『彼女』を見てしまうのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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 ※このお話には『原作キャラの女体化』及び『精神的なBL(?)』のような表現があります。苦手な方はブラウザバックか、このお話を飛ばしてください。


 今回の話は『If√』の通り、本編において私が勝手に考えたいくつかのTrue、Normal、Bad Endの内Normal Endの延長線上にあたります。
 ネタバレになるのでNormal Endの条件は言いません。
 加えて本編とは違う世界線ですので、こういう展開になる、という思い込みもNGです。

 これらの事を全て承知の上で、今回のお話をお読みください。ご理解の程、よろしくお願いします。


想いの行き先

 朝早く、俺はホームの廊下を歩いている。理由は単純で、今日は調整しないか、とベートに誘われたためだ。

 確かに最近武器を新調したばかりだし、細かな部分に慣れるためにも、と了承したのが昨日の事だった。

 ――そういえば、そろそろベートは十五歳になるのか。

 アイツが自分からプレゼントとかを要求する事は無いが、何か用意しておかないと。今まで散々世話になってきたんだし、と思いながら、時間が時間なので人を起こさないよう慎重に歩く。

 だからだろうか、俺は誰にも――それこそベートにも気づかれないまま、彼の部屋のドアノブを回していた。

 「っ、シオンか!? 待て、まだ扉を開けるな!」

 「え? って言われても」

 既に回していて、腕に力を入れてしまっている。後はただ押されるだけだ。

 ――って、あれ? 今、ベートの声が妙に……。

 疑問に思ったのは一瞬、俺は目の前に飛び込んできた光景に、動きを止めた。いいや違う、止めさせられた。

 「だ、れ……?」

 ここは確かにベートの部屋のはずだ。

 なのに、ここにいるのは狼人の美女だけ。

 多分俺と同じくらいの身長。かなりラフな格好をしていたせいか、短パンから伸びる引き締まった両足の白さが眩しい。上半身もシャツ一枚だけのせいで、大きく盛られた胸が丸わかりだった。

 その動きに気づかれたのか、彼女はベッドの上にあった布で体を隠してしまう。だが、隠れていない部分はあった。

 サラサラと肩口で揺れる髪に目を奪われ、その後すぐ、鋭い目と、恥ずかしさからか紅潮している顔を見つめ直した。

 そうしたというのに、何故か彼女は体を抱きしめると、

 「み、見るな!」

 犬歯を剥き出しにして叫ぶ彼女が、どうしても子犬にしか見えない。体を真っ赤に染め上げながら、必死に吠える美女(こいぬ)だ。

 その可憐さに、シオンは一瞬、ドキッと胸を高鳴らせた。

 だが、しかし。

 今までの動作を思い出して、シオンは再び固まった。

 「まさか……ベー、ト?」

 「……っ!」

 その反応で、当たりだとわかってしまう。

 俺の顔を見て、ベートは隠せない事を悟ったのだろう。小さく息を吐いて、諦めた表情でこう言った。

 「どうして、わかったんだ」

 ……実のところ、最初はベートに似ているから血縁者か何かと思っていた。だがわかってしまったのだ。彼女が取った仕草、それはベートの物とそっくりだという事に。

 十年もの時を共に過ごしたのだ、見逃すはずがない。例え共通点が鋭い瞳と、刺青と、狼人だけしか無かったとしても――いや、共通点が無かったとしても、俺はお前を見逃さない。

 「お前がどんな姿をしていようと、絶対に間違えたりしない。ベートだって、そうだろ?」

 そう真っ直ぐに言うと、ベートは少し視線を逸らし、

 「……まぁ、な」

 小さく、頷いてくれた。

 だからといってその後どうこうできるはずもなく、どうしようかと2人固まってしまう。そうして数分経ち、シオンが頬をポリポリ掻いた時だった。

 「あのぉ……さっき騒がしかったんですけど、何かありました?」

 「「!?」」

 と、眠たそうな声が扉から聞こえてきた。

 やばい、と俺とベートの声なき声が重なる。今のベートを見られたら――と、彼女に視線を移すと、苦渋に染まった顔をぶんぶん横に振っていた。

 バレたくない、という事だろう。

 「……。……ベートが寝起きだったみたいでな。寝巻きだったのに部屋に入ったから、ちょっと怒られたんだよ」

 「その声、シオンさん? なるほど、そういう……ですが、気をつけてくださいね? 私はちょうど起きていたからいいですけど、まだ寝てる人が起きてしまいますから」

 「ああ、今度からはちゃんとノックするよ」

 その返答に満足したのか、扉の前に立っていた女性が去っていく足音が聞こえてくる。

 しばらく2人でそれを聞き続けて、完全に聞こえなくなった後、同時に息を吐き出した。

 ……危なかった、本当に。もし俺とベートをよく知っている人だったら、今の言葉に疑問を覚えていたはずだ。

 俺もベートも、たかが寝巻きを見られた程度で騒ぐような細い神経を持ち合わせていない。もしここに疑問を持たれたら、嘘を吐かなければいけないところだった。

 「とりあえず、どうするんだ。流石に一日中こもってるのは無理だろ」

 「やっぱり無理、か?」

 「流石に食事にも行かなかったら不思議に思われる。特にリヴェリア辺りは心配性だし、鍵をつけていても、声でバレるぞ」

 俺の場合はすぐに入ったから別だが、声を聞いてすぐ、何かが違うとは思ったのだ。彼女が気づかない、なんて保証はできない。

 「よくはしらないが、エルフは耳がいいらしいし、一発で気づかれると思うんだが」

 「クソッ、シオンはまだしも他の女共にバレたらぜってー玩具にされる。原因突き止めてさっさと治さねぇと……」

 まぁ、それが現実的だろう。食事に行かなくても、部屋にいなければ外に出て行ったと思ってくれるし、ここにいるよりは堅実だ。

 しかし、ここで一つ問題にぶち当たる。

 「服、どうするんだ?」

 「男物の服は」

 「俺は構わないけど、後々後悔すると思うんだが」

 外の人間はともかくとして、ホームにいる者は気づく。

 そもそも【ロキ・ファミリア】はロキが気に入った美男美女を適当に眷属としている、というアホみたいな話がある。

 しかしその比率はバカバカしいくらいで、男なんてそういない。そして、ベートの服はその中でもかなり特徴的な物。

 例え外見で気づかれなくとも、服からベートを連想する者はいるはず。

 そして、それがアイズ、ティオナ、ティオネ、フィン、リヴェリア、ロキ。彼女等の耳にもし入ったらどうなるか。

 「女の勘は恐ろしいぞ。根拠もなく断定してオラリオ中探し回って追っかけてくる姿が今にも思い浮かんでくる」

 「……っぐ」

 ベートも俺の言いたい事がわかったのか、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ふと、思った。

 ――そんな顔も綺麗だけど、もうちょっと笑ってくれた方が……。

 「ん? なんだシオン、俺の顔になんかついてんのか?」

 「え、ああいや、そうじゃない。……どうせだから、女物の服を着てみる、か?」

 ペタペタと自分の顔を触るベートに、気づけば俺はそう提案していた。

 「少なくともお前をあまり知らない人間に、お前を連想させるような物をつけていくのは悪手になる。だったらいっそ、お前とは縁遠い物を着ていた方がまだ安心できる」

 当然難色を示す彼女に、まるで説得するように――いや、実際に俺は、説得していた。どうしてなのかもわからず、口が勝手に動いてしまうのだ。

 女物の服を着ていたとしても、彼女達に見つかればすぐにバレてしまうのに。

 「……お前の服を借りる、とかじゃダメなのか」

 「それでもいいけど、多分邪推されるぞ?」

 自分の服があるのに女性が男性の服を借りるなんて、よっぽど仲が良くなければできない事だ。

 そしてその場合、大抵の人間が思い浮かべる『仲』なんて、一つだけしか無い。

 ――……それはそれで悪くない、なんて思うのは、なんでなんだよ。

 自分の心情が理解できない。ベートが頭を抱える中で、俺も内心、頭を抱え込んでいた。そんな俺に気づかず、彼女は顔をあげて言った。

 「……わかった。女物の服を着る」

 「了解。それじゃちょっと取ってくるから、待ってて」

 ベートの返答に、ホッとしつつ、でもどうしてか残念に思いながら、俺は一度、自室へと戻っていった。

 まず部屋に戻ってバッグを取り出し、部屋のタンスやらなんやらに放り込まれていた女物の服をそこに放り込んでいく。

 なんで自分の部屋に女物の服があるか、なんてのはもう今更だ。

 言えるのは、リヴェリアが楽しそうにそこに入れていた事と、『いつか見させてくれ』とかいう恐ろしいセリフを残していった事だけだ。

 恐怖の記憶を振り払い、服を入れたバッグを背負ってベートの部屋に戻る。

 彼女は少しつまらなさそうにベッドの上に座り、足をふらふら揺らしていた。

 「持ってきたぞ。できるだけ多く持ってきたから、着たくない物は省けると思う」

 「お、そりゃいいな。できれば変な物は着たくねぇし、できるだけダメージが少ないもんにしたいとこだ」

 俺が声をかけると、ベートはつまらなそうな表情から一転、ちょっと楽しそうに笑った。その意味に思考を伸ばす前に、彼女は立ち上がると俺の手からバッグを奪う。

 その時ベートの手が俺の手に触れた。俺もベートも鍛えているから手は硬い。はずなのに、彼女の手はどこか柔らかい。その柔らかさに一瞬意識を奪われている内に、気づいたらベートはもうテーブルの上に服を広げていた。

 「数は多いが、可愛いって感じのが多すぎる。無難な物で……後はズボンとかを」

 「それは安直だぞ、ベート」

 流石に上に関してシオンは何も言えないが、下に関しては少しくらい口を挟める。シオンは適当にズボンを二つ取り、一つを自分の腰に当て、もう一つをベートの腰付近に寄せた。

 「これ見てわかる通り、俺とお前じゃ腰周りが違う。下手な物を着ると腰が痛くなるし、締め付けられてむしろ強調する事になるから、あんまりオススメできない」

 「……って、事はよ」

 流石に強調されるのは嫌なのか――まぁ、自分の下半身を見せつけたい、なんてのは余程奇特な人間だけだろうが――素直に頷き、だがまた嫌そうな顔をする。

 その視線が、チラチラと一箇所に向けられる。

 そこに置いてあったのは、スカートの群れ。ヒラヒラした物ばかりだった。

 「こんな物着なきゃいけねぇのかよ……うわっ、なんだよこれ、ほとんど足丸出し……下手すりゃ下着まで見えんぞ」

 「それは特に丈が短い物だからやめておけ。リヴェリアもなんでこんなの持ってきたんだ。というか、買ったの本当にリヴェリアなのか……?」

 知らない内に増えていってる気がする。一体何を期待してるんだ、彼女達は。

 と思いつつ、ベートの手から、そして並べられた中で丈の短い物はさっさと回収。バッグの中に放り込んでおいた。

 「……おい、シオン。流石に入れすぎだ」

 「え、何がだ?」

 「スカートを、だ。膝くらいまでだったら、まだいいんじゃないのか?」

 「……あ、れ?」

 知らず知らずの内に、俺は丈が短すぎる物以外も入れていたらしい。残っているほとんどはロングスカートとか、その辺りになっていた。

 一応、膝にかかるくらいのミドルスカートとかは残ってるけど、どう考えてもやりすぎだ。なのにどうして……。

 理由は色々思いついたけど、一番最初に思い浮かんだのは、しょうもない物だった。

 「……気に食わないから」

 「あ? 何がだよ」

 「お前の足を他の奴に見せるのが気に食わない。それが理由」

 本当、何を言ってるんだろう。

 こんなんじゃベートも呆れるに決まってる。『男同士で何言ってるんだ』って。だけどこれが本心なのだから、と言い訳しつつ、そっちに顔を向けると、

 「……っ、わかったよ。なら、選ぶのはロング以上にする。それ以外は戻していい」

 なんでか顔を真っ赤にして、そっぽを向いている姿があった。

 呆然としながらその姿に見惚れていると、耳と尻尾がピクピク揺れているのに気づく。その意味を、俺は予測できなかった。

 ベートは残った物の中から、白と銀を基調としたスカートを選んだ。どうしてそれにしたのかと聞いてみると、教えないの一点張り。

 ……どこか俺の髪色と似てる気がするけど、関係無い、か?

 一応上の服も、俺のアドバイス故か体に合うものより少しゆったり目のブラウスにして、体の線を隠す事にしたらしい。それでもわかる胸の形に、少し暑くなるけど、とカーディガンを羽織らせて誤魔化す。

 サマーカーディガンなので、暑い時にも着れる物だけど、やっぱり重ね着するから暑い物は暑いのだ。だから無理をする必要はないと言ったのだが、ベートは文句一つなく羽織った。

 これで準備はできた、だろうか。

 「……落ち着かねぇな、やっぱ」

 しかしベートはスカートを引っ張って、眉を寄せる。

 困ったような姿に、これも暑くなるけど、と前置きしながら言った。

 「短パンとか穿いておけばいいんじゃないか? 生地が厚い物だとスカートの上からわかっちゃうから、なるべく薄い物にしておけばいいし」

 「その手があったか。サンキュー、シオン」

 自分のタンスの中からズボンを取り出し、スカートの下に穿いておくベート。何か変な感じがしたので一応顔を逸らし、扉を見る。

 「よし、準備できたぜ。これ以上遅くなると人が起きてくる、さっさと外行くぞ」

 一通り確認したのか、満足気味に頷いて俺を促してくる。

 でも、それは間違いだよベート。

 「寝グセができてる。直すぞ」

 「あ、ああ。頼む」

 跳ねた髪に手を伸ばしてそっと撫でると、狼耳がペタンと倒れる。髪から垣間見える耳が真っ赤に見えたのは、何でだろうな。

 幸いそんな事をしていても、元の時間が時間だったため、誰にも会わないで外に出られた。

 

 

 

 

 

 クソッ、さっきから何なんだこれは。

 朝起きたら女になってるとか、本当に頭が混乱した。確かコイツも一度、女の姿に変えられたはずなんだが……その時のシオンの行動を思い出して、自分に呆れる。

 取った行動が違いすぎて参考にならない。

 才能云々より精神構造に疑問を持ってしまっても、仕方ねぇよな。

 いくら暑い季節だと言っても、この時間は少し寒い。思わず身震いすると、シオンがいきなり手を握ってきた。

 文句を言ってやろうかと思ったが、シオンは手を少し強く握ってくるだけだ。

 まるで、自分の体温を伝えようとするかのように。

 これじゃ……文句を言えるわけないだろ。

 内心歯噛みしながら、その手に引かれて歩き始める。男と女の体の違いに戸惑いながら、俺は周りを見渡した。

 歩き方、冷たい風の感じ方、何から何まで違う。

 今、俺が男だった事を知ってるのはシオンだけ。表現できない心の動きに、俺は知らず手に力をこめていた。

 「どうした、ベート……いや、これはまずいな。折角ここまでやったのに名前でバレるとか、アホすぎる」

 「お、おうそうだな! ……なら、シオンが考えてくれよ。俺にセンスはねぇし」

 ちょっと、安心した。

 名前に気を取られてくれたお陰で、さっき感じた不安を誤魔化せたらしい。それに乗っかるようにシオンに名前決めを丸投げすると、うーん、と悩み始めた。

 やがて、自信無さげにシオンが言った。

 「……ベティ。ベティ・ロウ」

 「それが、俺の名前か?」

 「ああ。あんまり変えすぎてもお前が気づかない可能性が高いし、だったら少し変える程度にした方がいいかなって。……気に入らない、か?」

 やっぱり自信が無いのか、目尻を下げて俺の顔色を伺ってくる。それにハンと鼻を鳴らして答えてやると、ちょっと落ち込んでいた。

 「いいぜ、それで」

 「え?」

 「いいって言ったんだよ。今の俺は、ベティ・ロウだ」

 そう言い返してやると、シオンは数秒動きを止め、やっと理解すると、嬉しそうに笑った。

 「っ……」

 その笑顔を見ると、一気に体が熱くなって、心臓が跳ね上がる。意味のわからない体の動きに戸惑っていると、シオンは笑顔を引っ込めて、俺に言った。

 「大丈夫、何とかなる。いいや、何とかする」

 「あ? ……何がだよ」

 「不安になるな。俺を信じろ、ベティ」

 気づかれて、いた。

 男に戻れず、このまま本当に女として生きていく事になったらどうしよう、と。そんな事を思っていたのを、シオンは察した。察して、そう励ましてくる。

 正直、俺は女として生きる自分を想像できない。男の精神に女の肉体。相反するそれに耐え切れず狂ってしまう事さえ幻視した。

 生まれた時からじゃない、完全な男の体と精神から、完全な女の体へ。そう変わってしまう恐怖はきっと、経験した者しかわからない。

 ――……そう、だよな。コイツも……。

 シオンだって、経験した。だからきっと、こんなにも心に響いてくる。

 「もし戻んなかったらどうするんだよ?」

 ふざけて問い返すと、

 「戻っても、戻んなかったとしても、ずっと傍にいるさ。こうして隣にいて、不安になったら手を握る。お前が俺を見れる距離に、死ぬまでいるよ」

 真剣な眼差し。それはあまりにも俺を見すぎていて……。

 「約束、破んなよ」

 そう、モゴモゴ口を動かしながら答える他無かった。

 何とも言えない空気の中、俺もシオンも手を繋ぎながらオラリオを歩く。人のまばらな道を選んで行き、何分経っただろう。

 ぐうぅ……という音が、俺の体から鳴った。

 「ぷっ、く、くく……っ!」

 「わ、笑うな!」

 思わず吹き出した、という様子のシオンに怒鳴るが、一向に堪えた様子を見せない。殴ってやろうかと睨みつけると、シオンは小さく笑って手を離した。

 「あ……」

 と声が漏れて、自分の口に手を当てる。

 ――何だよ今の声!?

 あんな、寂しそうな声が、俺の口から出てくるなんて。それでも置いてかれないようについていくと、そこにあったのはクレープ屋。

 「この時間だし、まだ店は開いてないからね。お腹を満たすならあのくらいの量がちょうどいいだろ?」

 「そうかい。なら俺は……チッ、クレープなんてわかんねぇし、甘い物じゃなけりゃ別になんでもいいぜ」

 正直俺は甘い物が好きじゃない。食べられる事は食べられるが、好んで口に入れようとは思わない程度だ。

 「俺が頼んでおくから、ベティは座ってていいよ。確か少し先の通りにベンチがあるはず」

 「すまねぇな」

 素直にそれに従う。実は足が痛みを訴えていたのだ。女物の靴は履き慣れていないから仕方ないんだが、休んでていいならそうさせてもらおう。

 ベンチに座って一息吐く。自分の足元を見て、また一つ。

 本当に、女になっちまってるんだよな……。

 現実逃避気味に顔を空に向ける。そのまま俺は、過去に想いを馳せた。

 甘い物が好きじゃないとシオンは知っているが、そういう意味じゃ、18層にある果物は強烈だったな。アレを初めて食べた時は、あの甘さに口をやられた。俺以外の奴等は平然と口にしていたから俺もそうしたが……今思うに、バレていたのかもな。

 ちょっと俺の仕草を見ただけで見抜いた奴なんだし、それくらいわかっても不思議じゃない。あの後俺に交換してきた肉を多めに渡してきたのはシオンだけだから、気づいたのは多分、あいつくらいだろうけど。

 昔っから心配かけてばかりのシオンだが、それ以上に自分以外はよくわかってる。だから、今もこうして俺はアイツを信じてる訳だが。

 と、クレープを注文したのか、所在無さげに立ってるシオンを見ていると、いきなり腕を掴まれてしまった。

 「お、いい女。こんなところでつまんなそうにしてるくらいなら、俺と良い事しようぜ?」

 「あ゛? 死にたいのかテメェ……」

 「強気な女か。ますますいい。こういう女を屈服させるのが楽しくてなぁ」

 ……気持ちわりぃな、コイツ。

 一瞬力の抜けた時を見計らって腕を抜き取り距離を取る。慣れない靴でもこれくらいの動作はお手の物だ。

 だがこの男は単なる偶然だと思ったのか、粘ついた視線を向けてくるのをやめない。

 ――なんだ、これ。

 気持ち悪い。どうしようもなく嫌悪感が湧いてくる。絡みつくような視線が、俺の手足を拘束しようとしてるみたいだ。

 俺の方がコイツよりも強い、はずなのに。

 ――怖い、のか? 俺が?

 「んー? 震えてるのかな。まさか初物? 大丈夫だって、すぐに慣れるし。薬とか使えば最初から痛みもなくなって、自分から求めてくる奴もいるんだぜ?」

 「下種野郎が」

 勝手に俺の足が、下がっていく。

 俺の方が強い。そう言い聞かせてるのに、何で俺の足は言うことを聞かないんだ! 俺の反応を見て粘っこい笑みを浮かべた男が、手を伸ばしてくる。

 「ひっ」

 両手を頭の上に交差させたが、それを無視して、誰かが手を置いた。

 だけど、その手は温かかった。

 「おい、テメェ」

 ゾッとするくらい低い声。なのに、今は、どうしようもなく頼もしい。

 「ベティに、何をしようとしていた?」

 「……あ、う。お、お前は」

 シオンを知っているのか、今度は男が下がっていく。目に見えて怯える男は、俺にしようとした事を素直に言えば殺されると思ったのか、黙ったまま喋らない。

 だが、甘い。

 シオンの五感は、俺達が思っているより遥かに鋭いのだから。

 「薬を使って、何だって? あぁうん、言わなくていいよお前の声なんて耳にもしたくない。だけど、さ」

 グリグリと、シオンの手が乱雑に俺の頭を撫でて、離れた。

 「俺の『大切』に手を出そうってんなら、死ぬ覚悟を持ってんだろうなァ!?」

 殺気。

 『Lv.6の冒険者』の、本気の殺気だった。俺には慣れたそれも、男にとってはそうじゃない。あまりの恐怖からか、白目を向いて倒れた男に唾をかけると、シオンはそいつを縛り上げ、何事かと外に出てきた人達に事情を説明し、ギルドの人間を連れてきてくれと頼んでいた。

 それから一時間か二時間その場に拘束されてしまう。特にシオンは男を縛った奴だからか、詳しく話を聞かれていた。

 俺にも声をかけられたが、ずっとシオンの背に隠れていると、シオンの話を聞いた故に強く声をかけられなかったらしい。そのまま諦めていった。

 やっと人の群れが解散する中で、シオンは結構な数の女性から握手を求められていた。中にはサインを、と願う人もいる。

 わからなくも、ない。シオンは容姿がいいし、強さもある。特に女性に対しては、よほどアレな性格をしていない限りは必ず助けるヒーローだ。人気が出ない、理由がない。

 困ったようにしながらも悪く扱わず、どころかちょっと嬉しそうに笑っているシオンに、どうしてか胸がムカムカしてくる。それに耐え切れなくなって、思わず、

 「おい、そろそろ行くぞ!」

 シオンの手を引いて、そこから脱出する。

 ついてこようとした女もいたが、俺達の速さについてこれないとわかったのか、ブーイングしながらも諦めるように去っていった。

 「ベ、ベティ? 何してるんだよ?」

 そうして走り続けていたら、何時の間にか先程の場所に戻っていた。シオンに言われなければまだ走っていたかもしれない。

 理由を言わずにムスッとしたまま黙っていると、シオンは頭を掻いた。そして今度はシオンが俺の手を引いて歩くと、先程のクレープ店に戻る。

 「悪いなおっちゃん、ベティが変な奴に絡まれてたから助けに行ってたんだ」

 「構わねぇって。むしろ有名な人間であるあんたがこの店利用してくれてるんだ、光栄ってもんだぜ。それに」

 と、店主の顔が俺に向けられる。思わず、と言ったようにシオンの後ろに隠れると、彼は面白可笑しそうに笑っていた。

 「自分の彼女さんを助けないなんざ、男じゃねぇよ。いやあ、ここまで聞こえてきたぜ? 『俺の『大切』に手を出すんなら』って言葉がさ」

 「……っ」

 カァーっと体が熱くなる。反射的にシオンの肩に顔を埋めていると、その笑みを微笑ましい物に変えながらクレープを差し出してきた。

 「いいもん見せてくれた礼だ、貰ってくれや」

 「え、いや、だが。流石にそれは……さっき焼いてくれた分も合わせたら、結構な損だろ?」

 「いいから受け取れ! 後は美味しいって言ってくれりゃ、おっさんは満足さ」

 ほら行った行った、と手を振ってくる。

 シオンは小さく考え込みながら、店主に渡されたクレープを見つめ、頭を下げた。

 そういえば、それを渡された時に何か言われていたけど、一体何だったんだろうか?

 「ほらこれ、レモンのクレープ。甘い物じゃないか確認してないけど、大丈夫なはずだ」

 「あんがとよ」

 礼を返し、渡されたクレープを受け取る。そのまま一口囓ってみたが、どうしてか、全然美味しくなかった。

 ――味覚が、変わってるのか?

 酸っぱい物は好きなはずなのに、酸っぱすぎて嫌だという物に変わっている。それに愕然としながら横目でシオンを見ると、苺を食べている姿が見えた。

 ……甘い物は、好きじゃない。

 なのに、そこから目を離せなくなってしまう。

 「シオン、それよこせ」

 「は?」

 片手でシオンの動きを止めて、身を乗り出しストロベリーのクレープを食べる。大口を開けたそこに入り込んだクレープは、とても甘くて、とても、美味しい。

 「~~~~!」

 つい、頬が緩む。

 どうして女達があんなにも甘い物が好きなのか、わかった気がした。けれど一口で食べられる量なんてしれているので、すぐに口から無くなり、残るのは酸っぱいクレープだけ。

 むぐぐ、と眉を寄せると、シオンがクレープを取り上げた。

 「お、おい、何するんだ」

 「……ハァ」

 呆れたように息を吐き出し、シオンは自分が持っていた物を俺に押し付ける。それから俺が頼んだはずのレモンのクレープを、自分が食べ始めた。

 「嫌なら嫌って言えばいいんだよ、バカベティ」

 「バカって言うなっ。このバカシオン!」

 困ったように笑いながら言うシオンに、顔が赤くなっているのを気づかれたくなくて、そう言ってしまう。

 そして貰ったクレープに口をつけて、ふと気づいた。

 ――これって、まさか……。

 今更、なはずなのに。

 相手の食べかけの物を交換するなんて何度もやった。だけど、今は、その事実に転げ回りたいくらい恥ずかしさを感じてしまう。

 ――……間接、キス……。

 シオンに、その事実を気にした様子はない。その事にちょっと落ち込みながら、空いた手でシオンの手を握る。

 その手を握り返すと、シオンは俺を見て笑った。

 「ほら、行こうぜベティ!」

 ……ああ、本当にコイツは『女たらし』だ。

 シオンのせいで一瞬、刹那の間だけ、思ってしまった。

 ()として生きていくのも悪くない、だなんて……。

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