「はぁ……」
「どうしたの、ほのか?」
ほのかが溜息をつくと雫が心配そうな顔を浮かべながら尋ねる。
そんな雫にほのかは嬉しいと思いつつも心配させて悪いという思いの方が大きかったようだが。
「零夜?」
「ケホッケホッ……」
ほのかが何も答えないことにしびれを切らしたのか、雫はいつもと同じような顔でほのかの思っていることを当ててしまった。
それにほのかは咳込んでしまう。
まぁほのかが何かを考えてると言えば大抵零夜のことなので分かって当然なのかもしれないが…
「大丈夫?」
咳込むほのかに雫は声をかける。
「大丈夫、大丈夫…。…雫の言ってることは合ってるよ。その…今日まだ零夜くんと一度も話してないなぁって思っちゃって…」
そんなほのかの言葉に雫はジト目でほのかを見つめる。
その目には呆れも少し入っているようだ。
「だからあれだけ席交換してあげるって言ったのに」
そう雫はバス乗車前何度もほのかに席を交換しようと提案したのだ。
バスの席なんて移動しても何も言われないからと。
「だってそれで深雪の隣が嫌って深雪に思われたくなかったんだもん」
しかしほのかは雫の提案に応じなかった。
ほのかの言うように深雪に悪いと思ったためだ。
「深雪はそんなこと思わないと思うけど…。むしろほのかを応援してくれるというか…。でもあの時の雰囲気じゃそうもいかない…か」
「でしょ?で、話は戻すんだけど今日まだ零夜くんと話してないんだ…。入学してから一日だって話さない日はなかったのに…」
前半部分は呆れながら聞いていた雫だったが、後半部分は聞いたことがなかったために雫も驚いていた。
「えっ?休みの日も話してるの?」
「うん。私から毎週かけてるんだ~」
そう嬉しそうに告げるほのかだが、雫の顔はというと何とも言えないような顔になっていた。
「……あんまりそういうこと続けると嫌われるかもしれないよ?」
「えっ!?」
雫の言葉にほのかは驚きの声を上げる。
何を言っているのか分からないといった声だ。
そのためわかっていないほのかに雫は告げる。
「しつこい女はどの時代でも嫌われると思う」
「そんなにしつこいかな…?」
「まぁ人それぞれだと思うけど、付き合ってる恋人同士でもないのに休みの日まで電話するのは私ならしつこいって感じると思う」
不安げにほのかは尋ねるも雫はばっさりと切り捨てる。
雫は彼女のためを思って言っているのだ。
しかし、ほのかも負けじと反論する。
「でも零夜くんはまたいつでも電話してきてくれって最後に言うよ?」
「それは零夜の優しさかもしれない。本当は嫌だけど、ほのかを傷つけたくないからそう言っているだけだって考えたことある?」
「う~…。ないかも……」
雫の言葉にほのかはうなりながら落ち込み始めた。
そんなこと考えたことがなかったから。
零夜と話すことに夢中でそれ以外のことに目を向けていなかったほのかは自分を責めてしまっていた。
「ほのかは零夜の優しさに甘え過ぎ。もう少し色々控えたほうがいいと思う。特に最近のほのかは」
なおも雫はほのかのためを思って続ける。
「そうかな…?」
「うん。じゃないと他のかわいい女に零夜取られちゃうよ?」
「それは嫌!」
落ち込んでいたほのかだったが、その言葉にはすぐに反応する。
ほのかにとってそれだけは避けたい事態だったから…
「だったらもう少し考えて行動した方がいいと思う。…本当なら告白して付き合っちゃえばいいだけの話なんだけど、ほのかにそんな勇気あるわけないか……」
「わ、私だっていつかは自分の気持ち伝えようと思ってるよ!」
雫の言葉にほのかは顔を赤くしながら反論する。
そんなほのかに雫はやれやれと首を左右に振った。
「いつになることやら……。ってあれ零夜じゃない?」
溜息交じりにそう告げると雫は話にあがっていた零夜本人を発見した。
しかし……
「あっ、本当だ!達也さんと深雪も一緒だね。私たちも行こっ……って、えっ?……誰?」
零夜の隣には達也や深雪といった見知った顔以外に一人知らない人物の顔があった。
しかもその女性は零夜に後ろから抱き着いている。
「相手は第一高校の制服じゃない…確か第九高校の制服」
「第九高校?零夜くん第九高校の知り合いなんて……ってそうじゃなくて!何で零夜くんに抱き着いてるの!?」
冷静に判断する雫にほのかは流されそうになるが、すぐに我に返るとツッコミを入れた。
ほのかにとってあの女性がどこの高校だろうかはどうでもいい問題だった。
問題なのは零夜とどういう関係なのかということだ。
「そんなの私に聞かれても分からない」
「もしかして零夜くんの彼女…?」
雫は最もなことを告げるが、ほのかは雫の言葉を聞いておらず自分の中で最悪の状況について考えていた。
しかしそうつぶやいたほのかに雫はすぐさま反論する。
「それはないと思う。零夜も驚いてるみたいだし。彼女だったら今日ここで会うことくらい知ってるはず」
「た、確かに…。でもだとしたらあの人は一体誰?あんなに零夜くんにくっついて…」
「ほのかにもあれくらいの度胸が少しでもあれば……ハァ」
嫉妬するほのかに雫は溜息をつく。
「ちょ、ちょっと雫!?今はそんなこと言ってる場合じゃないよ!そ、そうだ!深雪に聞けば何かわかるかも!そうと分かったら……行くよ雫!」
「ほ、ほのか!?」
急に行動を始めた雫は驚きのあまり普段は上げないような声を上げた。
しかしほのかはそんなこと気にしてもいないのか、雫の手を掴みながら深雪の元へと急いで向かっていった。
***
「零宮あやな……」
「そうだよ!何か思い出した…?」
いや、思い出すも何も初めて聞いたと思うし…
そんな期待するような目をされても困るんだけど…
「いや、思い出すことは何もないけどあんたもあいつらと同じ零に関係する者なんだなぁと思ってびっくりしただけだ…」
零―――
詳しくは分からないが、どうやら俺に関係のある言葉のようだ。
以前来たやつも俺のことを零式家当主なんて呼んでたし、世界を零で染めるなんて物騒なことまで言っていたくらいだ。
そこに新たに零の名を持つ人間。
……俺ははたして九高校に集中できるのだろうか?
「あいつらって唯ちゃんと沙希さんのこと?確かに私は零を名乗ってるけどぜろくんの零式とは違って零宮だからね!」
そう俺が告げるとあやなと名乗る目の前の女性は零宮を強調した。
零にも四葉みたいにいくつかの分家があるってことか?
まぁ他にも色々悩む点は多いが、見たところ敵ではないみたいだし少し話してみるか。
「まずはそこからだな……。色々聞きたいことがあるし良ければ今から俺の部屋で話さないか?」
「ま、まさかぜろくん……お姉ちゃんを襲う気…!?いや、確かに考えてなかったわけじゃないけど……ゴニョゴニョ」
はっ?
こいつは一体何を考えてるんだか……
確かにかわいくて身体も魅力的だからそう思わなくもないかもしれないが、出会って10分も立ってない女性に手を出すほど俺は落ちぶれているつもりはない。
というか誰かに手を出すなんて考えたことすらないし。
「そんなくだらないことはしないから安心してくれ。それよりも話だ。ほら行くぞ」
「ちょ、ちょっとくだらないことってどういう意味!?」
俺の言葉に少し怒るような態度をみせるあやなだったが、俺は無視してホテルの自室まで強制連行した。
「まったく…ぜろくんはいつからこんな強引になったの?まぁ強引なぜろくんもかっこいいとは思うけど、昔みたいに私の後ろをついて回るぜろくんもかわいくて好きだったよ?」
「……その話は後にするとでもして、とりあえず話いいか?」
「そうだね。ぜろくんは記憶を消されているようだし、色々話さないと分からないことだらけだもんね」
記憶を消されている……?
いや、時間はある。一つずつ丁寧に聞いていこう。
「まず、あんた……いや、零と名乗る連中についてだ。単刀直入に聞こう。零は俺の敵なのか?」
これまでの接し方から見て敵だとは思えないが、これは大前提として必要な質問だろう。その答えによってこれからどうするか考えなくてはならない。
「……ぜろくん。まずそのあんたっていうのやめようか。仮にも私は年上なわけだし、先輩に対してその言い方はないんじゃない?」
俺の言葉に不機嫌そうに答えるあやな。
どうやら俺の言葉遣いが気に入らなかったようだ。
っていうか年上だったのか…
まぁお姉ちゃんって言ってるくらいだから年上なのは何となく分かっていたが、見た目からは全くと言っていいほど年上には見えない。
てっきり年上ぶってるだけだと思ってた…
「しょうがないな~。前みたいにお姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
俺がそう考え少し黙っているといきなりそんなことを言い始めるあやな。
何がしょうがないのかさっぱりだが、お姉ちゃんなんてそんな羞恥プレイみたいなことはお断りだ。
「いや、それはちょっと…。じゃあ、あやなさんでどうです?」
「それはちょっと他人行儀っぽくて嫌だな…」
今度は先ほどとは違いショボンと落ち込む。
あんたが敬語使えって言ったんだろ!
なんて突っ込みたくなるが、そうするとさらに話が長くなりそうなので我慢する。
「じゃあ、あやなでいいか?」
「うん!」
よくわからんが納得してもらったようだ。
俺もこうざっくばらんに話せるほうが楽だしまぁいいんだけど。
それにしてもようやく話を進めることが出来る…
「で、どうなんだ?」
「私たちが敵かってことだよね?」
「あぁ」
俺は彼女…あやなの問いに答える。
俺にとって一番大事な質問だ。
「結論から言うと何とも言えない……かな」
あやなは顔を曇らせながらそう告げた。
どういうことだ…?
敵ではないが味方でもないってこと…か?
「何とも言えない?」
理由が分からない俺は彼女に質問する。
「うん。順番に話していくね。ぜろくんは唯ちゃんたちに零式家当主って言われたことは覚えてる?」
俺の質問に肯定を示すと、そんなことを聞いて来た。
もちろん俺は、
「…覚えてるよ」
と答えた。
あの日のことを忘れろっていう方が無理な話だと思う。
そのくらいにはあの日の印象は俺にとって強かった。
「なら話は早いんだけど、実際ぜろくんは私たち零の一角、零式家の当主になったの。最初に簡単な説明すると零っていうのは零乃家、零式家、零宮家の3家から成っていて、その総称が零ってことになってるんだ」
「なるほど……」
俺はそう答えながら自分の中で頭を回転させる。
零乃家、零式家、零宮家か。
俺を悩ませる3家の名前を忘れないように頭の中で何度も繰り返す。
「続けるね。それでぜろくんは当主なわけだから本来なら慕われる立場なの。唯ちゃんたちの反応を見たからなんとなくわかってるだろうけどさ」
確かに…
本当に当主ならあのくらい慕うのが普通だな。
「でもぜろくんはちょっと事情があって……。その…四葉の一員でもあるわけじゃない?」
「……あぁ」
俺が四葉の一員だと見抜かれたことに少し驚いたが、隠しても無駄なことなので今更隠しはしない。
にしてもよく分かったな…
四葉の情報規制は完璧だと思っていたが、どこか穴でもあったのだろうか。
「でね、そこが厄介なところで零家はほぼ全員十師族を毛嫌いしてるの。だから、ぜろくんのことをぜろくんとして慕っている人だったら危害は加えないと思うけど、立場上慕っている人だと危害を加える可能性は否定できない」
「…俺を俺として慕ってくれている人ってのはどのくらいいるんだ?」
はたして俺の敵はどれだけいるのだろうか?
家全体に狙われていたらさすがの俺でもまずいかもしれない。
「零式家の人はほぼ全員慕っているはずだよ。零宮家も一緒。でも…零乃家はほぼ全員慕ってないと思う。それでさらにそこが厄介なところで零乃家が一番魔法師の数が多くて、敵対するとこれがまた厄介なんだよ…」
よりにもよって一番数の多いところに嫌われているのか……
とことん俺ってついてないな…
日頃の行いはいいはずなのに。
「それぞれの家って何人くらいなんだ?」
俺は軽く不安に思い、そう質問する。
「軽く500人はくらいかな?」
500……か。
相手の力量にもよるけどそのくらいならまぁ何とかなる…かな?
「まぁまだそれくらいなら…。零式家と零宮家は?」
貴重な俺個人を慕ってくれる人の数だから大いに越したことはない。
2家足して500超えるかな…?
そんなことを思う俺であったが、その思いは儚くも散ることになる。
「零式は30人くらいで零宮家は……その…私だけなんだ」
「一人!?それって家としてどうなんだ…?」
零式家の30人にはある程度納得できるが、零宮家の1人には流石に驚かされた。
だって1人って…それって親すらいない……ってあっ…!
そこまで考えて俺は自分の過ちに気づいた。
「その……私の家は十師族に滅ぼされちゃって……」
やっぱり…
気づかなかったとはいえ、失礼なことを言ってしまった…
謝らないと…!
「…わ、悪い。そんな辛いことを思い出させるようなこと言っちゃって…」
「ううん、ぜろくんは気にすることないよ。それにぜろくんも酷いことされてるんだから」
「俺が?」
彼女の言葉は自分の家のことよりも俺の方が大事だ、と言っているように思えた。
一族が滅ぼされるより俺って酷い事されたのか…?
もしかして俺って零家の捨て子…?
またも色々な疑問が頭に浮かぶが、その疑問はあやなが答えてくれることだろう。
「うん。さっき記憶を消されてるって話したけど疑問に思わなかった?」
「もちろん、思ったけど…」
俺は少しうろたえる。
確かにそう言われたが、俺には記憶がしっかりと残っている。
彼女の間違いだろうと先ほどは思っていたのだが、どうやら違うようだ。
「そしてここからが話の本題。ぜろくんの記憶を消したっていうのはね………」
「………」
あやなは一呼吸置いた後、今日一番の引き締まった顔になり、今日一番の爆弾発言を投下する。
「現四葉家当主、四葉真夜。ぜろくんのお母さんだよ」
「……えっ?」
俺の思考が停止した。