『彼女』を見てしまうのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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終わらない問題

 ――ベートが食堂でティオナ達と会話していた頃、シオンは部屋へ戻る前に、一人の友人の元を訪ねていた。

 「リリス、入ってもいいか」

 「んぅ、シオン……? こんな朝早くから何……?」

 ノックして聞いてみれば、帰ってきたのは寝惚けた幼い少女の声。少ししてから扉が開かれ、どうぞと手招きされた。

 中へ入ってみれば、可愛らしい装いで彩られた部屋があった。ぬいぐるみ、小物、化粧の類もあるがあまり使われた形跡が無い。多分、年上の女性に渡されたがイマイチ使い道がわからなくて放置しているのだろう。

 リリスを見下ろせば、彼女は小さく欠伸をしていた。寝起きだからか髪はボサボサ、目脂が付いていてかなりだらしない。

 「顔を洗うくらいは待ったんだが」

 「いいよぉ、私とシオンの仲だもん」

 と、シオンにほとんど目を瞑りながらシオンに寄りかかってくる。シオンはそんなリリスの脇腹に手を添えて抱き上げると、洗面所にまで移動して顔を洗ってあげた。

 それから顔を突き上げて拭いてと無言で催促してくる姿に苦笑しつつ、そこまでやってやっとリリスの頭が回り始める。

 「それで、私に何の用?」

 「一つ確認しにきただけだよ。――最近、『あの魔法』は使ったか?」

 その言葉が発されると同時に、空気が変わる。

 今まで甘えていた雰囲気が掻き消え、リリスの瞳が鋭くなる。その問いの意味を考え、次いで何か疑われていると理解し、

 「ううん、使ってないよ。シオンの言われた時にしか使ってない。……だから、使ったのは四年前のあの時が最期」

 「そう、か。すまない、疑って」

 「シオンの立場からすると、聞かないといけないのはわかってるから。疑われるのは辛いけど、シオンとロキ様は嘘か本当か見抜いてくれるから、大分楽だよ」

 「それでもな……」

 リリス――より正確にはアマリリス・ファルサー。彼女は初めて『神の恩恵』を宿した五歳の時からずっとLv.1のまま、一度も【ランクアップ】をしていない。

 それでも彼女は、このオラリオでも上位、あるいは最上位に位置する程の脅威を宿している。

 その所以は、彼女の持つ唯一の魔法、『マジカルメイクアップ』が原因だ。

 言葉だけを捉えれば、幼い女の子が魔法少女に憧れ真似しているだけに思える。だが、その本質を理解できるものであれば、顔を引きつらせる効果だったのだ。

 能力は単純で、『己の想像した物(イメージ)を対象に反映させられる』、それだけだ。

 無機物・有機物は問わない。ただし本質的な物までは変化できないし、対象の質量や体積を変化させるのも不可能だ。

 例えば、シオンの身長は大体百八十(セルチ)。これを外見上フィンに変化させれば、百八十Cのフィンの姿に変わるだけ、となる。

 だから変化させるのであれば、無理のない範囲に抑えておく必要があるし、無理をすれば酷い物になる。加えて変化させる対象を事細かに脳裏に思い描いておかなければ、やはり中途半端な物にできあがる。

 更に彼女の魔力量の問題で、全魔力を消費してやっと一日保つかどうか。完全な想像、それを詠唱しながら対象を選んで反映させること、全魔力を使用すれば精神疲弊(マインドダウン)で気絶する、とどれをとってもリリスの精神を消耗するため、そう多用もできない。

 ただし――これらの難点を全てクリアすれば、凄まじい被害を生み出せる。

 例えば、体格の合う人間にフィンの言動を覚えさせ、フィンの行動予定を確認し、姿を変化させて【ロキ・ファミリア】へ潜入させれば、どうなるか。

 恐らくティオネ等の『異常に彼を気にしている』者が、ギリギリ気付くかどうか、というレベルの変装ができあがる。どれだけ重要な書類でも、見られればマズい類の情報を知られても、『フィンなのだから』見てもおかしくない。

 ある程度腕が立てば――リヴェリアやガレス相手ならLv.4くらいはいるだろうが――そのまま暗殺も難しくないだろう。

 彼女の魔法は、他者に諜報・暗殺(スパイ)を行わせるという観点に限ればこれ以上無いレベルと言い切れるもの。

 それこそ後暗い物を背負っている人間であれば、喉から手が出るほど欲しい人材だ。知られれば事故死に見せかけた誘拐もするかもしれないほどに。

 「わかってる。私がとても危険な魔法を持ってるって。五歳の時、シオンに魔法をかけた時とは違うんだよ?」

 「……。ごめん」

 そう、シオンはそこまで知っている。知っていて――いや、と頭を振る。この話は今の話とは関係がないことだ。

 「使ってないならいいんだ。朝早くから悪かった」

 「シオンならいつでも大歓迎だよ? 夜這いとかされたら困っちゃうけどね」

 冗談交じりに言うリリスに、シオンはつい人差し指を額にグリグリと押し付けた。

 「チンチクリンには興味ないんだ、せめてもうちょっと成長してくれないとなぁ……」

 「イタッ、痛い痛い痛いって! ちょっと洒落になってないよ!?」

 かなり抑えていてもLv.6冒険者のグリグリ攻撃である。付け加えると一番痛くなるような力の方向と入れ具合で、無駄な技術を洗練して発揮していた。

 「酷い、真っ赤になってる……」

 結局指の痕が額にできるまでグリグリされてしまい、涙目になったリリス。そんな彼女の様子にまた苦笑しつつ、感謝する。

 ――謝らなくてもいい、か。本当、情けない。

 ロキもシオンも、彼女に窮屈さを強いている。冒険者として戦う道を封じ、親しい者に真実を話す事を禁じ、生きさせている。

 だから、二人はリリスに申し訳ないと思っていた。それを敏感に感じ取り、気にするなと笑う姿には、どこか救いを感じた。

 ――俺もまだ子供、のはずなんだけどなぁ。

 どうにも、小さな子が大きくなっていく姿を見るのは、嬉しいものだ。そう強く想う。

 

 

 

 

 

 リリスの部屋を出て、自室へ向かう。リリスの部屋にあった鏡でさりげなく確認したが、目の下に小さなクマができていた。

 一日徹夜くらいまだどうとでもなるが、平時の時くらい無茶はしない方がいいだろう。今日はやる事も無いのだし、ベートに言った通り素直に昼まで寝る事にした。

 警戒心はゼロにしておく。短い睡眠で良い効果を得るには、浅い睡眠ではできないから。暗殺されたら――まあ、諦めるしかないだろうが。殺気には反応すると思いたい。

 そう思いながらベッドで横になり、気付けば昼。太陽が中天に差し掛かる頃、シオンはパッチリと目覚めて、驚いた。

 「ティ、ティオナ?」

 「あ、目が覚めたんだ。おはよう」

 「おは、よう」

 流石に驚いた。ダンジョンに潜っているときは近くにいても不思議ではないが、こういう場面だとありえないから、ビックリしてしまう。

 「……急ぎの用事か?」

 「特にそういうのはないかな。会いに来たかったから、って理由じゃダメ?」

 「いや、別にいいんだけどさ」

 最近妙にティオナからの押しが強いことに疑問を抱きつつ、シオンは体を起こす。体調はほぼ万全、今からソロでダンジョンを攻略して来いと言われても問題無いだろう。

 そんなシオンの様子を笑顔で見つめ、ティオナはあっとふと今思い出したといった感じでこう言った。

 「そういえばラウルが、銀髪の狼人族の女性と一緒にいたって言ってたんだけど。また人助けでもしてたの?」

 「……銀髪の、狼人族の女性」

 どう考えてもベティ・ロウことベート・ローガのことだった。ベートは絶対に知られたくないだろう、ここは誤魔化すしかない。

 「ああ、ベティのことか」

 「ベティ?」

 「彼女の名前だよ。何か困っているようだったから、手を貸したんだ。そこまで面倒な案件でも無かったから、別にいいかなって」

 ――……名前くらいは喋っても不自然ではないだろう。というか、相手の名前すら知らない方がおかしいだろうし。

 そう思っていると、ティオナは顎に手を当てて考え込んだ。小言一つ漏らさないので、彼女が何を考えているのかは見当もつかない。

 しばらくして、ティオナは言った。

 「うん、わかった。ちょっと私行くところができたから、もう行くね」

 「そうか? 忙しいな」

 「ごめんね。あ、そこに軽い食事の用意をしておいたから、できたら食べて! じゃね!」

 言って、ティオナは本当にさっさと言ってしまった。それを呆然と見送り、我を取り戻すと机の上にあった食事を食べる。

 長い時間をかけてシオンの味覚に完全に合わせられたそれは、とても美味しい。しかしシオンはそれに気付かず、今度礼を言おう、と思いながら流してしまう。

 腹を膨らせると、シオンは部屋にある本を手に取り、次いで眼鏡をかけた。眼鏡はそこまで必要というわけではないが、Lv.6となって更に鋭くなった五感を抑えるのに役立つのだ。

 本の内容は、肉体の変化に対する内容を記した物だ。ユリエラとプレシスが書いた物――なのだが、中身は殴り書きに近い、いわゆるメモ帳と変わらない代物。

 ちなみにユリエラはほぼ本人にしかわからない、単語の羅列ばかりで、しかも文字の判別もしにくい。逆にプレシスは几帳面に書いてあるが、内容が時折飛び飛びで、きちんとした知識が無ければやはり理解できない。

 どちらも相応の天才且つ努力型の人間なのだが。やはり他人に見せるつもりがほとんど無い物ではこうなるか。

 シオンの部屋にはこういった本と呼べるかどうか怪しい物がいくつもある。それは例えば譲られたり、もう必要ないからとゴミ捨てのような感覚で放り投げられたり。

 中身がとても貴重な資料なのが始末に悪い。捨てられないせいで、殺風景だったかつてのシオンの部屋は、見る影もない。

 それでもゴチャゴチャしているように見えないのは、努力して整理しているからだ。

 「……やっぱ、わからん」

 理解できる部分はある。『あの』ユリエラと付き合ってきた関係上、薬物に関しては一定程度の知識を持っているからだ。

 しかし、シオンの知識はダンジョンに偏っている。深い部分の知識を断片的に見せられても、さっぱりわからない。

 ――ベートがいきなり女性になった原因がわかるかもと思ったが。

 やはり甘かった。溜め息を吐きつつ、目線を戻す。とりあえずここに書かれている単語だけでも頭に叩き込んでおけば、後日別の本を見たときに役立つはずだ。

 そう思いながらノートに単語とその意味を整理しなおす作業に入る。気付けば太陽の光が消え失せ、部屋の明かりを付ける時間になっていた。

 「先は、長いな」

 まだまだ終わりは見えない。それだけ内容が滅茶苦茶だったのだ。

 とはいえやめるという選択肢もない。またこれと似たような事が起きたとき、どうにかする手段が無いのは痛い。まぁ、この作業が無駄に終わる可能性もあるが、その時はその時だ。

 そう思いながら背筋を伸ばしたとき、いきなり部屋の扉が開いた。

 何事かと思って振り返れば、ベートの姿があった。まぁ、ノックしない奴はベートやガレスくらいなのはわかっているので、想像はしていたが。

 「ん、なんだ、ベートか……何か用でも?」

 話をするならと眼鏡を外し、本と一緒に机の上に置く。すると、ベートが聞いてきた。

 「眼鏡なんて必要なのか?」

 「いや、別に必要は無いんだけどな。本を読むのに便利そうだからって、衝動買い」

 本来の使い方では一切使えないが、本を読むのでは役立つ。肩を竦めつつ答えて、話を本題に戻した。

 「それでベートの用件は、その服でも返しに来たのかな」

 「やっぱりわかんのか」

 「昨日返されてなかったからね。そのまま持っていても処理に困るだろ。俺の場合は、まぁ散々投げ込まれているから今更だけど」

 はぁ、と溜め息を吐き出す。本当、もう少しくらい気を遣ってくれてもいいと思うだが。

 「後で洗って干して戻しておかないとな……見られたら変な邪推されそうだ」

 流石に女装癖があると思われたくない。ベートに苦笑を返しつつ、椅子を持ってきてそこに座らせておく。

 その後棚から飴玉を持ってくる。考え事を纏めるのに意外と役立つから、この部屋に常備してあるのだ。

 「今日ずっと寝てただろ。飴玉くらいしかないけど、無いよりはマシだから。ま、夕飯までは保つだろう」

 ベートの様子から寝起きなのはすぐにわかった。小腹が空いているだろうし、これくらいなら問題も無いだろう。

 ベートに一個投げ渡し、自分も食べる。……と、ベートが口で受け止めたのが見えたので、注意した。

 「……確かに俺の外見だと犬っぽく見えるし、やめとくか」

 「犬扱いは嫌なら改善する事だね」

 言いつつ、話を変える。

 「ティオナから、昨日の事を聞かれたよ。世間話程度って感じだったけどね。誰かに見られてたのかな」

 「ああ、ラウルに見られてたそうだ。にしても、どうやって誤魔化したんだ?」

 「答えてたら思案し始めて、勝手に納得されたから、よくわからん」

 「何にしろ、俺だってバレなきゃどうでもいいさ。いつかは忘れられるだろ」

 それもそうか。俺とベティはたまたま出会って、そのまま二度と出会わなかった。それなら深い詮索もされない。

 ベートもそう気にしていないようだ。それなら、と笑って言う。

 「なーんだ、残念。綺麗で可愛いツンデレ狼のお嬢さんはもう見れないのかぁ」

 「何言ってやがる。とうとう頭イっちまったのか。中身男だぞ」

 「ひっでぇ。俺が言いたいのは外見的な話だぞ。俺だって芸術品に感じる心はあるさ。……ま、そんくらい見惚れてたとでも思ってくれ」

 ちなみに本心である。嘘は欠片もない。

 ……ま、中身がコイツの時点で惚れた腫れたの関係になるとは思えないが。

 などと思っていたら、

 「……本当に、そう思っていたのか?」

 そう、ベートが聞いてきた。

 その反応を不思議に思う。気色わりぃと怒鳴られると思っていたから、尚更だ。とはいえ聞かれたなら答えるべきなのだが、どうにも答える気が起きない。お茶を濁すように、もう一個飴玉を口に入れる。

 しばらくして言えたのは、こんな物だった。

 「……本心言っても、怒らない?」

 間髪入れずベートは返した。

 「俺が聞いてるんだ、怒らねぇよ」

 「本当に?」

 「本当の本当だ。いいからさっさと答えてくれよ」

 「んー……ま、いっか」

 ここまで言われれば、答えない訳にもいかない。仕方無しに飴玉を噛み砕いて飲み込み、一拍入れてから、

 「綺麗だったよ。今まで見てきたどの女性よりも」

 「――――――――――!」

 そんな本心を吐き出した。

 ……妙に照れる。というか、なんで俺は男の親友にこんな事を言っているのか。男に恋愛感情を抱く趣味は無い、はずなのだが。

 実際男性に性的興奮を抱いた事はない。……抱かれたことはあるが。それも女性だと勘違いされていただけだが、実際のところどうだったのだろう、アレは。

 嫌な記憶を封印しつつ、誤魔化すように笑う。

 「ま、可愛い女性は違ったけどね。流石に方向性が違いすぎるし」

 可愛いと思った女性は、ティオナと、アイズ。最近アイズは美しい女性になってきたので、実質ティオナくらいか。

 そこは言わないでおいたが、どうにもベートの様子がおかしい。調子が悪い、というのもちょっとだけ違う。

 会話も上滑りで、妙に据わりが悪い。だから会話を切り上げ、ベートを自室に戻らせる。

 「どう、したんだろう」

 やはり女性となったのが辛かったのだろうか。自身も一度なり、かなり混乱させられたので、何となくわかる。

 明日からはそれとなく気を遣うべきか――そう思いながら、シオンはノートに単語の意味を纏める作業に戻った。

 

 

 

 

 

 次の日の目覚めも、穏やか――に終わってくれなかった。

 静かに、だが勢いよく開かれた扉から弾丸のように飛び込んできた人物。その人はまるで部屋の間取りを全て知っているかのように躊躇いなくシオンのベッドへ直進する。

 それを察知したシオンは飛び起きて枕に潜ませていた短剣を手に取り対応しようとしたが、相手はそれ以上だった。短剣を持った方の肩を押さえると、そのままベッドに押し倒してきた。

 ――殺られる!?

 そう思いつつ反射的に反撃しようとして、気付いた。相手がそれ以上動こうとしない。一体誰なんだ、と気配を探ったが、知っているけど知らない相手、というのがわかっただけだった。

 「……?」

 目線を相手に合わせる。顔を伏せていたせいで顔は見えなかったが、その頭についている見覚えのある狼耳が見えた。

 「……ベート? いやベティ?」

 狼耳は見慣れたベートのものだが、先程から触れている感触が違いすぎる。どう見てもこの柔らかな体は女性の物のそれ。

 つまり――また、女になった?

 「……――意味わからないんだけど!?」

 「俺が言いてぇんだがそのセリフ!?」

 ああ、うん、やはり、そうなのだろう。

 全くもって理解できないししたくないが、また、ベートは女性になったらしい。

 「で――これからどうするんだ?」

 「その相談に来たんだよ。頼れる相手がいねぇからな」

 「……あっそ」

 とても面倒な事になった。正直頭を抱えたいくらいに。ただ――頼られて嫌な気分にならないのは、どうしてなのだろう……?




冗談で言ったこちら側の更新。ただし内容が中途半端になるためかなり短めな上にあんまり進んでいません。前回のベート視点の裏側ですし。

案の定次回更新は未定です。感想来てる事さえ気づいてなかったですしネ!
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