『彼女』を見てしまうのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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ベティの設定

 とりあえず離れて起き上がった、シオンとベート、いやベティ。

 寝起きのままのシオンと、起きてすぐここに来たベティのために水をコップに入れて、喉を潤した。

 だが口は動かない。動かそうにも、重りを置いたかのように、動いてくれない。

 しかし、このまま黙っていてもどうしようもなかった。今は早朝、まだ【ファミリア】の大半が寝ている時間だ。今のうちにベティを外に出さなければ、見られる危険性が増していく。

 「……とりあえず、着替えよう。その服だと一瞬でバレる」

 最初に出てきた言葉は、そんな物だった。しかしベティ自身そうしなければいけないというのはわかっていたのか、無言で頷く。

 今回は前回と比べて時間が少ない。ベティの起きた時間が遅かったせいだ。まぁノウハウはあるからと、前回の服装をベースに、普通に見れる物を選んですぐに着替えた。

 精神はともかく体は女性のそれなので、その間シオンはトイレにこもる。

 その顔にあるのは困惑だ。一度ならず二度までも起きるだなんて、意味がわからない。そもそも何故『一度目』があったのだろう。

 まずそこを観点に置くべきだ。しかし、わからない。シオンは神様じゃない。自身の把握できていない事柄にまで理解が及ぶような全知を持っていないのだ。

 「シオン、着替え終わったぞ」

 「あ、ああ、わかった」

 考える時間すら与えられない。珍しく痛みを堪えるように頭を抱えながら、シオンはトイレの外に出た。

 「時間が無いから手短に『設定』を考えよう」

 「……わかった」

 出てすぐにシオンがそう言うと、ベティがどこかむっとしながら答えた。その反応にどこか違和感を感じながらも、続ける。

 「ラウルとティオナの話から察するに、ベティ・ロウという存在はベートという狼人と等号で結びついていない。だから、そこを利用しよう」

 「つまり……どういうこった?」

 「ベート・ローガはオラリオに住んでいて、誰もが知っている。逆にベティ・ロウをこの都市で知っている人間はいない」

 「ああ、そういうことか」

 つまり、ベティ・ロウは元々オラリオに住んでいた、という前提は使えない。

 「たまたま観光に来ただけか、それとも移住しに来たのかで細かい設定は変わるかな」

 「観光ならいつ外に消えてもおかしくない、移住なら宿屋に長期で泊まるか、家を借りるか。あるいは知人を頼るか、ってとこだな」

 「まぁどっちにしろ問題はあるけどな」

 そう、一昨日の時点で目撃されているのに、宿に泊まった記録も、昨日姿が見えなかったという情報もない。

 【ロキ・ファミリア】程の大型【ファミリア】が調べれば、その矛盾に気付くだろう。まぁ、ただの一個人にそこまでするとは思えないが。

 「備えあれば憂いなし、とかいう言葉もあるし。ここら辺の設定も後々考えておくべきだ」

 現状気にするのは、今日をどうやり過ごすのか、だ。そこまで複雑な設定にすると、覚えるのが面倒だし、矛盾が出てくる。

 「今日は簡単な骨組みだけ作って、後はベティの方で肉付けしてくれ。……とりあえず、一昨日オラリオに来たばかりで、迷っていたところを俺に助けられた。ここが基本になるな」

 「オラリオに来た理由は……あー、順当に冒険者になりに来た、でいいか。そうだ、ここにある服と、後金とか、色々借りてもいいか?」

 「別に構わないが」

 「ああ、ありがとよ。旅をしてきた女が護身の武器も、着替えの服も、金すら無いってのはおかしいからな。最低限整えねぇとありえないだろ」

 それもそうか。持っているかいないかだけで与える不信感は大分減る。許可を取ったベティは旅をする人間が着ていてもおかしくない物を選んで、渡された鞄に放り込む。

 それからシオンに結構な額の金銭と、量産された、誰が持っていてもおかしくはないナイフを貰う。これで外に出ても大丈夫だろう。

 「荷物全部持ってる言い訳は」

 「治安が悪くて、宿屋に置いておけなかった。それがクセになってる、でいいんじゃないか」

 言いつつ、服やら肩にかけた鞄やらを引っ張る。やはりズボンと違い、スカートだとどうにも違和感が強い。

 そうしていると、シオンは顔を背けて棚から何かを探していた。そんなシオンの背中に、ベティはどこかイラついたような表情を浮かべる。

 ――何も言わねぇのかよ。

 『何に対して』そう思ったのか。ベティ自身わからない。わからないから、どうしても心が苛立ってしょうがない。

 「よし、見つけた。非常食の乾パンだから、美味しくないが、腹には溜まる。水と一緒に食べておけ」

 ほい、と乾パンを二つと水筒を放り投げるシオン。それを受け取り、確かにこれから朝食を食べる暇は無いかもしれないと思い、素直に食べた。

 パサパサしてるし、口と喉から水分を取られて、美味しくないどころか不味い。それを水で無理矢理押し流して食べ終える。

 「食べ終わったぞ」

 「わかった。……今できるのはこんなところか。それじゃ、そこの窓から飛び降りて、ホームから出て行ってくれ」

 まぁ、当然の話である。ベティ・ロウが【ロキ・ファミリア】のホームにいるのはおかしい。今も寝ずの番をしている者がいるのだから、普通に考えたら不法侵入となる。

 「門塀から出たら、昼の一時間前くらいに門番のところに行くのがいいかな」

 「一昨日のお礼がしたい、シオンを呼び出してくれ、ってか?」

 「ああ、そんな感じでいい。俺はホームで適当に時間を潰して、誰だろうって顔をしながらそっちに行けば、気付かれないだろう」

 後の事はベティに任せる。そう言うと、シオンはベッドに座って息を吐いた。シオンからの手助けはこれで一旦終わり、そういう事だろう。

 ベティはそんなシオンの背中を数秒見つめ、鞘に入ったナイフを持つ。そして窓を開け、窓枠に足をかけた瞬間だった。

 「そうだ、ベティ」

 「……んだよ?」

 心なし不機嫌に聞こえる声音。それに気付いているのかいないのか、シオンは言った。

 「その服、似合ってるよ」

 その言葉に、思わず息を呑んだ。それからまじまじとシオンの方を見るが、振り返らない。そこでベティは自身が無言になっていたのに気づき、

 「ッ、女物の服を似合ってるとか言われても気持ちわりぃんだよ。俺は男だぞ」

 「はは、そういえばそうか。悪かったよ、からかってさ」

 その軽い返しに、ベティも舌打ちを一つ返す。けれど、少なくともベティは気付いている。シオンの言葉は本心で――自身は、素直でない事を。

 その思考を打ち消すように、窓枠を蹴って、飛び降りる。高度数十Mから飛び降りれば、大怪我は確実だ。しかしベティは、例え女になっても超一流の冒険者。軽々と着地すると、その勢いのままにもう一度飛び上がり、門塀を超えて外に出た。

 その、長い髪を靡かせる後ろ姿。そこから唯一見える肌色、耳が真っ赤になっていたのに気付いた者は、いない。

 

 

 

 

 

 シオンの部屋及びホームの外に出たベティは、顔と首筋が異様に熱く、その上心臓が異様に鳴っているのを冷ますようにオラリオを徘徊した。

 途中誰かに話しかけられたような気がしたが、全て無視、手を出されたら視認できない速度で張り倒した、と思われる。

 『その服、似合ってるよ』

 ――いや、関係ない。関係ないはず、だ。

 「訳、わかんねぇ」

 その言葉と、一昨日の出来事がグルグルと頭を巡る。そのせいで、意識が外へ向かない。だからか、気付けば太陽が中天に差し掛かる時間になっていた。

 ――やべぇ、口調とか何も考えてなかったぞ。

 予定していた時間を無視して、その上何も設定を作っていないとか、普段のベートであればありえない。やはりベティになったのが原因だろうか。

 「……クソッ、行き当たりばったりでやるしかねぇな」

 口調は、もう無理に変えるのはやめておこう。どう考えても感情的になった瞬間元の口調が飛び出てくるに決まっている。

 一人称と、後は言葉を伸ばすのをやめる。それだけでも大分変わる、と思う。

 「歩き方なんて、今更変えられる訳が無いしな」

 練習もしていないのに、無意識でも歩けるようなレベルになるのは不可能だ。それならいっそ切り捨てた方が楽になる。

 そう決めると、一気に気分が楽になる。単なる思い込みに過ぎないが、それでもさっきよりかはマシになった。

 そして遂に【ロキ・ファミリア】の門へ辿り着く。普段であれば何とも思わないのに、今回は妙に緊張し、喉を鳴らしてしまう。

 それでも意を決し、門番へと声をかけた。

 「……なあ、今時間いいか?」

 「ん? 何だ、何か――ッ」

 若干の警戒と敵意を込められた声と視線。それがベティに向けられた次の瞬間、門番――男の体が固まった。そして、その目が下から上へ移動し、ある一点で止まった。しかしすぐにそれも外れたが、ほんの少しだけ、長く留まったのに気付いていた。

 「ッ、ン! ……ここは【ロキ・ファミリア】のホームだ。知っていて来たとは思うが、如何なる用件でここを訪ねた?」

 ――なるほど、よくわかった。

 厳粛な顔をしているが、チラチラと胸元に目を向けているのがよくわかる。時折女が『ジロジロと見られるのは不愉快だ』と言う場面を見たが、その時の気持ちが理解できた。

 理解したくなど無かったが。

 もう片方の門番は女性だったので、半分同情、もう半分は嫉妬と羨望、だろうか。それでも警戒心を向けているのは、やはり門番という仕事故だろう。

 「――一昨日、困っていたところを助けてもらってな。白銀の髪と瞳、身長高め、女みたいな顔をした男、名前はシオンって奴に」

 不快感を隠すように、一息で告げる。これ以上見られていると、この男をぶん殴ってしまいそうになったからだ。

 ……シオンと一緒にいた一昨日はそんな気持ちにはならなかったのに。

 「ああ、またあの人の人助け、ですか。では、今回はその礼にでも?」

 「そうなる。ホームにいないなら、言付けだけ頼んで出直すが。【ロキ・ファミリア】程規模が大きいと、敵も多いだろうから見知らぬ相手を入れるのは勘弁したいだろ?」

 「いやまぁ……そう、なりますね」

 少し困ったように笑う男。察しが悪い相手をするのは面倒だが、逆に良すぎても怪しく感じる、というところか。門番というのは難儀な物だ。

 男はしばらく迷っていたが、わざわざ礼をしにきた相手を返すのもどうかと思ったのだろう、シオンがいるか確認してきます、と言って中へ入っていった。

 残されるのは、門番の片割れである女と、ベティのみ。同じ女性――中身は別枠――同士ではあったが、ベティは無理に話そうとは思わない。

 自然沈黙状態に陥ったが、やがておずおずと女が尋ねた。

 「あ、あの……」

 「あん?」

 「い、いえ何でもないです!」

 しかしベティの機嫌悪そうな声音に、萎縮してしまう。ここで門番をやっているのだから、最低でもLv.2かLv.3のはずなのだが……外見的な問題だろうか。

 思わず溜め息を出してしまう。それにビクリと肩を震わせる女に、

 「聞きたい事があるならちゃんと聞け。そんな怯えられる事をした覚えは無いぞ」

 目線を合わせ、心なし優しく言ってやる。そんなベティの対応に驚いたのか、女が目を丸くした後、小さな声で言った。

 「一昨日、という事は、ティオナさんとラウルさんが言ってた人、で間違いないですよね?」

 「ああ。あの日は私とシオンの二人だけだったな。オラリオの案内をしてもらっていた。それがどうかしたのか?」

 「あ、いえ。実は……私の友達も、その場面を目撃していまして」

 それがどうかしたのだろうか。無言で催促すると、女は不思議そうに、しかし今度ははっきりと告げた。

 「何でも『シオンさんも女性も、何か付き合いたての初々しいカップルみたいだったよ!』と言ってまし……て?」

 「――ッ!??」

 ボフン、とベティの顔が真っ赤に染まる。更にはスカートの中に収められた尻尾がビクンと跳ね上がり、頭の天辺の耳は何も知らないとばかりにペタンと伏せた。

 その劇的な反応に、尋ねた女の方が呆然としてしまう。

 そして、察した。

 『ああ……またか』と。

 「なるほど、ティオナさんの恋敵(ライバル)がまた一人増えた、と」

 「誰が恋敵だ誰が!?」

 「またまたぁ、さっきの反応、どう見ても図星を突かれたようにしか見えませんでしたよ?」

 な、な、な、と声にならない声が口から漏れる。無理矢理にでも口を閉ざそうかと感情が暴発しかけたが、理性はそれはできないと押し留める。

 今のベティはあくまでオラリオに来たばかりの狼人。そんな奴が、Lv.2の相手を圧倒できるのはあまりにおかしい。

 犬歯を剥き出しに唸っていると、女はけらけらと笑い出す。この女、どう見ても内弁慶だ。逆に言えばベティは身内判定を貰ったらしいが、全くもって嬉しくない。

 「ごめんごめん、何か可愛らしいなって」

 「可愛……嬉しくねえよ、その言葉」

 「んー、ならお詫びにシオンさんの情報、一つ上げましょうか?」

 「……ッ」

 ピクリ、と片耳が跳ね上がる。顔と体が何の反応も無いだけに、異様にツボにハマる。何とか笑いを堪えつつ、そっと声を潜めて言った。

 「シオンさん、多分あなたに結構好感感じてますよ」

 それは、当然だ。

 何せベティはそもそもベート・ローガ……シオンの親友で、ライバルだという自負がある。シオンの方もそう言っていたのを知っている。

 だけど、でも、今回のこの言葉は、きっと違う意味なのだろう。女の言葉はそういう意味だとしか思えない。

 そしてそれを、気持ち悪いだとか、嫌だとか、思えない。思うのが普通のはずなのに、どれだけ思い込もうとしても――そう思うことをこそ、拒んでしまう。

 自分自身の事なのに自分がわからない。

 そんなベティの様子を見て、女は呆れていた。傍から見ればすぐにでもわかるのに、この女性は否定している。プライドが高いのかな、とまで考えてしまうくらいだ。

 「シオンさんの倍率かなり高いですから、誰がいつ持って行ってもおかしくないですよ?」

 認めないのは個人の自由だが、それで後悔しても知りませんよ、と。言外にそう含めて、女はアドバイスした。

 「……お前はティオナとやらの味方じゃないのか?」

 「私は中立ですね。そもそも【ロキ・ファミリア】だけでもフィンさん、シオンさんと人気を集める人が多いですし。誰を応援しても角が立ちます」

 例えばフィンであればティオネが最もアタックしているので彼女が目立つが、それ以外にも彼を想っている者は多い。シオンであればティオナを筆頭に、アイズやあの子等がそれに当たる。

 「だから、私みたいな人は中立が一番良いんです。あ、勿論親しい友達がいたら、その子に頑張れって言うかもですけど」

 「……じゃあ、何で私にアドバイスしたんだ?」

 「何言ってるんですか」

 苦笑しながら、女は言った。

 「まだお互い名前も知りませんが――良い友達になれると思いました。だから、あなたには頑張って欲しいな、と思っただけです」

 その言葉に、ベティは驚かされた。まさか自分のような奴と友達になりたい、なんて奇特な人間が現れるとは。

 ベートが友達だと言える相手は、同じパーティメンバーの奴等くらい。それくらい非社交的なのだ、ベート・ローガは。

 「私と、友達に?」

 「うん、ダメですか? ダメなら、残念ですけど……」

 どこかしょんぼりしつつ、上げかけていた手を下ろす。それに思わず、パシンと掌を叩いてしまった。

 「……あの?」

 「別に嫌だとは言ってない。私はベティ。ベティ・ロウ。そっちは?」

 「あ――わ、私はミラナ。ミラナ・キーンスト。よろしくねベティ!」

 言い切るのと同時に、手を両手で掴んでぶんぶんと振ってくる。中々の速度で振られるので、これが本当の一般人だったら腕がイったかもしれない。

 「ところで」

 「何だ」

 「ベティさんって、もしかして所謂『ツンデレ』って人ですか?」

 「さっきの発言撤回してやろうか、ミラナ」

 

 

 

 

 

 「うーん、意外だ。ここまで仲良くなっているとは」

 ――そんな二人の様子を、自室の窓から眺めていたシオン。かなり遠いが、一応口の動きは何とか見えるので、読唇もできた。

 まぁ、一部は遮蔽物に遮られて見えなかったが。それでも意外だ、と普段のベートの様子を脳裏に描きつつ待っていると、部屋の扉がノックされた。

 「申し訳ありません、シオンさんにお礼がしたい、という女性が来まして」

 「ああ、気付いてる。今から行くよ、報告ありがとう」

 「いえ、これが仕事ですので、それではお先に失礼します」

 短いやり取り。それで報告を終わらせ、相手の気配が扉の前から消える。そしてシオンの方もすぐさま立ち上がり、部屋を出た。

 「仲良いな、二人共」

 すぐに門のところにまで行き、楽しそうなミラナと、それに辟易しつつも口角が上がっているベティを、本当に意外に思いながら言う。

 「あ、シオンさん! ベティが来たんですけど、入れても大丈夫ですか?」

 「問題ないよ。彼女は信用できるし、暴れても俺が責任持って鎮圧するからね」

 「わかりました、それでは門を開きますね! 少し離れていて下さい」

 そう言って、鍵を外して門を開ける。そして中へ入って振り返り、

 「ようこそ【ロキ・ファミリア】へ! ……なんて、今更ですけどね。何か困ったことがあったら頼ってください。私にできる範囲でですが、力になりますから!」

 「そうか、それは助かる。んじゃ、できたらまた後でな」

 「はい! 待ってますね!」

 ミラナは力強く、ベティは軽く手を振って、別れる。

 「あそこまで明るいミラナは久しぶりに見たぞ」

 「そうか? なんかあっさりあんなバカ丸出しになったんだが」

 「バカ丸出しって……」

 「否定できないだろ」

 まぁ、否定できないが。とはいえベティの声音に嘲りの色はない。表面状はどうあれ、内面では好ましく思っているようだ。

 普段のベートを知っているせいか、どうも違和感が強くて苦笑してしまう。しかしここで突っ立っているのも何なので、素直にホームへと案内した。

 「とりあえず、俺から離れるのだけはやめてくれ。お前に悪気が無くても、入っちゃいけないところに入られると……まあ、うん」

 そこで言葉を濁す。とはいえこの辺りは全部ポーズ、フリだ。ベートである彼女に、こんな忠告する意味はない。

 「わかってるよ。お前から離れて難癖付けられるのも面倒だしな」

 「理解があって助かる。それじゃ、俺の部屋にまで行くか……ああ、はい」

 と、シオンが手を差し出した。その意味を探るようにベティはシオンの顔を見るも、むしろシオンの方が不思議そうにしていた。

 そこで、思い出す。一昨日オラリオを巡っていたとき、手を繋いでいたのを。シオンはその時の事を当たり前のように考えているのだろうか。

 少し、逡巡する。ここはホームだ、オラリオの時と違って顔見知りが多い。見られれば、面倒な事になる。だから断ろう――そこまで思った時に、

 「それじゃ、行こうか」

 ――え?

 体は勝手に動き、シオンの手を取っていた。無意識で、『手を繋がない』という選択肢を、体が拒んでいた。

 「あ、ああ、案内、頼む」

 その事に驚いて、返事も曖昧な物となってしまった。それに、シオンの横を歩くのも躊躇してしまい、一歩後ろをついていく形となった。案内、という体を取っているので、別に不自然ではないが。

 ホームの廊下を歩いていると、結構な人数とすれ違う。その大半はシオンとベティを見て驚きに目を見開き、その後コソコソと喋りながら去っていった。

 いつもは感じない好奇の視線に居心地悪く歩いていると、前方から今最も会いたくない人物の一人がやってきた。

 「……ロキ」

 「やっほ。なーんか美人さんが来たっていうから、もう気になって気になってな。つい様子を見に来たんやけども――」

 そこで言葉を切り、ベティに目を向け、面白そうな色を浮かべる。

 「――なーんか、随分愉快な状況になっとるなぁ」

 クスクスと笑うロキに、すぐに理解する。

 ――バレてら、これ。

 「ま、とりあえずうちは何も言わんでおくわ。用事が終わるか、必要があったらうちの部屋に来ればええで」

 絶対からかわれる、と身構えていたのだが、それを透かすようにロキは何も言わなかった。どうして、と思ったが、周囲にまだ人の目があった。

 「黙認してくれて、ありがとう、ロキ。部外者はあまり入れないほうがいいっていうのはわかっているんだが」

 「構へん構へん。妙な事したら対処させてもらうけどな。ていうか、今回の主役はうちじゃないし」

 「それは、どういう?」

 ロキは少し眉を寄せた。それからどうにも答えにくそうに口を窄めると、肩を竦めて背を向けてしまった。

 「ま、すぐわかるわ」

 そんな意味深な言葉だけを残して。

 シオンとベティは思わず目を合わせる。その息ぴったりな動作に、周囲の目線に益々好奇の色が宿ったが、二人は気にせずシオンの部屋へ足を向けた。

 それからは特に呼び止められるような事もなく、余り遠くなかったその部屋へ辿り着く。

 「俺の部屋にも書類があるから、あんまり漁らないでくれ」

 「人の、それも恩人の部屋を漁るような趣味はない」

 「形式的に、な。言ったって事実が重要なんだよ、この場合はね」

 そんなベティにはよくわからない事を言いつつ、シオンはどうぞ、と扉を開けた。それでやっと一息吐けるか――その願いは、叶わなかった。

 「いらっしゃい、ベティ・ロウさん」

 ベッドに腰掛けた、見知った少女。彼女はベティに満面の笑みを向けつつ、しかしその瞳に最上級の警戒を宿して、睨んでくる。

 「私もいるけど、気にしないで。ゆっくりするといいよ?」




というわけで、修羅場目前で終了。今度こそ次の投稿が未定になります。実はこの後の展開一切考えてないからね、是非も無いネ。

まぁ、数ヵ月後を待てる人だけお楽しみに?
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