バリバリ……!
「うあぁぁぁぁぁ!!!」
竜王の牙はさらにロトの鎧を突き破って、もがく僕の腹と背中に食い込んでくる。
僕は両手で竜王の口を押し開けようとするが、魔獣と化した竜王の力の前ではビクともしない。
剣で竜王の口を攻撃するも、踏み込みも出来ず、食い込んだ牙のせいで腹に力も入らないような今の状況では、せいぜい竜王の薄皮一枚切るのが精一杯。
目を狙おうにも、僕は剣を右手に持っている。竜王の目を狙うには左手で剣を持たねばならない。
そして剣を持ち換えようにも、僕の身体が竜王の牙にガッチリと咥え込まれて固定されてしまい、とても捻ることが出来ない。
――万事休すか!
そう思った瞬間、僕の視界が急にぼやける。
張り詰めていた緊張の糸が切れたせいで、意識が薄くなってくる。
竜王に咥えられた僕は、手足がダラリと垂れ下がり、まだ余力はあるハズなのに、もう力が入らない。
身動きも取れず、最後の砦であったロトの鎧すら砕かれた事で、僕の心に絶望の二文字がチラついてくる。
僕の身体は絶望ゆえに死の苦痛から逃れるべく、その活動を止めようとしていた。
「勇者さま――!」
「――!」
遠退きかけた意識が唐突に呼び戻された。
コツン
「?」
何かが僕の頭に当たった……これは……魔法の鍵?
ぱすん
今度は薬草の入った小袋が顔に落ちてくる……なんだコレは?
朦朧としていた意識がようやく覚醒してきた。
「このっ! このっ! 勇者さまを離しなさい!」
意識を取り戻した僕の目に飛び込んできたのは、僕を助けようと道具袋から手当たり次第、竜王にアイテムを投げつけているローラ姫の姿だった。
もちろん竜王にしてみれば蚊が刺した程のダメージも無い。しかも半分くらいは僕に当たってる。
ゴン!
「あいたっ!」
今までの軽い衝撃から一転、僕の頭に堅いものがぶち当たる。
それは僕の頭にぶつかって竜王の口の上を転がり……僕の左手に収まった。
「……たいまつ」
これは痛い。
思いっきり投げられ、回転するたいまつが僕の頭に直撃したのか。
どこを狙っているのか分からないけど、ローラ姫も狙いが良いのか悪いのか……ん?
――たいまつ!?
絶望に活動を止めようとしていた身体に、火が灯ったように活力が舞い戻ってくる。
僕はたいまつを持ったまま左手を竜王の目に向ける。
「ギラッ!」
左手から放たれた閃熱はたいまつを介して、竜王の目に当たる。
……が、直前に竜王のまぶたは閉じられ直撃には至らない。これはたぶん何回打っても同じだ。
しかし僕の狙いはたいまつに火をつけること。
「くらえっ!」
僕は火のついたたいまつをまぶたの中へ強引にねじ込んだ。
いかに竜王の皮膚が熱に強かろうと、竜王の力が人間のそれとは圧倒的にケタが違うと言っても、僕がたいまつをまぶたの中にねじ込む力と、竜王のまぶたを閉じる力を比べれば、さすがに僕の方に分がある。
「ギガァァァァァ!!!」
「うわっ……!」
竜王は片目をつぶし、その苦しみから口を離したが、もちろんそこに支えるものなどありはしない。
僕はそのまま落下するが、なんとか受身を取ろうと空中でもがいた。
ズガン!
「――ぐっ! ちゃ……着地成功……で良いのかな……」
なんとか頭からの落下だけは免れ、足から落ちることができた……が当然無理な体勢で落ちたせいで無事と言うわけでもない。左足があってはならない角度に曲がってしまっている。
僕は竜王の苦しんでいる隙を逃すまいと、痛みを堪えて足の形を整え、ベホイミをかける。
「ゆ……ゆうしゃ……さま。ご無事でしたか……」
「あ、ローラ姫。先ほどは助かりまし……た!?」
僕の言葉がひっくり返った。
目の前にたたずむローラ姫は顔色を失い、それはまさに顔面蒼白と言う状態だった。
「諦めたらダメじゃないですか……勇者さまはローラの、アレフガルドの皆の希望なのです。あのくらいのことで諦めてどうするのですか……!」
厳しい言葉とは裏腹に、ローラ姫の身体はガクガクと震え、その瞳からは涙がこぼれていた。
そしてそんな状態で僕にニッコリと強がって微笑んでくれた。
「…………」
僕は何も言葉が出なかった。
きっと怖かったに違いない……僕が死にそうになっていた事も、さっきのアイテムを投げた行為も。
非力なローラ姫も、やはり僕と一緒に必死に戦っていた。
僕の心の中に、未だかつて無いほど爆発的に闘志が湧いてきているのが分かった。
ああ、やっぱりこの人は僕に無限の勇気を与えてくれる女神だ。
「僕は姫に助けられてばかりですね……こんな情けない子孫を持って、御先祖様もさぞ嘆いている事でしょう」
僕は冗談交じりで、にこやかに話を振った。もちろんベホイミはかけ続けている。
「いえ、そんな事はありませんわ! 勇者さま――いえ、アレフさまと言う子孫を持ったことに勇者ロトも、きっと誇りに思っているでしょう。勇者ロトでさえ、3人の仲間と共に戦いをくぐり抜けています。ですがアレフさまは、たった御一人ですわ!」
僕の冗談をローラ姫はまくし立てるように全力で否定する。
「いや……」
そして僕はローラ姫の言葉にひとつの訂正を付け加えた。
「僕は一人じゃない……ローラ姫も入れて二人ですよ」
「――!?」
僕の言葉にローラ姫は、驚いたように目を丸くして、そして再び満面の笑みを向けて答えた。
「はい! 勇者さまの足手まといになりませんよう、ローラも頑張ります!」
僕の言葉に奮起するローラ姫だが、僕は『足手まといなんてとんでもない。これ以上無いほど助けられていますよ』……と心の中でつぶやいた。