IS~codename blade nine~ 作:きりみや
「それじゃあ今日も上映会を始めよ~」
「テンション高いな、のほほんさん」
夕飯も終わり、学生たちが各々の時間を過ごす中、一夏の部屋には静司とシャルロットを除いた、何時もの面子が揃っていた。
「何故ですの……? あれほどの恐怖を味わったというのに、私はまたここにいるのは」
「怖いもの見たさってやつじゃない? 私は楽しめたからいいけど」
「それで今日は何を見るのだ?」
ふっふっふっ、と本音が前回と同じく、テレビに繋いだ端末を操作する。
「今日はこれ~『超忠臣蔵ヴィオン』主君の無念を晴らす為に47人の部下が巨大ロボットに乗って戦う燃えも萌えも仁義も揃った話題作~」
「またどこかパチもんくさい物が……」
鈴が顔を引き攣らせる。その隣でセシリアがそういえば、と首を傾げる。
「川村さんやデュノアさんはよろしいのですか?」
「そうだな。静司達も呼ぼうぜ。というか当然くるものだと思ってたんだが」
「えっとね、まだしゃるるんの体調が良くないから、今日は遠慮しとくだって~」
しょんぼり、と肩を落とす本音に、鈴も苦笑い。
「アンタ達仲良いもんね。けど体調悪いなら仕方ないわね」
「そうだな。デュノアも川村もまた次の機会に一緒に見ればいいだろう」
仕方ない、という雰囲気で皆が納得する中、本音だけは別の思いを秘めていた。
(かわむー……)
体調が悪いなんて嘘だ。本当は知っている。静司が戦いに赴いている事を。
今この瞬間も、学園地下に侵入した敵を撃退し、同時に捕らわれたルームメイトを助けるために静司は地下に居る筈だ。
事情を知ったのは放課後の事。静司達からの連絡だ。その内容は本音ばかりでなく、姉も、そして出先で連絡を受けた会長も驚いた。シャルルの不在。そして社会科教師、植村加奈子が先日の襲撃に関わっている可能性が高いという内容だったからだ。
IS学園はその特異性から、そこで働く教師は審査を受けている。しかし学園は、世界中のIS適性者を育成する場。生半可な経歴では許されないが厳密過ぎて人員が集まらなければ意味が無い。そして学園の稼働が急務だった事。その結果、一部問題があっても経歴や能力に問題が無ければ採用した。そして植村加奈子もその一人だ。
彼女は能力、経歴には申し分が無いほど優秀だった。しかし、女尊男卑の典型的な人物でもある。だが、彼女はただの社会科教師である事。女尊男卑と言っても、プライベートで愚痴は出すが、仕事自体は完璧な事から採用された。
その植村加奈子が牙を剥いた。これは学園側の大失態だ。
楯無は即座に虚に植村加奈子とシャルル・デュノアの捜索を命じたが、学園内を動ける人員は数が限られている。頼りになるのは監視装置だが成果は出ず時は過ぎるばかり。そのまま数時間は成果なく時が流れたが、ようやくその所在を知る事となる。
それは更識家で無く、静司達EXISTからの連絡。植村加奈子によって学園の地下施設に連れて行かれたシャルル・デュノアを発見した、と。
その報告を聞いた更識家の反応は微妙と言えた。学園の地下。それはIS学園にとって、外に知られるわけにはいかない場所。協力関係とは言え、EXISTにも伝えていない秘密の筈だった。しかしEXISTは当然の如くそれを知っていたのだから。そしてそれを先に察知された事もまた問題だった。
しかし今はそれどころでは無い。このまま揉めていたら学生が、そして地下に保管された無人機が攫われる。
結果、事情を知る中で現状最強戦力である静司が地下に向かう事になった。正体不明の敵にたった1人でだ。
「どうかしたのですか? お顔が優れませんわ?」
「っ! だいじょーぶだよ~」
いけない。今は自分の仕事をこなさなければならない。静司が地下に向かった以上、織斑一夏や他の生徒達を守るのは残った者の役目。本音は織斑一夏が下手に外出しない様に部屋に足止めする役目を任された。ならばそれをこなさなければならない。何より、それが静司の助けになる。
(きっと……うん、かわむーなら大丈夫)
不安と信頼。その二つに挟まれながら本音は静司の無事を祈った。
IS学園地下。公式には存在しないその秘密のエリアに爆発と衝撃が連鎖する。その爆煙を突き抜けて、2機のISが奔る。
「そいつを――寄越せぇ!」
「っ、しつこい!」
先行するのは灰色のIS。全身灰色。両腕両足は丸みを帯びており、大よそ突起の様な物が無い。更には背中にもまるで亀の甲羅の様に丸みを帯びた装甲。そして左右には呼び出された鋼鉄の棺桶が宙に浮いている。植村加奈子の顔をした女が扱う完全に防御重視のIS【
そしてそれを追うように奔るのは黒いIS。両手両足には巨大な鉤爪。膝関節部分は槍の様に突出し、刺々しい印象を持たせる。全身を装甲で包み、時折その表面を赤いラインが走る。地下に降りた時にあった巨大な翼は今は邪魔になるため消えている。そして正体を隠す為に言葉全て機械音声に変換されている静司のISである【
通路は元々かなり広い。しかし互いに追いつ追われつの2機は銃撃を交し、そして躱す。その度に装甲が壁に触れ火花が散り、避けられた互いの攻撃が床や壁に着弾。爆発を引き起こしていた。
静司の黒翼が瞬時加速を発動。女に肉薄し爪を振るう。余りにも巨大なそれは、壁を引き裂きながらも速度を緩めることは無く女に襲い掛かるが、女はISを巧みに操り、紙一重でそれを回避した。しかし静司はそこで止まることなく前進。2撃、3撃と腕を振り回すような連撃を繰り出す。
「乱暴な、人です、ね!」
「黙れ!」
やがて女は回避が不可能と悟ったのだろう。足を止め片腕を突き出す。静司はその腕ごと切り裂くべく、爪を振りかぶるがそれは鈍い金属音によって遮られた。
「『
爪の連撃を止めたのは鋼鉄の棺桶。それが楯の様に展開されていた。
「そして――」
「ちっ!」
不穏な気配。それを察知した静司が距離を取るのと同時、女がいつの間にか呼び出していたショットガンが火を噴く。その銃弾を天井、壁、床を跳ねるように距離を取りつつ回避する。
「呆れましたね。まるで獣です」
「黙ってろ。直ぐにその首もぎ取ってやる」
「不可能です。このブラッディ・ブラッディの前では」
知った事か――
全身装甲の仮面越し、静司はシャルロットが捕らえられた方の棺桶を睨む。女もそれに気づいたように笑った。
「随分と気になっている様ですね。そんなに大切ですか? この中身が」
質問に答えたのは光の一撃だった。黒翼の右腕、固定武装のビームライフルを撃ちこむが、別の棺桶によって防がれる。
「黙れと言った」
「……本当に乱暴な人ですね」
女は呆れた様にため息を付いた。しかし静司は何としてでも彼女を取り返さなければならない。何故ならこれは自分の甘さ、愚かさが招いたのだから。
――必ず、取り戻す。
出力を更に上げる。黒翼から響く音がまるで唸り声の様に地下に響き渡る。女もまた、次なる激突に構えた。
一瞬の静寂。
「「死ね」」
2機のISが再び激突した。
「B9、学園地下にて交戦中」
「学園の教師側も異常に気付いた模様です」
「更識家より連絡。織斑一夏の足止めに成功」
「C1配置に付きました。準備が出来次第突入可能」
K・アドヴァンス社。技術開発部門試験2部。またの名をEXIST。その通信室では次々に新しい情報が流れ込んでいく。オペレーターからのその情報を整理しつつ、この部屋の主である男は静かに訊いた。
「監視システムのカットは?」
「課長……やはり不可能です。学園側で物理的にカットするしかありません」
そうか、と課長は頷く。それはある意味予想出来た事だ。
「タイミング的には最悪だったな。シャルロット嬢はともかく、植村加奈子が見つからない訳だ」
「ダミーの情報に入れ替えるのでなく、特定の自分物だけ監視にかからなくする。リアルタイムでそんな事が可能なのでしょうか?」
「実際にやられたんだ。認めるしかあるまいよ」
シャルロットは消えたのは午前中。しかし彼女の場合はシステムを一時的に黙らせ、姿を消した。そのこと自体も確かに驚きだったが、植村加奈子はそれ以上だ。システムを停止したわけでも、ダミー情報を走らせているわけでもない。ただ、自分だけを探知されないようにした。おかげで彼女の存在は外からは全く分からない上に、異常にも気づけなかった。
「しかもこちらの精鋭が総がかりでもシステムに干渉できない。何者だ……あの女」
シャルロットが姿を消してから静司達は内外から彼女の行方を捜していた。しかし昼が過ぎ、放課後になっても見つからない。警備システムを完全に騙し隠れたのだとしたら、C5達の様に外から探すのは困難だ。しかし静司も一夏達を放って、学園中を探し回る訳にはいかない。隙を見つけて要所要所を見るのが精いっぱいだった。
そんな状況の中、事態は更に悪くなる。
それはC1からの連絡。IS学園教師、植村加奈子を至急拘束しろという連絡だ。
ここに来てシャルロットの不在は別の可能性も出てくる。植村加奈子は、先日静司達を襲った男たちの仲間。ならば、男性操縦者として学園に居るシャルロットを狙っていてもおかしくない。だが午前中の段階では植村加奈子とシャルロットは別の場所に居た筈だ。何せ静司たちが植村加奈子の授業を受けていたのだから。
しかし今シャルロットは1人で行動している。そして植村加奈子も午後になってから姿を見せていない。静司や一夏の様に人の多い場所で――さらには専用機持ち2人と一緒に居るのに比べたらはるかに危険だ。シャルロットも専用機を持っているが、植村加奈子の情報が少ない以上、油断は出来ない。
更識家にも連絡を入れ互いに捜索したが、彼女達の姿を捉える事が出来なかったのだ。
しかし先ほど変化が起きた。
それは第2アリーナの事。何かがシステムに干渉しようとしたが弾かれた。そしてその直後、シャルロットがカメラの前に姿を見せた。おそらく今までどこかに隠れ続けていたのだろう。探し物の片方が見つかり、安堵したのもつかの間。彼女は管制室に向かったが、そこで妙な事が起きたのだ。
管制室の前。彼女は突然、驚いた様に振り返り虚空に向かって何かを喋り、そして消えた。文字通り、カメラの前から突然消えたのだ。
ここに来て、課長達も気づいた。自分たちの知らないうちに、監視システムが完全に掌握されている。そしてシャルロットの口の動きから彼女がもう一人の探し人の名前を発した事が知れた。
植村加奈子が学園のシステムを完全に掌握し、更にはシャルロット・デュノアを捕らえた。
だが目的は何だ? シャルロットを狙っていたのなら彼女が隠れていた間に捕らえてしまえばいい。しかしそれをしなかった。更にシャルロットによる干渉から彼女の元に行くまでの時間が早すぎる。まるで最初からアリーナに目的があった様だ。
そして気づいた。学園の地下。そこにあるものと、その入り口がアリーナにもある事に。
更識家は隠そうとしていたが、元々こちらが日本政府の桐生から聞いている。桐生曰く「信用してますから」との事だったが、今はありがたい。
アリーナの地下に眠る無人機。あの存在は危険だ。それはEXISTも回収していたのでよくわかる。あれがISの、そして戦争の常識を変えかねない代物。正体不明の敵に渡す訳にはいかない。
そこで更識家に話を付け、事情を知る中での最高戦力である静司を送り出した。
「もっとも、言わなくても突撃しそうだったけどな」
「B9――静司の事ですね。正直エージェントとしては」
「ああ、未熟だよ。まだ2年目と言うのもあるが、アイツ自身が子供だからな。感情に流されてる。その感情もわかっていないのにな」
「けど、放って置けないんでしょう?」
「血は繋がっていないが俺はあいつの親父だぞ? 息子を心配して何が悪い」
「課長、忘れてませんか? 静司があなたの息子であるように、私たちの弟でもあるんですよ」
課長と話していたオペレーターの一人がキーを叩きながら振り返る。
「私たちも出来の悪い弟が心配なんですよ。だからこそ、静司がこれ以上心配事を抱えない様にする為にこう努力しているんです」
「我が息子ながら愛されてることで。なら、後は学園のシステムカットだけだな。そこは更識家次第だが、それが出来次第C1のチームを学園に突入させろ。C5は引き続き織斑一夏の監視を。不安はあるがそれでいこう」
「了解。しかし不安とは?」
「ロリコンのC1――山形の奴を学園内に入れてもいいものか」
「……………………とりあえず奥さんに連絡しときます」
「頼む」
静司と女の戦いは当人たちが考えていた以上に長引いていた。それはお互いの力量が想像以上だったこと。そして戦場にも問題があった。
女は後退しながら追う静司にショットガンを放つ。その銃撃を躱し、躱し切れないものは腕で防御しながら距離を詰める。爪の一撃を喰らわせようとした瞬間、女の姿が消えた。
「ちょこまかと!」
IS学園地下。そこはかなり広い断層構造になっており、迷路の様になっている。女は攻撃の直後、横の通路に逃げ込んだのだ。静司も追うべく、その通路に入り込む。
――警告。前方に高エネルギー反応。
「っ!」
機械音声による警告に急ブレーキをかけ、防御態勢を取る。交差した両腕に女の放ったレーザーが直撃した。熱と衝撃が黒翼を脅かす。だが致命傷にはならない。
「呆れましたね。それなりに高出力の筈ですが」
黒翼の腕は焦げ付き、一部は融解している。しかし戦闘には支障が無いレベルだ。静司はそれを確認する事も無く、右腕の銃口を向ける。その姿に女は笑った。
「聞く気は無しですか。まあ良いでしょう。私も準備が出来ましたしあまり時間もかけたくありません」
ガシャリ、と音を鳴らし女のISが両腕を構える。丸みを帯びた装甲はスライドしておりそこから銃口が除いている。当然、静司もその銃口に注意を払う、その瞬間だった。
突如、静司の周りの壁が爆発した。
「っくぁ!?」
訳も分からず吹き飛ばされる中、視界の端に女の両腕が光るのが見えた。
「終わりです」
直後、女が再び放ったレーザーが静司を貫く。激痛と凄まじい熱に焼かれながら静司は壁に叩きつけられた。だが、まだ倒れてはいない。
「!」
それは予感。それに従い痛む体を無理やり引きずりその場を飛び退く。一瞬遅れて、壁には何本もの針が突き刺さっていた。
「ふふふ」
「ちぃっ!」
爆煙の中から再びニードルが放たれる。それを避けるため更に横に飛ぶが、またしても壁が爆発した。装甲が吹き飛び、わき腹に壁の破片が突き刺さる。
「っ……
「正解です。《ゴースト》見えない罠にあなたは囲まれています」
「わざわざ説明するとはな。馬鹿が」
「説明で無く、自慢です。私のこの機体の」
うっとりと女が腕に頬ずりする。それはどこか気持ちの悪い光景だ。静司も装甲越しに顔を顰める。
「さて、それでは私は私の目的を果たさせていただきます。動かない方が良いですよ? バラバラになりたくなければ」
そう言い残すと女は無人機に向かう。ここで敵を落すことも考えたが、しくじれば後々面倒だ。ならば動けないままにしていた方がやりやすい。その判断だった。
だが、
ズガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
「!?」
背後から爆発音。それも1つでなく連続したものが響く。まさか、と振り返り、思わず息を飲んだ。
そこは酷い惨状だった。もはや壁も床も、天井も無い。周囲一帯が完全に吹き抜きの様に瓦解し、炎と瓦礫が散っている。
そしてその中央。ボロボロの装甲の下から血を流しながらもこちらを向く黒いISの姿があった。その右腕は完全に潰れ、大よそ使い物にはならなく見える。
「自ら爆発させたのですか……? 狂っている……」
「だが、お蔭で広くなった――黒翼」
血を吐きながら放たれたその言葉には苦痛も、痛みも見受けられる。たがそれ以上に、目的を遂行する強い意志があった。そしてそれに呼応するように、黒翼の両肩に光が走り、巨大な機械の翼が現れ、その翼に光が集まる。
R/Lブラスト
放たれた6本の光の柱が地下施設、そして罠ごと女を飲み込んだ。
爆発。
衝撃に押されながらも女は妙な事に気づく。見た目以上に自分の傷が浅い。ならばこれは――
気づいたのとほぼ同時。爆発に紛れて接近した黒翼が既に目と鼻の先で無事な左腕を振りかぶっている。今のは接近するための目くらましだ。そして次の一撃はおそらくこちらの装甲を貫く程の威力を秘めている。女は直感的にそれを感じ、咄嗟に棺桶の一つを前に出す。
「――っく!?」
それがシャルロットの入っている棺桶か。それとも別か。判断が付かない静司は腕を止めざるを得ない。女はニタリ、と笑う。
「隙だらけですよ?」
「クソがっ!」
棺桶が開き、そこから飛び出したのはニードル。先ほどの攻撃もここから出していたらしい。静司は床、天井、壁を跳ねるように後退しながら避けるが、数本、突き刺さってしまう。激痛に顔を顰める。しかし倒れることは無く女を睨む。
「あなたのウィークポイントはここですね。ほら、この通り」
女はもう一つの棺桶を開く。そこには気を失ったシャルロットが拘束された姿で収まっていた。女はその顔に銃口を向ける。
「さて、ここで引き金を引いたら貴方の反応が面白そうですね」
「その前にそのふざけた脳ごと頭蓋を潰してやる」
今にも噛みつかんばかりの静司の様子に女は笑う。
実際静司の弱点はそこだ。先ほどのR/Lブラストもシャルロットが居たため全力で撃てなかった。女はそれを理解し、人質として使おうとしている。
「ふふ、しかし私もこれ以上時間をかける訳にもいきません。それに――」
女の背後から3つ目の棺桶がやってくる。
「目的の物は手に入れました」
「遠隔操作……」
「正解です」
女は静司との戦闘の中、一つだけ棺桶に別行動をとらせ目的――無人機を手に入れていた。それは別段難しい事では無い。ISの様に複雑なものでは無く、単純なプログラムに従って目的を遂行するだけだからだ。
「それでは私は帰らせていただきます」
棺桶を閉じるとゆっくりと動き出す。だが静司は動かない。その様子に満足し、女はエレベーターに向かう。勿論、警戒は続けたままで、念の為新たな罠もばら撒いていく。
だが、それがどうした?
罠。そんなものは関係ない。自分は自分の甘さが招いたこの事態を収める義務がある。任務がある。そして何より、シャルロットをこのまま連れ去られるわけにはいか無い。ならばやる事は一つ。
出力を左腕とスラスターに。右腕は使い物にならない。だが、自分にはまだ武器はある。
「まだですか……」
女が気づきため息を付くが気にしない。黒翼がゆっくり腕を引く。その全身から唸り声を響かせ、その度に機体の各所が赤く光る。そして瞬時加速を発動した。
「馬鹿な真似を!」
女の元にたどり着くまでの一瞬。仕掛けられた罠が発動し、爆発をまき散らしながらも静司は女に突き進み今度こそ左腕の巨大な爪を突き出した。
女はそれをシャルロットの入った棺桶を前に出すことで防ぐ。だが、静司は腕を止めない。
「何っ!?」
「……ぉぉぉぉおらぁ!」
ガギッィィ!!
「……捕まえた」
「そんな……」
静司の左腕。それは棺桶に突き刺さる寸前、その爪を広げ棺桶を掴んだ。そしてそのまま持てる出力を総動員し、女の制御から毟り取ったのだ。制御を強引に奪われ、されに掴んだ時の衝撃で棺桶は一部破壊されていたがシャルロットは無事だ。
「喰らえ!」
右腕は潰れ。左腕は棺桶。その静司が叫ぶ。両膝の突起が射出され、女を突き刺すべく高速で迫る。
「この……っ!!」
顔を狙ったその一撃は逸れたが、女の腕とわき腹に突き刺さる。シールドを無視したその一撃に女は悲鳴を上げた。痛みと怒り。そして憎悪に揺れる中、女は見た。
黒翼が先ほどの爆発時点まで戻っている事を。
そこで再びその巨大な翼を広げた事を。
そしてその翼が先ほどとは比べ物にならない程光っている事を。
「くっ――!?」
「消し飛べ!!」
直後、残った罠を巻き込みながら放たれた光が地下を包み込んだ。