『彼女』を見てしまうのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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痛む心、望んだもの

 「う、ぅん……?」

 朝日が窓から差し込み、天然の目覚ましとなって俺の頭に焼き付いてくる。加えてジリジリと陽が布団を温めていき、焼け付くような暑さを与えてくる始末。これだから夏は嫌いだ、汗がダラダラ流れて気持ち悪いったらありゃしない。

 未だ回転の鈍い頭を数度叩き、意識をハッキリさせていく。そうしていたら、ふと、作った拳が硬いのに気づいた。拳を開いて目の前に寄せると、剣を握ってできたタコが、『いつも通り』のゴツゴツとした手のひらが視界に入ってきた。

 「――まさか」

 もう寝起きの頭なんて関係無くなっていた。

 布団を撥ね退け起き上がると、体を見下ろす。思わず胸元をペタペタ触るが、昨日感じたあの変な感触は消えてなくなっていた。

 それが指し示すのは、つまり。

 「男に――戻ってる……!」

 思わず脱力して、枕に顔を押し付けてしまう。昨夜シオンとオラリオを探索していた時は、結局最後まで元の姿に戻れず、どころか深夜になってもそのままだった。

 もう戻れないのかと絶望しかけたが、シオンの励ましで何とか落ち着いて、そのまま布団に寝付いたので、戻ったのならその間だろう。

 本当に良かった、としか言えない。

 このまま安堵と共にもう一度眠ろうとしたが、その前にやる事があったのを思い出した。

 ――シオンには言っとかねぇと。

 昨日は散々迷惑をかけたのだ。落ち込んでいたので気づけなかったが、今思えばシオンは相当悩んでいたように見える。ちゃんと報告しておくのが筋だろう。

 そうと決まれば早速行動だ。俺はベッドから抜け出てクローゼットから服を取り出す。やっぱりこういう気軽な服装の方が落ち着くのは、俺が男っていう証拠だろう。

 まぁ、あのバカゾネス姉妹みたいに露出を好む女もいるが。アレは例外だ。

 さて、これでいいか。アイツのところに行くのに妙な格好をする必要はない。俺も気にしないしアイツも気にしない、その程度にはお互いをわかってるしな。

 一応護身用に短剣を一本忍ばせて、忘れ物は無いかと確認してから部屋を出る。

 「――ん?」

 シオンの部屋はあっちだったな、と思いながらそちらへ体を向けると、俺に背を向け、窓に座っている人間がいた。

 あの後ろ姿。無駄に長い白銀の髪を靡かせる人間を、俺は一人しか知らない。

 「シオン?」

 名を呼ぶと、シオンはノロノロとした動作で俺の方を振り向いた。そこまではいい。良くなかったのは、シオンの顔に凄まじいクマが出来ていたことだ。

 シオンと別れたのは深夜。まさかコイツ、昨日の夜からずっとここで見張っていやがったってのか……?

 「……ああ、ベート。元に戻れたのか」

 薄ぼんやりと、脳が回ってないのか焦点の合っていない瞳で俺を見るシオン。

 そういやシオンは徹夜をした経験があまり無かった気がする。ここ最近は無茶をするような事態が無かったから、尚更辛いんだろう。

 「な、なんでここにいんだよ?」

 「いや、お前に気づかれず体だけを女にできる相手に心当たりがあったから、こうして周囲の警戒をね。結局取り越し苦労だったわけだけど」

 心当たり、か。

 コイツの交友関係は広すぎて、予想しようにもほぼ不可能だ。何で千人単位の人間と関わってるのにその人間の顔と名前を一致させられるのか、理解ができない。

 シオン曰く『本気出してないだけだろ』との事だが……蛇足過ぎた。

 「それじゃ、そいつを見つけるために、ずっとここに?」

 「ああ。やっと終わったかって思ってるところだよ」

 ただ座ってるだけでも数時間以上。本を持ってないようだから、何もせず、常に周囲を警戒し続けるのは、かなり疲れるだろう。

 「俺が勝手にやった事だ。お前が気にする必要は無いぞ?」

 「いや、だがな」

 俺が考えていた事を察したのか、シオンが先回りして、安堵させるように優しく笑う。だがその目の下にある濃すぎるクマが、その優しさを打ち消してしまう。こうして申し訳なさそうにしている事こそがシオンにとって嫌なことだとわかっているのに。

 どうも目線を合わせづらくなっていると、シオンが俺の胸に拳をトン、と押し当てた。

 「俺達はライバルで、何より親友だ。困っていたなら助けに行く。そういうもんだろ?」

 快活に笑って、当たり前のように言い切るシオン。

 本当に……コイツには、勝てる気がしない。戦闘面で劣っているなんて口が裂けても言うつもりはないが、人間的魅力では負けている、そう思ってしまうのだ。

 俺が圧倒されていると、拳を戻したシオンが、ふわぁ、と大きく口を開けて欠伸した。

 「悪い、流石に眠いわ。今日は部屋に戻って寝るよ、昼には起きるから」

 「わかった。アイツ等には俺から言っておく。ゆっくり休んでくれ。それと、ありがとな」

 背を向けかけていたシオンが、俺の言葉に振り返ると、苦笑を見せた。

 「どういたしまして。戻れて良かったよ、本当に」

 「……そうだな。じゃ、また」

 シオンの言葉に、一瞬詰まりながらも俺は何とか言葉を返す。その後、俺はシオンがその場から消えるまで、一歩も動くことができなかった。

 シオンが消えてから、俺はホームの食堂のようなところへ向かう。移動する間に考えていたのは先程胸中を過ぎた痛み。

 ――何だったんだ、アレは。

 一瞬……本当に一瞬だけだが、俺の心が『良くない!』と叫んでいた。同時に、ズキンと胸が痛んだのも。しかし不思議なのは、その痛みをどこか他人事のように感じた事だ。まるで、俺以外の誰かが感じた痛みを俺が受け取ったかのように。

 外には出さないように悩みながら、今日食う物を選ぶ。何となくで選ぼうとしたら、何故か甘い物ばかりに目が行ってしまい、慌てて視線を逸らした。

 ――まさか。

 ベティの体では、美味しく感じる物が変わって、そのせいで食べたい物も変わっていた。その影響が、男に戻った今でも残っているのだろうか。

 「まぁ、いい。今日は辛めの香辛料を効かせた肉でも食うか」

 後は付け合わせの野菜と大盛りのご飯でも頼んどきゃいいだろう。この体は朝からガッツリ食わないと昼まで保たないんだから仕方がない。

 そう納得して料理係に告げようとしたら、

 「うっわ、朝から重たい物食べるんだね。お腹もたれない?」

 ひょこっと脇から顔を出してきたティオナが、俺の頼んだ物を見てうげっと顔を歪ませる。俺やシオンが何かを頼むと、大抵の女は顔を引きつらせるんだが、そこまでする程か?

 「男はこんぐらい食わないとダメなんだよ。筋肉あるから燃費が悪いしな。お前だって食うほうだろうが」

 「あー……でも私達はそこまで食わなくても何とかなるから、いいや」

 アハハ、と誤魔化しているが、俺の目までは欺けないぞ、ティオナ。

 「太るのがイヤなだけだろ」

 ボソッと呟くと、ティオナの体――だけではない。聞き耳を立てていたらしい女共全員の体が固まっていた。

 「も、もー! わかってて言うって性格悪すぎない!? 女の子はいつだって頑張る生き物なんだから、知らないフリしててよ!」

 「テメェ等にとっちゃそうなんだろうが、俺やシオンを始めとした男共がどう思っているのかわかっててやってんのか? 参考意見だが、シオンは多少痩せてるよりは多少太っている方がいいんだとさ」

 え、とティオナが驚いたように俺を見る。まさかこいつ、知らなかったのか? シオンの好みの体格。

 「そもそもシオンって、女の子の好みがあったの……!?」

 そっちかよ。

 思わず脱力していると、ティオナがむむむと悩みだし、キッと俺を見てきた。

 「ほ、他には何か言ってた?」

 「そんなに気になんのかよ、おい」

 「当たり前! 少しでも好きな人の理想でありたいなんて、恋する女の子として普通の感情なんだよ」

 そんなもん、なのかねぇ。

 女の体になったとはいえ、俺は誰かを好きになった訳じゃないから女の気持ちはわからん。男の状態でもそれは一緒だが。お眼鏡に適うような女がいねぇんだよなぁ。

 答えるかどうか考えていたら、俺とティオナの料理が届けられた。続きは食べながら、という事で互いに箸を取り出し、口にする。

 うん、やっぱ辛い物はうめぇ。箸が進んでご飯を大量に食べても飽き足りないくらいだ。

 「んで、シオンの好み、だったか?」

 「そうそう。ていうか何でベートは知ってるの?」

 「()()()()以来、シオンは周囲を見る余裕が出てきたからな。たまに女のどんなところが好きかとか、話してんだよ。俺等も年頃の男なんだぜ?」

 言外に、テメェ等だってガールズトークしてんだろ? と言えば、ティオナは反論できなかったらしく悔しそうに呻いた。

 「そ、それはいいから。ちょっとでもいいから教えてってば」

 「ハァ……ま、別にいいけどさ」

 全く引く様子の見せないティオナに根負けし、降参を示すために両手をあげる。それで満足したのか落ち着いたコイツは頷くと、席に座りなおす。

 さて、何から教えればいいのか。あんま数はねぇし、どうでもいいんだがな。

 「基本的にシオンは外見で相手の判断をしないってのは、お前も知ってるよな?」

 「そりゃ知ってるよ。もう十年以上見続けてるんだし」

 ……長い初恋もあったもんだ。未だに報われてないのに色褪せるどころか、むしろシオンの幸せを第一に考えている。

 確か、ティオネが言うには――『無償の愛』だったか。

 「だからシオンは顔の美醜は気にしない。胸の大小とかも含めてな。だが、体格的にどう見ても痩せすぎてると病気とかになりそうで心配なんだとさ。それならまだ少しくらい太っている方が一緒にいて安心できる、らしい」

 「ふ~ん? なら私はいいって事かな」

 「まぁ、いいんじゃねぇか?」

 ティオナは自分が体格が同年代の女性の平均値よりもかなり貧相なのを自覚している。それに落ち込んでいた時期もあったが、そんなのを気にしていたら人に恋なんてしていられないと、いつの間にか立ち直っていたくらいだ。

 別にティオナは女としての魅力が無い訳じゃねぇしな。本人は興味が無いから全く気づいていないっぽいが、コイツを『いい』と思っている男は相当数いるらしい。

 俺からしてみりゃ手がかかる妹とかなんかにしか思えないんだがな……。

 「性格的には一緒にいて安心できる相手、だそうだ。ダンジョンに行った後は大抵ピリピリしている事が多いから、休みたいって意味でも包んでくれるような女性といたいんだと」

 これを聞いたときは、アイツ、もしかして年上好きなんじゃないかと思った瞬間だった。本人に自覚は無いんだろうが、どう考えても義姉とやらの影響を受けている。

 あるいは――親の愛が無かったせいか。

 母性愛にでも飢えているのか……まぁ、俺にはわからんが。誰にもわからないだろう、アイツ自身、全くわかっていないのだから。

 「……ねぇベート。それってさ、私達全員に当てはまらない?」

 「あ? 何でだ?」

 「基本的にダンジョンで生き残るために鍛えてるから全員健康的。性格は、もう十年以上仲良くやれてるんだから今更。……もしかしてシオンの言う好みって、()()()()()じゃなくって、()()()()()って意味、なんじゃ……」

 「…………………………」

 ……ありえそうだ。

 一つの目標に邁進し続けたアイツは、他の事に目を向ける余裕が無かった。その余裕ができるようになった今は、経験が無いから恋心とか、そういう感情を覚えたとしても気づけない可能性が相当高い。

 「あれ、でもそれおかしくないっすか」

 「ラウル」

 思わずティオナと顔を合わせていたら、ここでも珍しい男の団員が話しかけてきた。

 コイツには特徴らしい特徴がない。いや、あのロキに誘われたのだから一応見た目は悪くないんだが、纏っている雰囲気がチンピラの三下って感じで、強そうには見えないんだよな。

 見た目は悪くないのに雰囲気が平々凡々過ぎて、損している人間だ。Lv.3に上がれる程度の才能は持っていて、もう少しでLv.4になれそうだとは聞いたんだが……。

 「あの、何で自分、そんな目を向けられてるんすかね。めっちゃ酷評されてそうなんすけど」

 「路傍の石ころに意識してそんな目向ける訳ねぇだろ」

 「あ、そうなんすね。――って、もっと酷かったっす!?」

 俺ってやっぱどこでもそんな感じなんすね……といじけているラウル。正直うぜぇし、放り投げてやろうか。

 なんて考えていたら、ティオナが何とか慰めて、ラウルの話を聞き始めた。

 「――で、何がおかしかったの?」

 「まぁ、自分もチラッと見ただけで、見間違いの可能性はあったんすけど」

 何故かそこでラウルは一度言葉を区切り、チラッと俺の方へ視線を向ける。

 ……なんだ? その関係ありそうだけど、やっぱ関係無いよな、とか思っていそうな目は。ていうか、待てよ。

 訳もわからない嫌な予感が脳裏を過ぎる。そしてそれは、正しかった。

 「会った事は当然、見た事もない銀髪の狼人族(ウェアウルフ)の女性と一緒に歩いてたっすよ。それも、横顔見ただけでもわかるくらいの超美人さんっす」

 「――ッ」

 やっぱ、そういう事か。

 銀髪の狼人。俺と多少似通った特徴だ。俺に姉や妹はいないと知っていても、ついそう思ってしまうのはわかる。

 だがまぁ、まだ何とかなる。ラウルはその女が俺だと予想がついてない。なら、何かしらのサインを出さなきゃ大丈夫だろう。

 「それって、いつもみたいに助けてあげたんじゃなくて?」

 「自分も最初はそう思ったんすけど……妙に親しげに手を握り合ってたんすよ。シオンさんも相手の美人さんも。特に美人さんは頬赤くして」

 まぁ美人さんは結構ツンツンしてて、素直には認めなさそうな目をしてたっすけどねーって、そりゃ一体どんな目をしていたのか聞いてもいいのかねぇ?

 テーブルの下に隠した手をぷるぷる震わせていると、その話に深刻そうな顔をしたティオナが俺を見てきたので、ちょっと心臓が跳ねちまった。

 平静……平静になれ。

 「んだよティオナ。シオンに女ができたのを焦ってるのか?」

 「別にシオンが誰かと結ばれたって、それで本当に幸せになれるなら、諦めるよ。でも、ラウルも知らない人って……騙されてたらどうしよう」

 何でそんな結論になるんだ。

 「だって、シオンって平常時はどこか抜けてるし」

 仮にも好きな相手にその発言はどうなんだ? 事実だから何も言えねぇんだけどよ。

 「だからベートの知り合いに当てはまりそうな人、いないかなって」

 「知るか。大体俺の交友範囲は狭すぎるって知ってんだろ。普段の態度からして近寄りがたいんだからよ」

 「わかってるなら直そうよ、ベート……」

 「これが俺の生き方だからな」

 とかなんとか言っている内に、ラウルは変な想像でも頭の中に思い浮かべたのか、ぐぬぬぬと呻きだした。

 「だぁぁぁぁぁぁ、羨ましいっす! ちょー羨ましいっす! 何でシオンさんだけ可愛かったり綺麗だったりする女の人が寄ってくんすかっ、自分にも彼女が欲しいっす! 誰でもいいんで!」

 コイツ、頭の中身を取り替えた方がいいんじゃねぇか。ここ、仮にも食堂だぞ。今の叫びでここにいた女性全員から白けた目で見られてるの、気づいてねぇんじゃないか?

 ……少なくとも、うちの誰かとくっ付くってのはありえなさそうだよなぁ、この感じ。

 「自分と彼の違いはなんなんすか!?」

 「その明け透けな『誰でもいいから彼女が欲しい!』って下心がマイナス。しかも顔はそこそこ程度なんだから、もっと雰囲気改善した方がいいよ? 後は単純に強さとか――」

 「あ、もう許してください。自分が悪かったっす」

 ティオナが割とガチなトーンで言うと、自分で聞いたのに結構傷ついたのか、どんよりと落ち込むラウル。

 アホらし。むしろシオンよりコイツのが変な女に引っかかりそうだぞ。

 「ハァ……俺はもう行かせてもらうぜ」

 「あ、ごめんね。でもありがとう、色々教えてもらっちゃって」

 「別にい――ああ、そうだ。それなら礼変わりっちゃアレだが、伝言頼んでいいか」

 そう言うと、ティオナが頭に疑問符を浮かべながらも、伝言くらいならと何が楽しいのか、笑って頷いた。

 「女性を物みたいに扱って本当に申し訳ないと思っています。なのでどうか、どうかそのゴミみたいな目を向けるのだけは、許してください……!」

 ……ラウル? そこで土下座みたいな格好して更に酷い目を女共から向けられてるよ。

 「シオンは昨日無茶したみたいでな。『今日は昼まで寝てる』、だそうだ。部屋に行って反応無くてもそっとしといてやってくれ」

 「了解。……って事は朝食も食べてないのかな。だったら後で様子を見に行くついでに、消化の良い料理を作って持っていくね」

 両手で握り拳を作って奮起するティオナ。さっきの話を聞いていたはずなのに、その顔にあるのは好きな人へ何かができる喜びだけだ。

 「……嫉妬、しねぇのか?」

 だから思わず、聞いてしまった。いつもなら聞かないような、そんな質問を。当然、俺らしからぬ言葉にきょとんとしたティオナだったが、すぐに破顔した。

 「嫉妬? するよ」

 「すんのかよ」

 「当然、するね。でももう割り切っちゃった。嫉妬で劣等感を覚えているヒマがあるなら、それ以上にアタックすればいいってね。変に考えて殻に籠るなんて、私らしくないでしょ?」

 そう言うティオナに、どうしてか俺は圧倒された。胸がキリキリと鳴り、意味もなく拳を作って手のひらに爪を食い込ませる。

 どう、なってんだ……俺は。朝からおかしい。

 自分の心が、制御できていない。

 なんでここで、昨日見たシオンの笑顔が浮かんでくるッ。気持ち悪い。理解できない。嫌な想像にありえないと、今まで培った常識という名前の価値観が想像を切って捨ててくる。

 あぁクソ、胸糞わりぃ。

 「ハッ、確かにそうだ」

 俺が答えられたのは、それだけだった。

 「……今日は、もう何もやる気が起きねぇ」

 疲れた。ただただ疲れた。自室に戻り、ばら蒔かれた女物の服に目が行く。そう言えば、昨日脱いだっきりで全部ほったらかしていた。

 今日は惰眠を貪ろうかと思っていたが、その前にこれを片付けなければいけない。こんなのを見られたら変な噂が立つのは確定的だ。

 しかし今返しに行くのもマズい。具体的な時間は言ってなかったが、ティオナはシオンの様子を見に行くと言っていた。

 「夜に、返すか」

 適当な、外見からではわからない袋に放り込む。取り残しはないかと一応確認したら、ベッドの傍に放り投げて、俺もベッドに身を投げた。

 「寝て起きたら……消えていてくれ」

 この、意味のわからない感覚を。

 それから浅い眠りの中を漂っていた。決して深くは寝れず、微睡みの中を浮かんでいる感覚。それも長くは続かない。強制的な目覚めは、意外とすぐだった。

 「あっづ……やっぱ、夏だからか」

 ダラダラと流れ落ちる汗の不快感に、ぐっしょりと濡れた服も合わさってヤバい事になっていやがる。

 さっさと脱いで水でも何でもいいからと汗を洗い流して、着替える。気が付けば昼も過ぎて、夜に近い時間になっていた。自分ではすぐのような感じだったんだが。

 ――今なら、起きているか?

 部屋にいないかもしれないという問題はあったが、仕方ない。ふらふらと傾きそうになる体を何とか正して、俺は袋を手に取るとシオンのいる場所を目指した。

 この時間帯にこんな袋を持って歩く俺の姿は相応に目立ったが、生憎普段の態度から恐れられているから話しかけられる事もない。気楽なもんだ。

 シオンなら話しかけられたりして時間を食うんだろうが、そんな事もない俺は数分程度でシオンの部屋にたどり着いた。ノックをせずに扉を開けると、何かの本を読んでいたシオンの姿が目に入ってくる。

 「ん、なんだ、ベートか……何か用でも?」

 俺の存在に気づくと、シオンは本を机の上に置いて眼鏡も外す。シオンの眼鏡姿という、一度も見たことのない姿に思わず聞いてしまった。

 「眼鏡なんて必要なのか?」

 「いや、別に必要は無いんだけどな。本を読むのに便利そうだからって、衝動買い」

 結果はと聞くと、そこそこ使えるかなと返された。シオンの視力は良すぎるから、範囲を狭めるという意味では使えるらしい。

 「それでベートの用件は、その服でも返しに来たのかな」

 「やっぱりわかんのか」

 「昨日返されてなかったからね。そのまま持っていても処理に困るだろ。俺の場合は、まぁ散々投げ込まれているから今更だけど」

 苦虫を噛み潰したかのように言い、俺の手から袋を受け取ると、

 「後で洗って干して戻しておかないとな……見られたら変な邪推されそうだ」

 ふぅ、と軽い溜め息。そうしてから俺が見ていたのに気づいたのか、苦笑した。受け取った袋を机の上に置いて、代わりに椅子を引っ張ってくる。

 そこに俺を座らせると、棚から何かを物色し、悩みながらも瓶を取り出した。

 「今日ずっと寝てただろ。飴玉くらいしかないけど、無いよりはマシだから。ま、夕飯までは保つだろう」

 コロコロコロ、という音を響かせながら飴玉を取り出し、俺に放り投げてくる。手を使うのが億劫だったので口で受け止めれば、行儀が悪いからやめろと言われた。

 「……確かに俺の外見だと犬っぽく見えるし、やめとくか」

 「犬扱いは嫌なら改善する事だね」

 まぁ、Lv.5になってから新しくなった二つ名も分類としては犬扱いなんだがな。気にしていたら負けなんで、どうでもいい事にしている。

 シオンも俺が本当に嫌なことは察してくれてるから、何も言わない。そのせいで、一緒にいて誰より心が休まるかと問われちまえば、コイツしかいねぇんだよな。

 「ティオナから、昨日の事を聞かれたよ。世間話程度って感じだったけどね。誰かに見られてたのかな」

 「ああ、ラウルに見られてたそうだ。にしても、どうやって誤魔化したんだ?」

 「答えてたら思案し始めて、勝手に納得されたから、よくわからん」

 「何にしろ、俺だってバレなきゃどうでもいいさ。いつかは忘れられるだろ」

 俺だって、シオンが女になった――厳密には違うっぽいが、傍から見るとそうにしか思えない――って話を昨日まで忘れていたくらいだ。

 ふと思い出した時に、今日の事も笑い話になってるだろうよ。

 この態度から、シオンは俺がもう割り切ったとわかったのだろう。からかうように、その表情をニヤニヤとした物に変えた。

 本当……コイツ、変わったよなぁ。

 「なーんだ、残念。綺麗で可愛いツンデレ狼のお嬢さんはもう見れないのかぁ」

 「何言ってやがる。とうとう頭イっちまったのか。中身男だぞ」

 「ひっでぇ。俺が言いたいのは外見的な話だぞ。俺だって芸術品に感じる心はあるさ。……ま、そんくらい見惚れてたとでも思ってくれ」

 冗談のように、シオンは言う。

 しかし、俺は知っている。目の前にいるシオンという人間は、嘘を嫌い、決してしようとはしない人間だという事を。

 それは、だから、つまり、さっき言った言葉は本心である訳で。

 その言葉に対して、俺は気色わりぃと返す、べきなのに。

 「……本当に、そう思っていたのか?」

 俺の口は、気づけばそう聞いていた。視界が狭まり、シオン以外の全てが消える。あるとしたら椅子に座る感触と、口内にある飴玉の味くらい。

 それなのにカラカラに乾いた口の中。喉を潤すために唾を飲み込む。

 一秒が、長く感じる。

 シオンはまだ答えない。俺の言葉にきょとんとした顔をするだけだ。その意味を吟味するように飴玉を取ると、口の中にひょいと放り込んだ。

 「……本心言っても、怒らない?」

 「俺が聞いてるんだ、怒らねぇよ」

 「本当に?」

 「本当の本当だ。いいからさっさと答えてくれよ」

 「んー……ま、いっか」

 シオンはその強靭な顎の力で即座に飴を噛み砕き、飲み込むと、

 「綺麗だったよ。今まで見てきたどの女性よりも」

 「――――――――――!」

 ただただ真剣に、俺の目を見て、真意を覗き込むように言った。思わず目を逸らしてしまうと、シオンは先程までの態度が嘘のように姿勢を崩してしまう。

 「ま、可愛い女性は違ったけどね。流石に方向性が違いすぎるし」

 シオンは笑っているが、俺は心臓が色んな意味で跳ね上がって止まらない。嬉しさと、今聞いた言葉で増えた焦燥感。

 ――可愛いと思った相手は、ティオナなのか。

 結局言えなかったその問い。らしくない程に臆病な自分に苛立つ。

 あぁ、本当に、どうなってやがるんだ。

 何とかシオンといつも通りの会話を終わらせたが、部屋に戻っても、俺の心臓は脈打ち続けて止まらない。

 何で寝る前よりも悪化してるんだ。クソッ。

 もういい。夕飯すら食べてないが、寝ちまおう。何時だったか、シオンの部屋からかっぱらってきた睡眠薬を取り出すと、そのまま胃へと投げるように飲み込んだ。

 効果と安全性は保証されている薬だから、使用に忌避感はない。シオンの友人が手ずから作った物だしな。

 もう襲いかかってきた眠気。倒れる前にベッドに入り込み、薄い掛け布を腹の上に乗せる。

 色々疲れた一日だった。ゆっくりと瞳を閉じる、その寸前で、ふと思った。

 俺は――。

 

 

 

 

 

 そして、また朝が来て。

 「な、なんでだ……!」

 ()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「なんで、また女になってるんだ――!?」

 三日目の朝。

 また、俺は女の体になっていた。

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