「マシュ・キリエライトです。よろしくお願いします」
俺の学校の制服に身を包んだマシュは、教卓の近くに立ち、深々とお辞儀した。
夏休みも終了し、今日は2学期初日。1年と半年ぶりに級友と顔を合わせた。もっとも、入学したのはマシュだけじゃありませんがね。
アルトリアさんやモードレッドさん、ジャンヌさんなどなど、俺と年が近い(見た目をしている)サーヴァントはほとんど入学してきた。
ごくまれにちょっとした歪が見つかって、それを解決するためにレイシフトすることもあるが、通常業務に戻ったカルデアにはサーヴァントの仕事はないに等しく、ただカルデアにいるのでは退屈でしょうがないのだそうだ。
それを抜きにしても、サーヴァントの皆さんは全体的に召喚されたときに比べて丸くなった気がする。……失礼か? こんな言い方。
いやだってさ、アルトリアさんとジャンヌさん、普通のほうはともかく、オルタのほうまで通いたいと言い出すとは思わなかったんだもん。
男性は少なく、風魔小太郎さん、アストルフォさんの2人だけだ。ほかの人たちはさすがに高校生を言い張るのは無理がある。ぎりぎりまで若く見積もって、大学生のお兄ちゃんだ。
それに、比較的に男性のほうは2度目の生を生かしてさらに自分の武を高めようとしていたりする人が多く、希望が上がらなかったから、という理由も大きい。
金時さんは通いたがってたけど、頼光さんが泣いちゃったんだよなぁ……生贄にしてしまったよ。本当にすまない。
ちなみにいうと、イリヤとクロも近所の小学校に通い始めた。この2人についても、年齢的なことを考えて、通わせたほうがいいという結論になったのだ。
さてさて、ひと夏超えて、俺の高校には一気にたくさん転校してくる事態になったわけだけど、こんなことまともにできるわけがない。
……魔術師の方々に頑張ってもらいました。
先生に暗示をかけてね。違和感を覚えないようにしてもらってね。
1つのクラスに全員は無理だってことで、クラス分けにもかなりの気を使った。受肉してもサーヴァントとしての力は残っているみたいで、何かの拍子に事故が起こってしまってはたまらない。
最初はくじで決めてたんだけど……いろいろ察してくださいというしかない。最終的には俺がいないと暴走しそうな子は優先的に僕と同じクラスにして、あとはくじ引きという形で納得してもらった。
「やべぇ……みんなかわいいな」
そうつぶやいたのは俺の友人、『奥田 燐』。高校入学して席が隣だったこともあり最初にできた友人だ。
「なあ、知ってるか? なんか俺らの学年、全クラスに転校生がくるって話だぜ? どうなってんだろうな……」
「さあね……」
どうもこうもないよ。俺のせいだよ。生徒にまで暗示はかけてないんだっけか。ま、転校生なんて、いい話題であって怪しむ要素なんて存在しないわけだからいいけどさ。神秘の一般人への使用はぎりぎりまで抑えたいらしいし。
え? サーヴァントの名前はどうしたか? はいはい、魔術魔術。そっちも抜かりはないよ。転校生の人数についての暗示は先生のみ、名前は学校全体にかけた。歴史で名前が出てきても、『有名人と同姓同名じゃん!』程度にしかならないそうだ。
「んだよお前、感動薄いな。話によると、ほとんど女の子らしいんだぜ? さすがにこのレベルまでは難しくても、少し期待しちまうだろ?」
「そうね……」
どんな娘が来るか知ってるんだよ、俺は。
そんなやり取りをしていると、自己紹介がすべて終わり、前にいたマシュが自分の席まで移動した。
「緊張しました、先輩」
「そうは見えないけど?」
「してますよ。私と近い年齢の人がこんなにいるところで話すなんて初めてですから」
いつものように顔を寄せ合って話す。
「ここが学校、なんですね。私には一生縁がないものだと思ってました」
その言葉にはいろいろな意味が込められていただろう。つい2週間前までは自分の体のことを正しく理解して、あまり先がないと思っていたんだから。
「それじゃあ、これから楽しまないとだな。ほんと、色々あるだろうし。マシュのことだから告白なんかもされちゃうんだろうしなぁ」
いや、マシュに限った話じゃないな。世界に名を遺す英雄だけあって、サーヴァントはみんな容姿端麗だ。男子が放っておくわけがない。
でも、その場合はどうなるんだろうか。こちら側の世界にかかわらせないために断らせるのか?
「こ、告白、ですか……っ!? 私に!? もうっ、学校での最初の冗談がそれなんて、意地悪ですよ、先輩」
全然冗談じゃないんだけど?
髪を揺らして少しふてくされるマシュ。ああ、本当に癒されるなぁ。
「ちょっとマテ」
肩を無理やり燐に引っ張られる。ち、なんだよ。
「よっと」
「何ぐぁ!?」
振り向こうとしたら、目の前にこぶしがあった。結構遠慮のないグーだな……ッ!! いきなりやってくれるじゃないかッ!!
いいだろう。ベオウルフさんに教えてもらった『ぐれんでる・ばすたー(仮)』かマルタさんの天使撲殺拳法、どっちで泣かせてやろうか……ッ!!
ひと夏超えてたくましくなった僕を甘く見るなよ。
拳を握って臨戦態勢。友人を警告なしに殴ってくるこいつのことは、エネミーだと思う。
と、燐を見据える。うつろな目をした燐はボソボソと何かをつぶやいていた。
「は? なに、何なのお前。何普通に話してるわけ? …………ハハハ……そうかよ。そういうことか。テメェ、いやに落ち着いてるからおかしいとは思ったが、その娘となんかあったな? 夏休みの前半連絡つかなかったもんなぁ。ひと夏の冒険したってことかよ……ッ!! ってか、なんだよ先輩って。同学年だろ? あーはいはい、わかったぞ。あっちのテクでは先輩ですねってことか? 爆ぜろクソがッ!!」
「爆ぜるのはお前だろうが!!」
最後のほうは教室中に聞こえる大声になっていた。
僕は慌てて燐を床に沈める。ナイチンゲールさん直伝、『暴れている患者を落ち着かせる方法(物理)』だ。
「うるさいぞ! 何を騒いでる!」
「なんでもありません!!」
ええい! 初日からなんてことだ! 先生に怒鳴り返すなんて、夏休み前は絶対しなかったのに!
特異点を回るうちに度胸が付きすぎてしまったのだろうか。
「先輩の新しい一面、発見したかもしれません」
教室中から聞こえるクスクスという笑い声に、俺もサーヴァントと同じくらい自重したほうがいいのかもしれないと思う、朝のひと時だった。
「なんだ、俺の勘違いかよ。そうだよな。お前に彼女ができるわけないもんな。夏の暑さで頭がおかしくなってやらかしたのかと思ったぜ」
「ま、冷静に考えると勘違いされてもおかしくないことしてたしな」
始業式が終わり俺とマシュ、燐は一緒に下校している。ほかのみんなを待っていても良かったのだが、みんなそれぞれのクラスでの付き合いがあるらしく、今日は別々で帰るそうだ。
明日からは全員で下校すると思うから、集団下校レベルの人数になってしまうだろうけど。
「んで? 結局どんな関係なの? いつ知り合った? まさか小さいころに生き別れた妹とか幼馴染とか……」
「僕とマシュが兄弟に見えるか?」
「全然。お前ブサイクだし。あ、じゃあ、幼馴染って線もないか」
どういう理論だ。お前もあんまり変わんないだろ。
「いろいろ言いたいことはあるけど、言ってることは間違ってない」
「でもなー、血縁者でも幼馴染でもないのに名前呼び捨てにしてんのな。マシュさん―――あ、マシュさんでいいですよね。俺、奥田 燐っていいます。マシュさんって名前からして外国の方ですよね。随分と日本語が達者で……あ、もしかして、生まれた時から日本に住んでたんですか? 燐とはどこで知り合って、今はどんな関係なんですか?」
「あ、えっ、その……」
マシュはちらりとこっちを見てくる。男子高校生のパワーに押されているのか?
「おい、食いつきすぎだぞ」
鼻息を荒くしている友人をなだめる。さて、適当に説明して納得させないとだな。
「マシュはバイトの後輩なんだよ。僕が夏休み前半遠くにバイトに行くって言ってただろ?」
「ああ、そんなこと言ってたな。確か、金が入ったらなんか奢ってくれるって言ってなかったけ? あれどうなったんだ?」
「記憶にないから無効な。それで、数日遅れでマシュが来たんだよ。マシュってまじめだから、少しでも先に始めたなら先輩だって言ってきかないんだよ」
「えー……それでずっと先輩なわけ?」
「うん」
怪しむような目を向けてくるが真顔で答える。嘘をつくときは堂々としていろ、というのもカルデアで学んだことだ。
「ま、いいけどさ……いやだめだ。夏休み前半はそれでもいいとして、後半も付き合い悪かったよな。今度こそマシュさんとプールにでも行ってたんじゃ……ッ!!」
「僕も行きたかったけどな」
カルデアからの下山、からの帰国(密入国だった)、サーヴァントに町を案内して、入学の準備、ワープ装置の設置、部屋のコーディネート……やることがありすぎてとてもそんな暇はなかったよ。
ま、海水浴ならやったしな。あれ、ほら、何だっけ……えっと、う、うりぼ……?
「とにかく、お前が目くじらを立てるようなことは何一つしてないよ」
「そーか、そーか。それは安心した。それでさ、話は変わるけど―――」
何とか納得させることに成功した僕は、久しぶりの友達との会話を楽しむのだった。
「先輩ひどいですよ。私のことほったらかしにするなんて」
「ごめんごめん。久しぶりだと話すことが多くてさ」
予想外に話に熱中してしまい、途中からマシュは僕たちの後ろをついてくるだけになっていた。申し訳ないことをしたな。マシュはこういうくだらない会話には慣れてないのに、全く配慮しないままだった。
「いいえ、大丈夫です。これから私も混ざれるように努力しますね、先輩」
あいつの話に合わせる努力はしないでもいいんだけど。
学校に入学したいというサーヴァントには、ある程度の日本常識というものを学んでもらった。
召喚されるとき聖杯から一通りの知識が渡されるらしいのだが、それの再確認。さらに僕たちの年代特有の知識なんかも必要に応じて学んでもらった。
今後こちらに来たいという場合には、このテストをパスしてもらうことにした。
他にも宝具の使用の制限、万が一法律を犯したときの処罰など様々な取り決めがなされた。
「やっぱり、資料で読んだのとは全然違ってます。なんといいますか……日本の夏、というのを全身で感じますね」
「体調、悪い?」
まだまだ暑さは厳しい。見ると、額に浮かんだ汗で、髪の毛が張り付いていし、白い夏服は第1ボタンが開けられ、白い肌がのぞいている。そこにもいくつか汗の雫が……
「せ、先輩、どうしました?」
「どうもしない、どうもしない。なんだっけ?」
「ですから、体調に違和感はありません。しいていうなら、暑くてくらくらするということくらいですね」
違和感あるじゃん。それがイカンのじゃが。
「おまっ、脱水症状じゃないよな!?」
「どうで、しょうか。経験したことないので、よく、わかりません」
「よし、急いで帰ろう」
どこかで休むよりも、家に急いだほうがいいと判断した僕はマシュの手を取って歩き出した。脱水だったらいつ倒れるかわかんないし、家まで行けば治療の魔術だってある。
少し汗ばんだマシュの手は、しっかりと握り返してくれた。
俺の家には、今両親がいない。父親の海外への単身赴任に母親と妹が付いて行ってしまったからだ。なので、それまで家族4人で住んでいたマンションには現在僕一人しか住んでいない。
住んでる場所も込みで高校を決めたことや近くに良い物件がなかったこと、いつ帰ってきてもいいようにって理由で引っ越しはしなかったんだけど、正直、一人だと広すぎて寂しかった。今はそんなことないけど。
「皆さん、もう帰ってきてるんでしょうか?」
「まだじゃない? さすがに抜かれてないと思うけど」
そんなことを言いながら、僕は部屋のドアノブを回し、中に入った。
そしてリビングルームに行くと、大画面でテレビゲームをしている男がいた。
「お、大将。お帰りさん」
だいぶラフな格好、家の中でも外さないサングラス、きっちり決めたヘアスタイル。坂田金時さんだ。
金時さんもすっかりゲーム――特に無双系のゲーム――にはまっている。すっかり僕のゲーム仲間だ。
「頼光さんは買い物?」
「そうだぜ。大将が出て行ってからずっと涙目でこっち見てくるからよ、コントローラーのノリが悪くてしょうがなかったぜ」
そんな状態なら誘ってあげればいいのに、ゲーム。喜んでやってくれると思うよ?
うーん、でも、半日でその状態ってことは、明日から大変かもな。下手したら学校まで来るかも……
でも、うちの料理はサーヴァントの中から希望者を募って僕とローテーション組んだし、毎日カルデアから来るってことは……来るだろうなぁ。
そう思いながら、とある部屋の扉を開ける。
空き部屋にはダ・ヴィンチちゃんが作ったワープ装置がある。
このマンションの空き部屋を複数借り、それぞれにワープ装置を設置。それをつなぐことで一つの大きな部屋を作り上げているのだ。
聞いた話によると、ワープなんて技術は魔術の上位版の魔法の領域だとかなんとか。魔術にはまだまだ疎い僕にはわからない難しい話をしていたのを覚えている。
ま、ダ・ヴィンチちゃんだからしょうがない。
さらにこのワープ装置、カルデアまでつながっているため緊急時の招集があっても全く問題ない。カルデアに残った人たちも自在にこっちに来れる。
ワープ装置がある部屋の扉を閉めると、玄関のドアが開く音がした。頼光さんが帰ってきたんだな。
他のみんなも、帰ってきたら各々の部屋からワープ装置でこの部屋に来るかも。
取りあえず、明日から本格的な学校生活だ。なかなかにファンタジーな日常になってしまったけれど、頑張っていこう。
・主人公
カルデアで過ごして自分の常識が少し変わってしまったことに気が付いていない。サーヴァントとの肉体関係(R18)はなし。なんだかんだ言って、いろいろなプレッシャーのせいでその手のことを考える暇がなかった。
・ダ・ヴィンチちゃん
この作品の『変な発明品を使って主人公を引っ掻き回す』役。ワープ装置を作っちゃう天才だからしょうがない。あ、ワープ装置に関するツッコミは無しで。ヒロインではありません。
・サーヴァントたちのクラス分け
正直あんまり決めてない。その時の最適解を探していくスタイル。