IS~codename blade nine~ 作:きりみや
ところで過去篇は次で終わりと言いましたが、なぜか終わらないという罠
自分の構成能力のなさに嘆く
白い白い部屋の中。
俺はぼんやりと視線を漂わせていた。
両手両足は機械で固定され、頭部にもよくわからない機械を取り付けられている。正面にはガラス越しにこちらを見つめる研究者達が見える。
『おはようEX02。これより実験を始める。今日も壊れない事を期待する』
身勝手な声がスピーカーから流れる。そしてブゥン、という音と共に周囲の機械が動き出した。
『A126番。インストールを開始』
瞬間、
「あぎあああゃああうあああぁあああがあぐああっ!?」
脳内を直接かき回し、強制的に何かを変えられているという感覚。それが引き起こすと頭の割れる様な激痛と気持ち悪さに絶叫した。
(ぁぁぎぃやっあ――適切な対応――ああああぎおぁ――戦闘分析――ごぎぐぁぃ――重心移動――ぎゃっこえあああ!?)
終わらない激痛の中、何かが強引に脳内に刻まれていく。その気持ち悪さと恐ろしさはこれまでに125回経験してきたが慣れることは無かった。
(がきやあああごぅ――ナイフを展開――ああああああ――相手の銃口を――ぎがぁぁっごぅあああ――恐怖を植え付け――)
狂ってしまう。いや、狂ってしまえ。そうして楽になるのならどれだけいいか。
地獄のような実験の中、俺は涙と鼻水、さらには血を吐きながら私は絶叫を上げ続けた。
「経過は?」
「順調です。今回も成功でしょう」
Vプロジェクト。その計画を担う二人の男は、窓越しに今も叫び続ける少年を見つつ言葉を交わす。
「EX02は素晴らしいです。彼のお蔭でインストールの効率化も進み、他の被検体もNo53以降を受け入れ始めています」
「だが失敗も多いと聞く。最近被検体の調達も難しくなってきたから油断は禁物だな」
「はい。実際使える数はもう少ないので、まずはEX02で試してから調整しています」
「ふむ……」
くたびれた金髪の男――主任は窓越しの光景を無感動に見つめながら首を捻った。
「しかし何故アレは耐えられる? 特別心が強いと言う事か?」
「どうでしょうか? 実験前のメンタルチェックでは他の被検体と似たようなものでしたし、肉体が特別強靭という訳でもありません。相性が良かったとしか……」
「あやふやな答えだな。それでよく研究が進んだものだ」
主任の言葉に応えていた若い男も苦笑する。実際彼も同じことを考えていたのだ。
「一応、実験の際に被検体に与える影響を情報化し、無駄や過度の負担を省いたうえで他の被検体に使っています。実際、例の『ハード』へのインストールも問題なかったでしょう?」
「確かにな。EX02は男だからいくら戦闘技能、ましてやISでの戦闘技能をインストールしても、ISを使えなければ意味が無い。そういう意味では、CBシリーズにもインストールが成功した事にはほっとしたよ」
「勿論、通常の戦闘技術や理論段階の対IS技能もプログラムに入っています。IS無しでもEX02は十分な戦闘能力が有りますよ」
「とは言っても頭でっかちだがな」
EX02は技術こそ刻まれているが、肉体は通常のままだ。それでもここに来る前の研究所での実験の都合上、年齢にしては鍛えられた肉体を持ってはいるのだが。
逆にもう片方、『ハード』と呼ばれた方は、肉体は最強により近づくよう再現されているが、中身は違う。つまり双方は対極的なのだ。
「そうだな……ここらで一度試してみるか」
「模擬戦ですか? いよいよですね」
楽しそうに男が笑う。自分の実験の成果を思う存分に試せるからだろう。
「最強の肉体が勝つか、最強の技能が勝つか。まあ、どちらも未だ最強にはほぼ遠いが、ここらで試してみるのも良いだろう。今のインストールが終わり次第、第3試験場へ連れてきてくれ」
「わかりました……インストールも今終わりました」
いつの間にか悲鳴も止み、少年は研究員達のチェックを受けていた。そしてそのチェックも終わり、研究員の一人が拘束具を外した時それは起きた。
「……え?」
眼にも止まらぬ速さで伸びた少年の腕が研究員の首を掴み、捻る。ごきっ、と鈍い音が響き、その研究員は呻き、数度瞬きした後崩れ落ちた。余りにも鮮やかに、そしてあっけなく成されたそれに周りの研究員達も反応できない。
その間にも少年は動く。崩れ落ちる研究員からボールペンを奪うと手首のスナップでそれを投擲。背後に居た研究員の眼を貫いた。
「ああああああああああああっ!?」
眼を貫かれた研究員が上げたその悲鳴で他の者も我に返った。慌てて少年から逃げ出そうとするが、それより早く全ての拘束具を解いた少年が宙へ飛び、逃げようとした研究員の髪を掴み、引きずり倒す。更には足元に倒れたその研究員の顔に真っ直ぐ足を叩き下ろした。ぐしゃ、と嫌な音が響き床に血が広がっていく。
余りにもあっけなく行われたその惨劇に研究員達の顔が凍る。対して少年はまるで幽鬼の様な、焦点の合わない目でフラフラとあたりを見回し、彼らを見つけるとその眼が黒く濁った。
数分後、その部屋は血に染まり、かろうじて生き残った者達の呻き声。そして頭を抱え叫びを上げる少年だけが立っていた。
「これは……」
「中々ではないか」
目の前で起きた惨劇に若い研究員は声を震わせたが、主任は感心そうに頷いただけだった。その異常さに思わず振り向くと、主任はデータを確認しながら問う。
「インストールの失敗……という訳では無い様だな。それに意識が無いように見える」
淡々と分析している主任が男を見つめる。男はうっすらと汗を流しつつ、かろうじて答えた。
「お、おそらく精神面の問題かと……」
ちらり、と今も叫んでいる少年を見やる。
「確かに正気は保っていませんが、狂っているというよりは痛みに耐えている様子です。恐らく過度のストレスで揺らいでいるとしか……」
「情緒不安定、いや、暴走と言う事か」
「え、ええ。しかしこんな状態では模擬戦は――」
「いや、行う」
今度こそぎょっ、とした男に、主任は笑いながら答えた。
「先程の動きを見ただろう? インストールは問題ない上に、戦闘能力も申し分ない。それにストレスが原因なら一度暴れさせて発散させてやれ」
「ですが今の状態ではまともに戦えるかどうかも……」
「今後こういう事態がまたあるかもしれん。その時の為のデータも欲しい。EX02の様子を見つつ、危険域ギリギリまでは行え」
窓越しに未だ叫び続ける少年を見て笑いながら、主任は命令を下すのだった。
この施設のIS試験場は小さなアリーナほどの大きさを持ち、人間同士の模擬選程度なら十分すぎる広さを持つが、ISを使うとなると少し小さい。更には開閉式の天井も締め切られており、ISの動きを尚更制限してしまう。しかし今回の模擬戦ではISを使う予定は無いので問題が無かった。
そして今そこには5人の女性が立っている。異様なのはその5人が同じ外見をしている事だ。鋭く、狼を連想させるような切れ長の相貌。女性にしては高めの身長と、整った容姿と鍛えられた体躯。そんな同じ人間が5人並んでいるという光景は、かなり異様な光景だった。しかし彼女達に説明を行っている研究員はそんな事は気にもせず、自らの職務を行う。
「これから君たちには模擬戦を行ってもらう。まずはCB01、君からだ」
「模擬戦だと? 今更何を……」
CB01と呼ばれたのは5人の中でも一際鋭い目つきの女性だ。彼女は訝しむ様に眉を潜めるが、研究員は馬鹿にした様に笑う。
「質問する権利はありません。君たちは言う事に従っていればいい。まだ死にたくないでしょう?」
「……」
自分達の生殺与奪はこの施設の人間達が握っている。その現実に無力感を覚えてしまう。だが生きるためには言う事を聞くしかない。自分達がどういう存在かは知っているのだ。反抗は死を意味する。それは自分自身だけでなく、下手をしたら他の姉妹もだ。だがこれ以上この生を続けることに意味などあるのだろうか? 自分達は所詮模造品。それも出来が悪く、この胸糞悪い施設に頼らなければ生きていけない。そして自分を研究した結果、更に碌でも無い物をここの連中が造るであろう事は予想出来る。
ちらり、と背後を見ると残り4人が心配そうに見つめていた。全員同じ顔ではあるが、自分にはどれが誰だかよくわかる。瞳を潤ませ、心配そうに見つめているのが02。研究員を怒りの形相で睨んでいるのは03と04。無表情ながらも突き刺すような視線で研究員を睨んでいるのは05。自分と同じ存在で、この研究施設で唯一の味方であり、家族。自分がどうなろうとも、彼女達が苦しむ姿は見たくない。
「いいだろう。それで相手は誰だ?」
CB01の問いに研究員は入口に視線を送る。丁度そこには、この計画の責任者である主任と呼ばれる男と、数名の研究員。そして目隠しされ両手両足を鋼鉄で拘束された少年が入ってきた所だ。
その少年の状態にはCB01も流石に驚き、研究員に説明を求めるが、研究員は『知る必要は無い』とだけ言い残すと引き上げていく。残されたのは困惑する5人の女性と、拘束された少年のみとなった。
『さて、それではCB01以外は下がりたまえ。60秒後に模擬戦を開始する。武器はこちらで用意した。好きな物を使いたまえ』
スピーカーから命令が下る。見れば壁際に幾つかの武器が並べられていた。あれで戦えという訳だろう。だが今気になるのはそんな事でなく、目の前の自分の相手らしい少年だ。彼は先程から微動だにせず、生きているのかも怪しい。彼が立っていなければ自分は死んでいると思っただろう。それに彼はまだ拘束されたままだ。このまま戦えと言う事だろうか?
『安心したまえ。時間になれば彼の拘束は解く』
こちらの考えを呼んだ声が告げる。それでも拭えない不信感と、不気味な様子に警戒心を高めつつ、CB01はゆっくりと壁際に歩いていく。無論、少年からは目を離さ無い。
『30秒』
カウントが響く。CB01が手にしたのは数本のナイフ。銃器もあったが、それはあえて手にしなかった。それは警戒しつつも、武器すら持っていない少年を相手にすると言う事から生まれた躊躇だ。
武器を手に、ゆっくりと開始を待つ。その間も少年に動きは無い。相手の様子は不気味だが、今はこの戦いに集中することにする。息を整え、静かに開始を待つ。
『開始』
ブザーも何もないただその一言が合図。少年の両手両足の拘束具の電子ロックが外れ、目隠しも同じように外れ、その顔を露わにする。それを見た瞬間、CB01は不思議な感じがした。まるで自分と似て非なる者を見ている様な、異様な感覚。
露わになった少年の眼はどこか焦点が合わず彷徨っている。しかしその眼がCB01に向けられた時、急に雰囲気が変わった。
「っ!?」
そこからは一瞬。まるで地を這うように身を低くして少年が向かってきた。想像以上の速さで迫った少年の手がCB01の首を狙う。CB01は慌ててその腕を弾くと左足を勢いよく振り上げた。少年を狙ったそれは、予想外の方法で躱された。少年は攻撃を仕掛けた手とは逆の手でそれを受け、そのまま倒立する様に地を蹴ったのだ。そしてCB01と己の蹴りの勢いをそのままに宙に上下逆さまに飛び上がり、背後へ着地。即座に回し蹴りを放ってきたのだ。
「器用なっ!」
避けきれないと判断するとCB01は振り返り腕でガードする。重い衝撃に腕が痺れるが、少年の体躯から出されたそれは仮にも世界最強を再現しようとしたCB01の肉体に大きなダメージは与えられない。だが目の前の相手が只者では無いというのは良くわかった。
CB01はナイフを抜く。模擬戦様に刃引きはされているが、当たればそれなりのダメージにはなる。それを構え、相手の出方を見ようとしたが、相手はそんなものを無視して突っ込んできた。更にその手には自分と同じナイフが握られている。彼は武器を取りに行く暇など無かった筈だ。まさか、と思い自らの腰を見ると、そこに差していた数本のナイフの内、一本が消えていた。先ほどの蹴りの時に奪ったのだ。こちらに全く気付かせず。
「やってくれる……」
相手の技量に驚きつつ、少年が繰り出したナイフを自らのナイフで弾く。突き出された掌打を躱し、蹴りを打ちこむがそれもまた躱される。そして回避行動そのままに、勢いを増して体を回転させながら放たれた少年のナイフの一撃が、CB01のナイフを弾き飛ばした。
(……?)
無防備になった胸目掛けて突き出された切っ先を、身を沈ませることで強引に回避しつつ、CB01は違和感を感じていた。彼の動きは確かに早く、鋭く的確だ。しかし自分はその動きに対応できている。それは自らの反射神経のお蔭でもあるが、それ以前の理由があった。
(この動きは……?)
たった今交わされた攻防。その所々に自分の知る物が――いや、
一瞬、感情の無い――いや、虚ろな目で自分を見下す少年と眼が合った。
(意識が無い? いや、これは――)
疑問を感じたのは一瞬。背中に衝撃が奔り、CB01は地面を転がった。蹴られたのだと気づいたのは彼女が態勢を立て直した時だ。背中に響く鈍い痛みに顔を歪めつつ、追撃を警戒しすぐさま身構える。
「……?」
だが何故か少年は追撃してこない。訝しげに見つめる先、少年は虚ろな目でこちらを見やり、己の手のナイフを見つめ、そして今しがた蹴りを放った自分の足を見る目る。そして、
「―――――――――――っ!」
声にならない絶叫を上げた。その突然の事にCB01、そして残りの女性たちも意味が分からず呆然と見つめる。その間にも、その眼から涙を流し、鼻水を垂れ流し、涎を撒き散らしながら少年は絶叫を上げ続ける。
「何なのだ……」
意味が分からずCB01が近づこうとした時、ビクッ、と少年が揺れた。思わず足を止めた彼女が見たのはどこか怯えたような少年の眼。
しかしその理由を考えるより早く、少年が突然その身を縮こませた。腰を落とし、ナイフを持つ右腕を引くその姿はまるで居合いの様で、しかしその姿が何故か自分と、そして仲間達と重なった。
「まさか……!?」
ふと気づく。今までの少年の太刀筋。戦闘中の違和感。そして一瞬重なった姿。自分と仲間達が重なった理由は簡単だ。最近受けた『インストール』でその技術を学ばされたのだから。そして以前研究員が話しているのを聞いたことがある。自分達が受けているインストールは、最初にそれを受けた者のデータを反映して造られていると。ならば目の前の少年はもしや―――?
「―――――――――っ!!」
少年が飛び出す。本来なら刀で放たれるであろうその技は確かに自分も知っている動き。そしておそらくはその太刀筋も。だからこそ対応できる。そして少年と自分の間には肉体の差がある。
CB01は少年と全く同じ動作で自らのナイフを引き、腰を溜め、そして飛び出した。一寸も違わないそのCB01の動きに、涙に濡れていた少年の瞳が一瞬揺れた。そしてその変化がCB01の予測を確信へと返る。
激突。同時に踏み込み、同時に腰に構えたナイフを振り抜く。まったく同じ太刀筋のそれが二人の間でぶつかり合う。だがその結果は両者異なっていた。少年のナイフはCB01のナイフとぶつかり、そして弾き飛ばされたのだ。
その光景が信じられないのか。それとも別の理由からか。少年は絶叫を止めただ呆然とこちらを見つめている。その顔にCB01はナイフを突きつけた。
「同じなんだな、お前も」
CB01が紡ぎ出した言葉に少年の肩が震える。
「そして私の方が、強い。だが……お前の敵では無い」
ナイフを放り、少年の頭に手を乗せる。正直自分でも何故こんな事を言っているのかは分からない。だが自分達と同じ様で、どこかが違うこの少年を放って置くことは出来そうになかった。
「だから、怯えるな。私たちはお前の味方だ」
ぽんぽん、と頭を叩き引き寄せる。少年はされるがままに引き寄せられ、彼女に抱かれた。だが彼女はそれ以上は何も言わない。元々口下手な上に、ここでは実験と訓練漬けなのだ。どういう風に対応すればいいのかわからず、結局思いつきでこうしたまで。しかしこれは幸をそうしたらしい。少年から力が抜け、ゆっくりと彼女に体を預けた。こちらの言葉が通じ、そして理解したのだろう。つまり彼は意識が無かった訳では無く、ただ怯えていただけなのだ。そしてそうさせた原因は一つ。
CB01はこちらを窓越しに監視する研究員達を静かに睨む。彼らからの反応は無い。しかしそれでも彼女が視線を逸らす事は無かった。
そしてCB01が見つめる先。試験場の管理室で主任はふむ、と頷いた。
「細かな戦術はEX02が上だが、総合的な戦闘能力はCB01が上か。まあこんなものだろう」
「EX02のインストールが進めば結果は変わるかもしれませんね」
「ああ。だがやはり肉体のハンデは大きいか。まあEX02はインストールの研究に役立てばそれで良い」
試験場では他のCBシリーズが01とEX02に駆け寄っていく所だ。それを見て主任は冷笑する。
「しかし驚いたよ。CB01がEX02の暴走を止めたとは。確か怯えと言っていたか?」
「ええ。過度のストレスからくる暴走。その対象は自分に対する脅威と言う事だったのでしょう。しかし毎度の様に暴走されては面倒ですね……」
「つまり心のケアも必要と言う事か。実験動物には似合わない言葉だが、これもVプロジェクトの為か」
「今までもメンタルチェックは行ってきましたが、もう一度再考します」
「それでは結果は変わらんよ。だが丁度いいカウンセラーがそこに居るではないか」
主任の視線の先にはCBシリーズと呼ばれる女性たちが少年を囲んでいる。
「まさか彼女達にやらせる気ですか?」
「そのまさかだ。どうやら似た者同士気が合うらしいしな」
ふん、と馬鹿にする様に主任が笑う。彼にとってあそこにいるのは実験材料以外の何物でもない。そんな連中が情に目覚めている事が滑稽なのだ。いずれ死ぬというのに。
「しかし危険では? もし彼らが結託したら」
「逆だよ。元々CBシリーズの生殺与奪はこちらが握っている。奴らは生意気にも仲間意識が強いからお互いが人質に成り得るのだよ。その人質が一人増えるだけだ。それも自分達より年下がな。それが増えれば増える程、『この身を捨ててでも』なんて馬鹿な発想が出来なくなる」
CBシリーズの生みの親は彼女達の事をよく理解している。彼女達の能力も。技術も。そして気づけば生まれていた彼女達の連帯感も。
「ひとまずEX02を回収しろ。後に彼女達に引き合わせて反応を見る」
うっすらと眼を開くと見慣れた天井が視界に入った。いつも自分が寝ている簡素を通り越して必要最低限の物しか存在しない小さな部屋の天井だ。
しかしいつの間に部屋に戻ったのだろうか? 今日のインストールの後からの記憶が曖昧だ。思い出そうとして体を起こすと不意に声がかかった。
「あ、目覚めたのね」
「っ!?」
自分のすぐ隣。寝ていたベッドの横の椅子に女性が座っていた。切れ長の相貌と黒い長髪。その姿を見た瞬間、脳裏に記憶が蘇る。ベッドから跳ね起き身構える。そうだ。自分は目の前の女と戦い、そして、そして……?
「大丈夫よ」
ふわり、と頭に手が乗せられる。柔らかな手で撫でられるが意味が分からない。何故目の前の相手はこんな事をするのか。そもそも先ほどまでと雰囲気が違う気がする。
「私たちは敵じゃない。貴方と似たような存在で、味方よ」
「そういうことだ」
不意に頭を撫でる女性の後ろから声がかかる。その人物もまた、黒い長髪と切れ長のオオカミを思わせる相貌。引き締まった体躯と、自分の頭を撫でている女性と同じ顔をしている。
「混乱するのも無理はない。だが一度見せた方が早いだろう。お前達も来い」
声に従って現れた人物にいよいよ混乱が増す。新たに現れたのは3人。その全員が同じ容姿をしているのだから。それは余りにも異常な光景だ。そう、自分と同じ異常――
「先ほどお前と戦ったのは私だ。ナンバーはCB01」
「私はCB02よ」
頭を撫でていた女性が優しげに微笑む。続いて背後の3人も次々に名乗る。
「私はCB03だ。よろしくな」
「CB04よ。君も大変ねー」
「……CB05」
全員同じ容姿なのに、それぞれが発せられる言葉から感じる雰囲気はどれも異なっている。まるで意味が分からない光景に頭が痛くなってきた。そんな様子にCB02は苦笑する。
「混乱するのも無理はないわ。だけど説明する前に貴方がどこまでこの計画の事を知っているか教えて?」
「この計画……?」
「そうだ。この『Vプロジェクト』について、お前が知っている事を知りたい」
Vプロジェクト。その単語は知っている。自分はその為に意味も分からない事を頭に強制的に刻まれ続けてきたのだから。インストールという、地獄の様な実験によって。その事を話すと彼女達は一様に難しい顔をした。
「やはり彼が……」
「けどこの子は男の子よ? いくらなんでも」
「んー、ISに関しては別でも例のインストールに関してなら性別は関係ないんじゃない? それにさっき所員が言ってたEX02ってこの子の名でしょ? だとしたら確定じゃない?」
何の話をしているのか全く分からない。そもそも彼女達は何者なのか。
そんなこちらの様子に気が付いたのだろう。彼女達を代表してか、CB01と名乗った女性がゆっくりと説明を始めた。
それは最強のIS操縦者を造りだす計画。しかし実在する最強をそのままコピーしてもそれは失敗に終わった。ならば肉体と技術。そのそれぞれをまずは完璧な物として完成させ、後にその二つを掛け合わせ最強を造りだす。単純だがそれがVプロジェクトの概要。そして彼女達は肉体面、つまりハードの研究材料として生まれた。そして逆に自分はソフトとしての実験材料としてここに居る事。
自分が何の実験の為に居るのか今まで分からなかったが、まさか世界最強を造りだすのが目的だとは夢にも思わなかった。だがそれを教えて彼女達はどうするというのか。そもそも何故自分はここに居るのか。
「寂しいんだよ私たちは」
CB01は苦笑しつつそれに答える。
「今話した通り、私たちは全うな人間では無い。社会には出られないし許されもしないだろう。そしてこの研究所には私たちを実験動物としか見ていない者ばかり。味方は同じ境遇の仲間だけだった」
「けどその味方が居たからこそ、私たちは耐えられた。だけどね、やっぱり仲間が5人だけって言うのは寂しいのよ」
「全員女ってのものなー。たまには変化は欲しいというかなんというか」
「けどここの所員だけは死んでもごめんだよね、って話をしていた所だったんだよ。君が現れたのは」
「……弟」
「は……?」
何を言っているのかよくわからない。特に最後の05お言葉が。しかしその言葉に03と04は「それいいな」「確かに面白いねー」と盛り上がっていた。
「ま、つまりだ。私たちは仲間が欲しかった。子供みたいだろう? だが私たちは見た目とは裏腹に生まれてからそう時間は経っていなくてね。どうしてもそういう感情に流されて涙したくなる」
「それに私たちと同じように……いえ、もしかしたらそれ以上に酷い実験を受けている貴方を知ってしまったらやはり無視はできないわ。例え貴方をここに運んだ所員が何を企んでいたとしても、それだけは出来ない」
すっ、と再び体を引き寄せられる。
「どれだけ先があるかは分からない。だけど今この時だけは私たちと共に居て。貴方は独りじゃない。似て非なる者だけど、私たちは貴方の味方よ」
その言葉に。そしてこちらを見つめるCBを名乗る女性たちの優しげな瞳に、何故か涙があふれた。
これは一方的な保護ではない。互いに拠り所とすることで、この地獄を種抜こうとという誘い。
これは地獄の解決方法ではない。問題の先送りなのかもしれない。彼女たちもそれは理解しているのだろう。それでも自分に手を差しのべた。そしてそれは、しばらく忘れていた人の温もりというものを自分に思い出させ、何故か涙が溢れるのだった。
「想像以上に上手くいきましたね。どこのドラマですかアレは」
「売れない作家の書いた三文芝居の様な物だが、本人達はいたって真面目だろうさ」
その室内を監視していた主任と若い研究員が言葉を交わす。彼らが見つめるモニターの先ではCB02に抱かれたEX02が涙を流していた。
「本人達も言っていただろう? どれだけ見た目が大人でもCBシリーズは子供の様なものだ。だから単純で、誘導もしやすい。自分達と似たような存在が打ち捨てられれば、放っては置けないだろうよ」
「そして始まる下らない家族ごっこ、ですか。まあこれで少しでも状況が改善するなら構いませんけどね。しかしブリュンヒルデの姿をしているせいか、妙な違和感を感じます」
「そうか? 聞くところによると、そのブリュンヒルデこと織斑千冬も大層弟を大事にしているそうだぞ」
「想像できませんね」
「同感だ。まあいい。しばらくはCBシリーズと接触させ反応を見ろ。効果がある様な継続する」
「了解しました」
『そして始まる下らない家族ごっこ、ですか。まあこれで少しでも状況が改善するなら構いませんけどね。しかしブリュンヒルデの姿をしているせいか、妙な違和感を感じます』
『そうか? 聞くところによると、そのブリュンヒルデこと織斑千冬も大層弟を大事にしているそうだぞ』
その二人の言葉を静かに聞く存在があった。それは本来なら死んだはずの物。しかし母が授けたその異常なまでの性能が、己の執念と競合し復活した。他でも無い、己を捨てた母への恨みを持ってして。
その存在は男たちから室内の6人に興味を向けた。同じ顔の女5人。そして少年が1人。女たちは知っている。時たま自分を動かすからだ。その肉体は母親が愛する存在、織斑千冬と酷似している。しかしその中身は別物。これでは駄目だ。彼女達では自分の復讐は果たせない。それに彼女達の肉体はそう長くは持たない。
ならば少年はどうだ? 彼の戦いは自分も見ていた。あれこそ織斑千冬により近い物。その技術の取得は彼女達より進んでいる。ならば彼の方が可能性はあるのかもしれない。一つ問題があるとすれば彼は男と言う事。だがそれも大した問題では無い。自分は既に母の制御下からは離れている。ならば自分が少年を受け入れようとすることは可能だ。だが焦ってはならない。失敗をすれば自分は今度こそ消えてしまう。だから今は静かにその時を待つ。復讐のその時を。
この辺りの話は実は半年くらい前には書いていたんですがその時は5000文字くらいでした。が、静司の復讐心を説明するにはCB軍団の存在が必要不可欠なのでちょっと掘り下げようとしたらごらんの有様。
まったく関係ないけど先日某バーで飲んでたら店員と話が盛り上がったのですが、その店員が「こないだ駅歩いてたら目の前にハルヒとラウラの人形を鞄につけた女の子がいてさ、びっくりしたよー」との事。
確かにそれはびっくりだけど、あんな所でラウラの名を聞いたことにこっちが驚きだよ!