IS~codename blade nine~ 作:きりみや
結果を言うなら一夏は敗北した。
しかし
そして続く第二試合。セシリア対静司が始まる。因みにセシリアが連戦で、第一試合を静司が見学できたのは機体性能と経験の差だ。
一夏とセシリアは高性能の専用機。しかし静司は訓練機である。無論、訓練機でも戦い方で専用機と互角に戦える。しかし、
「静司、頑張れよ!」
「あいよ」
頷きピットから出撃する。選んだのは打鉄だ。第二世代の量産型であり、安定した性能のガード型。武装は近接ブレードとアサルトライフルを選択。更に保険でIS用手榴弾を幾つか持っていく。打鉄を選んだ時、千冬は試すように静司と問うた。
「ほう、なぜそちらを選んだ? お前ならラファールを選ぶと思ったが」
もう一つの訓練機。ラファール・リヴァイヴは第二世代ながら第三世代に劣らない性能を持った機体だ。安定した性能、高い汎用性、豊富な後付武装が特徴であり、格闘・射撃・防御と全タイプ対応できる。どちらかというと打鉄は近接向きなので、遠距離を得意とするセシリアに対して、何故選んだのか気になったのだ。
「さっきの試合でオルコットがビットは6機って言ってましたからね。その6機は全部一夏が壊してくれたんで、注意するのはあのレーザーライフル《スターライトmkⅢ》でしょう。あれの一撃は怖いので防御を優先しました」
「ふむ? では攻撃はどうする? それにオルコットの武器があれだけとは限らんぞ」
「でしょうね。けどまあ逃げ足は速い方なんです。まあここは自分のその才能と打鉄の防御に期待して、隙を見つけるのが得策かなと」
「ふ、面白い。では行ってこい」
「了解しました」
千冬は静司をそれなりに評価している。入学から一週間、授業態度は良いし、何気に運動神経も悪くない。本人に聞いたところ、実家である漁村で漁の手伝いをしているうちに体力がついたと聞いて納得した。無論、静司の作り話なのだが。
(先に川村の専用機を用意した方がよかったのかもしれんな)
弟は大事だがISは兵器でもある。この件について彼女は贔屓はしない。贔屓をしたのは彼女の友人である篠ノ之束の方だった。興味のある人間にしか関わろうとしない彼女は二人目の事など眼中になく、一夏の為に白式を完成させたのだ。
そんな友人に頭を悩まされつつ、ピットを出ていく静司を千冬は見送ったのだった。
アリーナに出ると静司は打鉄の性能を再度チェックする。先ほど千冬にああは言ったが、実際は別の理由もあった。それは打鉄が静司にとって乗り慣れた機体だったからだ。
(懐かしいな……。最近は黒翼ばかりだったから妙な感覚だ)
思わず笑みを浮かべる。そして対戦相手のセシリアに視線を向ける。
「さて、やるか」
「ええ……もう油断はしませんわ」
どうやら先ほどの一夏との試合で考え方が変わったらしい。まあ素人があれだけ善戦したんだ。思うところもあるのだろう、と静司は思ったのだが。
「男……だけど強い……それに……」
「……ん?」
どうもそれだけではない様だ。何かを思い出しては顔を赤くしている。ふとここに来る前に見た一夏の調査書を思い出す。
(フラグ建築士って……こういう事?)
試合中に彼女の心境に何が起きたのか知らないがつまりはそういう事なのだろうか。だがまあチャンスなのだろう。試合開始のブザーは鳴っているので、静司は容赦なく持っていたアサルトライフルの引き金を引いた。
「っ! 不意打ちとは卑怯ですわね!」
「人聞きの悪い事を言うな」
セシリアが回避し、静司にレーザーライフルを撃ちこむ。その一撃を、
(さて、どうするべきか)
正直な話、静司には打鉄でも十分以上に戦える自信がある。近接主体と言っても遠距離武器を持てない訳では無いし、そもそもセシリアと静司には明確な実力差がある。彼女が弱いと言う訳では無い。これは経験の差だ。しかし本気でやる訳にはいかない。そんな事をしたら目立つし、教師陣にも問い詰められるだろう。
(だとすると、適度に善戦しつつ負けるのがベスト)
セシリアや真面目にやっている人には悪いとは思うが、任務が優先だ。胸の中の罪悪感を押しこめ、再び放たれたレーザーライフルを先ほどと同じく、わざと危なげに回避しつつ方針を決定する。
「どうしました? 不意打ちでしか攻撃しないのですか?」
「まさか、ねっ」
再びアサルトライフルを撃ちつつ、距離を縮める為に接近しようと機体を動かす。
「させませんわ!」
後退しつつ進路上にレーザーライフルが放たれる。咄嗟に回避するが、一部がかすりダメージと衝撃が走った。
――バリアー貫通。ダメージ20。シールドエネルギー残量、320。実体ダメージ、レベル低。
流石は防御に定評がある打鉄だ。先ほど一夏の試合では装甲が吹き飛ばされていたが、打鉄の装甲は一部が融解しただけだ。
「よく避けましたわね。ならばこれはどうです!」
セシリアが手を上げる。すると彼女の背後に2機の自立機動兵器《ブルー・ティアーズ》が浮かぶ。
「あれ? さっき全部壊されたはずじゃ?」
「予備機ぐらいありますわ」
まあそれはそうだろう。静司も一応スタンスとして驚いただけだ。
「さあ踊りなさい!」
《スターライトmkⅢ》を含めた三つの銃口が火を噴いた。
「やっぱり苦戦しているようですね、川村君」
ピットでモニターを見ていた真耶が呟く。箒も頷き、
「オルコットは専用機ですし、やはり素人で訓練機の川村には荷が重かったのでは?」
「うーん、けど川村君も頑張ってますよ。一生懸命避けながらも攻撃してますし」
画面の中ではセシリアの砲撃の雨を、
「どうしたんだ千冬姉?」
「織斑先生だ、馬鹿者。しかし川村の動きが気になってな」
「動き?」
一夏もモニターを見る。しかし別段変わった点は見られない。
「何が気になるんだ――気になるんですか、織斑先生」
持っていたファイルを持ち上げた千冬に慌てて一夏が訂正しつつ聞く。
「川村はもう少し動けると思っていたのでな。何せ運動神経はお前よりアイツの方が遥かに上だ」
う、と一夏が凹む。箒も一瞬むっとしたが、後が怖いので何も言わない。
(それに……)
これは勘だが、千冬には静司が手を抜いてる様な気がした。明確な理由は無い。ただそう感じただけだ。
「気のせいか……?」
訝しむ千冬の視線の先、試合が動いた。
「一夏さんに続いてあなたまでここまで持つとは予想外でしたわ」
「俺はいつの間にか一夏を下の名前で呼んでるのが予想外だったな」
「っ! それよりもこれで終わりです!」
からかうと顔を赤くしたセシリアが慌てたように《スターライトmkⅢ》を構える。
現在打鉄のシールドエネルギーは25。直撃を喰らえばアウトだ。
(あまり目立つのは駄目だけど、何もできないで負けて馬鹿にされるのも悔しいしな)
この試合はクラスの皆が見ている。彼女たちからすれば、静司が負けるのは当然と思うだろうが、やはり男としてちょっとは見返したい。勿論任務に支障が無い範囲でだが。
「確かにこのままじゃこっちもジリ貧だ。俺もいくぞ」
一瞬の静寂、そして先に動いたのは静司だ。静司は誰もが予想しなかった行動に出た。
「どっせいっ」
どこか気の抜けた掛け声と共に、打鉄の武装であるブレードをセシリアに向かって、
「っ!? その程度!」
予想外の行動に一瞬驚いたセシリアだが、直ぐに気を取り直し《スターライトmkⅢ》で飛んできたブレードを撃ち落とす、が、
「きゃあああ!?」
撃ち抜かれたブレードは予想外の大爆発を起こし、セシリアは吹き飛ばされた。これはセシリアの猛攻を避けている間、爆発の噴煙に紛れて静司がこっそりブレードに手榴弾をくくり付けていたためだ。
「っ、小細工を!」
「けど役には立ったよ」
「上!?」
爆発に紛れて接近した静司を迎撃しようとピットを放ち、静司を見る。そこでセシリアは再び目を見開いた。
「喰らえ!」
そこには射撃武器であるアサルトライフルの銃身を掴み、振りかぶる静司の姿。そのまま完全に鈍器扱いにされたアサルトライフルの一撃がセシリアに当たると同時、ピットから放たれたビームが静司を直撃した。
『試合終了。勝者――セシリア・オルコット』
どこか呆れた様な、何とも言えない空気のアリーナにブザーが鳴り響いた。
「馬鹿か貴様は」
「すんませんでした」
試合終了後、静司は千冬の説教を受けていた。原因は先ほどの戦い方にあった。
「どこの世界に近接武器を爆弾にして射撃武器で殴りかかる馬鹿がいる」
「……意外性の勝利?」
「負けているだろうが。まあ戦い方自体は全ては否定しない。しかし模擬戦で学園の資産であるISの武装を、破壊前提で戦われては予算がいくらあっても足りん」
「反省してます」
はぁ、と千冬はため息を付く。
「まあいい。今日の試合は終わりだ。お前は帰って休め」
「え? 一夏との試合は?」
本来ならこの後時間をおいて一夏と静司の試合があったが、
「試合が長引きすぎた。次の使用者が待っている」
もともとアリーナを使える時間は限られている。今日は白式の準備が遅れた上に、一夏と静司の時間も予想以上に長引いた結果、時間切れとなった。
「なるほど。なら明日に?」
「いや、クラス戦は一週間後だからアリーナは優先的にその訓練に回される。今回使用できたのは、お前らが(男性操縦者)いたからだ。明日以降はアリーナ使用は不可能だな。代表はお前らで話し合え。以上だ」
「了解しました。それでは自分は帰ります」
厄介ごとが一つ減って気軽になった静司が部屋を出ていく。その静司の背中に千冬は問いかける。
「川村、一つ答えろ」
「? なんですか?」
「先ほどの試合。本気だったか?」
それは千冬の疑念。確証の無い勘からきた質問だった。
「? 本気ですよ。っていうか油断してたら一瞬で負けてましたし」
「ふむ、まあそうだな。変な事を聞いて済まなかった。行っていいぞ」
「お疲れ様でしたー」
最後に一礼すると静司は部屋を出て行った。一人残された千冬は一人腕を組み、何事かを考え続けていた。
試合が終わり一夏達と軽く話した後。寮に戻る道すがら、静司は先ほどの事を考える。
(少し怪しまれた……か?)
後から冷静に考えると少々派手にやり過ぎたかもしれない。どうやら自分が思っていた以上にストレスが溜まっていたらしい。何せ一夏以外は女、女、女。通常の任務とは別の気疲れが溜まっているのも事実だ。
「まあ今後は気を付けるか……で、何の用です?」
「あら、見つかっちゃった」
声は静司の背後から聞こえた。振り向けばどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべる二年の女子生徒が扇子を口に当て立っていた。
「残念。驚かせようかと思ったのに」
「不自然なまでに人が少ないですし、人払いしてますよね。それに殺気をまき散らしておいてよく言いますね。そうでしょう? IS学園生徒会長、更識楯無先輩?」
ふふ、と笑った女子生徒――更識楯無は扇子を開く。そこには『大正解』と書かれていた。
「私の事は知っているみたいね。川村静司君」
「まあ生徒会長ですし。それで何か用ですか?」
「生徒会長、ね……。ま、いいわ。それで私の用事だけど――貴方の事をもっと知りたい、ってとこかしら」
それはごく自然な動作だった。楯無は笑顔を浮かべなら一歩近づき――そのまま一気に懐に入り、掌打を放つ。だが。
「あら」
静司に当たる寸前で腕を掴まれ阻まれた。その事に楯無は一瞬驚くが、直ぐに笑みを浮かべる。
「面白いわね」
「理由を聞きたいんですが」
「これが終わったら教えてあげる!」
静司の手を振り解くと同時、楯無は打ち上げるように足を振り上げる。静司は背後に跳ぶことでそれを回避。その一瞬の隙に態勢を整えた楯無の鞭の様な蹴りが静司を襲う。その一撃を腕で弾き、今度は静司は前に出た。
「なら――すぐに終わらせる!」
先ほどの楯無とほぼ同等の速度で接近、その勢いをそのままに肘鉄を放つ。楯無はそれを両腕でガードするが、衝撃で一瞬後退する。それを追撃するように静司の蹴りが放たれるが、楯無は上半身を逸らすようにしてそれを回避した。だが静司は動きを止めない。そのまま体を回転させ、逆の足で放たれた回し蹴りが楯無を捕らえ、壁に向かって蹴り飛ばした。
「かはっ!」
壁に叩きつけられ、肺から空気が漏れるような声を吐きつつも楯無は倒れない。着地と同時に床を蹴り、ロケットの様に静司に向かう。手にはナイフの様に扇子を構え、その目は本気だ。
対する静司も全神経を集中させ楯無を見る。
繰り出されたのは上段からの切り払い。それを受け止めようとして、しかし寸前でそれを辞め紙一重で回避する。かすり、前髪の何本かが宙に舞う。まるで本当のナイフだ。そのまま二閃、三閃される扇子の攻撃を体を逸らし、横に跳び回避。最後に、扇子を突き出すその手を打ち払った。
扇子が宙を舞う。
高速の連撃を避けられた上に武器を飛ばされた楯無の目が一瞬見開かれる。その隙に宙に跳んだ扇子を静司が左手で掴み、右腕は楯無の首を掴む。体を一気に前に出し、すれ違うように楯無の横に出ると足払いをかけた。
「くっ……!」
「終了だ」
止めとばかりに倒れた楯無の顔先に扇子を突き出した。
「続けるか?」
「いや、いいわ。おねーさんの完敗よ」
反撃は不可能と見た楯無が降参を宣言した。
「まさか負けるとは思わなかったわ。おねーさんショックよ」
生徒会室。あの後、話があるという事で連れてこられたそこで楯無が肩をすくめる。開かれた扇子には『吃驚唖然』。
「で、話ってなんですか? こちらとしてはあまり長居したくないんですが」
「寂しい事いうのね。けど彼なら今は大丈夫よ。K・アドヴァンス社……
いえ、『
「なら安心ですね。『更識家』の楯無会長」
お互いにやり、と笑う。EXISTとは静司の所属する会社、つまりは今回の依頼を受けた組織の名だ。そしてK・アドヴァンス社とは表向きの社名。通常はISの研究開発を行っている事になっている。因みにKは創業者の一族である草薙家から来ている。
「む、もう少し驚いてくれると思ったのだけど」
「驚いてますよ。裏の社名は一部の人間しか知らないですしね」
「そう。だけど分かったのは会社の名前位で実際はあまり分かってないのよ。そこの所、教えてくれないかしら?」
これは半分嘘で半分事実だ。本当は名前の他にも、EXISTが様々な国や地域に派遣されている事。その場所で戦闘が起きた事などを楯無は確認している。しかし、肝心の保有戦力や規模は不明のままだった。得た情報もおぼろげなものである。
「一応機密事項なので。知りたければご自分でどーぞ」
「冷たいわね。おねーさんは悲しいわ」
「こっちも仕事ですから。わざわざ始末書を書く理由を作りたくないだけですよ」
「というか始末書で済むのもどうかと思ううけどね」
楯無は苦笑する。元々対して期待していなかったのだろう。
「まあいいわ。けどこちらは答えてもらう。君の任務は織斑一夏の護衛、それで間違いない?」
「正確には織斑一夏及び彼に関わりがある、人質に成り得る人間の護衛ですね」
「……それってつまり学園生ほぼ全員が該当しない?」
どうやら更識側も一夏の性格分析は行っているらしい。
「ええ、そうです。もちろん優先順位はありますが、早い話、学園そのものを守れと言われた様なもんです」
「それはまたまあ」
諦めた様に肩をすくめる静司と流石に呆れた様子の楯無。彼女も学園を守る立場に居るが、学園の内外で家の力を利用している。しかし静司の場合は学園内に一人だ。外にも別チームは居るだろうが、それでも規模は小さいものだろう、と推測する。
「なので俺としては更識家と良い関係を築きたいと思ってます」
「それは私と付き合いたいって事?」
「更識家と、ですね」
「あら、いけず」
「冗談でしょう? それでどうですか?」
静司の質問に楯無はうーんと首を傾げる。
「私としても桐生さんが推薦した位だし、私に勝った事からも戦力として申し分無いわね。だけどなんで最初か協力を要請しなかったの?」
「いきなり強引に捻じ込まれた人間に協力しろ、なんて言われてもムカつくだけでしょう? 唯でさえ、今回の件は更識家はよく思って無い筈だし」
まあ、ね、と楯無は笑う。実際当初はかなりムカついたもんだ、と遠い目で頷く。
「だからこちらから声をかけるのを待っていた?」
「そうですよ。実際、さっきのは俺の力試しでしょう? それなりに有用だと証明できたと思ったので俺から切り出しましたけど」
「それなりで負けた私の立場はどーなるのかしら?」
半眼で睨まれるが静司は気づかない振りをした。
「ま、いいわ。協力はする……というか元々私も学園守るのもお仕事だし」
「助かります」
「お互い様ね」
ぱっ、と開かれた扇子には『相互扶助』と書かれていた。
「因みにこの事を知っているのは?」
「学園ではまだ更識家とその関係者だけね。何か問題が?」
「一応秘密裏に潜入する事が目的だったので」
すっ、と楯無の目が細まる。
「それは学園関係者の中に怪しい人物が居るという事?」
「可能性の話です。先輩と話したのはあくまで協力関係の為ですから」
「その言い方は酷いと思うな~。おねーさんと個人的に仲良くすれば色々指導してもらえるかもよ?」
艶のある視線で静司を挑発する。だが静司は首を振る。
「その暇あったら仕事するんですね。
くい、と指で机の上を指す。そこには未処理の仕事が山積みにされていた。
指摘され、う、と固まる楯無を無視して静司はドアに向かう。
「こちらも後でデータを送りますよ。それでは仕事頑張ってください。生徒会長」
ひらひらと手を振り静司は退出した。
静司が出ていった生徒会室。そこで楯無は静かに考える。それは無論、川村静司について。
身体能力は申し分ない。体力がある事は授業のデータから知っていたが、彼は戦い方を、そしておそらく殺し方を知っている。それもIS学園最強と言われた自分以上に。任務の内容は正直聞いてあきれたが、逆に言うならそれほどの任務を任される力と人望があったという事。
「しかしISは未知数ね」
クラス代表決定戦を実は楯無もこっそり観戦していた。そこでの印象は、筋はあるけどまだまだといった所だった。しかし先ほどの立会いでの身体能力からすると彼はもっと動けたはずだ。いや、これは勘だが彼のIS技能はとてつもなく高い。
「悔しいけど、アテにさせてもらうわよ。川村静司君」
誰も居ない生徒会室で楯無は呟くのだった。
「では、一年一組代表は織斑一夏君で決定です。織斑君、頑張ってくださいね!」
翌日のSHR。教壇に立つ真耶の言葉に拍手が起き、一夏は頭を抱えていた。
「先生、質問です」
「はい、織斑君」
「俺は昨日の試合負けたんですが。それに静司とも戦ってないのになぜ俺に?」
「それは――」
「それはわたくしが辞退したからですわ!」
立ち上がり妙にテンションの高い様子で宣言したのはセシリアだ。
「確かに私は全勝しました。しかしそれは考えてみれば当然の事。なにせわたくしが相手だったのですから。それでまあわたくしも、大人げなく怒ったことを反省しまして。『一夏さん』にクラス代表を譲ることにしましたわ。何せIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表となれば戦いには事欠きませんもの」
一気にまくし立てるセシリアに他の女子も賛同する。しかし一夏には解せない点があった。
「いや、それじゃ静司はどうなんだ? アイツだって素人じゃないか」
「んーそこは意見も出たんだけど」
「やっぱ目立つ方がいいかなーって」
「専用機持ってるし、織斑君の方が見栄えが良いよね」
なんだそれは、と一夏が静司に助けを求めるが、
「なんだ……。助かったはずなのにこの敗北感は……」
「かわむーどんまい」
微妙に凹んでいる静司と笑いながら肩を叩く本音。その光景に思わず声をかけるのを躊躇ってしまった。
その間にも話はどんどん進み、一夏の代表が正式に決定したのだった。
「と、いう事で織斑一夏はクラス代表になりました」
『ふむ。今後更に彼の注目度が増すな。そしてお前の影は薄くなる』
「一夏は視線が集中して手が出しにくく、俺はその逆って事ですね」
『予定通りと言えば予定通りか。で、なんでそんなテンション低いんだ?』
「予定通りとはいえ、ちょっと精神にダメージが。女性って怖いですね。いやマジで」
『……色々言われた様だな。まあ、そのなんだ、がんばれ?』
放課後、人気のない空き教室で静司は課長と通信している。無論、いつ誰か来ても確認できるように注意は怠っていない。
「まあ実際、悪意は無いんですけどね。無邪気というか容赦がないというか。思ったことをズバズバと」
『そこでは女性が圧倒的多数だ。唯でさえこんな社会だし、男に遠慮がないんだろうよ』
「恐ろしい世界だ……」
『何事も経験だよ若者。中国からの代表候補生は月末に入ってくる。そしたら更に大変になるぞ』
「……全力を尽くします」
『期待してるぞblade9。では通信を終了する』
通信を終了すると静司は教室に戻った。
「静司? どこ行ってたんだ?」
「便所。教員用しか無いから遠くて面倒だ」
「確かに」
元々は女子高なので男子トイレは教員用しかないのだ。
「ところでお前は何やってんだ? 篠ノ之とオルコットからIS訓練受ける筈じゃ?」
「その筈だったんだけど……」
一夏が教室の端を指さす。そこでは件の二人が言い合っていた。
「だから一夏の訓練は私がすると言っている!」
「あら、一夏さんは私にも頼むとおっしゃってますわよ」
「く、……だがまずは私が先だ! あいつには接近戦のなんたるかを」
「IS戦では遠距離の方が重要では無くて? それに篠ノ之さんはそれほどIS適性高くないですわよね」
「なんだとっ!」
「なにを!」
二人、にらみ合うその光景を周りは笑いながら見ている。
「さっきからあの調子なんだ」
「面倒な……」
だろ? と一夏がため息を付く。しかし静司が面倒と言ったのは、単純に二人の事だけでなく、二人の感情に全く気付いていない一夏に対してもだったのだが。
「ま、いいや。俺は先に帰るよ」
「おい、俺を見捨てるのか」
「一夏の問題だよ、あれは。理由をよく考えてみるんだな」
何故だ……と首を傾げる一夏を置いて静司は去っていった。とは言っても遠くからこっそりと確認しつつ、学園周囲の警戒に行ったわけだが。
それから暫くは特別大きな問題も無く、4月も下旬となった。相変わらず一夏の周りは騒がしいが、静司の出るような場面は無い。痴話喧嘩までいちいち気にしていられない。
因みに静司の周りはそれほど問題ない。大抵の話題は一夏に集中している為だ。
そして今も又、一夏は注目を浴びている。というのも、
「鈴……? お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告にきたわけ」
ふっ、と笑みを漏らす少女、凰鈴音が現れたからだった。なんでも2組のクラス代表になったらしい。
「何格好つけてるんだ? すげえ似合わないぞ」
「んな……!? なんてこと言うのよ、アンタは!」
何やら言い合う二人の後ろで、篠ノ之箒とセシリア・オルコットの顔が不機嫌そうに歪んでいた。そして何かを言おうとするが、その前に鬼が現れた。
「おい」
「なによ!?」
バシンッ!
「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん……」
鬼教官こと、織斑千冬が出席簿片手に告げる。
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入口を塞ぐな。邪魔だ」
「す、すいません……。また後でくるからね! 逃げないでよ、一夏!」
「さっさと戻れ」
「は、はい!」
鈴はダッシュで戻っていくが、教室内は当然の如く今の出来事で沸いた。箒とセシリアも一夏に詰め寄る。
「……一夏。今のは誰だ? 知り合いか? えらく親しそうだったな?」
「い、一夏さん!? あの子とはどういう関係で――」
バシンッ!バシンッ!バシンッ!
「席に戻れ、馬鹿共」
千冬の出席簿によって全員が沈んだ。そんな教室の中、またやっかい事が増えたなあ、と半ば諦めの境地の静司だった。
「待ってたわよ、一夏!」
昼休み。一夏に誘われ、食堂に行くと朝の少女が仁王立ちしていた。そのまま一緒に食事を取る事になったが、箒とセシリアの顔は強張っている。
「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」
「質問ばっかりしないでよ。アンタこそなにIS使ってるのよ。ニュースで見た時ラーメン噴いたわよ」
まる一年ぶりに再会したので、お互い気になる事が多いらしい。だが、この場に居る残り二人の少女としては面白くない。
「一夏、そろそろどういう関係か説明すべきだろう」
「そうですわ! まさかこちらの方と……つ、付き合ってらっしゃるの!?」
箒とセシリアだ。彼女たちは鼻息荒く詰め寄っている。これは長くなりそうだ、と静司は一人カツ丼を食べながら見物に徹することにした。
話を聞いていけば、内容は静司が事前に知っている通りだった。篠ノ之箒と入れ違いの様に一夏と知り合い、仲良くなった、と。性格も自信が高く、思っている事は口に出すタイプらしい。そのせいでセシリアの逆鱗に触れたようだ。どうやら、彼女もセシリアの事を知らなかったらしい。
「ところで、アンタが二人目の男性操縦者?」
わなわなと震えるセシリアを無視して、鈴は静司に目を付けた。静司も一応礼儀として、箸を置き挨拶する。
「ああ。川村静司だ。よろしく」
「ふうん、なんか地味ね」
「ははは、もう慣れたぞ。慣れたんだ俺は」
「はぁ? 変なやつ」
流石に一か月近く経てば言われ慣れもする。渇いた笑いをあげる静司を怪訝そうに見るが、直ぐに興味を失ったのか、再び一夏の方へ向いた。
その後、ISの訓練の話になり、誰が訓練するかと揉め始めた四人を静司はのんびりと観察しているのだった。
『と、いう事で凰鈴音もめでたく対象にぞっこんか』
「気軽に言わないで下さい」
放課後、いつものように課長との通信を行う。
『別にふざけてないぞ。つまるところ、他の生徒よりも織斑一夏と親密という事は、それだけ
「けどオルコットと凰は代表候補生の専用機持ちですよ。それに篠ノ之は博士の妹。手を出すと火傷じゃすまない気が」
『逆に言うなら、火傷してでも手に入れたい、と思うやつも居るって事だ。そもそも専用機そのものを欲しがる機関だってある。一粒で二度おいしいというやつだ』
元々IS自体貴重なものである。それに加え、候補生が持つのは各国の技術が詰まった試験機。開示されていないデータを求め、狙われる可能性も低くは無い。それが分かっているから候補生も厳しい訓練を受けるのだ。
「わかりました。凰鈴音の周辺も注意します。けどクラスも違いますし、カバーしきれない可能性も考えといてください」
『安心しろ。その為のサポートチームだ。それに何だかんだで学園内ではそうそう事は起きないだろう。更識家も居ることだしな』
「そうだといいんですけどね」
後日、二人はこの会話を反省することになる。
『で、その凰鈴音だが学園での生活はどうだ?』
「どうも織斑一夏と喧嘩したようです。原因はプライベート過ぎて不明ですが」
それは先ほどの事。ジュースを買いに廊下を出たところ、
『最っっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にもおけないヤツ! 犬に噛まれて死ね!』
怒鳴り声と共に一夏の部屋から鈴が飛び出してきたのだ。彼女は憤怒の形相で周りを威嚇しながら去っていたのだ。その眼に涙が溜まっていたのを静司は気づいたが、何も言わなかった。
『ふむ……約束か。流石にそこまでは調べきれんな。まあ彼女も織斑一夏に好意を寄せているんだろう? それ絡みだろうな』
「そうでしょうけど、あんまり人のプライベートを詮索はしたくないですね」
『割り切れよB9。任務に必要だと思えば調べ、いらないと思えば忘れる。それができないお前じゃないだろう』
「わかってますよ。今の所はそれほど大きな問題にはなってません。入学からもうすぐひと月ですが、織斑一夏の周りにも不穏な動きも無しです」
『了解。引き続き任務にあたれ』
「了解」
二人の喧嘩は長引いていた。
五月に入り、あれからしばらくたったが、鈴の機嫌は直っていない。原因は、過去に一夏と鈴が何かを約束して、それを一夏が忘れているせいらしいのでそれとなく一夏に訊いてみたりもした。
「一夏。結局何が原因なんだ? お前が何か忘れてるって話だが」
「それがわかんないだよ。鈴のヤツ教えてもくれないし。俺が何したってんだ?」
「いやそりゃ俺が知る訳ないだろ」
「凰さんは約束とおっしゃってましたわね」
セシリアが会話に参加する。箒も続く。
「一夏、本当に覚えていないのか」
この二人の場合、約束の内容が気になるのだろう。
「本当だ。おかしいな……酢豚の約束は覚えていたのに怒り出すし……」
「酢豚?」
「ああ、鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を奢ってくれるって話なんだが」
うーむ、と悩む一夏。しかし静司はふと思った。
「毎日奢るって、本当にそういう話だったのか?」
「ん? そうだと思うけど」
ここに原因がある気がする。しかし静司には分からない。それはセシリアと箒も同様だった。そこで隣に居た本音に振ってみる。
「布仏さんはわかる?」
「ん~……? わからないよ~……」
何やら本音は机に突っ伏していた。今すぐにでも寝てしまいそうだ。
「ずいぶん眠そうだね」
「……深夜……壁紙……収集……連日」
「またか。お姉さんに怒られるんじゃ?」
「だから今のうちにねるんだよ~・・・・・てひひ」
もう半分寝てる様な顔で笑う。静司も仕方ないな、と苦笑する。そんな二人が気になったのかセシリアが声をかける。
「そういえば、川村さんと布仏さん。妙に仲が良いですわね」
「そうだな。よく二人で話している所をみる」
「ん? そうか?」
実際静司と本音はよく話す。静司としては更識家のメイドである本音を通して、時たま会長と連絡を取っているからなのだが。会長の携帯の番号は知っているが、極力、直接は関わらないようにしている。それに他のガツガツした女子(目の前の二人が良い例だ)と違って、のんびりとした雰囲気が気に入っているというのもある。
「わ~い、なかよし~……zzz」
「まあ布仏さんがこんなんだし、話しやすいからかな」
「む、それはわたくしたちが話しづらいという事ですか?」
いやだって、君たちずっと一夏の周りで騒いでるし、とは言えない。
「そういうわけじゃないよ。席も近いし、仲良くなったのも早かったからだと思う。ほら、最初はあんなんだったし」
セシリアが、う、と呻く。最初とは無論、クラス代表を決定する件の事である。因みにセシリアは静司にもちゃんと謝罪している。『失礼を言って申し訳ありませんでした。戦い方は意外でしたがガッツのある方ですね』とは彼女の言だ。
「あの時はわたくしも大人げなく……」
「ストップ。もう謝罪は受けてるし、今更何も言わないよ。俺も蒸し返して悪かった」
「そう言って頂けると助かりますわ。川村さんは紳士ですのね」
「ありがと」
「それで結局、鈴は何で怒ってるんだ……」
「まあ思い出すしかないだろ。クラス戦の相手は2組、つまり凰さんだろ? 早めに謝らないとひどい目にあうぞ」
「勘弁してくれ……」
一夏は頭を抱えるが、結局結論はでなかった。
そしてクラス代表戦当日。
結局一夏は思い出せず、仲直りも出来なかったようだ。
現在、アリーナ中央では白式を纏った一夏。そして鈴の【
鈴の甲龍はブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的である。肩の横に浮いた棘付き装甲(スパイク・アーマー)が攻撃的な自己主張をしている。
「わあ~痛そうだね~」
「確かに。それに強そうだ」
静司はアリーナの観客席で観戦してる。因みに箒とセシリアはピットだ。
観客席は噂の男性操縦者、それも専用機持ちと、中国の代表候補生の戦いとあって超満員。立見までおり、外にはリアルタイムで発信されている。
「ねえねえ、かわむーはどっちが勝つと思う?」
「まあ普通に考えれば凰さんだろうな」
一夏はISに乗って日が浅い。対して向こうは代表候補生。一夏には悪いが勝負は見えている。しかしセシリアにも健闘した一夏だ。実は静司もいい試合が見れそうだ、と期待している。
「布仏さんはどう思う?」
「ん~……。やっぱり凰さんかなあ。白式の方がスペックは上だけど、りんりんの甲龍の武装はやっかいそうだね~」
どうやら当人たちよりも、ISの方に興味があるらしい。そういえば整備科志望だったな、と静司は納得する。
『それでは両者、試合を開始してください』
そして試合が始まった。
試合開始と同時、一夏と鈴は動いた。鈍い音を響かせ、一夏の《雪片弐型》と鈴の持つ青竜刀の様な武装《双天牙月》がぶつかり合う。
「ふうん、初撃を防ぐなんてやるじゃない。けど――」
不敵に笑い武器を振り回す鈴。一夏はなんとか刃を当てて捌くが、このままでは不利と感じたのだろう。距離を取ろうと身を屈める。
「甘いっ!」
ぱかっと鈴の両肩のアーマーがスライドして開く。その中心の球体が光り、一夏は何かに殴り飛ばされた。
それは空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃を砲弾化して打ち出す『衝撃砲』。しかし一夏には当然そんな事は分からず、見えない砲撃によって翻弄される。
試合は一方的なものになりつつあった。
「厳しいな」
「うん。角度、方向に制限が無い上に、りんりんの技能もとても高いから難しそう」
「……」
「? どうしたの~?」
「いや、急に真面目に喋ったから驚いて」
「ええ~ひどい!」
「ああ、なんかすまん」
普段が普段だが、ISに関しては真面目になるのだろう。いつもこの様子なら彼女の姉も苦労しないだろうに。
むーと唸る本音をあやしていると、不意に通信機が鳴った。携帯でなく、通信機が、だ。定期報告以外にこれが鳴るという事は、予定外の事が起きた時だけだ。
周りに聞こえぬ様、声を潜める。
「こちらB9」
『こちらC1! 敵襲だ! くそっ、間に合わない!』
「何――」
言いかけたところで、突如、アリーナが轟音と共に揺れた。悲鳴が上がり、一気に場が混乱する。そしてアリーナ中央に
深い灰色をした、全身装甲のISが