ソードアート・オンライン~運命を穿つ者~   作:エンジ

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第二話 不幸か、幸運か

 

 面白いぐらいに湧いてくるフレンジーボアを片っ端から片付けてはや四時間。すでにSAO内の日は傾き、気づいた時には空一面夕焼けが広がっていた。

 この四時間、フィールド上で出会ったプレイヤーの数はゼロだ。こんな爽快感のある体験が簡単に味わえるのに、それをしないとは人生の半分は損しているだろう。才能上、結構飽きっぽい俺でさえ時間を忘れて楽しむことができたのだ。もしかしたら、一日のほとんどがSAO、という人が出てきてもおかしくはないはずだ。

 

 

 しかし、楽しい時間もいつかは終わりが来るもので、時刻はすでに五時を過ぎている。もうすぐ夕飯の時間だ。いつもは穏やかで優しい母親も食事の時間だけは厳しい。鬼の形相で仁王立ちしている母親に、あの親父が土下座して謝る姿を何度見てきたことか。想像しただけでも恐ろしい。

 

「まあ、夕飯食った後もできるしな。とりあえずここらで休憩ってことで」

 

 右手の人差し指と中指をまっすぐ揃えて掲げ、真下に降る。するとそこから、薄い紫色に発光する横長の長方形のウィンドウが出現する。これがこの世界の《メインメニュー・ウインドウ》だ。

 そのうちのアイテム欄などをタップすれば、任意の整理をすることができる。たくさんのフレンジーボアを倒してきたため、そろそろアイテムを整理しなければならないが、それは食後でもいいだろう。今は鬼を召喚させないことだけを考えればいい。

 

「ログアウト~は、いっち、ばーん、したっ! …………って、あれ。ログアウトボタンがない……」

 

 いくつも並ぶメニューの一番下。そこにこの世界から離脱するための手段、ログアウトボタンがあるはずだ。しかし、何度確認しても本来あるはずのログアウトボタンがない。無いというより、空白になっているといったほうが正しいが。

 普通なら不満の声が上がりそうなバグだが、今日は正式サービス初日。それにこれほど大規模なゲームを作り上げたのだ。多少のバグは仕方がないだろう。

 

「しばらくすれば直るだろう。となれば、今はこのゲームを楽しむのみ! よっしゃあ! もっと楽し…………めねぇよ!!!」

 

 ログアウトできるまで待つということはつまり、運営が直すまで現実世界に戻れないことを意味する。

 これが普通の家庭ならばいいだろう。「ごっめーん、ゲームのバグが起きて直るまで待ってたの~」と言えば、それならしょうがないと許してくれるはずだ。

 だが俺の家庭は違う。

 一たび普通の家庭のように言い訳すれば、「そう、大変だったわね…………で?」と、その後すべての言い訳が一蹴されてしまうのだ。食事の時間に遅れた時点で、勝敗は決まったようなものだ。

 

「やべーよ。まじやべーよ。絶対親父みたいに『ミジンコに生まれ変わりたい』って呟くほどしごかれるよ! 早く……鬼が降臨する前に早く直ってぇぇ!!」

 

 俺の叫びは無情にも、あたりに響き渡るだけであった。

 時刻は五時二十五分。あと五分で血祭りが始まってしまう。今頃親父は、冷や汗をかきながら階段を眺めているだろう………いや、やはりそれはありえない。絶対心の中で笑っているはずだ。

 

「くそっ。GMコールしても反応がない。もうすぐ十五分経つし……運営側は一旦ユーザー全員を強制ログアウトさせるべきだろ。ユーザー第一の《アーガス》は一体何してんだ……」

 

 このSAO開発運営元は《アーガス》という名のゲーム会社だ。アーガスはこれまで、ユーザーを重視する姿勢で名前を売ってきた。だから、多くのユーザーから支持され、信頼されているのだ。そんな会社が、こんなにも対応が遅いのはありえない。何かが起きているのだ。俺たちの知らないところで、何かが。

 

 俺はその場に座り込むと、真っ赤な夕日を眺める。現実の太陽とそう変わらない美しさを放つそれは、少々焦りが混ざっていた俺の心に僅かな安らぎを与えてくれた。

 

「まあ、鬼のことは仕方がない。好条件で交渉すれば、何とかなるだろ」

 

 そう呟きながら、メインメニューの時刻表示を見る。

 それが五時二十九分から、五時三十分に変わった瞬間、リンゴーン、リンゴーンと鐘のような巨大な音が鳴り響いた。それと同時に、俺の体が鮮やかなブルーの光に包まれる。

 なんだ、と言う前にその光がひときわ強くなり、同時に視界が奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞳を開けるとそこは、先ほどまでの夕暮れの草原ではなかった。

 広大な石畳。周囲を囲む街路樹と、瀟洒(しょうしゃ)な中世風の街並み。間違いなくここは、この世界で最初に降り立った場所、《はじまりの街》の中央広場だった。となると、運営による強制転移(テレポート)が、行われたということになる。もちろん、俺だけではない。

 あたりを見回すと、俺と全く同じ境遇であろう人たちがざわめいていた。どう見ても一万人近くはいる。やはりSAOプレイヤー全員が強制転移させられたのだ。

 

「……何が始まるんだよ」

 

 全プレイヤーを一斉に集めたということは、GM直々にSAO世界の説明でもしてくれるのだろうか。もし仮にそうならば、この場に、納得するプレイヤーなど一人もいないだろう。

 思わずため息をついて、空を仰ぎ見ると、俺は眼を見開いた。

 それと同時に、周りにいた誰かが叫ぶ。

 

「あっ……上を見ろ!」

 

 上空およそ百メートル、第二層の底を、真紅の市松模様が染め上げていく。やがてその広がりが止まると、今度はその中央部分から巨大な血液の雫のようなものが、どろりと垂れ下がる。高い粘度を感じさせる動きでゆっくりとしたたるそれは、突如空中で形を変えた。

 大きな雫から、身長二十メートルほどの、真紅のフード付きローブをまとった人の姿に変化したそれは、右袖を動かし、ざわめくプレイヤーたちを静めた。

 

 

 人の姿といっても、見る限り肉体はない。フードの中には、顔がなく、左右の袖から出る純白の手袋も、袖とは明確に切り離されている。

 ラスボス感を漂わせるその物体は、両袖をゆるゆると掲げる。直後、低く落ち着いた男性の声が、高みから降り注いだ。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 どうやら本当にGMから直々、この世界の説明が行われるらしい。《私の世界へようこそ》とは、完全に役に成りきっているではないか。

 だが、鼻で笑いそうになった俺は、奴の次の言葉で、喉を詰まらせた。

 

『私の名前は茅場晶彦(かやばあきひこ)。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 茅場晶彦。その名前は聞いたことがある。

 たった数年で、数多ある弱小ゲーム会社、《アーガス》を最大手に成長させた中心人物である、天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。

 彼はこのSAOの開発ディレクターであると同時に、ナーヴギアの基礎設計者でもあったはずだ。

 しかし、彼が表舞台に立ったところを見たことはほとんどない。ましてや、ゲームマスターの役回りをしているところなんてまったくもって皆無だ。

 少々混乱している俺をよそに、茅場晶彦は話を続ける。

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

 ログアウトができないのは、SAO本来の仕様。

 

 俺は茅場の言っている意味が理解できなかった。

 もしも言葉通りの意味なら、俺たちプレイヤーは外部からの強制ログアウト以外に、この世界から出る方法がないということになる。

 しかし、その僅かな希望をも茅場晶彦は握りつぶした。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない…………また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合――』

 

 わずかな間。

 約一万人が息をつめた、重苦しい静寂の中、その絶望の言葉はゆっくりと発せられた。

 

『――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

 つまり、《死ぬ》ということだ。

 この男は、なんてこうも簡単に言ってくれるのだろうか。自分が殺人同様な行為をしようとしていることを理解しているのか。 

 

『……より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果』

 

 再びわずかな間が過ぎる。

 

『――残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

 どこかで、細い悲鳴が上がる。

 すでに二百人以上が死んでいる―――そんなこと信じられるわけがない。だが、茅場が言っていることは不思議と嘘のようには思えなかった。

 周りから、「イベントだろ?」「演出なんだろ?」と望みを含んだ声が上がるが、茅場はそれを薙ぎ払うかのように続ける。

 

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体を心配する必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心して……ゲーム攻略に励んでほしい』

 

 そんなふざけたことを言われ、誰もが唖然としている中、俺は妙に冷静を保っていた。

 茅場の言っていることが本当で、なおかつ俺が死んでいないということは、まだ俺のナーヴギアは除装されていないことになる。茅場の言う通り、外部による死亡の可能性はゼロになったといっても過言ではないだろう。話が分かる両親で本当によかったと、つくづく思う。

 妙に安心している俺をよそに、どこかで鋭い叫びが迸った。

 

「何を言っているんだ! ログアウト不能の状況で、呑気にゲームを攻略しろだと!? こんなの、もうゲームでも何でもないだろうが!!」

 

 まったくもってその通りだ。

 彼の叫びに便乗して、周りが騒ぎ出す。しかし、それらを制すように抑揚の薄い声が、穏やかに告げた。

 

『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバター永久に消滅し、同時に』

 

 続く言葉は、小学生でも予想できるだろう。

 

『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

「ははっ」

 

 思わず笑みがこぼれた。

 こんな状況で笑うなど、余所から見れば変人以外何物でもないだろう。しかし、俺は笑った。笑ってしまった。まるで、この状況を楽しんでいるかのように。

 

 茅場の言っていることが本当なら、普通に考えれば、わざわざそんな条件で死の危険があるフィールドに出ていく奴などいないだろう。だが、彼がそんなことを視野に入れていないはずなどない。

 次に茅場から発せられた言葉は、俺が思っていることと全く同じことだった。

 

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 

 戦うか、逃げるか。

 茅場は究極の選択を提示した。

 先ほどから張りつめていた静寂が、低いどよめきに埋められていく。しかしそこに、恐怖や絶望は感じられない。

 おそらくこの場にいるほとんどのプレイヤーはまだ、本物なのか過剰なイベントなのかで判断しかねているようだ。それほど茅場の言葉は現実感溢れるものなのだ。

 プレイヤーたちがどよめく中、茅場は再び静かに告げる。

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 

 茅場の言う通りに、メインメニュー・ウインドウを出現させる。その中からアイテム欄を選択すると、未だに整理されていない所持品の一番上にそれはあった。

 アイテム名は――《手鏡》。

 それを迷わずタップすると、きらきらという効果音と共に、小さな四角い手鏡が出現し、手に取る。

 鏡に映るのは、もちろん俺が作成したアバターの顔だ。眉をひそめた俺は、その手鏡をしまおうとした瞬間、それは起きた。 

 突然、周囲のプレイヤーたちが青白い光に包まれる。俺も同様だった。

 

 

 視界がホワイトアウトしてから、ほんの二、三秒で光は消え、元のままの風景が現れる。

 いや。

 正確に言うと元の(・・)風景ではない。先ほどまで、俺の周りにいたプレイヤーたちの顔や体が変わっている。

 その瞬間俺は、はっ、とし手元にある手鏡を覗き込んだ。

 そこに映っていたのは……

 

「……俺?」

 

 そう。俺の顔。現実世界と全く同じ顔だ。

 男性の中では長めであろう黒髪に、透き通るような黒い瞳。男性よりの中性的な顔立ちに、少々筋肉質な体。間違いなく自分の顔や体だ。

 

 どのような原理なのか俺には全く分からないが、何故このようなことをしたのかはわかる。

 SAOの世界も《現実》であることを認識させるためだ。

 再び、周囲がどよめきに包まれてから数秒後、厳かとすらいえる声が降り注ぐ。

 

『諸君は今、なぜ私は――茅場晶彦はこんなことをしたのか? と疑問に思っているだろう。これは大規模テロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』

 

 そこで一呼吸置くと、今まで感情のない言葉を発していた茅場にある種の色合いが帯びる。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、鑑賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

 短い間に続いて、無機質さを取り戻した茅場の声が響いた。

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了するプレイヤーの諸君の―――健闘を祈る』

 

 最後の一言が、僅かに響き渡る。

 真紅の巨大なローブは音もなく上昇し、空に溶け込むように同化していく。それが消えるのと同時に、遠くからNPC(ノンプレイヤー・キャラクター)の楽団の演奏が耳に入り込んできた。

 しばしの静寂。

 だが、それも長くは続かなかった。

 

「嘘だろ……なんだよこれ、嘘だろ!」

 

「ふざけるなよ! 出せ! ここから出せよ!」

 

「こんなの困る! このあと約束があるのよ!」

 

「嫌ぁぁ! 帰して! 帰してよぉぉぉ!」

 

 悲鳴。絶叫。罵声。怒号。懇願。咆哮。無数の叫びが、この中央広場を包み込んだ。

 そんな中俺は、うずくまる者や抱き合う者、罵り合う者たちを押し避け、中央広場から脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 こんな状況だが、やはり俺の口元には笑みが浮かんでいた。

 楽しいゲームから一瞬で、デスゲームへと変貌したSAO。HPがゼロになれば《死ぬ》。それは恐らく本当だ。だが、逆に考えればどうだろう。俺は、『負けない限り死ぬことはない』のだ。

 もちろん俺自身、死にたいわけではない。死ぬのは怖いし、できることならば永遠に生きていたい。

 それを回避するためには『全力』で戦うしかないのだ。

 

 

 モンスター相手に手加減など必要ない。奴らは無感情にただ、俺たちプレイヤーを殺すことだけを考えて動く。それも上の層へ上がるたびに、強くなるのだ。そんな、理想とも呼べる奴らは相手にとって不足はない。

 俺は今朝以上の高揚感を感じながら、《はじまりの街》の門へと足を運ぶ。

 

 

 

 RPGに必要不可欠なのは、なんといってもレベルだ。レベルが高ければ高いほど、モンスターとの戦闘が有利になる。

 だからこの辺のモンスターは、《はじまりの街》を拠点にするプレイヤーたちに狩り尽くされるだろう。それでは、より効率的にレベルを上げることができない。汚い手だが、狩場をほぼ独占状態にする必要があるのだ。

 そのために、まだプレイヤーたちが足を運んでいない、《はじまりの街》から離れた村や町にいち早く移動するのだ。

 

 

 もちろんソロで行くのは危険だ。ましてや俺はベータテスターではない。次の村に安全にたどり着けるルートも知らないし、いい狩場も知らない。だが、その分誰にも迷惑をかけることはない。

 誰よりも強くなり、第百層のボスを倒して一人でも多くのプレイヤーをログアウトさせる。

 それが俺にできることであり、現実世界に戻るためにしなければならないことだ。

 

「んじゃあ、茅場さんの造ったこのくそったれな世界を楽しむとしますかね!」

 

 このデスゲームは俺にとって、不幸なのか、幸運なのか。それはわからないが、これが神様が与えた運命というのならば、最後まで生き抜いてみようではないか。

 沈みかける夕日に背を向け、俺は次の村へと駆け出した。

 




SAOってここまでがプロローグって感じがしますよね。
ここから物語が始まる! みたいな(実際始まってますが)

まあこの作品の本番はここからですよ。ここからどう崩れていくのか、いやぁ実に楽しみですねぇ(笑)

私は私なりに頑張っていきたいと思いますので、これからもこの作品をよろしくお願いします!

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