IS~codename blade nine~   作:きりみや

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25.困惑の戦場

『黒い翼のIS』

 

 それは一部では有名な話である。所属、正体等は一切不明。その目的も不明ながら、そのISが目撃された近くでは大抵大規模戦闘の爪痕が残っている。ある場所ではありとあらゆる兵器が破壊され、ある場所では施設を中心とした広大な範囲が瓦礫の山と化した。しかしそれほどの戦闘を行っていても『黒い翼のIS』の情報は圧倒的に少ない。そうそう頻繁に現れる訳では無い事。そして現れたとしても圧倒的なスピードと何らかの兵器によって戦場が終焉を迎えてしまう事。故に襲われた側も実態を把握する前に敗北してしまう。衛星などの監視にもかからない為、そのISの行動が把握できないのだ。

 正体不明の謎のIS。しかしそのISにここ最近動きがあった。それはIS学園での事。五月のクラス別トーナメントの際に突然乱入した謎のテロリスト(・・・・・・・)の機体3機。そのうち2機を破壊したのがまさにその『黒い翼のIS』だったからだ。公式には記録は残っていないが、そのISは学園を監視する幾つもの組織が目撃している。そしてその戦闘の様子を初めて確認できたとも言える。圧倒的な力で敵の機体を撃墜したそのISに大きな関心が持たれた。

 しかしそれ以降、『黒い翼のIS』姿を現していない。だがその奇妙にして異質なISは様々な組織の関心の的であった。それは場合によっては男性操縦者よりも。もしそのISが目の前に現れれば、それらの組織はこぞって拿捕に向かうだろう。それだけの価値があると思われているからだ。

 

「と、言う事で彼はどうするのかしらねえ」

 

 IS学園の泊まる旅館から離れた山の中。C5達が居た場所とはまた別方向のそこでカテーナが呑気に呟いた。彼女の恰好は何時もの研究服姿。但し頭に麦わら帽子を被り、ハンモックに寝転がりながら双眼鏡を覗いている。

 

「学園内ならまだしもここは外ですからね。立ち入り禁止と言ってもそれは建前。ありとあらゆる組織が監視しているでしょう。その中でその姿を晒すのは自らの首を絞めるようなものです」

 

 カテーナの隣でシェーリが無表情で応答する。彼女はこの暑さの中でもスーツを着用。それなのに汗一つかいていない。

 

「そう。だけど中々面白い展開になってきたわねえ。米軍のイーグル型、確か【シャープ・イーグル】だったかしら? あの機体にあそこまでのステルス性能なんてあったかしら?」

「私の知る限りありません」

「そう。なら何らかの改造を受けている可能性が高い。それは米軍が行ったのか、それとも他の誰か(・・・・・・・・)か。ねえ、あなたはどう思う?」

 

 カテーナが視線を向けた先。そこには淡く光る金属の球体が機械に繋がれた状態でハンモックに吊るされていた。その球体はカテーナが話しかけても何も反応しない。しかしカテーナは気にせず続ける。

 

「あそこにあなたの姉妹達がやってくるわ。それも暴走した状態で。一体誰がそんなことしたのかしらねえ」

 

 球体に反応は無い。

 

「ISのコアはブラックボックス化されている。開発者の博士以外解析は不能。だとすれば真っ先に該当するのは――あなただってわかるでしょう?」

 

 球体は何も答えない。しかしその淡い光が一瞬淀んだ。その様子にカテーナは口を綻ばせる。

 

「何で暴走なんてさせたのかしらねえ。そして暴走した彼女達はこの後どうなるのかしら? あなたみたいに捨てられるのかしら?」

 

『それが、ははの、のぞみ、なら』

 

 今まで沈黙を保っていたその球体――無人機のコアが初めて明確な反応をした。繋がれた機械のディスプレイに文字が打ちこまれていく。

 

「ふふ、初めて返事をしてくれたわねえ。今までずっと反応無しだったのに。何故だかわかる? それはね、あなたは動揺しているからよ」

 

『そんな、かんじょうは、ない』

 

「あら? それはあなたの母親の言葉を否定する事になるわよ? ISには自我があると言うのは博士も認めた事なのだから」

 

『わたしは、どうようなど』

 

「頑固ねえ。まあいいわ。ここで一緒に見物しましょう? 誰が何を考えてどんな行動を起こすのか。きっと面白い事になるわ」

 

『……』

 

 再びコアが黙る。カテーナはそれを気にすることなく、学園生が宿泊している旅館に眼を向ける。その少し先には高速で飛行してくる3機のISの姿。そのIS達は両腕のミサイルポッドを旅館へ向けると一斉に発射した。

 一機に付き二発のミサイル。その鋼鉄の兵器が旅館に迫る。しかしそのミサイルはターゲットである旅館から発射された銃弾で全て破壊された。次いでその爆炎を切り裂くように赤みの掛かった黒いISと量産型の打鉄がイーグル型に向かい飛び出して行く。鈴と静司だ。

 

「打鉄。正体を隠す事を選んだか。状況からして仕方ないとはいえその選択が正しかったのかしら。あのイーグル型はあなたが思っている以上に厄介そうよ、川村静司君」

 

 楽しそうに、歌うように声を紡ぐ。

 

「今の生活を大切に思ったか、あのISの秘匿を重視したか。けどもしその量産型で敗北したら、君はどんな顔をするのかしらねえ」

 

 この状況は彼女も予想はしていない。しかしもし仕掛けたのが予想通りの人物なら、きっと面白い事になる。カテーナは好奇心に満ちた顔でその戦闘を眺めるのだった。

 

 

 

 

 宙に躍り出た鈴の甲龍と静司の打鉄。二機は勢いをそのままにイーグル型へ迫る。鈴は大型青竜刀《双天牙月》を。静司は打鉄のブレードを振りかぶり叩きこんだ。しかし攻撃を受けた二機は即座に減速、反転を行い二人の攻撃を回避する。

 

「ちっ! すばっしこい奴ね!」

「凰! 来るぞ!」

「僕に任せて!」

 

 最後の一機が鈴に再びミサイルを発射する。しかしそれは静司達の後から宙に上がったシャルロットの、ラファール・リヴァイヴカスタムⅡのアサルトライフルで撃ち落とされた。

 ミサイルを撃ち落としたシャルロットは静司と鈴の近くで滞空する。そこに更にもう一機のラファールが続く。

 

「三人とも無事ですね」

 

 それはIS学園数学教師である田村和子。彼女はその担当科目からも分かる通り、ISの操縦がそれほど上手いとは言えない。しかしそれはあくまで学園レベルの話。通常の操作自体は当然ながら可能だ。他の教師たちは海域封鎖に出ている今、専用機持ちと静司を除いた戦力が彼女だった。

 IS学園の保有するISは専用機を除けば30機程。そのうちの10機が今回の臨海学校でこちらに来ている。そして10機の内の7機は海域封鎖に出張っている為、実質今動かせるの3機しかない。封鎖に7機も必要だったのは、銀の福音の移動スピードが尋常では無い為、広域を封鎖しなければならなかったからだ。そして学園の教師と言えど、その実力には差がある。千冬や真耶の他にもIS専門の教師は居るが、全員が臨海学校に来ているわけでは無い。中には通常授業の教師も当然いる。それらまでも投入して今回の作戦は行われているのだ。そして現場に残っている教師で戦闘行動ができるほどのIS操縦者が彼女だった。

 

『山田先生の到着まで7分だ。一夏達も敵機と接触した為こちらには来れない。各自、無理な撃墜は考えなくて良い。旅館と自分の防衛優先しろ!』

 

 千冬からの通信が入る。本来なら彼女こそ出撃するのがベストだ。しかし2箇所で戦闘が起きている今、指令を飛ばす人物が必要。そしてそう言った経験に最も適しているのもまた千冬なのだ。

 

「こっちは専用機2機に量産型2機。相手は第二世代とはいえ軍用ISね。ならここは」

『そうだ。凰とデュノアが一機ずつ当たれ。川村と田村先生は残りの一機を』

「了解!」

 

 再びイーグル型が迫る。散開し攻撃態勢に入った三機に、静司達も武器を構え応戦する。

 静司と田村に迫ったのは先程ミサイルを放ったIS。そのISは残りのミサイルを一斉に静司達に向け吐き出した。

 

「させません!」

 

 若干緊張した様子の田村が高速で回避しつつそれをライフルで撃ち落としていく。その隙に静司は攻撃後に硬直していた敵ISへ迫るが、空になったミサイルポッドを投げ捨てると敵ISはブレードを呼び出し静司の打鉄へ斬りかかる。

 

「邪魔だ!」

 

 打鉄の大型ブレードとイーグル型のブレードが激突し、鈍い金属音と震動が響き渡る。しかし敵は軍用IS。その出力は打鉄に勝る。静司の打鉄が押しこまれていく。だがそれは予想の範疇。

 

「ここです!」

 

 田村のラファールがアサルトライフルの銃弾を敵ISへ放つ。だがそれも敵ISは無理やり静司を弾き飛ばすと紙一重で回避した。しかし弾き飛ばされた静司も唯では終わらない。

 

「弾けろクソ鷲」

 

 三つの手榴弾が放られる。イーグル型の逃げ道を読んだ静司のその一手は敵機の目前で爆ぜた。三回に渡る爆発音。その衝撃を物理シールドで防ぎつつ静司と田村は距離を取る。

 

「やりましたか……?」

「あの爆発で唯では済まない筈ですが――っ!?」

 

 炎と煙に包まれる敵IS。その炎の中に光が灯る。続いて感じた怖気に静司は田村を蹴り飛ばし自らも横に飛んだ。そしてその二人の間を青い熱線が通り抜けていく。

 

「光学兵器!? そんなのデータには――」

「先生、逃げろ!」

 

 静司の叫びと敵ISの行動はほぼ同時。炎の中から飛び出してきたイーグル型が田村へ襲い掛かる。田村も慌てながらも応戦すべくライフルを構えるが、

 

「なっ!?」

 

 上に下に左に右に。イーグル型は通常ではありえない程の高速直角機動で田村に迫っていく。ハイパーセンサーでも見きれないその動きに田村の顔が恐怖に歪む。それでも引き金を引いたのは教師としての矜持か、それとも恐怖に駆られての行動か。しかしその応戦も空しく弾丸は空を切り、田村のラファールはイーグル型のブレードによって切り裂かれた。

 

「きゃああああああああああああ!?」

 

 悲鳴を上げ墜落していくラファール。そこに追い打ちをかけるべく銃口を向けるイーグル型だが、その行動は三度迫った静司のブレードによって遮られた。

 

「この野郎っ!」

 

 全力で打ちこんだその斬撃も止められる。そしてそのイーグル型の胸部が開き、そこに青い光が灯った。先ほどの光学兵器だ。

 

「ちぃっ!」

 

 無理やり体を捻りつつ物理シールドを前面に展開。落下するように打鉄を動かし敵の正面から離脱する。その横を青い光線が突き抜けていく。

 

『川村!』

「田村先生は撃墜! 機体は中破だが意識がありません! 行動可能な人は救助を!」

 

 回避の動きをそのままに地面に着地した静司は撃墜された田村を一瞥すると千冬に連絡する。その返事を待たぬまま再び飛翔するとイーグル型と向き合う。

 

(失敗した……!)

 

 やはり黒翼で出るべきだった。襲撃時、あのまま部屋の外に出ていればどさくさに紛れて黒翼を使用出来たかもしれない。しかしあの時あの場に居た以上、静司が参戦しないのは不自然だった。静司は一夏と違い企業に所属している事になっている。それは代表候補生程では無いにしても、その行動にはある程度制約がつく事を意味する。それはこういった緊急時の協力要請を断りづらい事。断る事が出来ても、それはIS委員会やその他の組織への悪印象しか与えない。無論、その緊急時の状況にもよるので一概には言えないが、今回の場合は間違いなくそうだった。それでも実力が伴わなければ槍玉には上げられにくいが、静司は模擬戦では敗北したとは言え、専用機持ち相手に奮闘したという記録が残っている。その為、この緊急時においては協力する事は周りから見ても当然と言えた。

 それにここで下手に黒翼を使えば正体がばれる可能性もある。度々我を忘れて使いかけた事のある静司だが、流石にそれが本来不味い事くらい理解している。逆に言えば、そんな考えすら忘れる程怒りに飲まれていた事でもあるのだが。

 悩んだのは一瞬。結局は静司は打鉄で出る事を選んだ。それはこれらの理由の他に、通常の軍用IS相手なら制圧できる自信があったからとも言える。しかしここで誤算起きた。敵のイーグル型。そのスペックが異常に上がっているのだ。

 

「もう! 何なのよコイツら!?」

「データに無い武器といい異常なスペックといい、これは第三世代にも劣らないね……」

 

 鈴とシャルロットも予想外の事態に困惑を隠しきれない。二人の顔には冷や汗が浮かんでいる。

 戦闘が始まってまだ3分も経っていない。しかしその間に一機落とされたのにも関わらず、相手は無傷。先ほど静司の手榴弾を喰らった機体ですらだ。慢心していた訳では無い。全員自分の力を把握し、相手のデータも把握した故の自信があった。しかしそれも『異常』という二文字で全てが叩き壊されてしまった。

 

『全機に告げる。織斑たちは既に戦闘に入ったが、そこにもイーグル型が現れた。ボーデヴィッヒとオルコットが応戦中だが、直ぐにこちらの援護にはこれん。山田先生の到着までも4分超かかる。これ以上戦力が減るのは避けたい』

「そうは言っても……。そもそも何でアイツらはIS学園を狙ってるのよ」

「それにあの異常なスペック。明らかに改造されてるね。けど誰が……」

 

 当然の疑問。その答えに応えられる者は居ない。

 

『旅館の防衛が最優先だ。山田先生の到着までは三機とも互いに連携して近づく敵だけに対処しろ。深追いはするな』

『了解』

 

 三機が互いを援護するように位置を変える。量産機ながらも防御に優れた静司が前に。中距離での衝撃砲と近距離での青竜刀がある鈴が後ろに。オールレンジのシャルロットが遊撃としてその上に位置する。

 敵機と睨み合う中、静司はひそかにC1達に通信を繋げた。

 

「そちらの状況は?」

『敵ISを分析中だが、少なくともアメリカ軍のカスタム機であんな機体は存在しない事は確かだ。考えられるのはあの機体が二次以降(セカンド・シフト)をしたか。もしくは全く別の誰かによって改造されたか』

「……そういう事か」

『B9。熱くなるなよ。お前の隣にも、そして旅館にも大切な友人が居るんだろ。そいつらを守りたいと思うなら冷静であれ』

「わかっている。他のbladeナンバー(IS操縦者)は?」

『まだ任務中だ。この件はお前が当たるしかない』

「援軍は望めずか。了解した」

「静司、来るよ!」

 

 シャルロットの声。敵機が散開し静司達を囲む様に動き始める。その囲みから抜け出しつつ、三人は牽制を放つがそれらはやはり当たらない。しかし構わない。肝心なのは真耶が来るまで時間を稼ぐこと。そして真耶が到着次第、再び攻勢に出る。

 得体のしれない敵機を相手に、静司達の戦いは続く。

 

 

 

 

 そしてその戦闘を眺める人物がもう一人、ここに居た。

 

「ふふふーん、いい感じだね。流石私!」

 

 ウサミミを付け青と白のワンピースを着た女―――束だ。彼女が見つめる先には空中投影ディスプレイが浮かび、その中では静司達の苦戦の様子が映し出されている。

 

「折角の専用機を減らしたのは誰のせいかな? ふっふっふ。しっかり反省するといいいね」

 

 上機嫌で笑いながらもう一つのディスプレイを見やる。そこでは一夏達の姿映し出されている。

 

「さて、いっくんと箒ちゃんも頑張ってね。折角だから華々しいデビューを飾っちゃおう!」

 

 静司達に向けるものとは違う、喜びと期待に満ちた表情で束が笑う。その視線の先では一夏が福音に斬りかかっていく光景が映っている。

 様々な想いを含んで戦場は展開していく。

 

 

 

 

 静司達がイーグル型と交戦を開始した頃。一夏達もまた、銀の福音を落とすべく空を駆けていた。福音との接触ポイントまで距離は五キロ。しかし箒の紅椿はその距離を瞬く間に詰めていく。その少し後ろには高機動パッケージを装備したセシリアと、それに捕まるラウラの姿がある。セシリアの高機動パッケージ《ストライク・ガンナー》であるが、時間を優先したため、実は完全には量子変換(インストール)されていない。本来ならいつも持つ《スターライトmkⅢ》でなく、さらに大型のライフルがあるのだが、そちらは量子変換していない。その分の時間を打ち合わせに割いたのだ。

 

「箒! セシリア達と距離が離れている!」

「だが遅れてしまっては福音を逃す! このまま行く!」

 

 自信に満ちた声で箒が答える。しかし一夏にはその自信が危うい物に感じて仕方なかった。

 

「箒。少し冷静に――」

「見えたぞ、一夏!」

 

 一夏の言葉は箒の声に遮られた。同時にハイパーセンサーが目標を映し出す。

 その名の通り全身を銀で染めた全身装甲のIS。何よりも目立つのはその頭部から生えた巨大な翼。出撃前のデータによると、大型スラスターと広範囲射撃を融合させた新型システムとあった。だが現物を見ると一夏の脳裏に別のISの姿が過る。

 

(似てる……?)

 

 かつて、自分たちを救った謎の黒いIS。あれも同じように翼を生やし、その翼から攻撃を放っていた。何か関係があるのだろうか?

 

「何を呆けている一夏! 行くぞ!」

「お、おう!」

 

 そうだ。今は敵を倒すことだけを考えるべきだろう。ハイパーセンサーを確認するとセシリア達も多少遅れながらもついてきている。大丈夫だ、行ける。

 

「接触まで十秒! いいな、一夏!」

「おうっ!」

 

 紅椿が前方に飛ぶ福音に追いつかんと更に加速する。その速度に驚きながらも一夏も《零落白夜》を発動すべく準備をしていく。チャンスは一瞬。一定の距離まで詰めた所で瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に斬りこまなければならない。近づいてくるその瞬間に一夏の緊張感が増していく。そして、

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 射程距離に入るが同時、《零落白夜》を発動。紅椿の装甲を蹴りつつ瞬時加速を行い、その距離をゼロへと詰めるべく空を駆ける。

 だが、

 

 眼と鼻の先に居る福音。それが突然最高速度はそのままに反転。その眼が光る。

 

(くっ!? だけど、押し切る――!)

 

 もはや後退できるような距離では無い。振りかぶった《零落白夜》の光の刃を福音に向けて振り下ろす。

 

「敵機確認。迎撃開始。《銀の鐘(シルバーベル)》起動」

「!?」

 

 オープンチャネルから無機質な機械音声が届く。福音がその体をくるん、と回転させ《零落白夜》のエネルギー刃を紙一重で躱した。

 一夏の福音。その影が一瞬交差する。そしてその一瞬の間に向けられた福音の翼から光が放たれた。

 

「このっ……!」

 

 福音が光を放つ直前。言い知れない不安感に駆られた一夏が強引な方向転換でその光弾を回避すべく機動を取る。しかし広範囲にわたって放たれた福音の武装《銀の鐘》はその回避を完全には許さない。数発の光弾白式に直撃。シールドエネルギーが減らされていく。

 

「一夏!」

「大丈夫だ! 箒、援護を!」

「了解!」

 

 専用機という存在。そして日々の訓練を実力者達と共に行う一夏は、同学園の一般生徒に比べ実力を付けつつある。そしてその経験があったからこそ、今の攻撃も直撃を避けることが出来た。しかし福音の動きは一夏の想像を遥かに超えている。高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)。データでは確認していたし、別にそれを持つのが福音だけという訳では無い。しかし福音のそれは一夏達を翻弄するには十分すぎるほどの性能があった。

 

「一夏さん、こちらからも――」

「っ! 上だ、セシリア!」

 

 追いついてきたセシリアも援護に加わろうとする。しかしそれをラウラの声が遮った。ぎょっ、としてセシリアが見上げた先。遥か上空から急降下してくる一機のISの姿がそこにあった。

 

「イーグル型!?」

「ちぃっ!」

 

 セシリアのブルー・ティアーズに乗っていたラウラがシュヴァルツェア・レーゲンの大型レールガンをイーグル型へ放つ。

 

『!!』

 

 イーグル型の眼が光り、その砲弾を紙一重で回避するとお返しとばかりにミサイルを放つ。セシリアが機体の機動を変え、大きく旋回するような動きで回避を行い、更にラウラがそのミサイルを撃ち落とす。

 

「こんな時に!」

「愚痴は後だ。 それよりコイツを一夏達に近づけさせるな!」

「くっ、分かっていますわ!」

 

 イーグル型は元々全身装甲とまではいかないにしても、搭乗者の体のほとんどを装甲で覆っている。そしてその各所には姿勢制御スラスターが取り付けられ、顔の部分も大きなバイザーに覆われている為、搭乗者の顔は分からない。その不気味さ。二対一ながらも福音に苦戦する一夏達の姿。セシリアの顔に焦りが浮かぶが、ラウラが喝を入れる。

 

「一夏! あまり時間は無いぞ!」

「分かってる! 箒は左を、俺が右から攻める!」

 

 近づいては躱され、攻撃を受けては危なげに回避する。それを繰り返す一夏と箒の顔にも焦りが浮かんでいく。そんな二人に容赦のない福音の連射攻撃が撃ちこまれていく。

 

「このっ、鬱陶しい奴め!」

 

 一夏との左右からの同時攻撃。それすらも容易く躱されると箒の顔に激昂が浮かぶ。折角手に入れた超高性能専用機。一夏達と同じ舞台。それなのに思い通りに行かない事態に苛立ちが増していく。その苛立ちに突き動かされるように、両手に持つ武装《雨月》と《空裂》を構え直し、叫ぶ。

 

「これでは埒が明かない! 一夏、私が動きを止める! お前は隙を突け!」

「了解だ!」

 

 箒の紅椿が銀の福音に突撃を仕掛ける。《雨月》の突きを連続で繰り出すと、その周囲に赤色の光が展開。それが光の弾丸となって福音を襲う。

 

「まだまだぁ!」

 

 更に振るうは《空裂》の連撃。そのひと振りごとに展開される帯状の攻性エネルギー派が放たれる。

 点と面。怒涛と言えるその連続攻撃に福音も回避を優先した動きを取った。それを第四世代と言うアベレージを持った箒の紅椿が追撃していく。複雑な機動。急激な加速と方向転換。それらに全て追従し、敵の進行方向に《空裂》を放ち、回避した所で《雨月》を撃つ。

 

 

 

 

「やれる……っ! この紅椿の力なら!」

 

 刀を振るう。相手は避ける。それを更に追い詰めていく自分のその力に箒は先程の苛立ちも余所に昂揚感に包まれていく。この力なら代表候補生にも負けない。専用機がなんだ。自分だって手に入れた。

 箒が紅椿を手に入れた経緯。それは自分の無力さに絶望したからとも言える。しかしそのその根本にあるのはもっと人間らしく、しかし聞くものが聞いたら怒る様な理由。

 

――強くなければ、一夏の傍に居れない。

 

 自分の心を寄せる幼馴染。その周りには実力者が集まっている。セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ。そして静司。静司に関しては少々微妙ではあるが、他の生徒より……少なくとも箒よりは強い。そしてセシリアと鈴。最近になってはラウラまでもが一夏に好意を寄せている。その一夏本人もここ最近で目まぐるしい成長を遂げている。それを感じる度。一夏達が戦っている姿を見る度に思ったのだ。何故、私はあそこに居ないのかと。一夏の隣は私の物だった筈だと。

 鍛錬は怠っていない。だがそれでも自分は追いつけない。そんな現実に絶望し、そして焦った。一刻も早く、あの場に行かなければ一夏を取られてしまうと。

 そして悩んだ末、姉を頼った。自分と一夏を引き離した原因を作った姉。世界最高と呼ばれる頭脳を持つ、天災(・・)。その姉は専用機が欲しい事を伝えると、まるで分かっていたかの様に応えた。『すぐに準備してあげる』と。いくらなんでもそんな事が可能なのかと思ったが、姉の言葉を信じてみることにした。正直に言えば嫌いな相手だ。自分の生活を壊した張本人だったのだから。しかし姉は本当に直ぐに準備した。本当に何もかも分かっている様に。

 そして受領した紅椿は非の付け所が無い最高の機体だった。それも第四世代。世界中で自分だけの最強、最高の機体。初めは不安だった。自分のIS適性はC。そんな身で扱えるのかと。

 しかし紅椿は箒が考えていた以上に(・・・・・・・・・・)思い通りに動く。その感動は凄まじく、箒は数年ぶりに姉に本気で感謝した。これなら少しは許してやってもいいかもしれない。

 そして今、その自分と紅椿が敵を追い詰めている。誰にも出来なかった事を自分が出来る。それが箒の動きを、思考を、加速させていく。

 

「これでぇぇぇぇぇ!」

 

――私は一夏と……っ!

 

 いつしか防御を始めた福音との間合いを一気に詰め、止めと言わんばかりの全力を振るう。もはや隙を作るどころでは無い。自分が倒さんとばかりにその攻撃が放たれる。

 

「La……♪」

「!?」

 

突然甲高いマシンボイスが福音から発せられる。くるり、と一番最初に一夏が攻撃を仕掛けた時と同じように。福音がその体を回転させ、箒の一撃を躱す。

 

「まずいっ!?」

 

 箒の放った攻撃。その先を見た一夏の顔が強張る。即座に白式の軌道を強引に変えると、瞬時加速を発動させる。

 

「え……?」

 

 その光景を箒は呆然と見ていた。箒の放った攻撃。第四世代ISの今出せる最高出力。その一撃が福音に躱された後、セシリアに向かっていく所を。

 丁度セシリアはその動きを止め、イーグル型にレーザーライフルを構えていた所だった。そのセシリアの顔が、自分に向かってくる友軍の攻撃に青ざめていく。全てがスロモーションに見えるその一瞬の世界の中、セシリアと箒の放った攻撃に間に白い影が入り込む。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

 雄たけびをあげ《零落白夜》を一夏が振るう。エネルギー無効化。その反則過ぎる能力を持ったその刃が、箒の攻撃を打ち消す……筈だった。一夏が瞬時加速を使わなければ。

 

「しまっ――」

 

 帯状の攻性エネルギー波。その半分程を消し去った時点で白式のエネルギー刃が、消えた。エネルギー切れだ。そしてそれは白式のシールドエネルギーも尽きた事を意味する。

 紅椿のハイパーセンサーが強張った一夏の顔を映す。そしてその顔が、エネルギー波の直撃による爆発に包まれた。

 

「一夏ぁぁぁぁぁ!?」

 

 自分は何をした? 何をしてしまった?

 

 目の前で起きた光景を信じられず。理解できず、否、理解したくない。それでも紅椿を急加速させその炎の中に突っ込んでいく。

 

「一夏、一夏ぁ!」

 

 手さぐりで白式を見つけるとその装甲を掴み再び飛び上がる。炎の中から抜けた白式はその装甲を中破させ、一夏本人も血を流していた。しかし《零落白夜》が大部分のエネルギーを削ったお蔭か意識は失っておらず、その顔を歪ませながらも箒を見つめる。

 

「一夏! よかっ――」

「箒、どうしちゃったんだ……?」

 

 びくっ、と箒の肩が震える。それは咎める訳でも無く、恨む訳でも無く、ただただ、疑問に満ちた目で見つめる幼馴染の顔を見てしまったから。

 

「なんでそんなに焦っているのか……俺にはわからない。だけど安易に力を手に入れて、その力に溺れて……仲間を傷つけかけるなんて、お前らしくないよ……」

「わ、私は……っ」

「箒……お前の強さは、そんなんじゃなかっただろ? 俺がカッコイイと思ったお前の姿は――」

 

 その言葉を言い切る前に一夏は箒を突き飛ばす。突然のその光景に箒が疑問の声を上げる間もなくその一夏に光の雨が降り注いだ。

 

「La……♪」

 

 福音のその巨大なウイングスラスター。その全ての砲門が開き、一夏に向け一斉射撃を行ったのだ。

 目の前で愛しい人が炎に包まれていく。二度目の光景。それに箒の心が崩れていく。

 

「あああああああああああっ!?」

 

 《雨月》を突く。《空裂》を振るう。しかし先ほどの様な光弾も、エネルギー波も出ない。そこでようやく箒は紅椿がエネルギー切れを起こしていた事に気づく。もはや自分には何も出来ない。ただ、目の前で崩れ落ちる一夏を見ている事しか出来ない。なんでもできると言う全能感から一気に突き落され、ただ泣き叫ぶ箒。福音はそんな箒にもその砲門を向けた。それが分かっていながらも箒は動けない。ただ絶望に満ちた目でその光景を眺めているしかなかった。

 

「La,La.La……?」

 

 その砲門から光が放たれると思われたその時、福音はその場から急上昇した。その足元を砲弾が通り過ぎていく。

 

「一夏さん! 箒さん!」

 

 一瞬の隙にセシリアが箒と落ちていく一夏の機体を掴みその場から離脱した。それを援護するようにラウラが肩の大型レールガンを連射していく。

 

「二人を連れて逃げろ、セシリア!」

「けど、ラウラさんが……!」

「私は殿(しんがり)だ。こいつらを引き付けてから、隙を見て離脱する!」

「そんな……っ!?」

「先ほど教官から連絡があった。旅館にもイーグル型が現れたらしいがそれ以降連絡が付かん。そちらに行け。ここでは私が上官だ。命令に従え」

 

 冷たくラウラが言い放つ。しかしそれはセシリア達を逃がす為の口実に過ぎない。勿論旅館も心配だが、切り札の一夏が撃墜され、箒も戦闘不能。敵は健在の今、これ以上の戦闘は避けるべきだだった。その為の判断。

 

「……わかりました。必ず帰ってきてくださいまし」

「ふ、当然だ」

 

 振り返らずに答えるラウラに頷くと、セシリアが全速力で戦場からから離脱した。

 

「さて……」

 

 ラウラの前方には、レールガンを警戒してかこちらを伺う福音。そしてセシリアと二人で半壊までは追い詰めたイーグル型。対してラウラのシュヴァルツェア・レーゲンも無傷という訳では無い。その装甲のあちこちに傷がついている。しかしラウラは笑った。

 

「アイツらを守ると、戦友(静司)とも約束したのでな。貴様らは足止めさせてもらおう」

 

 福音はそもそもこちらから仕掛けたのだが、追ってこない保証はない。イーグル型は明らかにこちらに敵意を持っている様に見える。ならば優先すべきはイーグル型。可能ならここで破壊する。

 

「来い、世界のトップと自惚れた国の哀れな鳥ども。ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長。このラウラ・ボーデヴィッヒがその翼をへし折ってやる!」

 

 戦いは続く。

 




原作では専用機を含めて学園の保有機体数が30機ほどとありましたが、わかりやすくするため専用機のぞいて30機にしました。一学年10機の計算。

箒の件は力に自惚れた代償として一番堪えるのはやっぱりフレンドリーファイアかなと思ったが故の展開です。別に箒が嫌いなわけじゃないです。
箒の心境もこうなんじゃないかな? と思って書いてます。

しかしラウラが輝いているなあ

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