波紋提督と震えるぞハート   作:クロル

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エピローグ

 目が覚めると、白い天井が目に入った。煤で汚れ、亀裂の入った天井ではない。横を向くと綺麗なカーテンのかかった割れていない窓から陽光が柔らかく差し込んでいて、反対を向くと、微笑んでいる鳳翔と目があった。

 

「提督、おはようございます」

「ああ、おはよう?」

 

 状況が飲み込めない。視線をずらすと、点滴されている腕と、それを握っている鳳翔のか細い手が見えた。

 改めてまわりを見回す。病室だった。天国ではない。それは俺が助かった事と、防衛線が破棄された事を意味していた。

 ……まあ、仕方ない。最大限に、もしかしたら最大限以上にやり遂げたのだ。悔いはない。

 

 枕に頭を沈め、体の各部に力を入れて調子を確かめながら聞く。右腕の肘から先はやはりなかった。

 

「不知火と那智は?」

「今ちょっと出ています。御加減はいかがですか? 果物は食べられますか」

「あー、頼む」

 

 するするとナイフでリンゴの皮を剥いていく鳳翔に聞くと、あれから三日経っているという。

 腕が吹っ飛んだぐらいで三日も寝ていたとは情けない。鳳翔曰く、意識が無いと深海棲艦の霧の影響を受けやすくなるというから、そのせいもあるのだろうが。

 確かに体が弱っているのを感じる。

 

 病室にはテレビが置いてあった。そういえば、もう二ヶ月も見ていない。ドラマの話の流れはとっくに追えなくなっている。戦争で放送中止になっているのか、どうなのか。今どんな番組をやっているのか気になる。

 

「テレビ付けてもらっていいか? 内陸は電波飛んでるんだろ」

「そろそろお休みになられた方が」

「いや、波紋使ってるからむしろ起きてた方が回復する……何か隠してないか?」

「いえ、私は……はい。そうですね、やっぱり。いずれ分かる事ですし」

 

 鳳翔が俺に食べやすく切ったリンゴの皿に爪楊枝を添えて渡し、TVをつけると、艦娘による海軍本部襲撃のニュースがやっていた。

 三日前に起きた事件で、実行犯は駆逐と重巡の二隻。

 

 ニュースキャスターの解説に合わせて、見覚えのあり過ぎる駆逐艦が軍服を着た壮年の男性をアイアンクローしている映像が写っている。

 声が震えた。

 

「おい、これ」

「はい。そうです」

 

 マジか。お前ら何やってんの。

 

 鳳翔の説明によると、あの後不知火と那智によって俺は街を離れ内地のこの病院に担ぎ込まれたという。緊急手術により一命をとりとめ、容態が安定したのを確認するや、那智と不知火は海軍本部へ行った。

 尋常ではない剣幕で最高責任者を出せと要求する艦娘二隻に、受付は怯え、警備を呼んだ。二人は警備を振り払い、ちょうどその場にいて止めようとしたどこぞの提督の陸奥を一蹴。ずんずん奥へ入っていき、最高責任者を捕まえ、その場で波紋提督――――俺への継続した充分な支援と、俺が担当していた海域への交代要員の早急な派遣を約束させた。

 ありがたい。ありがたいが、やった事は海軍本部襲撃と高官の脅迫だ。ぐおおおおおお、胃が痛い。

 

 二人は今支援の内容を詰めるために海軍本部に留め置かれているというが……要するに体の良い拘留だ。

 

「でも、提督が思っているような酷い事にはならないと思いますよ」

「それは楽観し過ぎじゃないか。下手すればクビ飛ぶぞ、物理的に」

「いえ、世論がとても同情的で」

 

 海軍本部襲撃直後は、それはもう酷い有様だったらしい。人の形をした軍艦による、人間への反抗。これが臆病な一般市民の神経を逆撫でしない訳が無い。恐慌状態になった市民による艦娘迫害の機運が高まり、あわや鎮守府襲撃に発展するかと思われた。

 が、マスコミが波紋艦隊の報告書をスッパ抜き、同時に波紋鎮守府最寄りの提督が世紀末もかくやという戦場跡を確認。超絶ブラック鎮守府の実態が明かされた。

 世論はたちまち熱い手のひら返しをした。

 

「薬師寺提督が――――ああ、俗に言うポーション提督の事ですが、彼女が過労で倒れていたという話も芋蔓式に出てきまして」

 

 海軍本部の統制・管理の杜撰さが明るみに出たのだ。民衆の怒りは艦娘よりもむしろ海軍に矛先が向いた。今朝海軍が管理体制の再編を発表し、このニュースはこれまでの経緯を振り返る的なアレのようだ。専門家が「深海棲艦と艦娘というまったく未知の存在を扱った設立二ヶ月の生まれたての組織だからこういう不手際も仕方ない」というコメントをして他の出演者から袋叩きに遭っている。専門家の言葉は正論だが、実際に不手際の煽りを喰った身としては冗談じゃない。

 

「勝手な行動をとってしまい、申し訳ありません。二人に代わってお詫びを」

「待て待て待て、結果オーライだ、気にしちゃいない」

 

 椅子から降りて床に手をつこうとした鳳翔を止める。

 こういう事は俺がやるべきだった。それを不知火と那智にやらせてしまったのだ。謝るのはむしろ俺の方だろう。

 

 容態を見に来た医者は俺の回復力の速さに驚いていた。無くなった腕が生えてくる事はないが、それ以外は驚異的スピードで治癒していて、明日には退院できるという。

 

「二、三日は栄養をとって安静にしていてもらいたい。よければこちらで義手の手配をするが、どうするね?」

「そうですね……変な事聞きますけど、ジョジョ知ってますか」

「知っているよ。ジョセフかね?」

「そうそうそうそうそう。あんな感じのできます?」

「難しいね。精巧な義手には電子回路が使われる。霧の中で電子回路は壊れてしまう。電子回路を使った義手は第二次対戦以降の技術だから、残念ながら妖精も理解できない」

「そうですか」

「あまり期待しないでもらいたいが、開発の打診はしておくよ」

「いいんですか? お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の退院に合わせ、不知火と那智が戻ってきた。平謝りする二人を宥め、提督として正式に話をつけるために海軍本部へ護送される。

 乗り心地の良い護送車の中で、不知火から渡された追加報告の書類を読む。

 

 あの海域に交代で派遣された提督によると、一日に一度駆逐艦が三、四隻で来る程度で、大きな侵攻は全くないらしい。しかもその駆逐艦も陸を遠巻きにうろうろするだけで帰っていき、見ただけで分かるほどあからさまに警戒しているという。

 後任の提督の艦隊練度は一般的なレベル、つまり練度20程度。攻められたら終わる。

 

 しかし、深海棲艦のこの対応も分かる気がした。主戦力で連合艦隊を組んで満を持して挑んで跳ね返されたら、俺なら一度引いて作戦を練り直す。俺はこのザマだが、装甲空母鬼も致命傷だった。俺達が敵の追撃を恐れているように、たぶん深海棲艦も追撃を恐れている。

 

 後任の提督の潜水艦が沿岸一帯に沈んだ夥しい数の深海棲艦の残骸を発見し、俺達の報告の裏も取れた。

 提督の人手が足りていないというのは誇張なしの事実のようで、人員の追加はないが、その代わりに資材は優先的にくれる事になったようだ。中・大型艦を十隻以上建造し、一ヶ月は充分に運用できるだけの資材供給。高速修復材の支給。食料配給。正規の鎮守府設営など。他にも要望には可能な限り応えるとの確約がある。

 いったいどんな交渉をしたのか気になるが、不知火のあの目に睨まれ、那智のあの声で高圧的に言われたら誰もが頷いてしまうだろう。俺でも失禁するかも知れない。

 

「病み上がりのところ申し訳ありませんが、新造艦を今日にでも建造して練度の向上を図っていただきたいです」

「ん? そうだな、あっちが警戒してる内にこっちも体勢を整えたい。整う前に来ちまったら俺達が出るとして」

「司令、それですが。不知火達に後遺症が出ています。以前のように戦うのは難しいかと」

「何?」

 

 不知火は隣の座席に置いていた連装砲を持った。途端に手が震え、取り落としてしまう。重々しい音を立て、連装砲は座席の下に転がった。

 

「この通りです。不知火は専用装備を装備できなくなってしまいました。衰弱状態で霧の影響を受けたせいではないかと。鳳翔は機関部を損傷し、水面に立つ事ができません。那智は燃料タンクの破損により、継戦能力が大幅に低下しています。戦えないわけではありませんが」

「直らないのか?」

「高速修復材でも無理でした」

 

 あっさり言う不知火に悲壮感はない。しかし、申し訳なさと不甲斐なさがこみ上げた。俺が気絶していなければ、きっとこんな事にはならなかった。

 

「すまん」

「謝らないで下さい。不謹慎ですが、良い機会だったのではないでしょうか。これを機に司令には後方に下がって頂こうと不知火達は考えています」

「いや、それは戦力足りなくなるだろ?」

「そのための新造艦です。お願いです、戦場には出ないで下さい。もう二度と、司令を傷つけさせはしません」

 

 不知火は俺の手を握り、まっすぐ目を見てきた。

 強い目だった。何かを背負い、覚悟を決めた、戦士の目だった。

 不知火は立派になった。本当に、よく成長した。

 

「頼む」

 

 俺は不知火の手を握り返し、頷いた。

 

 

 

 

 

 第一部 完




 不知火……全体的な衰弱により、装備スロット0。上司への想いを秘めた(時々秘められていない)忠実な部下
 那智……タンク破損(胸に大怪我)により、継戦能力大幅低下。友情を昇華し、愛を超越したかけがえのない戦友
 鳳翔……機関部破損(足に大怪我)により、水上に立てない。お艦

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