波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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六話 波紋提督、提督になる

 開戦から一ヶ月が経った。深海棲艦の侵攻の激しさは留まるところを知らず、一日3~4回の襲撃に戦艦、空母が当たり前に出てくるキチガイじみた攻勢が当たり前になってきた。

 こちらの絡め手、奇策、戦術はあらかた対応され、泥沼の争いの様相を呈している。近隣一帯の資材は漁り尽くし、あと二日分もない。

 服を修繕する余力もなく、風呂を沸かす気力もない。むしろ体に泥を塗り、海藻をまとい、少しでも発見されにくくするゲリラめいた戦術を導入する始末。手段を選んでいられないのだ。

 乏しい燃料を節約するため、極力海上に出ず、沿岸を走り回って応戦するようになった。中破のまま出撃するのもザラで、怪我をしていない時間の方が珍しく、眠れる時に神経をとがらせながら浅く短い眠りにつき、日付の感覚が鈍る。

 

 普通の人間だったら、既に二、三回過労死しているだろう。呼吸を乱さず100km走り続けられる波紋戦士と、艦娘であるからこそできるジゴクめいた日々。

 それでも限界は近い。

 

 夕暮れの黄昏に染まる海上で、今日も深海棲艦と死闘を繰り広げる。敵編成は戦艦ル級2、空母ヲ級2、重巡リ級1、雷巡チ級1。近海とは思えないトチ狂った編成だ。しかもル級は赤いオーラをまとった界王拳状態……もといエリートだ。どちらにしても強化されている。

 

「航空部隊、発艦!」

 

 鳳翔がル級の砲撃を避けつつ、破壊され崩れた埠頭をバランスを崩さず駆け抜けながら、秒間2射で次々と艦載機を発艦していく。一分の乱れもなく編隊をつくって飛んでいく艦載機を、ヲ級二隻が合わせて三倍の数でもって迎え撃つ。

 両者が接敵する前に、海上から火線が伸び、たちまち敵艦載機の半分をなぎ払った。

 苛烈な対空砲火を浴びせた不知火は結果も確認せず、不意に隣を走っていた俺の腕を掴んだ。

 

「司令、失礼します」

「お、おおおおおおッ!?」

 

 そのままぶん投げられる。

 重巡リ級が放った砲弾と空中でかすめるように交差し、心臓がバクンと高鳴る。それすらも血液を巡らせる糧として、俺は人間砲弾となって着水ついでに重巡リ級に殴りかかった。

 

「オラァ!」

 

 銀色の波紋疾走を、リ級は右腕の装甲で防御した。ブ厚い鉄の扉に流れ弾の当たったような音が響く。しかし、あまり効いていない。装甲が厚い深海棲艦ほど波紋の流れが悪いのだ。JOJO並の強力な波紋なら装甲をブチ抜けるだろうが、俺の貧弱ゥな波紋では無理。僅かにたわませる程度にしか効かない。

 しかし、一撃が通じないからといって、一撃の威力を高めるのは愚策。俺は吸血鬼を超える怪力で俺を突き飛ばそうとしてくるリ級の腕をかいくぐり、波紋疾走を連打した。

 一発で効かないなら、十発でも百発でも入れてやれば良いッ!

 

 これだけのインファイト。攻めきれなければ反撃で掴まれ、HBの鉛筆のようにベキッ! とへし折られる。

 だが後の事は考えない。この連打に命を賭けるッ!

 

 おおおおおッ!

 震えるぞハート! 燃え尽きるほど――――

 ヒート!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

 

 立て続けに波紋を叩き込まれたリ級は吹っ飛んでいき、バラバラになって海に沈んでいった。

 

「提督! 受け取れ!」

「グッド!」

 

 振り返ると、陸上で戦艦ル級に攻撃を浴びせていた那智が、片手の砲で砲撃を継続しながらボーガンを投げ渡してきた。改良を重ね、重巡のパワーでなければ引けないほどに強力な弦をセットされた大型弩は、戦艦・空母クラスにもある程度の有効打を与えられる。

 砲弾が飛び交い爆音が轟く戦場の中、氷のように心を鎮め、ピタリと戦艦ル級に狙いを定める。

 ル級の足元の水面下で爆発が置き、体勢が崩れた。不知火の魚雷による援護だ。その隙を逃さず波紋を帯びた弾を発射! まっすぐ飛んだ弾はル級のドテッ腹に突き刺さった。すかさず那智の追撃が入り、ル級撃沈。

 

 そろそろ限界だ。ここは戦場のド真ん中。長居すれば集中攻撃を喰らってミンチになる。

 俺は息を大きくすいこみ、グイッと額に引っ掛けていたゴーグルを下げ、海中に飛び込んだ。深く深く、砲弾の届かない海底まで潜行し、海上を見上げる。潜水艦がいなければ、海底は絶好の避難場所だ。魚雷は青緑の波紋疾走で相殺できる。波紋を練るためのひと呼吸の空気を得るため、このあたりにはあらかじめ空気を入れたペットボトルに重りをつけて沈めてあるのだ。

 絶え間なく波打ち泡立っていた海面は、十分ほどで静寂を取り戻した。念のため更に数分待ってから、水底を蹴って海上に上がる。波紋使いの肺活量をもってすれば、この程度なんという事はない。

 

 束の間の静寂を取り戻した海を一瞥し、俺は不知火達と連れ立って短い休憩をとるために拠点へ戻った。

 帰途につく間、誰も喋らなかった。声を発する力も惜しむほど、全員が消耗している。

 不知火は目の下のクマがずっと消えていない。那智はもう三回も中破のまま出撃している。鳳翔は一昨日からまともに補給していない。休ませてやりたいが、その余裕はない。俺もまた、限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく全員が拠点に揃い、疲れきった体を休めていた時。

 そのエンジン音に最初に気付いたのは、椅子に座ったまま仮眠をとっていた不知火だった。

 反射的に立ち上がって流れるように換装を身に付け走り出そうとしたところで、足を止めて困惑した表情を浮かべる。

 俺もすぐおかしな事に気付いた。音が海と反対の方向……つまり、内地の方角から聞こえるのだ。

 

 いつの間にか深海棲艦に侵入されていた?

 馬鹿な。そんなはずはない。

 

 三人に静かにしているようにハンドサインを送り、足音を忍ばせて窓から外の様子を伺った。

 荒れ果てた路上を、一台の装甲車が向かってきていた。散乱した瓦礫や柱を押しのけながら、大型トラックを牽引している。

 目を凝らすと、運転席でハンドルを操る老人の顔が見えた。

 一瞬記憶を辿り、それが誰か思い出す。

 御神さんだ。

 

 胸の奥から喜びが湧き上がる。待ち望んでいたものが、とうとうきた。

 

「救援だ!」

 

 外に飛び出す俺に、三人もついてきた。手を振って近づくと、御神さんは車を止めて降りてきた。

 俺は御神さんに駆け寄り、キツくハグをした。涙が出そうだった。

 

「ああ、良かった、本当に良かった、もうオシマイかと」

「遅くなってすまなかった。また生きて会えて良かった。苦労をしたようだね」

「そりゃもう苦労なんてもんじゃないですよ」

 

 肩を叩いて離れ、お互いを改めて見る。御神さんは白に金ボタンの、海軍のものと思しき制服を着ている。それだけで日本は国としてまだ存続している事がみてとれる。

 対して俺は泥がついて磯臭い破れた服に、伸ばしっぱなしの髭面。急に恥ずかしくなった。少しぐらい格好を整えて出てくれば良かったか。

 

「情報と、物資を持ってきた。話す事が山ほどある。他の艦娘と提督……あー、艦娘を建造した者を集めてくれないか」

「あ、これで全員なので」

「……これで?」

「これで」

 

 御神さんは俺達を一人ずつ見て、目を瞬かせた。

 なんだ、変な事でもあるのか。

 あるんだろうな。俺も薄々思ってた。

 

「ま、まあそういう事なら。長い話になる、どこか落ち着ける場所はあるかな」

「拠点にしてるビルがあるんで、そこに行きますか。鳳翔、話している間警戒を頼む」

「ああ、それは私の艦娘に任せよう。初春君!」

 

 御神さんが声をかけると、装甲車の後部ハッチが開いて、一人の少女が出てきた。

 神職を思わせる格好をした少女がてててっと駆け寄ってきて俺達の前で止まり、海軍式の敬礼をする。

 

「お初にお目にかかる。初春型駆逐艦、1番艦の初春じゃ。よろしく頼みますぞ」

 

 この世界の艦娘は、俺の艦隊だけではなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が降り、空に瞬く星の下。

 拠点ビルの前に熾した焚き火を囲んで並べたパイプ椅子に座った御神さん……御神提督が説明を始めた。艦娘三人は御神さんが持ってきた燃料を飲み終え、傾聴の姿勢をとっている。那智と不知火の負傷は、高速修復材というチートアイテムにより、服も含めて綺麗に直っていた。

 

「さて。まずは世界情勢から話していこう。深海棲艦の攻勢を受けているのはここだけではない。一ヶ月前、世界中の海に深海棲艦が現れた」

 

 深海棲艦が現れた海域には必ず霧が出て、その霧の中では全ての電子機器が故障。衛星からも霧の中は見通せず、初日に運悪く海上にいた船という船はほとんど沈むか、行方不明になったという。各国の海軍、空軍は電子機器を封じる霧を前に、戦闘すらなく自滅。加えて現代兵器を無効化する深海棲艦に手も足も出なかったという。

 

「この霧というのがもしかすれば深海棲艦よりも厄介でね。人間に対してのみ猛毒で、霧の中にいると成人男性なら30分で倦怠感を覚え、1時間で目眩と頭痛の症状が出る。2時間で意識を失い、3時間で死亡する。子供は1時間ともたない」

「う、うわぁ……」

 

 俺はそんなにヤバい霧の中に一ヶ月もいたのか。流石にゾッとする。

 

「御神さんが無事だったのは?」

「そう、そこが肝になる。艦娘を建造できる提督の素質を持つ者は、霧の影響を受けないのだ。君がそうだし、私もそうだ。もちろん、艦娘も霧を無効化する」

「ほう。波紋は関係ない?」

「無いようだね。ただ、提督は大抵一芸あるようでな。君の場合はそれが波紋なのだろうね」

 

 日本では、深海棲艦の侵攻開始初日から一週間程度の間、臨海部から内地に避難する人々による交通網の飽和、海上輸送壊滅による物質の供給停止・それに便乗した買い占めなどにより、酷い混乱が起きた。深海棲艦の霧による害がよくわかっていなかったため、救助に向かった人々の二次被害も酷かったらしい。が、不幸中の幸いというべきか、その中に霧の影響を受けない人が一定数いて、それをキッカケに提督の存在が発覚した。老若男女の提督は様々な理由で艦娘を建造。個人的に反撃に出たり、政府に連絡したりと行動を開始する。

 

 無理もない事だが、大混乱により情報が錯綜し、御神さんに託した俺の情報はなかなか政府に上がらなかった。業を煮やした御神さんが政府ではなく自衛隊の方へ直接直談判に行くと、あっさり話が通り、スムーズに反抗計画が練られ始めた。

 以後、霧の影響を受けない人々の募集がかけられ、かなりの高給で提督業の打診がされる事になる。受諾した人間には少佐相当の海軍所属「提督」の地位と資源が渡され、艦娘を建造して戦地に派遣された。既に個人で戦っていた提督にも、既に正式に着任した提督が声をかける事になっている。

 また、俺が不知火建造で起こしたような街の崩壊も頻発したらしく、現在では正式な提督以外艦娘の建造や装備開発は禁止されている。

 

 提督の数は少なく、日本全体で確認できている限り五十人に満たない。提督には大抵一芸があって、十艦隊を同時に指揮できるマルチタスク提督や、高速修復材を作れるポーション提督、自分を中心に半径数kmの霧を消し去る大結界提督、人語を喋る猫提督などがいるらしい。なおネーミングはネット由来である。

 外国も日本と同じような状況らしい。深海棲艦の圧力を受けていない内陸国と海に面した国の間でイザコザがあるようだが、それはひとまず日本には関係ない。

 

 提督は2~3人をひと組として、それぞれ十隻前後の艦娘を引き連れて一つの鎮守府を作り、深海棲艦に対抗しているという。

 道理で波紋艦隊を見て驚いていたわけだ。提督複数人で艦娘十隻とか裏山。

 

「あっ、という事は御神提督は俺への増援なんですか? やったー!」

「すまんが、私は南方の鎮守府に行く事になっている。沖縄と九州南部が深海棲艦の手に落ちているようでね」

「やっぱり一人のままなんですか、やだー!」

 

 他の地域も酷いもので、一人で戦線を支えられているなら増援を送る余裕はないようだ。ほんの三日前には、函館の二人の提督と十五隻の艦娘からなる鎮守府が大打撃を受け、撤退を余儀なくされたという。確かに深海棲艦の津波は凄まじい。俺は波紋戦士としての戦闘の心得があり、運も味方してどうにかなっているが、元一般人の提督が戦艦やら空母やらを相手にしたら二人がかりでも負けるだろう。

 

「他の地域の深海棲艦は軽空母と軽巡が主戦力だ。函館の攻勢は重巡が混ざった六隻艦隊の二連続襲撃だったようだね」

 

 なんだママっ子(マンモーニ)提督か。戦艦も空母もいない艦隊にたった二連戦で負けてんじゃねーよ、ペッ!

 

「ここの攻勢は激しいな。戦艦や空母は激戦区の横須賀や舞鶴でもあまり無いんだがね」

 

 御神提督が俺と不知火がせっせと書き溜めていた戦闘履歴の紙のブ厚い束をめくりながら頬を引きつらせていた。

 同情するなら資源くれ、と言うと、くれた。牽引してきた大型トラックに満載した資源をまるごとくれるという。高速修復材やその他の小道具と一緒に。

 お、おおおおおおッ! さっすが~、御神さんは話がわかる! これで我が艦隊はあと一ヶ月は戦える!

 

「話が長くなったね。そろそろ行かなければ。ああ、最後に、君と不知火君にはこれを贈りたい」

「これは?」

「私は彫金師をやっていてね。助けてくれた感謝と、親愛の証に指輪を作らせてもらった。どうか受け取って欲しい」

 

 そういって御神さんが小さな箱を俺と不知火にくれた。中には銀色のシンプルな、しかしよく磨かれた指輪が入っていた。

 

「はあ~、なんかすみませんね。何もお返しできないですけども」

「構わんよ。飾るなりはめるなり、好きにするといい」

 

 早速右手の人差し指にはめてみる。すいつくようにピッタリだ。試しに親指にはめてみても、ピッタリだった。なにこれすごい、サイズが自動調節される。魔術的何かか?

 不知火が何やら指輪を持って迷っていたので、一声かける。

 

「どうした、はめないのか」

「戦闘中に落としてしまいそうで」

「こう言ってはなんだが、高価な素材を使っているわけではないからね。失くしたならまた贈らせてもらうよ。遠慮する事はない」

「御神さんもこう言ってるんだ、好きにしたらいいんじゃないか」

「……はい」

 

 不知火は頬を染め、指輪を左手薬指にはめた。

 ん? ちょっとはめる指おかしくないか。

 俺が何か言う前に、ここまで黙って見ていた那智と鳳翔がガタッと立ち上がった。

 

「待て不知火。貴様なぜその指にはめた。言ってみろ!」

「古代ギリシャでは「左手薬指と心臓は1本の血管で繋がっている」と信じられていました。そこからその指に指輪をはめることで、お互いの“心と心を繋ぐ”という意味合いが生まれたそうです。私は司令との親愛の証としてそれにあやかっているだけで、他意はあります」

「なんだそうか。深読みして悪かっ……んん!?」

「御神さん、余裕があればで良いのですが、同じ指輪を私にもつくっていただけませんか?」

「むっ、ずるいぞ鳳翔! 私も頼む!」

 

 賑やかな声を聞きながら、焚き火の明かりにかざし、指輪を眺める。

 もしかしなくても、コイツはカッコカリ指輪というやつだろうか。こういう形で手に入れるとは思っていなかったが、存外悪く無い。こうして形として絆を残せるのは良いものだ。まあ、俺が不知火に感じているのは異性に向ける愛情ではなく、弟子に向けるような親愛なのだが。今度は不知火の前で死ぬような無様はさらしたくない。

 

 ここしばらくなかったような明るい雰囲気を噛み締めながら、絆と戦いへの決意を新たに、俺は指輪を握りこんだ。

 




名前:陽炎型二番艦不知火
艦種:駆逐艦
Lv:100
装備:12.7cm連装砲、61cm四連装(酸素)魚雷
眼光:戦艦並

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