「姫はここに隠れていてください」
辺りは星の光さえも遮る暗闇に包まれていた……ここはかつてドムドーラと呼ばれた町。
今はモンスターの巣窟と化したこの町へ、僕達は侵入を試み成功した。そしてとある壊れた家の中に姿を隠し、僕はローラ姫に言う。
「しかし勇者さま……」
家を出ようとした僕の腕を引き戻すようにローラ姫がつかんだ。
しかし僕はその手を引き離し、逆にローラ姫の手を両手で包んで、その顔をジッと見つめる。
「大丈夫です。僕は必ず帰ってきます……僕を信じてくれるなら……待っていてください」
ローラ姫は僕の目をしばらく見つめ、そして目をそらしてひとこと。
「……勇者さまは、ずるいですわ」
「え?」
「そんな風に見つめられて言われたら、何も言えなくなってしまいます……」
僕が包んでいる手と反対の手を口元に持っていくローラ姫。人は感情を手で表すと言う。
その手は明らかにローラ姫の不安を表していた。
ローラ姫は僕を信じていないわけじゃない……けど、この廃墟のモンスターの数を見るとやはり不安になってしまうのは僕も同じだ。
「あはは、申し訳ありません。でも大丈夫ですよ。僕にはローラ姫との約束もありますからね」
僕は何故か素直に笑えた。
でも、この町のモンスターの数を気に留めないほど、うぬぼれてはいないつもりだ。
自分でも不思議だ。妙に心が晴れやかだ。
「どうして――」
「?」
「どうして……このような状況で笑うことができますの?」
ローラ姫は不安に震える手で、僕の手をギュッと握り返す。
「さぁ、何故でしょうね。しかし……」
「しかし?」
「しかし何故か……何故かローラ姫を見ていると不思議と不安が消えて逆に勇気が湧いてきます」
これが僕の素直な気持ちだった。
ラダトームにおいてローラ姫の人気は絶大だ。その理由はたぶん今の僕は誰よりも分かる。
鈴のような声と太陽のような明るさ、そしてその天使のような微笑は、国民の全てを勇気付けた。
誰もがローラ姫が居るからこそ、竜王によってもたらされた血と混乱による暗黒の世であっても希望を持って生きることができた。
だからこそ竜王もローラ姫を連れ去ったのだろう。
今なら分かる。竜王が唯一特別視して連れ去った人間……ローラ姫の力。
彼女の存在こそが人々を勇気付け、希望を、未来を信じさせることの出来る力なんだ。
そして今、僕はその力を最も強く受けている。これほど心強いことは無い。
ある種、無謀とも言えるドムドーラへの単独突入だけど、何か無事に帰って来れそうな気がする。
そんな未来を信じることができる気がする。
確かに……他にもメルキドで有り金のほとんどを費やして装備を揃えたと言う事もある。
炎の剣、魔法の鎧、水鏡の盾……今アレフガルドで手に入る武具でこれ以上のものは無いはずだ。
今の僕は、精神的にも肉体的にも装備的にも全てが充実している。
「そ……そんなこと知りませんわ」
ローラ姫は僕に背を向けてしまった。
「ローラ姫……」
僕は何か言おうと思って手を出したが、やはり引っ込め、僕もローラ姫に背を向ける。
このまま前に進めば、モンスター溢れるドムドーラの町中へと行くことが出来る。
「ローラ姫……よく見ておいて下さい。ドムドーラは僕の生まれた町。そしてここが…………僕の家です」
「―――!?」
後ろで布の擦れ合う音が聞こえた。ローラ姫がこちらに向き直ったんだろう。
「…………行ってきます」
僕はそのまま振り向かず、ひとこと残して町中へと駆け出した。