IS~codename blade nine~ 作:きりみや
「で、説明してくれるのかしら? 川村君」
生徒会室。その主である更識楯無が顔を引き攣らせながら質問を投げかける。
「どの説明ですかね? 内容次第です」
「全部よ全部。……とは言っても教えてくれないでしょうし、言える範囲で良いから教えて頂戴」
はぁ、と楯無がため息を付く。どうやら相当疲れているらしい。まあ、当然だろう。今日は朝からさぞかし大変だっただろうからだ。
「君も原因の一人なんだけど?」
「さてね」
恨めし気に睨む楯無に静司は苦笑で返す。楯無はもう一度ため息を付くと、顔を上げた。
「まず一つ目。シャルロット・デュノアちゃんについて」
「彼女はフランス政府とIS委員会の要請の元、男性操縦者を狙う不穏分子を炙り出す為に囮として男装して入学していた、でしょう?」
「そうね。それが表向きでしょ。で、実際は?」
「それが事実ですよ。それ以上も、それ以下も無い」
「言う気は無いって事ね……まあ何となく予想はつくけど」
言葉の通り、楯無も予想はある程度付けている。おそらくデュノア社が暴走し、それをなんらかの手段を使って、静司達EXISTが救ったのではないか、と。だが彼は言わないだろう。故に、楯無は表情を改める。
「これは独り言だけど、一人の女性として言うわ。……最高ね」
「なんの事やら」
お互い、にやり、と笑う。楯無の賞賛は勿論本気だ。何故なら彼らは一人の少女を救ったのであろうから。だから生徒会長としてでなく、更識楯無としての賞賛。
「じゃあ次の質問。川村君についてはどうするの? 君がここにいる理由は私たちは知っているけど、他は違う。何故実力を隠していたのかはどう説明する気?」
「実力を隠していたと、言うより企業に所属している事を隠していたと言う事で説明するつもりですよ」
「と、言うと?」
「K・アドヴァンスは元々大企業じゃないですから。そんな所に世にも貴重な男性操縦者が居たら、他の企業がどうするか、って事ですよ」
「……成程。何としてでも手に入れようと色々小細工するでしょうね。それこそK・アドヴァンスを潰すぐらいの勢いで。それにIS委員会や政府も、より力のある大企業の方が良いと考える」
「まあ実際はそんな事されても無駄なんですが、表向きはそうはいかない。なので会社を守るために隠していた。そして今回、IS委員会がK・アドヴァンス社に男性操縦者が所属する事を宣言した。これによってK・アドヴァンス社はIS委員会という後ろ盾を手に入れたので、公表に踏み切った。――とまあこんな感じです」
以前、千冬と真耶には別の理由を話したが、まさかそれをそのまま言う訳にもいかないのでそこは口裏を合わせて貰っている。無論、IS委員会についてもそうだ。
「それにより他企業も手出ししにくくなった、と。けど良いの? そんな事したら、川村君達の本当の目的である護衛と囮。その囮として機能しなくなるんじゃない?」
静司は『狙い易い男性操縦者』である事で囮にもなっていた。その事だろう。
「それに関しては大丈夫ですよ。確かにただの一般人から、企業に所属する訓練を受けた男性操縦者になりましたけど、自分の実力を実際に見たのは学内の人間のみ。情報は多少は出回るでしょうけど、正確じゃあない。それに、それを差し引いてでも、織斑千冬と篠ノ之束という後ろ盾がある一夏に対して、日本の一企業所属というだけの俺なら、狙いやすいのはやはり俺です」
「……なんというか嘘に嘘を重ねていってややこしいわね」
「必要な嘘というやつですよ。……さて、理由も話しましたし俺はこの辺で――」
「駄目よ」
「駄目です」
腰を浮かせた静司を二つの声が止める。楯無と虚だ。
「さっきはあえてスルーしたけど、もう一つとっても大事なお話があるんじゃないかしら?」
「……な、なんの事ですかね?」
たらり、と冷や汗を流す静司を面白そうに見つめながら楯無が口を開く。
「そもそも――シャルロットちゃんが女だったって事をなんで私たちにも隠していたのかしら」
「詳しい話をお聞かせください」
「……」
楯無に続いて、虚が静司を睨む。。
「それは……あれだ。彼女に害はないと判断されたので、企業の戦略にまで口を出すべきではないという判断で」
「成程。確かに川村さんの仕事には直接影響がなければそうでしょう。だからと言って、何故女と分かってからも一緒に暮らしたのですか?」
「いや部屋替えと言っても決定権は俺に無い訳で――」
「私たちに相談してくれれば何とかなったかもしれませんよ?」
「いやしかしだな――」
「なんですか?」
何故だ。自分は妹の本音はともかくとして、虚とはそれほど話したことは無い。しかし今日は妙に喰いついてくる。ダラダラと冷や汗を流しながら混乱する静司に、楯無が微笑み、口元に当てていた扇子を開く。そこに書かれていたのは『姉妹愛』
「虚は厳しいけれど、本音の事を可愛がってるのよね~」
「川村さんがそんなぷ、プレイボーイな方だと思いませんでした。貴方になら本音を任せられると思っていたのに――」
「ちょっと待て! それは色々飛躍しすぎだろ!?」
「とにかく納得のいく説明を――」
「私がしましょう!」
突如、ドバンッ! と大きな音を立て生徒会室の扉が開く。現れたのはスーツ姿の女と、その女が小脇に抱えている女子生徒。その二人を見て全員が目を見開く。
「あなたは……」
「K・アドヴァンス社の……」
「……何やってるんですか、社長。それに本音も」
「やっほー、かわむー」
ドアを吹き飛ばす勢いで現れたのはK・アドヴァンス社の社長、草薙由香里。そして彼女に小脇に抱えられているのは本音だ。本音はひらひらと手を振っているが状況が読めない。
「それがね、生徒会室に行こうかと思ったら途中でこの子見つけたのよ。それで可愛かったから思わず持ってきちゃった」
「何やってんだアンタ!?」
「ま、まあ本音には茶菓子の買い出しを頼んでいただけなので、どちらにしろ目的地はここでしたが……」
虚も先ほどまでの剣幕も忘れ、若干呆然と呟いている。そんな中、
「せ・い・じ~!!」
「ぬぐっ!?」
由香里が静司に突進。その体に抱き着いたのだ。
「久しぶりね~。朝は会えなかったから放課後まで頑張って待ったのよ? もうっ、大きくなっちゃって」
「数か月前に通信しただろうが!? そんな速攻で成長してたまるか! というか頬を擦り付けるな抱き着くな!」
「だーめ。ほらほらお母さんに甘えなさい!」
「こっの、せめて本音は離せ!?」
由香里は生徒会室に入ってきた時のまま、本音を抱えている。そのまま静司に抱き着いたので、必然的に静司と本音が密着したまま由香里に抱きかかえられている事になるのだ。それは色々と、ヤバい。
本音はと言えば、若干目を回しつつ「わ~お」と笑っている。
だがそんな静司達をよそに、楯無と虚が叫んだ。
「お母さん!?」
「ん? そうよ。私が静司の母親でありママでありマザーよ」
「それ全部同じ意味なんじゃ」
「気にしない気にしない。ほーら静司、あと本音ちゃんも、うりうりうりうりうり!」
「やめんか!?」
「わーい~」
由香里のスキンシップはそれから暫く続いた。
「ふう、満足したわ。あ、お茶貰うわね」
「……疲れた」
それから暫くして、やっと落ち着いた由香里が腰をソファーに着く。その隣では静司がぐったりと宙を見上げていた。
「えっと、色々訊きたいことがあるけどまず最初に……お母さんっていうのは」
「そのままの意味よ。血は繋がってないけど、私が静司の母親ね。名字が違うのは、下手に勘ぐられない様にする為よ」
ねー? 静司―。と由香里は笑顔で静司の頭を撫でるが、静司にはもはや抵抗する気力は無いらしい。ピクリともしていない。
「それで、シャルロットさんの事を黙っていたのは任務には直接関係ないと判断したからよ。後は彼女自身の為。正直に更識家に話したとして、そちらがどう判断するか、確信が持てなかったから黙っていたの」
「けど相談も無しに――」
「あら? 貴方達だって隠し事はあったでしょう? たとえば学園の地下とか」
「うっ……」
無人機が保管されていた地下施設。あれは極秘扱いであり、楯無達もEXISTには伝えていなかった。
「まあこちらには他の情報源があったから知ってたけど」
「なんというか……敵わないなあ」
がくっ、と楯無が肩を落とす。あわよくば、この件でEXISTに対してアドバンテージを持てるかと思ったが、そうはいかないらしい。
「ふふふ。そちらのお姉さんもいいかしら?」
「し、しかしですね」
虚も分かっている。自分のは唯の感情論だと。そんな虚の心境を察してか楯無が本音に視線を移す。
「本音ちゃんはどう思うかしら?」
「えーと、しゃるるんも大事な友達だし、その為だったから仕方ないかなぁ……それにかわむーに言いたいことはさっきいっぱい言ったからおっけ~」
確かに朝は随分と責められたなぁ……、と静司は思ったが口に出すような愚かな真似はしない。
「という事よ、虚。妹が大切なのはわかるけど、別に川村君が何かしらやらかしたわけじゃないし、本音ちゃんも朝のうちに言いたいことは言ったらしいし、この件はこれでおしまい」
「わかりました……」
渋々と虚も頷く。
「うんうん。良い子達ねぇ。良い子達だからこそ、ここらでお互い付き合い方を一歩進めたいと思うのよ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「こちらで当初予想していた以上に、IS学園での問題が多いわ。私たちもサポートチームは居るけど、やっぱり学園内での仲間は必要でしょう? 今までもお互い協力はしてきたけど、これからはもっと連携を取りましょう、という話」
成程、と楯無が頷く。彼女としても自分が不在の際は静司達に頼らざるを得ない場面が出てくるかもしれない。実際、先日の襲撃もそうだった。
「こちらにも益があるのでそれは構いません。しかし具体的には何を?」
「早い話が情報交換ね。お互い話せない事はあるだろうけど、それでも今までより密にとりたいと思っているわ」
「それでは対して変わらない気が」
今までも互いに情報交換は行ってきた。疑問に思った虚の質問に、由香里が答える。
「そうね。たたし、こちらが欲しいのはISのコアの情報なの」
「……どういう意味でしょうか」
ただならぬ気配を感じた楯無が先を促す。
「先日のVTシステムの事件の後、静司の元に地下への侵入者たちが現れたわね。そして奴らが言った言葉が気になるの」
「言葉?」
「『ISをあまり信用しない方が良い』これよ」
しん、と部屋が静まり返る。
「確かに妙な言葉ですが、ただの戯言では?」
「その可能性もある。だけどね、私たちはクラス対抗戦の際に襲撃してきた無人機の内、一機を持ち帰っているわ。解析は中々進んでいないけど、妙な事があるの」
由香里が鞄から数枚の書類を取り出す。
「あの無人機のコアだけど、試しに有人で動かそうとしたのだけど拒絶したのよ。それどころか、勝手にこちらの情報を吸い上げて情報を送信しようとしたわ。それも強引に」
「そんな事が……」
ISはコア・ネットワークを介して非限定情報共有(シェアリング)を行い自己進化する特徴を持つ。なのでISがコア・ネットワークに接続しようとすること自体は不思議では無い。問題なのは勝手に、そして強引に情報を送信しようとしたことだ。
「その時は緊急遮断して、コアも凍結させたから情報は洩れてないと思う。けどこの件で私たちは一つの見解を持ったわ。『無人機のISコアはなんらかの上位命令に従って活動している』と」
「……篠ノ之博士ですね」
「ええ。そんな事が出来るとした篠ノ之束以外に考えられない。彼女の目的はイマイチ分からないけど、仮に彼女が、遠隔で他のコアを支配できるとしたら」
由香里の言葉に楯無、虚、そして本音はゾッとした。自分が乗っていたIS。その制御が突然奪われたりしたら? 暴走し始めたら?
「勿論これは仮設の域よ。だけどもし彼女が行動を起こすとしたら、それはIS学園でしょう。だからこそ、学園のコアの情報が欲しいの。いつ、どうやって、コアに侵入するのか。それを調べたい」
「……わかりました。この件に関しては全面的に協力します。とは言っても、博士の行動待ちになってしまいますね」
「わからないわ。潜伏型のウイルスかもしれない。リアルタイムで乗っ取るのかもしれない。結局、博士のやり口が分からないからあらゆる手を打っておきたいの」
「確かに。しかしそうなると、私の機体や川村君の機体もその危険があると」
「いや、俺のは大丈夫です」
え? と由香里以外が静司を見つめる。静司は由香里に目を向け、彼女が頷くのを確認すると左腕を差し出した。
「黒翼は基本的にはコア・ネットワークに接続していません」
静司の言葉に本音が首を捻る。
「かわむー、どういう事?」
「黒翼は必要時にしかネットワークに接続しない。それも限定的にだ。それに仮に接続時に侵入を受けたとしても、コイツは絶対に言う事を聞かないだろうな」
どこか確信を持った静司に、由香里以外が不思議そうにしている。代表して楯無が訊いた。
「理由を訊いてもいいかしら?」
静司も無言で頷き、告げる。
「黒翼は――篠ノ之束を恨んでいるでしょうから」
「ふーんふんふふーん♪」
あらゆる機器が乱雑に散らかった薄暗い部屋。その中心で篠ノ之束はコンソールを叩いていた。正面のモニターには、もうじき完成する一機のISが映しだされている。
「楽しみだなぁ。箒ちゃん喜ぶだろうね。私って最高のお姉ちゃん!」
上機嫌にコンソールを叩く彼女の後ろを機械仕掛けのリスが歩いている。リスは部屋に散らばったネジやボルトを齧っていた。そして食事が済むと、その腹が開き、真新しい歯車が吐き出される。その歯車を別のリスが掴み部屋の隅に持っていく。そこでは歪な形をしたISがフレームをむき出しにした状態で保管されていた。
束はそんな事を気にせずに、コンソールを叩き続ける。しかし不意になった着信音にその動きが止まった。
「この着信音はぁ!!」
コンソールを叩く手を止め、少し離れた位置にあった携帯へダイブ。通話ボタンを押す。
「やっほー、皆大好きちーちゃんも大好き束さんで――ちょっと待って、ちーちゃん切らないで!」
『お前が馬鹿な事を言うからだ』
「いやー相変わらず厳しいね。けどそんなちーちゃんに痺れて憧れるねっ!」
『……はぁ。まあいい。お前に訊きたいことがある』
「うんうん、何かな?」
『お前は今回の件、どこまで関わっている?』
「今回の件? はて……?」
『VTシステムだ』
ああ、と思い出した束が笑う。
「あれか~。ふふ、ちーちゃん、あんな不細工なシロモノ、私が作るわけないよ。私が作るモノは完璧で十全でなくちゃならないのだから!」
『……』
「それにね、機械になんてちーちゃんの真似させないよ。ちーちゃんはちーちゃんだもん。ああ、そうだ。今思い出したけど、あれを作った研究所はさっき地上から消えたよ。勿論死者はでてないから安心してくれていいよ!」
『そうか……邪魔をしたな』
「あ、待って、ちーちゃん!」
『……なんだ?』
「私からも聞きたい事あるんだ。えっとね、いっくんの傍に居る男。
「……っ」
『なんか動きがちーちゃんに似てるなあと思ったから、気になったんだ。それに何でアレはISに乗ってるのかな?』
「その理由がお前の方が詳しいんじゃないのか?」
『ううん、私にも分からない。ただちょっと――』
――目障りかなぁ――
続く言葉は音には出さなかったが、雰囲気から千冬は何かを察したようだ。
『束、お前が何を考えているかは知らんが川村も私の生徒だ。余計な真似をするな』
「うんうん。分かってるよちーちゃん。ちょっと気になっただけ」
『そうか……話は終わりか?』
「おっけーおっけーもーまんたい。束さんは大丈夫だよっ!」
『ああ、じゃあまたな』
通話が切れ、束はにへら、と笑う。
「けど、気になったら、試したくなるよね?」
ふふふ、と笑いながら席に戻る。そして開発中のISのデータを精査する中、一つの項目に目が留まった。
それはISのコアデータ。新型開発のデータ取りの為に、各コアからネットワークを通して情報を引き出していたのだ。その項目では上から順にコアのナンバーと状態が表示されている。そのある一点に眼が止まる。
『シリアルナンバー0 命令無視により廃棄』
それは最も初期に作ったコア。白騎士のコアの元となった失敗作。様々な能力を与えたのは良いが、肝心の自分の命令を聞かなかった為に廃棄したコアだ。
――私は完璧で十全でなければならない。
それは先程自分が言った言葉。故にこんなデータは要らない。
先ほどまでの笑顔から一転、無表情でその項目を選択し、データから抹消する。
「……よしっ!」
もはや終わった事。気にする事では無い。そう決めつけると再びモニターに向かおうとしたが、それを携帯電話の着信が止めた。
その液晶には『箒ちゃん』と表示されていた
静司の動き=千冬の動き
束はこれにちゃんとは気づいていません。
彼女は《武》に関しては疎いので、データを参照してはいますが、今回はただの模倣と思った、という事で。
因みにあえて、一巻部分の最終話と似たような終わり方にしてたり。これで黒翼&静司に対してそれぞれに束が興味を持ちました。