とでも呼んでくれ」

 

 ジョジョ立ちをキメて華麗にアイサツすると、二人共困惑して顔を見合わせた。

 ……うむ、掴みはOK(強調)!

 

「あー、ごほん。悪いが悠長に親睦を深めている余裕はないんだ。早速だが二人には約二時間後には出撃してもらう事になる。深海棲艦の上陸を阻止する防衛戦だ。念のため確認しておくが、重巡洋艦と、軽空母だな?」

「うむ」

「はい」

「よし、都合が良いな。まずこの地図を見てくれ。現在地がここで、未明にこの方面の海域から深海棲艦の侵攻が予想されている。鳳翔、お前は情報の要だ。この高台に登って艦載機を海上に飛ばし、制空権の確保と偵察をしてくれ。入手した情報はこまめに艦載機に手紙か何かを持たせて前線の二人と俺に送って欲しい。無理なら手旗信号か狼煙に頼る事になるが……できるか?」

「できる、と思いますが……無線は使えないのですか?」

「無理だ。電気製品は全部イカれてる。情報通信をして、余裕があればでいいが爆撃も頼みたい」

「了解しました。情報伝達を優先、余裕があれば攻撃ですね」

「よし。では不知火と那智。お前達には前線を頼みたい。二人で組んで深海棲艦を迎え撃ってくれ。細かい判断は全て現場に任せる。ただ、あくまでも俺達がするのは防衛戦だ。敵が引いたら追うな。本当なら俺も出たいところだが――――」

 

 言いかけると、不知火に睨まれた。苦笑が漏れる。

 

「――――まあ、それは最終手段だ。俺は不知火と那智が抜かれて上陸された場合の最終防衛ラインとして待機する」

 

 これが不知火と考えた最高の作戦。万全とは言い難いし、急造の作戦は穴だらけ、ガバガバもいいところだ。

 が、やるしかない。戦わず、引くこともできる。しかし戦うと決めたのだ。強い意思でやり遂げなけらばならない。日本に住む一市民として、そして邪悪に立ち向かう波紋戦士として、ここで深海棲艦を食い止める。

 

 それから、時間ギリギリまで四人で情報共有をする。

 やがて空は白みはじめ、海をじっと睨んでいた不知火が言った。

 

「司令、来ます。そろそろ作戦配置に」

「よし。作戦は頭に叩き込んだな? 行くぞ、暁の水平線に勝利を刻め!」

 

 




 とりあえず初期メンバーはこの三隻(´・ω・)

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