IS~codename blade nine~ 作:きりみや
静司とシャルロットの事が発覚してから数日たったある日の事。
寮の自室で静司は一人鏡に向かっていた。
「……」
そのまま数分間、鏡を見つめていただろうか。不意に声がかかる。
「静司? 何やってんだ。そろそろ行かないと飯に間に合わないぜ?」
「ああ、今行く」
声の主は一夏だ。シャルロットが女だと判明したため、再び寮の部屋替えが行われ、結局静司と一夏は同じ部屋になったのだ。
静司はもう一度鏡を見ると、よし、と頷いて洗面所を出て行った。
朝、食堂にて。
「あ、おはよー織斑君!」
「おう、おはよう」
「それとかわむ――ひっ!?」
「……おはよう」
「お、おはよう。じゃあ私はこれでっ!」
挨拶したクラスメイトは慌てて別の席に走っていった。
「……」
授業中、教室にて。
「はい、ではこの問題を順番に解いて下さい。今日は『か』からにしましょう。まず鏡さんからですね」
「はーい」
教壇に立つ真耶が黒板に書いた問題の答えを生徒に書かせていく。指された生徒――鏡ナギがスラスラと答えを書くと真耶は満足そうに頷いた。
「はい。正解です。じゃあ次の問題をかわむ――ひぃぃっ!?」
こちらを見た真耶が、一瞬怯えた様な声で涙目になる。一応言っておくが、静司は真面目な顔で真耶と目を合わせただけである。
「ご、ごめんなさい。じゃあか、川村君……お願いします……」
「……はい」
授業中、グラウンドにて。
「今日は接近戦の訓練を行う! グループには分かれたな? では始め!」
千冬の号令で各班ごとに、攻撃側、防御側に分かれて千冬の教えた型でブレードを打ちこんでいく。一定の距離から接近し、一撃を加えたら交代。防御側はそれを防ぐのだ。その為にはブレードを構えなければならないが、
「行くぞ」
「ひっ!?」
静司の順番になり攻撃側として打ちこむ。いや、打ちこもうとしたのだが、通常以上に鋭くなった静司の目つきに相手が怯え、縮こまってしまった。
何もせずに相手の横を通り過ぎる事になった静司が困惑して振り向くと、
「ごめんね? ごめんね川村君。だからそんなに怒らないで?」
「いや別に怒っているわけでは無いんだが……」
涙目で謝るクラスメイトに、対処に困る静司だった。
そして放課後。
「静司、アリーナ行こうぜ」
「……」
「静司?」
訓練をすべく一夏が静司に声をかける。しかし静司は窓際でどこか遠い目で黄昏ていた。
「空が青いなあ」
「せ、静司? どうしたんだ?」
「空が青いなあ、今日ならメメ○トモリもみえるかなあ」
「せ、静司?」
何やら異様な雰囲気の静司に一夏が後ずさる。そこに何時ものメンバーが集まってきた。
「一夏さん、どうかしたのですか?」
「セシリア。なんか静司の様子がおかしいんだ」
「川村が? 確かに何やら黄昏ているが」
「アイツ一体どうしちゃったの?」
「ふむ。妙に覇気がないな」
「静司、大丈夫?」
「かわむー? おーい、かわむー?」
次々に声をかけられ静司が振り向く。その瞬間、
『うっ……』
本音とシャルロット、それにラウラを除いた四人が一瞬後ずさる。その原因は静司の眼だった。
鋭く、ギラギラと光るその眼は獲物を求める猛獣か何かか。今はそこに負のオーラが渦巻いており、その姿は夜の街で出会ったら死を覚悟しなければならない様な死神の如く。
そしてその反応を見た静司は「ふっ……」とどこか自嘲めいた笑みを浮かべつつ、とてつもなく真面目な声で、訊いた。
「俺……そんなに怖いか?」
「と、いうことで『第一回 川村静司改造計画会議』をここに始めます」
一夏の宣言にパチパチ、とまばらな拍手が起きる。
「早い話、怖がらせなくすればいいのだろう?」
「確かに髪を切ってからの川村さんはちょっと……」
「アンタどこのヤクザ? って感じよね」
「そうか? 私は中々男前だと思うが。無論、一夏が一番だが」
「静司……なんかごめんね? 僕が髪切ったせいで」
「カッコイイと思うよ~」
因みにここは教室なので、他の生徒もまだ何人かいる。彼女達も面白そうに見物している。一方静司と言えば、
「ふ、ふふふ。そりゃね、俺だって分かってたさ。眼鏡を取ったらきゃー素敵―。そんなのリア充だけだって。現実はそんなに甘くないって。だけどさ、怖がられて泣かれるとは俺も予想外過ぎて? ちょっとアンニュイ? くくくくくく……爆ぜろ」
何やらブツブツと呟いていたが、あえて誰も触れようとしなかった。
「要は怖さを無くせばいいのだろう? 以前みたいに髪を伸ばしたらどうだ?」
「確かにそれはありだと思いますけど、折角さっっぱりしたのがちょっともったいないですわね」
「確かに。それにまた伸びるまでが問題ね」
原点回帰案、却下。
「眼が怖いか……。ならば私の眼帯を付けてみてはどうだ? 眼は隠れるぞ」
「それって、別の問題が起きそうな気がするんだど……」
片目を眼帯で隠し、片目はギラギラ光る猛獣使用。むしろどこの海賊だ、と言う事で却下。
「そうだなあ、目つきが怖いだけなんだから優しい顔をする練習をするのはどうかな?」
シャルロットが案をだす。それになるほど、と全員が頷く。
「確かに笑顔は大事だな」
「そうですわね。川村さん、とりあえず笑ってみてくださいな」
「了解した」
呼ばれた静司が全員の前に立ち、笑った。口元を吊り上げ、ギラつく眼を出来るだけ温和にする努力し――――――ニヤリ。
その瞬間、ガタっ! と教室に居た何人かが後ずさった。
「…………何故だ?」
自分の持てる最高の笑みをした筈だ。納得がいかない。
「い、いや、何と言うか……」
「アンタもっと自然に笑いなさいよ!? なにその悪人が長きにわたる謀略の果てに敵を罠に嵌めて計画通り! って感じで笑っている様な笑顔は!?」
「静司……書いただけで人を殺せるノートとか持ってないよな?」
この言われよう。
「静司、もっとにっこりといつも通りに笑ってみなよ」
「いつも通りの筈だったんだが……」
「ということは今まではよく見えなかったが、髪と眼鏡の下であんな笑顔を向けられていたのか……」
「もはやホラーね」
「せ、静司!? まだ何かあるよ、ある筈だから顔を上げて!?」
打ちひしがれ地に両手を突く静司をシャルロットが必死にフォローしていた。
「見た目に拘るからいけないのですわ。雰囲気を変えてみてはどうでしょう?」
と、セシリアが新たな案を出す。
「雰囲気か……。口調を変えるとか?」
「確かにいいアイデアかもね。試してみましょう」
「では口調だが――」
どんな口調にするか討議すること十分。ようやく決まり、早速試してみることに。
ここでは自然な反応を見るためにこの場にいない人間を相手にする事にした。そして丁度いいタイミングで教室の扉が開く。
「あら? みなさん集まってどうしたんですか?」
副担任の真耶が不思議そうに首を傾げる。全員の無言の合図に頷き、静司が一歩前に出た。
「っ、……か、川村君? えっと、なんでしょうか?」
若干怯えながらも、副担任としての意地で持ちこたえた真耶。そんな反応に若干傷つきつつ、静司が口を開く。
「こんにちはやまだてんてー」
ピシリ、と真耶が固まった。
「…………………………は?」
え? なにこの状況? と思考が追い付かない真耶に静司が追い打ちをかける。
「てんてーどうしたんすかー?」
「か、か、か、川村君!?」
「はーい」
今、真耶の前には、引き締まった体と健康的に焼けた肌。そして鋭くギラツイた眼で幼児言葉を操る変態がいた。
「え? なにこれ? 夢? 夢なんですか? 私が怯えすぎたあまりに見た幻覚? いや、教師として恥だとは思ってたんですよ? 生徒を怖がるなんて。けどいやなんでこんな状況に!?」
「どうしたんですかまやてんてー――――ってこれ以上出来るかボケがぁぁぁぁぁ!?」
「何なんですかーーーー!?」
突如キレだす静司に、真耶も意味もわからず叫ぶしかなかった。
「なんつーか、気持悪いだけだったな……」
「というか何でよりにもよってあの口調だったのだ?」
「えっと、くじ引きで決まりまして……」
「入れたの誰よ!? 悪寒がしたわ」
「精神攻撃としては有効だろう。……私はやりたくないが」
「というか静司も何気にノリノリだった気が……」
引き攣った笑みを浮かべる一夏達だった。
「そういえば静司、眼鏡はどうしたんだ?」
一夏が今更気づいたのか静司に問う。
「ああ、こないだの件で壊れてな。元々対して視力は悪くなかったからそのままなんだよ」
「む、それは済まなかった」
ラウラが頭を下げるが、静司は大丈夫、と苦笑で返す。元々伊達メガネだ。
「そうか、眼鏡よ。眼鏡をかければ良いんだわ」
「確かに眼鏡をかけるとイメージは変わりますわね。試してみましょう」
と、言う事で急遽、教室にメガネが集められた。とはいっても、クラスメイトが持っていたものを借りただけだが。
「うーん、あまり種類が無いな」
「そりゃクラスの中だけだもん。二組からも借りてきたけどそれでも元々そんなに数が無いしね」
「ふむ。では試してみよう」
色々と試してみる事になる。だが、
「なんかどれも似合わないわね……」
「元々女性層にデザインされているせいですわね」
「うーむ」
「お、これならどうだ?」
一夏が選んだのはシンプルな外見とシルバーのフレームの物だ。確かにこれなら静司にも似合うかもしれない。
静司もその眼鏡を受け取りかけてみる。が、
『うわぁ……』
全員の顔が引きつった。
「確かに似合っているんだけど……」
「ギラついた怖さに、眼鏡のせいか冷酷なイメージが追加されて」
「まるで若頭だったな……」
「……………………」
「ま、まだ他にもあるよ!」
再び地面に手を突き打ちひしがれる静司。
「なら、いっそこれはどうだ?」
とラウラが取り出したのはサングラス。
「何か嫌な予感がするけど、とりあえず試してみましょう」
静司も手渡されたサングラスをかけ、全員を見やる。
「確かに目は隠れたけど、これで生活するの?」
「やっぱ難しい気が……」
「なあ、お前らもしかしてわざとやってないか? かけた俺も俺だが」
ため息を付き。片手でサングラスを外しながら何気なく睨む。
『怖っ!?』
その姿がまずかったらしい。
「あああああ、アンタね、そんなものもってそんな目つきで睨まれたら怖いじゃないの!」
「サングラスのせいでもはや完全にマフィア……」
「ふむ、ショットガンでも持てばいつでもイタリアで戦えるな!」
「いや戦っちゃダメでしょ!?」
その後も色々と試してはみるが、いずれも失敗及び却下が続く。あれだこれだと話すクラスメイトを眺めつつ静司は思う。
(やっぱり髪を切ったのは失敗だったのか)
ある程度の実力がバレた以上、今更顔つき程度でどうのこうのは無いだろうと思い、シャルロットの申し出にも応えた。しかしここまで恐れられていると流石に考えさせられる。以前はかけていた厚い丸渕眼鏡。あれをもう一度準備してもらおうか、と考えていた時だった。
「へい、かわむー」
「ん? 本音か。そういえばどこに行ってたんだ?」
いつの間にか消えていた本音が静司の裾を引っ張っていた。静司の問いに本音は笑顔で腕を振る。
「うひひ、これ~」
差し出されたのは眼鏡だ。先ほどまで試していたのとは違う、黒縁のシンプルながらもどこか明るいイメージを持つ、所謂おしゃれ眼鏡だ。
「これを?」
「演劇部から借りてきたんだよ~」
「そうか。しかし眼鏡でも失敗続きでな……」
「にひ、
自信満々で断言する本音に押され、装着してみる。演劇用の小道具なので度は入ってない為、問題なくかけることが出来た。
「うん。とっても似合ってるよ~」
「そうなの……か?」
もちろん~、と嬉しそうに笑いながら鏡で映してくれた。
確かに若者用のおしゃれ眼鏡のデザインや、縁が厚く強調されるデザインのおかげで、大分目つきの鋭さが誤魔化されている気がした。
「しかしなんでこれなら似合うってわかったんだ? さっきまで居なかったのに」
静司の記憶が正しければ、会議が始まって少ししてから本音の姿を見ていない。つまり、彼女は静司がいろんな眼鏡を試した事を知らなかった筈だ。それなのにこんなピンポイントで選んできたのが不思議だったのだが、
「かわむーの事だもん。分かるに決まってるのだよ~」
「……お、おう」
笑顔で断言されてしまい、頷くしかなかった。
「本当はね、私も眼鏡無しでもカッコイイと思うよ? だけどかわむーが気にしてる見たいだから持ってきました~」
えっへん、と自慢げに笑う本音に静司もそうか、と笑いぽんぽんと本音の頭に手を乗せた。
「気にしてくれたんだな。ありがとう」
「えへへ、私は出来る子~」
そうだな、と静司も笑顔で返しつつ、教室の中央に視線を向ける。
「そうだわ、女装よ! いっそ女体化してしまえば女向け眼鏡も似合うわ!」
「いいえ、ここはあえて化粧だけで素材の味を活かして――」
「さっきの案を変化させてランドセルを背負わせてだな」
「両目に眼帯をかけてみてはどうだろうか」
「……もうみんなまともに考える気ないよね」
「だよな」
白熱する四人と、呆れた二人。それを面白そうに眺めるクラスメイト達。
とりあえず好き放題言ってくれてる連中は後で制裁しよう。そう心に決めた静司だった。
数日後。
さすがにずっと借りたままにはできないので、同じデザインの眼鏡を用意して登校した時の事。
「おはようー織斑君。川村君」
「おう、おはよう」
「おはよう……ああ、おはよう。とってもおはよう。迸るほどにおはよう」
「う、うん?」
朝、自然な挨拶の流れ。それに一人感動する静司が居たとか。
本音無双