IS~codename blade nine~   作:きりみや

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副題:思い込みは大変です 


41.秘密と暴走

 川村静司は特殊である。

 正体を隠していた世界初の男性操縦者。某企業の特殊部隊の一人。違法な施設での訓練と実験を受けた経歴。そして、もう一人の男性操縦者を護る為にIS学園に潜入中。通常の高校生と比べれば天と地との差がある。

 だが彼とて人間だ。疲れもするし、怪我もする。当然それらが溜まったまま放置していればそのしわ寄せはやってくる。

 

「うーん、これは完全に風邪ね」

 

 IS学園の寮の一室。養護教諭の丸川は一通りの検査を終えそう断言した。

 

「風邪……?」

 

 呻くように答えたのは川村静司。ベットに横たわっている彼の顔は赤く、息も少々荒い。

 

「まあ無理も無いわ。あれだけの事をして、何も無い方がおかしいもの。幸い今日明日は休みだからゆっくりしてなさい。薬は出しておくから」

 

 その後、幾つか指示や注意点を静司に話すが、当の静司は目が虚ろでありまともには聞いていない。その様子を確認すると、丸川は隣にいた静司のルームメイト、つまりは一夏に顔を向けた。

 

「彼がこんな状態だから織斑君にも説明しとくわね。疲労からくる一時的な物だと思うから、そうそう移る事は無いと思うけど気を付けてね」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 一夏に説明をし、薬を渡すと丸川は『何かあったら呼んでね』と告げて去って行った。それを見送ると一夏は寝込んでいる静司に視線を向け、

 

「よし、やるか」

 

 まずは御粥を作り始めるのだった。

 

 

 

 

「風邪? B9がか?」

『ええ。結構な熱だとか』

 

 K・アドヴァンス社本社。その裏の部分。EXISTの通信室で課長は今しがた聞いた報告に眉を顰めた。

 

「そんなにキツそうなのか?」

『丸川女史の話ですと、疲労からくるものらしいです。しばらく安静にしていれば回復するだろうと』

「疲労か。まあ無理もない」

 

 臨海学校での事を思い出し課長はため息を付く。暴走した銀の福音と無人機達と死闘を繰り広げ、半殺しにされた挙句にその後は海中を使ってのアメリカ軍からの逃亡劇。肉体のダメージは黒翼がある程度は回復させていたが完璧では無い。溜まりにたまった疲労やその他諸々が、IS学園に戻って気が緩んだ途端に爆発したのだろう。

 幸い今日は土曜。つまり今日明日は学園は休みであり、更には学園の防衛はB2が引き続き対応可能だ。

 

「丁度いい機会だ。この二日間はゆっくりと休ませよう。織斑一夏はどうしている?」

『学園です。B9を看病してくれる様ですよ』

「それは助かる。彼に出かけられると色々面倒だからな。ならば対IS戦力はB2をそのまま残して対応。残りはいつも通りに」

『了解』

 

 通信を切り課長は腕を組み考える。部下にして息子が病気。是非とも自分が看病したいが、流石に学園内までには中々入り込めない。ならば見舞いの品だけでも送っておこう。

 そう決めると近くに居た女性オペレーターに笑顔で命令した。

 

「B9にお見舞いの品を用意する。至急エロ本を用意したまえ」

「セクハラで訴えますよ?」

 

 

 

 

 IS学園は休日と言えども自主訓練は可能だ。アリーナも許可さえ取れば使用できる。一夏達も普段、特に用事が無い時は申請している。だが学園に通うのは年頃の子供達。訓練も大事だが、やはり休日は楽しみたい気持ちも多い。そして今日の鈴もそっち側だった。

 

(アリーナの申請は順番待ちが酷いし、今日は一夏を誘って外に出ましょう。うん、決めた!)

 

 決めるが否や鈴は寮の廊下を進む。臨海学校では最後はいつも通りになってしまったが、あわよくば二人きりで出かけて――、と理想を思い浮かべながら、軽い足取りで一夏達の部屋に向かうが、角を曲がったところで目の前にその一夏が現れた。

 

「おう、鈴」

「一夏! いい所に」

 

 居たわね、と続けようとしてふと一夏が手に持っている者に気づく。ビニール袋の中には様々な食材が入っていた。

 

「何それ? 料理でもすんの?」

「ああ。静司が風邪ひいてな。栄養の有る物を作ろうかと」

「風邪? 静司が?」

 

 思わぬ報告に眼を見開く。何となくあの顔つきの悪い同級生が風邪で弱ってる姿なんて想像できなかった。

 

「疲労だってさ。幸い今日明日は休みだから看病できる。やっぱ病気の時って一人じゃ心細いだろ?」

「まあ、そうね」

 

 しかし今の一夏の様子を見ると一緒に出掛けるのは無理そうだ。それは残念だが、まさか病気の静司を置いて出かけようなんて言える訳が無い。鈴は当初の目的を諦めると、はぁ、とため息を付いた。

 

「どうした鈴?」

「なんでもないわ。後で私も何か体に良さそうな物持っていくわよ」

「おう、助かる」

 

 じゃあな、と立ち去る一夏の背中を見送りつつ鈴は何を持っていくか考えるのだった。

 

 

 

 

「よし、できたぞ静司」

「ああ、悪い……」

 

 フラフラと身を起こす静司に一夏が作った粥が差し出される。蓮華でそれを救おうと静司は手を伸ばすが、その度に体の節々が痛み、その動きはぎこちない。

 

「食べさせてやろうか?」

「……流石に、男にそれを、やられるのは、な」

 

 と言いつつも、目の焦点もあっておらず相変わらずぎこちない静司に一夏は苦笑すると蓮華を静司から奪い、粥をよそう。

 

「病気の時はそういう事を気にするなって。ほら」

「……」

 

 普段なら絶対に拒否しただろう。しかし静司も思考がぼんやりと定まっておらず、考える力が極端に落ちているせいか、流されるがままに口を開いた。そしてその口に粥が収まる、その瞬間、部屋のドアが開く。

 

「一夏、静司。桃缶買ってきたわ……よ……?」

 

 入ってきたのは鈴。彼女は目の前の光景を見た瞬間、ぴたり、と停止した。

 

「鈴か。……どうしたんだ?」

 

 一夏は首を傾げるが鈴はそれどころでは無い。彼女の眼に映っていたもの。それは頬を上気させた静司がまるで小動物の様に口を開き、そこに優しげに蓮華を運ぶ一夏の姿。

 

(何、この気持ち!? まさかこの私が静司に嫉妬しているというの!? というかこれどういう状況!?)

 

 あんぐりと見つめてくる鈴に一夏はますます訳が分からないといった様子。対して静司は鈴が居る事に気づいていないのか虚ろな目で壁を見つめている。

 

「おーい、鈴?」

「……あ、あんた達何やってんの!?」

「何って、静司はキツそうだから食わせてやろうかと」

「はあ!?」

 

 なんだその羨ましい状況は? 風邪か? 風邪を引けば同じ事をしてもらえるのか!?

 

「ああ、すまん静司。もう一回口空けてくれ」

 

 再び静司に粥を差し出す一夏と、されるがままの静司。何故だかその光景を見せつけられている様な気がして、

 

「ま、負けるもんかああああああああ!!」

 

 結局その場に居られなくり鈴は逃亡した。

 

 

 

 

 ドガッ、と壊れるくらいの勢いで開かれた自室の扉にティナ・ハミルトンは摘まんでいたお菓子を思わず取り落した。

 

「り、鈴?」

 

 扉を開いたのはルームメイトの鈴。彼女はどこか据わった目でゆらり、と部屋に入るとそのままシャワールームへ直行する。

 

「ど、どしたの一体?」

「ふふ、ふふふふ。風邪を引けばいいのよね? ふふふふふふふふっ……」

 

 怖い。

 

 ルームメイトの異様な気配にティナがドン引きする中、鈴は異様なオーラを纏ったままシャワールームへ足を踏み入れた。そして服を脱ぎ捨てノズルを回す。更には壁に備えられた温度調整のボタンを連射し、一気に冷水にまで落した。途端、夏でも凍える位の温度の冷水が鈴に降りかかり、鈴の顔が青ざめていくが決して引くことは無い。そう、男に嫉妬を感じたこの状態で引ける訳が無い。

 

「ふふふふふふふふ。待ってなさいよおおおおおおおおおおおお! ……へっくし!」

「……怖い」

 

 その様子をこっそりと覗いていたティナがぽつりと呟くのだった。

 

 

 

 

 寮の共有スペース。暇をつぶしに学生たちが集まるそこにセシリアとラウラの姿があった。二人はテーブルを挟んでお茶をしていた。

 

「ふむ。今まであまり食べた事が無かったが、菓子と言うのも良い物だな」

「でしょう? 珍しい物が手に入った物ですから是非ラウラさんにもと」

「ありがたい話だ。しかし何故私なのだ?」

 

 セシリアとラウラは特別中が良いわけでは無い。どちらかと言えばラウラはシャルロットと仲が良いし、セシリアは鈴だ。故にこの組み合わせは珍しい。

 

「先日の福音暴走の時、ラウラさんは私たちを逃がす為に殿を務めていただきました」

「あの件なら気にする事は無い。私は私のやるべきことをしただけだ」

「ふふ。ラウラさんならそういうと思いましたわ。ですからこれは私の気まぐれ、と言う事にしておいてくださいな」

「……そうか。ならばありがたく味わうとしよう」

 

 深くは問わずラウラも頷きセシリアの持ってきた菓子を楽しむ。そこに新たな声が加わった。

 

「あー見つけた。イギリスとドイツの候補生さん」

「あら? 貴方は?」

「あ、ごめーん。私はティナ・ハミルトン。鈴のルームメイトよ」

「ふむ?」

 

 ラウラも手を止めて視線を向ける。鈴のルームメイト。確か2組との訓練で何度か見た事はあるが、彼女が何の用だろうか?

 

「いやーなんかさ、鈴の様子がおかしいというか奇行に走ったというか。それで相談なんだわ」

「鈴さんに何かあったのですか?」

「それがね、帰ってくるなりいきなり笑いながら冷水浴び始めてさ。不気味過ぎてねー。流石にほっとくと風邪ひくから無理やり引きずりだしたけど。ほら? 鈴も代表候補生じゃん? あんなアホな理由で風邪なんか引いたら色々まずいかなーと」

「確かにそうですけど……一体何故そんな真似を?」

 

 セシリアが困惑し首を傾げる。彼女も鈴の奇行の理由が分かりかねていた。それはラウラも同様なようで腕を組み首を傾げている。

 

「私もよくわかんないけど、なんか織斑君や川村君の名前を呟いてたから何か関係あるかなーと。それで彼らと仲が良さそうな人に訊いてみようかと思ったんだけど、知らないみたいね」

 

 うーん、とさして深刻でも無さそうに考えるティナにラウラは一つ頷く。

 

「ならば実際一夏達に会ってみればわかるかもしれんな。私が行ってみよう」

「そう? なら助かるわ。鈴の奴、放って置くとまたどんな奇行に走るか分からないし」

「そういう事でしたら私もご一緒しますわ」

「よろしくー」

 

 そうしてセシリアとラウラは一夏達の部屋に向かった。

 

 

 

 

「さて、付きましたけど」

「外から見る分には何も問題は無いようだが」

 

 そんなこんなで二人は一夏達の部屋の前に居た。外から見る分には部屋の様子は分からないが、果たして二人は居るのだろうか? 

 

「気配はするから二人とも居るだろう。あとは直接聞くのみだ」

「そうですわね。では」

 

 軽く扉をノックすると中から一夏の声がした。

 

「一夏さん、川村さん。入ってもよろしくて?」

『……ああ、今取り込み中だけど大丈夫だぜ』

「では失礼します」

 

 はて? 取り込み中とは? 

 疑問に思いつつ、扉を半分程開いて飛び込んできた光景にセシリアの手が止まった。

 

「ん? どうしたセシリア」

 

 それは理解しがたい光景。薄着の静司の服を脱がそうとする一夏と、それを弱々しくも拒む静司の姿。静司の顔は赤く上気しており、まるでこれから先のコト(・・)を想像しているかのような、そんな顔。

 その光景にセシリアはまずは静止し、そして顔を真っ赤にしたかと思えば蒼白に変え、

 

「だ、男性同士で……? 前々から一夏さんにそんな気があるかと若干ちょびっと少々微量に感じていましたけどガチなんですのどうなっていますのおかしいですわ何なのですかこの状況はとにかく不潔ですわああああああああああああああ!? ……はふっ」

 

 ぱたり、と倒れこむセシリアをラウラが慌てて支える。

 

「おい、セシリア! しっかりしろ! くっ、衛生兵! 衛生兵っ!」

 

 そんなラウラの声は支える手を失ったドアが閉められたことによって、中には聞こえることがなかった。

 

 

 

 

「何だったんだ? セシリアの奴」

「わか……らんが、一夏、体は、自分で拭くから、いい」

「けど動くのもつらいんだろ? 汗も酷いし遠慮するなよ」

「こっちにも、色々事情があるんだ……というか、何でそんなに、楽しそうなんだ」

「いやー、俺って看病されたことはあっても看病した事は中々なくてさ。何せ千冬姉が病気になるってこと自体がなかったからな」

 

 つまり初めての看病で張り切っていると言う事らしい。そんな一夏に静司はため息を漏らす。

 

「色々、してくれるのは、ありがたいが、流石に体は自分でやるから、いい」

「そうか。まあそこまで言うなら仕方ないか。なら最近覚えた疲労回復のツボを押してやるよ。すげえ効果あるらしいぜ」

「……まあ、それぐらいなら」

 

 

 

 

 一方、セシリアは共有スペースに運び込まれていた。顔を上気させうなされる様に何かを呟く。その様子に、周りの生徒達も何事かと集まる。

 

「ねえ、何があったの?」

「なんでオルコットさんが、この妙に艶めかしい顔で気絶を?」

「私もよくわからん。一夏と静司を見た瞬間にこれだったからな」

「織斑君達を? 何かあったの?」

「ああ、一夏が静司の服を無理やり脱がそうとしていた」

 

 ぴしり、と空気が凍った音が確かに聞こえた。

 

「え、えっと……それで川村君は?」

「静司か? そういえば顔が妙に赤かったな」

「え」

 

 それはつまりそういう事なのか。まさか、女だらけのこの学園でわざわざその選択肢はあるのか? いやしかし、だ。前々から一夏にはそんな気があるのではないかという噂がまことしやかに。つまり……マジで?

 

「きゃああああああああああああああああああああああああ」

 

 一気に共有スペースは黄色く腐った、そう、腐りきった煩悩で支配された。あちらこちらで妄想を膨らませる者。謎の掛け算を始める者。実際に見に行こうとする者とそれを止める者。この状況に呆れている者が入り乱れカオスな空間となり果てる。そしてそんな中、震えながら顔を俯かせている少女が一人。

 

「い、一夏ぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 織斑一夏の幼馴染。つまり箒は、どこからともなく竹刀を取り出すと静司達の部屋へとダッシュした。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 これまでの人生での最高スピードと違い無い速度で部屋の前にたどり着いた箒は一度息を整えると、一気に扉を開く。

 

「一夏! 貴様は一体どうし……たと……いう」

「ほ、箒? 何だ突然」

 

 箒の視線の先。そこで一夏は手をワキワキと卑猥に動かしながら(・・・・・・・・・)、ベッドの上で力なく俯せで倒れている静司に今にも手をかける直前だった。

 

「な、何をやっているのだ貴様ああああああああああああ!?」

「おい箒!? ちょ、ちょっと待て! 一体なんだ!?」

「黙れ! とにかくこちらに来い!」

「いやしかし静司を放って置くわけには!」

「そんなに男がいいのかああああああああああ!?」

「何の事だ!?」

 

 抵抗空しく一夏は箒によって連れ去られていった。後に残ったのは俯せで眠る静司。

 

「……うるさい」

 

 ぽつり、と呟くと体を仰向けに直し再び寝息をたてはじめるのだった。

 

 

 

 

 それから少しして、部屋の扉がゆっくりと開いた。

 

「あれ~? 開いてる?」

 

 入ってきたのは布仏本音。彼女は紙袋を手に首を傾げていた。何度かノックもしたのだが反応が無く、試しに手をかけてみれば扉が開いたのだ。

 

「そーっと、そーっと」

 

 本音は音を立てぬように部屋に入ると静司が寝ているベッドに近づく。当の静司は完全に眠っており、本音の様子に気づく気配はない。

 

「うひひ、かわむーお見舞いに来たよ~」

 

 小さく、囁く様に話しかける。静司は起きないがそれは別に構わない。話せないのは悲しいが、早く元気になって欲しい。だから今は我慢する。

 本音は会長経由で今の静司の状態を聞いていた。会長はC1から聞いたらしい。学園の防衛戦力である静司の事なので、その情報は直ぐに伝えられたのだ。

 

「む、こういうときはおでこを冷やすんだよね~」

 

 ごそごそと紙袋から取り出したのは熱の時に使う冷却シートだ。どこで買ったのかそのシートにはキツネのマークが付いている。それを静司の額に張り、更に汗を軽く拭いてやる。ご飯は一夏が作ったのだろう。部屋のキッチンに粥があったので、作る必要は無い。そもそも料理も得意ではないのだが。

 一通りの作業を済ませると、本音はベッドに肘をつき静司の寝顔を眺める。そういえば自分が静司の寝顔を見るときは何時も大変な時な気がする。怪我をして気絶していたり、熱を出して倒れていたり。まあそもそも同年代の男の子の寝顔を見ること自体めったにないのだから当然だろうが。

 しばし、静かに時間が流れる。退屈は無い。静司の寝顔を見ているだけなのに、どこか安心できた。

 

「かわむーも寝ている顔はかわいいね~」

 

 うひひ、と笑いながらふと思う。先日自分は姉になってあげると言った。あれは本当の姉という意味で無く、姉の様な存在。つまりは静司の心の拠り所になりたい、という思いの表れだ。それを思うと、今の呼び方よりももっと自然な呼び方がある気がした。今のままでは一夏と同列な気がしたのだ。ではなんて呼ぶのが良いのだろうか? 静司と仲が良い人物はそのまま静司と呼んでいる。ならば、

 

「せーじ」

 

 言葉に出してみて、少し恥ずかしくなる。ただ名前で呼んだだけなのに。しかしその恥ずかしさが心地よい。

 

「せーじ」

「ん……」

 

 静司が呻き声に思わず体が跳ねてしまう。幸い静司は目覚めては居ない様だ。しかしやはり恥ずかしい。何故だろうか? 唯名前で呼んだだけなのに、自分はこんなキャラだっただろうか?

 

「うーん。なんだろう~? けど今は恥ずかしいから宿題だね~」

 

 そう、宿題。だからこれは二人きりの時だけにしよう。それでも静司が意識ある時はハードルが高いが、それを含めて、今後の宿題。

 その後もしばらく静司の顔を眺めていた本音だが、不意に携帯が鳴った。確認すると姉からの催促のメールだった。実は彼女は溜めに溜めた生徒会の仕事の合間にここに来ていたのだ。

 

「ぬう、残念だけどまた来るね~」

 

 姉を怒らせると後が怖い。なので本音は諦めて戻る準備をする。その前に持っていた紙袋に一言メモを添えてベッドの脇に置いておく。

 

「これでおーけー。ちゃんと正しい道に戻さないとね~」

 

 どこか意味深な言葉を残して本音は部屋を後にした。

 

 

 

 

 それから更に少しして、再び扉がゆっくりと開いた。

 

「せ、静司? 一夏?」

 

 そろり、と入ってきたのはシャルロットだ。彼女もまた、ノックしたのに反応が無かったが、鍵が開いていたので入ってしまった口だった。許可なく部屋に入る事にはためらいもあったが、寮の中で流れているある噂が、彼女を後押しさせた。

 それでも二人が居ないのなら直ぐに出ていくつもりだったが、ベッドで寝ている静司に気づく。

 

「静司?」

 

 ためしに呼んでみる反応が無い。起こすのは悪いと思い出直そうかと思ったが、ふと静司の様子に気づく。

 

「あれ?」

 

 よく見れば静司の額に何かが乗せられている。近づいてみるとそれは熱の時などに使う様な冷却シートに見えた。何故かキツネ柄だが。

 更によく周りを見れば体温計や薬らしき物があり、キッチンには鍋に入った粥があった。ここまでくればシャルロットも察しがいく。

 

「もしかして病気だったのかな?」

 

 それ以外にこの状況が説明が付かない。よく見れば静司の顔は少し赤い。風邪か何かだろうか。

 

「と、言う事はあの噂って」

 

『織斑君と川村君が自室でラブラブ禁断の花園』

 

 それが今寮を駆け廻っている噂。シャルロットも最初にそれを聞いた時は飲んでいた水を盛大に噴いた。そして不安になりここに来た次第だったのだが。

 

「顔が赤いのはつまり熱のせいだろうし、だとすると他の噂もきっと何かの勘違いだね」

 

 安心して力が抜ける。そして改めて静司を見ると、どうやら汗をかいてる様だ。近くに水桶に入ったタオルが有ったので、軽く顔を拭いてやる。

 

「ん……」

「あ……」

 

 水の冷たさのせいか、それとも十分に寝たからか、静司がゆっくりと目を開く。顔を拭く為に静司に接近していたため、至近距離で眼が合ってしまった。

 

(わ、わわわ……!)

 

 彼我の顔の距離は30㎝も無い。その距離で見つめられシャルロットは慌ててしまう。一方静司はどこか焦点の合わない目でシャルロットを見つめ続けている。シャルロットの混乱は更に増し、何とか言い訳しようとしどろもどろに説明をする。

 

「え、えっとね、静司。これは汗を拭こうとしただけで――」

「ツヴァイ……姉さん……」

「え?」

 

 一瞬、静司が笑った。それもシャルロットはおろか、今の静司を知る者は誰も見た事が無いような、子供の様な無邪気な笑み。そして静司が発した言葉にシャルロットが固まる。

 そのまま数秒、時が止まったかのように硬直していたが、静司が再び目を閉じ寝息を立てはじめると、ようやくシャルロットも動き始めた。ゆっくりと体を離し、ベッドの横に座る。

 

「……」

 

 何だったのだろうか、今のは。

 直ぐにまた寝てしまったことからおそらく寝ぼけていたのだろうが、そもそも静司に姉が、そもそも姉妹が居るというのは聞いたことが無い。今までそういう話を聞いたことが無かったが、居る様な雰囲気も無かった。しかし静司は確かに『姉さん』と呼び、そして見た事も無いような笑みを浮かべていた。あれが何の意味も無い寝言だとは思え無い。

 また一つ、静司について知らない事が増えた。

 静司の謎はこれだけでは無い。妙に高い運動神経。確かに企業のテストパイロットとは聞いているが、それも最初は隠していた。更に臨海学校での異変。そして今の寝言。『知らない』というより『分からない』部分が多すぎる。それを無理やり知ろうとは思えない。誰にだって知られたくない事はある。だけど想いを寄せる人の事が何も分から無いというのは、やはり悲しい。彼に何か秘密があるとして、その助けになれるのならなりたい。それは臨海学校の時にも直接告げた。しかし、肝心の静司の事が何も分からないままでは、結局何も変わらない。

 いつか、教えてくれるのかもしれない。しかしそれは何時なのか。もしかして訪れないのではないか。様々な疑問がシャルロットの脳裏を駆け巡るが結論は、出ない。

 

「ぅ……」

 

 シャルロットの思考は静司の呻き声で中断された。静司を確認するが直ぐに静かな寝息に戻っているので問題は無いだろう。だがこれ以上ここで一人悩んでいても、何も変わらない。シャルロットは立ち上がると、最後にもう一度静司の汗を拭き、頷く。

 悩んでいても一人ではこの問題は解決しない。なら静司が起きた時、改めて色々話してみよう。今の事だけでなく、他の事も色々と。お互いの事を知るために。

 ふと思いつき、懐からIS学園の手帳を取り出す。白紙のページにペンを走らせ、そのページを破る。そして静司の枕元。コップや薬が置かれた棚に置いておく。

 

「お大事にね、静司」

 

 

 気持ちを新たにするとシャルロットは部屋から出ていくのだった。

 

 

 

 

 それから数時間後。日も暮れ始めた頃に静司は目を覚ました。

 

「あー……頭が重い」

 

 額を押さえながら呻く。だが朝に比べれば大分マシだ。途中、何か色々あった気がするがうろ覚えだ。

 部屋を見渡すが一夏の姿は無い。確か朝は居た筈だが、どこかに出かけたのだろうか? 疑問に思うが居ないのなら都合がいい。静司は通信機を取り出すとコールする。

 

『――お、B9か』

「はい。本日は申し訳りませんでした、課長」

『構わんさ。経緯を考えれば無理も無い事だ。それより体はもういいのか?』

「ええ。大分マシになりましたよ。しかし一日中寝ていた性で頭が重い」

『ははは。いいじゃないか。どうだ? 良い夢は見れたか?』

「そうですね……」

 

 うーむ、と少し考え思い出す。

 

「そういえば昔の事を少々」

『昔って言うとお前の姉達の事か』

「ええ。実は施設に居た時も一回倒れた時があるんですけど、その時はツヴァイ姉さんが面倒見てくれたんですよ」

 

 その時は研究所の所員たちは最低限の処置だけするとCBシリーズ。つまり静司が姉と慕う彼女達に世話を任せたのだ。今思えば、ただの風邪だったためにわざとそうしたのだろう。お互いが人質となる為のコミュニケーションの一つとして。

 

「アイン姉さんはそういうが苦手で、他の姉さん達もおろおろしててさ。結局ツヴァイ姉さんが色々してくれたんだ」

 

 それを語る静司の声はどこか楽しそうであり、課長もまた『そうか』と静かに相槌を打つ。

 

「っと、失礼しました。体は大分回復したので明日からは任務に戻ります」

『やめとけやめとけ。明日一杯まではB2がそちらで待機してる。お前はあと一日ゆっくり休んでおけ。どうせ夏休みに入ればまた忙しいんだ』

 

 もうすぐIS学園は夏休みに入る。通常の学生なら喜ぶのかもしれないが、静司の場合い逆だ。何せ一夏が外出する頻度が極端に上がるのだ。その度に護衛として周囲を警戒しなければならない。学園に居る時の方がまだマシだ。

 静司もそれを考えたのか、素直にわかりました、と返事をする。

 

『よろしい。それと見舞いの品を送って置いた。会長に渡されたはずだから明日一日で存分に消化しろよ』

「は? 消化……? よくわかりませんがありがとうございます」

『よし。ならば今日明日はゆっくり休んでおけ。通信終了!』

 

 通信を終え、静司は周囲を見渡す。すると棚の上にある紙に気づいた。手に取ってみると、見覚えのある字で一言書かれている。これはきっとシャルロットの字だ。

 

『早く元気になってね!』

 

 どうやら来てくれていたらしい。後で礼を言わなきゃな、と思いつつ視線を足元に移すと見覚えのない紙袋が目に留まる。そこには小さい『せっちゃんへ』と書かれたメモが張られていた。こんな風に書くのは課長しか居ないので、これが見舞いの品だろう。

 気になって紙袋の中を覗き、静司は硬直した。

 

「『放課後の保健室』『ISスーツ大全(モデル付)』『お姉さん大爆発』……なんだこれは……」

 

 思わず汗がたらり、と落ちる。紙袋に入っていたのは俗に言うエロ本。AVの類。それがぎっしりと詰められていた。ご丁寧に『これがおススメ!』という付箋まで張ってらっしゃる。

 

「あのアホ課長……」

 

 思わず頭を押さえてしまう。そしてふと、紙袋の中に更に小さく放送された四角い箱に気づいた。その包装紙がキツネ柄な為に静司は嫌な予感がした。紙袋から取り出し、包装紙を破くと出てきたのはDVD。

 

「『巨乳コスプレお姉さん』……だと?」

 

 はらり、と何かのメモ用紙が落ちる。拾い上げて読んでみる。

 

『かわむーの趣味に合わせてみたよ~。道を外れちゃ駄目だからね~』

 

「………………………………………………何が起きたっ!?」

 

 何故だろう。とてつもなく嫌な予感がする。容易ならざる事態が現在進行形で起きている気がする。一体自分が寝ている間に何か起きた!? このあやふやな記憶の中で一体何が起きたというのだ!? というか道を外れるってどういう事だ!? あと何故俺の趣向を知っている!? 

 

 静司がこの謎の事態の原因を知るのはその数時間後、憔悴した一夏に事の次第を聞き出してからの事だった。そしてその夜、二人の部屋からは喧噪がやまず、それを聞いた生徒達はまた腐った思考を加速させ二人を暫くの間悩まるのだった。

 




時たま噂される一夏男好き疑惑。
書いておいてあれですが自分はBL苦手です。まあ男ですし。

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