IS~codename blade nine~   作:きりみや

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45.狂信者

 夏休みも終わり、いつもの風景に戻ったIS学園。その第三アリーナで2機のISが飛翔していた。先を飛ぶのは無骨なシルエットと両肩の物理シールド。そしてIS用のブレードを手にした打鉄。そしてそれを追う様に、大きな4機のウイングスラスターを吹かして飛ぶ白亜の機体、白式。静司と一夏の模擬戦である。

 

「この、逃げるなよ静司!」

「無理だ!」

 

 後を追う一夏が苛立ち気に叫ぶが、逃げる静司は即座に叫び返す。性能的には打鉄と白式の性能差は歴然としており、普通に逃げていては即座に追いつかれる。故に静司は上下左右、時には反転などを多用して逃げ続け、それをひたすら追う一夏という光景が先ほどから続いている。

 

「このっ!」

 

 痺れを切らした一夏が左腕の荷電粒子砲《雪羅》を撃つ。静司はそれを躱すが、その隙に一気に接近した一夏が《零落白夜》を振り下ろす。

 

「っ!」

 

 迫るエネルギーの刃。しかもこの刃はエネルギー無効化という厄介な能力を持っている。直撃すれば、訓練機の打鉄などひとたまりもない。故に静司は受ける事はせず、その斬撃もギリギリで回避する。だが打鉄のエネルギー残量を示す表示は減少していた。僅かに掠ってしまったのだ。そしてその掠りだけでも。エネルギーはかなり奪われている。

 

(本当に、やっかいな武装だ……!)

 

 攻撃の後に隙が出来た一夏を蹴り飛ばしつつ、その反動でもう一度距離を取る。バランスを崩し、ゆらゆらと揺れる一夏を伺いつつお互いのエネルギー残量を確認した。

 静司の打鉄は既に四分の一を切っており、対し一夏の白式は半分程。情報だけを見れば静司が不利な状況だが、一夏の顔には焦りが見える。それも当然だ。一夏はまだまともに静司に攻撃は当てれていないのだ。

 模擬戦開始から静司はひたすら逃げに徹し、それを追いかける一夏という構図が続いている。そして白式は他のISに比べて圧倒的に燃費が悪い。戦闘が長引けば長引く程一夏の余裕は無くなっていくのだ。故に一夏はエネルギー無効化での一撃必殺を狙い、静司は逃げ回ってのエネルギー切れを狙っている。

 

「くそ、後少しだったのに。静司! 真面目に戦えよ!」

「真面目だよ。特技を活かしているだけ」

 

(と、言ったものも……)

 

 手残り時間はもう少ない。このまま行けばエネルギーの残量差で一夏の勝利になる。しかし一夏はそれで納得しない事は予想出来る。だから次に来るのは――

 静司が予想を立てるのとほぼ同時。一夏の白式が構え、そして飛び出した。ハイパーセンサーでも知覚仕切れないそれは瞬時加速での特攻だ。対し静司は予想していたが故に事前に用意していた物――安全装置を外した手榴弾を目の前に突き出した。

 

「んなっ!?」

 

 距離を詰めた一夏の顔が青ざめるのを見ながら静司はにこり、と微笑み。

 

「死なば諸共」

 

 《零落白夜》が決まるのとほぼ同時、手榴弾の爆発によって二人は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「中々面白い模擬戦だったわね」

「見てたんですか」

 

 場所は変わって生徒会室。テーブルを挟んで向かいに腰かける楯無はコーヒーを飲みながら面白そうに頷いた。

 

「ええ、たまたまだけどね。男性操縦者同士の戦い。他の皆も盛り上がってたわよ?」

 

 楯無は面白そうに笑うが、静司は若干悟った様な遠い目で、

 

「殆どが一夏目当てでしょうに」

 

 軽くいじけていた。

 

「悲観的ねえ」

「そこで一言でも否定してくれれば希望は持てたんですけどね……」

 

 なんだかなぁ、と肩を竦めつつコーヒーを飲もうと、目の前のテーブルに手を伸ばすが、それを隣の声が遮った。

 

「む、かわむー動いちゃだめ~」

「ん、了解」

 

 伸ばした手を引っ込めて声の主に視線を移す。静司の隣では本音が何やら工具や機材を片手に静司の左腕を弄っているのだ。静司は左腕を横に伸ばした状態で小さな台に載せられている。血圧を測る時の様な格好だが、本音が行っているのは当然そんなものでなく、静司の左腕の整備だ。

 その様子を楯無が興味深げに覗き込む。

 

「しかし改めて見るけど本当に常に部分展開してるのね。疲れないの?」

「流石に慣れましたから。けどやはり調子が悪いと違和感は有りますよ」

「ふーん。だからこその整備って事ね。まあISも機械だからその辺りは当然よね。時たま本当に機械なのか分からなくなるけど」

 

 確かにな、と静司も思う。意思を持つ機械。簡単なら自己修復も可能。挙句の果てに生体再生。本当に機械なのか疑う気持ちもわかる。

 

「私たちは未だにISの事をちゃんと理解はしていない。全ては篠ノ之博士のみぞ知る、か。嫌な話ね」

「……そうです。しかしだからこそ知らなければならない事が沢山ある。それは俺達だけじゃなく、一夏達も」

 

 篠ノ之束の事を思い出し思わず強張る。静司の雰囲気が鋭くなっていき、楯無の後ろに控えていた虚が一瞬身じろぎした。その様子に楯無も目を細める。静司が突然暴れ出すとは思っていないが、今の空気は良くない。故に止めるべきか考えた。だが、

 

「かわむー、力んだら数値が変わるから駄目~」

「あ、ああ。悪かった」

 

 機材のモニターと静司の左腕を交互に見ながら漏らした本音の不平に静司は慌てて謝罪した。そのせいか、生徒会室の空気も緩みもとに戻った。虚がほっ、と息を漏らし楯無も苦笑する。本音の一言で戻った場の空気。果たしてそれを狙ったのかどうかはわからなかったが。

 

「それで、さっきの模擬戦も一夏君に知ってもらう為かしら?」

 

 ふふ、と楯無は笑いながら口元の扇子を開く。そこに書かれているのは『日々鍛錬』

 

「白式の燃費の悪さの再確認。逃げ回る相手を無策に追いかけては意味が無い。一夏君も改めて実感したんじゃないかしら?」

「一夏自身も前から気にしてましたから再確認みたいなものです。一夏には文句を言われましたけどね」

 

 先の模擬戦。結果は一瞬の差で《零落白夜》に斬られた打鉄のエネルギーが尽きたため一夏の勝利だった。しかし一夏の白式も至近距離で受けた爆発によって、直ぐにエネルギーが尽きた。結果的には勝ったものも、一夏は大層不満そうだった。

 

「けどどうして今更? 白式の訓練ならもっと前から出来たでしょ?」

「方針の変更です。これまでの事件も、中心近くには一夏が組み込まれてきた。この先もおそらくそうなると考えた場合、一夏自身で自衛出来る力を鍛えるのが最も一夏の為になると」

 

 無論、事件そのものに巻き込まれないのが一番いい。その努力はこれまでも、そしてこれからも続ける。だが保険はかけておくに越したことはない。

 

「それで学園の方はどうなんです?」

「警備は以前に増して強化。もうすぐ学園祭もあるから今はその警備体制のチェックをしている最中よ。生徒達の方だけど……正直少しピリピリしてるわね」

「どういうことです?」

「もう一人の篠ノ之。箒ちゃんの紅椿の件でね」

 

 はぁ、とため息を漏らす。静司も楯無は言わんとする事がわかり同じく息をつく。

 

「妬み、ですね」

「ええ。一年生はまだそれほどでは無いけど、やっぱり二年、三年の子達はそうもいかないみたい。勿論全員が全員って訳じゃないけどね」

 

 IS学園の生徒は卒業後もISに関連する組織で働くことになるのが大多数だ。ISコアの数は限られている為、全員がIS操縦者になる訳では無く、生徒達もそれは理解している。故に一年の基礎課程を終えた後は、整備やシステム、IS関連経済などに特化した学科を選び学ぶことが出来る。だがそれでも彼女達が自分だけの専用機に憧れるのは当然だ。

 通常専用機を持つのは各国の代表候補生や、既に企業に所属しているテストパイロット。そして一夏の様な特例位だ。残りの生徒達は訓練機で学びつつ、いつか自分もスカウトされ専用機を――という思いがある。

 だからこそ、箒の専用機受領は軋轢を生んだ。これまで特別目立った成績は無く、適性もC。そんな彼女が突然最新鋭の第四世代ISを手にしたのだ。これを面白く感じない生徒は多い。自分達の努力は何だったのか? そう思わずにいられない。更にその機体は第四世代。それはIS操縦者を目指す者以外にも面白くないだろう。自分達が学び、いつかたどり着いて見せると考えていたモノが、突然現れたのだ。結局ISに関しては篠ノ之束の思い通りにしかいかないのか。そう考えるのも無理も無いのかもしれない。

 

「今のところはただの不満で思い切った行動をする子は居ないけど、正直いつかは爆発してもおかしくないわね」

「そちらは頼みますよ。学園の外ならともかく、中の事情には俺は余り干渉できないですから」

「わかってるわ。しかしこの分だと例の件は隠したままの方は良さそうね」

「篠ノ之のIS適性の事ですか」

 

 こくり、と頷き楯無は幾つかの調査書を取り出す。それは全て箒に関するものだ。

 

「先日の結果よ。彼女のIS適性は入学時はC。だけどこれではSと出たわ」

「間違い……では無いんでしょうね」

「ええ。何度も確認したけど結果は変わらず。本人にはまだ伏せているけど、彼女の動きを見る限り間違いなさそう。そして考えられる原因は一つ」

「紅椿の受領。そして篠ノ之束との接触」

「そ。妹の為と称して第四世代を持ってきたついでに適性まで底上げした。本当にそんな事が出来るかどうか疑問だけど、それしか考えられないわ。ふざけた話よ、適性云々で人生が変わる子も居るって言うのに、こんなに簡単に変えられてはね」

「……」

 

 まったくもって同感だ。そして本人はそんな事微塵も感じていない事も予想が付く。それが何よりも腹立たしい。

 再び重くなる空気。それを嫌ったのか、楯無は急に笑顔を浮かべた。

 

「さて、面倒ばっかで疲れちゃう。ということでちょっと気分転換しない?」

「気分転換?」

「そ♪ 今度の学園祭で考えてることがあるんだけど――」

 

 そう笑い楯無は話し始めた内容に静司と虚の顔が引き攣った。

 

「却下だ」

「却下です」

「えー!?」

「何を驚いてんですか。一夏を学園祭の景品代わりにするなんて却下に決まってるでしょうが。一夏は玩具じゃないんですよ」

「そうですよ、お嬢様。流石にそれは織斑君が可哀想です」

 

 楯無の提案。それは今度の学園祭の投票次第で一夏をどこかの部活に所属させると言う内容だった。流石にこれは静司としても許容できない。

 

「大体、たった今一夏を鍛えなければという話をした所でしょう。それなのに部活やる暇があるんですか」

「あら、意外に重要よ。IS専門の学校と言えど、皆年頃なんだから。訓練ばかりじゃ息が詰まっちゃうもん。学園祭だって半分くらいはその為だし」

「それは知ってますよ。別に部活の存在を否定するわけじゃない。息抜きは誰にだって必要ですから。けど一夏の場合は状況が違うでしょうが」

「まあそうなんだけどね。ただちょっと苦情が来てるのよ。学園でも貴重で皆の興味の対象である男性操縦者が部活に入ってない、って事で。まあそんな内容で苦情が来ること自体おかしい気もするんだけどねー。ただまあ余りにもそんな苦情というか要望が多すぎて生徒会としても何らかの手を打たなきゃと」

「それこそ横暴でしょうが。一夏本人の意思はどうするんです」

「んー、この際仕方ないかなーと」

「何?」

 

 身勝手な言葉に静司が眉を潜め楯無を睨む。対し楯無も扇子を口元に当て薄く笑う。

 

「君たちにとって一夏君や生徒の安全が第一なのはわかるわ。だけどね、生徒会長である私はそれとは別に、生徒達の過ごしやすい環境を作る義務があるのよ」

「その為に犠牲になれと?」

「その言い方は好きじゃないわね。勿論織斑君の警備は続けるわ。だけどね、今の学園の空気は数度にわたる謎の襲撃や、先の箒ちゃんのISの件も含めてちょっと良くないのよ。だからここらで一回ガス抜きしたいわけ」

 

 一夏の安全重視の静司と、学園の生徒全体の事を考える楯無。どちらが正しいと言う話では無い。どちらも正しいが故にお互いの意見がぶつかり合ってしまう。

 

「勿論、一夏君を鍛えるのには賛成よ。私も協力するわ。だけど生徒達の事も考えてくれないかしら?」

「それでもまずは一夏自身の意思を確認しろ。全てはそこからだ」

 

 睨み合う二人。再び重くなる空気に虚は身震する。そしてお互い再び口を開こうとした時だ。

 

「できた~!」

 

 呑気な声を上げた本音に驚き、思わず二人とも動きを止めた。

 

「かわむー、調子はどう~?」

「あ、ああ。良好だ。ありがとう」

 

 左手を握っては開きを数度繰り返し、腕をかるく回すが問題は無い。むしろ動作が軽くなった気もする。

 

「ならおっけ~。おなかすいた~」

 

 当の本音はテーブルの皿に乗せられたお茶請けのクッキーを摘まんでいる。きょとん、とその光景を眺めていた三人だが虚が慌てて本音を叱る。

 

「本音、まず手を洗いなさい」

「てひ、バレた~」

 

 余り反省している様に見え無い様子で本音は洗い場へ向かう。

 

「まったくもう……」

 

 虚もそんな様子を怒りながら、しかしどこかほっとしながら見つめる。その二人を見て静司と楯無は自分達が周りに緊張を振りまいていた事に気づき肩の力を抜いた。

 

「ちょーと熱くなっちゃったわね。おねーさん反省」

「俺もです。ですが、」

「譲るつもりは無い、よね。わかったわ。なら一夏君に直接聞いてみるとしましょう」

「……言っておきますが、『一応聞きました』とか言いつつ一夏に強制するのは無しですよ。後で確認します」

「わかってるわよ。私ってそんなに信用ない?」

「それほどお互い知り合ってる訳じゃないでしょうに」

 

 はぁ、とため息をつく。だが楯無は面白そうに笑う。

 

「あら、じゃあ本音ちゃんは?」

「本音は……」

 

 ちらり、と視線を移すとぽりぽりと幸せそうにクッキーを食べる本音と、行儀が悪いと怒る虚の姿。

 

「信用も信頼もしてます。じゃなきゃメンテだって認めませんよ」

 

 それでは、と静司は席を立つ。元々の目的は左腕のメンテも兼ねた情報交換。それが終わったので一夏の護衛に戻るのだ。

 

「かわむー、帰っちゃうの? お話しよ~」

「すまん。この後山田先生に呼ばれてるんだ。また後でな」

「ん~わかった~。じゃあ後でポックリで対戦しようね~。私のギガチュー部隊が火を噴くぜ~」

「あの鳴き声苦手なんだよなぁ。まあ了解したよ。じゃあまた」

 

 ひらひらと手を振り静司は生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 静司が去った生徒会室。虚は相変わらずクッキーを頬張る妹を呆れながら見つつ、ふと主人に聞いた。

 

「そういえば例の苦情ですけど、織斑君について聞きますけど川村君については――」

「虚、川村君があえて避けたその話題を蒸し返しては駄目よ」

「は、はあ?」

 

 川村静司。同じクラスの間では大分マシになったものも、他では未だ敬遠されがちな高校生(仮)だった。

 

「さ、て、と。じゃあ私は一夏君の所に行ってこようかな」

「お嬢様、川村君も言っていましたがあまり強引な手段は……」

「わかってるわよ」

 

 うふふ、と楯無は悪戯を思いついた様な顔で怪しく笑う。そして口元を扇子で隠しつつ、

 

「同意してくれればいいのよね。ふふふ、川村君、おねーさんを甘く見ない事ね」

 

 軽い足取りで生徒会室を出ていく。その姿を見送りつつ虚は確信した。きっと主人の思い通りに事が進むと。これは長年仕えてきた勘だ。

 

「川村君、すいません」

 

 どこか諦めの籠ったため息を付き、虚は天を仰ぐのだった。

 

 

 

「学園祭……呑気な物ねえ」

「同感です」

 

 何時もの研究室。カテーナの呆れた声にシェーリが同意する。

 

「ま、目的は分からないでも無いけど。しかしイベントの多い学園だこと。ところでシェーリ、今回のこのイベントに篠ノ之博士は介入すると思う?」

 

 主人の問いにシェーリは少し考え首を振った。

 

「半々、でしょうか。今回はISが直接的には関係しない行事ですから、これまでの様に織斑一夏や篠ノ之箒に無人機の相手をさせる、というのは面倒かと思われます。その前に学園の警備部隊が来ることでしょう」

「しかしそれすら気にせず来る可能性もある、か。確かに分からないわねえ。それに川村静司の事もあるし」

「篠ノ之博士は彼の正体に気づいていないのでは?」

「でしょうねえ。気づいてたらとっくに襲撃してそうだもの。散々邪魔されたんだから。けど臨海学校の件を見るに、『黒い翼のIS』である川村静司とは別に、『もう一人の男性操縦者』である川村静司も良い感情を持っていないわねえ」

「つまり男性操縦者としての川村静司に対して介入すると?」

「ま、あくまで仮説なのよねえ。何も起きないかもしれないし。ただ、それはちょっと詰まらないと思わない?」

 

 カテーナはそう笑い手元のコンソールを幾つか叩く。続いて彼女の正面、壁一面を覆うモニターに表示された内容を見てシェーリは成程、と頷いた。

 

「この情報を彼ら(・・)に渡したら中々面白いと思わない? 丁度オータム達も悪巧みしてる様だし、援護にもなるしねえ」

サンマ女(オータム)の手助けは少々癪ですが、有効かと思います。IS学園の反応を見るのにもいい機会です。それに――」

「それに?」

 

 ふ、とシェーリは笑いつつ主人に告げた。

 

「私の主人が楽しめるのなら、私はそれを実行するまでです」

「ま、私は快楽主義者だからねえ。それじゃあ手配をお願いするわ。折角のお祭りだもの。せいぜい馬鹿騒ぎしてもらいましょうねえ」

 

 

 

 

 楯無と話した翌日。静司は自分の詰めの甘さを呪っていた。頭を抱えつつ、目の前の一夏に問いかける。

 

「了承したのか……あの話を?」

「あ、ああ」

 

 静司のがっくりとした様子に一夏も若干バツの悪そうに頷いた。

 時刻は朝の7時半。二人は朝食を取るべく食堂に来ている。そしてその話題は他でも無い、楯無の件だ。

 

「何でだ? 言い方は悪いが完全に出汁にされてるんだぞ?」

「そ、それは分かってる。ただ勝負に負けだからな。男に二言は……無い」

 

 一夏の話を聞くに、昨日早速楯無は一夏に接触したらしい。そしてあの手この手で一夏を翻弄し、最終的に生身の勝負の末、一夏が勝てばもう付き纏わない。楯無が勝てば、景品役になると言う事になったとか。

 

「どういう話の展開でそうなったんだよ……」

「ぐ、それは……」

「挑発でもされたのか? それとも色仕掛けか?」

「……」

「おい一夏。何故目を逸らす」

「い、色仕掛けは、無い。事故はあったが」

「なんだそのお互い袴姿で勝負した挙句ちょっとした事故で相手の袴を剥いでしまい下着を見てしまった青少年の様な顔は」

「なんで知ってるんだ!?」

「……本当にやったのか」

「け、けどな! その代わり稽古を付けてくれるらしいんだよ! あの人めちゃくちゃ強かったから、自分の為にもなる……筈」

「……まあそうだろうけどな」

 

 実際それは事実だ。静司は正体を隠している以上、本気で一夏を指導するわけにはいかない。そうなると一夏の指導は普段の教師による授業と放課後の専用機持ち達との訓練になる。前者は非常に重要かつ、的確なので静司としても役に立つことがある。後者も悪いという訳では無いが、少々癖があるのだ。そう考えると国家代表でありIS学園最強の名の下に指導を受けられるのは運がいいとも言える。

 

(結局俺がごねてるだけか……)

 

 一夏の為、一夏の為と言うのはエゴだろう。経緯はどうあれ一夏が選らんだのならそれに合った警備をするまでだ。幸いIS学園の部活も毎日という訳では無い。

 

「まあ過ぎた事は仕方ないか。とりあえず頑張れよ、一夏」

「静司は手伝ってくれないのか?」

「俺にはそういった苦情やオファーは来てないからな。ははははは……笑え」

「……なんかすまん」

 

 

 

 

「と、言う事でクラスの出し物を決めたいんだが……」

 

 同日。放課後の特別HRでは一年一組の出し物を決めるべく一夏がクラス代表として取りまとめようとしているのだが、場は混乱していた。原因は朝食後の全校集会にある。生徒会長である楯無が、学園祭の催しの一つとして一夏の強制入部賭けた部活対抗戦が告知されたからだ。因みにその告知に大いに沸く生徒達の中、一夏はどこか達観した、諦めの籠っためでその報告を聞いていた。

 そして今。一夏に関しては部活動対抗なのでクラスの出し物には関係ないのだが、うら若き女子生徒達は朝のテンションを維持したまま今に至る。

 

「はい! 『織斑一夏とツイスターゲーム』なんてどう!? 一回3000円!」

「なんだそれは!? というかぼったくり過ぎだろ!?」

「じゃあ『川村静司のコスプレ劇場!』は!? ニッチな層にきっとウケる!」

「笑えねえよ!? いや、泣き笑いだよ俺は!」

 

 因みに静司は書記として黒板に案を書く役だ。本来は別の生徒の仕事なのだが女子が興奮しすぎて仕事にならないので静司が代理で行っている。

 

「『織斑一夏と王様ゲーム!』で決まり! これで勝てる!」

「いえ、少ない資金で莫大な利益を生み出す予感がする『川村静司とギャンブル対決!』よ。負けそうになったら睨みを聞かせて相手の心をへし折る!」

「もういっそ『織斑×川村。愛の耽美劇場』で」

『それだああああああああああああああああ!』

『やるかアホがあああああああああああああああああ!』

 

 ぜえはあと静司と一夏が全力で却下した。それに生徒達が不満げにブーイングする。

 

「折角の男の子のなんだから有効活用しなくちゃねー」

「私も先輩から色々言われてるんだよ。だから助けると思ってね」

「駄目だ。第一それじゃあ俺達以外はどうするんだよ。もうちょっと普通の意見を出してくれ。例えばお化け屋敷とか」

 

 一夏の言葉に静司も全力で頷く。未だに黒板には何も書かれていないのだ。このままでは埒があかない。

 

「お化け屋敷かー。確かに面白そうだけど」

「ああ、けど織斑君が脅かしてくると思えばそれはそれで需要あり?」

「けど川村君が脅かしに来たらお客さんガチ逃げしちゃう気が」

 

 ぱらぱらと肯定的な意見が上がる。静司も一応案として黒板に『お化け屋敷』と書いていく。

 

「他に意見無いか? 勿論まともなもので」

「メイド喫茶はどうだ?」

 

 ふと意見が上がる。意見の出所を見るとなんとそれはラウラだった。これには静司や一夏だけでなく、他の生徒達もきょとん、としている。余りにも意外過ぎる人物の意外過ぎる提案だったからだ。その間にもラウラはメイド喫茶の利点――利益の回収や休憩所としての需要などを語っていく。確かにこれは良い案だろう。しかしそうなると一夏と静司が問題になるが。

 

「静司や一夏は執事になって貰えばいいんじゃないかな?」

 

 そのシャルロットの意見に皆が賛成する。

 

「織斑君の執事姿……。良い! これは良いわ!」

「うーん、だけどお化け屋敷も面白そうな気も。普通の学園では出来ないハイテクを駆使したガチ屋敷とか。それに織斑君や川村君とも周れる! ってやれば結構いける気が……」

「田島さんナイス! それも良いね」

「うーん意見はこんな所か? とりあえず静司、メイド喫茶も案として書いておいてくれ」

「了解」

 

 言われ黒板に『メイド喫茶』と書く静司。その様子を見た一夏は、静司がやけに力強くメイドの文字を書いていた気がしていた。

 

 

 

 

(くっ、お化け屋敷が急に人気になるなんて)

 

 意見が割れていく中、シャルロットは焦っていた。他でも無い、メイド喫茶案が潰れる事に。

 先ほど黒板に文字が書かれる際、確かに静司が強張っていたのをシャルロットは見抜いていた。そして自分の判断が正しかったと確信する。つまり――静司はやはりメイド推しだと。いち早くそれを察知したが故に間髪入れずラウラに援護射撃をし、効果は抜群だった。しかし安心したのもつかの間、お化け屋敷案が徐々に増え始めている。

 

(どうしよう)

 

 メイド服は正直少し恥ずかしい。しかしアピールするにはいい機会だ。故に彼女は躊躇わない。

 ラウラがメイド喫茶を提案した時は驚いた。おそらく夏休み中に似たような店で一緒にアルバイトをしたのは原因だろう。だがよくやったとシャルロットは全力で感謝していた。

これなら何の問題もなくメイド服を着れる。

 

(後はこの案を通すための一押しを……!)

 

 シャルロットが悩んでいると、教室の隅で展開を眺めていた真耶が「あれ?」と首を傾げながら、

 

「これって私たち先生もやるんでしょうか? 恥ずかしいですね」

 

 その瞬間、教室の時間が止まった。

 

「先生も参加……つまり」

「うまくいけば、あの織斑先生に合法的にメイド服を……!?」

 

しんっ、と静まり返った教室内。真耶は着いていけず不思議そうに生徒達を見回している。

 

「え、えっとそれじゃあ採決を……とるぞ? 紙を用意したからこれに書いて投票な」

 

 空気に若干気圧されつつ一夏が採決を取り始めた。

 

 そして10分後。

 お化け屋敷1。残り全員メイド喫茶に投票し一年一組の出し物は決定するのだった。

 思い通りの結果に教室内が湧きあがる中、シャルロットは密かにガッツポーズをしていた静司を確かに見たのだった。

 

 

 

 

 

 

 彼ら彼女らにとってその人物は神に等しかった。それだけの物をその人物は創り出したのだから。

 IS。現行の兵器、技術を遥かに上回る奇跡の様な機械。聞けば独自の意思まで持っていると言う。これはもう新たな種族の創造ではないか。そしてそれを生み出したのは美しい少女。それが彼らの想いをより一層強くする。IS生みの親である篠ノ之束は神に最も近い存在であると。

 信者と呼ぶにふさわしいその者達は篠ノ之束の動きを常に敏感に察知する。理由は単純。その信者はどこにでもいるからだ。世間では天災などと呼ばれることもあるが、それは間違いだ。現に自分達と同じ考えを持つ者は数多い。彼女に対する侮辱は嫉妬や妬みからくる醜い感情だ。何故あのすばらしさを素直に感じないのか。事実世界は大きく変わったではないか。

 彼女は時たま気まぐれの様に行動を起こす。しかしそれが彼女の選択なら、彼らはそれに無理やりにでも理由を付けてより一層信仰を強くする。それはIS学園の出来事でも同じだ。

 学園内の同胞から話は聞いていた。そして臨海学校の件も。軍の中にも同胞は居る。そしてこれまでの事件に彼女が関わっている事を知った。

 彼らはそれに理由を付ける。学園には妹。友人。そしてその弟が居る。事件には彼らが巻き込まれている。ならばそれは彼女の与えた試練なのだ。自らが与えた剣を上手く扱えているのか、それを彼女は見守ってるに違いない。ああ、なんて羨ましい! そのように見守って貰えるなんて!

 だがその彼女に牙を剥く者が居る。黒い翼のISがそれだ。これはゆゆしき事態だが、正体は不明だ。故に手を出すことが出来ない。

 だがもう一人、要注意人物がいる。それは彼女の友人の弟とは別の男性操縦者。これはつい最近手に入れた情報だが、彼女の使い(暴走したIS)はこの男に罰を与えたらしい。だが例の黒いISの妨害で罰は完全には執行されなかったと、そこにはそう記されていた。

 

「ならば私達が行いましょう」

 

 送られてきた情報にはIS学園の学園祭の情報。警備の穴。そして当日侵入する手段が事細かに記されていた。この情報を疑いはしない。我々は何処にでもいて、全てを共有するのだ。それこそまるでISのコアネットワークの様に――

 そして彼らは動き出す。歪んだ思想。自分勝手な解釈。そして壊れた正義感を持った狂信者達。その存在を知る者達からは危険視されている【篠ノ之主義者】と呼ばれる者達が動く。その目的は一つ。

 

 川村静司の排除。

 




お化け屋敷一票は姉の危機を感じた弟の涙ぐましい最後の抵抗。
しかしずっと臨海学校で学園の外にいたり夏休みだったりしたので通常の学園を書くのは久しぶりですね。

カテーナ達の悪巧みは以前静司と本音が外で襲撃された時と似た状況。
束を恨む人間も居れば、逆に盲信するような連中も居るんじゃないかなぁ、と以前から考えてたので登場。ただしイカレ具合はレベルUP
かませっぽいけど一応役目はありますのでパワーアップしたテロもどきの皆さんの活躍にご期待ください。(待て

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