IS~codename blade nine~   作:きりみや

32 / 91
ようやくにじファン投稿時のところまで追いつきました。
そんな意味合いと本編の意味も含めてこのタイトルに変更


29.もう一度

 その光景は悪夢と言えた。

 自分のライバルでもあり大切な友人が。そして気になる男子生徒が血に沈んでいる。そして二人をそんな目に合わせた敵――ISが止めを刺すべくゆっくりと近づいていく。

 

「やめて!」

 

 自らのISを駆ってそのISの前に躍り出る。自分の特技である高速切替(ラビット・スイッチ)で呼び出したアサルトライフルとショットガン。それを両手にISへ向ける。だが、

 

「そんな!?」

 

 いくら引き金を引いても銃弾が発射されない。こんな時に限って故障しているのか? その事態に絶望する己の視界が光で染まる。その光は己のISを焼き、装甲の一部が爆散した。そしてその衝撃に吹き飛ばされ、無様に地面を転がっていく。

 

「痛っ…………かはっ!?」

 

 痛みに耐えつつも、必死に起きあがろうとする自分の背中に、何か重い物が振り落された。徐々に重みが増していくそれは敵ISの足だ。だが分かったところでなす術も無く、重みは更に増していく。ミシミシとISの装甲が。そして自分の体が悲鳴を上げていき、その苦しさに息も出来ない。次第に薄れていく視界の中、血だまりに沈んでいた男の子がゆっくりと起きあがり、そしてこちらを見た。

 

「!?」

 

 一瞬、痛みを忘れてそれを凝視してしまう。その男の子の眼は赤く血走り、怒りと憎悪。そして悲しみに満ち溢れていた。

 

 いやだ、そんな顔は見たくない。

 

 声を出そうとしてももはや肺に空気は無く、かすれた声しか出てこない。視界もいよいよ完全にぼやけて来ており、もはやまともにその姿を見る事すら出来ない。その間にも男の子はゆっくりと立ち上がり、そして慟哭を上げた。

 

「―――――――――――――!」

 

 言葉では言い表せない、地獄の底から響き渡るかのような慟哭。最後にみたのは、男の子の体が黒に包まれ、そこから巨大な鉤爪が飛び出した光景だった。

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 びくん、と体が跳ねる。無意識のその動作が意識を覚醒させるきっかけとなった。ゆっくりと瞳を開くと板張りの風情のある天井が目に入る。

 

「……夢?」

 

 少しずつ覚醒していく意識の中、起きあがろうと体を動かすが、不意に額に手が乗せられた。

 

「え……静司?」

「ああ。まだジッとしてろ」

「……っ?」

 

 硬い口調で告げる、己の気になる存在の様子にシャルロットは違和感を感じた。しかしそれを表に出さない様に頷くと、再び横になる。そんな自分を見下ろす静司はどこか疲れた顔をしている。それによく見れば傷を治療した後があった。

 

「静司怪我して―――そうだ、本音は!?」

「落ち着け。命に別状はない。隣を見てみろ」

 

 慌てて跳ね起きようとするシャルロットを静司が再び押さえる。そのまま視線で促され、自分が寝ていた布団の横を見ると、同じように寝かされている本音の姿があった。彼女は頭に包帯は巻いているが、呼吸は安定しており穏やかな表情をしている。

 そんな本音の様子に安堵を覚えるが、気になる事はまだ多い。特に、自分が倒れてから何が起きたかだ。そんなシャルロットの様子に気が付いたのか、静司はゆっくりと語りだした。

 一夏達が失敗した事。その経緯で一夏は負傷し意識不明。ラウラもまた傷を負った事。花月荘を襲ったイーグル型は全て撃墜されたが、戦いに出た全員と生徒数名。そして本音が負傷した事。それらを語る間の静司は、後悔や怒り。そしてどこか己自身を責めるような雰囲気であり、シャルロットの胸も苦しくなる。

 確かに皆傷ついた。作戦も失敗だ。それは悔しくあり、これを引き起こした何者かには怒りを覚える。

 だが静司はそれ以上に自分を責めている様に見えた。それは目の前で本音や自分が傷ついたからだろう。一夏達も傷ついたからだろう。だがシャルロットはそれら静司のせいだとは思っていない。専用機持ちですら苦戦した様な相手を静司が全てなんとかする。そんなヒーローの様な真似が出来るとは思えない。

 だからそれを言おうとしたのだが――

 

(―――――違う)

 

 ふと思い直す。静司はそんなヒーロー願望な男だったか? 違う。それはどちらかと言えば一夏だ。彼は全てを守ろうとする。例えその実力に見合わなくても、大切な者の為に。大切な姉の姿が、力が、狂った技術で再現されれば、姉の尊厳を守るために戦おうとした。それ自体は好ましい事だろう。だが無謀でもある。そしてそんな無謀な一夏を止めたのは誰だ? そう、静司だ。彼は現実を見ている。

 ならばそんな静司がこんな顔をしている原因は何だ? 自分たちや一夏達が傷ついたから? それは確かだと思う。だが、それ以外に何かがある? やはり自分が守れなかったから? いや、それだけでは無い。もっと本質的な部分に何かがある。

 

『そうだな……。やっぱり俺も一夏に似てるよ。大切な人を守れる力が自分にあれば、って思う。もしもの時、後悔しない力が』

 

 確かに彼はそう言っていた。だが、

 

『俺はきっと……復讐を望んでるんだよ、一夏。俺の力の源泉は――恨みだ』

 

 先ほど見た夢の光景と静司の言葉が重なる。そして自分がイーグル型に倒された後を思い出す。実はあの時、まだ少しだけ意識があった。そして徐々に圧力が増してくるイーグル型の力で意識が遠のいてゆく中、確かに見た筈だ。それはかつて見た事ある静司の眼。猛獣の様な眼には怒りと――憎悪があった。

 その後の事は覚えていない。だがこれが原因な気がする。

 本音や自分たちが傷つき、憎悪に支配され、そして今、自分自身を責めている。

 もし、静司がその憎悪に支配され、我を失ったとしたらどうなるか。

 

(守れなかったんじゃなく、守ろうとしなかった(・・・・・・・・・)ことを責めている?)

 

 だとしたら――

 

「静司」

「……なんだ?」

「大丈夫だよ」

「え?」

 

 訳が分からないと言った様子の静司の顔に微笑みかけ、ゆっくりと起きあがる。今度は止められてもそれを制して静司と目を合わせた。

 揺らいでる。戸惑っている。そしてその様子がシャルロットの予想を確信へと導く。

 

「静司は責めている。恨みに飲まれてしまった自分を。だからそんな顔をしてるんだ」

「っ……!? 聞いてたのか」

「うん、ごめんね。あの時、僕と本音も女湯に居て……静司達の話を聞いちゃったんだ」

 

 正直に答えると静司は「そうか……」と呟きその顔を曇らせた。

 

「なら予想がついたんだろ? 俺は俺が語った恨みに飲まれた。それで何もかも――お前達の事すら忘れて暴れた。何も出来なかったけどな」

 

 シャルロットは静司が黒翼の搭乗者だと知らない。だから静司の言葉はイーグル型に対してだと思った。

 

「俺はな、文字通り何も見てなかった。周りの被害も関係なく、ただ暴れただけだ。そんな自分が堪らなく―――怖くて憎い」

 

 確かに守ろうとした。しかしそれが叶わず、果てには守る事すら忘れ暴れ狂った。そして何も出来なかった。それを静司は悔いて、そして責めている。

 

「俺は怖い。また同じような状況になった時、きっとまた暴れてしまう気がする。その時お前達が近くに居ても、きっとそれすらも忘れて巻き込むんじゃないかと。それが怖い。だから――」

「大丈夫だよ」

 

 ぽん、と静司の頭に手を乗せる。時たま静司がやる癖だ。実は一度自分がやってみたかった。だがそれ以上に、静司を安心させたくてそうした。

 

「静司は言ってたよね? 自分の力の源泉は恨みだって。僕にそれを否定することは出来ない。軽々と否定していい事だとは思わないから。だけど静司が僕たちを守ってくれようとするその想いも、力の源だと思うんだ」

 

 始まりは昏い感情でも、それにだけ縛られる必要は無い筈だ。

 

「静司が僕たちを守りたいと思うのは、ただ敵が憎いから? 違う。静司は皆の事を大切に思っている。だからこそ守りたいと思ったんだし、だからこそ今もそういう風に後悔してるんだ。今回はちょっと失敗しただけ。だけど今の静司ならきっと大丈夫。だって自分の事をちゃんと分かってるもん」

「だがまた暴れないと言う保証は――」

「あるよ。僕が保証する。本音だって保証するよ? だってそれだけの信頼を静司は得てきたんだから」

「……」

「だからそんな顔はもうおしまい。笑おうよ静司? 笑って、本音が起きた時もそうやって出迎えてあげよう?」

 

 ね? と微笑みかける。その笑顔を向けられた静司は戸惑うことしかできない。そんな静司にシャルロットは苦笑する。難しい人だと。しかしそれすらも可愛く見える。

 

「静司自身が信じられなくても、僕たちは信じている。だから静司も僕が言った言葉を考えてみて?」

 

 そう優しく微笑みかけるシャルロットに、静司は小さく頷いた。

 

 

 

 

 守ろうとして、しかしそれを放棄して恨みに走った。その結果何も出来ず、現状を招いた。今の日常がかけがえのないもので、大切過ぎてそこからはじき出されるのを恐れ、結果として大切な人たちが傷ついた。それも自分が関わらなければそうはならなかった筈だ。

 後悔。怒り。憎悪。懺悔。あらゆる感情が渦巻く中、シャルロットに言われた言葉。

 本当だろうか、と考えてしまう。『もしも』が纏わりつく。しかし彼女は笑って大丈夫という。何故、自分にそこまで信頼を寄せてくれるのか。こんな碌でもない自分に。

 自分の力の源泉は恨み。それは間違いない。その為に力を磨いてきた。だが、本当にその為だけだったのか? 課長に――今の父親に拾われ、まだ数年ながらも愛情を持って育てられた。それは否定しない。それは家族たちへの裏切りになる。

 そしてその生活の中で、父たちの仕事を手伝うようになった。これは自分から希望した事。それは何故か? 役に立ちたかったからだ。自分を救ってくれた皆に恩返しをしたかった。そして自分には力があった。だからその力で―――そう、護りたいと思った。

 シャルロットは言う。それも自分の力の源だと。本当にそうなのだろうか? 今まで一つの事しか考えてなかった為に、すぐには受け入れられない。そうであればいい、と思うのにどこか戸惑う心がある。だからシャルロットの望む様な笑顔は出来なかった。まだ心の整理がついていない。だけどほんの少しだけ口元が和らぐと、それだけで彼女は嬉しそうに頷いた。

 その少し後に検診にきた丸川がシャルロットの回復に気づき、大慌てで診察が始まり静司は追い出された。彼女を心配したクラスメイトやラウラ達も次々に訪れ、騒がしくなると言う事でシャルロットは部屋を移されていった。そして元の部屋に再び静司が入ると、そこには一人眠る本音の姿。先ほどと変わらぬ光景。それを見るとやはり自分を責めたてたくなってくる。だが、それでは駄目なのだろう。まだ心の整理がついた訳では無い。今でも自分で自分を憎み、篠ノ之束を憎んでいる。今度こそ見境なく暴れてしまうのではないかと恐れている。こんな事態を引き起こした全てに憎悪がある。

 

 だが、護りたいという気持ちに嘘は無い。

 

「すまん、借りていくよ、本音」

 

 彼女の枕元。外されたキツネ型の髪留めの一つを手に取る。そしてポケットから血に染まったハンカチを取り出す。これは福音対策会議の時、シャルロットが静司の手を縛ったハンカチだ。それを腕に巻き、髪留めもそこに装着する。

 これは戒め。恨みに飲まれても。憎悪に襲われても、護るべきものを忘れない様に。目的を今度こそ見失わない様にする為の楔。

 

「行ってくるよ」

 

 そう静かに告げると静司は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 日は頂点を過ぎながらも、未だに洋上を照らしている。雲は薄く快晴と言っても良いその空を銀のISがゆっくりと移動していた。

 

『……』

 

 不意にそのISの動きが止まる。そしてじっと、正面を、遥か彼方を見つめていた。その視線の先に不意に黒い点が映る。

 

『……La!?』

 

 気づいたのと同時、銀のIS――福音はその身を捻ろうとして、しかしそれより早く純白の光が直撃した。爆発と同時に装甲の一部が剥げていく。しかしギリギリで致命傷は躱したのか、その福音は即座に態勢を立て直す。そしてその目の前にそれは現れた。

 それは無骨な鋼鉄の塊。歪に感じる程に分厚い装甲で全体を包み、外見など一切気にしてないで有ろう、その漆黒の鋼鉄が一直線に福音に迫る。

 福音は即座に高度を取り、その鋼鉄の進路上から逃れようとした。だがそれすら許さない速度で接近した鋼鉄の塊は、一直線に福音に突っ込んだ。

 

『La!?』

 

鉄の塊が福音を打ち砕く、その瞬間が訪れる前に、両者の間に別の影が入り込んだ。

 激突。

 入り込んだ影――無人機は衝撃で完全に爆砕し、一瞬にしてスクラップとなり海上に落ちていく。一方福音は生まれた隙の内に上空に退避していた。

 激突した鋼鉄の塊はそんな福音の下を突き抜けるが急制動をかけ、空中に静止した。その隙を狙うかのように福音の更に上空から、何もない空間から、何本ものビームが放たれ鋼鉄の塊に直撃した。小さな爆発が何度も起こり、鋼鉄の塊が炎と爆煙に包まれていく。その戦果を確かめるかの様に空から、何もない空中から光学迷彩を解いた無人機が何機も現れた。

 無人機達は念を押すように再びその砲口を向ける。だがそれが放たれることは無かった。

 

「R/Lブラスト」

 

 爆煙の中から12本の光の柱が放たれ、数機の無人機を貫く。貫かれた無人機達がその機能を停止し、爆発しながら落ちていく中、ゆっくりと炎の中から黒いISが姿を現した。

 

 巨大な鉤爪の様な両腕。その右腕には2基のガトリング砲を備え、左腕は肥大した装甲が覆っている。それは両足も同じで無骨で分厚い装甲が追加されている。機体の各所には大型スラスターが増設され、更には隙間なく分厚い装甲で機体の全面を覆っている。そしてその両肩からは2対の巨大な翼が伸びていた。

 黒翼・重甲型。黒翼の売りである細かな機動性を捨て、代わりに攻撃力と防御力を強化した、対多数を想定したその姿。

 

「これ以上、好きにはさせない」

 

 それは誰に告げた言葉か。

全身装甲の仮面の下、静司は静かに戦闘の開始を宣言した。

 

 

 

 

「失礼します」

「あら、織斑先生? 本部の方は大丈夫なんですか?」

「今は山田先生に預けています。勿論直ぐに戻りますが。それより川村が倒れたと聞きましたが」

 

 そう言いながら部屋に入ったのは千冬だ。彼女はどこか疲れた顔をしながらも、部屋の中央に敷かれた布団に視線を向ける。そこには静かに眠る静司の姿があった。その視線に気づいた丸川が頷く。

 

「元々寝ているべきなのに無理に起きていましたからね。デュノアさんが目を覚まして少し気が緩んだんだと思いますよ」

「……そうですか。川村にはまだ聞きたいことがあったんですが」

「流石に今は寝かせてあげて下さい。起きたらそちらにも伝えますよ」

 

 起こしては駄目ですよ? と丸山が念を押す。先のイーグル型襲撃の際の話を再び聞こうと思っていた千冬だが、流石にそれは憚られた。今回の事件は謎が多い。その解決の糸口となる物を探しての事だったが、流石に怪我をして倒れた生徒を叩き起こす訳にもいか無い。

 

(しかし……)

 

 もう一度、静かに眠る静司を見る。静かに眠るその姿だけを見れば、普通の高校生に見える。だがその高校生を今自分は疑っている。正体不明のISの搭乗者では無いか、と。それを含めてもう一度話を聞きたかったのだが、機会はまだあるだろう。その時に問い詰めればいい。

 千冬はそう結論付けると部屋を出ていった。

 

 

 

 

 千冬が出て行ってから数分後。

 

「もう大丈夫よ」

 

 丸川がそう告げると、寝ていた静司がゆっくりと目を開いた。そのまま布団の中で伸びをする姿を見て丸山が苦笑する。

 

「緊張した?」

「そりゃそうっすよ。あのブリュンヒルデに間近で睨まれてたんっすから。いやー、B9は良く耐えれるっすね」

 

 一応アレは睨んでいるんじゃなくて観察してたのだと思うけど、と丸川は心の中で苦笑する。

 

「まだ生徒達が来るかもしれないからあまり動かない方がいいわよ。えーと……C12さんでしたっけ?」

「わかってるっすよ。B9が帰ってくるまでは大人しくしてるっす」

 

 そう、ここで寝ているのは実は静司では無い。静司を模した精巧な覆面を被ったC12だ。静司が改めて出撃する際、再び姿を消したら疑いは確信に変わると思われたので、体格が近いC12が影武者となる事になった。そして会長側の人間である丸山にも協力を頼み今に至る。幸い気を失っている設定なので、喋る必要も無く必要以上に動くことも無い。更には布団を被っているので細かな体格の違いも誤魔化せた。

 

「ISが無ければ私も出来る事は少ないっすからねー。まあいざというときの保険もありますけど」

「EXISTの他のISはこちらに来れないの?」

「元々運用できる機体が少ないっすよ。学園潜入だって、B9の黒翼があったからこそですし。他の機体は別の任務っす。それでも何とか急ぎで終わらせてこっちに向かってはいる様っすけど、時間的に微妙っすね」

 

 軍や企業に登録されているISは委員会によって監視されている。それでも多少の誤魔化しは利くので、機密任務などの際は運用できるが、学園に長期間潜入するとなると不都合が多い。その分、静司の黒翼は委員会の監視から逃れているので自由に運用できると言えた。

 

「黒翼、ね。川村君は大丈夫かしら……」

 

 静司が出ていったのは少し前。そこから仲間と合流して一端この場所から離れてから改めて黒翼で出撃すると聞いた。花月荘の近くで飛び立っては、それこそ疑って下さいと言っている様な物だ。

 

「そろそろ接敵してるっすね。しかし確かに心配っす」

「……やっぱり貴方達から見ても福音は強敵なの?」

「どうっすかね……。強敵には違いないけど、今回に関しては別の問題っす」

 

 え? と首を傾げる丸山にC12が忌々しそうに口を開いた。

 

「どこかのクサレ兎が入れてくるであろう横槍っす」

 

 

 

 

 洋上に光が奔る。その光と共に銀と灰色、そして黒のISが縦横無尽に飛び交っていた。

 銀は銀の福音。そのISは己の主武装《銀の鐘》を打ち鳴らす。しかしそこから生まれるのは荘厳な鐘の音色で無く、破壊を振りまく無数の光。上空で放たれた光の雨は灰色の無人機と黒の黒翼に容赦なく降り注いていく。その破壊の雨を無人機達は上下左右に機体を翻す事で躱し、静司の黒翼は増設されたスラスターを最大限に吹かし、攻撃範囲から一気に距離を取る事で躱した。

 距離を取った静司は両腕と二対の翼の砲口を無人機達へ向ける。更にはその装甲の各所がスライドして開き、そこからも砲門が現れた。

 発射。

 全ての砲門が火を噴き、嵐の様な砲撃と銃撃が福音と無人機を襲った。その嵐を今度は福音が即座に離脱して難を逃れた。だがそれは予想通りだ。静司は視線を無人機達へ向ける。そちらは完全には避けきれなかったのか、何機かが被弾しよろめいていた。好機だ。

 黒翼のスラスターが再び火を噴く。瞬時加速で距離を詰めた黒翼の左腕がよろめく無人機の一機を捕らえた。

 

「っっらぁ!」

 

 雄たけびをあげ、力任せに鋭利な鉤爪を振るう。シールドバリアーを切り裂き、無人機の機体に直接叩きこまれたその一撃で、切り裂かれた無人機が煙を上げながら墜落していく。だが安心はしてはいられ無い。即座にその場から離脱しようとする黒翼に複数のビームが突き刺さり、火を上げた。

 

「ちぃっ!」

 

 黒翼はその機体をふら付かせながらも二対の翼を広げると攻撃が来た方向へ、牽制とばかりにR/Lブラストを放つ。そのまま、成果を確認せずにその場から離脱した。

 再び距離を取った静司は福音と無人機を警戒しつつも機体状況を確認する。黒翼はその装甲の各所が凹み、砕かれ、火を上げていた。このまま動けば戦闘に支障が出るだろう。だから静司は黒翼に命令を下す。

 

「第一装甲。解除(パージ)

 

パンッ、と乾いた音と共に黒翼の装甲が解除されその機体から滑り落ちていく。過剰なまでに追加されていた分厚い追加装甲が剥がれ、その下から現れたのは、最初のずんぐりとした姿からは多少はスリムになりつつも、元の黒翼から比べれば十分に重装甲と言える姿だ。この機能こそが黒翼・重甲型の真価と言えた。

 銀の福音は高機動型のISだ。一方この重甲型は違う。黒翼の売りであった機動力を失う代わりに、直線的なスピードと攻撃力、そして防御力に重きを置いている。全身を強固な装甲で覆い、更にはスラスターの増設による瞬間最高速度の強化により、敵の攻撃をものともせず突き進む突破力を有している。

 銀の福音だけを相手にするなら間違った選択だ。前述の通り、重甲型は機動力を捨てている。下手をしたら福音の動きに追いつけず一方的に蹂躙されかねない。だがここに居るもう一つの勢力――無人機の存在が問題だった。

 篠ノ之束が関わっている以上、無人機の登場は予想された。その数は定かではないが、少なくともこちらへの攻撃意思がある事は明確。そんな戦場に、通常装備の黒翼を向かわせたらどうなるか?

 黒翼も静司も決して無敵でも無ければ、超人でも無い。銀の福音という強敵だけでなく、通常のISのスペックを上回る無人機複数を相手に、被弾せずに戦うなんて事は不可能だ。そして、シールドバリアーを使えないと言う黒翼の特性上、その被弾は敗北へと近道になりかねない。

 これが敵の数がほんの数機ならまだなんとかなったのかもしれない。元々黒翼の機動力は、被弾を避ける為に特化したからでもある。だが、次から次へと現れる無人機が相手なのだ。その対策として用意されたのがこの重甲型となる。

 先ほどまでは最高速度で接近し、その重装甲の質量でそのまま相手を叩きつぶす事を目的としていた第一装甲。本来なら最初の奇襲の為だけに用意された物。そして今は第二装甲。ここからが本番だ。

 

(先の奇襲で落としたのが3機。今ので4機目。見えているだけでも無人機は残り5機……)

 

 まるで出来の悪いゲームの様に次々と現れる無人機の群れに苛立つ。その苛立ちが己の中の黒い炎に薪をくべていくかの如く、怒りで思考が埋まっていく。

 

「……っ」

 

 怒りに思考が埋まるその寸前、己の右腕を、そこにあるハンカチと髪飾りの存在を思い出す。それは自分にとっての穏やかさの象徴。そして守りきれず、それどころか自分のせいで巻き込まれたかもしれない後悔の象徴でもある。

 また繰り返すのか? また我を忘れて暴れまわり、今度こそ取り返しのつかない事が起きた時、自分は彼女達に何て言えばいい? いや、そもそも合わせる顔も無い。EXISTも、組織としてそう何度も許すとは思えない。自分はただ、友人や彼女達の前から、学園から消えることになるだろう。それは――嫌だ。任務の為でもある。だが、何よりも自分がそこに居たいと願っている。だからこそ、繰り返す訳にはいかない。

 

「ああ、そうだとも」

 

 意識をはっきりと持て。目的を見失うな。冷静に目の前の敵を倒せ。黒翼の追加複合装甲が全て剥がれるまでに、無人機共を殲滅しろ。

 怒りが消えた訳では無い。だが、今度こそ見失わない様に。静司は雄たけびを上げ、敵の最中に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 花月荘の一室。未だ眠る一夏の横では箒が一人打ちひしがれていた。

 時刻は午後4時を過ぎ、太陽も次第に傾き始めている。怪我人が居るからと言う理由で、生徒達が居る部屋から遠ざけられたその部屋は不思議な程静かに時が流れていた。そしてその静かさが箒の鬱屈とした想いを助長させていた。

 

 自分が調子に乗らなければ――

 

 調子に乗り味方を撃ちかけ、それを防ぐために一夏が墜ちた。何もかもが己の責任。しかもあの後戦意喪失した自分と一夏を運んだのはセシリア。その為の時間を稼いだのがラウラ。それが箒の気持ちを一層暗くしていた。

 強さを求めた。だがそれは戦士として高みを目指したので無く、ただ想いを寄せる人の横に居たかったから。ただ、それだけ。何故ならその人の周りには強い人間ばかり集まっているから。だからこそ、紅椿を手に入れた時、自分は有頂天になっていた。これでもう、置いてけぼりにはならない。代表候補生であり、専用機持ちである彼女達にも引けを取らないと。だがそれはとんだ勘違いだ。彼女達が専用機を持ち、候補生となったのは才能もあったのだろう。だが同時に厳しい訓練と競争を勝ち抜いてきたからであり、それが彼女達の強さの裏付けだ。対して自分は、都合のいい時だけ姉に頼り簡単に力を手にいれただけ。それに見合う己の強さも持たないまま。挙句の果てに、自分と一夏はそのライバルに救われた。それが悔しく、情けなく、まるで道化になった気分だ。

 だが、それならばどうすればよかったのだ? 一夏の周りには彼に好意を寄せる人が集まる。それは普通の少女から、確かな実力を持つ者たちまで。そんな連中を相手に、どうすれば立ち向かえたというのだ。IS無しなら勝ち目はあるかもしれない。だがここはIS学園。結局はその力が強さの象徴となる。そんな中でISに関しては素人の自分はどうすればよかったのか。

 その答えは見つからない。だが一つだけ分かった事がある。自分がISに乗っても無駄だった言う事だ。どれだけ素晴らしい機体に乗っていても、自分がこの体たらくでは意味が無い。ならば自分はもう――

 

「で、アンタは何時までそうしてるワケ?」

 

 遠慮なく、突き放すような声が箒に降りかかる。声の主である鈴はゆっくりと項垂れる箒の元まで歩み寄る。

 

「聞いたわよ。アンタが一夏を撃ったんだってね」

 

 びくっ、と箒の肩が跳ねる。鈴はその様子に苛ついた様に目を吊り上げる。

 

「で、今のアンタは何? 反省してますのポーズ? それとも悲しんでる悲劇のヒロイン? ふっざけるんじゃないわよ! それで何が解決するのよ!」

 

 突然烈火の如く怒りをあらわにした鈴が箒の胸倉を掴み、無理やり立たせた。

 

「アンタは帰ってきたから何をした? ただそうやって一夏の横で昏い顔してメソメソしてただけ? その間に何が出来た!? 他にも怪我しる子は居るし、この旅館だって被害があった! 動ける子は皆協力してその後始末をしてたのに、アンタは何をしてたのよ!」

「わ、私は……」

「何よ!? 別にね、後悔も反省も否定しないわよ。だけどね、出来ない事をやろうとしたアンタが! 出来る事をやろうとしないのに私は腹が立ってるのよ!」

「……」

 

 俯いたまま顔を上げようとしない箒に更に鈴の眼が吊り上っていく。そのまま手を振りあげ、

 

 パシンッ!

 

 乾いた音が部屋に響く。頬を打たれた箒だが、何も反応せず俯いたままだった。その様子に鈴が再び手を上げるが、その腕は小さな手に掴まれた。

 

「……っ、シャルロット」

 

 鈴の腕を掴んだのはシャルロットだった。彼女は無言で首を横に振る。一瞬動きが止まった鈴だが、力を抜くと手を降ろした。

 

「ここは病室だよ、鈴」

「ええ、そうね。悪かったわ。……川村の様子は?」

「静かに寝てたよ。丸川先生曰く、それほど大事じゃないって」

「そう、良かった」

 

 大事は無くても心配なのだろう。どこか儚げに微笑むシャルロットに、鈴も小さく笑って返す。その二人の背後からセシリアとラウラが現れた。ラウラは静かに部屋に入ると箒の前に立つ。

 

「篠ノ之箒」

 

 再び箒の肩が跳ねる。それもその筈だ。今回の件で一番の被害を被ったのは一夏だが、次いで一人敵の足止めをしたラウラもまた、少なくない負傷をしている。そんな彼女の糾弾を恐れたのだ。

 

「貴様はまだ戦う気があるか」

「……?」

 

 予想とは違った問いに疑問がわく。そんな箒を無視してラウラは淡々と話始めた。

 

「今回の件は確かに貴様のミスだ。だが我々のミスでもある。作戦会議の時、私たちも反対すべきだったのだ。だが私は教官の言葉だからと自分を納得させた。それが私のミスだ」

「なら私も同罪ね。何も言えなかったし」

「わたくしもですわ」

「僕だってそうだよ。もっと意見を通すべきだった」

 

 鈴とセシリアとシャルロットの言葉にラウラも頷く。

 

「いいか、戦場で役に立たない味方程危険な物は無い。だがそれを選んだのは誰だ? 意見をしなかったのは誰だ? そう、私達だ。ならばそれは私たちも無能だったというだけだ」

 

 その発言に箒だけでなく、鈴達も目を見開いた。今の言葉はつまり、作戦を決定した千冬の事を批判している事にもなる。それをあのラウラが言ったことに驚きを隠せない。

 

「ならば私たちはどうすればいいと思う? 泣くか? 喚くか? それとも逃げるか? どれも私はごめんだ。私は馬鹿になろうと思う。馬鹿になり、しかし自身と、仲間と、そして教官の汚名を拭い取る」

「何……を……」

「銀の福音の位置を特定した。そこでは件の黒いISも現れ戦闘が行われている。私達はそこに向かう。そこで戦い、今度こそ勝利して私を育てた教官や、私の仲間達が無能で無い事を証明してやる。だがこれは命令違反だ。馬鹿のする事だ。だがそれでも私は馬鹿を取る」

「ラウラさん……結構無茶苦茶いいますわね……」

「千冬さんなら『命令を聞けない奴は無能だ!』とかいいそうだけど」

「…………そ、そうか?」

 

 セシリアと鈴が呆れた声をだす。だが二人とも笑みを浮かべていた。

 

「と、とにかくだ。私たちはもう一度戦う。貴様はどうする?」

「だ、だが私は役に……それにもうISには――」

「安心しろ。貴様の能力はもう把握した。ならばそれに合った戦い方をするまでだ。それと甘えるなよ。専用機をもった以上、貴様には責任が付きまとう。そう簡単に逃れられると思うな」

 

 責任。自分が考えても居なかったその言葉に箒が改めて己の愚かさを知った。ISは玩具では無いのだ。その気になれば人を殺せる兵器。それの所持には責任が付きまとうなど当然の事なのに。

 

「ああ、もうじれったいわね!」

 

 鈴が呆れた様に言い放ちもう一度箒の胸倉を掴み上げ視線を合わせる。

 

「ラウラが言いたいことを要約してあげるわ。このまま無能で居続けるか、リベンジして素敵な馬鹿になるか。アンタはどっちを選ぶ!?」

 

 責任からは逃れられない。起こしてしまった罪や後悔からも逃げる事は出来ない。だがそれでも。それでも何とかしたいと思えるのなら。

 ちらり、と一夏を見やる。未だ眠る想い人。もしここで何もせず居たら、どうなるだろうか? それこそ一夏が目を覚ました時に立つ瀬がない。もはや自分の居場所など消えてなくなるだろう。一夏自身はそうは思わないかもしれない。しかし自分自身が許せそうにない。ならば、少しでも自分が許せるように。一夏に向き合えるようにならなければならない。

 結局は不純な動機だ。アレだけラウラや鈴に言われても、結局は一夏の事しか考えてない。しかしそれでも、今の自分の動くための活力となるのなら。

 箒は表を上げ、宣言する。

 

「ならば……私も馬鹿となる」

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと目を開く。ぼやけた視界に映るのは木目の天井。それをぼんやりと眺めながら体を起こした。途端に頭に鈍い痛みが走る。そっと触ってみると包帯が巻かれている事がわかった。

 自分はどうしてここにいるのだろうか。

 はっきりしない意識の中、ふら付きながらも立ち上がる。右に左に揺れ動きながらたどり着いた襖を何となく開く。

 

「……あら?」

 

 奥から女性の声がする。ぼんやりとした視界には白衣を着た女性と、その正面で眠る少年の姿があった。それを見た瞬間、何故か嬉しい気持ちになった。

 

「わ~、かわむーめっけ~」

 

おぼつかない足取りで少年が眠る布団に近づくと、ちょこん、とその布団の隣に座る。そしてその顔を覗き込むようにした彼女の動きが止まった。

 

「本音ちゃん、目が覚めたのね。……本音ちゃん?」

 

 女性が声を駆けてくるがまったく耳に入らない。動きを止めたまま数秒顔を覗き込んでいた少女――本音は静かに訊いた。

 

この人(・・・)……誰?」

 




 前書きでも触れましたが、ようやく追いつきました。
 一度修正したとはいえ、こちらに投稿する際にもう一度確認すると結構直すところが多くて苦労しました。それにしばらく期間が空いたために、展開を考えなおしたり等色々と。具体的に言うと、C12のセリフがちょっと変わってます。

 そしてメカ物ならやっぱり追加複合装甲&解除は浪漫だと思うんですよね。最近買ったACでボス戦であえて武器をパージしてブレードとハンドガンだけで「もう、これしかねえ!」とか一人で盛り上がって戦うのがマイブーム。


勝てないけど。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。