新学期
夏休みも終わり、一高では二学期が始まって二週間が経っていた。
九校戦も終わり、論文コンペまでは日にちがあるため学生は比較的静かにすごすことの出来る時期だ。
とはいえ、カリキュラムはぎっしりと詰まっているため楽なわけではない。
勤勉な一高の生徒たちはそんなカリキュラムをひたすらこなしていたのだが、Aクラスの魔法の実習中、あからさまに元気の無い少女がため息をつく。
「はぁ…」
ほのかだ。
彼女は二学期が始まってからというもの、ずっと元気が無い。
そんなほのかを心配している人物が二人。
雫と深雪である。
彼女たちは幾度も元気の無いほのかを励ましているのだが、効果は無かった。
「ほのか、元気出して」
「そうよ、ほのか。誰もそんな姿のほのかを見たくはないわ」
そんな言葉にほのかはため息をつくだけだった。
その姿を見て雫はほのかが元気の無い原因となっている男のことを考える。
(…零夜のバカ。いつまで遊んでるつもりなの?こんなほのかを見てるのは辛いから早く帰ってきてよ…。ほのかは零夜がいないと元気がなくなるんだから)
そう。ほのかが元気のない理由というのが零夜なのだ。
彼は二学期が始まってからというものの、一度も一高に登校していなかった。
それだけでほのかにとっては辛いことである。
しかし、ほのかは零夜と九校戦以来会っていない。
九校戦終了後のパーティーのあったあの日、零夜と話したきり一度も会えていないし、話せていないのだ。
帰るとき零夜がいないことを疑問に思ったほのかはすぐ零夜に連絡したが、彼は連絡に応じなかった。
そこで達也が零夜が九州に行ったことを話し、その場はどうにかなったが、日に日にほのかは元気をなくしていった。
そんな様子をずっとそばから見ていた雫は零夜に少しばかりの怒りや苛立ちを抱いていた。
「深雪、零夜から連絡はない?」
落ち込むほのかを他所に、雫は深雪に尋ねる。
従兄妹である深雪なら何か知っているかもしれない、と思っての言葉である。
「ごめんなさい、雫。私にもお兄様にも連絡はないわ」
もしかしたら達也さんのところにも、と思っていた雫であったがその考えも打ち砕かれる。
「深雪が謝ることないよ。悪いのは零夜なんだし」
雫はそう告げ、少しばかり怒りを露わにする。
「ずいぶん怒っているみたいね」
「それはそうだよ。人に…特にほのかに迷惑かけてるってことを自覚していないんだから」
深雪の言葉に雫はここぞと言わんばかりに文句を垂れる。
今回の件に関して雫はかなりお冠なのである。
そんな雫に苦笑いしつつも、深雪は話を続ける。
「私もいくつか思うところがあるわ。でも…零夜くんらしいわよね」
「…そうだね」
そう話す二人はそろって苦笑いする。
しかしそれが零夜という人物なのだ。
そんな人物が親友を困らせていることに再度認識し、雫は溜息をついた。
***
そんなことが一高で起こっているとも知らず、零夜は暑い日差しの中一人歩いていた。
場所は一高に程近いところだ。
「まさか、こんなことになるなんてなぁ…。やっぱり俺には面倒ごとがついて回る運命らしい」
そう一人ボソボソとつぶやきながら歩くも彼のことを気に留めるものはいなかった。
何故ならば魔法を身体に使用しているためだ。
魔法名【
大量のサイオンで自分を覆い、存在そのものを秘匿する魔法である。
あまりにも大量であるために、人間が知覚できるサイオン量を大幅に超えることによってに起こるこの魔法は彼にしかできない芸当だ。
ただしサイオン量がそれほど大きくない零夜にとって、この魔法を使うことはかなりしんどかった。
零夜ほどの魔法師でも30分以上使い続ければサイオンの枯渇で命を落としてしまうこともあるかもしれない。
「っとそろそろ時間か。解除、解除っと。…はぁ。疲れた……」
今の零夜がこの魔法を無理なく使用できる時間は最大で20分。
前回の使用から20分が経ったため零夜は魔法を解除し、腰を下ろす。
「ったく、何で俺が…」
そう文句を言っているとと、後ろから何者かが近づく気配がした。
振り返るとそこにいたのは、
「探しましたよ、零夜様。その魔法を使われたら探すのが一苦労です」
零式家の中で最も隠密行動に長けている少女、沙希だった。
「そいつは悪いな。でも今は我慢してくれ。これくらいしか方法が思いつかなかったんだ」
「いえ、それは構わないのですが…、あまり無理をしているとお体に触ります。零夜様に何かあっては私たちは…」
沙希はそう告げ俺の身体の心配をしてくれる。
だがもとはと言えば俺以外の誰かが同じような魔法を使えばいいだけの話なのだ。
とは言っても、こんな魔法誰でも使えるわけではない。
使えたら使えたで少しショックだ。
「しょうがないだろ、俺しかできないことなんだから。それに別段無理してやってるってわけじゃないから安心してくれ。…それよりもやつらに動きはあったか?」
「ならいいですけど…。偶には、というよりいつでも私たちを頼ってくれていいんですからね」
「はいはい…。で、どうなの?」
俺は急かすように沙希に尋ねる。
「やつらに今のところ動きはありません」
「そうか…。じゃあまだ続けるよ。次来るときは冷たい飲み物でも用意しておいてくれれると助かる」
しかしこの魔法は本当に疲れる…。
疲れで汗の量が半端ではない。
そのため飲み物が欲しいと思って彼女に頼んだのだが…
「あっ!私としたことが…!申し訳ございません!」
彼女は自分が不甲斐ないとでも思っているのか、全力で謝ってきた。
俺はその様子に呆れつつ、
「いやいや…別に謝られるほどのことじゃないんだけど…」
と、言葉をかけたのだが、
「いえ!零夜様のお役に立てないなど私の存在価値に直接つながることです。零夜様!どうか私におしおきを!」
しかし沙希はそんな俺の言葉など聞いていないかのように力強く俺に告げる。
このようなことは今に始まったことではない。
そのため俺は溜息を吐きながら、疲れたように沙希に告げる。
「……なぁ沙希。お前それ言うの何度目だ?Mなの?」
「Mなどとそんなことは……」
俺の言葉に沙希は顔を赤く染めながらそう告げる。
そんな顔で言われても信じられるわけないだろ…
「はぁ…。とりあえず後でまた来てくれ」
彼女の扱いが面倒になった俺はそう告げ、沙希から視線を外す。
「しょ、承知いたしました…」
沙希はそう残念そうに答えると姿を消した。
そんな沙希を横目で見ていた俺はふと思ったことを口にする。
「…零式家ってまともなやついないの?退屈はしないけどさ…」
四葉とは違った意味で変な奴が多いなぁ、と思いつつ俺は再び歩き始めた。