IS~codename blade nine~   作:きりみや

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38.Valkyrie project ③

最早何度訪れたか分からない白い部屋の中。そこで今日も実験は続いていた。

 拘束された両手両足。最初から大分形を変えた、頭部を覆う機械。そしてガラス越しにこちらを見つめる研究者達。何もかもがいつも通り。

 

『B271。インストールを開始』

 

 その言葉を聞き、ゆっくりと目を閉じる。そしてその時を待つ。そしてそれが始まった。

 

「あぎあああゃああうあああぁあああがあぐああっ!?」

 

 何時もと同じ地獄。強制的に別の何かに変えられるという、気持悪さは何度やっても悲鳴を押さえる事が出来ない。

 それでも耐えなければならない。そう、耐えればきっと、あの人たちに会える。その事だけを希望にひたすらに耐え抜く。

 

(ああああくぎゃこ――楯を囮に――ぐがあぁぃぅ――意識を別へ――ぎゃああああ――正確に急所を――)

 

 狂いそうになる。死にたくなる。殺してくれと叫びたくなる。だがそれらを無理やり押し込め、ただひたすらに実験が終わるのを待ち続けた。

 そしてやがて実験が終わり、やっとの思いで解放された。だが痛みや気持ち悪さは直ぐには消えない。今も頭の中がかき回されている様な妙な感覚がある。そんな自分に研究員達が話しかける。

 

「意識はあるようだな。では自分の名を言ってみろ」

 

 研究員の声は頭の中で反響し、よく聞き取れない。だが今まで何度もされてきた質問なのでたいした問題では無かった。

 

「俺、は……EX02」

「よろしい。ではこれは何かな? そして幾つある?」

 

 目の前に研究員の持っていたペンが数本差し出される。これもいつもと同じだ。

 

「ボールペン。……3本ある」

「よし。ならばあと複数質問をする。しっかりと答える様に」

 

 その後も研究員の質問は続き、答える度にボードに何かを記入していく。そんなやり取りが暫く続き、問題なしと言う事でやっと解放された。

 

「では本日のインストールを終了する。戻りたまえ」

 

 こくり、と頷きおぼつかない足取りで出口を目指す。それは緩慢ながらもどこか落ち着きのない印象を見ている者に持たせるのだった。

 

 

 

 

 そんな彼をモニター室で見つめるのは二人の男。最近量も少なくなり、くたびれた印象が増してきた、主任と呼ばれる金髪の男。そしてこのプロジェクトの第二責任者でもある若い研究員だ。

 

「随分と浮かれている様だな」

「今日はCBシリーズとの面会を許していますからね。本人は隠しているつもりでしょうが、朝から随分とそわそわしていましたよ」

 

 彼とCBシリーズの面会。半年ほど前から始めたそれは、予想以上の効果を示していたため、今も続けられている。

 

「家族ごっこと馬鹿にしていたが、実際に効果が出ているからわからないものだな」

「全くです。面会を許す様になってから明らかにEX02のインストール効率が上がっています。それに本人も比較的協力的です。まあ成功すればCBシリーズと会わせてやると言っただけなんですがね」

「それはCBシリーズにも言える事だな。つまりはこちらの思う通りに進んでいる訳だ。だが他の被検体はそうもいかないか」

「順調、とは言えません。殆どがEX02に追いつく前に死亡しています。生き残っている被検体も精神に異常が見られます。これはEX02にも言える事ですが、アレの場合はまだ軽微なので問題ないかと」

「ならばそいつらもCBシリーズと接触させてみるか?」

「おそらく無駄でしょう。まともに話すのすら出来ない連中ばかりです。それでも使える内は使いますがね」

 

 どうしたものか、と首を振る。EX02の実験も後々は用意した別の肉体にインストールを行う為のもの。だが他の人間がそれを受け入れられないとなると、実験の意味が無い。

 

「可能な限り負担を減らしつつ、様子を見るしかないか。幸い今の所CBシリーズに行ったインストールは成功している。問題点や改善点を潰しつつ慎重に進めるしかあるまい」

「その事なのですが、実は対案としてこんなものを……」

 

 モニターに新しいウィンドウが開き、情報が映し出される。その内容を眺めて主任は呟いた。

 

「Valkyrie Trase System……。つまりは機械による再現か」

「その通りです。現在問題となっているのは、インストールを行う人間の脆弱性ですが、このシステムならばその問題もクリアできます。つまり肉体に情報を刻むのでは無く、もとより機械にデータとして登録。システム起動時はISの操縦権限がこのシステムに移行します。このシステムの長所は一時的に再現するだけのシステムなので、インストール程の負担は有りません。システム起動時は搭乗者の意識はシステムの管理下に置かれます。ただこれが短所でもあり、システムそのものが搭乗者を動かす為に、人間程細かな命令には従えない点。もう一つは、搭乗者がシステムに強い反発を示すと正常に稼働しないという点です」

「成程。これをCBシリーズに使えば、確かに私たちが求める『最強のIS操縦者』も再現できると。求める物とは少し異なる形だが……」

「こちらはまだ理論段階です。必要ならばこちらをメインに切り替えますが……」

 

 求めているのは最強のIS操縦者。その為の『ソフト』の研究でEX02を。『ハード』の研究でCBシリーズ。だがここに来て第三の選択肢が出てきた。それはつまりEX02は不要という事だ。それに今の話を聞いた限りでは求める物にそれなりに近い物が出来上がる。ならばそちらにシフトするべきか? 数秒の思考の末、主任は首を振った。

 

「いや、今の研究を引き続き進めろ。今私たちは『最強のIS操縦者』を目指しているが、後々は『最強のIS部隊』を求められる。それを考えるなら、やはりそのシステムの短所がネックだ。Valkyrie Trase Systemについては予備案として準備をするに越したことはないが、メインはあくまで今まで通りだ」

「……そう、ですか。了解しました。では明日のインストールの準備を行いますので私はこれで」

 

 一礼して若い研究員は去っていく。主任はそれをちらり、と一瞥したがすぐに視線を戻した。それ故に彼は気づくことが無かった。その若い研究員が不満げに顔を歪ませていた事に。

 

 

 

 

「姉さん」

 

 声をかけると、部屋に居た姉達が気づき頬を緩ませた。

 

「02、一週間ぶりね。体は大丈夫? 病気とかしてない?」

「俺は大丈夫だからそんなに心配しなくていいよ、ツヴァイ姉さん」

「けど……」

「ツヴァイは02の事が大好きだなー、嫉妬しちゃうぜ」

「あらドライ? そういう貴方もさっきまでそわそわしてたじゃない」

「ほんとにねー。『まだか』『いつになったら』とか言ってたじゃん」

「う、うるせえ! そういう事を言うなフィーア!」

「ツンデレ……」

「よし、そこに直れフュンフ。姉の偉大さを教えてやる」

「そこで私は弟バリア」

「ちょ、フュンフ姉さん!?」

 

 駆け寄ってきたかと思えば、自分の周りで騒ぎ始める姉達に驚きながらも、EX02にはそれが嬉しく思えた。そしてツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフというのは自分達で独自に付けた名前。発端は、EX02とCB02で二人とも同じナンバーである為、略した時に分かり難かったからだ。由来はその時一番上の姉――アインが読んでいたドイツ語の本だ。響きが格好いいから、というドライとフュンフの意見によりドイツ語の1から5までの数字を元にしている。若干発音が違うのは、それを教えたアイン自体が、まだドイツ語を理解していなかったせいでもある。

 

「お前達、嬉しいのは分かったが少し落ち着け」

 

 最後に声をかけてきたアインにEX02は笑顔で振り向いた。

 

「アイン姉さん」

「久しいな、02。体は大丈夫か?」

「うん。俺は問題ないよ」

 

 そう言いつつも顔色の良くないその姿にアインの顔が悲しげに歪むが、すぐに表情を元に戻したので02は気づくことが無かった。

 

「そうか。それは何よりだ。今日は幾つかの映画と本の許可が出た。好きなのを選べ」

 

 そういうとアインが手に持っていた箱を降ろす。即座にドライとフィーアが反応し駆け寄ってきた。

 

「やっと新しいのか! なあ、今回はドンパチ物あるか!?」

「馬鹿ねー。アイツらがそんなの許す訳ないじゃない。今回は……コメディとラブストーリーね」

「……ならばコメディで決定」

 

 フュンフも参加し、箱を漁り始める。見た目が大人であるのに、その行動や雰囲気は子供のそれだ。そんな光景を見守っているアインにEX02は声をかけた。

 

「アイン姉さんはいいの?」

「ああ、私はこっちの本の方が気になるのでな」

 

 そういって見せたのはEX02が読めない文字で書かれた小説だ。どうやら事前に抜き取っていたらしい。

 アインが持ってきた箱の中身はどれも娯楽に関した物だ。その内容は本やDVD。ボードゲームなどが無造作に放り込まれている。そのどれもが被検体である自分達のストレスを少しでも減らす為に用意された物だ。無論、その内容は事前に検閲され、問題ないと判断された物だけが渡されている。

 そしてEX02達がいるこの部屋は面会場所でもあり、彼ら唯一の娯楽室だ。当初は無機質なコンクリートに囲まれた部屋だったが、現在は本やボードゲームの駒が散乱し、無造作に置かれたテレビとデッキの傍にはDVDなども散乱している。この酷い有様に一度EX02は片付けを行ったのだが、直ぐに元に戻ってしまうので諦めたという過去もある。

 

「私は気にしなくていいからお前はドライたちと映画を見ると良い」

「そっか。じゃあ後で一緒に遊ぼう?」

「そうだな。今日は一日一杯時間がある。後で私も付き合おう」

 

 くしゃ、と頭を撫でられ気持ちよさそうにEX02は顔を緩める。

 幸せだ、と彼は思う。確かに実験は苦しい。だけどそれがあるからこそ、姉達に出会えた。そして今この空間を共にしていられる。それがとても幸せな事だと思う。

 

――いつまでもこのままで。姉さん達と居れるなら――

 

 もとより路地裏という大よそ幸せで無い場所で生き、捕まった後は訳も分からず訓練をさせられ、そして今度は実験台。そんな事が続いたせいで枯れていた心だったが、姉達との触れ合いで幸せを知った。今この状況こそが何よりも幸せであると、彼はそう思い込んだのだ(・・・・・・・・・・・)。それ故の願い。子供じみた願望。だがそれだけが今の彼を支えている全てだった。

 

 

 

 

 姉妹達下に駆け寄り、遊び始めたEX02を眺めるアインにツヴァイが声をかける。

 

「考え事?」

「ああ。02の事だ」

 

 初めて会ったあの日。自分と似て非なる存在だと理解したその時からEX02は彼女達の家族となった。そしてあれから時間も経ち、その絆は深まった。だからこそ思う。この幸せは何時まで続くのかと。

 

「私たちは元々は同じ存在。CBシリーズ、つまりはclone brunhildという捻りの何も無い名の通り、ブリュンヒルデのコピーだ。だがそれでも私達は別人となった」

 

 CB05ことフュンフは口数は少ないながら、自分より下の弟が出来た事により姉ぶろうとしている姿が微笑ましい。CB04であるフィーアは陽気かつ、どこか悪戯好きな面がある。CB03ドライは何故かやけに男勝りになっているが、その分EX02の兄貴分として仲が良い。そして目の前のCB02ツヴァイは姉妹の中でも取り分け温厚で、母親の様な役割を果たしている。そう考えるとCB01である自分がある意味最も個性が無いのかもしれない。いや、正確には元のブリュンヒルデに近いと言う事か。もとよりそれを目指して作られた存在ではあるが、これでは自分が一番主体性が無い気がしてくる。

 

「そんな事は無いわよ。本当に言う事を聞くだけの人形ならそもそもEX02がここに居る事は無かった筈。あの時、アインが声をかけてくれたから今があるのよ」

「……そうだろうか?」

「そうよ。そしてEX02が居たからこそ、私達もより強い個性を持てたと思う。だから願いましょう。何時まで続くかは分からなくても、この幸せが少しでも続く様に」

 

 優しく微笑むツヴァイは視線をEX02達に向ける。丁度そこでは3人の妹と1人の弟がコメディ映画を見て笑いあっている所だった。

 

「ああ、そうだな……」

 

 陽の当たるところを歩けない存在である自分達。だがEX02は少し違う。もしかしたら、彼なら普通の世界に戻れるかもしれない。自分達はそこに共に行けないかもしれないが、最愛の弟が幸せになってくれるなら。きっと私たちは何でもするだろう。それは随分前に姉妹達の間で誓った話。自分達の支えとなっている存在を、必ず守り抜くという誓い。だがその時が来るまでは、この幸せを享受しよう。この歪ながらも幸せな疑似家族を。

 

 

 

 

 同日未明。とあるデータがこの研究所から他所へ発信された。その内容はモンドグロッソの部門別優秀者(ヴァルキュリー)の戦闘データをシステム化し、ISに反映するというシステムの概要。そう、主任が否定したValkyrie Trase Systemである。否定された彼であるが、諦めきれずに他所へ協力を依頼したのだ。本来ならそれは水面下で、彼らの間だけで交わされる筈のやり取りだった。しかし偶々その情報を見つけた人物が居た。

 その人物はその内容に呆れ、即座に受信者を特定。そのデータを消去したが、既に各所に広まっており、完全な削除は不可能だった。

 ならば送信者は、と探し当てている内にその人物は知ってしまった。送信者とその所属する組織が行っている研究に。

 そこから先の行動は迅速だった。開発途中であった無人IS。そのひな形とも呼べるそれを即座にその研究施設に飛ばした。その研究内容を全てこの世から消す為に。

 

 

 

 

 面会の翌日。早朝からのインストールを終えたEX02は試験場に連れてこられた。そこには大小様々な武器や兵器が並べられ、その中央には一機の漆黒のISが鎮座していた。そしてそのISの付近には同じ顔をした5人の黒髪の女性が立っている。

 

『よし、本日はお前達の戦闘技能の確認だ。CB01から05は相手役。CB02はISへ搭乗しろ。EX02は好きな武器を選べ』

 

 この場の責任者の声に全員が動き出す。今まで何度かやって来た模擬戦だ。相手はCBシリーズである姉達と、EX02、つまり自分。まずは人間同士の模擬戦の後、対IS戦を行う事になっている。これはインストールの内様に理論段階の対IS戦闘のデータもある為である。

 ちらり、とツヴァイが向かうISに視線を向ける。漆黒のISは何処か特殊な雰囲気を纏っている。その外装は黒に染まり、時折赤い光が装甲を走っている。手には巨大な剣が既に待機状態で装備されている。以前姉達に聞いた事だが、白騎士の真似事だと聞いた。本来存在しない筈のISである事も。ならば何故それが誰にも見つからず、ここにあるのかと聞くと、博士の研究所に捨てられていたと聞いた。そして理由は不明だがあのISはコアネットワークに接続していないとも。ISに関しては無理やり頭の中に叩きこまれているので、それがかなり異常なコアだと言う事はEX02にもわかる。

 そんなこちらの視線に気づいたのだろう。ツヴァイが話しかけてきた。

 

「02、大丈夫?」

「大丈夫だよツヴァイ姉さん」

「そうは見えない。私たち以上のインストールを受けているんだ。無理はするな。ドライやフィーア、それにフュンフも心配している」

「アイン姉さんまで。俺は大丈夫だから、さ?」

 

 心配して集まってくる姉達を安心させる様に笑顔を浮かべようとする。だが笑おうとしているのにうまく笑えず、自分の顔が引きつってしまったのを自覚してしまう。そんな顔を見た姉さん達は暗い表情で俯いていた。

 

『何をしている。早く準備をしろ』

「ほら、これ以上待たせると後がマズイ。準備しよう」

 

 自分だけならまだしも、姉達が苦しむ姿は見たくない。武器を選ぶと小走りで遠ざかる。ある程度離れてから振り返ると、姉達は複雑な表情で武器を手に取っていた。

 大丈夫だよ、ともう一度笑う努力をする。今度はうまくいっただろうか? そう考えながら開始の合図を待っていた時だった。

 

ズンッ!

 

 突如、鈍い音が試験場に響いた。何事かと誰もが視線を彷徨わせ、そして上をみた瞬間目を見開く。爆発は天井、それが崩壊した音。そして爆煙の中から試験場に3つの影が降りてきた。

 

『なんだあれは!?』

 

 降りてきたのは灰色の球体だった。あちこちに無骨なスラスターを付けたその球体は、その上部に取り付けられたセンサーで周囲を探索すると、鈍く光った。

 

「まさか……!?」

 

 嫌な予感がよぎる。そしてそれが現実となった。球体の表面がスライドし、そこから幾つのも銃口が現れ、火を噴いたのだ。

 

「ぎゃああああああああ」

「ひっ、助け――」

「うわあああああああああ!?」

 

 悲鳴が上がる。研究所の所員たちが悲鳴を上げながら逃げ惑い、待機していた武装隊が応戦するものも歯が立たずに瞬く間に殲滅されていく。一瞬で試験場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

「っ! 姉さん達が!」

 

 呆然とその光景を眺めていたが、我に返って何よりも大切な姉達を探す。その姿は直ぐに見つかった。姉達はそれぞれ手にした武器で応戦しているが押されている様だ。元々模擬専用の武器なのだから当然だ。

 自身も助けに行こうと、体を動かそうとした時だった。

 

「!?」

 

 いつの間にか背後に別の球体が現れていた。逃げるべく体を動かすが、余りにも距離が近すぎて避けきれない。

 直後、球体の火器が火を噴いた。

 

「あ゛あ゛う゛ぁぁ!?」

 

 着弾の衝撃と炎で吹き飛ばされ、地面に落ちる。全身が痛い。思考が定まらない。生きているのが信じられない。そして苦しい。助け――

 

「02!?」

 

 ツヴァイが顔を蒼白にして叫ぶ。瞬時加速で一気に距離を詰めると、灰色の球体を腕に装備された大剣で貫き破壊した。ツヴァイはそれに見向きもせずに自分の体を抱きかかえる。その顔は泣きそうで、そんな顔をさせてしまっている自分に腹が立った。

 

「ね、えさん」

「待ってなさい、今すぐ助けてあげ――」

 

 再び、大きな振動と爆発が起きた。ツヴァイも衝撃に揺られ、こちらに倒れこんでくる。

 

「ツヴァイ! 02!」

 

 アインが気づき、こちらに近づいていた球体に持っていたショットガンを撃ちこんだ。模擬戦用とは違い、息絶えた武装隊から奪ったらしいその武器は球体にダメージを与える事に成功する。球体は目標をアインに向け、その砲口から火を噴くが、それを右に左に躱しながら一気に接近すると、ショットガンで出来た穴に同じく奪った手榴弾をそのまま捻じ込み、蹴り飛ばす。球体は姿勢を崩したのち、内部からの爆発で砕け散った。

 

「無事か!」

「私は大丈夫。けど02が!」

 

 ツヴァイが叫ぶ。EX02は震えながらも自らの体を見る。全身から血を流し、腹部も銃弾で貫かれていた。しかし何よりも重症なのは腕。左腕はもはや原型を留めておらず、血と肉と、そして骨がグチャグチャにむき出しで生きているのが不思議な位だった。球体の攻撃を何とか直撃は避けたが、それでも何発かは被弾しているのだ。

 

「安心しろ。私は弟を見捨てたりはしない」

 

 アインはEX02をその場に寝かすと、応急処置を始める。そしてその周囲を守る様にフィーア、フュンフ、ドライ達が警戒している。

 

「くそ、数が増えてる。02! 私たちが何とかするから死ぬんじゃないよ!」

「そーいう言う事。これ以上させるもんかい!」

「……任せて」

 

 ツヴァイはISをドライに受け渡すと、アインの治療を手伝い始めた。姉達のそんな必死な姿にEX02も涙を浮かべる。自分の事をここまで気にしてくれる存在に出会えた事に、心から感謝した。

 

だが、

 

『やあ、馬鹿な事をしたね君たちも』

 

 まだ生き残っていたスピーカーから。新たに天から降り立った球体から。女性の声が響いた。

 

『やった事のツケは払わないとね! 私は大変お怒りなので今回は容赦無しだよ。えっへん』

 

「まさか……っ!」

「くそっ、バレたのか!?」

 

 まだ生き残っていた所員が悲痛な声を上げる。それに反応したように球体は揺れた。

 

『うんうん。唯のマッドな実験ならここまでしなかったよ? けど君たちはやっちゃいけない事したね。私の大切なものを汚した。例え直接じゃないにしてもそんなまがい物を造ろうとした。そのツケを払おうか』

 

 その言葉に姉達の顔が濁るのを見て、EX02は怒りを覚えた。

 

(まがい、物だなんて……ふざける、なっ! 元はと言えば、お前があんな物を作るから……!)

 

 だが声は止まらない。そして妙な事を言い始めた。

 

『あの人は世界で一人。それ以外は紛い物なんだ。そんなもの造らせはしない(・・・・・・・・・・・・)

 

 その言葉にふと気づく。てっきりカメラか何かで見ているものだと思ったが、声の主はこの現場を見ていない。何故ならその球体の前には姉達が居る。不完全ながらも既に造られているのに反応していない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 アイン達も気づいたのだろう。怪訝な顔をしている。

 

『なのでこの研究所には消えてもらうことになりました。私はきっちり仕事をする人なのです。ぶいぶい』

 

 最後にふざけた言葉を残して、音声は途切れた。そして、

 

「なんだ……あれは」

 

痛みと怒り、そして困惑に混乱する思考の中、空に何かを見つけた。

燃え盛り砕けていく天井。その先に広がる青空に幾つのも黒い点が見える。

 

「――っ!? 皆、02を!」

 

ツヴァイも気づき、顔を歪めた。しかし直ぐに何かを決意した様な顔で叫ぶ。やがてその黒い点が大きくなるに連れてその正体がはっきりする。

 

あれは――ミサイルだ。

 

 呆然と、その事実を認識している自分の元に姉達が集まっていくのを横目で見やる。その数秒後、世界は光に包まれた。

 

 

 

 

 あれからどれくらいの時間、意識を失っていたのだろうか。

 廃墟となったアリーナの中でEX02は目覚めた。

 何故生きているのか。あれほどの爆発だ。例え、人より異常であっても生身で生き残れる筈が無い。いや、それ以前に何かを忘れている。何を――

 

『02、 お前はやらせはしない』

『助けるっていっただろ?』

『一緒にいけないのは残念だけど、ま、君が無事ならね』

『……生きて』

『貴方は悲しむかもしれないけど、それでも私たちは貴方に生きて幸せになってもらいたいの』

 

 そうだ、姉達はどうなった!? 周囲を見渡すが、姿が見えない。

 ミサイルが着弾する直前の姉達の声が何度も頭の中で繰り返される。あれは……あれはまるで遺言ではないか!

 痛む体に鞭を打ち体を起きあがらせるべくもがく。芋虫の様に地を這い、痛みを無視して両手を地に付けて支えとして――

 

――両手?

 

 おかしい。自分の左腕はもう死んでいた筈だ。じゃあ、じゃあこの左腕に付いているものは何だ?

 恐る恐る、その左腕に触れる。それは鋼鉄の肌触り。触れた場所から波紋の様に赤い光が腕を伝う。

 

「な、なんで……」

 

 知っている。今の反応は紛れも無く、あの漆黒のISの反応。だがISは女にしか動かせない筈だ。なのに何故自分に反応した? いやそれよりも姉達は……?

 周囲をもっと詳しく知りたい。そう考えた途端、視界が急に広がった。突然の事に思わず驚くが、これはISのハイパーセンサーだと気づく。やはりこのISは何故か自分に適応している。

 疑問は尽きない。だが今は姉の方が優先だ。拡張された視界が認識範囲を広げる。そして、地獄を見た。

 炎の海。そうとしか形容できないその光景。あちらこちらに瓦礫と、そして死体が転がっている。天井の瓦礫は今も崩れ、地面に横たわる炭化し形も定かでない死体を押しつぶしている。

 

「あ、……あ、ああ……っ」

 

 吐き気がこみ上げてくる。震える体を揺らし、更に周囲を確認しようして、気づく。自分の周囲に5つの死体が転がっている事を。

 まさか、と考えてしまう。だが死体は原型もまともにとどめておらず、焼け焦げている。それが誰なのか分からない。だからこそ恐怖が増す。そもそも自分の周囲に居たのは――。

 震える手でその一番近くの死体に触れる。俯せで倒れていたそれは黒焦げて判別かつかない。嫌な予感を覚えつつ、ゆっくりとそれを裏返し、息を止めた。

 

「ツ、ヴァイ……姉さん……?」

 

 辛うじて判別できるのは紛れも無く姉の顔。例え5人同じ顔でも、自分は見分ける事が出来る。それ以前に、他人と姉を見間違うことなどありえない。だが、だが! 目の前の光景を認めたくない。信じたくない。これは悪い夢だと。悪夢に違いないと。

 

『音声データを再生』

 

 突然ISが独自に動きだす。視界の端には『sound only』の文字が浮かびあがったのだ。そして流れ出したのはアインの声。

 

『頼む……。お前が少しでも私たちの事を仲間と認めてくれるなら、02を助けてやってくれ』

 

 音は所々乱れていて、背後からは爆発音と悲鳴。何かが崩れる音が聞こえてくる。

 

『もう時間が無い。お前が篠ノ之束を憎んでいるのは知っている。そして私たちに期待していない事も。それでもお前は動いてくれた。お前も間違いなく、私たちの……家族だ』

 

 背後の音がだんだん激しくなっていく。爆発音が幾重に響き、それはこの音声の終わりが近い事を意味していた。

 

『最後の選択は、02に任せる。だが今だけは、今だけは助けてやってくれ。私は……私たちは、たとえどんな形であれ、02が生きている事を望んでいる。できるなら幸福であってもらいたい。だから――』

 

 そこで大きな爆発音と共に音声は途切れた。それの意味する事は一つ。姉達は死んだのだ。それも生き残る可能性――ISを自分に託して。自分は姉達に守られ、そして生かされた。

 絶望で心がそまる。涙が視界を覆う。もはや間違いなく、この自分の周りの死体が姉達であると分かってしまった。自分の唯一の幸福が、生きがいが、その全てが、消えた。

 

「あ、……ああっ、あああああああああああああああああああああっ!?」

 

 炎と瓦礫に包まれたその地獄の中、絶望の慟哭が響き渡った。

 

 

 

 

 数時間後。未だ炎が燃え盛るそこに数人の男たちが居た。彼らは一様に武装をしており、慎重に行動しながら周囲を探索していた。

 

「こちらC1。駄目だ、どこもかしこも瓦礫だらけ。生存者は見つからない」

『こっちも駄目だ。データも殆ど吹っ飛んでる。……それにおそらく被検体もだ』

『こちらB2。上から見ても駄目ね。ここまで徹底的に破壊されては調査のしようがないわ』

「了解だ。可能な限りデータを引き出したら撤退する。こちらも探索が終わり次第――」

「C1! こっちへ!」

 

 突如仲間に呼ばれC1はその場に急いだ。炎と瓦礫。そして死体の中を素早く移動し、たどり着く。そしてそこには5つの女性らしき死体を抱き寄せる様にして、一人虚空を見つめる少年の姿があった。一瞬人形か何かかと思ったがよく見ればその胸が動いている。

 

「っ! 生存者か!?」

「はい。ですが反応が……」

 

 確かに少年はこちらに何の反応も示さず、ただ虚空を見つめている。その顔は血と涙に汚れ、小さく何かを呻いている。

 

「何を話しかけても駄目なんです。恐らくはこの施設の被験者だと思われますが……」

「わかった」

 

 C1はゆっくりと少年に近づいていく。だが相変わらずの無反応。ならば、と静かに手を伸ばし彼が抱える死体に触れようとした瞬間、少年と躯の周囲が光に包まれた。

 

「C1!?」

「待て、動くな!」

 

 慌てて銃を構える仲間を静止する。光の正体はISの部分展開。今少年と彼が抱えるものを守る様に、黒い翼が彼らを包み込んでいた。まるで守るかのように展開されたそれを見て、気づく。

 

「……それは、大事な人だったんだな」

 

 少年は無反応。ただ彼らを守るISだけが威嚇する様に赤い光を走らせる。だがC1は臆することなく続けた。

 

「ここに居ては君も死んでしまう。それはそこの……彼女達が望んだことか?」

 

 彼女、という言葉に初めて少年が反応した。ゆっくりと首を振ったのだ。

 

「ならば君は彼女達になんと言われた。何か託されたか?」

 

 ゆっくりと、怯えさせない様に丁寧に。そんなC1の想いが通じたのかは定かでは無いが、少年は再びゆっくりと首を振り、可細い声で答えた。

 

「い、きろ……と。まもる……って」

「そうか。ならばここに居ちゃいけない。それに彼女達もちゃんと弔ってやろう。だから一緒に来い。自分と、彼女達の為にも」

 

 そして伸ばされた手。目の前のそれを数秒間眺めていたが、ゆっくりと少年はその手を取った。

 

 

 

 

 

「うえっ、げほっ、げほっ!」

 

 誰にも知られぬ小さな研究室に嗚咽が響く。その主は持っていた金属製のバケツから顔を離すと、青い顔でモニターを見つめていた。

 

『対象施設の消滅を確認』

 

 それは彼女にとって満足のいく結果。しかし後味は悪い。人を殺すと言う事は思っていた以上に自分に響いていた。

 

「どう、して。あんな連中、死んで当然なのにねっ」

 

 大切な親友のコピー計画。そんなものを許す訳にはいかない。織斑千冬を汚す事は誰にも許されない。だから施設をこの世から消した。研究員も、その施設に居た被検体もろとも。

 だがどうしても、その瞬間を実際に目にする事だけは出来なかった。自分と妹と親友とその家族。それ以外はどうでもいい筈なのに、何故かその行為に恐怖し、画像をカットし一方的に音声だけ流すだけだった。そしてミサイルによる爆撃。彼女にしては雑な方法であったが、あれで生きのこるのは不可能だろう。あの施設には防衛用にISが一機あったようだが、それが起動していない事はコアネットワークで確認済みだ。後はどこかの組織が勝手に持ち帰るだろうが、それは自分には関係ない。だから爆撃した後は施設の破壊だけを確認するに留めた。これ以上、この不快な気分を味わいたくない。

 

「ふふ、ふふふふっふ。この私をここまで不快な気分にさせてくれるなんて、つくづく馬鹿な奴らだね」

 

 だが全て終わったわけじゃない。あの馬鹿げた研究の一部、VTシステムは世に出てしまった。ならば今度はそれを潰さなければ。

 蒼い顔をゆっくりと上げ、動き出す。自分の名は篠ノ之束。世界最高の頭脳にして、天災とまで呼ばれた才女。

 そう、自分こそこの世界を変えれる人間なのだ。

 

 

 

 

 

 激しい雨が降り注ぐ夜の草原。明かりは無く、ぼんやりとしか周りが見え無いそこでEX02は女と向かい合っていた。闇に溶け込む様に黒いナイトドレス。腰まで伸ばした漆黒の髪。ナイトドレスの胸元は大きく開き、そこには翼をあしらったペンダントがかけられている。唯一白くきめ細やかな肌も、両腕は肘まで伸びる黒の手袋で覆われている。黒い帽子を被り、そこから垂れた薄布によりその表情はうっすらとしか見えない。

 雨の騒音の中、女が何かを話かけてきた。だが上手く聞こえない。そんな自分に苛立ったのか、女は近づき手を伸ばすと、もう一度口を開く。

 

「私はお前の姉達の望みを果たした。お前に合わせて初期移行まで行ってやったが、これはまだ仮契約だ。お前の答えを聞いていない」

 

 望み。それは自分を生かすというもの。だが最後の選択は自分にまかせるといった。つまりこれはその確認。

 

「私は私を造りだし、そして捨てた母を許さ無い。その復讐の手駒となるか、ならないか。それだけを答えろ」

 

 復讐。造りだした物。篠ノ之束。声の主。そして姉の敵―――――。

 

「お前に」

 

 心の中で炎が灯る。それは黒く熱く燃え盛り、己の心を支配していく。

 

「お前に、協力すれば、あの女を――」

 

 殺せるのか?

 

 その問いに、薄布越しに女の口元が吊り上った。それが答え。ならば自分の選択肢は一つだ。姉達は自分の幸福を願っただろう。だが、それでもこの思いは消せそうにない。自分からすべてを奪ったその原因を、自分は放って置くことなど、出来ない。

 だから彼は自らもゆっくりと女の手を握り返した。

 もう後戻りはできない。

 

「果たすぞ。俺と、お前の復讐を」

 




正直過去篇は完全に自己満足というかそんな内容ですんません
なんでこんなに長くなったし。
展開的には最初に言った通り、皆さん予想通りのど鉄板を地で行ってます。
そしてやっと現代に戻れる……

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