波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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七話 決戦、鎮守府正面海域

 

 御神提督からもらった資材でとりあえず改造した。不知火と鳳翔が改になり、那智は改二になる。

 新しい艦娘を建造するかねてからの案は却下された。敵艦隊に戦艦・空母が混ざらない時はない。練度1の艦娘を連れて行ったらあっという間に轟沈するだけだ。雑魚狩りでレベリングしようにも雑魚が出ず、演習する相手もいないし、教導訓練をする戦力的余裕もない。せめてあと二週間早く補給があればまだ建造が間に合ったのだが、今更言っても仕方のない事だ。

 

 御神提督の物資の中には、通信機器も入っていた。深海棲艦の霧の中でも使える特別性だ。ダイヤルやメーターがゴテゴテついた電子レンジぐらいの大きさの古臭い機械で、戦争映画で見た気がすると思ったら、付属のメモによるとまさにその頃の機械らしい。モールス信号って電報を打つヤツだ。

 この通信機はメカニック提督が作ったもので、中に妖精さんが入って動かしているという。ちなみに携帯電話やスマホにすると妖精さんが仕組みを理解できず動かない。妖精さんは第二次世界大戦までの機械しか理解できないようだ。

 海軍本部――――正式名称は『海上自衛隊深海棲艦対策本部』だが誰もそう呼んでいない――――との連絡手段に、物資の補給。海軍の制服も支給された。ようやく鎮守府らしくなったぜ。

 

 ところがどっこい、連絡はできても意思疎通が上手くいかなかった。

 まず、御神提督を通して海軍本部に送った資料が眉唾扱いされた。一番の激戦区と思われていた横須賀の提督達すらも上回る、あまりにも飛び抜けた非現実的とも言える戦果だったため、虚偽報告だと思われたらしい。

 気持ちは痛いほど分かる。俺も逆の立場だったらホラ吹きだと思うだろう。だが事実だ。

 資料の詳細さを理由に報告を真実だと判断してくれる人もいて、そのあたりで本部では意見が割れている。一秒でも体を休ませたい休憩の合間に、丁寧に情報をまとめてくれた不知火の功績だ。

 

 本部からの電報で、一度直接説明に来てくれと指示されたが、無茶言うな。できるわけがないッ! これは流石に四回言ってもできない。半日でも街を空けたら、即! 深海棲艦に占領される。

 代わりの提督と交代なら行けるが、生半な提督では戦線を支えきれないし、支えられる提督は他の海域での戦闘に忙しい。本部遠征の話はアッサリ頓挫した。

 

 更に悪い事に、召喚を断ったせいかは知らないが、その数日後「今まで補給なしでもやってこれたんでしょ? これからも支援なしで大丈夫だよね?」という旨のとんでもない通達をされた。

 あのさぁ(怒)

 

 どこも戦況が厳しいのは分かっている。絞れるところは絞っていきたいだろうさ。

 しかし、他の鎮守府は提督2、3人体制で、艦娘20隻前後だ。俺は一人で艦娘3隻。おかしい(おかしい)。どう考えても支援を優先するべきは俺のとこだろ。本部の認識が甘すぎる。直談判に行く余裕がないのが悔しい。

 

 一度だけ御神提督の初春が鳳翔と那智の指輪を持ってきてくれたが、配達を終えるや否や慌ただしくトンボ帰りしていった。九州もだいぶヤバいらしい。救援をくれなんてとても言えなかった。

 

 そして御神提督の補給から一ヶ月。節約に節約を重ねて使ってきた資材も再び底を尽きかけていた。三十個あった高速修復材もあと二つしかない。

 再三の本部への補給要請がようやく実を結び、明後日にようやく査察を兼ねて次の補給が届く事になっている。遅い(憤怒)。

 だが、現状を見てもらえればいくらなんでも次からの補給は安定するだろうし、追加人員も期待できる。苦労がようやく報われるのだ。

 

 が、悪いニュース――――それも最悪のニュースが、鳳翔の偵察機からもたらされた。

 それはかつてない大規模侵攻。

 禍々しい赤いオーラを纏う見たことのない白い装甲空母深海棲艦を旗艦として、 十 二 隻 が一時間後に襲来する。

 

 連合艦隊じゃねーか!

 お前深海棲艦が連合艦隊組んで良いと思ってんの? ふざけんなよコラ。

 

 俺は仮設鎮守府(ビル)に全員を招集し、緊急の対策会議を開いた。

 鳳翔が深刻な表情を浮かべて報告する。

 

「敵新型艦載機を確認。形状は白い球体で、こちらの偵察機を一機残して全て落とされました。編成は旗艦を仮称・装甲空母鬼1に加え、以下全てエリートクラスです。空母ヲ級2、戦艦ル級3、軽巡ト級1、駆逐ニ級2、雷巡チ級1、潜水ヨ級2」

「対潜、航空戦、砲雷撃戦、夜戦。全て怠りなし、か。ガチ過ぎませんかねぇ」

「ヨ級二隻は辛いな。提督に潜行してもらう手が使えない」

「敵新型艦載機は優秀です。悔しいですが、制空権喪失は覚悟して下さい」

「機雷は全て使い切っています。トーチカは修復に三時間、今回の会戦には間に合いません」

 

 全員押し黙った。

 

「厳しい作戦になりそうだな。誰か案はあるか?」

「市街地戦に持ち込むのはどうでしょう? 地の利をより活かせるかと」

「先週それやってだいぶ街がスッキリしちまったからなぁ。障害物もあって無きが如しだろ」

「一点突破で背後に、いや無理か」

「ふーむ。不知火ッ! 君の意見を聞こうッ!」

「……あまり口にしたい事ではありませんが、誰かを犠牲にする戦法をとれば」

「それは許さん。全員生還するぞ。一人も沈ませない。今回の侵攻を防いで終わりじゃないんだ。次の侵攻の時、誰かが欠けて押し返せるか?」

「しかしいくらなんでも、この戦力差を犠牲なしにひっくりかえすのは不可能です」

「『防衛線は守る』『部下も守る』。「両方」やらなくちゃあならないってのが「提督」のつらいところだな。覚悟はいいか? 俺はできてる」

 

 『覚悟』とは!! 暗闇の荒野に!! 進むべき道を切り開くことだッ!

 誰かを切り捨てる事は『覚悟』ではないッ!

 

「全員で、勝つぞ」

 

 俺が手を出すと、那智がニヤリと笑い、その手をガッと握った。不知火がその上に手を乗せ、鳳翔が更にそれを両手でそっと包み込む。全員の手の指輪が呼応するようにキラリと光った。

 波紋艦隊始まって以来の、最大最悪の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は横一列に並んで海面に立ち、敵艦隊を待ち受けていた。固まっているところをまとめて潰されるのは避けるべきだが、散開して各個撃破されるのはもっと避けるべきだ。互いにフォローできる距離を保ち、真正面からブチのめす。そう決めた。それがどれだけ困難でも。

 急に霧が濃くなってきた。敵は近い。晴れ渡った青い空から注ぐ太陽の光が弱まり、薄ら寒い冷気がひたひたと湧き上がってくる。

 

 連装砲の握りを確かめながら、不知火がポツリと言った。

 

「不知火は……不知火は、仲間が沈むのが恐ろしいです。でも、深海棲艦はどれほど仲間が沈んでも、全く怯まない。奴らに恐怖はないのでしょうか」

「そうだな。あいつらにそんな感情があるとは思えん」

「……それは私達よりも奴らの方が揺るがない強い存在だという事では?」

「不知火、それは違う」

 

 俺は微かに震えている不知火の頭をワシワシ撫でた。

 

「恐怖を知らないのと、恐怖を我が物とする事は全く違う。俺が戦えるのは『怖さ』を知り、『恐怖』を我が物とする『勇気』があるからだ」

 

 鳳翔が緩やかに弓を構え、次の瞬間、手が霞んだ。全くブレない美しい姿勢のまま手だけが超高速で動き、4秒で42機全てを発艦させた。

 

「いくら強くても深海棲艦は『勇気』を知らん!」

 

 俺は改造ボーガンを構えた。霧の向こうに影が蠢く。

 

「ノミと同類よォーッ!!」

 

 敵の輪郭がはっきりした瞬間、鳳翔の爆撃と、俺達の砲撃が一斉に火を噴いた。

 

 戦闘がはじまった。爆音と爆炎を抜けて現れたボロボロのル級の背後から、駆逐と軽巡が現れ魚雷を発射しようとする。発射の寸前に不知火が12.7cm連装砲で針の穴の糸を通すような狙撃を加え、魚雷発射管を壊し暴発させた。

 

「右舷対潜警戒!」

 

 一人で敵艦隊と撃ち合っていた那智が、砲撃音に負けない大声を張り上げた。流れ弾で激しく波打つ海面に、俺達を迂回して回り込むように微かにふた筋の航跡が見て取れた。

 鳳翔が航空部隊に弓を振ってサインを送りながら叫ぶ。

 

「不知火! 合わせて下さい!」

「了解!」

 

 俺が背負っていた対潜装備を投げ渡すと、不知火は三秒で換装し、鳳翔の対潜攻撃に合わせて爆雷を投射した。間を空けて高々と水柱が上がる。不知火はほんの一瞬ソナーに耳を当て舌打ちした。

 

「一隻かわされました!」

「もう一度!」

 

 二人が潜水艦に構っている内に、敵艦隊が接近してきている。邪悪な笑みを浮かべた装甲空母鬼の顔がはっきり見えた。アイツはヤバい。本能が脅威を訴え、冷や汗が流れた。ケツの穴にツララを突っ込まれた気分だ。

 

「コォォォオオオオオ!」

 

 呼吸を練り、敵艦隊へ向けて波紋を流す。薄く広がり拡散した波紋はダメージを与えられない。しかし、行動を僅かに鈍らせる事はできる。その間に不知火が再び換装を済ませ那智の砲撃戦に加勢する。

 

「提督!」

 

 悲鳴をあげた那智に襟首を強く引っ張られた。間近に大砲が着弾し、衝撃と大波で俺と那智、不知火と鳳翔を割る。うねる波を制し合流しようとするが、それを邪魔するように次々と敵の攻撃が撃ち込まれ、たちまち引き離された。こちらの戦略が読まれたようだ。この程度折込済みではあるが、やはり辛い。

 戦闘中に分断されても良いように、なけなしの高速修復材二つは二人に分けて持ってきている。しかしその高速修復材を持っている俺と那智が固まってしまった。

 

「提督、どうする!」

「俺の分のバケツも渡す! 行け! それと装甲空母鬼を狙うように伝えてくれ!」

 

 見たところ、艦載機の半分は奴から発艦されている。旗艦で、鬼級。奴を倒せば引いていくかも知れない。希望的観測だが、最も可能性のある生存戦略だった。予想の倍は攻撃が激しい。このままではジリ貧だ。

 鳳翔の防空網を突破してきた敵のタコヤキ艦載機が不知火に急降下爆撃を加えたのが遠目に見えた。雨のような爆撃を不知火は機関部が悲鳴を上げるほどにエンジンを酷使して俊敏に回避したが、避けきれず大きく吹き飛ばされる。那智は歯噛みして俺から高速修復材を受け取り、分厚い火線を掻い潜って不知火の方へ急いだ。

 

 那智の応戦が途切れた途端、俺への集中砲火が始まる。たまらず息を大きく吸い込み、ゴーグルをかけて海中に飛び込んだ。焼けた砲弾の欠片や近くで砲撃をしまくっていた那智の放熱で火傷した皮膚に海水が染みる。クソッ、やってくれるぜ。

 距離を空けて位置を変えて再浮上するか。それとも水中に留まって青緑の波紋疾走で援護するか。潜行しながら考えていると、遠くにありえないものを見て、口からガボッと空気が漏れてしまった。

 

 オイオイオイオイオイオイオイ。

 あれは潜水ヨ級だ。中破状態だが、はっきりこちらを補足している。コイツ、不知火と鳳翔の対潜攻撃をくぐり抜けてきやがったッ! 並の練度じゃあない!

 波紋戦士は水中戦もできるが、得意とは決して言えない。水中は潜水艦のホームグラウンドだ。俺はマグロに追われるイワシのように必死こいて急浮上し、海上に躍り出た。

 海上はまだまだ熾烈な砲撃戦が続いている。那智、不知火、鳳翔は合流できたようだが、ここから遠い。

 

 瞬時に判断する。水中は無理。一度陸に上がって瓦礫に隠しておいたボーガンを拾い、見つからないようにぐるっと敵後方に回り込んで攻撃。これだ。

 一度潜ったおかげか、敵は俺を見失ったらしい。モタモタして再度補足されない内に、俺は急いで陸まで後退して折れ曲がった看板の陰に飛び込んだ。

 

 陰から陰へ、気配を殺して移動しながら、チラチラと戦況を伺う。三人は一人一人が八面六臂の活躍をしていた。

 那智への砲弾を鳳翔の艦攻が空中で打ち落とし、鳳翔の艦載機の尻についた敵艦載機を不知火が対空砲火で狙撃する。敵の三式弾を那智が駆逐の死骸を盾に防ぐ。

 鳳翔は右へ左で蛇行して回避行動をとりつつ、飛行甲板を水平に構えて着艦を行いながら、並行して神がかり的なバランス感覚で補給の終わった艦載機から次々と発艦させていた。

 全員上手くカバーし合って戦っている。これならいけるかも知れない。

 

 そう思ったのがフラグだったのだろうか。

 

 不知火に直撃する軌道で、三発の戦艦の砲撃が同時に迫った。不知火は生き残りの潜水ヨ級に爆雷を投げるモーションに入っていて回避できない。

 咄嗟に、鳳翔が飛行甲板を投げた。砲撃は飛行甲板に着弾し、粉々にする。飛行甲板が防げなかった一発は不知火が身をよじり、なんとか至近弾で済ませた。

 不知火は沈まなかったが、それでついに戦線が決定的に崩れた。

 

 鳳翔の艦載機の動きが精彩を欠き、次々と撃墜されていく。鳳翔は慣れない15.5cm三連装副砲に持ち替えて戦闘を継続しているが、完全に制空権を奪われた事によって急激に押し込まれ始めた。那智が胸に砲撃を受け血を吐き、鳳翔は足に魚雷を受けて膝まで沈んでいる。不知火は尋常ではない量の汗を吹き出しながら、二人を賢明に庇っている。空のバケツが二つ、波間を漂っていた。

 ダメだ。悠長に後ろ回り込んでいる時間はない。ここからだとかなり敵艦隊に近いが……ここでやるしかない!

 

 立ち上がり、移動ついでに回収していたボーガンを構える。狙いは装甲空母鬼。三人の奮戦で、中破状態になっている。

 発見される前に撃てるのは一撃!

 ありったけの波紋を!

 この一発に込めるッ!

 地球の空気を全て吸い込むほど深く吸い込め!

 雲を吹き飛ばすほど力強く吐き出せ!

 

 くらえ深海棲艦! ブッ壊すほど――――

 

「シュート!」

 

 前世も含めて人生最高の波紋を込めた弾は、素晴らしいスピードで飛んだ。弾はぐんぐん装甲空母鬼に近づく。艦載機を追い抜き、戦艦の間をすり抜け。

 装甲空母鬼が気付いて振り返った瞬間、弾はその装甲に守られていない柔らかいドテっ腹に突き刺さった!

 

 戦場に身の毛もよだつような絶叫が響き渡った。

 よぉしッ! 大命中! カエレ! もう帰れお前!

 

「オノレ……オノレェェェェ!」

 

 地獄の底から湧き上がるような怨嗟の声と共に、装甲空母鬼が得体の知れない液体を血のように吐きながら俺に砲を向け、放った。

 バカめ、反撃は予測済み。そんなミエミエの砲撃、簡単に避けっ……あ。

 

 瓦礫に挟まれて避ける隙間がない。

 

「あ、あああああああッ!」

 

 着弾まで一瞬。ほんの小さな呼吸で生み出した僅かな波紋を右拳に集中。

 回避できないなら迎え撃て! 最も強いとされる「拳からの波紋」で!

 

 鋼鉄の砲弾が拳と衝突する。赤熱する砲弾が指を砕く。波紋と反発しあい、減速する。だがまだ止まらない。

 砲弾は肉を裂き、骨をへし折り。

 右腕をフッ飛ばし、弾かれて後方へ逸れていった。

 

 オー、マイ、ゴッド……

 吹き出す鮮血をどこか他人事のように見ながら、着弾時の衝撃に頭を殴られ、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃料も弾薬も尽き果て、不知火は気力だけで動いていた。もう普通の少女と同じぐらいの力しか出せない。それでも、不知火は戦っていた。

 不意に霞む不知火の目が、装甲空母鬼の体が大きく揺れるのを捉えた。心胆寒からしめる絶叫の後、装甲空母鬼はあらぬ方向へ砲撃すると、反転した。

 

「……?」

 

 何を企んでいる?

 

 ぼやけた頭で訝しむ。

 装甲空母鬼に追従して他の深海棲艦も反転し、退却していった。

 

 勝った?

 ……追い返した。

 

 不知火は息を吐き、とっくに感覚がなくなっていた腕をだらりと下げた。

 喜ぶべき事だ。大戦果である。

 しかし勝ったとは思えないほどの不安があった。胸騒ぎがした。 

 体が重い。不吉で、ずっしりとした……蝕むような重さだ。不知火は汗で垂れ下がった髪をかき上げ、そこで自分の銀の指輪が黒ずんでいるのを見た。

 

 全身の血の気が一気に引いた。

 

「司令!」

 

 不知火は水面を駆け出した。導かれるように、司令の方へ。那智もすぐに事態を悟り、水面に立つことすらできなくなっていた鳳翔を担いでそれに続いた。

 

 瓦礫の中に司令が倒れていた。右腕が肘の先から無い。無残な傷口からドクドクと血が溢れていた。三人が近づいても、身動ぎ一つしない。

 頭が真っ白になった。心のどこかで、いつかこの時が来るのではないかと危惧していた。

 恐れは現実となり、目の前に横たわっている。

 

「あ、ああ……し、司令」

「不知火、しっかりして下さい。提督はまだ生きてらっしゃいます」

 

 打ちのめされた三人の中で、一番最初に我に帰ったのは鳳翔だった。自分の髪をまとめていた紐をほどき、素早く右腕に巻いてキツく縛り、止血する。

 

「那智、棒と布を探してきて下さい。担架を作ります。不知火、本部に電報で救助要請を。私は足がこれですから、ここで提督を見ています」

 

 有無を言わさない口調で指示を出され、不知火は弾かれたように仮設鎮守府へ走った。

 足が鉛のように重かった。吸い込んだ空気、霧が肺から全身に毒のように広がっていくのを感じる。今や不知火は深海棲艦の霧の影響を受けていた。司令が死にかけ、呼応するように不知火も弱っている。

 仮設鎮守府通信室に倒れこむように入った不知火は、急いで電報で緊急の救助要請を打った。

 返信までの時間がじれったい。

 

 やがて返ってきたモールス信号をイライラしながら解読した不知火は絶望した。

 救援には二日かかるという。司令はどう考えても二日もたない。

 

 フラフラと通信室を出た不知火は、司令を担架に乗せて移送してきた二人と鉢合わせた。

 目線で問いかけられ、首を横に振る。不知火は顔を伏せ、ふらついている鳳翔と担架の持ち手を代わった。

 不知火はそっと司令の手を握った。冷たかった。それは海の冷たさだった。不知火はこれまで海を恐ろしいと思った事はなかったが、始めて恐怖を感じた。

 

 しばらく三人は立ち止まり、重苦しい沈黙に沈んでいたが、不意に那智が歩きはじめた。担架を引っ張られ、不知火も歩く。斜め後ろを、折れた角材を杖にして、鳳翔もついてきた。

 

「那智。どこへ?」

「内地の病院へ行く。救援が来ないなら、こちらから行くまでだ」

「それは」

 

 防衛線を放棄する事になる。

 その言葉を、不知火は飲み込んだ。

 あれだけ苦しみ抜いて守ってきた戦線も、司令の青ざめた顔を見ていると、まったく価値の無いものに思えた。

 

「急ぎましょう。鳳翔、ついてこれますか」

「ついていきます」

 

 鳳翔の決然とした言葉に、那智と不知火は無言で足を速める。

 勝利した敗残兵達は、足早に瓦礫の街を抜けて歩いて行った。

 




名前:陽炎型二番艦不知火(改)
艦種:駆逐艦
Lv:140
装備:12.7cm連装砲、61cm四連装(酸素)魚雷、10cm連装高角砲
眼光:大和が泣いて許しを乞う

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