IS~codename blade nine~   作:きりみや

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24.対立

 臨海学校二日目。生徒達はIS試験用のビーチに整列していた。今日は一日かけてISの各種装備の試験運用とデータ取りが行われる。その為ビーチには大量の機材と装備が並べられていた。

 そんな中、千冬が目の前に立つラウラに厳しい目を向ける。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前が遅刻するとはな」

「も、申し訳ありません!」

 

 ダラダラと冷や汗を流しながら返事をするのはラウラ。珍しく遅刻した彼女の顔は青ざめている。おそらくドイツでの教官時代の記憶が蘇っているのだろう。

 

「昨日あの後何かあったのか?」

「いや、俺も知らないぜ。普通に寝坊じゃないか?」

「そこの男子二人! 無駄口とはいい度胸だな」

 

 しまった、と静司と一夏が苦い顔をする。千冬は二人を睨みつけ口を開く。

 

「ボーデヴィッヒにやらせようかと思ったが気が変わった。織斑と川村! コアネットワークについて説明して見せろ」

 

 うげ、と一夏の顔が引き攣る。

 

「静司、どうしようか……」

「説明できない事は無いが、俺一人でやったら確実に怒られるだろ。とりあえずメインは一夏で俺が補足する形で」

「了解、助かる。えっと――」

 

 たどたどしくも一夏が説明を始める。ISのコアはそれぞれが相互情報交換の為のデーター通信ネットワークを持っている事。元々は広大な宇宙空間で相互位置情報交換の為に設けられたものだと言う事。通常のオープンチャンネルと操縦者同士のプライベートチャネルの存在。そしてコア同士が非限定情報共有(シェアリング)を行う事で情報を自己進化の糧としている事。それらを静司の補足を交えて説明していく。

 

「ならばボーデヴィッヒ、この自己進化についての現在の認識を説明しろ」

「はい。これらは製作者の篠ノ之博士が自己発達の一環として無制限展開を許可している為、現在も進化を続けており全容は掴めておりません」

「ふむ、いいだろう。遅刻と無駄口の件はこれで許してやる。以後気を付けるように」

 

 千冬の言葉にラウラが胸をなでおろす。余程恐ろしかったらしい。

 

「よし、では各班ごとに振り分けられた装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、行動開始!」

 

 はーい、と返事をし、生徒達は行動を開始した。試験用ビーチは広く、学園のアリーナほど。海以外は切り立った崖に囲まれており、ちょっとした秘密基地の様な印象を持つ。そこに各班ごとに分かれた生徒達が装備の元へ向かっていく。

 

「そうえいばかわむーはどうするの?」

 

 静司は専用機は持っていないが企業に所属している。そしてK・アドヴァンス社からも試験装備は届いているのだ。その場合専用機持ちと同じく班に入らず別行動になるのではないかと思ったのだろう。

 

「送られてきたのは全部量産機用の装備だったからな。データ取りの為にも色んな人に使って欲しいからって訳で学園の装備と一緒に各班に割り振ってもらってる」

「へえ、つまりモニターって訳ね」

 

 二人の話が聞こえた鈴がやってくる。彼女は専用機なので独自の装備がある筈だがこちらにも興味を持っている様だった。

 

「ねえ、それってある程度汎用性あるのよね? 私も借りていい?」

「別に良いと思うけどいいのか? そっちは国から装備が来てるんだろ?」

「そうなんだけどねー。なんかウチの担当者が『K・アドヴァンスの装備も良く見ておけ』って言うからさ。それに私も気になるし。だって――」

「『日本の企業でイカれた物ばかり作る会社がある』私も話は聞いた事がある」

 

 続いてやって来たのはラウラだ。彼女も気になるらしい。

 

「学園では既存の装備しか使っていなかったからな。K・アドヴァンス社製の物はカタログでしか見た事が無いが、中々に奇抜だった記憶がある」

「奇抜て。まあ否定はしないが」

「え? 静司の所の会社ってそんなに変なのか?」

 

 白式を展開しふわふわと機材を運んでいた一夏もこちらへとやってきた。一夏は新装備が無いので《雪片弐型》の運用効率化が課題となっていた。その為一人だけ違う機材を運んでいる最中だったらしい。

 

「変かどうかと言えば間違いなく変だろうが……。まあその辺りはシャルロットの反応を見てみるといい」

 

 え? と全員が振り向いた先。そこではラファール・リヴァイヴⅡに搭乗したシャルロットが目の前のコンテナから現れたモノに顔を引き攣らせていた所だった。

 シャルロットのコンテナ。そこから出てきたのはデュノア社から送られた新装備《ガーデン・カーテン》。リヴァイブ専用装備であるこれは、実体シールドとエネルギーシールドの両方を持つ防御特化装備だ。これ自体は別に良い。だが、その背後から出てきた装備が異様だった。

 それは鋼鉄の円錐形。先端から下に向かうにつれ、螺旋の紋様を描きつつ太くなっていく破壊の化身―――ドリル。しかもその直径はシャルロットより大きく、圧倒的な威圧感をまき散らしていた。

 

「な……なにコレ?」

 

 頬に汗をかきつつ呻くシャルロットの言葉にビーチの生徒達が同意する。その端で静司は頭を抱えていた。あの連中、本当に作りやがったのか。

 

「……シャルロット、ちょっとスペックデータ見せてくれ」

「う、うん」

 

 データを確認してみた所、少々安心した。流石に以前送られてきたあの殺人ドリルから大分スペックダウンされている。というかそもそもあんなもの黒翼以外で運用出来ない気もしたが。

 

「わぁーお、ドリルだねしゃるるん。さっそく装備しよ~」

「え、えっと心の準備が。というか本音は何でそんなに目をキラキラさせてるのかな……?」

「だってドリルだもん~」

 

 何やら目を輝かせた本音に引っ張られていくシャルロット。顔を引き攣らせながらも連れて行かれる彼女を生暖かい目で見守っていた静司だが、その肩に手が置かれる。振り返ると面白そうに笑う千冬の顔。

 

「川村。お前の分のドリルもあるらしい」

「……ですよね」

 

 シャルロットのコンテナの奥からは『静司専用』と無造作に張り紙までされたもう一機のドリルが鎮座していた。

 

 

 

 

 静司とシャルロットがドリルに圧倒されつつもその準備を始めた中、一夏は一人悩んでいた。自分に与えられた課題は《雪片弐型》の効率アップ。一人だけ課題が違うのは白式の特性故仕方ないと諦めるしかないが、周りで他の生徒達が色々な装備を試している姿を見ると少々羨ましい。

 

「無い物ねだりは仕方ないよな」

 

 そう自分に納得させる。それにまずはこの《雪片弐型》だ。エネルギー効率の悪いこの武器をまず使いこなすことが重要だろう。しかし効率化と言えど何をすればいいのか。姉に聞いてみようと思いその姿を探す。千冬は少し離れた位置で時計を気にしている様だった。

 

「ちふ……じゃなくて織斑せん――」

 

 ふと、何か音が聞こえた。まるで海面を叩き付けた時の様な打撃音が連続的に聞こえてくるのだ。その音は次第に大きくなっていき、更にはそこに女の声が追加される。

 

「ちーちゃ~~~~~~~~~~~~~~ん!!」

 

 ざばばばばば……!  と水煙を上げながら何かが近づいてくる。よく見るとその人影が海面をありえない速度で走っていた。いや、実際は飛んでいるのかもしれないがその人物は一歩一歩を明らかに踏み出し、海面を蹴る様に走りながら近づいてきている様に見える。おそらくISか何かを使用しているのだろう。そして一夏にはその人物に見覚えがあった。

 

「ちーちゃ~~~~~~~ん!! とうっ!」

 

 砂浜までたどり着いたその人物はまるで飛魚の様に宙を飛び千冬に飛びつこうとして、

 

「……束」

「ぶへっ!?」

 

 どこか疲れた様な声の千冬の片手の一閃により、砂浜に叩き付けられた。

 気まずい沈黙。しかし叩き付けられたその人物――束は気にする事も無くぴょん、と満面の笑顔で起きあがる。

 

「いやー久々だねちーちゃん! 会いたかった? 私は何時でもちーちゃんラブだよ! ぶいぶいっ!」

 

 ぞわっ

 

「!?」

 

 ふと、一夏の背筋に寒気が走る。日差しに照らされ熱くなっていた体が急に凍えるような感覚。足が震え、歯がかみ合わずカチカチと音を鳴らす。この感情はなんだ? いや、分かっている。分かっているが何故? 何故自分はこんなにも……恐怖しているのだろうか?

 その恐怖がどこからきているのかが分からない。その対象を探すように周囲に眼を向けるがまったく分からない。それに先ほどの恐怖も気が付けば霧散していた。だが、あれが気のせいだったとは到底思えない。

 

「なんなんだよ一体……」

 

 言い知れない不安感。それを居心地悪く感じながら一夏は首を捻るのだった。

 

 

 

 

 一夏の後方。少し離れた砂浜で静司は千冬達のやり取りを睨んでいた。その眼に宿るのは驚きや好奇心では無い。今にも銃を向けそうな明確な敵意がそこにある。実際その腕は黒翼を起動するべく持ち上がりかけていた。しかし今、その左腕は少女の手によって押さえられている。

 

「かわむー、ダメ」

 

 静司の左腕を抑えているのは本音だった

 束がビーチに現れ言葉発した時の事だ。束の姿を、そして声を確認した瞬間、静司は明確な殺意をもって黒翼を起動しようとした。もはや任務や立場なども考えず。その殺気を隠そうともせずに。

 しかしそれを止めたのが本音だった。彼女は静司の異変に真っ先に気づき、そしてその左腕を隠すように抱き着きそれを止めた。行動を阻害された静司が彼女を睨むが、決して譲らず首を横に振った。そのまま少しの間、静司は本音を睨んでいたが不意に視線を逸らすと千冬たちに眼を向けたのだ。

 前方、少し離れた辺りでは篠ノ之束を中心に顔見知り同士がじゃれ合いをしている様に見えた。それを厳しい目で睨みながらも静司は口を開く。

 

「すまなかった、本音。もう大丈夫だ」

「……うん」

 

 左腕を掴んでいた力が弱まるが離れる事はなかった。静司もあえて何も言わず考える。

 全く情けない限りだった。振り切ったと思っていた。無人機を相手にした時も冷静であれたし、博士が自分に興味を持ったと知った時もまだ考える余裕はあった。しかしその姿を、その声を目の当たりにした時、全てを忘れ博士に銃口を向けようとした。そんな自分の精神の未熟さが情けない。結局自分は対して成長していないのだ。blade9でだけでなく川村静司でもあると。そう考えられるようになっても、結局がこの事に関してはまったく変化が無い。もし本音が止めていなかったらどうなっていたか。少し頭が冷えた今ならわかる。

 静司の殺気に気づいたのは近くにいた本音と一夏だけだった。他の生徒は一瞬気にするような仕草をしたがそれだけ。逆に一夏は大きく反応していた。学園に入学してから無人機の襲来やラウラとの戦いもあり、彼は専用機持ちを除いた他の一年よりもそういう感覚が鍛えられている。それ故だろう。千冬や真耶などもそう言った感覚には鋭いが、距離があった為か気づかなかったらしい。

 

「束、自己紹介くらいしろ。うちの生徒達が困っている」

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 

 静司たちが見つめる中、束が千冬達に向けるものとは全く違う興味の無い顔で適当に挨拶を済ませる。生徒達は稀代の天才である篠ノ之束の先ほどからの立ち振る舞いに唖然としている様だった。真耶もそれは同じだったが、教師としての矜持か束に声をかける。

 

「あ、あのこの合宿では関係者以外は……」

「ん? 珍妙奇天烈な事を言うね。ISの開発者であるこの束さんこそ、最も関係している人物だよ」

「し、しかし……」

「山田先生。こいつに何を言っても無駄です。無視して構いません。それより動きが止まっている生徒達のサポートをお願いします」

「むー、ちーちゃんが優しいぞ。さてはこのおっぱい魔人め、ちーちゃんを誑かしたな~!」

「へ? わ、わわわやめてください~」

 

 言うなり真耶に跳びかかりその胸を掴む束。真耶は涙目で抗議するが、元々の性格故か強く出れないらしい。千冬は疲れた様に嘆息すると、真耶に組み付いている束を蹴り飛ばした。中々の勢いで砂浜に叩き付けられた束だが、やはり何事も無かったかのように起きあがる。

 

「いい加減にしろ。話が進まん」

「えへへ、ちーちゃんに怒られちゃった~。けどちーちゃんの希望なら仕方ないね。では、お見せしよう! 大空をご覧あれ!」

 

 束がびっ、と空を指さす。それとほぼ同時、突然空から鉄の塊が砂浜に落ちてきた。ずずん、と鈍い音と砂をまき散らして落下してきたのはコンテナの様に見える。そしてそのコンテナの正面が開き中からそれは現れた。

 

「あれはISか?」

「けど見たことないよ~」

 

 動作アームによって外に運び出されたそれは確かにISだ。真紅の装甲と所々の白が眩しく輝く謎の機体。

 

「じゃじゃーん! これが箒ちゃん専用機。現行ISのスペックを全て上回る束さんの愛の結晶!【紅椿】だよ!」

「何……?」

 

 現行IS全てを上回る、博士特製のIS。それはつまり世界中の科学者に限らず、組織や国。軍でさえ喉から手が出る程欲しがるほどの機体と言う事だ。それを妹に渡す。その意味(・・・・)を篠ノ之束は理解しているのか? 静司の中に嫌な予感が過る。そんな静司の胸中は知らずに束は準備を続けていた。

 

「さあさあさあ箒ちゃん! 早速準備を始めよう。その前に大きくなったその姿で束さんに抱き着いてくれてもいいかな! へいかもーん!」

「はやく、はじめましょう」

 

 硬い声で箒が促す。束がISを開発したことから篠ノ之家は大きな生活の変化を余儀なくされた。重要人物保護プログラムで各地を転々とし、一夏とも離れ離れにもされた。そういった経緯がある為か、彼女の姉に対する態度は硬い。

 紅椿の装甲が開きそこに箒が搭乗する。束は空中投影の画面を呼び出すと高速でコンソールを叩き、フィッティングとパーソナライズを進めていく。

 

「あの専用機って篠ノ之さんが貰えるの……? 身内ってだけで」

「だよね。ちょっとズルくない?」

 

 生徒達の中から戸惑いや疑問の声が上がる。それにまっさきに反応したのは束だった。

 

「おやおや、何を的外れな事を。有史以来世界が平等であったことなどないよ?」

 

 指摘を受けた生徒達が気まずそうに顔を逸らす。束はそんな事を気にせずに作業をどんどんと進めていく。良い見方をすれば、妹への批判に対して真っ向から否定した状況だ。しかし、静司からすれば束の言葉は彼女自身にも言える事だと思う。

 

(平等でないか。ならばお前の妹はそのISのせいで特別に(・・・)狙われやすくなった。その事に気づいているのか。それともそんなものどうってことないと考えているのか?)

 

 紅椿が箒の専用機となる以上、彼女の身を狙う人間は必ず現れる。今までも博士の妹という人質にされやすい立場であったのにだ。自衛の為、と考えてもどう考えてもやり過ぎだ。

 

「ちょちょちのほいほいそれそれっと。はい、フィッティング終了~。超早いね。流石私。後は自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるよ。それといっくん、白式見せてくれないかな?」

「え? 良いですけど」

 

 一夏が白式を呼び出すと束はその装甲にケーブルを差し、ディスプレイを見つめる。

 

「ん~~、不思議なフラグメントマップだねえ。見たことないパターンなのはいっくんが男の子だからかな。これは私も予想外(・・・・・・・・)――」

「束さん。その事なんだけど、何で男の俺や静司がISを使えるんですか?」

「ん? それは――おっとと、いけないいけない。それでISを使える理由なんだけど私にも分からないんだよねえ。自己成長するように作ったからそのせいだとは思うんだけどね。ナノ単位まで分解して解剖させてくれればわかるかも。いい?」

「いい訳ないでしょう……」

「にゃはは。そう言うと思ったよ。……そうだ。もう一人いるからそっちを分解しよう。そっちならどうでもいいや」

 

 笑顔のまま束が静司に視線を向ける。しかしその眼には友好的な印象は皆無。まるで物を見るかのような目だ。その眼を見た瞬間再び静司の中で黒い感情が湧きあがりかけるが、腕を掴む本音の力が強くなる。そのおかげか、先ほどの様な殺気は出さずに済んだ。自らも意識を落ち着かせ、無表情で返答する。

 

「必要ありません。お断りです」

「ふーん」

 

 束も特に気にする事も無く作業に戻った。その二人の異様な雰囲気に、一夏や千冬。そして箒も疑問を感じている様だが、静司は答えるつもりは無い。

 

「た、たたたた、大変です! 織斑先生!」

 

 その妙な雰囲気にを破ったのは真耶の叫び声だった。小型端末を持ちながら、慌てた様に千冬に駆け寄るその姿は尋常では無い。

 

「どうしました?」

「こ、これを!」

 

 真耶が千冬に小型端末を見せる。その画面を見た千冬の表情が曇る。そのまま二、三、真耶と話をすると生徒達に向き直った。

 

「全員注目! これよりIS学園は特殊任務行動に移る。今日の試験稼働は全て中止、各班速やかに機材を片付け部屋へと戻れ! 以後、許可なく部屋を出た物は身柄を拘束する! 急げ!」

『は、はい!』

 

 状況についていけない生徒達だが、千冬の普段嬢の剣幕に怯えたのか迅速に片づけをしていく。それを確認すると千冬が一夏達に眼を向けた。

 

「専用機持ちは集合しろ! 織斑、凰、オルコット、ボーデヴィッヒ、デュノア! それと――篠ノ之と川村もだ!」

 

 専用機持ちとなった箒。そして何故か専用機では無い静司も呼ばれる。妙に気合いの入った箒の返事に、静司はどこか不安を覚えた。

 

 

 

 

『ハワイ沖で試験稼働を行っていたアメリカ・イスラエル共同開発の新型ISとイーグル型4機が暴走。追撃に出た機体は全て撃墜。他の付近の部隊もその場所からでは対象に追いつけない為、IS委員会の決定によりIS学園に対処の要請が下った』

「……先ほどから連絡が遅いぞC5」

『いきなり海中から出てきたり突然レーダーに現れるような博士だぞ。これ以上どうしろってんだ。それより暴走ISの件だ。おそらくだが専用機が対処にあたる筈だ。そうなる前にこちらで片づけたい。その場から離脱できそうか』

「今すぐは無理だ。隙を見て離脱する」

『了解。こちらでも情報を集めて置く』

 

 C5との通信を切ると、静司は宴会用の大座敷部屋へと向かった。あれから一般生徒全員部屋へ移動。専用機持ちや静司も着替えが出来次第集合となっていた。その少しの間に静司はC5達と連絡を取り大体の事情を確認していたのだ。幸い廊下には生徒達の姿は無く、教師陣も対応に追われている為人気が無く、すこし奥まった場所へ行けば人目につかなかったので丁度良かった。

 

「失礼します」

 

 大座敷部屋に入ると既に静司以外は全員集合していた様だ。専用機持ちと教師陣が勢ぞろいしたその部屋には大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「遅いぞ。緊急と言った筈だ」

「申し訳ありません」

 

 謝罪しつつ空いていたシャルロットの隣に座ると千冬が説明を開始した。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働を行っていたアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代の軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】とアメリカ軍のイーグル型4機が制御化を離れ暴走。追撃機を撃墜及び振り切り監視空域から離脱した」

 

 千冬の語る内容に一夏の肩が震えたのが見えた。代表候補生達はこういった事態の訓練を積んでいるが、一夏はあくまで一般人だ。動揺するのも無理が無い。

 

「その後の追跡の結果、福音が時間にして五十分後ここから5キロ先を通過する事が分かった。この事態に対し、学園上層部からの通達により我々がこの事態に対処することになった。教員は付近の海域の封鎖を行う。その為に、専用機持ちにこの事態にあたって貰う。これは銀の福音と教員の使う量産型ISでは性能差が激しい為だ。ここまでで質問は?」

 

 手を挙げたのはシャルロットだ。彼女もまた、険しい顔をしている。

 

「暴走したのは銀の福音の他にも4機あると言いましたが、その4機については?」

「不明だ。この4機はどれだけ探しても見つかっていない。当然、この4機に対しても警戒しなければならない」

「それでも銀の福音を優先すると言う事は、その機体が相当危ない物だと言う事ですわね。目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「わかった。但しこれは最重要軍事機密だ。決して口外するな。情報漏えいがあった場合、この場に居る全員が査問委員会にかけられ最低でも二年間の監視が付けられる」

 

 全員が頷くのを確認するとディスプレイにデータが映る。銀の福音。広域殲滅を目的とした特殊射撃型IS。攻撃と機動に特化しており、最高速度は450キロを超える。格闘能力は未知数。

 明かされたデータを元に教師と専用機持ち達が相談を始める。しかし何分データが少なく、行き詰ってしまう。

 静司もまた、データを確認しながら考える。黒翼なら追いつくことは可能だ。後は広域殲滅武装をいかに掻い潜り敵を倒すか。この会議が終わり次第、何としてでも理由を付けて出撃するつもりでいた。何せこのISの特性を考えるなら、専用機を用いても接敵は一回が限界。ならばその一回に一撃必殺の攻撃を叩きこまなければならない。そしてそれが出来るのは――

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が行くのか!?」

 

 当然一夏しかない。静司としては何としてでも避けたい事だが、対案が黒翼しか無い以上、言える事は無い。そもそも学園に、それも男性操縦者にこの事態に当らせること事態、委員会や学園の本意ではない筈だ。しかし状況がそれを許さない。こうなれば自分が一夏達より早く、遅くとも一夏達に何かが起きる前に敵を落す必要がある。

 

「織斑、これは訓練では無い。実戦だ。もし覚悟が無いのなら、無理強いはしない」

 

 一夏は慌てた様だったが、千冬の言葉で覚悟を決めたのだろう。その眼に闘志が宿る。

 

「やります。俺にやらせてください」

「よし、それでは具体的な内容に入る。意見がある者は直ぐに伝えてほしい。川村、お前もだ」

「了解しました」

 

 どうやら千冬はその為に静司を呼んだらしい。静司は専用機こそ表向きは(・・・・)無い事になっているが、実力はある。それを買っての事だろう。

 

「この中で最高速度を出せる機体は誰だ?」

「それなら私のブルー・ディアーズが。強襲用高機動パッケージ《ストライク・ガンナー》が届いております。これには超高感度ハイパーセンサーもあります」

 

 パッケージ。つまるところ、ISの換装装備の事だ。

 

「超音速下の戦闘訓練は?」

 

「20時間ですわ」

 

 セシリアの回答に皆が頷く。これ以上の適任は無いだろう。

 

「よしならばオルコットが織斑をポイントまで連れて行き、織斑の《零落白夜》で目標を落とす。福音に関してはそれで良い。後はイーグル型だが――」

「ちょーと待ったーーーーーーー!」

 

 突然声がしたかと思うと天井の板が外れそこから束が顔を出した。

 

「ちーちゃん! そんなのよりももっといい作戦がここにあるんだよ!」

「出ていけ。山田先生、室外へ強制退去を」

「は、はい!」

 

 真耶が慌てて束を捕まえようとするが、するりとそれをかわすと束は千冬に詰め寄った。

 

「ここはね、断・然! 紅椿の出番なんだよ! なんて言ったって、紅椿の展開装甲ならパッケージなんてなくても超高速起動ができるんだからね!」

 

 ハイテンションで騒ぎながら束が空中ディプレイを幾重にも呼び出す。

 

「紅椿はね、展開装甲って言う第四世代のISの装備なんだよ!」

 

 ざわっ、と室内に動揺が走る。それもその筈だ。現在世界では第三世代の試験一号機が出来た段階なのだ。それなのにそれを無視した第四世代の登場。これは異常だ(・・・・・・)

 

「白式にも一部使ってたんだけどねー! それを紅椿には全身に組み込んじゃいました! これで最大稼働時にはスペックデータは倍プッシュ! これぞ、第四世代型の目的である、即時万能対応機って奴だね。私がもう作っちゃったよ。ぶぃぶぃ」

 

 束は笑いながら言うが、周りはそれどころでは無い。誰もがこの事実に唖然と、そして呆れていた。第三世代型はそれこそ、多くの科学者達、そしてテストパイロット達が努力と研究を重ねて開発を続けている。この場にいる専用機持ちだってそうだ。セシリア、鈴、ラウラの機体は第三世代。最新鋭にして、更なる発展を目指す為の試験機に近い。彼女達もその搭乗者となった事に誇りを持っている。

 しかしそう言った努力も想いも、天才の行動一つで無意味になってしまう。これほど馬鹿な事は無い。

 気まずい沈黙の中、束は何故周りがそんな顔をするのか分からないのか首を傾げている。それを打ち破るべく千冬が声を上げる。

 

「全員、集中しろ。紅椿のデータは分かった。確かにこれなら作戦は可能だ。束、調整にはどれくらいかかる?」

「お、織斑先生!?」

 

 驚いたのはセシリアだ。状況からして自分が参加するものだと思っていたのだ。

 

「オルコット。パッケージの量子変換(インストール)はしているのか?」

「い、いえそれはまだ……」

 

 痛いところを突かれセシリアが勢いを失う。それを横目に束はピースを作る。

 

「因みに紅椿なら7分もあれば余裕だね♪」

「よしならば白式と紅椿の二機で――」

「待ってください」

 

 千冬の声を遮ったのは静司だ。彼の手は束の行動に、そしてその行動故に起きる事に怒りを覚え強く握りしめられている。だが、あくまでも冷静さを失わない様に自分に言い聞かせながら口を開く。

 

「俺は反対です。この件はオルコットに任せるべきだと思います」

「んー何言ってるんかな君は。ちーちゃんが決めたのだからもう――」

「川村、理由を述べてみろ」

「ちーちゃん!?」

 

 千冬は先を促し束が声を上げるがそれを無視した。

 

「理由は二つ。一つはイーグル型の存在。もう一つは搭乗者の問題です」

「なんだと!?」

 

 静司の言葉に箒が反応する。しかし静司は気にせずに続けた。

 

「イーグル型は補足できていないという話ですが仮に銀の福音と行動を共にしていた場合、織斑と篠ノ之二人では危険があります」

「そんなの私と箒ちゃんの紅椿があれば楽勝で――」

「性能差があろうとも、数の差は戦況に大きく作用します。それは織斑先生もわかる筈です」

 

 忌々しげに束が静司を睨む。

 

「そしてもう一つ問題は篠ノ之自身です。篠ノ之、お前は高速機動の訓練を受けた事があるのか?」

「そ、それは無い。しかしそれ位――」

「代表候補生のオルコットでさえ20時間も訓練を積んでいるんだ。今日受け取ったばかりのISでの高速機動の実戦はとてもじゃないが賛同できません」

「しかし一夏だって高速機動は初めての筈だ!」

「だからこそ経験者と組ませるべきだ。一夏が作戦から外せない以上な」

「私では力不足だと言いたいのか!」

「言い方は悪いがそういう事になる」

「川村、貴様!」

 

 激昂した箒が立ち上がるが、それを千冬が止めた。

 

「落ち着け篠ノ之。川村、ならばお前の案を言ってみろ」

「オルコットと一夏が銀の福音に対処。援護及びイーグル型に対する警戒として、篠ノ之ともう一人がついていく。残ったメンバーが旅館に待機。イーグル型の補足を待つ」

「しかしそれではイーグル型が現れた時、追いつけるものがこちらに居ないぞ」

「確かにその通りです。しかし銀の福音側に現れた時の事を考えるとそちらの対処に回す機体があった方が良いかと。学園上層部もイーグル型より福音を警戒しています。もし福音が暴走状態で市街に突入した場合、被害は計り知れません」

 

 本来ならそもそも一夏達に出撃などさせたくない。しかし今すぐここを出れない状態の今、福音に先に接敵するのは一夏達だ。その危険を少しでも減らしたい。その為の提案だ。箒には恨まれるかもしれないが、譲る気は無い。

 

「オルコット。量子変換にはどれくらいかかるんだ?」

「武装を通常のままで、機動性のみに限定すれば最速で15分で出来ますわ」

 

 細かい作戦の打ち合わせを含めれば時間としてはギリギリだろう。しかし出来ない時間ではない。

 

「確かに一理ある。命令も福音を優先的に対処するようにとの事だが……」

「ちーちゃん! そんなの大丈夫だよ。私の紅椿なら問題ナッシングだから余計な機体は要らないよ」

「機体の性能だけでは不安材料が残ります。織斑先生」

 

 静司と束が睨み合う。束の眼には不愉快さが。静司は一見、無表情に見えるがその胸の内はいつ爆発してもおかしくない程燃え上がっていた。

 

「君さぁ、私の方がISに詳しいんだよ。うだうだ五月蠅いよ」

「篠ノ之博士こそ数値だけで考えすぎだ。経験に勝る者は無い」

 

 ぴりぴりとした空気が室内に充満する。そんな中、シャルロットが手を挙げた。

 

「織斑先生。僕も静司に賛成です」

 

 きっ、と箒がシャルロットを睨む。しかし彼女も揺るがずに真っ直ぐに見返した。

 

「イーグル型の不安はありますが、銀の福音の危険度が高い以上、そちらに戦力を割くべくです。そして福音に対処するのはやはり経験のあるセシリアとコンビを組むのが良いと思います」

 

 シャルロットの意見に何人かが頷く。しかし教師の一人が口を開いた。

 

「しかし篠ノ之博士は誰もが認める稀代の天才です。その博士が作った最新鋭の機体なら問題ないのでは?」

「確かに。それにスペックデータを見る限り、イーグル型の乱入があってもこれならば……」

 

 教師陣の何人かが束に賛成をする。しかしそれはどこか、束の機嫌を損ねたくないという感情が見え隠れしていた。

 束か静司か。意見が割れ、室内が騒がしくなる。千冬も目を瞑り考え込んでいたが、やがて眼を開くと宣言した。

 

「――今回の件は先の通り織斑と篠ノ之が対処するものとする」

「ちーちゃん!」

「……」

 

 束が喜び、箒もまたその顔が緩む。一方静司は何も言わずその千冬の出した答えを聞いていた。

 

「但し、作戦にはオルコットとボーデヴィッヒが同行しろ」

「ちーちゃん!?」

「黙れ。これは決定だ。こちらからも指揮はとるが緊急時はボーデヴィッヒ、お前が指揮を取れ。オルコット、今すぐ量子変換を開始しろ」

『はい!』

 

 作戦が決定し千冬が指示を飛ばしていく。急に騒がしくなった室内、そこで束は静司を不愉快そうに睨み口を開いた。

 

「私のISにも箒ちゃんにも力がある。けど君には無い。それを見せてあげる」

「……」

 

 静司は無言。それを気にもせず束は箒の元へ歩いていった。一人残された静司。その手はきつく握りしめられ震えていた。それは千冬の決定か、束の言葉ゆえか。

 一見双方の意見を合わせた妥協案の様に思えるが、結局のところ、天才のという名の友人の意見を優先したに過ぎない。なぜなら4機で出るのなら、それこそセシリアと一夏を組ませればいいからだ。なのにわざわざ箒と組ませた。おそらく友人の意見を尊重したのかもしれない。しかしこれは実戦なのだ。そういう感情は不要。そのことは彼女自身も知っているはずだ。

 そして束。身勝手天災。第四世代という爆弾をIS学園に持ち込んだ張本人。これにより学園の危険度はさらに増した。どこまでも身勝手なその行動に静司は一人憤りを感じていた。

 そんな中。ふと右手が急に暖かい手で包まれた。

 

「静司、血が出てる」

 

 シャルロットは一本一本、解くように静司の握りしめられた静司の指を開くとそこにハンカチを巻いていく。

 

「……すまない」

「ううん。それよりも大丈夫?……って言っても静司は大丈夫って言うよね」

 

 ふふ、と安心させるような笑顔で笑いかけられる。

 

「静司が何でそんなに怒っているのか。僕はその本当の理由は分からない。だけど静司が何かに苦しんでいるなら僕はその助けになりたいと思う。それは忘れないで」

 

 彼女は何も知らない。静司の事情も。その素性も。しかしそれでもこうやって笑いかけてくれる。そんな姿が静司に冷静さを取り戻させる。そうだ、自分は一夏だけでなく、彼女達も守らなければならない。ならば冷静でなければならない。

 

「そうだな。もう、本当に大丈夫だ。それより一夏の元へ行ってやろう。アイツも緊張しているし、アドバイスできることはしてやった方が良い」

「うん、そうだね」

 

 二人は頷きあうと一夏の元へ向かった。

 

 

 

 

 十一時半。作戦時刻。7月の容赦ない陽光が降り注ぐ中、一夏の白式と箒の紅椿がその準備を終え、ビーチに鎮座している。その後方では《ストライク・ガンナー》を装備したブルー・ティアーズとラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが待機している。

 4人は作戦開始前の最終確認を行っているが、どこか浮ついた雰囲気の箒に一夏は不安を持っていた。

 

「ラウラ」

『む、静司か。どうした?』

 

 待機中のラウラにプライベートチャンネルで通信をいれる。

 

「篠ノ之はどこか浮ついている。もしもの時は頼む」

『――成程。確かに妙に自信を持った新兵と同じような雰囲気を感じる。了解した』

「悪いな。だがこの中で軍人であるお前が一番状況判断が出来ると思ってな。一夏達を頼む」

『お前に褒められるのは悪い気がしないな。任せておけ』

 

 ラウラの返答に満足すると静司は通信を切り一夏達に眼を向ける。どうやらあちらも箒の様子を心配している様だった。しかしこれ以上ここで静司に出来る事は無い。後は隙を見つけて直ぐに黒翼で追いかけるのみだ。

 

「では作戦開始!」

 

 千冬の命令に従い4機のISが出撃していく。既に教師陣は出発しており空域封鎖も行っている。後は実際に当たるのみ。ポイントまでの距離は5キロ。あの速度なら直ぐにでも到達するだろう。後は敵を落すのみ。

 残った誰もが緊張した様子でディスプレイを見つめる中、静司が部屋を抜け出そうとした時だった。

 

「れ、レーダーに反応! これは……イーグル型です!」

「何っ!?」

 

 突然の報告に室内が騒然となる。静司もまた、その足を止めた。

 

「補足した数は3機! これは……そんな、まさか!?」

「報告は明確にしろ! イーグル型はどこに現れた!?」

 

 千冬の怒声に、レーダーを確認していた教師が身を竦めながらも震える声で叫んだ。

 

「ふ、福音とは真逆の北で距離は4キロ! 3機ともこちらに向かってきています!」

 

 悲鳴の様なその報告に誰もが声を失う。だが真っ先に立ち直った千冬が即座に命令を飛ばす。

 

「山田先生を呼び戻せ! 担当空域は一番近い! 戦えるものはISに搭乗しろ! 何としてでも生徒達を守れ! 全員迎撃態勢!」

 


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