やはり俺がボーダーに所属しないのはまちがっている。   作:犬ころ大佐

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皆様かなりお久しぶりです。
就職してから小説を書くこともなくなりワートリも単行本は一応買っているのですが追えていません。

昔書いていたものが少し残っていたので投稿します。


【幕間】キャプテン・ボーダー

 

 

 

「はあ……」

 

 

ボーダーで入隊試験を受けた帰り道、僕は公園で独り溜息を吐いていた。

人事の人に言われたことを思い出す。どうやら僕には防衛隊員としての才能が無いらしい。

 

そもそも才能なんて本当に測れるんだろうか。運動だって苦手ではないし、勉強だって出来る方だと思う。

体格だって僕より細い人間はボーダー隊員にもいるし、女性だって戦ってるじゃないか。

 

 

もしかして顔か? 顔なのか?!

 

 

確かに僕は地味で眼鏡でメガネで……って僕は眼鏡が本体じゃないぞ!

……自分で自分を貶めてどうするんだ僕は。確かにあの捻くれた先輩に憧れて、学校でもクラスメイトから距離を置いてみたりしたがそんな簡単にぼっちにはなれなかった。

 

あの捻くれた先輩にはいつも助けられっぱなしだ。本来なら僕が千佳を守らなきゃいけないのに。

このままじゃ、僕はいつまで経ってもお荷物だ。いったいどうすればいいんだ……。

 

 

「あら~? 君はボーダー本部に居た子かな~? 」

 

 

「えっ? 」

 

 

顔を上げると、そこには一人の女性が立っていた。

穏やかな雰囲気を持った綺麗なお姉さんだ。誰だろう、本部で見たってことはボーダー関係者だろうか。

もしかしたらどうして僕が落ちたのかわかるかもしれない。

 

 

「あ、あのボーダーの方でしょうか? 」

 

 

「そうよ? あたしは由比ヶ浜。よろしくね、三雲修くん」

 

 

どうして僕の名前を……!

 

僕の考えがわかったのか、目の前の女性、由比ヶ浜さんはニッコリと微笑む。

 

 

「うふふ、たまたま君の面接を見てたのよ~」

 

 

僕の面接を……? もしかしてこの人はボーダー上層部の人なのか?

 

 

「でも、僕は入隊試験に落ちました。防衛隊員としての才能が無いらしいです」

 

 

「ん~、そうね。確かにそれを才能というならそうかもしれないわね~」

 

 

それ……? やっぱり何か才能を測る基準があるのか?

 

 

「それでも一般職員やエンジニアになろうとは思わなかったのかな? 水沼君から説明は受けたでしょ」

 

 

み、水沼君? 確かあの人って人事部長じゃなかったか? そんな人を君付けで呼ぶなんて、一体何者なんだ。

でもこの人や人事部長に言われたことを選ぶ訳にはいかない。

 

 

「それじゃ、ダメなんです。僕は……ネイバーを倒せる力が欲しいんです」

 

 

彼女は、うーんと悩んだ表情を見せた後、僕を見つめる。その視線はさっきまでのほんわかした雰囲気と違い、鋭く感じた。

 

 

「それは三門市を守る為にネイバーを殺したいってことかしら? 知ってる? ネイバーって人間と同じように感情もあるし、コミュニケーションも取れるのよ。姿形だって君たちとさほど変わらないわ 」

 

 

そう言った彼女の表情に一瞬陰りが見えたが、そのことを気に掛ける余裕は無かった。衝撃の事実を聞かされた僕の頬に冷や汗が流れる。

ネイバーなんて三門市を侵略しにくるただの化け物だと思っていた。

 

 

「違います。僕には守らなければいけない子がいるんです。その子はネイバーに狙われやすくて、僕がボーダーに入ってその子を守る為の力が欲しいんです」

 

 

「守る為の力……ね」

 

 

「例えネイバーだとしても、殺さなくていいのなら誰も殺したくありません」

 

 

ボーダーに入ってネイバーを倒す。言葉では簡単に言えた。だけどそれは人間を殺すことと同じ。

躊躇が無いと言ったら嘘になる。でも、それでも僕は千佳を守る為なら……!

 

 

「三雲君ったら良い顔しちゃって~。よっぽどその女の子のことが大切なのね~」

 

 

「なっ!? 」

 

 

彼女はそう言いながら、うふふと笑う。

なんで女の子ってわかったんだ! やばい、動揺しちゃダメだ!

 

 

「あらあらお顔が真っ赤よ? いいわ、君にチャンスをあげましょう」

 

 

「ちゃ、チャンス? 」

 

 

少し噛んだが気にしない。ボーダーで戦えるなら何だってやってやる。

 

 

「トリオン増幅血清の被験者になる。それが条件よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トリオン、それは人間に誰しも備わっている見えない臓器であるトリオン器官から生み出される生体エネルギー。

ネイバーやボーダーはトリオンを使った技術で戦っていて、僕にはそのトリオンが足りないらしい。

 

トリオン量には個人差もあるし、訓練すれば成長もするらしいけど僕にはその成長も見込めないと言われた。

正直めちゃくちゃへこんだけど僕のような人間用に作られたのが、このトリオン増幅血清という訳だ。

 

ただ、この血清を作った科学者は既に亡くなっていて、効果の程もわからないと言う。

普通だったらそんなモルモットみたいな目に遭うなんて嫌だ。正直冷や汗が止まらない。

 

 

でも僕はその提案を受けた。

 

血清を作った科学者のことを聞いてしまったから。

 

 

「君の大好きなヒッキー君……じゃなかった。比企谷八幡君のママが作った血清なのよ~」

 

 

比企谷先輩……大好きっていうのは違う気がするけど、僕が一番尊敬してる人。

でも先輩のことと言えば、妹の比企谷小町さんと二人暮らしでボーダーに属さずネイバーと戦っているくらいしか知らない。

 

僕が初めて会ったのは千佳のお兄さんの麟児さんの紹介だった。千佳を助けたのが、知り合ったきっかけって話してた気がするけど

深くはわからない。

そんな謎に包まれた比企谷先輩の新たな情報。先輩のお母さんがボーダー出身だからこそ、トリガーを持ってることにも納得が出来た。

でもどうして先輩はボーダーに入隊しないんだろう。僕は先輩のことがもっと知りたい。

 

それに先輩のお母さんが作ったという血清。これがあれば先輩みたいに強くなって、千佳を守る為の力が手に入る。

どっちにしろこのままじゃ、僕はボーダーにも入れないんだ。だったらやるしかない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日後、僕はディスティニーランドの地下にあるボーダーの施設に居る。

まさか千葉が誇る日本最大規模のテーマパークにボーダーの秘密基地があるなんて思ってもみなかった。

研究施設のような場所を通った時にパンダのパンさんが液体の詰まったカプセルに入ってたけど、あれは何だったんだろう。

怖くて聞けない。まさか僕もあんな風になるのか?!

 

 

「さあ、ここに寝て」

 

 

白衣を着た人に案内され、ベッドに横になる。周りには見たことのない機械と、沢山の人。

実験の指揮を執っている由比ヶ浜さんと研究員っぽい人たちとスーツの人も居る。それにボーダーには外国の人も居るみたいだ。

 

恰幅の良い偉そうなおじさんも居たけど、由比ヶ浜さんにポンちゃんと呼ばれて照れてる姿を見て不覚にも笑ってしまった。

 

その時、おじさんがこちらを見た。

 

さっきまでの照れた表情から元の不機嫌な顔に戻ったおじさんはこっちにずかずかと歩いてくる。

しまった、笑っているのがバレたのか?

 

冷や汗が流れる。

 

 

「ふんっ、お前が物好きな被験者か。帰るなら今のうちだぞ。その若さで死にたくは無かろう」

 

 

死ぬ?! そんな話聞いてないぞ!

 

い、いや、こんなことで怖気づいてどうするんだ。実験の失敗にはリスクがあって当然だ!

か、覚悟を決めろ! 三雲修!!

 

尋常じゃない冷や汗を拭い、目の前のおじさんと向かい合った。って僕、冷や汗掻きすぎだろ!

もはや病気を疑うレベルだ。冷や汗と言えばなんだ?! 低血糖か? パニック障害か? はっ、まさか心筋梗塞なのか?!

 

ああ……なんか動悸や眩暈がしてきた気がする。不安で心が張り裂けそうだ。

僕はここで死ぬんだあはは……。

 

 

「いやいや鬼怒田さん、大事な被験者を脅かさないでくださいよ、震えてるじゃないですか。って冷や汗すごっ! 」

 

 

「ぬぅっ?! おい大丈夫か?! 」

 

 

あれ……恰幅の良いおじさんが若返った……? ああ、違う人か。こっちの人はダルそうな目をしている。

まるで比企谷先輩みたいだ。いや比企谷先輩に失礼か。先輩の目はもっと濁ってて下水道の汚物のような素晴らしい……

 

 

「しっかりせんかっ!! 」

 

 

「痛っ! 」

 

 

はっ、僕は今まで何を……。どうやら正気を失っていた僕にチョップをしたらしい。おじさんの右手が僕の頭に垂直に振り下ろされたままだ。

 

 

「あの……」

 

 

「気をしっかり持たんか! そんなことで本当にネイバーと戦おうと思っとるのか?! 」

 

 

「あー、なんかごめんな。この万年不機嫌そうな顔の人は鬼怒田さん、ボーダーの開発室長だよ。

俺は同じく開発室の寺島雷蔵。よろしく三雲君」

 

 

「誰が万年不機嫌そうな顔じゃ! 」

 

 

「ちょっと鬼怒田さん黙ってて」

 

 

何故か目の前の二人が揉めだして、ポカンとしてしまった。

この狸みたいな人が開発室長? てっきり由比ヶ浜さんがそうだと思ってた。

 

どうやら鬼怒田さんは僕が本当に実験を受ける覚悟があるか聞きたかったらしい。

実際に失敗しても僕の少ないトリオンがどうにかなって死ぬことは無いと聞いて安心した。

 

……トリオンが多いとどうかなるのか? 怖いから想像するのはやめよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、トリオン増幅血清の使用実験を始めます」

 

 

由比ヶ浜の合図によって三雲の腕に注射針が刺され、血清が注入される。

万が一の事態に備え三雲の腕や足、胴や首はベルトで拘束され、周囲を対ネイバー用の銃を持った雪ノ下シークレットサービスが固めていた。

 

そして注入から数十秒後、三雲に変化が訪れる。

 

 

「うわああああああああああああああああああああああ」

 

 

三雲の叫び声が部屋中に響き渡る。

 

血液中にトリオン増幅血清が流れ、全身を回ってトリオン器官に影響を及ぼした。

体内のトリオンが変異し、身体中に激痛が走ったのだ。

 

想像を絶する痛みに、もがき苦しむ三雲。痛みに耐えようと目を剥き、歯を食いしばっていた。ちなみに眼鏡はズレていない。

 

 

「血清注入率30%、三雲君のトリオン量が増大しています!! 」

 

 

「す、すごい! 初期計測値の10倍なんて! 成功ですね! 」

 

 

予想外の結果に驚きと歓喜の表情を浮かべる研究員達。

しかし由比ヶ浜には、三雲の驚異的なトリオン上昇率が気掛かりであった。

 

 

『おかしいわね……彼の時はせいぜい1.5倍程度だったのに。これが本来の効果なのかしら』

 

 

実際に血清を使ったのは、今回が初めてでは無かった。

当時比企谷が独自に行った実験で、由比ヶ浜は立ち会って居なかったのだが後に話を聞いていた。

 

被験者は当時30代後半の男性でトリオン量が1.5倍ほど増加し、確かにその効果を見せた。

これが適合者ならば、さらに違った効果が出るはずと言っていた比企谷の言葉を思い出す。

 

しかし改造手術ではなく、血清のみでトリオンを増やすなどエンシェントやノックスでも実現不可能であり、改めて比企谷の異常性に戦慄した。

そもそも玄界のトリガーやトリオンに関する技術力や科学力は、近界と比べて明らかに劣っている。

玄界にも雪ノ下や鬼怒田、SGCのサマンサ・カーターなど一部の天才と呼ばれる者が存在するが、それでも近界トップクラスには到底及ばない。

比企谷においても知識という面では雪ノ下達と大差は無いのだ。

しかし比企谷は、そのトップクラスの能力を持つ由比ヶ浜をもってしても未だ成しえなかったことをやってのけた。

 

元々由比ヶ浜は近界ではありふれている既存の技術だけを比企谷達に教えていた。

当然、その中には改造手術によってトリオン量を増加させ、戦闘能力の向上を目的とした強化人間計画のような最先端技術等は含まれておらず、玄界出身の比企谷がそれを知っている筈も無い。

 

彼女の既存の技術を流用した応用力や発想力、それらを実現する為の独創的な理論や技術は、近界と比較しても群を抜いていた。

 

トリオン量というのは、その人間個人の才能と幼少期における訓練によって決まるというのが通説である。

近界ではトリオンを増やす為に様々な非人道的な実験が行われているのだが、比企谷は血清のみでそれを可能にしてしまった。

この技術が表に出れば、玄界はさらに多くのネイバーから狙われることになるだろう。幸いにして比企谷が遺した血清は僅かで、迅悠一の未来予測によって適合者に選ばれた三雲修が、由比ヶ浜が行う実験の最初で最後の被験者となった。

 

 

「は、博士!! 三雲君の様子がっ! 」

 

 

研究員の叫び声によって、再び三雲に注意を向ける。

本来の三雲の身体は細身とは言わないまでも、中肉中背で標準的な体型であった……はずである。

 

 

「ぐぐぐっ……!! 」

 

 

苦痛に歪む顔から下に目を向けると、細かった腕がまるでゴリラのように肥大化していた。

それによって今にもはちきれんとばかりにギチギチと音を立てる拘束ベルト。異変に気付いたシークレットサービスは彼に銃を向けていた。

 

 

「撃ってはダメよ! 」

 

 

由比ヶ浜は普段は見せないような大声で彼らに発砲を禁じた。そもそもシークレットサービスは雪ノ下の命令しか受け付けないのだが、今回は雪ノ下に由比ヶ浜の指揮下に入るよう言われている為、素直に銃を下ろした。

 

その間にも三雲の身体の変化は続いていく。腕の次は身体、そして脚と、首から下は完全に筋肉達磨と化していた。

 

 

「血清注入率50%、三雲君のトリオン上昇率、初期値の30倍に達しました! 未だ上昇中です! 」

 

 

「由比ヶ浜さん、このまま上昇を続けると三雲の身体が持たんのじゃないか? 」

 

 

留まることを知らないトリオンの上昇率と肉体の変化に、さすがに見守っていた鬼怒田も口を挟む。

由比ヶ浜としてもそのようなことは承知していた。このままトリオンが上昇を続ければ、やがて身体の内側に溜め込まれたエネルギーが暴発して人間爆弾のようになってしまうであろう。

そうなればこのディスティニーランドはおろか、三門市全体が吹き飛ぶ可能性すらあるのだ。

先ほど発砲を禁じたのも、膨れ上がった風船に穴を開ければどういった結末を迎えるかを危惧したからである。

当然そのような結果になることも考慮して、極秘裏に綾辻遥も待機させている。

 

由比ヶ浜も柄にも無く不安を感じていた。いくら迅のサイドエフェクトや比企谷の作った血清とは言っても、実験が100%成功する保障など無い。

三雲修の存在は、ボーダーだけでなく娘を守る為の盾でもある。

仮にここで三雲が死ねば、近い未来に自分と娘が死ぬことになりボーダーも壊滅する。

そして迅のサイドエフェクトによってそれは予知されており、自分を殺すであろう相手の見当もついていた。

 

 

比企谷八幡

 

 

親友の遺児であり、世界を滅ぼせるだけの能力を持つブラックトリガー使いである。

彼自身の境遇は不遇で、捻くれた部分もあったが妹想いのとても優しい人間に育っていた。ボーダーとしても指名手配はしていたが、裏では彼ら家族を守る為に色々な支援をしている。

元々由比ヶ浜か雪ノ下が二人を引き取るつもりだったのだが八幡に拒否され、それ以降ボーダー関係者としての立場もあり小町はともかく八幡に表立って会うことが出来なかった。

 

そんな時に起きたのが、あの交通事故である。偶然の産物ではあったが、八幡、雪乃、結衣に接点が生まれた瞬間であった。

雪ノ下は長女である陽乃の婿に八幡を貰おうと画策しており、由比ヶ浜もそれを邪魔する気は無かったのだが結衣が八幡に好意を持っていると知り考えを改めた。

比企谷がこれを見たら何と言うだろうか、そんな想像をして過去を懐かしんだこともあった。

 

しかし八幡はいつか自分を殺しに来る。理由は不明だが那須玲や綾辻遥の件などマッドサイエンティストな部分を持つ由比ヶ浜は自業自得だろうと自嘲したが、娘の死とボーダー壊滅の予測は避けなければならない。

三雲とその仲間になるであろう人物達は、その為の抑止力としてボーダーに繋ぎ留めておく必要があった。

 

 

「三雲君、血清は残り半分よ。まだ耐えられるかしら? 」

 

 

「っ……うぐっ……は、はい……!! 」

 

 

痛みに耐えながらも、三雲は確かな意志を持って力強く答えた。

 

 

「ということよ? ポンちゃん」

 

 

「う、うむ……」

 

 

本人の意思を確認した鬼怒田は、由比ヶ浜の実験継続に困惑しつつも納得した。

三雲が諦めないことは由比ヶ浜にはわかっていたのだが三雲の言質を得た為、成功失敗に関係無く三雲の本位として実験を継続するという体裁を整えることが出来た。

 

 

そして、全ての血清が三雲に注入された。

 

 

「血清注入率100%です! トリオン上昇率は……え? 」

 

 

間の抜けた声を発した研究員はモニターを凝視していた。

 

 

「どうし……た……」

 

 

研究員に訊ねようとした鬼怒田も三雲を見て、声を失った。

 

 

「み、三雲君のトリオン上昇率……0%」

 

 

「バカな……! 」

 

 

先程まではちきれんばかりに膨れ上がっていた三雲の肉体が、嘘のように縮んでいた。

そしてそれに呼応するかのように留まることをしらなかった三雲のトリオン量も初期値に戻っていた。

 

 

 

失敗。

 

 

 

その二文字が研究者達の脳裏によぎる。

 

全員が恐る恐る由比ヶ浜に視線を向ける。だが実験の責任者たる由比ヶ浜にさほど気にしている様子は無かった。

 

 

「三雲君体調はどう? 」

 

 

「はぁはぁ……全身がピリピリしてます。なんだか頭がスッキリしてるような……」

 

 

息を切らせながらも、あれだけの壮絶な痛みを受けた後にしては幾分か好調な身体に戸惑いを覚える三雲。

その三雲の言葉を聞いた由比ヶ浜は寺島雷蔵を呼びつけた。

 

 

「ライ君、彼にトリガーを渡してくれる? アレじゃなくてノーマルトリガーでいいわ」

 

 

「了解です」

 

 

「それと、君もトリオン体になって? 」

 

 

「げっ、マジですか……」

 

 

由比ヶ浜の予想外の命令にノーマルトリガーを持ってきた寺島の足が止まった。

 

 

「ほら、早くしないと今日のご飯抜きよ~? 」

 

 

「あんたは俺のおかんですか」

 

 

そう言いつつも渋々トリオン体に換装する寺島。

 

 

「あたしはボーダーのお母さんですからね~」

 

 

ノックスのユイガハマ族である由比ヶ浜は見た目通りの年齢ではない。すでに齢100歳を超えており、城戸や鬼怒田ですら自分の子のようなものだった。

 

 

「で、トリオン体になりましたけど何やらせる気ですか? 」

 

 

三雲の拘束具を研究員と共に解きながら由比ヶ浜に訊ねるが、三雲が唖然とした表情で寺島を見ていた。

寺島はそういった視線に慣れているのか、三雲の視線を無視していた。

 

 

「う~ん、やっぱり今のライ君の方が可愛いわね」

 

 

「いや、そんなこと聞いてませんから」

 

 

「でも昔のライ君もかっこいいわよ~。ヒッキー君みたいで」

 

 

「それ褒めてるんですか」

 

 

そんな二人のやり取りに、三雲は気まずそうに声を掛けた。

 

 

「あ、あの……寺島さんのその姿は……」

 

 

三雲が驚くのも無理は無い。ふくよかだった寺島の身体がトリオン体になった途端にライ〇ップもビックリな程のスリムボディになっているのだ。

トリオン体になると痩せるのかと想像したが、実際には違う。

 

 

「ボーダーに入った頃のライ君はこんなにスリムでイケメンだったのよ~」

 

 

「初めて言われましたけど……」

 

 

そもそも寺島はエンジニアになる以前は、バリバリのアタッカーとしてネイバーと戦っていた。

忍田のパダワンである太刀川らと並んでトップクラスの弧月使いとして勇名を馳せていたのだ。

それが些かの私怨によってエンジニアに転向したのだが、それから彼はどんどん太っていった。

 

後にボーダーの正式トリガーの一つとなるレイガストを開発する等の様々な功績も上げ、21歳という若さでチーフエンジニアになったが、アタッカーからエンジニアに転向してすぐにそんなことが出来る筈が無かった。

元々のオタク気質からか多少の知識もあったが、由比ヶ浜や鬼怒田の元で学び、知識や技術を吸収するまでには膨大な時間を要した。

そこで彼は常にトリオン体で活動することを選んだ。戦闘のような激しいトリオンの消費がある訳ではないし、食事さえ取っていれば一日中研究開発に没頭することが出来る。

しかし、そのトリオン体での食事が問題であった。

 

トリオン体での食事は生身以上に消化率が良く、食事のほぼ100%の栄養を身体に還元できる。そして満腹中枢が刺激されにくいのか、いくらでも食べれてしまうのだ。

結果寺島は長い間トリオン体での過度な食事によって太ってしまったのだが、別段問題とはしていなかった。

 

だが、トリオン体の外見と生身の姿が乖離すると動きや感覚にズレが生じることから、トリオン体も生身と同じ外見に設定したところで問題が起こった。

彼はエンジニアに転向したと言ってもいざという時には戦う必要がある為、戦闘訓練をしていた。トリオン体での戦闘は生身が太っていても痩せていても普段の自分のパフォーマンスを最大限発揮できるが、寺島のアタッカー時代の体型は痩せた状態である。

そこで過去の動きと今の太った外見での動きの感覚にズレが生じ、戦闘訓練は散々なものだった。

ちなみに対戦相手はレイガストのテストを請け負った木崎レイジである。

 

そのような経緯があって寺島雷蔵はトリオン体の外見を敢えて過去の自分の姿に設定していた。

 

 

「そんなことが……でも、比企谷先輩の方がかっこいいです」

 

 

 

「そこかよ! 」

 

 

三雲は寺島のトリオン体についての経緯を聞き納得しつつも、由比ヶ浜の言ったことに反論していた。

 

 

「ええい! お前ら、バカなことをやっとらんでさっさとトリオン体にならんか!! 」

 

 

三人のやり取りを見守っていた鬼怒田もさすがに痺れを切らしたのか、寺島と三雲を怒鳴りつける。

 

 

「俺はもうなってますよ。ほら三雲君、このトリガーを使いな」

 

 

「は、はい。……トリガー起動」

 

 

寺島からトリガーを受け取った三雲はすぐさまトリオン体に換装した。

だが、トリオン体を見た三雲と彼らは驚愕した。

 

 

「ええっ!? 」

 

 

「なぬぅ?! 」

 

 

「マジか……」

 

 

三雲のトリオン体は身長190cm、髪は黒、眼鏡をかけた筋肉モリモリマッチョマンの変態になっていた。

 

 

「……これはレイジ君の使ってたトリガーかしら? 」

 

 

「いや、あいつのトリガー使ってもこうはならないですから。しかもレイジの筋肉よりやばくないですかこれ」

 

 

由比ヶ浜のふざけたコメントにもきちんとツッコミを入れる寺島に対して、同じツッコミ体質だと自負していた三雲は好感を覚えたが、それどころではないことに気付く。

レイジというのが誰だかわからないが、本来の自分とは似ても似つかない容姿になってしまっている。

 

 

「あの……この姿は設定し直せば元に戻るんですか? 」

 

 

寺島のトリオン体のことを思い出し由比ヶ浜に尋ねる。

 

 

「普通は戻せるはずよ~? そもそも本来の姿にならなかったのが不思議なんだけどね~」

 

 

ニコニコしながら曖昧に答える由比ヶ浜は、近くに座っている研究員に指で指示を出す。

それを見て頷いた研究員がPCにコマンドを打ち込むと、床からヴィヴラニウムで出来た壁がせり出した。

 

 

「どわっ! あんたまた勝手にこんなもん作って! 」

 

 

由比ヶ浜が自由なのはいつものことであり、もはや寺島のツッコミにも敬語が無くなっていた。

 

 

「ってかこれヴィヴラニウムじゃないっすか! どうしたんですかこれ 」

 

 

少し触れただけでヴィヴラニウム製と気付ける寺島もすごいのだが、ヴィヴラニウムの価値はもっとすごかった。

ワカンダという国で唯一産出される希少金属であるヴィヴラニウムは、間違ってもただの壁を作る為に使用して良い物ではない。

 

 

「今回の実験に使おうと思って特注したのよ~」

 

 

「あんたまた無駄遣いして! 今年の開発室の予算どんだけ喰ったんですか! 」

 

 

国家予算で運営されているSGCと違い、ボーダーはどこの国家にも属さない民間組織である。いくら雪ノ下や唯我、来馬など多くのスポンサーがついているとはいえ、その予算は潤沢ではない。

開発室への予算の割り当てが一番多いのだが、由比ヶ浜の奔放な金遣いによって開発室の予算は常にカツカツであった。

 

 

「さあ三雲君、壁の前に立ってるライ君を殴りなさい! 」

 

 

「何言い出してんのこの人?! 」

 

 

寺島の追及を華麗にスルーした由比ヶ浜は、人知れず冷や汗を掻いていた三雲に無慈悲な命令を出した。

 

 

「ぼ、僕が寺島さんを……? 」

 

 

「……なあ三雲君? 何で拳を握ってんの? 」

 

 

ところがどっこい、自分の力を試したかった三雲にとって由比ヶ浜の命令は願ったり叶ったりであった。

 

 

「大丈夫です寺島さん、痛くしませんから」

 

 

「いや確かに痛覚切ってるから痛くないけどさ! ってかそのこと俺教えたっけ?! にじり寄って来ないで!! 」

 

 

眼鏡を光らせながら近づいてくるマッスル三雲から後ずさるも、すぐ後ろにはヴィヴラニウムの壁があり追い詰められてしまう寺島。

 

 

 

 

 

「……最初はグー」

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実験後、三雲修は血清投与の影響の経過観察として一週間ディスティニーランド地下収容施設に留め置かれることになった。

現在は同地下会議室でSGCから派遣されたジャネット・フレイザー軍医を交え、三雲のトリオン体について話していた。

 

 

「長年トリオン体を見てきましたが、こんなこと初めてです」

 

 

「ワシもこの目で見るまで信じることはできんかった」

 

 

「まったく……死ぬかと思いましたよ。トリオン回復するまで生身か……」

 

 

三雲が放ったじゃじゃん拳……もといただのグーパンチは、寺島を吹き飛ばしてヴィヴラニウムの壁に叩きつけた。

その威力は凄まじいもので、衝撃を吸収する特性を持つヴィヴラニウムに罅を入れ、寺島のトリオン体を破壊したのだ。

それは、素のトリオン体では如何に強力なブラックトリガーであろうとも性能は同じ、という常識を覆してしまった。

 

 

「検査結果がでたわよ。トリオン量は変わってないのにトリオン体の密度が段違いね」

 

 

由比ヶ浜から受け取った検査結果の用紙を見て、各々が唸り声を上げた。

 

 

「これは……人間で言う筋力の増強ということですか? 」

 

 

「それに近いもんじゃろ。今まではトリガーで強化することだけを考えておったが、トリオン体自体の強化が可能ならば素手でも戦闘が可能になる」

 

 

「マジすか。由比ヶ浜さん、もう血清って無いんですよね? 」

 

 

「もう無いわよ~。あってもライ君には適正が無いから使えないんだけどね」

 

 

正確には血清は残っているのだが、実験一回分の投与量に満たない量である。

 

 

「ともかく由比ヶ浜さんでも血清の複製が出来ん以上、一度血清のことは諦める他あるまい。今は三雲をどうするかじゃ」

 

 

「三雲君がトリオン体に慣れる為の訓練と戦闘訓練のカリキュラムも夏休み中には終える予定よ」

 

 

「彼専用トリガーも開発済みですよ……ボーダーの盾に相応しいやつをね」

 

 

そう言って二ヤリと笑う寺島を見て鬼怒田とフレイザーはため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~千葉村襲撃事件後~

 

 

 

千葉村から輸送ヘリで救急搬送された香取葉子、三浦雄太の両名はボーダー提携の三門市総合病院ではなくディスティニーランド地下の医療施設のベッドに居た。

 

未だ二人とも目を覚まさないが、ネイバー相手に生身を晒して、多少の裂傷と打撲のみというのは奇跡的なことであった。

 

 

「う、うぅ……はち……まん」

 

 

悪夢に魘されているかのように苦しむ香取は時折、想い人である比企谷の名を呟いた。

 

 

「おいていかないで……もっと、強くなるから……」

 

 

香取葉子にはそれなりの才能があった。ある程度の戦闘訓練を経るとすぐにその才能の片鱗が表れた。

思えば香取はこの頃連勝を重ね、調子に乗っていたのかもしれない。

 

中々有望な新人が居ると聞きつけた太刀川慶をはじめとした一線級のアタッカー達との模擬戦によって、彼女のプライドは粉々に砕かれたのである。

 

香取葉子は諦めていた。比企谷八幡の存在を知るまでは。

大規模侵攻の折、倒壊した家から自分を救い出してくれた染井華と身知らぬ男もとい比企谷八幡。

八幡のことを知らなかった香取は染井の普段からは想像もできぬ態度から八幡こそが命の恩人であると悟ったのだ。まあ染井の態度は親友たる香取にしかわからないような変化であったが……

 

逃亡中のブラックトリガー使い

 

その圧倒的な強さを見せつけられた香取は八幡に憧れを抱いた。自分を打ち負かしたA級隊員をいとも簡単に打ち破る姿はまさに自分が求めた強さそのものであった。

 

 

 

そしてその強さへの渇望もまた、ボーダーの暗部に利用されようとしていた。

 

 

「香取葉子ちゃんね。彼女もまたヒッキー君に魅せられた一人なのね……」

 

 

薄暗い研究室で由比ヶ浜は香取のカルテを読み、机に置いた。

その机には他のカルテも置いてあった。

 

 

『綾辻遥』『那須玲』『三雲修』

 

 

「今、ボーダーを失う訳にはいかないの……あのお姫様もね……」

 

 




昔どっかの後書きで書いたマーベルトリガーですね。
あの頃はマーベルにもハマってたんですね。

アリステラとかマザートリガーの話とか色々新情報があってついていけません。
昔は三門市全体がエンシェントのアトランティスみたいな感じで浮いて
三門市ごとネイバーフッドに行くみたいなことを考えていたんですが、、、

ネタ帳を見返してると懐かしい気持ちになりますね。

短いけど本編もう一話あるので気が向いたときに上げます!
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