気が付くと一日が終わったりとかなんですよねぇ。
週一で書けてた時代が懐かしい。
というわけでお久しぶりです。
今から500年ほど前の話になる。
当時那岐宮は那岐の地と呼ばれており多くの集落が寄り添う土地だ。
裕福ではないが貧困でもない、平凡が似合いとても平和な土地だったそうだ。
そんな時に一人の物乞いの女性がその土地の地主の前に姿を現した。
物乞いなのだがその女性はとても美しい容姿をしており地主はその女性に心打たれ求婚したという。
女性は言いました。「自分を幸せにしてくれますか?」と、
勿論地主は応えました。「幸せにしてやる。欲しい物があるならどんなものでも探し出そう」と、
その真摯な言葉に女性は頷き「分かりました、貴方の妻になりましょう」そう言いました。
そして美しい女性を妻に迎えた地主は人々に祝福され幸せに暮らしました……。
と普通ならばここでお話は終わるだろう。だがこれは序章、ここから七宥女房の話は始まる。
最初は一人の女性だった。夫婦になったばっかりで幸せの絶頂だったのだろう、それが消えた。
次は女の子だった。周りの人々からめんこいと言われて可愛がられてた一人の少女が消えた。
次は赤子だった。生まれたばかりの小さな命、大切のしようと家族で誓ったが母と共に消えた。
一人また一人と消えてゆく、最初は特に問題にはならなかっただそのペースは上がってゆき一日一人消えるほどになっていった。
村々の人々は恐れた、神隠しではないかと、このまま自分達は消えてしまうのではないかと。
そんな時おり地主の使用人がまるで恐れるように屋敷から出て来た。
「地主様の奥方はばけもんだ!七宥はある巨女だったんだ!」
走り回りそれを伝える使用人、小さな正義感があったのだろう。しかしその男も翌日消えた。
だが男が残した火種は燃え上がった。人々は地主の奥方を倒そうと武器を持ち屋敷に集まった。
無理矢理扉を開けて屋敷に入り込むと彼らは地獄を見た。
髑髏だ。髑髏の山が部屋中にあったのだ。
そしてその髑髏の山の中心に七宥はある巨体と人外の美しさを持った女性がいた。
―――お主たちが次の供物かえ?
人々は逃げ出した。あんな化け物に人が敵うはずがなかった。
だがそのほとんどが逃げ出すことは叶わなかった。
彼らの目の前に現れたのは地主の男だった。しかし男の体からは腐敗臭が発せられており目や口からは腐汁が漏れていた。
既に目の前の男は人間ではないと理解した人々は一斉に地主だった男を殺そうと武器を振り下ろした。
だが死なない、なぜならすでに死んでいるからだ、腕を斬り落とそうが首を落とそうが目の前の男は動きを止めない。
気が付くと一人の男が殺されていた。するとその男までも地主だった男と同じように動き始めたのだった。
地獄絵図だった、一人、一人と死人憑は増えてゆく。彼らは動きを止めない、そのまま地主の屋敷を飛び出し村を襲った。
人は殺され死人憑に変えられる、女子や赤子、子供は七宥女房の餌として連れてかれた。
―――力も戻った。だがまだ足りぬ。もっと持って来るのだ。
その言葉を聞き届けた死人憑は村を飛び出していった。
那岐の血は地獄に変わった。裕福な人々は逃げ出そうと躍起になる。
だが普通の人は遠くに行くことも出来ないのだ。彼らはただ七宥女房の餌になるのを待つしかなかった。
彼らもただ餌になるのを待つわけではなかった。武器を持ち立ち向かう武士たちもいたのだ。
しかしそのほとんどが七宥女房に辿り着く事もなく死人憑になってしまった。
もう人々は神に祈るしかなかった。小さな社を建てて生き残った人々は祈った。
自分達を救ってほしい、仇を取ってほしい、あの化け物を滅ぼしてほしい。
それぞれが自身の思ったことをただ願う、自分では無理だからと彼らは願った。
しかしそれでも死人憑は迫ってくる、村の人々が避難していた社に迫ってきたのだ。
戦える人は武器を持ち、最後まで抗おうと決心する。しかしそれはあまりに無力。
一人、また一人と死人憑に変わってゆく、そして雨が降り始め彼らが諦めた時それは煌めいた。
天より雷が落ち、社を焼いたのだ。
民たちの前で燃え上がる社、それを見た人々は絶望した。
もう自分達は駄目なのかと、この理不尽に飲み込まれて滅ぶのかと。
そして一体の死人憑が彼らの前に現れた。もう助からないそう彼らは覚悟した。
しかしそうはならなかった、赤い光の矢が死人憑に突き刺さると黒い靄が死人憑から出てゆき動かなくなったのだ。
彼らが社の方を見るとそこには紅白の装束を纏った女性が立っていた。
現状が理解出来ないのか、困惑な表情を浮かべた彼女に人々は願った、救ってほしいと。
女性は彼らの必至な思いを汲み取り動き始める、そして彼女の持つ不可思議な力によりこの地を襲っていた死人憑は一掃された。
彼女は語る「私は道の者、恐らくこの元凶の妖は我が地のモノ、責任をもって払いましょう」と。
人々は彼女があの化け物を送り込んだのではないかと勘繰ったが彼女は否定した。これは偶然によるものだと。
それに彼女を疑っても意味がない、今は七宥女房を止めるのが先決なのだ。
僅かな人々は武器を持ち凛としている彼女に従い最後の戦いに挑んだ。
激しい戦いだった。
彼女が自らの血を伝わせ呪いを仕込んだ妖刀は死人憑を一撃のもと浄化する。
彼女は語った「この地では力を出せるのには限界があります。私を七宥女房の元まで連れて行ってください」と、
彼女と戦う事を決意した人々は決死の覚悟で七宥女房の下まで彼女を導いた、数多くの人々が犠牲になったがついに辿り着いたのだ。
―――我が故郷の者か、どうだ?お前も我が庇護下につかんか?
七宥女房はあろうことか彼女に言葉をかけた。
自らの庇護下に付かないかと。
しかしそれを彼女は否定する。
―――貴女はやり過ぎました。私は人と妖を繋ぐ道の者。私は貴女を滅しなければならない!
戦いが始まった。
爆音や轟音が屋敷から鳴り響く、ここまで彼女を導いた人々は外で待つしかなかった。
化け物同士の抗争、そう言うしかない戦いがそこで行われていたのだから。
火が使われたのか屋敷から炎が燃え上がり屋敷を焼いてゆく。
人々はただ祈るしかなかった、出来ればどちらも息絶えて欲しい、そう思ってしまうほどの戦いだったのだ。
そしてその時は訪れた。ズズーンと重いモノが落ちる音と共にズン!と何かが硬いモノに突き刺さる音が聞こえたのだ。
―――ギャァァァァァァーーーーーー!!!!!
人の出すはずのない悲鳴が聞こえた。それは間違いなく七宥女房の悲鳴だった。
人々は確信する、七宥女房は滅んだのだと。
だがしかし何時になっても女性の姿は現れない、まさか相打ちになってしまったのではないかと彼らは思った。
そしてその時、一人の青年が炎の中に駆け込んでいった。
その青年を止めようと声をかけるが青年はその声を無視し、炎の中を突き進む。
屋敷の中心に彼女はいた、柱が倒れて押しつぶされていたのだ。
青年はそんな彼女を何とか救い出して屋敷から飛び出た、だが彼女は無事ではなかった・
美しかったその容姿も炎のせいで醜く焼け爛れてしまっていた。
人々は醜くしてしまった八つ当たりに自分達を襲うのではないかと恐怖した、
そして女性に手をかけようとした時、青年がそれを止めた。
―――必死になって戦ってくれた彼女に何をするんです!そんなことすれば我々はあの七宥女房や死人憑と同じ存在だ!
青年がそう言い放つと村人たちも納得したのか彼女の治療に取り掛かった。
それと同時に那岐の地全土に広がっていた死人憑はその動きを止めたのだった。
恐らく七宥女房が倒された事で死人憑も滅んだのだと彼らは思った。
こうして那岐の地を襲った災厄は解決したのだった。
しかしその全てが解決した訳ではなかった。七宥女房は滅んではいなかったのだ。
屋敷跡に巨大な石の棺が現れていた。彼女曰く封印の棺だそうだ。
七宥女房の力は彼女の力を大きく超えていた。
このままでは負けてしまう、そう考えた彼女は僅かな隙を作り出し封印の棺に七宥女房を封印したのだった。
封をするように突き刺さった巨大な石の杭、耳を当てると痛みで蠢く七宥女房の声が聞こえた。
彼女は青年に礼を言う、もし自身が死んでいたらすぐにでも封印が解かれていたと。
それを聞いた人々は罪悪感を抱いたが彼女は笑って許した。
自分はもう元の世界には帰れない、その力も全て使い果たしてしまったと。
乾いた笑みを浮かべる彼女に青年は手を差し伸べた。今日からここを君の故郷にすればいいと。
そして、彼女は焼け爛れた手で青年の手を握りしめたのだ。
その後の事を記そう、彼女は青年と夫婦になり娘を生んだ。
酷い火傷跡だったが、そんな彼女を疎む者はもう村にはいなかった。
青年は彼女に支えられ人の上に立ち、やがて周辺の村々の顔役になっていった。
そんな折、彼女は家族にある口伝を伝えた。それは七宥女房に関する事だった。
七宥女房はあまりに力を付けすぎた。だから彼女はある呪いを二つ仕掛けていた。
一つが封印の棺に掛けられた憔悴の呪いだ。
これはゆっくりと七宥女房を蝕みその力の全てを失わされる呪いだった。
時間は掛かるが千年は立てば七宥女房は消滅すると彼女は伝えた。
そしてもう一つ、それは自身の子孫に封印の呪いを仕掛けた事だ。
地面深くに封印し直した七宥女房だが何かの拍子で封印が解けるかもしれない。
それに備えて彼女は娘に呪いを刻んだのだ。
自身の血族が途絶えない限り、七宥女房の力は半分以下まで落とされる呪いだ。
本来なら即身仏になり永遠に封印するはずだったが彼女はこちらを選んでいた。
呪いのせいか血族は女性しか生むことは出来ない、その事を謝る彼女だったが青年は許した。
役目よりも自分と一緒に居てくれる事を青年は喜んだのだ。
その後、色々な事があったが彼らは幸せに一生を終えたと伝わっている。
だが油断してはならない、いつかまた七宥女房は現れるかもしれない、
その時、この血族の女性は何をしてでも逃げなければならないのだ。
封印が解かれたその時、再び那岐の地は地獄へと変わるのだから……。
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「これが七宥女房の伝説だ」
「――――――」
勇人は混乱していた。今の今まで七宥女房なんて話は一度たりとも聞いたことがなかった。
口伝とか言っていたので恐らく細々と伝わっていた伝説なのだろう。
だが嘘ではない、濃密なシルターンの魔力が今この場に残っている、それが真実だ。
(妖怪、故郷、そして道の者、確かカイナが道の者って言ってたよな。じゃあその女性ってカイナの先祖か同じ巫女って事なのか?)
シルターンのエルゴの守護者カイナ、彼女が前に人と妖を繋げる者、道の者と自身が名乗っていた時の事を思い出す。
(七宥女房の作ったゲートに引き込まれてその人は那岐宮に来たって事なのか?)
勇人は腕を組んで考える、もしこのまま七宥女房を放っておけば大惨事になるのは明白だ。
見なかった事には出来ない、あれから一月、リィンバウムの頃の強さには到底及ばないが戦わなければならないだろう。
「やはり信じては貰えんか…」
「いや、信じるよ。というよりも俺はその七宥女房って奴の生まれた場所を知ってる」
「…!?」
「七宥女房は多分シルターンって世界で生まれたんだ。その巫女さんも同じ世界だと思う。その世界から来た妖怪変化って言う連中を俺は知ってるんだ。たぶん七宥女房はその妖怪変化の中でもとびっきりヤバい奴だ。多分このまま放って置けば…」
「街中の人間が食われるだけだ」
俺一人では勝てないかもしれない、なら俺が出来ることは一つだけだ。
「お爺さん、携帯は持ってないか?持ってたらすぐに俺の仲間に連絡が取れるんだけど」
「すまん、そう言うのには疎くてな…」
「ならどっかの公衆電話で掛けるしかないか…」
クラレットが居れば対抗できると勇人は考えるがこの日に限って連絡を付けられない。
とにかく今はクラレットと連絡を付けることが最優先だと勇人は考える。
だがそれだけではない、七宥女房のもう一つの封印についてだ。
「確か子孫に封印の呪いを仕込んだって言ってたけど、その子孫てまだ生きてるのか?」
「無論その通りだ。この土地の持ち主のお孫さんがその封印を担っている」
「孫?」
「二人おる、恐らくそのうちの長女が封印の要のはずだ。七宥女房が狙うなら間違いなくお嬢さんを狙うはずだ」
この土地の地主のお孫……待てよ。この土地の持ち主って――!!
「樋口組の長女。樋口綾お嬢さんが今の人柱なのだ…」
「樋口が…!?」
樋口綾、勇人にとって長年付き合ってきた友人、彼女にいま命の危機が迫っていた…。
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ぐちゃり
―――足りぬ。
ぐちゃり
―――まだ足りぬ。
ぐちゃり
―――まだだ、こんなものでは到底…!
那岐宮の繁華街、その路地裏に奴は居た。
人とは思えぬ巨体、見るだけで発狂するであろう威圧感、そう七宥女房だ。
人だったものがそこら中に散乱している、既に犠牲者の数は十を超えていた。
幼子も大人も関係ない、目に付けられたものは全員腹の中に入れられた。
だが足りない、余りにも足りない、七宥女房の力を取り戻すのにはあまりにも……。
―――まずい、マズすぎる、ここまで人の味が落ちたのか。
七宥女房が困惑したのは人の味が落ちた事だ。
それは500年前とは違い、レゾンデウムにはもう魔力が満ちていないのだ。
何も知らない只人を食らおうと七宥女房を満足させるには到底至らなかった。
そして何よりそれとは別に七宥女房の力を奪う楔があった。
―――探せ、樋口の女を!我の力を抑え付ける樋口の女を!!
たった7人、しかし七宥女房の力によって生み出された死人憑は余りに危険な存在だ。
それ一匹だけでも街中を恐怖に落とすには十分なほどなのだ。
彼らは街中に散らばる、樋口の女、樋口綾を殺すべく彼らは動き始めた。
―――殺してやる。我を500年も冷たい場所に封じた樋口の女を……そしてこの那岐の地の全てを!
七宥女房の姿が消えて不可視に変じる。只人では見る事は出来ない存在に代わる。
そして繁華街に躍り出ると――悲鳴が街を包み込んいった。
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「ありがとうございましたー……疲れたー」
コンビニ、酒屋橋本のレジに突っ張り夏美がだらけた、
時間はお昼時、昼ご飯を買いに来た人の応対を終えた夏美が呟いた。
「綾に悪い事したったなぁ…、今度何か埋め合わせしないと――」
「夏美!樋口いるか!?」
「うひゃぁ!?」
突然店に飛び込んで来た勇人の姿に驚いて椅子から転げ落ちる。
そんな夏美の姿を気にせずに勇人は夏美に綾の行方を聞き出そうとする。
「夏美!樋口はここに居ないのか!?昨日一緒に遊ぶって言ってただろ!?」
「ちょっと!今お尻痛いんだから待ちなさいよ!」
「お前のお尻なんてどうでもいいから早く樋口の居場所を教えてくれ!」
「綾の居場所って………え?浮気?」
「そんな事どうでも位から早く教えろ!」
「わ、わかったわかったからって…冗談通じないんだから……」
鬼気迫る勇人の勢いに怯んだ夏美は勇人に綾の居場所を教えた。
「今日は繁華街に行くって言ってたからたぶんまだいるんじゃないかな、お昼でも食べてるんじゃない?」
「繁華街…?そんな人の多い所に行ってるのか!?」
「行ってるのかって…普通でしょ?」
「それはそうだけど、連絡とかできるか?」
「まあ出来るけど、ちょっとかけてみる」
夏美が受話器を手に取り綾の携帯に電話をかける、
繋がらない、コール音だけが鳴り響く、
そしてそこから発せられたのは彼らが望んでない言葉だった。
『ただいま電話に出る事が出来ません。ピーっという発信音の後に――』
「おかしいな、繋がらないはずないんだけど…」
「まさか……夏美、繁華街だよな?個々の近くの繁華街だよな!?」
「う、うん北町の繁華街だけど…」
「よし!ありがとな夏美!待ってろよ樋口!!」
店から飛び出してゆく勇人、それを夏美は呆然と見ていた。
「もしかして浮気?まあクラレット最近重い感じだもんねぇ、じゃあクラレットに連絡してどういう反応するか――」
『おかけになった電話は現在使われておりません―ー』
「携帯変えてたんだっけ……部屋の携帯取りに行くのめんどくさいしあさって学校でからかうかぁー」
そういして夏美は店番に戻る、勇人の気がかりだったが夏美は気が付かなかった。
この世界が予想以上に脆い世界である事を……。
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繁華街に悲鳴がこだまする、誰にも見えなかった。そうまるでいきなり人が肉片に代わるのだ。
それだけではない、人とは思えない動きをする死人憑、彼らは必要に黒い髪のロングの女性をどこかえ連れてゆく。
その過程に腕が折れ、足が引きちぎられようと関係がなかった。
そして何もない場所に連れてかれると―ー。
―――違う、樋口の女ではない。
ぐちゅりとまるで食い千切られるように女性は千切れた。
それを見た人々は恐れおそのく、つい先ほどまで平和だった街は既に狂乱の都に代わっていた。
そして死人憑達が次の獲物を探し始めるとそれは居た。
『見つけた』
腰まで届くであろう黒い髪の女の子、かなり変わっているがその身から放たれる魔力を間違える事はなかった。
『見つけた』
かつて自分達を暗い棺の中に押し込んだ憎い女の血を引く女。
『見つけた』
自分達の理想郷を奪い取った道の者の末裔。
「え?」
―――見つけたぞ!!樋口の女ァァァァァーーー!!!!!
「ヒッ!?いやぁぁぁぁーーー!!」
血色の無い死人憑、そして13mはある七宥女房が綾に襲い掛かる。
突然の事だった。突然自分の命を奪おうとするものが現れたのだ。
平穏な世界で生きてきた樋口綾にこれに対抗する術はない、彼女の柔術は人と戦う術だ化生と戦う技ではない。
そして七宥女房の手が綾の首を刈りとろうとしたとき。
―――ギャァァァァァァーーーーーー!!
七宥女房に激痛が走った、顔が焼けるほど痛かった。
その傷がすぐに修復される、今は樋口の女を殺すときと気持ちを入れ替えすぐに跳びかかる。
しかしそれは為されなかった。透明な壁のようなものが七宥女房から綾を守ったのだ。
―――なんだ!なんだこれは!おのれ樋口ぃぃぃぃ!!
「ひっ」
「樋口さん大丈夫!?」
「お、大宮先生…?」
綾を支えたのは最近保険医に就任した大宮先生だった。
宮司が着るような白衣を纏い、成人男性の腕程はある巨大鉄扇を持っている。
今度は死人憑が近づこうとするがズドン!と炸裂する音と共にバラバラに消し飛ばされた。
驚いて耳を塞いだ綾、目を開けるとそこには特殊部隊が着るようなスーツを来ている女性がいる。
「大宮、狙いは樋口か?」
「はい、僅かに繋がりがあります。多分封印のようなものだと思います」
「厄介だな、これで封印されてる状態なのか」
「…黄泉沢先生?」
「樋口、動けるようになったらすぐに逃げろ、お前は私達が守る」
「で、でも先生は…!」
「奴の狙いはお前だ!お前がここに居たら最優先で殺そうとする、もし樋口が殺されれば勝ち目が無くなるんだ!行け!!」
「……は、はい!」
綾が黄泉沢たちを気にかけながらその場から駆けて行った。
その後ろ姿を確認していた黄泉沢はホッと一息ついた。
利用する為、繋がりを作る為、そう考えてはいたがそれでも自身のせいとなのだと。
「せ、先輩もう持ちません!!」
「ッ!!」
ガラスが割れる音と共に七宥女房が前に出る。
すぐさま散弾銃を撃ち放ち仕留めようとするが腕を盾にして防いだ。
七宥女房の腕に僅かな傷が生まれるがすぐさまそれは塞がってゆく。
―――ほう、退魔師か。だが無力あまりにも無力よのう。
「ぜ、全然効いてませんよ!?」
「そんなことわかりきっていることだろう!」
「そ、そんな~!?」
かつての古い退魔師と違い今の退魔師は実力が低い、
それは昔と違い魔力という力が年代ごとに下がっている事が原因だった。
その為500年前の強力な妖怪である七宥女房相手に二人では敵わないのは明白だった。
「来ないで!来ないで!!」
「落ち着け大宮!!」
死人憑を倒したとしても七宥女房の影から新たな死人憑がはいでてくる。
出てくる人数は最大で七人だったがどれだけ倒そうと無尽蔵に湧き出て来た。
散弾をばら撒く黄泉沢、しかし大宮は違う鉄扇を振り回し衝撃で敵を吹き飛ばすだけだ。
大宮は援護がメインなのだ、直接戦う力は誰よりも低かった。
「こっ、の!?」
がくりと大宮の足を誰かが掴む。
足元に目をやった大宮は顔色を変えた。
『まんま……』
「ヒッ!?」
顔半分崩れた幼児が大宮の足を掴んだのだ。
本来なら幼子程度軽く振り払える、しかし相手は死人憑、肉体のリミッターが外れた化け物だ。
「大宮!よけろ!」
「あ、ガッ!?」
カンカランと鉄扇が地面に投げ出され、大宮が七宥女房の手に捕まった。
―――なるほどなるほど、これが今の退魔師なのかえ?
「やだ!離して!離してぇ!!」
―――ええい喧しいぞ
ぶちり、と引きちぎられる音が大宮の耳に届く。
感覚がぱったりと途絶えた、自分の左手の感覚が消えたのだ。
「あ、あぁ、私の、私の手…」
―――ふむ、脆いモノよ。やはり人だな
「う、うあああああああああああああああああああああああ!!!!!????」
恐怖が決壊する、大宮は退魔師だ。
だが歴戦の兵というわけではない、ただ時折現れる悪霊を対峙する平凡な退魔師なのだ。
ここに来たのも霊力が溢れ出た地である那岐宮の調査が目的だった。悪霊退治は人手不足だったから行っただけだ。
こんなはずじゃなかった、こんな化け物と戦えるはずがなかった。
「助けてぇ!!!誰か助けてぇ!?」
―――なんと心地よい、人の叫び声は余の力に息吹を注ぐ、今度は首をへし折るか?どんな声で鳴くか楽しみよのう
「くそ!大宮!!どけ貴様ら!!」
散弾で次々と死人憑を始末するが倒すよりも出てくる方が多かった。
やがて七宥女房の手が大宮の頭を掴む、それは大宮にとって終わりを意味していた。
「たす……誰か……」
誰も助けは来ない、敬愛する先輩も助けられない。
そしてぐいっと首に力が入る瞬間。
―――ギャアアアアアアアアアアーーーー!!!!?
「え……?」
浮遊感が大宮の体を包む、自分は投げ出されたのだ。
視界に何かが映っていた、それは地面に不自然に刺さった道路標識と宙を舞う七宥女房の腕だ。
そう、七宥女房の腕が何者かの手で斬り飛ばされたのだ。
次の瞬間、大宮は誰かに抱きかかえられてるのに気づいた。
地面にゆっくりと降ろされ、その人物を見て気づいた、それは自分達が危険視していた人物だったからだ。
「新堂君?」
「大丈夫ですか大宮先生!」
「新堂か!?なぜここにいる!」
「話は後だ!今は七宥女房を倒す!」
―――おのれ!おのれ!わらわの腕をよくもぉぉぉーーー!!死人憑ども!その童を引き裂けェ!!
憤怒の表情を浮かべ死人憑を勇人の差し向ける七宥女房、
だが七宥女房は勘違いをしていた、目の前のニンゲンが只人だと勘違いしたのだ。
「借りるぞ!」
「ああ、私の鉄扇」
落ちていた鉄扇を握ったハヤトは畳んで死人憑を吹き飛ばした。
それだけにとどまらない、次々と死人憑を吹き飛ばし七宥女房に迫る。
―――人の分際で!!
「!!」
七宥女房が髪を伸ばして勇人を縛ろうとするが、勇人が目の前から消えたのだ。
次の瞬間、頭を殴り飛ばされて七宥女房は吹き飛んだ、勇人は更に追撃をかける。
援護するように散弾が七宥女房の顔にぶちまけられ痛みに悶える七宥女房の腹部を勇人は殴り飛ばす。
「絶対に!許さねぇ!!」
勇人は本気で怒っていた。普通に暮らしてた人々を殺したのだ。
平穏と平和を愛しさを誰よりも知っている勇人は本気で怒っていた。
見逃す気はない、ここでこいつは倒さなくてはならない、そう確信して勇人は武器を振るう。
一発一発が七宥女房の命を削ってゆく、このままなら勝てるそう確信していた。しかし……。
―――うぅぅぅ、来るな!来るなぁぁぁぁ!!
「なっ!?」
影から溢れ出るように死体が飛び出る、死人憑ではないが勇人達を怯ませるには十分だ。
這うように猛スピードで路地裏に消えてゆく七宥女房、それに気づいた黄泉沢は。
「ッ!」
パンッと一発何かを撃つと破裂して七宥女房に付着する。
「待て!!」
勇人は七宥女房を追いかけようとするが、膝を抱えて大量の汗を顔から流していた。
「はぁ!はぁ!くそ魔力が…!」
先程全力で戦ったせいで勇人の魔力が枯渇していた。
リィンバウムならその豊富な魔力ですぐに回復するがここはレゾンデウム。
エルゴの補助も無しに力を振るうには限界があったのだ。
「こんな事なら、クラレットの言いつけ通りに普段から魔力を溜めときゃ良かった」
必死な形相を浮かべる勇人だが七宥女房は既に姿を消してしまっている。
それを悔やんでいると黄泉沢が勇人に声をかけた。
「新堂、なぜここに?」
「先生、昨日のニュースで公園に殺人事件があったって聞いて調べたらシルターンの魔力を感じたんです。そしたらその公園の守り人って人に七宥女房の伝説を聞いて…」
「それで追ってきたと言う訳か…」
「でも途中で事故があって俺だけ走って来たんですけど」
「七宥女房の仕業だな」
「とにかく、俺の事は後にして今は七宥女房を追いかけないと!」
「当たり前だ。先ほど奴に付着させた液体は発信機のようなものだ。それをたどればすぐに追いかけられる」
「なら!」
「だがその前にだな…」
黄泉沢は壁に背を向けて塞ぎ込んでいる大宮に近づく、
止血してはいるが左腕を千切られていた為、痛々しいモノだった。
「先輩…私、私、」
「大宮、私達は行く。七宥女房を野放しにすればさらに犠牲者が増える、すまない」
「……(こくん」
千切られた腕を見て涙する大宮、それを見ていた勇人はふとある事を思い出した。
「先生、携帯って持ってませんか?」
「ん?携帯か?確かにあるが…」
「クラレットの力なら大宮先生の腕を治せるかも――」
「ホント!?治るの!?この腕治るの!?」
「治癒の奇跡は…えっと、魂の形に治す技術って確か…なんだったかなぁ」
「なるほど、幽体を使い肉体を修復する術なのか」
「え?」
「とにかく時間がない、直ぐにクラレットに連絡してくれ」
「は、はい!」
勇人は黄泉沢から携帯を受け取りクラレットに連絡を始める。
耳元でベル音が鳴り響き、そしてつながった瞬間勇人は口を開いた。
「クラレットか!今どこにいるんだ!?」
『せ、先輩!?どうしたんですか!?』
「その声絵美か?なんでクラレットの携帯を持っているんだ?」
『クラレット先輩なら私の隣にえっと……今手が離せないみたいで』
絵美が気を利かせたのか携帯がスピーカーに代わる
「クラレット!聞こえるか!?」
『聞こえてますよ』
確かにクラレットの声だ。とても冷静な声だがその声に冷たさを勇人は感じた。
恐らく向こうでも何かが起こっているのは理解できる、だがこちらの事情を話すのが先決だ。
「今街で化け物が集団で暴れてるんだ!もう何人も殺されてる!すぐに来てくれ!!」
『ッ!?勇人!もしかして朝のニュースの事なんですか!?』
勇人の言葉を聞いて焦ったようにクラレットが答えた。
「ああ、七宥女房って妖怪の仕業らしい。シルターンの妖怪だ」
『シルターンの…まさか那岐宮に居たなんて…』
「もう数十人も殺されてる、アイツに殺された奴は死人憑って屍兵にされるんだ」
『戦力を増強してるんでるね…。目的は分かりますか?』
「目的……?えっと」
「奴の狙いは樋口綾だ。七宥女房の封印の要を担ってる一族だ!」
『黄泉沢先生…、分かりましたすぐに向かいます。それで今どこに…いえ言わなくていいです勇人が戦ったおかげで場所は大体把握してます』
「後、大宮先生が七宥女房に腕を引きちぎられて、クラレットなら治せるだろ?」
『腕を…、治せますけど千切れた腕が必要になります。腕はありますか?』
勇人が大宮の方を見ると彼女の近くに腕が置いてあるのに気づく、
それをクラレットに伝えるとクラレットはすぐに向かうと伝えて通話を切った。
「大宮、ここで待ってろ。私と新堂は奴を追う」
「はい、先輩頑張ってください。新堂君も無茶はしないでくださいね?」
「無茶、無茶かぁ~。まあ無理っぽい」
「ふ、まあ安心しろ私が付いてる」
そう言うと黄泉沢と勇人は七宥女房のゆくえを追う為に路地裏へと駆け込んでゆく。
大宮は体育座りをしながらその光景をただジッと見ていることしか出来なかった。
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「それで、籐矢はこれからどうするんですか?」
携帯を握りしめて籐矢を睨むクラレット、
状況が変わったわけではない、だが優先順位は入れ替わった。
今は何とかこの状況を解決してすぐに勇人の増援に向かわなければらなかった。
「別にどうもする気はないさ、黄泉沢さんが動いているなら僕もすぐに向かわなければならないしね」
「そうですか、私もちょうど行かなきゃいけないんですよ。でも絵美ちゃんの事が気になるんでここで絵美ちゃんを見ててくれませんか?」
「え?」
「それはここに僕が残れって言ってるのか?」
「その通りです」
籐矢はここに残れ、そうクラレットは告げた。
実際に悪霊に襲われたばかりの絵美は体力的にも魂的にも衰弱している。
もし二人で放って置けば低級の悪霊にすら襲われる危険性があるのだ。
「私の妹とその友人なら守る事ぐらいなら出来ます。その間守っていてほしいんですよ」
「……大宮さんの傷もあるからね。分かったじゅあ先に行っていてくれ。僕もあとから追う」
「分かりました。絵美ちゃん、話は聞きましたね?」
「は、はい」
「春ちゃんと命に連絡しますから、それまで籐矢―ー深崎君と待っていてもらえますね?」
「分かりました。でも…」
「分かってますよ。勇人は必ず助けます。じゃあ私は先に行ってます」
そう告げると携帯をいじりながら、クラレットは勇人のいる方へと一直線に走ってゆく。
魔力がほとんどない地域なら勇人の魔力を感じ取り追う事が彼女には出来るのだ。
およそ人が出せるはずのない速度で駆けてゆくクラレット、それを見届けた絵美はある事に気づく。
「……(なに話せばいいんだろ…!?)」
いきなり真剣を持って姿を現したのは勇人の友人の深崎籐矢、
パッと見カッコいい、物静かで人気のある男性だ。
だが先ほど見た雰囲気はクラレットが持っているものに酷似していた。
殺気と呼ばれる感覚だった。
「悪かったね」
「ふぇ!?」
「悪霊の件だよ、彼女ほどじゃないけど一応僕でもなんとか出来たんだ」
「あ、いえ、大丈夫です」
「だが彼女の存在が不安定だった。新堂は信頼できる、でもクラレットは信用できない」
「信用できない…?」
「彼女が性格が変わったって気づいてるかい?」
「はい、前よりも積極的になってる気が…」
「それだよ、それが原因なんだ」
「それ…?」
「新堂を何よりも優先する、家族よりも友よりも新堂を最優先にする、それが今の彼女だ」
「先輩を…」
「苦悩しててもそこだけは絶対だ。だから僕は彼女をすぐに信じられなかったんだ」
複雑そうな表情を浮かべる籐矢、別に好き嫌いで判断してるわけではないんだと絵美は思った。
彼には彼の都合がある、友人関係だけで信用するのはいささか危険という事だった。
絵美もそれは理解していた、だからこそ彼女は…。
「でもそれって、先輩が居れば大丈夫って事ですよね?」
「先輩…新堂か?」
「はい、先輩に伝えとけばきっとクラレット先輩も悪い事はしませんよ。まあ普段からしてないんですけどね」
「やっぱり新堂に手綱を握らせろと?」
「えぇっと…まあ、そんな感じで」
難しい話は良く分からない絵美は曖昧な表情を浮かべて肯定した。
彼女は中学一年生なのだ。そのような事を聞かれても答えることはそうそうできない。
考えなし、あるいは正直な言葉を聞いた籐矢は自分が考え過ぎたのではないかと思った。
「ありがとう、日比野さん」
「え、えっと………はい」
籐矢の笑みを見た絵美は赤面する。
学校生徒からは深崎スマイルと呼ばれる表情だ。
勇人達と違い耐性の無い絵美はそのまま顔を合わせない様に下を向いた。
「絵美ーー!!」
「―――あ!春奈!」
遠くから新堂春奈が手を振りながらこっちに向けて走ってくる。
その隣には望月命、そしてデュウの姿も確認できた。
「深崎先輩ありがと――あれ?」
振り向いたその先には誰もいなかった。
僅かな風が流れているが、その風を起こしたのは誰かは絵美には分からなかった……。
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「う…うぅぅ…!」
傷が熱を放ち始める。
千切れたばかりの時は痛みを感じなかった。
しかし時間が経つにつれて痛みは大きくなってゆく。
本当に治るのか…、その考えが大宮の脳裏を過るが今はそれにすがるしかない。
ドンドンと激しくなる痛みに気を失いになる頃―――。
「大宮先生!」
「クラレットさん…やっと、やっと来てくれた…!」
「すみません遅くなって、千切れたって言う腕はありますか?」
「う、うん。これ…」
朦朧とし始める意識の中、懐で腐らないように停止の呪術を掛けていた腕を取り出す。
「失礼します」
クラレットはそれを受け取ると魔力を軽く通し呪術を解除する。
血が滴るが彼女は気にしないで大宮の切断面に腕をくっつけると手を添えた。
「――――!!」
「うわっ!?うわっ―――!」
淡い光と共にクラレットの手から放たれる温かな光が大宮の腕を包み込む。
大宮はその現象を解析しようとじっくりと見るがそのあまりに異常な光景に驚いた。
「幽体を過剰に治療して肉体を引っ張らせてる?でもそれだけじゃない?もっと根本的な―――」
「魂の情報というものがあります。そこに干渉して幽体の治療と共に肉体の治療も促進させるんです。唯一の欠点は治療される側も疲労してしまう事ですかね。私達の世界では治療の奇跡、または治癒の奇跡と呼ばれる技術です」
「治療の奇跡…」
クラレットはこの奇跡を行使できるが、実際にリィンバウムで使えるのは天使や一部の聖獣に限られる。
彼女はサプレスの深く浸食され、現在はサプレスのエルゴを身に宿してる為、行使できるのだ。
そう説明して言うと大宮の傷は癒え、痛々しい血の跡だけが残っていた。
「指、動かせますか?」
「ん」
ピクリと指が動く、今度はにぎにぎと握力があるか確認する。
それを確認したクラレットはほっと一息つくと立ち上がった。
「腕の状態が良かったですから後遺症はないみたいですね。それじゃあ私は…」
「えっと…先輩の所に?」
「はい、勇人が戦ってるなら私は行かなければいけません、迷惑を掛けますがここの後始末をお願いします」
「…うん」
周りはいまだ人の死体が散乱している、大宮が呪術で誤魔化しているがそれも長くは続かない。
本当ならばクラレットも処理を手伝いたいが今命をかけている勇人を放ってはおけない。
彼女の中では散乱した一般人の死体よりも勇人が最優先なのだから。
「分かった、ここは任せて。先輩達を助けてあげて」
「はい、任せてください」
そう告げるとクラレットは勇人のいる位置を把握して駆けだしてゆく。
路地裏に消えてゆく彼女を見ながら大宮は立ち上がって携帯を取り出した。
「こんな事になるなんて…先輩、無事でいてくださいね」
今も戦っている黄泉沢の事を思い浮かべながら彼女は自分のやるべき事を行い始めた。
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「はあ!はあ!はあ!」
彼女は走った。
「っ!はあっ!ぐぅ!」
彼女は駆けだした。
「やだ……やだやだ!」
彼女は逃げ出した。
平穏から異常へと突然叩き落された少女、樋口綾。
彼女は逃げるしかなかった、戦う力を持たなく、そして何より七宥女房から狙われるその身。
「逃げなきゃ、逃げないと!」
魂が叫んでいる、逃げろと、なにものも犠牲にしても逃げ出せと、
彼女に刻まれた呪術の核がそう叫んでいるのだ。
それは事実だった、もし自分が死ねば七宥女房は真に解放させる、
過去の七宥女房を倒せるものはいなかった。もし自分が死ねば何千何万の人々が死ぬことになる。
それを彼女は理解していない、だが逃げなければいけないのが事実だった。
そうしなければ殺されてしまうからだ。
無我夢中で彼女はデパートの中へと駆け込んだ。ひたすら走る抜ける、とにかく遠くに走ってゆく。
―――樋口の女ァァァァァァ!!!!
「ひっ!?」
声が聞こえた。周りの人々には聞こえない声が自分に届いた。
その次に悲鳴が聞こえた、濃密な血の匂いがデパートの広がった。
七宥女房が暴れている、何も知らない人を食らっている。
「私のせいだ…!」
綾は自分のせいだと思ってしまった。
自分が逃げ出したから、自分がここに逃げ込んでしまったから。
「私のせいで何も関係な人たちが…!」
だがそれはただの思い込みだ。もし通りを走っていればすぐに捕まって殺されていた。
デパートの中に入ったのは最良の選択だった。そうしなければ殺されていたからだ。
そして、樋口綾が死ねば七宥女房は完全に復活して最悪の事態が起こってしまう。
しかしそれを綾は知らない、知らないからこそ綾は罪悪感に心が蝕まれてしまう。
(人の…、人のいないところに…!)
少しでも被害を減らさなければいけない。
そう思った綾は人のいない所に入ってゆく。
デパートの連絡通路に入った綾は人がいない事に安堵しつつ先進んだ。
作業エリアに入り込めば人は減る、きっと減ってくれる。
だが綾は気づいていない、一人になるというのがどれだけ危険な事なのかを。
―――見つけたぞ!樋口の女!!
「えっ!?キャァァァーーー!!」
連絡通路が破壊されてそこから七宥女房が姿を現した。
足元を崩され落下しそうな綾は手提げバックがちょうどボルトとに引っかかって彼女は落下しなかった。
だが彼女の目の前には凶悪な七宥女房の姿があったのだ。
―――あのような者たちが出てきたのだ。遊びはせん、直ぐに食ろうてやろう。
「ぁ…ぁぁ…!」
ガチガチと恐怖で何もしゃべれない、ただ休日を楽しんでたのになぜこんな事になったのかと綾は考えた。
だが、考えても仕方がない、もう自分にはどうしようもできない。
だけど食べられたくない、食べられるぐらいなら、そう思った綾は――。
―――死ねぇ!樋口の女!!……なに!?
七宥女房の腕が空を切る。
綾は飛び降りたのだ。食べられるぐらいなら死んでやる。
絶望的な状況の中、綾が選択したせめてもの反抗だった。
落ちてゆく綾は考える、どうにか助かれないかと、だけどどう考えても助かる事は出来ない。
(ためだな、こんな時に何考えてるんだろ)
綾はある事を考えていた。怪物の事でもなく、家族の事でもない、たった一人の人物の事を。
「勇人君……ゴメンね……」
何故謝ったのか、それは綾にも理解できなかった。
だけど恐らく、彼女は自分が勇人の前から居なくなる事を謝ったのだ。
唯の友人なのに、ただの友達なのに、そして自覚した。
(やっぱり私…勇人の君の事…)
地面が近づいてくる、もうすぐ自分はただの肉塊に代わるだろう。
だけど死にたくはない、覚悟は決めてるが死にたくないのだ。
だからこそ僅かな可能性を信じて綾は自分の頭をギュッと綾は腕で抱え込み……。
「綾ぁぁぁぁーーーー!!!!」
その声が聞こえた。
本当なら勇人たちの那岐宮の生活を一つ一つ文章にしたかったですけど、
ここは禁断の手法、日記編で一気に簡略しないとまずい気がしてきた。
本編はちゃんと書き起こすつもりなので大丈夫だよね?
とりあえず那岐宮怪綺談編は次でお終い、それ以降はクラレット日記で書いて行こう。