IS~codename blade nine~   作:きりみや

1 / 91
にじファンからの移転になります。よろしく願いします。


1.黒翼

「こちらB9。準備完了」

『了解。地上部隊が先行する。合図をしたらブチかましてやれ』

「了解」

 

 地上から数百メートル。雲一つない夜空の中、川村静司は静かに応えた。

 その体は漆黒の機械の鎧――ISに包まれ、夜空の闇に同化している。

 

「しかし今日は冷えるな……」

 

 のんびりとぼやきながらも視線とセンサーは地上に注意を払っている。そこにあるのは生い茂った木々の中に巧妙に隠されていた研究所だ。現在仲間がそこに潜入しているはずだ。

 

『確かに冷えるな。帰ったらコーヒー用意しておいてやる』

「お、課長が入れてくれるんですか? 久しぶりですね」

『長期任務だったからな。それぐらいはやってやるさ』

「楽しみにしてますよ」

 

 静司の上司が淹れるコーヒーは社内でも人気が高い。なんでも趣味で色々研究しているそうだ。

 思わぬ報酬に静司のやる気が上がった時、地上で爆発が起きた。

 

『こちらA1。《ケージ》を回収……情報通りだ。これより撤退する』

『了解。そういう事だ静司』

「了解」

 

 返事と同時に、今まで最低限の状態で起動していたISの出力を上げていく。

 

「【黒翼(こくよく)】戦闘機動。R/L展開」

 

 黒い機体の表面に赤い光が走る。今までは最低限人の形の上にそのまま装甲を被せただけだった形状から、両手両足に新たに装甲が展開される。両足はまるで鉤爪の様に鋭く鋭角。両腕にも同じように爪の様な装甲が展開。更に肩の後ろにも左右に伸びるように展開されていく。それはまさしく機械で出来た翼だ。

 最後に顔を隠すように装甲が展開されれば準備完了だ。

 

「まずは挨拶代わりだ。R/Lブラスト」

 

 黒翼の両翼で光が収束、そして6発の光線が幾重も地上に向けて発射された。光は研究所に飲み込まれると、その周囲一帯を巻き込み爆発を引き起こした。

 同じように砲撃を数回繰り返すと、その戦果を十分に確認する間もなく静司は一気に下降する。センサーでは脱出する仲間とそれを追う敵の姿を認識している。そちらに右腕を向けると、そこに装備されていた銃口から放たれた光が敵を飲み込む。

 さらにその後ろに迫った敵に銃口を向け――しかし即座に静司はその場から離れた。一瞬遅れて、先ほどまでいた場所に砲弾が着弾。爆発する。

 

「っと、戦車に攻撃ヘリに歩兵部隊。まだ残ってたか」

 

 先ほどの空からの砲撃では、研究施設は勿論だが、敵の装備が保管されていた倉庫もターゲットにしていた。先ほどの砲撃に耐えられるとは到底思えないので、元々別の場所にあった物だろう。

 

「B9よりセンターへ。予定外の敵を確認。別動隊の可能性有り」

『了解。周囲はこちらで探索する。B9は予定通りに』

「了解」

 

 戦車からの砲弾を飛んで避け、ヘリの放ったミサイルを左腕のライフルで撃ち落とす。その爆煙が晴れないうちに敵をロック。

 

「この程度の連中に落とされてたまるか」

 

 黒翼から再び光が放たれ、着弾。すべての兵器が一瞬で炎に包まれた。

 敵を片付けた静司は周囲を索敵する。しかし反応にあるのは逃げ惑う研究所の所員。撤退する味方。そしてそれを追う敵の歩兵部隊だ。戦車や、ヘリといった兵器は見当たらない。

 

「こちらB9。周囲の脅威は殲滅。これより撤退中の味方の援護に入る」

『いや、援護は不要だ。C1、C2が向かった。伝言だ《俺たちの仕事を取るな》だそうだ』

「あの人たちがそんなに仕事熱心だとは思いませんでしたよ」

『どうだろうな。さっきK5から全員に通信が来てな。楽して仕事しない連中は飯抜きだとさ』

「飯に釣られてるってのも悲しいもんですねー。楽しい理由をありがとうございます。ならば当初の計画通りに?」

『ああ、そうだ。その胸糞悪い施設を――この世から消し去れ』

「了解」

 

 通信を終えると静司は再び空に上がる。そして研究所一帯を見下ろせる高度まで来ると左腕を構えた。

――R/Lブラスト最大出力。

 両翼に光が集まる。

――クエィク・アンカー、セット

 左腕の鉤爪が合わさり、槍の様な形状へ変化。黒と赤の混じった光が収束し、唸り声をあげる。

 眼下の研究所を見下ろす。

――ああ、本当に胸糞悪い。

 一瞬、抑えようのない憎悪が思考を飲み込む。その感情に反応した様に黒翼の光が不安定揺れる。が、

 

『B9』

「っ!」

 

 ただ一言。通信からのその声にはっ、となる。

 

『いけるな?』

「はい」

 

 ゆっくりと目を閉じ、そして開く。その眼には先ほどまでの憎悪は無く、あるのは任務遂行への意識のみ。

「最終フェイズ・開始」

 

 呟き、引き金を引く。左腕の武装、《クェィク・アンカー》が放たれ研究所へ着弾。一瞬、黒と赤の光が波紋のように広がり、そして崩壊が始まった。あちこちに亀裂が走り、すべてが粉砕されていく。地面も崩壊し、崩れた施設もそれに飲み込まれていく。さらに追い打ちをかけるように6本の光が地上を貫き、先ほどとは比べ物にならない爆発が全てを包み込んでいった。

 

 

 

「いよう、長期任務ごくろうさん。4か月振りか?」

「お久しぶりっすね。課長」

 

 任務終了後。『会社』のトラックの中で半年ぶりに会った上司に会釈する。

 

「まあ通信では何度も顔を合わせているから久しぶりというのも変な話だな。ほれ、約束のコーヒーだ」

「どうも」

 

 差し出されたカップに口を付け、笑みを浮かべる。やはりこの人の淹れるコーヒーは美味い。

 静司が課長と呼ぶ目の前の男は髭を生やした40代ほどの男性だ。白髪の混じったオールバッグにサングラス。真面目な顔をすればどこかのマフィアの様だが、静司が知る限りいつも緩んだ顔をしている。

 

「しかし随分と髪伸びたな。ぼっさぼさだぞお前」

「そうとうな期間切ってないですからね。あの辺りは変に小奇麗にすると逆に目立つんですよ」

 

 ちなみに潜伏していたのは中東の小国。未だに内戦の続く後進国だ。静司の任務はその国で『極めて非人道的な』研究を行う施設の調査、及び破壊だった。

 

「ま、それもそうだな。例の装備はどうだった?」

 

 その質問に静司は呆れたように、

 

「《クェィク・アンカー》ですか。あれ考えたの誰です? 一撃であの範囲を壊滅させる武器を個人に持たせるとか……馬鹿でしょう?」

「技術部曰く、『浪漫と狂気の融合』だそうだ。まあおかげで例の施設は完全に消滅したんだ。流石に対人戦では使えんがあって損はないだろう。無論、外に漏らす訳にはいかんが、そもそもお前位しか使えないだろう」

 

あんな物騒な物外部に知れたら何を言われるか分かったもんじゃない。それを理解している静司は黙って頷いた。

 

「それと回収……いや、保護した《ケージ》の中も本社で治療する」

「そうですか……」

 

一瞬静司の目が細まり、安心と怒りが混じった声で答えた。

 

「人体改造によるIS適性と戦闘力の底上げ。お前が怒る理由はわかるよ。事情が事情だしな。だが任務中にそれに囚われるのは感心しないな」

「……申し訳ありません」

 

 返す言葉もない。

 

「ま、直ぐに元に戻ったから今回はいいさ。それより次の仕事だ。連続ですまないがな」

「それは構いませんよ。それが仕事なんですから」

「そう言ってくれると助かる。さて、静司。織斑一夏を知っているな?」

「……知らないわけないでしょう。織斑千冬の弟で『世界初』の男性操縦者でしょう」

「お前が言うと皮肉に聞こえるな。本当の世界初男性操縦者、川村静司?」

 

 そう。静司は女しか動かせないはずのISを動かすことができる。この事には色々複雑な理由があるが、現状それを知るのは一部の人間だけだ。

 

「1番2番は別に気にしないですけどね。で、その一夏とやらは?」

「ふむ。調査したがISを起動できる理由は不明だ。少なくとも後天的な改造をされた様子はみられない。まあ今のところだが。この件に関しては調査中だ」

「成程。お仲間ってわけじゃないのか。しかし天然モノがあったとすると俺達はなんだったのかね」

 

 自嘲気味に静司は笑う。それに気づきながらも課長はあえて触れず話を進める。

 

「その織斑一夏だがIS学園に入学する事が決まった。更には専用機も用意されるそうだ。それもあの篠ノ之博士が絡んだ機体をだ」

 

 差し出された書類を受け取る。それは織斑一夏とその周辺のデータだ。

 与えられた情報を分析する。まずIS学園入学。それは分かる。何せ表向きには世界初の男性操縦者だ。あらゆる機関、国が目を付けているだろう。そのまま放っておいたら何をされるか分からない。IS学園ならその特性上、守りやすくなる。

 次に専用機。これもおそらくデータ収集が目的だろう。他にも理由はあるとは思うが、貴重な情報源だ。特別なものを用意するのもまあ分かる。

 だが最後、博士が絡んできているとなると話は別だ。ISの生みの親にして『天災』篠ノ之束。その技術と知識はあらゆる機関が追い求め、しかし博士は雲隠れし見つからない。 そんな博士が関連したIS。興味を持つ人間はごまんといる。

 ここまでの情報を考え、静司は結論づける。

 

「微妙に鍵穴の緩い檻にカモがネギしょって来た感じですね」

 

 学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されない。それがIS学園だが、結局そんなものは建前だ。実際は様々な所で各国の思惑が動いてる。

 

「言いえて妙だな。だがまあその通りだ。織斑一夏は狙われる理由に事欠かない。更に面倒事はまだ続く」

「と、言いますと?」

「まず篠ノ之博士の妹が同時にIS学園に入学。織斑一夏とは幼馴染らしい。そしてイギリスの代表候補生。更に若干時期はずれるが、フランスとドイツ、さらには中国からも同学年に専用機持ちが入学する。さらにさらに中国とドイツは織斑に多少なりと関わりがある。鴨がネギとかそういう次元じゃない。寄せ鍋に鴨もネギも豆腐も白菜も酒とツマミ持参でやってきたようなもんだ」

「それは美味そうですね……」

 

 引きつった笑みを浮かべる静司。課長も呆れたように頷いた。

 

「まあそんなIS学園絡みでウチに依頼が来たわけだが」

「……まさか課長。次の任務って」

 

 嫌な予感がした。

 

「ああそうだ。日本政府の非公式の依頼だが、織斑一夏、及びその周囲の護衛だよ」

 

 

 

 

 

(まあこんなものだよなあ)

 

 静司が課長から任務を言い渡されてから数日後。IS学園1年1組の教室は微妙な緊張感と好奇心で溢れていた。女性だらけのその教室の生徒の意識は今、二人の男に集中している。

 一人は織斑一夏。そしてもう一人が川村静司である。一夏の方は居心地が悪そうに落ち着きがないが、静司は覚悟していたので一夏程は顔に出していない。無論、うんざりしているのは同じだが。

 

「それでは皆さん、1年間よろしくお願いしますね」

 

 教壇では副担任の山田真耶が微笑んでいる。どこか子供の様な印象を持つそんな教師に静司は年齢を聞きたい衝動に駆られたが、流石に我慢した。

 

『……』

 

 妙な緊張感と静けさ。誰も反応しない事に真耶は狼狽えつつも、

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと出席番号順で」

 

 教師としての仕事をなんとか進めていた。

 

(きっついな……)

 

 ぼんやりと頬杖をつきクラスの自己紹介を聞きながら、静司はここに来る前の事を思い出していた。

 

 

 

 

『IS学園に潜入し、織斑一夏、及びその周囲を護衛せよ』

 

 このなんともアバウトな任務を受けた時、静司は思わず聞いたのだ。

 

「抽象的すぎません?」

 

 意味はわかる。織斑一夏はその希少性から狙われやすい。更に彼に関連する人たちも下手をすれば巻き込まれる。人質になどされたらたまったものでは無いので護衛が必要なのも頷ける。

 だが、その周囲を護衛せよ、とだけ言われるとどこまでを含むのかいまいちはっきりしない。そんな静司の質問に課長はため息を付く。

 

「しいて言うなら、織斑一夏にとって『弱点』となりうる人間、って事になる。が、織斑一夏がデータ通りの人間だと相当面倒な事になる」

 

 渡された資料を確認すると性格分析にこんな一文があった。

 

【対象の交友関係は広く、また、シスコンのフラグ建築士。爆ぜろ】

 

「……俺、会社ってもうちょっと真面目に仕事するものだと思ってたんですけど」

「知らん。余所は余所ウチはウチ。因みにその報告書を作成した36歳独身彼女無しの笹山は途中でキレていた。アイツは主に織斑一夏の交友関係を担当していたが、自分との差異に耐えられなかったのだろうな。その結果がそれだ」

「相変わらず無秩序な個性を大事にしてますね」

 

 因みにその一文だけなら報告書とは言えないが、その下には詳しい情報もしっかり記載されていた。36歳独身も仕事はしっかりこなしているらしい。そしてその情報を読んだ静司は納得する。

 

「熱血とまではいかないが良くも悪くも感情的な部分有り。誰にも分け隔てなく接し、好意を持たれやすいタイプではるが当人は自覚無し……」

「そういうことだ。見知らぬ人間を人質にとっても効果があるんじゃないかという見解だ。よって任務をもっと分かりやすく言うなら、『織斑一夏を他機関から守りつつ、人質候補満載の学園そのものも守ってね』って訳だ」

 

 静司の顔が引きつった。

 

「安心しろ。いくらなんでもお前一人にやれとは言わないさ。学園の周囲で別チームも任務にあたる。お前は年齢や能力から潜入するのが一番効率的だろうから選ばれた。学園周囲はフォローするからお前はクラス周りと交友関係が深そうな人間を注意してくれればいい」

「それなら助かりますけど……けどそもそもどうやって潜入するんです? まさか女装しろとか言わないですよね?」

「なんだ? したいのか女装」

 

 課長が指をパチン、と鳴らす。すると室内に若い社員が入室。巨大なスーツケースを課長と静司の前に置くと、静司に向って最高の笑顔でサムズアップし退出した。嫌な予感がしつつ、スーツケースに目を向けるとそこにはこう張り紙されていた。

 

『せっちゃんの変身グッズ♪ Ver7 学生編~ニーソからスク水まで~』

 

「準備は万全だ」

「ツッコミどころありすぎだコラアアアアアッ!」

 

 静司は怒鳴りつつ目の前の上司にドロップキックをぶち込んだ。しかし課長は床に倒れながらも平然と、

 

「不満か?」

「不本意そうに首かしげるんじゃねえ! 何で準備してある!? というかVer7ってなんだ!?」

「課の皆で一生懸命に考えてなー。一生懸命すぎてバリエーションが豊富に」

「今すぐ黒翼でぶち抜いてやろうか……」

「冗談だ」

 

 再び課長が指を鳴らすと、先ほどの社員が現れスーツケースを回収していった。その際とても残念そうな顔をしていたが静司は無視した。

 

「女装プランが駄目なら簡単だ。そのまま入学すればいい」

「本気で言ってます?」

 

 静司は男性操縦者。今までは騒がれる事を嫌い、正体を隠していた。IS展開時も全身装甲。顔も隠れている為、性別は分からないようになっている。何故なら、もし見つかればあらゆる機関に狙われるからだ。

 

「本気だ。静司、これはチャンスなんだよ」

「チャンス?」

「そう。例の件の事もありお前は今まで世間から隠れてきた。見つかったら解剖されてもおかしくないからな。しかし今回男性操縦者が『公式に』発表された。それがあのブリュンヒルデの弟で更には篠ノ之博士とも知り合い。無理やり解剖でもしようものなら世界最強のIS操縦者を敵に回すことになるし、博士も何をしてくるか分かったもんじゃない」

「織斑一夏を強引に解剖することは世界レベルの戦力と頭脳を敵に回すっていう事ですね」

「ああ。そして現在世界中で男性のIS適性検査が行われている。今のところどこも駄目らしいが、織斑一夏が動かせたんだ。他に動かせる男性が居てもおかしくはない。この流れにのる。」

 

 課長は説明を続ける。

 もし、先に静司が男性操縦者として現れたら? 世界中がその理由を知りたがるだろう。織斑一夏の様に大きな後ろ盾がない静司はあらゆる機関から狙われる。公に発表したとしても、世間では信じられず、『偶然の不慮の事故』で表舞台から消され解剖室行きの可能性も高かった。しかし先に『非人道的な検査をすればアウト』である織斑一夏が現れた。これにより男でもISを動かせるものが居る、という事を人々も認知した。その結果、二人目が現れても一人目よりかは違和感が低い。まあそれでも二人目の実験材料を欲しがる機関は山ほどいるだろうが。

 

「早い話、目立つ一人目のお蔭で男性操縦者の存在が世界に明らかになったって事だ」

 

 『一人いたのだから、二人目がいてもおかしくないでしょ?』という事だ。一人目が現れた事で二人目が居てもあり得ることだと思われる。そこで今のうちに二人目として発表することで『注目されることで自分の立場を作る』事に繋がるのだ。何せ世界で二人の男性操縦者。その動向は注目される所であり、突然失踪でもすれば大捜索が始まるだろう。

 この点に関しては実は織斑一夏は運が良かった。もし織斑千冬が普通の姉で、篠ノ之博士とも関わりが無く、どこかの研究機関や企業のISを起動させてしまっていたら、今頃監禁され実験材料か、ホルマリン漬けにされていてもおかしくなかった。彼が無事なのは件の二人の影響が大きい。

 

「お前が平穏無事な生活をするなら隠したままでも良かった。けど違うだろ?」

「ああ、俺はこの『会社』で働くと決めた」

「ならばいずれバレる可能性は高かった。ならば先にこちらから言ってしまえばいい。織斑一夏のデータ、つまり男性操縦者のデータは入手してある。お前の検査結果はこのデータを元に作成するから、『Vプロジェクト(お前の秘密)』も隠せる筈だ。まだ男性操縦者は織斑一夏以外では見つかっていない。情報が少ない今のうちにバラしてしまった方が都合がいい」

 

 情報が少ないうちに、すでにあるデータに限りなく近い普通のデータを提出する事で誤魔化してしまおうという訳だ。

 

「正直この方法もベストとは言えない。だが任務の性質上、この方が都合がいいのも事実だ」

「……囮ですね?」

「正解だ。『Vプロジェクト』は隠せても二人目の男性操縦者が貴重な実験材料になるのも間違い無い。お前は世界に公表されると共に、織斑一夏同様に世界中から注目の的になる。ならばそれを利用して敵を燻りだす」

「と、なると俺の経歴も考えなきゃいけませんね」

 

 自らが囮になるというのに静司は全く動じずに頷く。彼にとって囮になることは対した問題ではない。そういうものだと理解しているからだ。

 

「既に用意してある。お前は北海道の田舎町に住んでいた一般人の少年となる。今回の騒ぎで行われたIS適性検査で発見された二人目の男性操縦者となる訳だ。細かい部分はこれに書いてあるから覚えておけ」

 

 課長が新たな書類を静司に渡す。

 

「世界最強の姉を持ち、世界最高の天災を知人に持つ世界初の男性操縦者。片や日本の田舎町出身の平凡な男ですか。確かに狙われやすそうだ」

 

 なんとも妙な任務だと静司は苦笑した。他人と、そして自分を守るために公表するのに狙われるのも仕事というのだ。笑いたくもなる。そこで、ふと静司は疑問に思った。

 

「そういえば今回の依頼人は日本政府って言いましたけどもしかして桐生さんですか?」

「そうだ。ウチの会社以外で唯一お前の存在を知っている人間だから今回の件を持ってきた。アイツもチャンスだと思ったんだろう。政府の連中も頭抱えてたって話だし」

 

 例年以上にやってくる専用機持ちと男性操縦者。IS学園を運営する日本政府としては悪夢のようだろう。何か問題が起きれば各国からバッシングが飛んでくる。

 

「まあそういう訳だ。一応IS学園も対策はしているだろうが、桐生個人として信頼できる戦力にもお願いしたいって事らしい。その他、こまごまとした点はデータとして送ってある。幸運を祈る」

「了解」

 

 

 

 ふと、騒がしくなり静司は思考を止めた。どうやら件の織斑一夏の自己紹介が短すぎ、それに担任がツッコミを入れたらしい。

 

(あれが織斑千冬……)

 

 写真や映像では見た事はあるが、本物を見るのは初めてだ。黒のスーツにタイトスカート。すらりとした長身にオオカミを思わせる鋭い目。その姿に静司は思わず姉達の事を思い出してしまう。

 

(……っと、あれは別人だ。考えてはいけない)

 

 慌てて思考を中断する。意識的に姉と織斑千冬の繋がりをカットする様に心がけた。

と、

 

「キャァーーーーーーーーーーーーーーーーー! 千冬様、千冬様よ!」

「本物……本物よ!?」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! ファンクラブにも入ってます! 同人誌も持ってます!」

「あの千冬様にご指導いただけるなんて……神様ありがとう!」

「私、お姉様のためならたとえ火の中水の中草の中あっちの眼鏡の先生の胸の中! 死ねます!」

 

 千冬が自己紹介した途端、生徒たちから黄色い声援が響いた。そんな様子に千冬は頭を抱えている。

 

「……例年にも増して馬鹿が多くないか……。それとも何か? 私のクラスに馬鹿者を集中させてるのか? 嫌がらせなのか?」

 

 うわー容赦ないなーと静司はその言葉に若干引いた。しかし静司の思っていた以上に生徒たちは逞しいようだ。

 

「きゃああああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って! 見下して! その冷たい目で見つめて~!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾して下さい! 大丈夫、私はドMですから! けどMな千冬様も見てみたい!」

 

(逞しいなあ……というか、明らかに変態が一人居るが)

 

 これが女子高のノリというものか。そもそも普通の学校自体静司は知らないが。

 その後も織斑一夏と織斑千冬が姉弟だと知れ渡り生徒が騒ぎだすが、千冬の一声で鎮静化した。

 

「よし、では川村、自己紹介をしろ」

「はい」

 

 呼ばれゆっくりと立ち上がる。

 

「川村静司です。以前は北海道に住んでいましたが今回の件でこちらに来ました。趣味は読書とランニング。男という事でこの場では少し特殊かもしれないけど楽しくやれればなと思うので皆さんよろしくお願いします」

 

 可もなく不可もない自己紹介。因みに川村静司は紛れもなく本名である。元々日本に国籍なんて無かったが、今回の件で用意されたのだ。どうせ任務の時はコードネームを使うし、これから先、二人目の男性操縦者としてやっていく場合、偽名だと色々面倒だという理由からだ。

 

「普通だ……いや、織斑君はアレだったけど」

「けどちょっと地味じゃない?」

「だね。髪もボサボサで目元見えないし」

「けど良い人そうだよ~」

 

 とまあこんな感じである。因みに静司の現在の容姿はボサボサで目元まで隠れる長さの髪にメガネとはっきりいって冴えない。別に普段からこういう訳ではなく、前回の任務から対して身だしなみを整えていないだけだ。何せ本来の静司の目つきは鋭く、日焼けした肌と堀の深い顔立ちから堅気ではない様相だったのだ。それを隠す為に髪はそのままに、更に伊達メガネをかけている。

 こういった理由から女子たちの反応はある意味狙った通りのものだったのだが、やはり男としてちょっと堪えるものがあったのは静司の秘密であった。

 




当初はアルカディアを考えていたために、ある程度話を連結しています。少々繋ぎに違和感を感じるかもしれませんが、せっかく修正などを行ったのでそちらを投稿しています。
また同時に投稿するとサイトに負荷がかかると思われるので、いくつかに分けて数日間かけて以前に追いつきたいと考えています。

しかし改めて読み返すと、主人公に「お前誰だ?」と言いたい部分がありますね……。この頃は悩み事が少ないせいかもしれませんが

それとこの作品は当初、恋楯とのクロスを考えていたために所々その名残が残っています。実際は無理があったので、オリジナル主人公に変わりました。

こんな自分の作品ですが、今後ともよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。