IS~codename blade nine~   作:きりみや

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23.始まる狂気

「全員整列!」

 

 千冬の号令により、IS学年一学年の生徒が一瞬にして列を完成させる。それを確認すると千冬は再び口を開く。

 

「ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の皆様に迷惑をかけないよう心掛ける事!」

『はい! よろしくお願いします!』

 

 返事を確認すると千冬も隣に居た着物姿の女将に礼をする。

 

「今年も世話になります」

「はい、こちらこそ。今年も皆さん元気があってよろしいですわね」

「それが取り柄の子供ですので。……では、学園生は荷物を受領後、指定された部屋へ向かえ。以後の予定は事前に連絡したとおりだ、以上!」

 

 生徒達がそれぞれ荷物を受け取り部屋へと向かう中、静司と一夏は千冬に呼ばれたのでそちらへ向かう。

 

「あら、こちらが?」

 

 気づいた女将が千冬に尋ねる。

 

「はい。件の男二人です。能天気な顔をしているのが織斑一夏。嘘が上手そうな顔をしているのが川村静司です。今年はこの二人のせいで浴場分けが難しくなって申し訳ない」

「「いやちょっと」」

「いえいえ、そんな。良い男の子達じゃないですか」

「感じがするだけですよ。お前達、挨拶しろ」

 

 静司と一夏の抗議は軽くスルーされた。納得がいかないがならも二人も女将に頭を下げる。

 

「別に能天気じゃない織斑一夏です。よろしくお願いします」

「能天気なルームメイトに苦労している、正直者の川村静司です。よろしくお願いします」

「おい静司!?」

 

 慌てて抗議する一夏を適当にあしらう静司を見て、女将は手を口に当て上品に笑った。

 

「面白い子達ですわね。それにやんちゃそう」

「あまり褒めないで下さい。調子に乗りやすいのが一名いますので」

「ち、千冬姉!」

「一夏、抗議するって事は自分だって言ってるようなもんだ」

「あ……」

 

 しまった、と唖然としている一夏を余所に千冬はため息一つ。そんな様子を見ていた女将はくすり、と笑うと静司達を促した。

 

「では皆様もお部屋へどうぞ。何かご不明な点があればいつでもお尋ねくださいね」

 

 最後の言葉は一夏と静司に言ったのだろう。基本的には女子生徒が使う事をメインに旅館側も準備しているので、一夏達が戸惑う場面もあるだろうという気遣いだ。

 一夏と静司ももう一度礼を言うと荷物を持って部屋へと向かう事にした。

 

「ところで俺達の部屋はどうなるんだ? 一覧には載ってなかったよな」

「確かに載って無いが、まあなる様にしかならないじゃないか?」

「え?」

 

 静司の答えに一夏はおろか、未だに部屋に行かず周りで聞き耳を立てていた生徒達も首を捻る。実際の所、静司は警備の都合上どうなるかを知っているのでこう言えるのだが。そう考えるとなんだか一人だけズルをしている様な気分になるが今更の事だ。

 

「織斑と川村はこっちだ。着いてこい」

 

 千冬に呼ばれ二人が連れてかれた先、そこの扉には『教員室』と書いたプレートがついている。

 

「えっとこれは……?」

「元々はお前達二人で一部屋だったが、それだと就寝時間を過ぎても女子が押し掛けるのではという話になってな、織斑は私の部屋。川村は山田先生の部屋と同室となった。文句は無いな」

「そういう事か。静司と同じ部屋なら色々遊べると思ったんだけどなあ……」

「こればっかりは仕方ないな。ま、ずっと部屋に居なきゃならないって訳でも無いんだ。我慢するしかない」

 

 一夏とて通常で言うなら高校生。臨海学校や修学旅行の夜と言ったらやはり男同士で騒ぎたいという気持ちはあった。静司もそれは分かるので、軽く慰めてやる。

 

「……まあお前達とて女に囲まれっぱなしではストレスもたまるだろう。私達は教員会議もあるからその間にでもゆっくり話せばいい。幸い私の部屋なら女子もおいそれとは入れまい」

「成程! 流石千冬姉!」

 

 ぺしん、と笑顔の一夏に出席簿が振り落される。

 

「織斑先生だ」

「痛って……ありがとうございます織斑先生」

 

 頭を押さえつつも礼を言う一夏に千冬はうむ、と頷く。

 

「ではお前達も荷物を部屋へ入れろ。山田先生も……山田先生?」

『?』

 

 眉を潜めた千冬の視線を追って一夏と静司が視線を向ける。

 

「お、男同士でお話!? 二人きり!? ま、まさか二人が……? けどあんなに喜んでいるなんて本当にっ!?」

 

 赤くした顔を抑えながら妄想を垂れ流す教師がそこに居た。

 

 

 

 

 花月荘は別館に更衣室があり、そこで着替えを済ませばそのまま海へ出れる造りとなっている。静司と一夏は近くで飛び交う女子達の黄色いガールズトークに頭を悩ませつつ、着替えを済ませ浜辺へと繰り出した。

 

「……静司、顔赤いぞ」

「……一夏、お前もな」

「「……」」

「熱いな」

「ああ、熱い」

 

 二人はどこか遠くを見ながら頷きあう。この暑さは太陽と砂浜のせいだけでない。悪いのは女子達のはしゃいだ声や件のガールズトーク。更には7月の太陽に照らされる砂浜で戯れる女子、女子、女子。普段学園で見慣れてるとはいえ、それは制服姿やISスーツの姿。スーツも中々に刺激的なのだが、それ以上に露出の高い水着だらけのこの光景は思春期の男には―――――――素晴らしい。

 

「く、つい本音が……」

「せ、静司?」

 

 淡々と自分の現状を分析していた静司だが最後の最後で本能が勝った。けど仕方ないじゃないか。いくらなんでもこれで我慢しろと言うのはキツイ。こんな訓練受けてない。

 

「そういや静司、眼鏡はかけたままなの―――いや、なんでも無いから急にそんな遠い眼をしないでくれ」

「察してくれてありがとう」

 

 静司と一夏の恰好は二人ともトランクス型の水着。静司が黒で一夏が白だ。一夏は上半身も脱いでいるが、静司はシャツを着ており、眼鏡も着用している。

 

「眼鏡は良いとして、シャツなんか着てたら泳げないぞ?」

「とは言ってもあまり泳ぐ気は無かったからな。日に当たれれば十分だよ。光合成だ光合成」

「光合成って……勿体なくないか?」

 

 とは言われても、あまり素肌を晒したくないのが実情だ。今回の為に人工皮膚(ナノスキン)である程度隠してはいるが、静司の素肌は傷だらけ。何かの拍子で破られでもしたら、周囲が大騒ぎになるに違いなかった。

 

「折角だし泳ごうぜ。というか競争だ競争。マラソンじゃ勝てなかったが、泳ぎなら自信あるんだ」

「そうだな……」

 

 隠したいのは山々だが、そうそう簡単に破れるものでも無い。いわばこれは保険なのだが、流石に何もしないのは不自然か?

 静司も考え直し、一夏の挑戦を受けようとした時だった。

 

「い、ち、か~~~~~!」

「ん……? のぉっ!?」

 

 突然一夏が仰け反ったかと思うと、その一夏の上に鈴が肩車の要領で乗っかっていた。

 

「男二人で何グダグダしてんのよ! 海よ海! 泳ぎに行くわよ!」

「鈴か。泳ぐのは良いけど準備運動はしたのか?」

「必要ないわよ。私がおぼれた事なんて無いんだから。ほら行くわよ、GO! 一夏監視塔!」

「おっとと、危ないな。そうだ、静司は」

「俺も後から行くよ。それより行ってやれ」

「そっか、じゃあ待ってるぞ」

「ほら行くわよ一夏!」

 

 一夏が鈴を連れ海へ向かう。その途中で鈴は一瞬振り返り、びっ、と静司に親指を立てて笑った。静司も同じようにして返してやる。二人を見送ったそんな静司の背に声がかかる。

 

「二人きりにしてあげたんだね」

「ま、直ぐに他の面子も集まるだろうからな」

 

 頷きつつ振り返ると、少々頬を膨らまたシャルロットが腰に手を当てていた。

 

「驚かせようとしたのに。気づいてたなら声をかけてくれてもよかったんじゃないかな?」

「今気づいたんだよ。だが悪か……った」

「静司?」

 

 急に挙動不審になった静司にシャルロットが首を傾げる。静司は静司で最初はシャルロットの顔しか見てなかったが、その水着姿に眼を奪われていた。

 黄色を基調としたビキニタイプ。傷一つない白い肌が映えるスラリとした体躯。もはや男装する事も無いので解放された胸は、普段のISスーツの上から見る時よりも大きく見える。

 静司の視線に気づいたシャルロットが顔を赤くし俯いたが、絞り出すような声で静司に尋ねた。

 

「ど、どうかな……?」

「あ、ああ、似合ってるよ。うん、可愛いと、思う」

「可愛っ!?」

 

 かあっ、とシャルロットの顔が真っ赤になるが、静司からすればその格好で上目遣いは反則じゃなかろうかと言いたい。だが本当によく似合っているのだ。

 

「あ、ありがとう静司。ふふ、嬉しいな」

「そ、そうか。……ところでさっきから気になってたんだが、後ろのその不審人物は何なんだ?」

 

 気恥ずかしさを振り払う為話題を変える。それは確かに不信感丸出しの人物? だった。なにせ全身を何枚にも重ねたバスタオルで多いその身を隠しているのだ。

 シャルロットも「ああ」と思い出したのかそのバスタオルの塊の手? を引いて連れてくる。

 

「ほら、おいでよラウラ」

「し、しかしだな」

「ラウラ? これが?」

 

 確かに声はラウラの声だったが何故こんな奇天烈な格好を? その疑問にシャルロットが答える。

 

「せっかく水着に着替えたのに、恥ずかしがってこの調子なんだよ」

「や、やはり私には無理だっ!」

「そんなことないって言ってるのになあ」

 

 どうやら水着を着たが良いが、人前に――というか一夏の前に行けなくなってしまったらしい。そういえばバスの中から様子がおかしかったがもしかして緊張していたのだろうか? 

 しかし恥ずかしがりながらもここまで来ていると言う事は、やはり一夏には会いたいのだろう。シャルロットが救いを求める様な視線を静司に向ける。静司も頷き、ラウラに話しかけた。

 

「ラウラ、行ってやればどうだ。大丈夫だからさ」

「その声は静司か。しかしやはり私には……」

「けど一夏に会いたいんだろう? 見てもらいたいんじゃないのか?」

「う、だが笑われたりしたら私はもう」

「安心しろ。一夏はそんな奴じゃないって事は知ってるだろ? それにお前はもとは良いんだ。変なんて事は無いから自信を持てって」

「ほ、本当か? そうだ……ならまずお前に確認してもらえば。同じ男だしわかるだろう?」

 

 余程不安なのだろう。だが静司は首を振った。

 

「いや、まずは一夏に見せてやれよ。折角おめかししたんだ。好きな男にまず見て貰った方がいいだろ?」

「う、うむ……」

「ほら、安心して行ってこい。早くいかないと一夏も泳ぎに行ってしまうぞ」

「わ、わかった。お前がそこまで言うなら信じよう。い、行ってくる!」

 

 気合いを入れ直したラウラが一夏の居る方向へ歩いていく。静司はその後ろ姿をなんとも言えない気分で見送っていた。別に馬鹿にしているわけでは無い。だが一月前は狂犬の様だったラウラがあそこまで変わるとは。

 

「青春だねえ」

「静司、ジジ臭いよ」

 

 半眼でシャルロットに睨まれた。しかも何故か機嫌が悪そうでもある。

 

「はあ、折角同室になって仲良くなったのに、僕より静司の言葉を信じるんだもんなあ。ちょっと嫉妬しちゃうよ」

 

 どうやら静司がラウラを説得したことに少々複雑な気分であるらしい。

 

「まあそこはあれだ。夕焼けで殴り合った敵同士が気がついたら仲良くなった的な?」

「う、うーん? わかるようなわからないような」

「仲が良くなる事は良い事だろ。それよりラウラに着いていった方が良い。また弱気になった時の牽引役が必要だ」

「そうだね。行ってくるよ。その後で静司も一緒に遊ぼうね!」

「おう」

 

 返事をすると嬉しそうに笑顔を浮かべシャルロットがラウラに駆け寄っていく。その先では一夏と鈴、それにいつの間にか合流していたセシリアが何やら揉めていたが何時もの事だろう、と特には気にしない。と、

 

「やっほー川村君」

「こんにちは」

 

 今度は鏡ナギと谷本癒子に声をかけられた。二人とも既に水着姿でその手には色々と道具を持っている。二人はなにやら怪しい笑みを浮かべて静司に近寄ってきた。

 

「ふふふふ、川村君。忘れちゃいないかな? 私たちの秘密兵器を」

「デュノアさんも綺麗だったけど、こっちも負けないよ?」

「鏡さん? 谷本さん? 何だその邪な笑みは」

 

 嫌な予感を感じて後ずさるが、その距離は直ぐに詰められる。にやり、とナギが笑い静司に語りかける。

 

「ふふふ。ずばり秘密兵器とは私たちの癒しキャラ、本音の事よ!」

「本音はスタイルいいもんね」

「そ! そして……胸よ!」

「!?」

 

 一瞬、静司の体に衝撃が走る。そういえばそうだった。いつもぶかぶかの服を着ていて目立たないが、本音の胸は……デカい。おそらくシャルロットより。

 

「ふふふ、想像したね? ちょっと期待したね? 川村君」

「意外にそういう所反応するよね」

 

 うるさい。こちらと中々刺激的な人生送ってきて実年齢も不明な身だが20年は流石に生きてない。反応して何が悪い。というかそれが正常だ。

 ぐっ、と握りこぶしを掲げる。

 

「夢があるんだ。オトコノコには」

「なんか本当に君変わったね。おおらかになったというか、単純になったというか」

「確かに」

 

 何か酷い事を言われてる気がするが気にしない。だが以前より自分が自然体で居る事は確かだ。そしてその方が楽だと言う事も。

 

「ま、いいか。では登場願いましょう。本音、カモン!」

「は~い」

 

 ナギに呼ばれ、別館から本音が現れる。その直前、正直静司はドキドキしていた。先ほどシャルロットの水着姿を見てしまったが故に、どうしても白い肌やそういった物を期待してしまう。そして振り返り、その眼にしたものを見て、静司の眼が見開いた。

 

予想以上だった。想像だに出来なかった。

 

「やっほ~かわむ~」

 

 全身着ぐるみの黄色い狐が歩いてくる光景は。

 耳まで付いている全身がすっぽり収まるキツネの着ぐるみが手を振ってやってくる光景は想像以上に斜め上だった。

 

「……」

 

 何も言わずナギと癒子に振り返る。二人は腹を抱えて笑っていた。おそらく知っていたのだろう。知っていてからかったのだ。いたいけな少年の男心を弄んだのか!?

 

 ど畜生ッ……!

 

 

 

 

 静司達が居る海岸から数キロ離れた山の中。ここは更識家が用意した場所であり、EXISTサポート班、C1達が海岸やその周りを監視している。

 そしてその片隅、超望遠カメラの隣でC1は地面に拳を打ちつけていた。

 

「畜生! 期待していたのに……! 畜生ッ!」

 

 それを遠目に見やりながらC1の部下たちが呆れた様に話していた。

 

「まだやってますよ、あのロリコン」

「ほっとけほっとけ。それより周囲の監視だ」

「うお、すげえ! あの嬢ちゃんあの着ぐるみで泳いでるぞ!?」

「え、マジで!?」

 

 臨海学校は今のところは平和だった。

 

 

 

 

「あー生き返るなあ」

「確かにこれはいいな」

 

 昼は海。夜は豪華な夕食を満喫した一夏と静司は露天風呂で寛いでいた。ようやく女子達の時間が終わり、男子の時間になったのだ。風呂好きの一夏は大いに喜び、静司もそれに同行した。

 

「やっぱ日本人は風呂だよな。うーん蘇る~」

「ジジ臭いぞ一夏」

「うるせー。気持ちいいから良いんだよー」

 

 ほっこりと風呂を満喫している一夏に静司もそういうものか、とこれ以上は追及しない。確かに風呂は良い物だ。

 

「そういや学園の大浴場が解放された時も喜んでたな。シャルロットを誘おうとして結局断られてたが」

「あ、当たり前だろ。というか知らなかったんだからしょうがないじゃないか……」

 

 一緒に風呂に入る事を嫌がるシャルロットと、男同士だから三人で行こうぜ! な一夏。あの時のシャルロットの顔は必死だった。まあ当然だが。因みにその時は静司がやんわりと誤魔化して、シャルロットは事なきを得た。

 

「ま、俺はどう見ても男だろうから安心しろ。だけどあんまり興奮して誘うのは勘弁してくれ」

「……ああ、そうだな」

 

 先ほどの夕食の席。一夏は興奮気味に静司にこう言ったのだ。

 

『静司、ここ露天風呂らしいぜ! 俺達の時間になったらすぐ行こうな!』

 

 これを聞いた女子数名の反応が酷かった。

 

『露天風呂……織斑君あんなにはしゃいで』

『俺達の時間……俺達の時間!』

『そして二人は仲睦まじく……キャー♪』

 

 と言った具合だ。因みにその話を聞いた箒以下数名は一夏に詰め寄り何やら揉めていた。静司は静司でシャルロットに浴衣の袖を引かれ、

 

『せ、静司は大丈夫だよね?』

 

 と不安げな瞳で訊かれ、更には本音には、

 

『かわむー。えっちぃ本、会長に言えば借りれるよ?』

 

 なんかとんでもない心配をされていた。勿論二人のその誤解は速攻で解いたが。一夏も懲りたのか今度から気を付ける、と頷いた。

 

「しかし今日は随分と遊んだけど、明日からは訓練なんだよなあ。ISの各種装備試験運用とそのデータ取りだっけか。具体的には何やるんだ?」

「訓練機は学園に保管されている装備の使用方法の確認だな。今後模擬戦の数も増えるだろうから、自分に合った装備を選ぶためでもある。専用機持ちはそれぞれ専用のパーツや装備があるからそれの運用だよ。来る前に習っただろ?」

「いや、そうなんだけどさ。俺の白式の場合、武器が《雪片弐型》だけだろ? だからどうするんだ?」

 

 一夏の白式は拡張領域(パススロット)を全て《雪片弐型》で埋めている。故に後付け装備は出来ないのだ。

 

「そうだな……。だったらより効率のいい運用方法の模索とかそんな感じじゃないのか? その辺りは織斑先生が考えてると思うが」

「明日にならなきゃわからない、か。まあ仕方ないよな。所で静司はどうなるんだ? やっぱ会社から色々送られてくるのか?」

「らしいな。とは言っても俺のは訓練機だから大したものじゃないさ。その分、シャルロットの方に色々しわ寄せ行きそうだが」

 

 静司のK・アドヴァンス社とシャルロットのデュノア社がISの共同開発を宣言してから少し。時折、シャルロットの元に新しい装備のデータ等が送られている。搭乗者の意見を反映する為だ。

 

「成程なあ。しかしやっぱ白式にも射撃武器が欲しいよ。そりゃ、いきなり使いこなせるとは思わないけどやっぱりあると無いとじゃ大違いだろ?」

 

 呟きながら己の手を握る一夏。その眼には強さへの渇望が。向上心が見える。

 

「それは強くなりたいからか?」

「当たり前だろ。俺は強くなりたい。それで俺の周りの人を守りたい。まだ守られるばかりのガキだけどさ、いつかは俺が守ってやりたいんだ」

 

 それはとてつもない夢だろう。何せ彼の周りには彼より強い人間が多くいる。実の姉を筆頭に担任や代表候補生達。それは分からない一夏では無い。それでも守りたいと言う。

 

「なあ一夏。お前は何でそんなに守りたいと思うんだ?」

 

 一夏の人生も大よそ普通ではないかもしれない。親に捨てられ、姉に育てられ、誘拐もされかけた。そして男でISを動かせることで学園入学し、トラブルもあった。そこで一夏は自分の身の丈を知った筈だ。それなのに上を目指し続ける。その心の内がが気になった。

 

「そうだな……やっぱ守られてばかりなのは悔しい、ってのもある。だけどさ、それ以上に俺は、俺の為に頑張ってくれた人たちが大切なんだよ。その大切な人たちが悲しまない様に、今度は俺が守ってやりたいんだ。だからこそ強くなりたい。結局は自分の為かもしれないけどさ」

 

 ちょっと恥ずかしそうに頭を掻きながら話す内容は一夏の本心だろう。彼は彼と、その周りの人たちの為に強くなりたいのだ。そんな一夏の姿がどこか眩しく感じ、それを誤魔化すように静司は湯口から出たばかりの熱湯を一夏にかけた。

 

「熱っ!? いきなり何するんだよ!」

「一人でカッコイイこと言ってるなよ。俺は口説かれないぞ」

「静司が訊いてきたんだろ! このやろっ!」

「うおっ!?」

 

 お返しとばかりに一夏が同じように熱湯をかけてくるが静司はギリギリで回避した。悔しそうに一夏が呟く。

 

「相変わらず避けるの上手いな……」

「何時も言ってるだろ。それが取り柄だって」

 

 そのまま数秒睨み合うが先に折れたのは一夏だった。はぁ、とため息を付くと湯船につかり直す。

 

「そういう静司はどうなんだ?」

「ん?」

「強くなる理由。何もないとかいうなよ?」

 

 興味深げに一夏が問う。

 

「そうだな……。やっぱり俺も一夏に似てるよ。大切な人を守れる力が自分にあれば、って思う。もしもの時、後悔しない力が」

 

 本当に同じだ。自分も守られ、そして守れなかった。そして今も課長達に守られている。何よりこんな自分を育ててくれた人たちに恩返しをしたい。それが理由。

 

「そうか。なら俺達は同じだな。お互い頑張ろうぜ」

「ああ、そうだな。とりあえず一夏はまず座学からだ」

「うっ……」

 

 気まずげに視線を逸らす一夏に苦笑する。入学してから大分経ち、大分マシにはなったとはいえ、まだまだ足りてないのが現状である。

 

「そっちはおいおいで……。あ、そういえばセシリアが部屋に来るんだった」

「オルコットが? なんだイケナイ事でも始めるのか」

「違うよ馬鹿。マッサージしてやる約束なんだ。俺は先に上がるぜ。静司はどうするんだ?」

「俺はもう少し浸かってるよ。それより約束したらなら早く行ってやれ。オルコットの事だから凄い楽しみにしてるだろうよ」

「……? まあいいや、じゃあお先」

 

 上がっていた一夏を手をひらひらとふり見送る。宿の中なら早々危険は無いだろう。警備状況は事前にチェック済みだ。四六時中一緒に居ては本当に変な理由がたってしまう。

かぽん、とどこかで音が響く。一人残された露天風呂で静司は空を見上げて考える。

 

「強くなる理由か……」

 

 一夏に言った事は本心だ。だが全てでは無い。

 確かに守りたいという気持ちはある。それは仲間達であり、そして学園の友人たちでもある。だがその力の源泉。一番最初に抱いた思いは――違う。

 

 無機質な部屋。繰り返される訓練。頭に直接叩きこまれる知識。燃える炎。砕かれた天井。散乱する瓦礫。失った左腕。横たわる亡骸――

 

 強くならなければならなかった。生きるためには生き残るだけの力が必要だったから。

 一緒に居たかった。一緒に居るために苦しみながらも強さを求めた。

 けれど失った。

 

あの時、あの場所で感じた感情。それがきっと今の自分の源。時間と綺麗な言葉で隠された己の醜い感情。

幸せを願ってくれた姉達の言葉を忘れた訳では無い。それは今でも胸に残っている。だがこの感情だけは消すことは出来なかった。

 

「俺はきっと……復讐を望んでるんだよ、一夏。俺の力の源泉は――恨みだ」

 

 自嘲気味に呟くと、静司も湯船から上がっていった。

 

 

 

 

 花月荘の露天風呂は元々は男と女に分かれている。毎年IS学園が使用する際は全員が女子なのでその両方が解放されるのだが、今年は男子が二名居る為、一時的に片方だけしか使えない時間があった。逆に言うならば、本来の女子風呂は使えるのである。

 そしてその女子の露天風呂に二人の少女が浸かっている。本音とシャルロットだ。彼女達はここ最近、静司を通じて話す事が増えかなり仲が良くなっていた。二人は男子と女子を遮る大きな檜の壁の近くで静かに座っていた。

 

「静司はもう出たっぽいね」

「……うん」

 

 二人の声は暗い。彼女達は偶然にも一夏の静司の話を壁越しに聞いてしまったのだ。そして静司の呟きも。

 

 復讐、と静司は言った。それに恨みとも。それはとても穏やかな言葉では無い。だが彼女達には静司が何故そういったのか分からない。それが悲しく、そして悔しい。

 静司は最近明るくなった。いや、元々の性格なのだが自分から踏み込んでくるようになった。それは良い事だと思う。だが、そんな静司から発せられた言葉だけにショックも大きかった。

 

「静司に一体、何があったんだろう」

 

 シャルロットが呟くが、本音も首を横に振る。彼女も知らないのだ。だが静司の仕事やあの左腕の事を考えると、とても明るい話とは思えない。

 逆に事情を知らないシャルロットは全く予想がつかない分、余計に不安になってしまう。だがきっと静司は聞いても話さないだろう。自分から言ってくれる日を待つしかない。

 

「ねえ、本音」

「なあに、しゃるるん」

「本音は静司の事を――――」

 

 続く言葉。そしてその返事は突如開いた扉の音でかき消された。

 

「あ、デュノアさんと布仏さんだ!」

「おぉー二人ともええ乳してるねー!」

 

 がやがやと入ってきたのは同じクラスの女子達だ。騒がしい彼女達に笑顔で答えつつ二人は顔を合わせ、笑う。

 

「――僕達も、静司を支えてあげないとね」

「うん!」

 

 何があったのかは分からない。だけど自分たちは静司の味方だ。だからもし、話してくれる時があれば、そして彼が挫けそうなときは支えてあげよう。何よりも自分たちがそれを望んでいるのだから。二人はもう一度頷きあうとクラスメイト達を出迎えた。

 

 

 

 

 ハワイ。アメリカ軍空軍基地IS格納庫。そこは明日に迫ったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】の稼働実験に向けた最後の準備が行われていた。その主役たる福音の前では鮮やかな金髪が映える二十歳程の女性がその機体を見上げていた。

 

「明日はよろしくね」

 

 その顔には不安は無く、期待と好奇心に満ちている。そんな彼女に声がかかる。

 

「君がこの子の操縦者?」

「ええ。あなたは?」

 

 声をかけたのはサングラスをかけた長身の黒人女性だ。彼女は笑うと金髪の女性に手を差し出した。

 

「明日福音と一緒に跳ぶイーグル型の操縦者、リンダ・フォーラニ。よろしくね」

「ナターシャ・ファイルスよ。こちらこそよろしく。イーグル型っていうのはあの?」

 

 握手をしたナターシャが視線を向けた先には4機のISが鎮座している。大型スラスターを装備した高速使用のISだ。

 

「そうだよ。福音は機動に特化してるって話でしょ? だから私たちが選ばれたんだ。私達なら追いつけるからね」

「あら、そうかしら? じゃあ振り切っちゃおうかしら」

「お、言うね。その意気やよし! 飲みに行こう!」

「いきなりね。けど残念ながら今日は飲酒を禁止されてるのよ。ごめんなさい」

「あーそういや私もそうだった。なら君の話聞かせてよ。それだけでも楽しそうだ」

 

 人懐っこい笑みを浮かべるリンダにナターシャも笑顔で答える。

 

「OK。もう少しで終わるからそしたらラウンジで」

「よっし、なら私の隊の連中にも声をかけて――あ、このやろ!」

 

 突然リンダがイーグル型に走っていく。機体の前まで行くと何かを探しているようだった。それが気になりナターシャはリンダに近づく。

 

「どうしたの?」

「いや、なんかネズミみたいのか私の機体に乗っかっててさ。どこかに逃げられちゃったけどさ」

「ネズミ?」

「そ。いや、ありゃリスかな? はっきり見えなかったから何とも言えないけど」

 

 そのまま少し周囲を見渡すがそれらしいものは見当たらなかった。リンダも諦めた様に肩を竦める。

 

「ま、見つからないなら仕方ないか。整備師に伝えておくか。じゃあナターシャも早く終わらせて来てね!」

「ええ、楽しみにしてるわ」

 

 ナターシャも笑顔で答え、二人はその場を分かれた。

 

 

 

 

 

 翌日。ハワイ沖

 

「視界良好。現状問題なし、と。良い風ね」

 

 銀の福音の中でナターシャは微笑む。そんなナターシャに通信が入った。

 

『よう、調子はどう?』

「良好よ。これならすぐ高機動実験に移れるわ」

 

 福音の直ぐ傍で4機のISが宙に浮いている。4機とも大型スラスターを搭載した高機動型であり、そのフォルムは流線型の鳥の様でもある。

 

『それは良いね。じゃあお偉いさんからの指示が来たら鬼ごっこと行こうか』

「ふふ。振り切って見せるわよ」

 

 お互いリラックスした調子で話していると、本部から指示が通達された。その指示通りに簡単な動作の確認や機器の調整を行っていく。それが一通り終わり遂に高機動試験に入った時だった。

 

「え?」

 

 一瞬、視界がブラックアウトした。直ぐに復旧したがどこか調子がおかしい気がする。

 

『どうしたの?』

「ちょっとハイパーセンサーの調子がおかしいみたい。今原因を――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。突如視界に幾つものウインドウが浮かび上がりは消えていく。ステータスモニターが赤に、青に交互に染まっては読み切れないほどの多くのメッセージが流れていく。明らかな異常事態。

 

「ちょっと、何これは……!? 何があったの!?」

 

 ナターシャが機体に問うが答えは無い。そしてそのナターシャの視界の端に、更に異様な物が映った。

 

『なんなんだこれ!? やめろ……うわああああああ!?』

「リンダ!?」

 

 リンダの乗るイーグル型。それがもがき苦しむような動きをし、その操縦者であるリンダの悲鳴が通信越しに響く。それは他の3機も同様だ。

 

「本部、緊急事態発生! 銀の福音とイーグル型に異常―――ひっ!?」

 

 突如視界が完全に黒に染まる。そしてその暗闇の中から何か、得体のしれないものが手を伸ばしてくるような、異様な感覚に襲われる。

 

「いや……やめて……」

 

 抗いは通じない。その暗闇がナターシャの頬に触れた瞬間、ナターシャの意識は途絶えた。

 




2巻部分でウダウダ悩みまくった反動がここに。
以前も少し触れましたが静司の素は案外あんなもんです。育ての親や兄代わりがあんなんですから。


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