「おおっ――!」
僕は城の外に出るなり感嘆の声を上げた。
毒の沼地は砂の底に消え、荒地には色とりどりの花が咲き乱れ、アレフガルドに平穏が戻っていた。
そして心なしか草木はいつもより青々としていて、訪れた平和を喜んでいるように思えた。
あたりにはモンスター一匹とて見つけることが出来ない。
「しかし本当にモンスター達が消えたみたいですね……」
僕は小さく漏らす。その口調は素直に喜んでいるようには聞こえなかっただろう。
実のところ、僕は竜王の事を思うと心の底からこの平和を喜べない部分がある。
この平和は竜王とモンスター達の犠牲の上に成り立つものであり、逆に言えば彼らが居なければ、この平穏な日常を『平和』と感じることも無かったんじゃないかと思う。
竜王を見ていて思ったことがひとつある――
そもそもモンスターとは滅んで当然の忌むべき悪なのか? じゃあモンスターを『悪』と言う基準は? 人を襲うから? それなら普通に人を襲う肉食獣だって居るじゃないか。
ドムドーラで戦った悪魔の騎士……彼はドムドーラを滅ぼしたが、彼の性質は『悪』かと言われれば首をひねらざるを得ない。なぜなら彼は立派な戦士だったからだ。
もちろんドムドーラを襲って町を滅ぼしたと言うことは『悪』なのかもしれない。
だったら僕は? モンスターを滅ぼした僕は同じく『悪』なんじゃないのか?
そもそも僕の中にある善悪の基準なんて、あくまでも『人間の善悪』であって、それは他の生物には通用しない。
人間にとって『竜王』が諸悪の根源であったように、モンスターにとって『勇者』とは諸悪の根源であるのかもしれない。
ただ竜王だけは、それを飲み込んだ上で、どちらを選択しようとも『それもやむなし』と割り切っていたが、僕はそこまで割り切れるほど生きてはいない。
ドンッ!
「?」
ローラ姫は僕の背中を肘で小突く。
「アレフさま! せっかく平和が戻りましたのに、そんな暗い顔をなさってはいけません! 確かに、あの方の事を思う気持ちは分かります。しかし過去ばかり振り返って今を忘れてはなりません。なぜならわたくし達が生きているのは"今"に他なりませんのですから。過去は過去として未来への教訓とし、今は今として精一杯生きること! 過去に囚われて"今"を忘れてはいけませんわ。そのような事はきっとあの方も望まれておりません……」
「ローラ姫……そうですね。今は、今この瞬間にある平和を喜びましょう!」
僕はローラ姫の言葉に気持ちを切り替えて、今この瞬間の何も無い平穏と言う幸福を堪能した。
「その意気です。アレフガルドを救った英雄の凱旋に暗い顔は似合いませんわ」
そう言ってローラ姫はクスクスと笑う。
僕達はルーラでラダトームへ帰らず、平和になったアレフガルドを歩きながら帰った。
半分観光目的だけど、半分は本当にモンスターが居なくなったのかを確認する為でもある。
寄る街の先々で平和を祝う人々や、唐突に訪れた平和に未だ実感を持てず戸惑っている人も居た。
また、ところによっては平和が訪れた事に気付いてない人もいたりして、その抜けている様が僕達により平和を実感させた。
本当に平和は訪れていた。
「そろそろ帰りますか……きっと王様も首を長くして待っているでしょう」
「そうですね。父上には随分と気苦労をかけてしまいました。早く帰って安心させてあげなくてはいけませんね」
最初にリムルダール、次にマイラ、ガライ、メルキド……ドムドーラでは街の復興が始まっていた。
すでに平和はアレフガルド全土へと広まっていた……もう『勇者』は必要ない。
僕の勇者としての使命は終わろうとしている……ラダトームへと戻り、全てを報告した時、僕は勇者としての使命を終える。
そして今後は、ただの『アレフ』として、自分の生き方を探して行きたいと思う。
そうだ、旅に出よう。
アレフガルドではない別の大陸へ行って、新しい自分、新しい生き方を見つけていこう。
ラダトームの皆や、ローラ姫と別れてしまうのは辛いけれど、僕は『勇者』ではない自分を知りたい。
アレフガルドに居ては、僕は永遠に『勇者』としての拘束から逃れることは出来ないだろう。
僕は竜王を倒す為だけに生まれたわけじゃない事を証明したい。
ラダトームへの街道を進み、僕は密かに決意していた。
「……あの」
どこか悲しそうに僕の顔を見つめて、何かを言いかけるローラ姫。
「……? どうかしましたか?」
「あ、いえ……なんでもありませんわ」
しかし僕の言葉に小さく笑いながら手をヒラヒラと振って、その言葉を飲み込む。
そんなローラ姫の顔は、心なしか少し曇っているようにも見えた気がした。
ローラ姫……
戦いばかりだったけど、ローラ姫と一緒に居たせいか、どこか有意義な冒険だった気がする。
つらい時にはいつもローラ姫が励ましてくれた、ピンチの時には必死に僕を助けようとしてくれた。
ローラ姫には、いくら感謝しても足りないくらい感謝している。ローラ姫が居なければ、この冒険を乗り切ることは出来なかった……絶対に。
だけどそれを思うと、僕の決意はどこかローラ姫を裏切っているような気して、少し心が痛んだ。
ラダトームはもう目の前だ。