IS~codename blade nine~   作:きりみや

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15.学年別トーナメント

 学年別トーナメントもいよいよ近づき、生徒たちは放課後の訓練にも余念が無い。アリーナも勝利に向け、様々なペアが訓練を行っていた。その為アリーナは生徒達でひしめき合い、少々窮屈になっている。しかしそんな中、不自然に空いたスペースがあった。

 

「ふん、逃げ惑え」

「ふ、ざ、けん、なっ!」

 

 静司とラウラである。放課後、二人が訓練に訪れた時誰もが驚いた。何せラウラは協調性ゼロで自分一人で勝ち抜けると信じている。そんな彼女がペアと訓練に来たのだ。驚くのも無理はない。そして二人の『訓練』も中々異様だった。

 

「無様だな。少しは反撃したらどうだ」

「う、る、さ、いっ!」

 

 銃弾やワイヤーブレードを休みなく繰り出すラウラと、それをひたすら避け続ける静司。見様によってはイジメだった。

 こんなことになったのは勿論理由がある。ラウラは予想通り、静司との訓練など必要ない、とやる気が無かった。静司も無理に勝ち進む理由も無いので別に良いと思っていた。しかしそこに千冬が石を投げたのだ。

 

「随分余裕だな貴様ら。日々の訓練を怠る様に教育した記憶は無かったが?」

 

 この言葉は効いた。主にラウラに。千冬を敬愛しているラウラは、それを命令と取り静司を連行。そして特訓と言う名の虐めが始まったのだ。

 

「貴様には対して期待していない。しかし教官の前で無様な姿は見せられん。足手まといになられては困るのでな」

 

 それが訓練前の彼女の言葉。結局ラウラは、訓練中にも千冬の事しか考えていないのだった。

 そんな二人を不安げに見るのが一夏とシャルロットだ。散々因縁深いラウラと静司がペアになったのだ。二人は心配し、何かあれば直ぐに介入するつもりで注意しながら訓練をしていた。

 

「静司のやつ、大丈夫か」

「今の所致命打になる様な攻撃は無いよ。一応、凰さんやオルコットさんも注意して見てくれてる」

 

 トーナメントに参加できなくなった鈴とセシリアだが、アリーナには来ている。曰く、

 

「こうなったらお二人のお手伝いを致しますわ!」

「幼馴染の私が色々見てあげるわよ!」

 

 との事だ。セシリアはともかく、鈴は違うクラスの生徒の事なのに良いのだろうか、と一夏は思ったが、それを効いたら殴られた。何故だ。

 

「それにしても静司のやつ凄いな。攻撃はしてないとは言え、かなり避けてるだろ、あれ」

「元々運動神経は良いし、動体視力も良いからね。入学して大分経っているし、ISにも慣れてきたんじゃないかな」

 

 本当にそれだけだろうか? と一夏は思ってしまう。自分も入学当初は素人だったが、大分ISには慣れた。しかしあれ程攻撃を回避できるかと聞かれたら正直自信が無い。もし自分に静司の言う体力と動体視力があっても、あれ程の動きが出来る気がしなかった。

 

(俺は専用機を貰ってるんだ。甘えてばっかいられないよな)

 

 今静司と戦ったら自分は勝てるか? それが予想つかない。こちらの方が機体のスペックは遥かに上なのに自信が持てない。ならば持てるように努力するのみだ。

 

「よし、シャルル。俺達も再開しよう」

「そうだね。静司達は気になるけど、僕たちも頑張らないと」

 

 まだシャルロットは静司の方を気にしてはいたが、それでも『こっちも大事だもんね』と頷き訓練を再開した。

 

 

 

 

 訓練と言う名の虐めが終わり、ぜえぜえと息を整える静司をラウラは意外な気持ちで見下ろしていた。

 先ほどの訓練、対して期待はしていなかった。とりあえず訓練はするが、どうせ役に立たない。本番も一人で勝つ気でいた。

 しかし目の前の男は自分の攻撃をひたすら避け続けた。最初は何とも思っていなかったが、幾つか本気の攻撃も避けられたのだ。最終的には力尽きた所を撃って終わったが、どこか釈然としなかった。

 実際の所は、静司は怪我が早々に治る筈が無い為に動きが鈍く、そんな中本気の攻撃を当てられると洒落にならないので、かなり必死だったのだが。

 

「おい」

「……なんだ? 少しは休憩させてくれ」

「貴様のその技術、どこで手に入れた?」

「なんの事だ?」

「とぼけるな。貴様は以前、私の攻撃をIS無しで防いだ。それに先ほどの回避技術。本当に素人か?」

 

 疑う様な眼差し。しかし静司は呆れた様に首を振った。

 

「そりゃそうだろ。まあ大分ISにも慣れてきたし、体力と動体視力には自信があるんだよ。それにこないだはあの後救護室行きだ。……そういや、まだ謝罪を受けてないな」

「ふん、必要ないな」

「だろうと思ったよ」

 

 静司も期待していなかったのでそれ以上は言わない。代わりに別の質問をしてみる。

 

「なあボーデヴィッヒ。お前は(・・・)何で力に拘るんだ?」

「貴様に答える必要は無い」

「人に質問しといてそれはないだろ。こないだも随分と反応していたが」

「黙れ」

 

 ジッ、とプラズマ手刀が静司に付きつけられる。だが静司は瞳を逸らさずラウラを見つめ続けた。

 

「……」

「……ちっ」

 

 周りからも視線が集中してきたせいだろう。ラウラは忌々しげに手刀を締まった。静司もため息を付きゆっくりと立ち上がる。

 

「私が望む姿があるからだ」

「!」

「ただ、それだけだ。今日はもう上がる。当日は精々足を引っ張るな」

 

 そう言い残してラウラは去って行った。

 

 

 

 

 去っていくラウラを見送りながら、静司は思わず笑ってしまった。

 

(望む姿、ね。なんだ、俺より余程まともじゃないか)

 

 ラウラは力に拘る。力に酔っている節もある。しかしそこには目標があるらしい。それはある意味人間としては正しい姿だ。では自分はどうだろう? 自分が求めるのはどんな姿だろうか? blade9としての姿か? しかし既に自分はなっている。ならば何も望んでないのか? 

 

「静司?」

「……シャルルか」

「大丈夫? 何か考え込んでいたみたいだけど」

 

 心配そうに顔を覗き込んでくるシャルロットに、なんでもないよ、と笑って返す。

 

「ボーデヴィッヒと今後どう付き合っていくか考えてただけだよ」

「あー、成程。仲良くなれると良いね。僕ももっと話してみたいな」

 

 おそらく本気で言っているのだろう。人の良い彼女は、どうやら友人が居ないであろうラウラの事も気にしていたらしい。

 

「まあそこは追々だな。そっちの訓練はどうだ?」

「うん。まだまだだけど、一夏も呑み込みが早いから本番までに形になるよ。だけどこれ以上は言えないかな」

「そりゃそうだ。トーナメントは敵同士だからな。ま、当日当たら無い事を祈るよ」

「ふふ、そうだね」

「おーいシャルル! さっきの動き、もう一度教えてくれ!」

「わかった、今行くよ! 静司はこれからどうするの?」

「まあ適当に見学してるさ。敵情視察って奴だ」

「そっか。じゃあまた後でね!」

「ああ、行ってこい」

 

 一夏の元に戻るシャルルを見送りつつ思う。自分の答えを出す日は近い。一夏達の訓練を見学しつつじっくりと考えようと、観客席へ向かっていった。

 

 

 

 

 そして時間は流れ6月も最終週。学年別トーナメントが遂に始まる。

 

「うおっ、これは……」

「凄い人の量だね……」

「なーがーさーれーる~」

「シャルル、前を見ないと危ないぞ。本音も掴まってろ。一夏、行くぞ」

 

 IS学園は各国政府関係者、研究所員、企業エージェント等といった来賓で混雑の極みにあった。その為に朝から生徒全員で誘導や会場整理を行い、ようやく解放された所だった。

 静司、一夏、本音、シャルロットの四人は裏方仕事を終え、一年の待機場所へ向かっている所だった。人の量に圧倒されるシャルロットと人波に流される本音の腕を掴み、静司は人ごみをかき分けていく。

 

「あ……」

「わ~い」

 

 静司は無意識の行動だったが、手を引かれた二人はどこか嬉しそうに連れられていく。やがて人ごみを抜け、学園関係者しか入れないエリアまで来ると手を離し静司は一息ついた。二人は少し残念そうだったが、それには気づかない。

 

「しかし暑かったな……ちょっと――」

「喉が渇いたよね。はい、静司。一夏と布仏さんも」

 

 言い終わる前にシャルロットがバッグからペお茶を取りだし三人に渡す。見事なタイミングだった。

 

「ありがとう……けど良くわかったな」

「伊達にルームメイトはやってないよ」

「ありがとう~しゃるるん」

「シャルル、サンキュ」

 

 シャルロットが己の事を語ってから、寮の部屋でも以前より話す量が増えた。それに元々シャルロットも気が利くところがあり、今までは静司が気を利かしてばかりだったが、お互いに今まで以上に思いやる様になり、以前より親しくなっていた。

 

「あ~私もいいものあるよ~」

 

 本音も何かを取りだす。それは魚の形をした生地の中に餡が詰まったお菓子だ。

 

「たい焼きって……のほほんさんどこでそんなもの買ったんだ?」

「さっき購買で買ったんだよ。糖分は脳を働かせるのに必要だからおすそ分け~」

「成程。ありがたく貰うよ」

「ありがとう布仏さん」

 

 四人でシャルロットの持ってきたお茶と本音の持ってきたたい焼きをモフモフと食べながら待機場所へ向かう。これから今日の対戦表が発表されるのだ。

 

「当日直前になるまで対戦相手が分からないのは緊張するな」

「多分事前情報無しからどれだけ戦えるかも見るんじゃないかな」

「だろうな。いきなり二人一組になったり忙しい事だ」

「大変だね~」

 

 そんなことを話しながら待機場所へ行くと箒、セシリア、鈴が待ち構えていた。

 

「遅いぞ一夏! ……というか何呑気に食事をしてる!」

「来るのが遅いと思ったらなんともまあ」

「随分と余裕ね」

 

 三人はどこか機嫌が悪い。おそらくトーナメントの準備で一夏と別のグループに強制的にされたからだろう。因みにその采配は千冬によるものだ。誰か一人が一緒になると面倒だと思ったのだろう。静司としても同じ男性操縦者だからと言う理由で護衛対象である一夏と一緒に居れたのは助かった。これだけ外部の人間が来ているのだ。近くにいた方が都合が良い。

 

「あまりカリカリしちゃだめだよ~。はい、りんりんたちにもあげる~」

 

 更に一夏に詰め寄ろうとした三人だが、その前に本音が取り出したい焼きに出鼻を挫かれ、渋々受け取る。

 

(助かった、本音。ここで騒がれたら止めるのは面倒だった)

(うひひ、褒められた~)

 

 小声で礼を言うと嬉しそうに本音が笑い返す。普段はのんびりしてる様で、見るところは見ている彼女には静司も助かっている。

 

「あ、そろそろ発表されるみたいだよ」

 

 定刻になり、生徒たちが見上げる巨大なスクリーンにトーナメント表が映し出される。それを見て静司達は固まった。

 

「あれ?」

「え……」

「あら」

「ふむ」

「面白いじゃない」

「わーお」

「なんともまあ」

 

全員が見つめるトーナメント表。そのAブロック一回戦一組目。そこにはこう書かれていた。

 

『織斑・デュノア vs 川村・ボーデヴィッヒ』

 

「なあ本音」

「うん、多分そうだと思う~」

 

 流石に本音も苦笑いしている。あからさまな組み合わせ。おそらく生徒会長が仕組んだに違いない。理由? きっと楽しそうだからとか言いそうで怖い。

 こうしてトーナメント始まったのだった。

 

 

 

 

「ふふ、ふふふふふふ! 面白いわねえ!」

 

 シェーリは戸惑っていた。

 己の主の元に調査結果を報告に来たのは良いが、その主の部屋から先ほどから笑い声が絶えないのだ。その異様な状況に思わず足を止めてしまう。しかしそのままにする訳にもいかず、若干緊張しながらゆっくりと扉を開いた。

 

「ふふふふふ……あら、シェーリ? いらっしゃい」

「お忙しいところ失礼します。随分と楽しそうですね」

「楽しいというより、面白いのよねえ」

 

 相変わらず笑いながら、女がコンソールを叩くと正面のモニターに、例の無人機が映る。

 

「解析が終了したのですか?」

「まあ大方ね。その中身が面白かったのよねえ」

「お聞きしても?」

「ええ。ISはやはり篠ノ之束の手の内って事よ。IS適性から独立稼働に遠隔操作。なにもかも、博士がISに命じてそれを実行しているのよ」

 

 女はさらりと、今の世界にとって大問題な事実を明かした。

 

「つまり先日の仮設が正しかったという事ですね」

「そういう事。篠ノ之束は『女しか動かせない』と命令したから男には不可能。『織斑一夏は特別』と命じたから、彼は動かせる。『何も乗せないで働け』と言われればその通りに動く。恐ろしい話ねえ。おそらくだけど他人が起動しているISにも彼女は干渉できるわよ」

 

 それは恐ろしい話だ。ISは現行最強の兵器でもある。それを材料と資金の限り生産でき、更には相手のISの制御すら奪えるとしたら世界征服も夢物語で無い。

 だがここで大きな問題がある。

 

「そうなるとやはり川村静司に謎が残りますね」

「そういう事。貴女は調査してたようだけど結果は?」

「こちらに」

 

 シェーリが情報端末を機器に接続しモニターに表示する。それは表向きの静司の経歴だ。

 

「ふーん。これだけ見ると本当にただの一般人ね。それに篠ノ之束との接点も不明と」

 

 かつて更識楯無が静司お所属を知り得たのは、ヒントがあった為だ。そのヒントを頼りに政府筋等から情報を得たに過ぎない。しかし今回、シェーリの場合は一から調べている。

 

「住んでいた町も調査しましたが、確かに記録は残っています。住人の記憶にも。しかしあれだけ小さい街です。偽装は容易でしょう」

 

「なるほどねえ。この子も面白そうねえ。――なら出かけましょうか」

「え?」

 

 いきなり立ち上がり伸びを始めた主にシェーリは思わず間抜けな声をしてしまう。しかしそれを気にすることなく、主人は言った。

 

「丁度実験したいこともあるし、そのついでよ。川村静司に会ってみましょう」

 

 

 

 

 IS学園。その政府関係者席より少し離れた廊下で二人の男が缶コーヒーを飲んでいた。

 

「ふーむ。中々騒がしいねえ」

「そうだな。仕事もあるんで俺はそろそろ戻るぞ」

「嫌だなぁ。君が居なくなったら寂しいじゃないか」

「俺にそんな趣味はねえぞ。俺が好きなのは年下の女だ」

「ははは。相変わらず犯罪ギリギリだねえ。所で何て呼べばいいのかな? C1のままじゃまずいだろう?」

「もう呼んでるじゃねえか。適当に呼べよ」

「わかった。じゃあロリペド野郎と呼ぶことにしよう。しかし騒がしなあロリペド野郎君!」

「ペドじゃねえし、そもそも大声で危険な単語吐くんじゃねえ!」

「そこはロリも否定するところだよ?」

 

 周囲から浴びせられる不審と侮蔑の視線に晒されながら、C1が怒鳴る。だが目の前の男、桐生卓也はヘラヘラと笑うだけだった。

 ぽっちゃりとした体形に人の良さそうな顔。しわ一つないスーツに身を包んだその男こそ、静司達EXISTに依頼を持ってきた人物だ。

 

「ははは。やっぱり君たちは面白いね。それで君たちの期待の子の調子はどうだい?」

「後で絶対殴る……。アイツに関しては思春期真っ盛りだ。悩み多き年頃ってとこだな」

「ふむ。話では聞いているけど色々大変なようだねえ。よし、ならば私が手助けしてやろう。通信機を貸してくれたまえ」

「は? 何言ってんだいきなり」

「いいからいいから。悪いようにはしないよ」

 

 少々疑いながらもC1は通信機を渡した。勿論、知らない人間が見ても唯の携帯にしか見えない様に偽装している。

 

「あまり下手な事を口走るなよ」

「安心したまえ。そこまで間抜けじゃないよ」

 

 小声で注意するが桐生は胡散臭い笑顔で笑うだけだった。

 

『こちらB9。C1、何か――』

「やあやあやあやあやあ、久しぶりだねえ」

『っ! 桐生さんですか。何やってんですか』

「何ってお仕事だよ。政府役人として。それにIS委員会のメンバーでもあるからね」

『……はあ。それで何の様です?』

「なあに。ちょっと面白い話を持ってきたんだよ」

 

 不審げな沈黙。それを面白がるように桐生が告げる。

 

「君と君のルームメイトについてだ」

『!』

「ああ、安心したまえ。依頼人という事で話は聞いているが秘密については外には漏らしてないよ。今は(・・)

 

 最後の部分は強調する様に言う。静司は沈黙したままだ。

 

「だけどこのまま放って置くのも難しいかもね。バレた後が大変だ。さて、どうしようか」

『何が言いたいんですか……』

僕は今は(・・・・)何も言わないさ。それと君の件だけど、能力に疑問を持っている。二度も学園に敵の侵入を許しているしね」

『その件に関しては言い訳もありません』

「うんうん。だからさ、もっと効率よく、もっと自然な学園(・・・・・・・・)にしてくれよ。期待しているよ? それじゃあまた」

 

 通信を切るとC1が呆れていた。

 

「おいおい。侵入に関してはどちらかと言うと俺の――」

「知ってるさそれくらい。それに君たちが良くやってるのは知ってる。今のは唯の発破だよ」

「発破って。それだと今のじゃ逆効果じゃないか? 嬉しそうに追い詰めてた気がしたが」

「あれ位が丁度いいのさ。彼の様に考えすぎて思考が絡まっている様な子は一度とことん苛め抜いて、思考の糸を切ってしまった方が良い」

 

 ふふふ、と笑う桐生にC1は苦い顔をした。

 

「そういうもんかね……」

「そういうものだよ。僕だって、君たちと同じで彼には期待してるんだよ。あんな過去を持つ子がまっとうに育っていく姿と言うのも見てみたい。だからこそ学園に入学するという手段にも賛成したんだ」

 

 さて、と立ち上がる。

 

「そろそろ僕は席に戻るよ。君たちも人が多くて警備大変だろうけど頑張ってくれたまえ」

「当然だ。ついでに出来の悪い弟の雄姿でも見物してるさ」

「それもいいだろう。ではさらばだ、ロリペド野郎!」

「てめえぶっ殺す!」

 

 

 

 

「まさか一回戦から貴様とはな」

「ああ。最高だな。だからとっとと」

「「叩き潰す」」

 

 試合開始寸前。一夏とラウラが睨み合う。その横にはシャルロットと静司もいる。そのシャルロットは真剣な表情でISの状態を改めてチェックしているが、静司はどこか難しい顔をしていた。

 

「おい」

「……」

「聞いているのか」

「っ、あ、ああ。すまん。なんだ?」

「貴様はいつも通りでいい。私の邪魔だけはするなよ」

「分かってるよ」

 

 何かを考え込んでいた静司だが、いよいよ試合が始まるとなって慌てて準備を始めた。

 

「……ふん」

 

 どうでもいいと思ったのだろう。ラウラは静司から視線を外すと準備を整えていく。カウントが始まり、緊張感が増していく。そして、

 

『試合開始』

 

 合図と共に4人が激突した。

 

 

 

 

 試合開始と同時、一夏とシャルロットは二手に分かれた。一夏はラウラに。シャルロットは静司に向かう。

 

(ボーデヴィッヒさんは仲間の事を度外視している。ならば静司には悪いけど、速攻で沈めて二対一で挑む!)

 

 当初はシャルロットがラウラを引きつけ、一夏が静司に向かう事も考えた。しかしそれだと静司を沈めるのに時間がかかり不利になりかねない。ならば一夏が何とかラウラに喰らいつき、その間にシャルロットが静司を倒した方が結果的には早く終わる。そういう狙いだった。

 

「行くよ静司!」

「……」

 

 どこか覇気の無い……いや、心ここに非ずといった静司の様子を疑問に思ったが、それを振り切って攻撃を仕掛ける。アサルトカノン『ガルム』と連装ショットガン『レイン・オブ・サタデイ』を展開し、銃弾を撃ち込む。が、

 

「くっ! 素早いね、打鉄なのに!」

 

 静司が登場しているのは打鉄。防御重視のISだ。機動力ではラファール・リヴァイヴⅡは勿論の事、同じ量産型のラファール・リヴァイヴにも劣る。しかし静司はそれを見事に動かしてひたすらに攻撃を避ける。

 

「このっ!」

 

 シャルロットは距離を詰めショットガンを放つ。回避の為、静司は物理シールドを展開しつつ上に飛んだ。追いかけるようにアサルトカノンの銃弾をばら撒くが、今度は弧を描くように背後に飛びながら降下し、その全てを避けきった。そしてアリーナの床に着地と同時、静司が持ってきていたマシンガンをシャルロットに向ける。

 放たれた銃弾を今度はシャルロットが回避する為に距離を取るが、その間に静司も距離を離していた。

 

(やりにくい……)

 

 静司は進んで攻撃はせず、回避に専念している。前々から静司のその戦法? は知っていたが、実際に相手になるととてつもなくやりにくかった。だがそれ以上に気になる点がある。

 

「……」

 

 開始から静司は一言も喋っていない。確かに今は真剣勝負。ペラペラ喋る様な場面ではないが、それを差し引いても静司の様子がおかしい。だが、そんな様子でもこちらの攻撃は避けてみせる姿はどこか奇妙だった。

 

「ならばっ!」

 

 ショットガンを連射しながら一気に距離を詰めると、近接ブレードを一瞬で展開し斬りこむ。静司も逃げるように背後に飛びながらサブマシンガンの銃弾をばら撒くが、シャルロットは多少のダメージは厭わず、一直線に迫る。

 

「はあっ!」

 

 避けきれないと悟ったのだろう。静司も打鉄のブレードでシャルロットの斬撃を受けた。金属音と火花が二人の間に散る。だがこれはシャルロットの狙い通りだ。

 

(ここだっ!)

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)。己の得意とする武器の高速展開で再びショットガンを呼び出すと静司に向け引き金を絞った。

 ズガンッ! と大きな銃声が響き、その銃弾は静司に直撃する――筈だった。

 

「え――?」

 

 確かに銃弾は当たった。しかしそれはシャルロットの目の前に置き去りにされた打鉄の物理シールドにだ。では本体の静司はどこか? ハイパーセンサーでその姿を知覚するより早く、シャルロットは背後に気配を感じた。

 

「後ろっ!?」

 

 銃弾を置き去りにした物理シールドで防ぎつつ、体を回転させるようにして背後に回り込んでいたのだ。そして遠心力はそのままの近接ブレードの一撃がシャルロットに直撃した。

 

「くっ……、この!」

 

 斬撃に弾き飛ばされながらも、シャルロットは高速展開したグレネードを静司に向かい撃ちこんだ。その一撃は避けきれず静司に直撃する。

 アリーナにシャルロットが壁に叩きつけられた音と、グレネードの爆発音が響いた。

 

――バリアー貫通。ダメージ70。

 

 ISが知らせるダメージに顔を顰めつつもシャルロットは直ぐに態勢を立て直す。その前方に静司と打鉄が降り立った。物理シールドは全て破壊され、ISも一部傷ついている。どうやらやっとダメージを与えられたらしい。しかし時間がかかり過ぎている。

 焦る気持ちと、相変わらずどこか様子のおかしい静司を気にしつつ、シャルロットは再び武器を呼び出した。

 

 

 

 

 

「凄いですね~川村君。特に今の動き」

「ああ。確かに」

 

 教師のみしか立ち入りを許されない観測室で真耶と千冬はその戦いを見ていた。

 

「デュノアの一瞬の隙をついて背後からの攻撃か。確かに素晴らしい。だが――」

「どうしたんですか? 織斑先生」

「――いや、なんでもない」

 

 適当に誤魔化したが千冬には気になる点がある。今の動きそのものは、静司ならそれくらい出来るだろう、と千冬は踏んでいた。通常の訓練でも運動神経と動体視力だけは随一だから。だが、あの動き方(・・・・・)。あれをどこかで見たことある気がする。だが思い出せない。

 

「織斑君の方はちょっと苦戦しているみたいですね」

「当然だろう。織斑とボーデヴィッヒの間には埋めがたい実力差がある。本来なら川村を倒して二人で挑むつもりだっただろうが、目論見が外れたな。だが、」

 

 静司の打鉄は先程のグレネードで大きなダメージを負っている。あの様子だと先ほどの様に動くのは難しいだろう。

 

「デュノアがどう動くかが勝敗の決め手だな。手負いの川村を好機とばかりに落とすか、それとも」

「ピンチの織斑君を助けるか、ですね。どうやら後者みたいですよ」

 

 モニターの中では一夏に猛攻を加えるラウラにシャルロットが割って入っていた。

 

「まあ正しい選択だな。このまま川村と戦っても直ぐに落とせるか分からない。その間に織斑が落ちたら二対一だ」

 

 無論、こうなると今度はラウラが1対2の戦いとなる。しかし元々そのつもりであり、ラウラのIS【シュバルツェア・レーゲン】は対多数に向いている。今も大型レールカノンとワイヤーブレード。そしてプラズマ手刀を駆使し、互角に渡り合っている。一夏とシャルロットの連携も大したものだが、所々で静司がマシンガンで邪魔をしている為上手くいっていない。

 

「川村はフォローに回ったか」

「ちゃんと自分の役割を分かっているんですね。初めはどうなるかと思いましたけど、意外にいいコンビじゃないですか」

「ふん。好き勝手やるボーデヴィッヒを川村がフォローしてやってるだけだ」

「あはは……。しかし強いですね、ボーデヴィッヒさん」

 

 苦笑を浮かべつつ真耶は言うが、千冬はつまらなそうに声を漏らす。

 

「変わらんな。強さを攻撃力と同一と思っている。折角川村と訓練させたのに何もわかっていない様だ」

「ふふ。優しいんですね。ちゃんと気にしてあげてます。やっぱり昔の教え子だからですか?」

「……別にそういう訳では無い。しかし今のままではどう転ぶか分からんな」

「どうですね。あ! 織斑君が零落白夜を出しましたね!」

 

 男性操縦者。そして専用機の切り札が出た事で会場が一気に湧いた。画面の中では零落白夜を展開した一夏とシャルロットがラウラに挑みかかっている。

 

「戦局を動かすつもりか。さて、そううまくいくか?」

 

 興味深げに千冬が見つめる先では、一夏の白式がラウラに向かっていく所だった。

 

 

 

 

 一夏零落白夜の発動により、戦局が変わっていく。そんな中、時折ラウラを援護しつつも静司の心は別の場所にあった。

 

(もうミスは許されない。そして決めなければならない)

 

 シャルロットの処遇と、己の任務。試合前に桐生に言われた事をきっかけに頭の中を様々な人の言葉が、そして己の悩みが交差する。

 

『IS学園に潜入し、織斑一夏、及びその周囲を護衛せよ』

 それがblade9としての任務。

 

『なんか悩み事でも、あるのか?』

 心配そうに見つめる織斑一夏。

 

『任務は大事。それはわかるよ? だけど私はどれが本当のかわむーかわからないときがあるよ』

 共に居ると、どこか心安らぐ本音の言葉。

 

『自分とは何か? 本当の自分とは?』

 浮かび上がる疑問と、それに応えられない自分への苛つき。

 

『だからこそ、お前に任せる。別に今すぐとは言わんが、時間をかけても仕方ない。学年別トーナメントがあるだろ。それが終わるまでに結論を出せ』

 第二の親であり上司である課長の言葉。

 

『ここまで言ってくれるとは思ってなかった。うん、やっぱり静司は優しいね。こんなに気にしてくれている』

 シャルロットの嬉しそうな顔。

 

『私が望む姿があるからだ』

 悩みの種の一つである少女の願い。

 

『うんうん。だからさ、もっと効率よく、もっと自然な学園にしてくれよ。期待しているよ?』

 そして先ほどの依頼人からの辛辣な言葉。

 

 様々な言葉が、思いが、悩みが、苛立ちが駆けまわり静司の思考を埋め尽くす。試合が始まってからも体は本能的に動いているが、ただそれだけ。

 

 

(俺は……俺はどうしたい?)

 

 視線の先では一夏とシャルロットのコンビネーションによってラウラが追い詰められている。援護は行っているが、それはこちらを警戒していたシャルロットによって遮られていた。

 その間に一夏は弾き飛ばされたが、一瞬隙ができる。ここぞとばかりにシャルロットが飛び込み、切り札であろう、楯の後ろに装備されたパイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』をラウラに撃ちこんだ。

 ズガンッ! と、凶悪な破壊音が三度響き、ラウラの機体が傾く。紫電を撒き散らし、大ダメージにより、遂にラウラが墜落した。

 終わった。ラウラのISは強制解除されるだろう。そうなれば後は二人がかりで攻撃されて負け。そう考えた時だった。

 

「ああああああっ―――!!??」

 

 突如ラウラが絶叫を上げた。そしてISに紫電が走り凶悪な光が会場を包み込む。誰もが訳が分からず、戸惑いながらも眼を瞑った。

 そしてその光が消えた後、そこに現れたモノ(・・)に静司の思考が停止した。

 

 黒く、濁った深い闇色の少女の全身装甲(フルスキン)。最小限のアーマーと手にもつ一夏の雪片弐型に酷似した刀。

 

「なぜ……」

 

 何故ここにアレがある……!?

 

「Valkyrie Trace System……!」

 

 それは『Vプロジェクト』の残滓。忌まわしき過去が静司たちの前に立ちはだかる。

 


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