波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

5 / 20
四話 波紋提督第一艦隊、抜錨

 

 朝日が海上を覆う霧に吸い込まれ、黎明の空は赤く染まる。海を望む高台の上で潮風に髪をなびかせながら、鳳翔は弓に矢を番えた。

 奇妙な心持ちであった。弓を扱うのは始めてであるはずなのに、まるで艦から艦載機を発艦するという行為の延長線上であるかのように感じる。

 

「風向き、よし。航空部隊、発艦!」

 

 引き絞り、ひょうと放たれた矢は飛来しながら九九式艦爆へと変じる。実物とは比べるべくもない大きさで手のひら大ほどしかないが、その爆装の威力は充分深海棲艦を沈めるに足る。

 鳳翔は九九式艦爆を11機搭載している。内6機を海に向けて六方向に扇形を描くように発艦した。残り5機は連絡用と、もしもの時のための予備である。

 九九式艦爆は爆装と対潜能力に特化しており、索敵や対空能力は無い。しかしだからといって、搭乗員(妖精さん)が乗っている以上目も耳もない訳ではない。最低限の偵察は可能だろう。

 

 艦載機が戻ってくるまでの間、嵐の前の静けさの中で鳳翔は考える。

 最初から空母として建造された、世界で初めての航空母艦が、時を超えて現代の最初の航空艦娘として蘇る。因果なものだ。旧式も良いところの身ではあるが、培った経験で戦線を、提督を支える事ができるだろう。カラダの違いによるギャップを埋めるまではどうしてもぎこちなくなってしまうが。

 先任の艦娘、不知火は着任から一日も経っていないが、提督を随分信頼しているようだった。自分と同じく建造された那智などは提督の浮ついた服装とかぶいた姿勢に眉を寄せていたが、鳳翔は逆にやる気を感じていた。

 現代に蘇ったこの身は、なぜ艦ではなく人の形をとっているのか? 答えは提督も分からなかったが、鳳翔はきっとより深く人に、提督に寄り添うためだと考えていた。

 艦には無い身近さ、暖かさ。人と同じ目線で物を見て、考える事ができる。それはきっと、巨大で勇ましい鋼鉄のカラダと同じくらい大切なものだ。提督に不足があるならば、自分が支えよう。自然にそう思えた。

 

 やがて艦載機が帰還し、飛行甲板を掲げて着艦させる。何機か着艦に失敗して落ちてしまったのは要訓練だろう。鳳翔は落ちた衝撃で頭を打ってべそをかいている妖精さんを慰めながら、情報を聞いて書面にしたためて別の妖精さんに持たせ、待機させていた2機を前線組と提督へ送った。

 空を飛ぶ艦載機を見送った後、提督に持たされたボールペンをしげしげと見る。提督によると、インクを付ける必要の無い万年筆、らしい。便利な世の中になったものである。日本はもう六十年以上戦争をしておらず、平和を謳歌し、技術を発展させていたのだ。そして、その太平の世の中が深海棲艦によって今まさに破壊されようとしていて、一部は壊されてしまっている。

 鳳翔は長きに渡りその一生を戦いと共に過ごした艦である。一線を引いた後も練習艦として後進の育成に努め、最後は解体処分を受けその資材をお国の為に役立てた。

 できるのなら、今世も戦い抜き、再び平和が訪れる様を見たい。

 そう願いながら、鳳翔は表情を引き締め、霧の中からぼんやりと姿を現した深海棲艦に向け弓を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンジン音に空を見上げると、ちょうど爆撃機から紙が投下されるところだった。ヒラヒラと舞うそれが海に落ちてしまう前に、那智は落下地点に先回りして掴み取った。通信筒は残念ながら用意できていない。情報によると、敵は腕の生えた軽巡1、単眼の未確認駆逐1、イ級より角ばった造形の未確認駆逐2の四隻。角ばった駆逐艦を先頭に、単縦陣で正面から侵攻しているとの事。

 それを旗艦不知火に伝えると、不知火は少し考えて言った。

 

「イ級の変異体のような駆逐艦をロ級としましょう。このロ級に私が先制雷撃を行います」

「脅威度の高い軽巡から片付けた方が良いのではないか?」

「いえ、まずは確実に数を減らしましょう。私は専用の雷装を積んでいないので、軽巡の装甲を抜けない可能性があります。那智さんは軽巡をお願いします」

「うむ、心得た」

 

 少し距離を空けて横に並んだ不知火を横目に見る。不知火は魚雷発射管を動かして軽い動作確認をしていた。動きはぎこちないが、過度な緊張の様子はない。一足先に実戦をしたからだろうか。少し悔しくなる。まあ、今から戦功を上げれば良いだけだ。戦力比2:1とはいえ、この身は重巡。驕るわけではないが、早々負けるつもりはない。

 不知火は提督を信頼しているようだが、那智はまだその人柄を測りかねている。日本人には珍しいほどの巨体に鍛えられた体と、それに反比例するように浮ついた漫画が描かれた服。身に付ける意味もないような鎖やワッペンで服を飾り、どうにも戦場に似つかわしくない。愚物ではないようだが、あまり良い印象は抱けなかった。

 なにしろこれから司令官と仰ぐ者なのだ。酒の一杯でも酌み交わしながら、人間性の底を図ってみたくもなる。

 そのためにも、まずはこの一戦を終えなければならない。那智は20.3cm連装砲を構え、高揚する心のまま薄ら見え始めた敵影を睨んだ。姿が変わっても、この身は重巡洋艦。戦うために存在する。

 

 開戦の合図は、鳳翔の艦載機によるものと思しき爆撃だった。爆弾が次々と投下されていき、しかし大部分が外れ、水柱を上げるだけに留まる。それでも最も警戒すべき軽巡の船体を大きく揺らがせたのは僥倖だ。

 続いて不知火が魚雷を発射しようとするが、もたもたしている内に敵の砲撃が飛んできて、不知火の足に着弾した。衝撃で取り落とした魚雷があらぬ方向で暴発してしまう。

 

「ぐ、小癪な……! 仕方ありません、砲雷撃戦に移行!」

「了解した。砲雷撃戦、用意!」

 

 最後尾にいる軽巡はまだ少し遠い。那智は照準を合わせ直し、20.3cm連装砲を撃った。弾は見事先頭のロ級に命中し、一撃で撃沈する。歓声を上げたくなったが、ぐっと堪えて旗艦に報告する。

 

「ロ級撃沈! あと三隻だ!」

「了解! 軽巡をお願いします!」

 

 耳をつんざく爆音が次々と轟き、爆炎と硝煙が吹き上がる。たちまち海上は戦場と化した。

 お互い練度が低く、至近弾や夾叉ですら少なく、なかなか弾が命中しない。鳳翔の支援爆撃も牽制以上の効果が得られていない。牽制があるだけでも相当楽になるのだが、やはりもどかしい。

 

「接近します! これでは命中弾が少なすぎる!」

「待て不知火!」

 

 同じく苛々していた不知火が砲弾を浴びせながら敵艦隊に急接近したが、鳳翔の爆撃に危うく巻き込まれかけ、波に大きく煽られた。そこに軽巡の砲撃が突き刺さり、吹き飛ばされる。那智は息を飲んだが、不知火は服がボロボロになってはいるものの依然しっかりと水上に浮かんでいた。

 

「この……!」

「落ち着け、鳳翔の支援もあるのだ。何を焦る事がある、貴様は旗艦だろう? どっしり構えていろ」

「……すみません。やはり司令のようにはいきませんね」

 

 那智は提督が深海棲艦を殴り飛ばしたという与太話を信じている訳ではなかったため、不甲斐なさそうに唇を噛む不知火の言葉に曖昧に頷いた。そのあたりも含めて、提督とはしっかりと話し合う必要があるだろう。

 十数分のもどかしい撃ち合いの末、中破した軽巡が背を向けて撤退を始めた。駆逐は全て沈んでいる。那智は思わず追撃に入ろうとしたが、肩を掴まれて止まる。振り返れば、不知火が首を横に振っていた。そこで提督の命令を思い出す。追撃は御法度だ。

 

「戻りましょう。完全勝利とはいきませんが、任務は果たしました」

「そうだな。すまない、熱くなっていたようだ。貴様の負傷も直さなくてはな。牽引は必要か?」

「航行に支障はありません。那智さんこそ大丈夫ですか」

「ああ、小破程度だ。問題ない。それと、私の事は那智で良い。戦友だろう?」

 

 那智は大きなアザができた腕をさすりながら男らしく笑う。不知火は表情を僅かに歪め、背を向けて陸に戻り始める。那智は帰投完了後不知火が提督に同じ表情を向けるまで、不知火が微笑んだのだと気付かなかった。

 不器用な艦娘だ。だが、好ましかった。少し遅れて帰投した鳳翔もまた好ましい。艦載機は敵に回ると恐ろしいが、味方にいると頼もしい。それを改めて認識させてくれた。共に戦うに足る、勇敢な僚艦である。彼女達となら、どこまででも戦えそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒壊を免れた、海を望むビルの一室にて。戦果を報告する誇らしげな不知火の頭を撫でながら、内心で頭を抱える。

 一人も欠ける事なく帰投し、かつ撃退できたのは大戦果だ。それは素直に嬉しいし、手放しで褒める。しかし。

 負傷……? 入渠……? どうすればいいんだ。弾薬と燃料は経口摂取で良いらしいが、服やら艤装やらの修理はどうすればいいんだ。俺は裁縫もできなければ技師でもないぞ。

 助けてクレイジーダイヤモンド! 明石でもいい!

 

「つかぬことをお伺いしますがね、その負傷はどうすれば直るんですかね。消毒して包帯巻いておけばOK?」

「何を言っているのだ。我々は人の姿であっても本質は軍艦だ。勿論、入渠ドックにて鋼材と燃料でもって修復するに決まっておろう」

 

 那智に怪訝そうに返されて、そっすね、としか言えなかった。やり取りを見ていた不知火が察した顔をする。せやで、入渠ドックは無いし、この街の資材はほとんど建造でネコソギにしてしまったんや。

 やばい。開戦早々資源枯渇で末期戦の気配。たった四人で街の防衛は土台無理な話だったか。

 

 ……いや、そうとも限らない。ジョナサンを見ろ。ジョセフを見ろ。奴らはたった数人で世界を救ってるぞ。俺だって彼らと同じ波紋戦士の端くれ、街の一つや二つ。

 考えろ、考えろ、考えろ。どうすれば戦線を維持できる。いや、維持ではない、弱気になってはいけない、防衛ラインを上げていき、少しでも押し返すのだ。

 

 今必要なのは補給と修復。補給は……街の端の方まで行って、ガソリンスタンド、民家の灯油の備蓄、車のタンクを漁れば少しは燃料が確保できるはず。建造には不足する資材量でも、修復程度ならきっと賄える。同じように車を解体すれば鋼材も手に入るだろう。人の財産に手を付けるのはいささか気が引けるが、超法的措置というやつだ。イイ子ちゃんのままでは世界は救えない。

 他にも、もしかしたら深海棲艦の亡骸をサルベージすれば弾薬などが手に入るかも知れない。このあたりは明日にでもまとめて探索を行うべきだろう。

 

 そして、修復。

 服が破れて中破状態の不知火と、体の動きがぎこちない小破状態の那智。このまままた戦線に送れば撃沈の危険があるし、戦闘能力も低下している。直してやりたいが、設備がない。平和に浸かりきっていた日本に軍艦を直せる設備なんて、と考えたところで思い直す。家よりデカい軍艦を直す設備で、人間大の艦娘を修復できるか? んなわけない。どの道無理なのだ。たぶん。

 

 高速修復材。妖精さん。明石を狙って建造。とりあえず風呂に突っ込んでみる。色々考えてみたが、改めてできる事を脳内に列記してみると、やはり波紋が一番有効そうだった。

 波紋は太陽の波動を持つ力。闇の生き物にダメージを与え、生物を癒す。深海棲艦に波紋でダメージが通るなら、対の存在である艦娘を癒せるのではないか。

 

「那智、ちょっといいか?」

「む、なんだ。次の作戦か? その前に戦勝祝いの一杯をやるぐらいは良いだろう?」

「その話は後にして、とりあえず手を出してくれ」

 

 少し警戒しながら出された手をガッシリ握り、波紋の呼吸! 刻め血液のビート!

 

「コォォオオオオオッ!」

「こ、これは……!?」

 

 特殊な呼吸法が生み出した太陽のリズム! 俺の肉体に発生した波紋エネルギーを那智に送る! 握った手から那智の手に伝わり! 腕を駆け巡り負傷を癒し! 胴へ届き疲れた体をも癒す! 見込み通り波紋は艦娘の負傷にも有効だ!

 そして最後は那智が反対の手に持っていたワインボトルに伝わり! ワインのコルクがスッ飛んで那智の額を強打した! すまんッ! わざとじゃない!

 

「何をする!」

「くるゃああーっ!」

 

 グーで殴られた。流石艦娘、いいパンチ持ってる。首がもげそうだ。

 

「那智、上官に手を上げるとは何事ですか」

「い、いや、つい反射的にな。提督、すまない、大丈夫か」

 

 不知火に睨まれ、那智はしどろもどろで謝ってくれた。呼び捨てか。お二人さん仲良くなってるね。

 波紋で首を癒しながら波紋について改めて説明する。那智はすっかりアザの消えた腕をなんどもさすりながら、狐につままれたような顔で頷いていた。

 

「なるほどな。駆逐を殴り飛ばしたというのもあながち嘘ではなさそうだ」

「だろ」

「司令、私の艤装もお願いします。砲身が曲がってしまって」

「悪い、艤装は生物じゃないから無理だ。服も。すまん」

「いえ。無理を言ってしまって申し訳ありません」

「小破程度なら資材も要らんみたいだな。不知火もやってみるか……どうだ?」

「……直りませんね」

「ダメか。中破だからか? 全く効いていない? どんな感じだ?」

「司令の手が暖かいです」

「お、おう。そいつは良かった。負傷の方は?」

「あっ、し、失礼しました。そうですね、何と言いますか、欠けた歯車が空回りしているような感覚がします」

「ふむ? 資材があれば直りそうか?」

「どうでしょう、はっきりした事は言えませんが、私見としては――――」

 

 真面目な話の途中で腹が鳴る音がした。那智が顔を赤くして俯く。

 

「……これは燃料の補給がまだだからでな? 軍艦としての機能の問題であって」

「皆さん、お食事にしましょうか。簡単なものを用意させて頂きました」

 

 いつの間にか席を外していた鳳翔が、タイミングよく風呂敷包みを持って戻ってきた。流石お艦。

 腹が減っては戦はできぬ。それは艦娘も人間も同じだ。

 俺達は小難しい話をひとまず中断し、オフィステーブルに椅子を持ち寄って集まり、次の戦いへの英気を養った。

 




名前:陽炎型二番艦不知火
艦種:駆逐艦
装備:12.7cm連装砲
眼光:軽巡洋艦並

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。