サモンナイト ー生贄の花嫁ー   作:ハヤクラ派

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色々とありましたけど、私は元気です。


那岐宮怪綺談5

 

「綾ぁぁぁぁーーーー!!!!」

 

声が聞こえた。聞こえるはずのない声が。

落ちる体を無我夢中で捻って声のあった方へ向ける。

そこに居たのは紛れもない新藤勇人の姿だった。

 

「―――勇人君!」

 

綾は必死に勇人の体にしがみ付く、勇人も綾を片手でしっかりと抱え込んだ。

 

「遅くなって悪かった。あとは任せてくれ!」

 

―――童、また貴様か!

 

「言っただろ、絶対にお前だけは許さないってな!」

 

壁を蹴って破壊された連絡通路の入った勇人は綾を降ろして七宥女房と対峙する。

 

―――貴様などどうでもいい、樋口の女さえ、樋口の女さえ始末すれば…!

 

「させねぇって言ってるだろ!!」

「勇人君!」

 

魔力を滾らせて七宥女房に攻撃を仕掛ける勇人、

振るわれた畳んだ鉄扇が七宥女房の肩に叩き付けられ鈍い音が鳴り響く。

 

―――ッ!?………?

 

身構えていた七宥女房は食らうべき痛みが薄い事に気がつく。

 

「はぁ…はぁ…くそっ!」

 

―――なるほど、では次はこっちの番だぞ!童!!

 

「ッ!?」

 

振るわれた七宥女房の巨腕が勇人に降ろされて連絡通路ごと落下する。

地面に叩き付けられると考えたハヤトは受け身を取ろうとした。

勇人は七宥女房に捕まったまま地面に叩き落されてしまった。

 

―――ハハハハッ!!魔力切れか?何とも脆い童よのぉ?

 

「その童にビビッて逃げ出したのはどこのどいつだ!」

 

―――黙れ!我は大妖怪七宥女房だぞ!

 

「人に寄生してたくせに大妖怪名乗ってんじゃねぇぞ!」

 

残された魔力を爆発させて七宥女房の手を吹き飛ばして勇人は七宥女房から距離を取る。

そしてこちらを心配そうに見つめる綾に視線をやると勇人は叫んだ。

 

「綾!すぐに逃げろ!こいつの狙いはお前なんだ!お前が殺されたらとんでもない事になる!」

「で、でも!」

「いいから逃げろ!こんな奴今ままで沢山戦ってきてるんだ。負けねぇ!!」

 

勇人が七宥女房に突っ込んで戦いを始める姿を見る綾、

自分も力になりたかったがここにいる事そのものが足手まといになってしまうならとグッとこらえてその場から走り始める。

 

「お前の相手は俺だ!七宥女房!」

 

―――樋口の女は我の知る力をもう持ち合わせてはいない、邪魔立てするお主さえ始末すればそれで終わりだ!

 

七宥女房が死人憑を生み出して勇人に襲い掛かる、

鉄扇に限りある魔力を送り込んで勇人は死人憑達を弾き飛ばすが少しずつ追い詰められ始めた。

 

(まずい!このままじゃ…!)

 

既に立つのも辛いほど魔力を失い疲労した勇人の表情は優れない。

それに気づいてる七宥女房は一気に畳かけようと襲い掛かる、

それが罠とも知らずに―――。

 

―――貰ったぞ!童!!

 

「―――いや俺の勝ちだ」

「新堂!屈め!!」

 

勇人が屈むと七宥女房の視界に黒光りする大筒が姿を現した。

何時の間に設置されたのか、横に転がっているカートがそれを物語っていた。

カートに設置して無理矢理運んできたのだ。

 

―――大筒など当たると思っているのか!

 

七宥女房は嘲笑う、大筒など大した武器ではないと理解しているからだ。

だからこそ、彼女が封印されていた500年の間に生み出されたものを理解する考えを持っていなかった。

光の礫が彼女の肉を裂いたのだ。

 

―――なっ!?

 

ガガガガガガッ!!という破裂音が鳴り響く、その音が鳴るたびに七宥女房の肉が引き裂かれていく。

ガトリング砲という未知の兵器の前に七宥女房は追い詰められていた。

 

―――大筒では…!?大筒ではなかったのか!?

 

「新堂の言った通りだな。新しい事を理解できる脳は持ってないようだ」

 

単なる悪霊ならともかく妖怪変化はれっきとした生き物だ。

だからこそ時代の移り変わり、ジェネレーションギャップというモノを直に受けてしまう。

ダンボールで態々偽装した、子供だましにも引っかかってしまうのだ。

死人憑を盾に七宥女房が逃走を図る、そして後ろ逃げ始めたその先に人影が姿を現した。

藤納戸の髪を逆光で煌かせる一人の女性の姿だ。

 

―――邪魔だ小娘!!

 

「邪魔なのは――貴女の方ですよ」

 

青紫の雷光が七宥女房を焼く。

 

―――あ、アアアアァァァーーーーッッ!?!?

 

いたい、痛い痛い痛い!!!

その言葉が七宥女房の脳裏を何度も木霊させた。

肉だけではなく魂が焼かれる激痛が七宥女房を襲っていた。

耐え難い痛みの中、七宥女房はその雷光を放つ存在を見る。

 

「案外持ちますね」

 

―――ひっ!?

 

自身をゴミの様にしか見ていない瞳が彼女を射抜く。

アレは根本的に自分と同じ存在だ。あれは危険だ。逃げるんだ。

そう七宥女房は訴えていた。今の自分では無理だ、このままでは。

 

―――う、うあああああああああああああああああああああああ!!!!!

 

「なっ!?」

 

勇人は驚愕する、七宥女房が自分の傷を顧みずにデパートの外壁を登り始めたのだ。

クラレットはすぐさま雷撃を七宥女房に向けるが、放たれた肉片に防がれてそれもままならない。

そのまま七宥女房はデパートの屋上に姿を消してしまった。

 

「くそぉ!ここまで来たのに!」

「勇人!大丈夫ですか!」

「俺は平気だ。だけど綾……樋口がまだデパートの中に…、クラレット、アイツは樋口を狙ってるんだ。樋口が殺されれば封印が解けるみたいで」

「……人柱の封印ですか。召喚術にも似たようなものがあります。多分それですね。ならすぐに追わないと…」

「すまない、遅れた!」

 

クラレットがいた方角から籐矢が姿を現す。

 

「籐矢!?なんでお前まで…」

「深崎もこちら側だ新堂」

「先輩、すいません遅れて」

「今は七宥女房が先決だ。それに別件に勤めていたのだろう?」

「はい」

 

こちら側と言われて少し悩む勇人だったが、今はそれどころではないと考えを隅にやる。

 

「とにかく今は七宥女房だ。奴はボロボロだけど綾を狙ってる、すぐに追うぞ!」

 

その言葉を誰も否定しなかった。

彼らはすぐに七宥女房に追撃を仕掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

誰もいないデパートの屋上に綾は居た。

綾にとって今の状況は幸運だった。このデパートの屋上の施設がメンテナンスで全体的に停止していたからだ。

時刻は夕方、見渡す限りでは人はいなかった、安堵した綾は腰を下ろして体育座りで頭を抱えた。

 

(もう……やだよぉ……)

 

当然の結露だった。異常を知る勇人達とは違い彼女は一般人だ。

突然人が異形の手で沢山死んだのだ。間接的とはいえその原因が自分だいうことも理解できた。

 

(もう逃げたくない……逃げたらまた人が死んじゃう……)

 

勇人が殺されるとは考えていない、彼が早々死ぬはずがないと分かっている。

だけど普通の人は何もできずに殺されてしまうだろう。

もう二十人以上は手にかかっているはずだと理解できていた。

これ以上自分が逃げるわけにはいかない、逃げたらまた人が死ぬ、それが間違いと分かっていながら綾は動けなかった。

 

―――ずるり、ずるり

 

地面を這う音が綾の耳に聞こえた。

顔をあげて視線を向けるとそれは居た。

 

―――み…見つけたぞ。樋口の女ぁぁ…!

 

「ヒッ!?」

 

小さな悲鳴が綾の口からこぼれる、目の前にいたのは肉片だ。

大や小の風穴が開き、顔を始めとした肉は焼けただれ、今にもくたばりそうな死に体だった。

綾は理解した。もうすぐ七宥女房は死ぬ、もう少し逃げれば自分は助かるんだと。

何かが視界の隅から飛んでくる、咄嗟によけた綾のいた場所に肉片がぶつかり腐臭が立ち込めた。

 

―――お前さえ…お前さえぇぇぇ!!

 

襲い掛かる七宥女房、綾は駆け出して七宥女房から逃げ出した。

だがただ逃げるだけではない、倒れそうな荷物に手をやるとそれを思いっきり七宥女房にぶつけたのだ。

しかし相手は怪物、人とは違いそれでは簡単には倒せるはずがない。

 

(時間を…時間を稼げば…!!)

 

きっと彼が来てくれる、彼が助けてくれる。

そう綾は信じていた、迫る七宥女房から逃げながら時間を稼いでいた。

必死にに逃げ続け一分が経とうとした頃、綾の足を何かが絡めとった。

 

「あっ!?痛っ!?」

 

―――やっと捕まえたぞ!樋口の女ぁぁぁ!!

 

宙に引き上げられて首を絞めつけられる綾。

七宥女房は余韻に浸る、目の前の女さえ潰せば自分は全盛期に戻るのだと。

 

―――まずは髪だ。その次に肌を焼いてやろう。くくく、女の苦痛をとことん味合わせてやろう…!

 

だからこそ調子付いてしまったのだ。

自分の置かれている状況を理解しきれていなかった。

そしてそれに気づいたときはすでに手遅れだった。なぜなら七宥女房の腕が切り落とされていたのだ。

 

「目的の前に舌なめずりか、能力はともかく三流だな貴様は」

 

―――ま、まさか!まさかぁ!?

 

腕と共に床に落ちる綾、七宥女房は踏みつぶそうと動くが、走る影が綾を抱えて離れてゆく。

 

「――勇人君?」

「悪い、遅くなった。無事か?綾」

「うん、来てくれるって信じてた…!」

 

両頬を涙で濡らす綾を見る勇人、衣服はどこも汚れておりせっかくの服は台無しになっていた。

そんな綾を床に降ろすと勇人は七宥女房に向けて歩んでゆく。

その手には先ほど握っていた鉄扇ではなく白い光を煌かせる日本刀が握られていた。籐矢の持っていたもう一本の刀だ。

 

―――うぅぅ…!

 

下がってゆく七宥女房、だが背後からも気配がした。

 

「まさか、この期に及んで逃げられると思っているのか?」

 

背後からは散弾銃を構える黄泉沢が居た。

 

「全くですね。次にやる事は分かっていましたよ?貴女が必ず綾を狙うと――」

 

バチバチと紫色の雷光を右手に帯電させながらクラレットが七宥女房の左を制した。

 

「……」

 

籐矢は何も語らず刀を構えて右方から七宥女房の逃げ場所を塞ぐ。

 

「言った筈だぞ。絶対に許さないってな…!」

 

正面から勇人が迫ってくる。

七宥女房は理解する、自分の逃げ場所は失われたのだと…!

 

―――ま…、待て分かった。童の負けだ。もう人は襲わぬ…だから…。

 

「「「………」」」

「お前…」

 

周りの三人は未だ冷たい目をしているが目の前の少年の目が揺らぐ、

七宥女房はそこに勝機を見出した。今は時間を作ればいい、隙を窺い樋口の女を殺せばいいと…。

だが、彼女は甘かった。もはや取り返しのつかないところまで来ていたのだから。

 

「お前が復活したばかりの頃なら許してたかもしれない、お前にとって500年の月日だ。間違いを犯すぐらいぐらい許せたかもしれない」

 

―――な、なら…。

 

「だけどお前は止まらなかった。何人もの人を殺した。今を生きてる人々を殺したんだ…!」

 

勇人の目に殺意が宿る。

勇人は本気で怒っている、平穏の愛しさを知っている彼はそれを奪われた事への怒りは尋常じゃなかった。

 

「これから先があったはずの命を、何も関係ないはずの命を欲望のままに奪ったんだ…!許せるわけないだろ!!」

 

―――あ…あぁ…!!

 

「お前はここで倒す!絶対にだ!!」

 

―――うっ!いやぁ!いやぁぁぁぁーーー!!?

 

悲鳴を上げて七宥女房は駆け出した。

ここらか逃げなければどんなことをしても逃げなければ、

それだけが七宥女房の願いだった。しかしそれを許すものなどこの場にはいなかった。

まず足が切り裂かれた、ガクンと視線が下がり足に激痛が走る、

次は残された腕を撃ち抜かれた、小さな礫が彼女の腕に大量に突き刺さり激痛が走る。

そして次は全身だ。放たれた雷光は全身を絶え間なく焼いてゆく、激痛の中、七宥女房は願った。

 

―――死にとうない!死にとうない!鬼妖界から逃げ延び自由に出来る世界に来たのだ。童は!童は!!

 

「これで終わりだ!七宥女房!!!」

 

振るわれた剣閃が七宥女房の首を斬り飛ばす。

苦痛に染まった頭は体から落ちてゆく、しかし彼らは気づけなかった。

目の前にいるのは人ではない、妖怪変化。七宥女房なのだと。

 

―――お前さえ……お前さえいなければ!!!

 

首が動き出す。宙を浮き一直線に綾の下へと突き進んでゆく。

七宥女房の復讐心が起こしてしまった事象だった。

 

(まずい!この位置では樋口に当たってしまう!)

 

黄泉沢は銃を構えるが持ってるのは散弾銃だ。

腰に別の銃があるがそれを向けれる時間は残っていない。

 

(収束が間に合わない、このままじゃ綾が!)

 

クラレットは再び魔力を収束させてサプレスの雷撃を放とうとするがどう考えても間に合わなかった。

視界だけは綾と七宥女房に向けてはいるがどうにもならない。

 

(距離が足りないか…クソっ)

 

籐矢は冷静の結果を見据えていた。

たとえ武器を投擲しても止まるとは思えない。

だがやらないよりはマシだろうと思いグッと刀を握る手に力が入る。

そして勇人は…。

 

(首だけで動くなんて、まずい間に合わない…!)

 

助けたい、だけど助けられない。

体を捻って何とか綾の方を見るがどう考えても間に合わない。

 

(俺は…俺は助けられないのか…俺は!!)

 

悔しさがからの心を蝕む、だけど仕方のない事だと理解してしまった。

今の自分は誓約者ではないのだ、だから仕方がないと……。

 

「嫌あああぁぁぁぁーーー!!?」

 

(今……何を考えた)

 

諦めた、一瞬でも友人を見捨てたのだ。

自分を考えたことに怖気が走った。なんて奴だと非難した。

目の前の綾がこっちを見ている、自分に助けを求めているなのに……。

 

(意地を見せろ新堂勇人!お前は諦める男だったのか!!)

 

誓約者以前に勇人は諦めなかった、どんな時も絶対に諦めずに奇跡を起こしてきたのだ。

だから今はその意思を信じた。強い意志が必ず奇跡を起こすと勇人は心から願った!

 

「綾ぁぁぁぁーーーー!!!」

 

刀を投げ捨て勇人の手に光の粒子が集まってくる。

それこそ彼が向こうで手に入れた力、願いが起こした奇跡の結晶。

 

「シャインセイバァァァーーーッッ!!!」

 

粒子は剣影と化して凄まじい速さで一直線に突き進む。

そして綾を食らおうとしていた七宥女房に突き刺さり床を割った。

 

―――あ…あぁ…ぎゃああああああぁぁぁぁーーーーーーっっ!!!?!?

 

綾の目の前で悍ましい悲鳴を張り上げた七宥女房が細かな塵へと変わり四散してゆく。

やがてそこにはまるで最初から何もなかったように七宥女房に関する全てが消滅していた。

 

「今のは…なんだ…?」

「新堂、君は…」

「召喚術!?どうして召喚術は使えないはずじゃ」

 

各々がそれぞれ思ったことを口に出した。

クラレットに至ってはこっちの世界に戻ってきてから召喚術が使えないか何度も確認を取っていた。

結果、召喚術は一つも行使する事が出来なかったのだ。

幸い、サモンマテリアルは使えたものの、呼び出せるのはこちら側の物質のみのはずだった。

決してリィンバウムに記録された剣影を生み出すシャインセイバーは召喚できるはずがない。

 

(もしかしてリィンバウムとの境界か修復され始めてる…?)

 

クラレットは予測する、リィンバウムとレゾンデウムの境界が修復され始めてると。

その手始めが剣影と言う特性から結界に負担をかけないシャインセイバーなのではないかと。

 

(思っているよりも結界の修復が早いのかもしれない…、もしかしたら来年には…)

 

結界の修復が早く終われば再びリィンバウムでの戦いが始まる。

クラレットは一人戦慄し始めていた…。

 

「使えた…召喚術が…!」

 

勇人は自身の手を見ていた。

ほとんど賭けに等しかったが無我夢中で召喚術を発動させる事が出来た。

だがそのおかげで大切な友人を守る事が出来て勇人は安堵する。

ほっと一息を付いた勇人は呆然と床に座っている綾へと近づいた。

 

「綾、えっと樋口大丈夫だったか?」

「………」

「樋口…?」

 

勇人は屈んで綾と目線を合わせて肩をたたいた。

ビクリと震える綾はゆっくりと顔を勇人に向けるとボロボロと涙を流し始める。

 

「勇人君……私、私!」

「もう、大丈夫だからな」

「ひぐっ…!怖かった!怖がったよぉぉぉーーーっっ!!」

 

勇人に抱き着いた綾が涙を流して叫び始めた。

必死に我慢していた恐怖と安堵が混じりあって訳が分からなくなっていた。

勇人は綾に優しい言葉をかけながら頭を撫でて安心させる。

 

こうして那岐宮を襲った七宥女房という災厄は終焉を迎えたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「先輩、お疲れ様です」

「ああ、左手見せてみろ」

「え?あ、はい!」

 

デパートの裏口に降りてきた一行は車に乗って迎えに来てくれた大宮と会っていた。

黄泉沢が大宮の左腕を触って確認している、しばらくすると満足してクラレットの方を見た。

 

「クラレット、大宮を助けてくれてお礼を言わせてくれ。ありがとう」

「いいんですよ。私も友人を守ってもらいましたし」

「そうか…」

 

本当に治せるのか疑念だったが、治せる事には驚いていた。

だが、それ以上に別の事が気になっていた。

 

(新堂の言うことなら聞くか…)

 

自分が学校に赴任して来た時から何か感づいていたようだった。

そんな彼女の黄泉沢の評価は打算的、友人以外の人物をあまり信用しないことだ。

あの友人の籐矢さえ、彼女は気にするほど用心深い、このような非常識な力をさらけ出すはずがなかった。

だが、新堂の言うことなら彼女は喜んで聞いている。

弱みを握られているようには見えない、妄信的か、あるいは心を完全に奪われているのか…。

 

(後者かもしれんな、まあ新堂ならそう悪くはならないだろ)

 

幸運だったのは新堂勇人という人物がどこまでも善人だった事、

恐らく彼が手綱を握っている限りクラレットは余程の事をしないと確信できた。

 

「大宮、悪いが後始末をお願いできるか?」

「分かりました。あまりお役に立てませんでしたし、そのぐらいなら」

「籐矢も頼めるか?」

「はい」

「よし、じゃあ三人とも車に乗ってくれ、家まで送ろう」

 

そう答える黄泉沢に頷いて綾から車に乗り始める、

すると勇人は何か思い出したのか、振り返って籐矢に話しかけた。

 

「なあ籐矢」

「どうしたんだ新堂?」

「いや、お前もこちら側って奴だったんだなってさ」

「ああその事か、まあ家がそういう家系だからな」

「そのさ、俺も多分これから手伝うと思うからよろしくな」

「……ああ」

 

差し出された手を握り返した籐矢。

勇人は車に乗り込み、クラレットは無言で会釈すると乗り込んでいった。

そして車は走りだし、夕焼けの中へと消えていった…。

 

「はぁ……こんなひどいことになるなんて…」

「大宮先生、仕方ないですよ。こればっかりは」

「うん、そうだねぇ…」

 

突然の大妖怪の復活。

自然の復活なら何か月も前から準備はできた。

しかし人の手でまるで示し合わせるように復活してしまった七宥女房にたった20人ほどの犠牲で何とか出来たのは奇跡に等しかった。

熟練の退魔師が何人もの犠牲を払うであろう大妖怪、それ相手にまともに戦える新堂勇人は…。

 

「異常だな、やっぱりもっと詳しく聞くべきかな」

「異世界に行ってたって事?」

「はい、こればかりは聞いておかないと…」

「組織の話もしないとね、結構柔軟だから割と話を聞いてくれるけど、一応守らなきゃなぁ。生徒だし」

「………そういえば先生でしたね」

「確かに保険医だけど!それしかしてないけど!免許あるんだからね!?」

 

これからやらなければならない事を色々と考えながら二人は作業に入る。

最も大変なのは組織ではなく、あのクラレットを説得する事ではないかと籐矢は心の中で考えていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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樋口の家に向かう車の中、その中で勇人はつらそうな顔を浮かべていた。

今回の事件で犠牲になった人々、何も知らずに平穏な日々を過ごしていた人達。

それが一瞬で消えたのだ、恐らく残された家族ももう平穏はやってこない…。

 

「先生、今回の事件って…」

「全部行方不明事件扱いになるだろうな、記憶操作もある程度大宮がやってくれる、心配するな」

「行方不明って……七宥女房の事を伝えないんですか?」

「……新堂、お前がこの異常に触れる前にそんな話を聞いたことあるか?」

「…それは」

「それが真実だ。この国、いや世界は危険が思いのほか多いんだ。我々が陰ながら守っているがそれでも犠牲者はなくならない」

「それで行方不明って…?だけど…」

 

納得できない勇人、そんな勇人にクラレットは声をかける。

 

「勇人…人は、闇を怖がってずっと生きてはいけないんです」

「クラレット…」

「妖怪も悪霊も、闇の中にいます。あるいは友人に、あるいは家族に、あるいは恩師に、あるいは後輩に、あるいは他人に、そこまでしても気づいたときにはどうしようもない事があるんです。全ての人にそこまで背負わせてしまえば……心が折れてしまいます。伝えないのが一番の解決なんです」

「そうなのか…」

「去年の行方不明者数、7万を超えてるって知ってますか?その中の何割が彼らの犠牲になったのか…、それを知ってしまえばどうなのか、わかりますよね?」

「……うん」

「誰もが私たちの様に強い力で対抗出来るわけじゃありません。そして私たちの力を人々に与えようとすれば恐ろしい淀みを生んでしまいます。道を歩く他人すら恐怖を抱く生活が始まるんです。だから勇人、抑えてください……」

「……ゴメン、先生」

 

クラレットの言っている事は勇人は理解できた。

もし悪霊や妖怪の存在を知ればそれこそ人々は恐怖する。

そしてそれに対抗する術を教えれば今度は人に恐怖する。

時と時間がいつか解決するかもしれないが、それまでにとてつもない被害が生まれていくのは明白だった。

 

「いやいい、私達も古い時代からずっとやってる事だ。昔に比べれば格段と被害は少なくなった。だが今は活性期のような感じでな日本全国こんなものだ」

「活性期…?」

「この街を起点に霊的な魔力が放たれたんだ。それが原因で日本中で悪霊が蠢いている事態だ…まったく」

「…え?」

 

その言葉に勇人とクラレットは焦った。

なぜならその霊的な魔力はどう考えてもサプレスのエルゴによるものだからだ。

恐らく、ほんのわずかな量が勇人とクラレットがかつて通ったゲートを逆流してきたのだろう。

普通なら平気だが何せサプレスのエルゴそのものが召喚されたのだ。これは非常にまずかった。

そしてそれだけではない。

 

「ところで観測された霊的な魔力がクラレットの魔力とほぼ同じなのはどういうわけなのだ?」

「…えっと」

「分かっている、やむ得ない事情があったのだろう。二人を見てればわざとやったわけでもないし、何かの間違いと言う訳でもあるまい」

「……やむ得ない事情があったことは認めます」

「分かった。だが今は話すな、今日は疲れてるだろ?落ち着いた時にでも聞かせてもらう、それに…」

 

黄泉沢は綾の方をちらりと見る、何かを考えるように俯いている綾、

綾は一般人だ。ヤのつくようなとこの娘だが一般人なのだ。

あまりこちら側にかかわらせらくないというのが黄泉沢の考えだった。

そうこうしている内に車は綾の家である武家屋敷にたどり着いた。三人は車から降りてゆく。

 

「本当に送らなくていいのか?」

「うん、ここからならそう遠い訳でもないし歩くよ」

「黄泉沢先生、ありがとうございます」

「いや、いい。樋口、無理をせずに落ち着いたら学校に来るんだぞ?休んでもいいんだ」

「…はい」

「そうか、じゃあ次は学校でな」

 

黄泉沢が会釈するとそのまま車を走らせる。

そして車の姿が見えなくなると、勇人は綾へと顔を向けた。

 

「その…なんだ…、なんて言えばいいか…」

「……」

 

突然の非日常。

それに対して勇人は何を言えばいいかわからなかった。

自分の時は人が死ぬのは異世界慣れしてからだった。いきなりと言う事は経験がなかった。

クラレットも綾に対して何と言えばいいか悩んでいた…。

 

「人が死ぬのは見たことあるんだ。でも人が食べられるのは見た事なかった。自分が逃げるからみんな死ぬんだって、傷つくんだってわかってたけど、それでも死にたくなかった、だから逃げちゃった。これっておかしい事なのかな…?」

「おかしくないさ、誰だって死にたくないんだ。自分から死のうとする人にはきっと……もっと理由があると思う。だからそういう理由じゃきっと死ねないと思う」

「そっか…」

 

なんとなく納得できた。

自分が死にたくないって必死に逃げ回ったのは当たり前のことだったんだと。

罪悪感が薄れていった……だけどしっかりとそこに残っている。

 

「ねえ新堂君、お願いがあるんだけど」

「なんだ?俺に出来る事なら何でも言ってくれ」

 

単純な善意だった。

苦しんでいる友人を助ける為に選んだ言葉だった。

綾は気持ち疲れている表情を浮かべて答えた。

 

「名前で呼んでくれる?」

「名前?」

「うん、樋口じゃなくて。あの時みたいに綾って、なんか名前で呼ばれた時ね。凄く嬉しかったの、新堂君が――勇人君が近くにいるような気がして」

「―――ん?」

 

クラレットの眉がピクリと動く。だが気のせいだろうと考えた。

 

(いえ…あり得ませんよね。だって…ねぇ…」

 

心に思った事を途中からついボソボソつぶやいてしまったクラレット。

幸い二人にはそのつぶやきは聞こえることはなかった。

 

「えっと……改めて言うのは恥ずかしいな」

「そうかな…?」

「いや…その………うん、綾。これでいいかな」

「……うん」

 

照れくさそうに答えた勇人。それに嬉しそうに笑顔で綾は返事を返した。

 

「ずっと自分に自信がなかった…。自分には何もなくて、周りは自分には近づかなくって、先生からは期待されて、友人は出来なくって」

 

想いをつぶやいている綾、小学校の頃は優等生だった。

誰からもそれが当たり前と思われるほど、信用できる人物だった。

だが信頼は出来なかった。極道の娘として生まれた彼女に友人は出来なかった。

それはそうだ、好き好んで彼女と友人になることを許す親などいるはずがない。

だからこそ綾は一人だった。この世界で、大人たちに囲まれて、心が成長できない子供だった。

 

「でもあの日、勇人君に初めて出会った日。私の中で何か変わった気がした。ううん、変わったんじゃない変われる勇気が生まれたんだと思う」

「俺は何も…」

「でも話しかけてくれたよね?それが…嬉しかった…、同時に羨ましかった」

「羨ましい?」

「うん、私も勇人君みたいになりたいって強く想ったの、だから目指したんだ」

 

その日から綾は変わろうとし始めた。

夏美という友人を作り、勇人とクラレットと友達になり、籐矢とは話し関わりを持ち、春奈や命、克也や絵美とも関係を持った。

たった一つの出来事が彼女の周りで大きく変わっていた。

誠実な優等生から、優しいクラスメイトに彼女は変わっていった。

気づいた時に彼女の周りには多くの人が居た、彼女の本質を知る友達たちがいたのだ。

 

「勇人君に出会わなかったらきっと何も変わらなかった。私は勇人君に出会ったから変われたんだよ?」

「変われた…」

「うん、勇人君にもそういう事ってない?」

「そうだな…」

 

リィンバウムでの出来事、そこで出会った仲間、家族たち。

そこでの出会いは勇人を大きく変えた事を勇人は思い出していた。

 

「ああ、俺にもあるよ。かけがえのない出会いって奴が、綾にとってそれが俺なんだよな?」

「うん、それが勇人君なんだよ?」

 

綾はゆっくりと勇人に歩んでゆく。

とても優しそうな瞳で―――――何かを狙う視線で。

それに気づいた勇人は少しばかり引いた、だがその分近づいてきた。

やがて綾が勇人の両腕を掴んだ、そして顔を勇人に向ける。

 

「だから私もっと自分を変えようと思うんだ。ずっと我慢してきた。だけどそれでも先に進むべきだって思ったの」

「え、えっと…綾?」

「死にそうになった時、自分の中で色々と終わりそうになった時、私思ったの。終わるぐらいならあの時って、後悔した……。だから後悔したくないの」

 

綾は両腕から手を放して大きく腕を広げる。

 

「私…!勇人君の事が好き!初めて出会ったあの日からずっと!!」

 

グッと勇人の頭に手をやると勇人は自分に近づけた。

そして同時に自分の顔を勇人へと近づけてやがて二人の唇が触れ合った。

 

「……ん」

「んぅっ!?」

「ひぅっ!?」

 

各々の反応は異なった。

綾は勇人とキスの感触を忘れないように目を瞑っている。

勇人は混乱状態だった、確かに不審な行動はしたがまさかこれになるとは思わなかったのだ。

そしてクラレットは機能停止してた。嫉妬やら愛憎やら色んなモノがグチャグチャでまともに思考出来なかったのだ。

ちなみに勇人とクラレットは未だキスをしていなかった。セカンドキスはまさかの友人に奪われていた。

 

「……うん」

「………ぇ!?」

 

二人の顔が離れツゥーっと口元に光るものが見えた。

綾は満足そうな表情を浮かべる、勇人は驚愕と戸惑いを抱いていた。

 

「初めてのキスだから忘れないでね。勇人君」

「……ぁ、うん」

「ふふ」

 

綾がカギを取り出して武家屋敷の扉を開けて入ってゆく。

扉を閉めるときに綾は呆然としているクラレットに向けて答えた。

 

「私ね。勇人君を独り占めする気はないよクラレットさん。一緒に勇人君を幸せにしようね!」

 

そのまま扉を閉じてゆく綾、ガチャンと重い音がなり綾は家の中へと入って行った。

 

「「・・・・・・・・」」

 

お互い無言だった。

というよりも状況が追い付かない、樋口綾がいつの間にか勇人に恋心を抱いていた事実が驚きだった。

ある意味、七宥女房の戦いよりも驚愕だったのだろう。

 

「………ぇ、えぇぇ~」

 

僅かに正気に戻った勇人が少し赤い顔をして自身の口に手を添える。

驚愕がとても大きいが嬉しさは――――なくはなかった。

人に好かれる事を嫌う少年ではないのだ。

 

「――――うして」

 

だがそれを素直に喜ぶには色々な条件が存在する。

まず最も大事なのが、恋人がいるかいないかである。

 

「どうして避けなかったんですかぁぁぁーーー!!!!!」

「えぇぇぇぇーーー!?」

「勇人!あなた誓約者ですよね!あれぐらいスッて避けてくださいよ!!」

「いやいや誓約者とか関係ないだろ!?それにほとんど不意打ちで…」

「私…私…まだ勇人とキスしてないんですよ!?なのに二回目も他人に奪われて……!」

「他人って……ん?なんでクラレット初めての事知ってるんだ?」

「そんな事どうでもいいじゃないですか!」

「どうでもって…」

 

涙目で怒るクラレットを見ながら確かにそうだよなと勇人は少しばかり思っていた。

恋人にも関わらず既に二回も他人にキスを奪われているのだ。憤慨するクラレットの気持ちをある程度理解できる。

 

「じゃあその……するか?キス?」

「……本気で思ってるんですか?」

「え?」

「こんな、人の家の前で、成り行きで、キスを?」

「だ、だめなのか?」

「ダメに決まってるじゃないですか!全然ロマンチックじゃないじゃないですか!綾がロマンチックなキスをしてその次に仕方なくキスなんて!まるで、まるで負けてるじゃないですか!私絶対キスしませんからね!」

(めんどくせぇ…)

「それよりも、少し嬉しそうでしたよね?」

「え?」

「綾にキスされて嬉しそうでしたよね?」

「いやその……そんなことはない」

「私の目をじっと見てください……嘘なら見抜きますよ?」

 

互いに目をじっと見つめあう二人、そこに甘い雰囲気も何もあったもんじゃなかった。

あるのは相手を見抜こうとする女の眼光だけだ。そして勇人はそれに臆してしまい少し目をそらしてしまった。

 

「はい嘘ですね。お仕置きです」

「はっ!?」

「目をそらしたと言う事はやましい事を思っていると言う事です。お仕置きです」

「いやいや、理不尽だろそれ!?めっちゃ睨んできてたじゃないか!?」

「ええ、理不尽ですよ?だって…だって…!!」

 

右手からバチバチとサプレスの電撃を生み出すクラレット。

尻込みして勇人は一歩、また一歩と後ろに下がってゆく。

 

「勇人が私以外にキスされたんですからぁぁぁーーー!!!」

「うわあああああぁぁぁーーーーっっ!!!」

 

全速力で自宅へと走り始めるハヤト。それを追いかけ始めるクラレット。

夕闇が那岐宮の街を包む世界で、青紫の光が何度も少年を襲うのだった。

 

「……ふふ」

 

そんなクラレットの怒声を聞きながら扉の裏に背中を付けて話を聞いていた綾は笑った。

別にクラレットを笑った訳ではない、彼らの在り方を嬉しく思ったのだ。

 

(やっぱりクラレットさんは私と同じなんだね)

 

自分同じ、好きになった相手を手放さない意思。

元々あった気質が記憶が戻った事によりさらに強くなっていた。

ただ綾は気づいていた。自分では勇人の一番になれない事を。

 

(時間も、強さも、容姿も、たぶん全部敵わない。でもほかにも方法があるんだよ?クラレットさん)

 

彼の一番になる事を早々に諦めた綾。

どこか打算的で、何より妥協する事をすんなり決めたのは彼女がクラレットの事も好きだったからだ。

その本質も、勇人を思う気持ちも、周りを取り繕う今の姿も、全て好印象だった。

 

(二番でもいい、彼の中でかけがえのないくらい大きい存在になればそれで…)

 

やわらかい笑みを浮かべながら綾は思考する。

どうすれば彼の心に残るか、どうすれば彼の想いを受け取れるのか。

 

(とりあえず手当たり次第に頑張らないとね!)

 

えいえいおー!とやる気を出した綾は歩み始める自分の想う理想を得るために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

「どしたの勇人、そんなにボロボロになって」

 

月曜日の学校、学校中那岐宮で起きた事件の話題で持ちきりだった。

だがそれを解決した当の本人はどこか疲れた雰囲気を発している。

 

「いやな、クラレットとちょっとな…」

「ふーん、ねえクラレット?勇人となんかあったの?」

「つーん」

「な?」

「完全にこじらせてるわねこりゃ。そういえばさー、日曜日に電話して来たわよね?あれって…」

「おはよう!勇人君!それに夏美にクラレットさん!」

「うおっ!?」

 

突然二人の間に現れた綾に驚く勇人。

そんな綾の手には大きな包みがあった。

 

「お、おはよう…」

「ねえ勇人君!私ね。勇人君にお弁当作ってきたんだよ?」

「え?」

「だからね、お昼休みに一緒に食べよ?」

 

クラスの空気が変わってゆく。

男子は驚愕の表情を浮かべ、女子はワクワクしながら二人を見始めた。

そんな時、特に気にしないでボーっとしていた夏美は綾に聞いた。

 

「え?なに?綾って勇人の事好きになったの?」

「うん私、勇人君に恋したんだ。告白もしたんだよ」

 

キャー!っと黄色い声がクラス中に響き、男子の視線は嫉妬の塊に変ずる。

その雰囲気に勇人は飲まれ始めていた。

 

(やばい、この空気はやばい!何とか綾を止めないと…)

「な、なあ綾、そういう事って学校じゃ――」

「あれ?何々?勇人ってもう綾と名前で呼び合う関係になったの!?」

「頼む夏美!少し黙ってくれ!」

 

頭を抱える勇人、先ほどから夏美が火に油どこらかガソリンぶっかけ続けてるのだ。

正直勘弁してほしかった。そんな中ゆらりとクラレットが席から立った。

 

「樋口さん?私は認めてないですよ?」

「認めるのは勇人君だよ?クラレットさん?」

「いえ、まず私です!それに勇人のご飯は私が作って来たんです!必要ありません!」

 

ドン!と机の上に置かれる勇人のお弁当。

それを見て、喧嘩してても作ってきてくれたんだと勇人はほっこりする。

 

「大丈夫だよ?クラレットさんの分も作って来てあるからね?」

「私の分…?」

「それに私言ったよね!一緒に勇人君を幸せにしようって?」

「うわぁ!勇人ハーレムじゃん!両手に花じゃん!良かったねぇー」

「夏美ぃぃぃー!黙ってくれぇぇー!」

 

夏美が今度は燃え盛る業火の中に爆弾を投げ入れる。

お弁当を握りながらクラレットの額に青筋が勇人には見えた気がした。

 

「勇人は私のお弁当で満足してますから必要はありませんよ?」

「でも、たまに外食したりするでしょ?それと同じだよ。クラレットさんの料理は安心感を与えるしどんな料理でも飽きているわけじゃないけど、勇人君は慣れていると思うの。だから私のお弁当も食べてほしいなって?ダメかな?」

「ダメです」

「ダメかぁ~~、なら勇人君に聞くね」

「え?」

「勇人君!私のお弁当食べてくれるよね?」

「え……えっと……」

「―――――」

 

クラレットがこっちを睨みつけている、だけとこんな大きな弁当を作ってきてくれた。

ここで断ってしまうのはアレすぎる…だけど……。

そして勇人は思いついた。

 

「夏美と籐矢も一緒に食べるならいいよ」

「え?ホント!?やった!」

「なんで僕を巻き込んでるんだ新堂…」

 

夏美は友人、籐矢は昨日の事があり綾にとって恩人の一人、なら何も問題がなかった。

 

(計画通り)

 

ただ一人、綾が自分の目論見がすんなりと通ったことを除けば。

 

(いきなり勇人君と一緒に食べるのは不可能。そこでクラレットさんを巻き込んでおく。だけどクラレットさんは絶対にそれを認めない。ならどうすれば?それは勇人君を誘導して夏美とついでに深崎君を巻き込んでしまえばいい。私に大事なのは外堀を埋める事…、知人!友人!家族!それらを埋めれば自動的に私の勝利!クラレットさんはどうあがいても逃げる事が出来なくなる!)

 

まさに完璧な計画だった。まずは自分の関係をクラスに明かし、

お弁当という俗物的なもので夏美を取り込んでゆく。気づいた時にはもうどうにもならなくなるという結末だった。

 

(とか考えてるんでしょうけど、そうはいきませんからね――!)

 

だがそんな事、クラレットを早々に把握していた。ぶっちゃけお弁当を取り出す所から。

 

(先に外堀をコンクリで固めるが如くがっちりさせてしまえば私の勝利。貴女の想うようにはいきませんよ。綾!)

(二人まとめて愛してあげるからね。勇人君!クラレットさん!)

 

ここにどこかずれた危険な女の戦いが勃発するのだった。

そんな女の戦いが起こり始めているとき勇人は……。

 

「ねえねえ!新堂君いつから樋口さんと名前を呼び合うようになったの!?」

「え、えっと昨日から」

「新堂君はどっちを選ぶの?もしかして二人とも!?」

「いや、だから…」

「新堂君!あなた二股するなんて人として恥ずかしくないの!?」

「恥ずかしいよ!だから困ってる――」

「新堂てめぇ…!俺たちの…俺たちのクラスのマドンナを二人を占領しやがって…!!」

「そうだ!そうだ!一人ぐらい寄こせ!」

「綾ちゃんに代わるならクラレットちゃんをくれよ!」

「おい最後の奴、ぶっ飛ばしておくから顔出せ」

 

転校生ばりの質問攻めにあい、クラス全体の協議の結果、

最終的に勇人が悪いという結論に達した。

女子たちはどっちか、もしくはどちらも早く決めなさいとせかされ。

男子に至ってはクラスの上位二人を手籠めにしたのだ。その嫉妬は彼を襲う。

 

「「「「「おのれ!新堂~~!!」」」」」

 

その結果に勇人は頭を抱えてこう思った。

 

「どうしてこうなった!!」

 

その答えを彼に言う人物は誰もいない……。

 




やる気ゲージが完全にゼロになってしまい。
唐突にこんな話なんで書いてるんだろ。っという気持ちに、
正直蛇足編なんですけど、綾を勇人と絡める為にはこれぐらいしないとと1年前に思ってました。
次は日記編ですかね。
この後起こった事を、簡単に纏めて、リィンバウムでの出来事もサクサクしたいです。
ではではまた次回、ご愛読ありがとうございます。

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