ラダトームの城へ戻ってきた僕達を待っていたのは、通路の左右に並んだ兵士達だった。
そしてその先には王の間から降りて、首を長くして待っていた王……ラルス16世陛下。
「おお、ローラ! よくぞ無事で戻った!」
僕たちを見るなり、王様はローラ姫に飛びついて抱きしめる。
「誰か、はよう姫の手当てを!」
王様の命を受け、兵士2人がローラ姫を彼女自身の部屋へと連れて行く。
途中、ローラ姫は名残惜しそうにこちらを振り向き、その瞳で僕に何かを訴えていた。
「…………?」
僕は何だか良く分からないけど、とりあえず小さく手を振っておいた。
そしてローラ姫を見送った王様は、僕に向き直り本題へと移る。
「アレフよ。この度のそなたの働き、まことに見事であったぞ。全ては古い言い伝えのままであった! すなわちそなたこそは勇者ロトの血を引く者!」
――えっ!?
ちょっと待って。
僕って勇者ロトの血を引いた者だから、王様に命を受けて冒険したんじゃないの?
勇者ロトの血を引いている人物は、結果から証明されるものなの!?
そうすると、もしかして僕の他にも『ロトの子孫かも?』って理由で冒険してた人とか居たりして……
「…………」
僕は額に嫌な汗がにじみ出てくるのを感じた。
……考えないようにしよう。
「王直々の御言葉……身に余る光栄です」
僕は頭をよぎった色々な事を頭の外へ放り投げ、ひとまず形式的な言葉を王様に返しておく。
もしかしたら『自称ロトの子孫』でもたくさん出てきたのかもしれないなぁ……などとくだらない事を考えながら片膝をついて恭しく礼をする。
この謁見が終わったら、人知れず旅に出よう……僕は勇者としての宿命を負って生まれてきたのかもしれないが、アレフガルドから闇が消えた今、もう僕が勇者である必要は無い。
じゃあ、勇者として生まれた者が勇者で無ければ何になるのか……?
もちろんそれは分からない。だけど僕にはまだそれを考える時間は充分にあるはずだ。
僕は様々な事を考えながら、王様の話のほとんどを聞き流していた。
しかし。
「そなたこそこの世界を治めるにふさわしいお方なのじゃ!」
「…………ぇ?」
唐突な王様の発言に、僕は一瞬その言葉の意味が分からず考えた。
そして、その言葉の意味するものに思い当たった時、僕は心の中で叫んだ。
えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
「どうじゃ? わしに代わってこの国を治めてくれるな?」
いや、それは無理!
僕は心の中で即答した……しかし王様は承諾の答えしか待っていない。
ここは何とか言い繕って断らなければ……考えろ! 考えるんだアレフ!
頭をフル回転させ、必死に考えをめぐらし、何とか答えを導き出す。
僕は答えた。
「いいえ。もしも私の治める国があるのなら、それは私自身で探したいのです」
短時間で考えたわりには、それなりの答えを出せた。
そして僕の言葉に、王様は眉間にシワを寄せて困ったようにしばし考え、僕に言う。
「そうか……残念だが、そう言うことならば止めはしまい。そなたにはそれだけの資格があるのだからな。アレフよ、気をつけて旅立つのじゃぞ……」
「はい。わがままを言って申し訳ありません」
僕は王様に改めて一礼し、勇者アレフとしてではなく、ただのアレフとしての新たな一歩を踏み出そうと王様に背を向けた。
「待ってくださいませ!」
僕が歩みだそうとしたその時、背後からのローラ姫の声が僕を引き止めた。
振り返れば、ドレスのすそを持ち上げて小走りに来るローラ姫の姿が見えた。
「ローラ姫……」
その姿を見て僕はボソリと呟いた。
出来れば顔をあわせずに旅立ちたかった……ローラ姫の顔を見てしまうと、後ろ髪引かれる思いで旅立つことになる。
「アレフさま……どこへ行かれるおつもりですか?」
ローラ姫は息を切らして胸を押さえ、僕を見つめて困ったように笑いながら問う。
「…………」
そして僕はその問いに答えることが出来ず、ローラ姫から目をそらした。
故郷を失っている僕にはもう帰る場所が無い。たとえドムドーラを復興しようとも、そこに僕の両親は居ない、僕の家も無い。
しかしラダトームに居れば、僕は勇者としてこれからも生きなくてはならない。
もしくは王となってこの国を治めなければならない。
だけど『勇者』も『王』も、今の僕にとっては他人に用意された椅子に過ぎない。
結局、僕は勇者として古い言い伝えの通り、他人が用意した道を進んだように思える。
そしてここで王様の言葉を受けてしまえば、それはまた同じ事を繰り返すことになる。
だからこそ僕は旅に出て、自分の座るべき椅子を自分で探そうと思った。
しかしそれにはひとつだけ引っかかるものがあった。
ローラ姫だ。
この僕の決断は、どこかローラ姫を裏切るような気がしてならなかった。
そりゃあ……できればこれからの旅にもローラ姫が一緒に居てくれれば、どれだけ嬉しいか。
でもローラ姫は一国のお姫様だ。その立場上、責任は重く、個人的な感情で動くことは出来ない。
それに……ラダトームの姫として跡継ぎを生まなければならない。ラダトームから離れられない。
だから僕は――
「もしこれから再び旅立つのであれば、その旅にもまたローラをお供させていただけませんか?」
「…………ぇ?」
僕は驚いてそらした目を戻し、ローラ姫の顔を見つめる。
「ローラ、そなた何を――!?」
しかしその言葉に驚いたのは僕だけじゃない。たぶん一番驚いたのは父親である王様。
ローラ姫は自分の父親である王様に言う。
「父上、申し訳ありません。しかしローラもまたアレフさまと同じように、自分の座る椅子は自分で決めたいのです。そうですよね、アレフさま」
言い終えて何か全てを見透かしたような視線を向け、ローラ姫は僕に同意を求めてくる。
僕は絶句した。
どうやら僕の考えはローラ姫に全部筒抜けだったらしい……まいったな。
いつからバレてたんだろう……そんな事を少しでも言ったことあったかな。
「しかしローラ姫――」
「このローラも連れて行ってくださいますね?」
僕は断ろうと言葉を口に出しかけた瞬間、それはローラ姫の言葉によってかき消される。
そしてその顔は僕に否定を許さない、そして否定されないであろうと言う確かな自信が垣間見えた。
「いや――」
「このローラも連れて行ってくださいますね?」
断腸の思いで断ろうと言いかけた言葉を、再びローラ姫にかき消される。
「あ――」
「このローラも連れて行ってくださいますね!」
何とか言い繕って断ろうと考えをめぐらせ、それを言おうとしたが、それを叩き潰すかのような口調で再びローラ姫にかき消された。
「~~~~~~!」
僕はさらに色々考えたが、どれもダメなような気がする。どうやら僕に反論をさせないつもりらしい。
何としても僕と共に行くと言う強い意志が、これでもかと言うほどにじみ出ていた。それほどまでにローラ姫の決意は固い。
そしてそのやりとりを間近で見ていた王様は、自分の娘の決意の固さに引き止めるのを諦めた。
「勇者アレフよ。どうやら娘の決意は揺るがぬらしい。これは昔から頑固でな……わしも亡くなった妃も昔は手を焼いたものじゃ。はっはっは……」
「父上! 何もそのような事をアレフさまの前で――!」
すでにローラ姫の決意を認めた王様……ローラ姫本人の固い決意。
そして僕の気持ちは――
「わかりました、僕の負けです。やっぱローラ姫にはかないませんね……」
言って僕は手を差し伸べる。ローラ姫はそれを見て満足したように微笑み、手を伸ばした。
しかし――
「きゃっ!」
不意を付いてその手を引っ張り、僕は強引にローラ姫の背と足を持って抱き上げた。
思いもよらない僕の行動に、ビックリしたローラ姫は目を丸くした。
「いつもいつもローラ姫には驚かされてましたからね。今度くらい僕が驚かせる番ですよ」
「もう、ビックリしましたわ!」
僕は抱き上げた姫に悪戯じみた笑みを送り、姫は頬を膨らませ僕をポカポカと叩いた。
そして二人して笑いながら、僕はひとつだけローラ姫に問う。
「でも、どうして僕が自分探しの旅に出ようとしているのが分かったんですか?」
「アレフさまはローラがお慕い申し上げる方。いつも傍らで見ていたアレフさま……そして同じく冒険を共に歩んできたアレフさま。そのアレフさま事でローラに分からないことなどありませんわ」
「~~~~~~っ!!!」
ローラ姫、会心の一撃。
竜王に勝った僕ですら、それには一発で撃沈された。
見なくても自分の顔が紅潮していくのが分かる。そしてそんな僕を見てローラ姫はクスクスと小さく笑った。
「さあ! 勇者アレフの新しい旅立ちじゃ!」
王様が声を上げる。そしてそれを合図にファンファーレの音が鳴り始めた。
「さあ、アレフさま……」
「行きましょう、僕達の新しい冒険へ!」
僕はローラ姫と共に、新しい世界を、新しい思い出を、新しい自分を見つける冒険へと旅立つ。
そして今ここに新たな伝説が歴史に記された。
勇者アレフの伝説が――
-The End-