IS~codename blade nine~ 作:きりみや
夜の浜辺に波の音が響く。風も止み、ただ緩やかにその音だけが響く中、静司は話し続けた。
「俺を助けたのがEXIST。桐生さんの依頼でその施設の調査に来ていて、そこで拾われた。そこからまあ、色々とあってな。俺は社長と課長の養子として引き取られて今の名前、川村静司ってのを貰った。そして助けられた恩を返す為、それに
当初は本当に大変だった。男でISを使えるというだけで大問題なのに、まだ子供と呼べる静司がエージェントとなる事を希望したからだ。
「かちょーさんは止めなかったの?」
「最初は止められたさ。だけどそこは説得……というか拝み倒した。勿論、俺達の目的も全部話してね。最初は渋っていたけど、何とか成功して今がある」
ふう、と一息つく。これで粗方は話し終えた。自分の原点であり、篠ノ之束を憎む理由。それを聞いて本音はどう反応するだろうか。若干の緊張を持って。彼女の言葉を待つ。
やがて本音はうん、と頷くと静司に振り向き真剣な顔で言った。
「かわむー」
「ああ」
「おねーちゃんって呼んでいいよ~」
ぐしゃぁ、と音を立て静司は浜辺に突っ伏した。
「かわむー? 怪我してるのにそんな所で寝転んで遊んじゃダメだよ?」
不思議そうに見下ろす本音に、静司は震える体をなんとか持ち上げ顔を引き攣らせていた。
「な、なんでそうなる……!?」
「え~、だって傷口にばい菌が入っちゃうからだよ?」
「いやそっちじゃなくて!」
? と首を傾げる本音。静司は何とか体を持ち上げ、改めて座っていた流木に腰を下ろす。
「いやだからな、俺の話を聞いた後でなんで姉になるという発想が出てくるのかが知りたいんだが」
「えっとね、かわむーが姉フェチって話をしたから――」
「断じて違う!」
全力で否定すると本音は『あれ~?』と首を傾げていた。だが正直こっちが傾げたい!
「かわむーは」
彼女は何かを考える様に空を見上げつつ、
「おねーさんの事が大好きだったんだよね?」
「……それは、そうだが」
「うん。だっておねーさんの事を話してる時、すごい楽しそうだったもん」
そうだったのだろうか? 自分で自分の顔は分からない。だが彼女がそういうのならそうなのだろう。事実、静司は姉の事が大好きだったし、あの施設に関してもそれほど恨みを持っていない。他でも無い、自分と姉を出会わせたのはあそこのお蔭なのだから。
「そんなおねーさん達が居なくなっちゃって、悲しくて、怒る。それは当たり前の事だと思う。だからかわむーが篠ノ之博士に感じてる怒りは、私が何か口を出していい事じゃないかな」
けどね、と続ける。
「私もかわむーのおねーさん達と同じ様に、かわむーには幸せになって欲しいと思うよ。もちろん、私のおねーちゃんや会長。それにおりむー達にだって」
彼女は復讐心を否定しない。何故ならそれもまた、静司を構成する一つなのだから。
それでいて皆の幸福を願う。博愛主義者という訳では無い。ただ、単純に、その方が良いと感じているだけだ。親しい人の不幸を望む人間など、そうそう居ない。
「だから、かわむーが怒って暴れちゃうのも仕方ないかな? だけどそれでかわむーが苦しむなら―――私が守ってあげる~」
すっ、と腕が伸ばされ抱き寄せられる。何故か抵抗できず、静司は彼女の胸元に顔をうずめる様な形になってしまった。慌てて振り解こうとするが彼女は腕を弱め無い。
「どんなにかわむーが暴れても、私は傍に居たいな。それでね、戦いから帰ってきて、きっと無茶してるかわむーを叱って、それからおかえりなさい、って言うんだ」
抱き心地を確かめるように、胸の中の静司を擦り、彼女は心地よさそうに顔を緩めた。
「かわむーはとっても強いけど、弱い。それでも頑張ろうとする。それはかわむーにとって大切な事。……だけどね、頑張った後に、私に『おかえりなさい』ってそう言わせて?」
「だが……今回は俺のせいで狙われた。それなのに――」
「駄目~」
ぎゅ、と力が籠る。
「それでかわむーが皆から離れちゃったらきっと後悔するよ? それにおねーさん達との約束とも違うよね? 確かに私はしゃるるんみたいに強くないし、おねーちゃんや会長みたいに難しい事は苦手だけど、それでもかわむーと一緒に居たいと思うよ。例え、何があっても」
それこそ姉が出来の悪い弟を諭す様に、本音はゆっくりと、丁寧に続ける。
「無茶したら叱って、良い事があったら一緒に笑って、それで――」
いつまでも隣に居れたら――
しかしその言葉を本音は飲み込んだ。怪訝そうに静司が見上げるが本音は「にひひ」と笑って首をふる。
「この先は内緒~。今これを言うのはズルいかな~って」
「ズルい? どういう意味だ?」
「内緒だよ~」
相変わらず本音は笑っているが、静司には何のことか分からない。それどころか、いい加減この頭を抱かれている態勢が限界だった。主に顔の横にある、面積の少ない布の柔らかさが心臓に悪い。だが意外に強い力でがっちりとホールドされ動くことが出来なかった。もちろん本気になればそうでもないが、そんな事をすれば本音が怪我をしかねないのに結局そのまま。
「とにかくね~、かわむーは反省する事は良い事だけど、自分のせいだーって決めつけて居なくなったりしたら――――――――――怒ります」
「お、おおう」
一瞬だけ抱きしめる力が増し、有無を言わさぬ笑顔と雰囲気に、思わず静司は頷いた。見上げる彼女の背後に木の実を振りかぶった荒ぶる小動物を見た気がしたが気のせいだ、きっと。多分。
そんな静司の反応に満足したのか本音は再びにへら、と表情を崩すと頭を撫でてくる。
「やくそくだね。そしたらこの話はおしまい~。だけどこうしてるとやっぱり私はおねーちゃんだね~」
「その話に戻るのか……というかそこが一番納得いかないんだが」
どちらかといえば妹だろう、と静司は反論する。要所要所で鋭い所は突いてくるが、普段は基本的にだらしのない妹の面倒を見ている気分なのだが。
すると本音は『え~』と言いつつ、少し考える様に口元に指を当て、
「せーじおにいちゃん?」
「げほっ!?」
思わず咽た。理由は分から無い。一瞬でも『いいかも』なんて思っていない。思っていない筈だ!
「う~ん、だけどやっぱり駄目~。私のおねーちゃんポジションはもう居るから、やっぱりかわむーは弟ポジションだよ~」
「いやちょっと待てなんだその超理論。本音は何を目指してるんだ」
「だって、いつもかわむー無茶して、怒ったり心配したりしてるよ? 今も私の腕の中~」
「いやそれは本音が離さないからで――」
と言いつつふと考え直してみる。
無茶をする→叱られる。落ち込む→励まされる。悩む→親身になって聞いてくれる。
(え……? ガチでこれ弟ポジション? え、マジで?)
そんな馬鹿な、と思ってもよくよく考えれば考える程、無茶する悪ガキを窘める姉の図が浮かんでしまう。
「なんて事だ……!」
「かわむー? そこまで本気でショック受けてると私もちょっと色々考えるよ?」
咎めるような言葉だがその顔は笑っている。最初は唸っていた静司だが、次第にそれにつられて意味もなく笑ってしまう。
ひとしき互いに笑い合い、そして自然と緩やかにそれも収まる、残されたのは波の音。
「それでかわむーは、どうしたいかな?」
どうするの? とはもう聞かない。そんな言葉に静司はもう一度考える。
復讐心は否定されなかった。彼女は唯大丈夫と、傍に居てくれると言ってくれただけ。
もしまた同じような事態が起きた時、止められるかは分からない。
だが、だがだ。彼女はそれでも傍に居て、そして自分の帰りを待ってくれると言ってくれた。こんな自分を守ってくれると。ならば、ならばその言葉を糧に、誓いに、そして枷として自分を制御することが出来るだろうか。いや、しなくてはならない。戦う力は遥かに低い、こんな小さな少女にここまで言わせて、それで逃げるなんて、出来る訳が無い。
彼女は自分の事を強くて弱いと言った。その通りだと思う。そして静司は思う。本音もまた、弱くて、強い。これまでに何度もその言葉に、想いに救われた。そうだ、自分はこの場所へ帰りたいと、そう思ったからこそ最後まで諦めなかったのだから。きっと自分は、彼女が思っている以上に、助けられている。
ならば、ならばだ。もし再び彼女達が狙われるなら、今度こそ守ろう。このかけがいの無い、自分を守ってくれる彼女を自分も必ず守る。その想いを胸に抱いて、空を飛ぶ。
復讐心は捨てない。だが、この想いもやはり自分の力の源として。
「本音、ちょっと離してくれ」
一言、告げる。静司の言葉に何かを感じ取ったのか本音は腕を離してくれた。静司は起きあがるとポケットからあるものを取り出す。それはキツネの形の耳飾り。福音と戦いに行く前に借りた、自分の目的を見失わない様にする物。それを差し出す。
「今回はこれのお蔭で俺は正気を保てたのかもしれない。だけどもう、それじゃあ駄目なんだ。復讐は捨てない。怒りも消え無い。だけど今度こそ、本音や、皆の事を忘れたりはしない」
すっ、と差し出す。これは誓い。自分の言葉を証明する為に必要な事。
本音は少しそれを見つめた後、うん、と頷くと答えた。
「かわむーに付けてもらっていい?」
「今か? だけど血で汚れて……ってかスマン! 今度新しいのを用意する!」
髪飾りは血でべったりと汚れている。勝手に借りて置いてこれはないだろう。だが本音は首を振る。
「いいよ~。だからお願い~」
一瞬悩んだが、本音も立ち上がり『早く、早く』と頭を振ってくるので静司も諦めて彼女の髪に手を添えた。 正直、髪飾りの付け方なんてよくわからない。なので真剣に普段の本音を思い出し、出来るだけそのイメージ通りに、左右の内片方の髪飾りを付けようとする。
「ん……」
本音が小さく声を漏らすがそれ以外は無言。その為か、何故かこれがとても神聖な儀式の様に錯覚した。いや、これは自分の誓いなのだからあながち間違っていないのかもしれない。
やがて何とか髪飾りを付ける事に成功し、静司は一息つく。本音は2,3度首を振った後、
「お~け~」と笑い、くるりとその場でぴょん、と飛び跳ねた。流石にこんな時にどう答えるべきかわからない静司では無い。
「付け方は別として、似合ってるよ」
「うひひ、ありがとう~」
わーい、と嬉しそうにする本音の姿は、月の光に照らされてどこか幻想的に見えた。さが不意にその口からくしゅん、とくしゃみが漏れる。
「大分外に居たからな。そろそろ戻ろうか」
静司ももう逃げ続けるつもりは無い。大人しく夕飯にありつくとしよう、と思ったのだがその手が引かれた。そのまま引かれるままて再び流木の上に座らされる。何事か、と思ったがその肩に本音が頭を乗せて来たので思わず硬直した。
「あったかいね~」
「? 寒いのなら中に――」
「もうちょっと、もうちょっとこのまま~」
どうしたものか、と悩む。しかし頬を緩ませ気持ちよさそうな顔を見てしまうと止めるのも憚られた。それに自分もどこかで、この心地いい空間を続けたいと思う。
「もう少し、だけな」
「は~い」
夜の浜辺に打ち寄せる波の音を聞きながら、二人は満点の夜空を眺めながら暫く寄り添っていた。
『もう、あそこで押し倒さないとは初心ねぇ』
「相変わらず身も蓋もないっすね、C5……じゃなくてB2」
『私にもあんな青春時代があったのよね~』
「チェーン振り回して原付乗ってヨーヨーをガキ大将に投げつけてるイメージしかないっす」
『失礼ね。あんな奴、武器を使わなくても蹴りだけで十分だったわ。ところでC1は?』
「ナチュラルに学生時代の戦闘能力を披露した上に自然に流さないで欲しいっす。あとC1なら『殴る壁探してくる』って言ってどこかに消えたっす」
『……奥さんには?』
「メール済。ついさっき『見夫必殺』って返信が。これなんて読むんですかね?」
『“愛は正義”よ。覚えておきなさい』
「ストーカーには聞かせたくないっすねぇ……」
そんな会話があったとか。