波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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五話 正面海域を防衛せよ

「司令、おはようございます」

「おはよう。朝食は娼婦風スパゲティーだ」

 

 拠点にしているビルの一室に、仮眠室で短い睡眠をとっていた不知火が髪を手櫛で梳きながら戻ってきた。七輪に置いていたフライパンをとり、皿に中身を移して渡してやると、礼儀正しく手を合わせてから食べ始めた。

 開戦から二週間が経過していた。外部からの連絡はまだない。世界で生存しているのは自分達だけなのではと疑ってしまう。連絡を頼んだ御神さんはどうなったのだろうか。誰か内地に偵察に送ろうかという案も出たが、戦況がそれを許さなかった。一人でも戦線を離れたら確実に崩壊するほどギリギリの攻防が続いている。

 

 深海棲艦の攻勢はジョジョに激しさを増し、一日二回の襲撃は当たり前、朝昼夜のフルコースも珍しくない。潜水艦や重巡、軽巡クラスも頻繁に現れるようになっている。あちらさんは六隻編成がデフォルトで、こちらは相変わらず三隻とオマケだ。

 一度夜間にひっそりと潜水艦に川の河口まで侵入され、危うく本土上陸の危機があった時から、河口に瓦礫を投げ込んで封鎖し、夜間は必ず誰かが臨海を哨戒するようにしている。

 中大破の修復は資材を消費した上で波紋を流す必要があり、しかも数時間かかる。誰か一人が中大破すればその艦娘と俺で二人戦線を一時離脱する事になるのだ。郊外に遠征して資材を集めてきたり、スーパーマーケットやコンビニ、家庭菜園から食料を集めてきたりする人員も必要で、間が悪い時には一隻で深海棲艦六隻相手に遅延戦闘を行う事すらあった。

 

 もちろん数の不利を補う工夫は怠っていない。無事だった漁船をロープで繋いで障害物として配置したり、俺も弾に油を塗り波紋を流して発射する改造ボーガンで援護射撃をする。漁船はすぐに破壊されてしまうし、波紋攻撃も軽巡クラスは二、三発入れないと撃沈できず、重巡以上にはカスダメしか入らないと判明したのだが。相手の耐久力が高いのか、俺の波紋がなまっちょろいのか……

 相手の編成によっては俺が潜水服を着て潜行し、青緑の波紋疾走で水中から深海棲艦を攻撃する事もあった。もっとも潜行中に爆雷を喰らえば余裕ではじけ飛んで汚ねぇ水中花火になるからあまりやりたい手ではない。水中では回避も難しいのだ。

 

 外から艦載機の低いエンジン音が聞こえ、開いている窓からペットボトルが投げ込まれ床に転がった。中には紙が入っている。鳳翔の連絡だ。

 

「二十分後に四時の方向から敵侵攻あり。軽空母1、重巡2、軽巡1、駆逐2」

「了解しました。那智は」

「まだ資材集めに出てる。プランBで行くぞ」

「了解。不知火、出撃します」

 

 不知火はミネラルウォーターを一気飲みした後、机に置いてあった連装砲を装備しようとしてまだ修理中である事に気付き、ため息を吐いて駆け出していった。それを連装砲の上でミニマムなスパナを振るって修理していた妖精さんが敬礼で見送る。

 艦娘の全ての装備には妖精さんが宿っていて、装備の修理はその妖精さんに任せている。修理専門の妖精ほどの腕前ではないらしいが、ゆっくりとなら修理できるのだ。当然、出撃に修理が間に合わない事も多い。それでもなんとかしてきた。建造と同じ手順で艦戦、爆雷、電探、魚雷と最低限の開発もしているのだが、状況は依然厳しい。

 郊外からの資材集めと戦闘による資材消費がほとんどトントンで、カツカツのやりくりをしているため、開発はそう滅多にできるものではない。建造なんてもっての他だった。近代化改修? 改装? そんなもんに回せる資源あるわけないだろ! レベルは充分足りている感触があるが、改装できるほどの資源は全然溜まらない。

 

 七輪に水をかけて火を消してから、俺も出撃する。常にグロい資源で昨日も出撃、今日も出撃、明日も出撃。求むホワイト鎮守府(切実)。 

 

 もう見慣れてしまった崩壊した街並みを駆け、配置につく。プランBは敵艦隊に対して中央海上に不知火を据え、両翼地上に俺と鳳翔が展開するガバガバ鶴翼陣形だ。上手くいくと敵艦隊を三方向からタコ殴りにできる。

 テトラポッドを積み上げて造った雑なトーチカの中から海上へボーガンの狙いを付ける。そのまま波紋を練りながら数分待つと、深海棲艦が複縦陣で現れた。不知火が先制で魚雷を発射し軽巡を片付けると同時に、鳳翔の艦載機が敵艦載機と航空戦に入る。不知火は引き撃ちで後退・誘導を始めた。駆逐二隻が俺の正面を過ぎていく。まだ……まだ……今!

 

「コォォオオオッ! 無駄ァ!」

 

 波紋を帯びた鉄球が飛ぶ! 着弾、今! 駆逐一隻撃沈!

 

「無駄、無駄、無駄ァ!」

 

 装填済みのボーガンに素早く持ち替え、更に二連射! 二発目外れ! 三発目命中、駆逐撃沈! 四発目外れ! 異常を察した重巡リ級の病んだ寒々しい光を放つ瞳がこちらを向く。人型なだけあり、表情から容易に殺意が読み取れた。

 やばい!

 ボーガンをまとめてひっつかんでトーチカから飛び出す。一拍遅れ、空気を震わす砲撃音と共にトーチカが爆発四散! 砕けた石片が散弾のように襲ってくる! 猛スピードの面制圧だ! 伏せても跳んでも大怪我は必至!

 

「う、ぉおおおお! ツェペリ男爵! 技を借りるぜ!」

 

 小さく跳び、体を地面と水平に。石片に足を向け、当たる面積を最小にして波紋防御!

 足の裏に爆発的な勢いで石片が衝突し、肩を、頬をかすめていく。しかし嵐をやり過ごし、無様に、しかし最小限のダメージで地面に落ちた。

 即座に跳ね起きて身を低くして走り、崩壊したレストランの壁の後ろに飛び込む。

 

「フーッ……」

 

 危ない危ない。日に日に深海棲艦の俺への対処能力が上がっている気がする。一昨日よりも昨日よりも、発見されるのが早くなっている。人型に近い艦種ほどそれが顕著だ。奴らも学習しているのか。基本的に逃げる艦は追っていないから、情報が持ち帰られているのだろう。追撃して全滅させれば情報は封じる事ができるが、五日前に那智と不知火に追撃させ、反転からの反撃を喰らって二人共危うく轟沈しかけたばかりだ。アレでウチに追撃をかける余力は無いと思い知った。三隻+αで二週間しのげているだけでも奇跡だ。我ながらよくやっている。

 

 巻き上げ機構でボーガンを装填し直し、構えながらそっと壁から顔を出す。

 海上の戦場の様子を伺うと、不知火が敵艦隊最後の重巡にトドメを刺すところだった。壊れた魚雷発射管から魚雷を引き抜き、それを片手に持って突貫。ジグザグに蛇行して砲撃をかわしながら重巡リ級に肉薄し、その口に魚雷を突っ込んだ!

 軽業師のように重巡の頭を上から踏みつけて無理やり飲み込ませ、跳躍。重巡リ級=サンはアワレ爆発四散! 不知火はその爆風に乗って離脱し、降り注ぐ火の粉とリ級の残骸を背景に、水面にアクション映画のワンシーンの如く着地を決めた。

 ヒューッ! カッコイイ。初陣で震えていたあの不知火が立派になって。

 

 ちなみにこれが那智の場合、無手で真正面から肉薄しリ級の口に折れたリ級自身の砲身を突っ込んで暴発させ、爆炎の中から平然と現れる。昨日やっていた。

 最近、弾が尽き装備が壊れた時は肉薄してなんとかするというのが波紋艦隊のセオリーになりつつある。もしかしなくても俺の影響だ。

 

 しばらく上空を旋回していた鳳翔の艦載機が、宙返りをしてから帰っていく。戦闘終了確認の合図だ。今回は運良く取り逃がしが出なかった。ほっと息を吐く。またなんとかかんとか一戦をくぐり抜けた。

 こんな事をあと何回何十回繰り返せばよいのか。先の見えない未来に気が遠くなりそうだ。

 だが、何度来ようがこの命尽きるまで跳ね返し続けてやろう。もう理屈ではない。意地だ。ここまで戦ってきたのだ。最後までとことんやってやる。

 俺は帰投した不知火を伴に、疲れた肩を回しながら拠点に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼頃、那智が大八車二つに潰して丸めた自動車のフレームや壊れたラジオ、潰れた鍋、灯油入りポリバケツなどを山盛りに乗せて戻ってきた。ビルの前に造ったスペースに置いて一息つく。

 

「ふう。遅くなってすまない。近場にはもう資材がなくてな」

「お疲れ様です」

 

 汗を拭う那智を、折れたどこかに家の柱に斧を振り下ろして薪にしていた不知火が労った。風呂に料理に、燃料は欠かせないが、灯油もガソリンも貴重品だ。代替できる分は薪で補う。煙の出ない炭は室内用である。まさに戦時下。つらたん。

 

「もうすぐお昼ができますよ。手を洗ってきて下さいな」

「ああ、悪いな……一戦あったか?」

 

 積み上げたブロックにドアを渡して作った簡易野外台所でカレーを煮込んでいる鳳翔が言う。那智はバケツに貯めた水で手を洗いながら、近くに置かれていた修理中の不知火の魚雷発射管を見て眉を顰めた。朝には無傷だったものだ。

 

「不知火が小破でそれが壊れた程度だ。問題ない」

「貴様も怪我をしているではないか」

「腕がモゲたりしなけりゃァ波紋の呼吸で治るからな。小破は無傷」

「よしっ、できました。お昼にしましょうか」

 

 鳳翔の鶴の一声で、俺は読んでいたジョジョ4巻を閉じた。ううむ。一人のジョジョラーとして深仙脈疾走は使ってみたい気がするが、使ったら死ぬんだよなあ。今思えば、前世の道場の師範は使えるような台詞を言っていた覚えがある。俺は深仙脈疾走を習っていないが、概念を知れば実行できる程度の下地はある。

 考え込んでいると、鳳翔が俺の分のカレーをよそいながら微笑んだ。

 

「提督は本当にその漫画がお好きですね」

「おっ、興味あるか? 家に全巻揃ってるからこの戦いにカタがついたら貸すぞ。これは本屋から拝借してきたやつだが」

「止めておけ鳳翔、漫画を読むと頭が悪くなるぞ」

「おい六十年前の価値観持ってくるのやめろ。ジョジョは漫画を超えてるから。芸術だから。ジャンプ黄金期を支えた屋台骨だぞ。十週打ち切り漫画とは格が違うんだ」

 

 力説したが、那智はカレーを食べながら処置なしとでも言わんばかりに肩をすくめた。こ、こいつ……!

 怒りゲージを溜めていると、斧を置いて手ぬぐいで汗を拭う不知火がテーブルにつきながら言った。

 

「那智、司令の技はあの漫画に描かれているものと同じなのです。秘伝書のようなものと考えても良いでしょう」

「なに……?」

「お、興味出たか? 読めよ(威圧)。あッ、いや、読み始めるとドハマりして徹夜しちゃうからなァ~! やっぱやめといた方がいいかなァ~!? 面白過ぎるもんなァ~! ……おっ? 鳳翔このカレー旨いな。何入れた?」

「お肉の代わりに不知火が採ってきてくれた魚介を少々。お口に合いましたか?」

「ベネ。パール・ジャム入ってそう」

「ジャムは入れていませんが……」

 

 しばらくレシピについて鳳翔と話しながら魚介カレーに舌鼓を打つ。那智が二回目のおかわりをしながら、思い出したように言った。

 

「そういえば、資材回収の途中でまた白骨死体を見つけたぞ。略式だが、埋めて弔っておいた」

「不知火も今日薪の材料を探している時に建物の下に白骨を見つけました」

「あー」

 

 街に散在する白骨死体は、直接何かあるわけではないのだが、不気味な問題だった。開戦直後に死んだ人々の死体だと考えても、腐敗が早すぎる。まさか吸血鬼やグールが戦乱に乗じて血を啜り肉を喰らっているわけでもあるまい。

 ……ないよな?

 

「一週間ほど前はまだ見つける死体に肉と皮があったのだがな。海に近い場所ほど腐敗の進行が早いように思う」

「ふむん。そうすると……霧のせいか?」

 

 戦線維持に手一杯で押し返せていないため、この街は未だ人間の領域とは言い難い。街には依然薄い霧が覆っていて、それは海に近いほど濃くなっている。開戦後数時間後に街中で声をかけて回った時、街が不自然に静かだった事を思い出す。霧が人体を急激に衰弱・腐敗させる効果を持っているとしたら、それも納得だ。あの時、既に大多数は意識不明になるか死亡していて、声を上げる事もできなかったのだろう。

 俺に霧の影響がないのは波紋の呼吸を続けているからだとして……御神さんはなぜ元気だったんだ? もうけっこうな歳のご老人だったし、なぜ動けたのか分からない。御神さんも波紋使いだった可能性が微レ存?

 御神さんは今どうしているのだろうか。彼の身も心配だ。

 

 また考え込んでいると、慎ましくカレーをひと皿だけ食べた鳳翔が空になった大鍋を皿と一緒に持っていこうとした。

 

「鳳翔、洗い物は俺がやっておく。休んでおけ」

「でも、提督。提督もお疲れでしょう? 怪我もなさっていますし、御自愛下さい」

「鳳翔はもう三日も動きっぱなしだろーが。お前に倒れられたら困るんだ」

「……そうですね、ではお言葉に甘えて、少しだけお休みします。提督、私は仮眠室にいますので、御用があればいつでもおっしゃって下さいね」

 

 申し訳なさそうに一礼してビルの中に消えていった。鳳翔には破れた服の修繕や食事作りなどで随分頼ってしまっている。マメに労ってやらなければ。

 鳳翔の代わりに食器を抱え持つ。水道が使えないため、洗い物と水汲みは川でしている。人の活動が絶えた事で、皮肉にも生活・工業排水がストップして川の水が綺麗になっているのだ。流石に飲む分は煮沸消毒しているが。

 

「洗い物をしてくる。二十分で戻る。那智、警戒を頼む。不知火、朝の会戦についてまとめておいてくれ。戻ってきたら一緒に深海棲艦の編成とか陣形の傾向を割り出せないか考えてみよう」

「承知した」

「了解です」

 

 二人共疲れを滲ませながら、しかし覇気の籠った声で返事をする。

 これだけ激しい攻勢を受けながら、なんとかなっている。これからなんとかならなくなりそうでも、なんとかするまで。波紋戦士はそういうのが得意なのだ。俺はジョジョ4巻をお守りのように懐に入れ、川へ向かった。




名前:陽炎型二番艦不知火
艦種:駆逐艦
Lv:70
装備:12.7cm連装砲、61cm四連装魚雷
眼光:重巡洋艦並

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