「哀れな男の話……?」
困惑する僕に構わず竜王は話し始めた。
「昔、勇者ロトが現れた時代……ある神山の頂に大きな城があったと言う。そこには神の一族が住み、代々その城と、そこにある天界と地上をつなぐ光の道を守る使命を受けていた」
「天への道……」
僕はその言葉に覚えがあった。
伝説の勇者ロト……闇を討ち払った後、いずこかへ姿をくらました。
ロトのその後には諸説あるが、その中のひとつにその言葉は出てくる。
『勇者ロトは、闇を討ち滅ぼした功績を認められ、精霊ルビスに招かれて天への道を登って行った』
その話に出てくる天への道なのか……竜王の話は続く。
「ある時、その城に不死鳥にまたがった人間がやってきたと言う。当時の城の主は、闇の侵略を感じてはいたものの余命いくばくも無かった為、その人間に光の秘宝を託して闇を祓うことを願い、自らは一族の使命を受け継ぐ新しい命を生み出そうとしていた」
不死鳥にまたがった人間……勇者ロト。伝説に名を残せし不死鳥ラーミア……間違いない。
これは勇者ロトの伝説にある神山に住まう神の話だ。
そして話の内容から、その光の秘宝とは光の玉だと予想した。
「そして人間が去り、その城の主は残った命を燃やし、新しい命を生み出して亡くなった。生み出された命は、その城の主となり光の一族として使命を受け継ぐはずであったが、その者は卵から生まれる前に闇によって強奪されてしまった」
『――えっ!?』
僕とローラ姫は同じ声を上げた。
確かに勇者ロトの伝説には『神山の頂にそびえる城。その主、ロトに光の玉を託し、新たなる命宿りし卵を生み、力尽きる』とある。
しかしロトの伝説には、その後、その卵がどうなったのかまでは記されていない。
竜王の話は続く……
「その者は、光の宿命を持ちながら、闇によって闇に生きる運命を定められた。しかし運命のいたずらは再び起きた。その者に闇の運命を与えた者が、皮肉にも光の秘宝を持った人間によって討ち滅ぼされてしまった。本来、その者は光の宿命を帯びていた故、光を飲み込む為、闇の侵食を受けている最中であった。しかしそれが途中で途絶えてしまったのだ……その者にとっては、闇に染まっていた方が幸せだったのかもしれない。光を打ち消す闇の侵食が中断されてしまったことで、結果としてそのどちらにも染まらぬ不安定なひとりの男を作り上げてしまった」
「竜王……」
僕はかける言葉が見つからなかった。
いくら何でもここまで聞けば分かる……これは竜王自身の話だ。
見れば竜王の目はすでに焦点を失い、その瞳は虚空を彷徨っている……しかしそれでも話は続く。
「光でも闇でもない中途半端な存在となってしまった男は、己の内で絶え間無くぶつかり合う光と闇の狭間で、長きにわたり苦悩し続け……ひとつの答えを作り上げた。それは問うことだった。なぜ神は自分が闇にさらわれた時に助けなかったのか、なぜ精霊ルビスは闇が消えた後に、自分を救いに来なかったのか。男は思った……神は自分を見放したのかと。だが、自らの内に在る光の宿命はその答えを許さなかった。しかし闇の運命もまた神を信じることを許さなかった。ならば問えば良い――神に。自分が忌むべき闇の者であれば光すらも飲み込んでやろう、自分が気高き光の者であれば闇を克服して見せよう。そして男は光の者として静かに神を待った。思い出すのも億劫になるほどの、自らの存在そのものを忘れてしまうほどの年月を待った。しかし神は現れなかった……男は神が自分を見放したと思った。そうか、ならば闇で光を飲み込んでやろう……男は決意した」
少しずつではあるが、竜王の声が小さくなっている。
すでにその身体には死の浸食が始まっている……しかし僕はこの話を聞かねばならない。
竜王と言う男の存在を僕自身の心に残す為に、その存在した事実を無くさない為に。
「今度は闇の者として、男は再び神に自らの存在を問うことにした。そして自らを生みし者が人間に預けた光の秘法を探し当て、それを奪い、封印を解き放って平穏を揺るがした。自らが生み出せし地を闇に染めようとする者があれば、必ず神は現れると思った……しかし、男の期待は再び裏切られた。神は代わりの者を男の前に遣わせた……人間だ。その時、男は思った……自らが討ち滅ぼされるべき闇の者として審判が下されたのだと。そしてその男は目論見通り滅ぼされたのだ。哀れなるはワシ自身よ。光にも闇にも染まることもなく、ただ自らの内でぶつかり合う力の狭間で己の存在意義を延々と探していたのだ……それこそがワシの目的よ」
「…………っ!」
人間……それは精霊ルビスに認められし勇者ロトの血を引く……僕だ。
全ての偶然は神が仕組んだ必然だったのか……僕はその手の中で怒り、悲しみ、喜んでいたのか。
僕は僕の為だけじゃなく、僕を支える数多くの人たちの為に戦って来た。
それは……僕の意志じゃなかったのか? 僕は神の手駒として、繋がれし鎖の中で踊っていただけなのか?
「アレフさま!?」
僕は腰が砕け、その場にへたり込んでしまった。
ローラ姫が僕に何か語りかけるものの、その言葉は僕の耳には届いていなかった。
僕は神の手駒として竜王に裁断を下しただけだったのか。
それじゃあ僕は一体誰なんだ? 僕は神の手駒として生み出されたのなら僕の……勇者ではなく僕自身としての存在意義は?
僕の父さんも母さんも、そして2人が死んだのも全ては僕を勇者として神の手駒とし、竜王を始末する為に仕組まれた偶然だったのか。
「勇者アレフよ……例えお前が神の使いであったとしても、ワシの光と闇の葛藤から救ってくれたのは、人であるお前自身。人としてのお前の力にワシは敗れたのだ。勇者アレフよ……誇れ、ワシを倒したことを。ワシを神の手駒に敗れた道化にしてくれるな……」
「……竜王」
僕は顔を上げた。
「その通りです。それは神などと言う得体の知れない者の仕業ではありません。全てはアレフさまが、アレフさま御自身の手で成しえたこと。ローラがお慕い申し上げるアレフさまの御手によって……」
「わっ……!?」
花のような香りがふわりと僕を包み込む。
ローラ姫の手が僕の首に回され、心地よい感触と重さがかかる。
「アレフさまは誰でもありません。アレフさまはアレフさまです!」
ローラ姫は小さく震えていた……そして僕を包み込む手に力がこもる。
それは僕の存在を確かにする。僕の感じている、触れているこの感触が僕と言う存在を明確にする。
「勇者アレフよ……ワシの命が尽きる前に、ワシが受け継ぎし光の玉を再び勇者に託そう。そしていつか罪を償ったワシの子孫に、それを渡して欲しい……光の玉は玉座の下の祭壇の間にある。かつて勇者ロトが闇を討ち滅ぼしたその場所に……」
「分かった。その願い、必ず未来へと伝えよう」
僕は竜王の手を取り、その前で誓った。
その言葉を聞き、竜王は力無く僕の手を握り返し、そのまま眠るように力尽きた。
竜王……僕達は似たもの同士だったんだな。
僕は光を信じて人として光の道を歩み、お前は光に背を向け、闇の者としての闇の道を歩んだ。
僕はもう一人の竜王であり、竜王はもう一人の僕だったのかもしれない。
同じく光の宿命を持ちながら、その運命は光と闇の2つに分けられた。
僕は竜王の光の宿命を示す存在として生み出され、闇の運命に身を任せた竜王の前に立ちはだかったのかもしれない。
そしてここに闇は滅んだ。