IS~codename blade nine~   作:きりみや

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46.宴の始まり

「うーん」

 

 K・アドヴァンス社。社員達の休憩場所であるコミュニケーションルームで草薙由香里は一人悩んでいた。彼女の手には小さな紙が握られており、それをずっと眺めては首を捻っているのだ。

 

「何やってるんだ、由香里」

「あら、あなた」

 

 声に振り向けば訝しげにこちらを見つめる夫、章吾の姿があった。オールバッグの髪に整えられた顎鬚。室内でもサングラスをかけ、黒のスーツを着こなすその姿はどこか紳士然としている。部下達からは課長と呼ばれているが、夫婦の間では『あなた』もしくは『章吾さん』と由香里は呼んでいる。

 

「仕事は良いの?」

「少し休憩がてら一服にな。そういう由香里はどうなんだ?」

「私も同じ。それとまあ考え事かしら」

 

 そう言って手の中の紙を見せる。章吾はそれを見てふむ、と頷いた。

 

「IS学園の学園祭の招待券か。それがどうした?」

「うーん、ちょっとね」

 

 IS学園の学園祭は各国関係者や生徒に関連する企業等とは別で、基本的に一般人は入場できない。しかし生徒に付き一枚、一般入場用の招待券を使う事が出来るのだ。静司もそれを貰ってはいるが、基本的に呼ぶような一般人の知り合いなど居ない。EXISの人間は一夏の護衛の為にも入場できるように手配されているので招待券の使い道は無いのだ。なので『適当に使ってくれ』とばかりに静司は課長こと章吾にそれを渡し、章吾も特に思いつかなかったので妻に渡したのだ。てっきりそれかと思ったのだが、

 

「実はこれ、静司の分じゃないのよ」

「何?」

「静司から貰った分は、あっち」

 

 ぴっ、と由香里が指さした方向。そこでは人だかりができており、何やら盛り上がっている様だ。

 

「手前! 今後だししただろ!?」

「なっ……人聞きの悪い事を言うな!」

「俺は騙せねえぜ。お前はコンマ数秒の差でグーからパーにフォームチェンジしやがった! assault8の動体視力を舐めるなよ!」

「くっ、技術の無駄使いめぇ……! そんなに女子高に行きたいか!?」

「当然だ!」

 

 と、何やら争っている奴らが居ると思えば、その周りではそれぞれがブツブツと何か呟いている。

 

「女子高女子高女子高女子高女子高」

「ふふふふふ、IS学園は云わば各国ISの見本市の様な物……。嗚呼、生でそれを見る為なら私は血を流す事を厭わないわ」

「はいはーい。それじゃあ仕切り直しいくよー」

 

 何やら白熱している様だがイマイチ趣旨がわからない。あとA8が一般社員も居る中で不穏な言葉を吐いていたので後で締めよう、と思いつつ視線で由香里に問う。

 

「静司の分の招待券争奪じゃんけん大会だって。当日非番の連中が盛り上がっちゃってもう」

「そういうことか」

 

 会社関係と言っても、誰もが行ける訳では無い。あくまで数名だ。故にその他の一般職などが学園祭に行くためにはやはり招待券が必要であり、それを争っているらしい。確かによく見れば彼らの直ぐ近くには何故か額縁に入れられた招待券が飾られている。

 

「ん? じゃあそれは誰のだ?」

 

 静司が持っていた招待券は1枚。しかしここには2枚ある。その答えは意外な物だった。

 

「これはシャルロットちゃんの分よ。使わないからどうぞ、ってね」

 

 先日、件の新型ラファールの件でリヴァイヴの最新データを必要とした。その際に由香里が電話かけた際にそういう話になったらしい。わざわざ社長である由香里が電話したのは、学園出会って以来のシャルロットの様子を直に確認したかったからなのだが。

 

「育ててくれた親戚は来れないらしくてね。それで渡す相手も居ないから有効活用してくれって」

「納得のいっていないような顔だな」

「まあね。だってどこか諦めた口調でそんなこと言われたら気にしちゃうわよ。全く、苦労性な子よ」

 

 んー、と体を伸ばしながら苦笑する。確かに海外から来ている生徒も多いので、渡す相手が居ないというのは珍しい事じゃない。しかし彼女の場合、どちらかというと自身の立ち位置、境遇が邪魔をしているのだ。

 

「うーん……そろそろあっちも落ち着いてきているだろうし、いい機会と言えば機会なのかしらねー」

 

 ぶつぶつ、と由香里が呟く。章吾はそんな妻に声をかけず、しかし見守る様に正面に腰を下ろし、煙草を吸っていた。

 そのまま数分程、腕を組み頭を捻っていた由香里だが、唐突に目を開いた。

 

「よしっ、決めた!」

 

 うんうん、と笑顔で頷く由香里。章吾はそこでようやく声をかける。

 

「その招待券の使い方か?」

「ええ。いい機会だし、そろそろお互い歩み寄るべきだと思うのよね。あの二人は」

 

 言うが否や携帯を取り出しコール。相手は自分の秘書でありすぐに出た。

 

「もしもし? ちょっと明日の予定追加ね。……大丈夫よ、元々行く予定だった所でもあるから、少し時間が延びるだけ。……ええ、そうよ。じゃあ調整お願いね」

 

 電話を切った所を見計らい、章吾は尋ねた。

 

「で、その予定とは?」

 

 その問いに由香里はにやり、と笑う。

 

「デュノア社へちょっくらお節介」

 

 

 

 

「疲れた……」

「ああ、本当に……」

 

 学園祭まであと少しとなったIS学園。夕方の食堂で男二人はため息を付いていた。妙に消耗した2人の様子を、近くを通りかかった生徒達は不思議そうに見ている。

 

「楯無さん。あの人無茶苦茶過ぎだ」

「同感だ」

 

 二人の疲労の原因は他でも無い、更識楯無。彼女が一夏のコーチ役となった事で起きた諸々の出来事だ。

 まず一夏のコーチという時点で、箒、鈴、セシリア、ラウラが反応した。そして全員が一夏と楯無に突っかかり揃って返り討ち。その実力を見せつけられ引き下がった。納得はしていない様だったが。そこまでなら静司にもあまり影響が無かったのだが、その後彼女は何故か一夏と静司の部屋に私物を持ち込み住み込もうとしたのだ。これには一夏は勿論、静司も反抗。そもそも二人部屋なのに三人になったら人口密度が上がり狭く感じる。そしてなにより、あの手この手で一夏と静司をからかってくる楯無と同じ部屋など、御免だ。部屋でくらいゆっくりしたい。よって二人は共同戦線で断固拒否し、なんとかそれを阻止した。因みに、

 

『一夏君の護衛もかねてなんだけどなー。それに仲良くした方がやり易いし』

『……俺が何の為にここに居ると思ってんですかアンタは』

 

 と静司と楯無の間で静かな対立もあったのだが、何とか阻止できたのだ。だがその後が面倒だった。

 放課後の訓練が終わり部屋に戻れば、何故か裸エプロン(水着着用)で出迎えられた。即座に叩きだしたのだが、油断した隙に再び部屋に侵入しており、何故か下着姿でベッドに寝転んでおり二人は脱力した。しかもご丁寧に静司が仕掛けたセキュリティを根こそぎ突破して、だ。これは流石に危機感を覚え、設備のレベルを上げた。どれだけふざけていても、対暗部用暗部の肩書きは伊達じゃないらしい。

 他にもあの手この手で色々とからかわれ続け、静司も巻き込まれているのが二人の疲労の原因だった。楯無曰く、『一夏君と仲良くした方が今後色々やり易いでしょ?』との事だが、あれは確実にからかう事を楽しんでいる。

 

「まあコーチしてくれていること自体はありがたいんだけどな。実際教え方も上手いし」

「それは否定しないけどな」

 

 実際、楯無の指導は分かりやすい。一夏は新たに増えた射撃武器の運用方法についてレクチャーを受け、確かに上達しているのだ。更には箒も彼女に指導してもらっているらしい。これは早く機体に見合った実力を持たなければならない事を気にして、楯無から提案した事だ。そして箒もそれを志願した。からかい癖のある楯無だが、どうも人をたらし込むのは得意らしく、一夏には『人たらし』とまで呼ばれている。

 

「あ、静司、一夏」

「む、お前達か」

 

 不意に声がかかる。シャルロットとラウラだ。どうやら彼女達も夕食らしい。

 

「おお、おはよう」

「おはよう。……どうした、ラウラ?」

 

 辺りをキョロキョロと見回すラウラに静司が声をかける。

 

「今日はあの女は居ないのだな」

 

 どこか不機嫌そうに答えるラウラ。どうも最初に会った時に敗北したらしく、敵対視しているらしい。後はラウラも色々ろからかわれているせいでもあるが。

 

「今日は生徒会の用事があるらしい。だから安心しろ」

「ふむ……」

「けど二人はお疲れだね」

 

 あはは、とシャルロットが苦笑する。静司達も否定することなく肩を竦めた。

 

「それより学園祭の準備だけど、女子は明日衣装合わせだってな」

「うん。ラウラのツテだけじゃ数が足りなかったんだけど、本音が足りない分を用意してくれたんだ」

「本音? ああ、そうか――」

「私もメイドさんなんだよ~」

 

 新たな声と共に本音がお盆を手にやって来た。

 

「メイドさん? ああ、そういえば楯無さんが言ってたな」

 

 一夏も納得が言ったように頷く。本音は更識家に仕える家系であり、楯無の妹の専属メイドなのだ。

 

「そうそう~。だから足りない分は私にお任せ~」

 

 相変わらずのんびりとした口調で席に座る。その盆に乗っている者を見て全員が首を捻った。

 

「ねえ、本音。それ何?」

「お茶漬けだよ~。皆は番茶派? 緑茶派? 私はウーロン茶派~」

「まあそういう茶漬けは確かにあるが、そんな豪快に鮭を乗せる茶漬けは初めて見たんだが……」

「おいしいよ~。私はこれがお気に入り~」

 

 そう。本音の茶漬けには大きな鮭の切り身がどん、と乗せられている。更には本音はその茶漬けを箸でかき混ぜはじめた。ぐりぐりとかき混ぜられるそれを見ながら、果たして切り身で会った必要はあったのか? と若干疑問に思ったが。

 

「なんとこれだけじゃないんだよ~」

「と、言うと?」

「卵を入れます」

「は?」

 

 どこから取り出しのか。卵を投入し更にかき混ぜる本音。当然ながら茶碗の中はカオスと化している。

 

「本音……美味いのか、それ?」

「おいしいよ~? じゃあかわむーにもお裾分け~」

 

 用意してたらしいスプーンにすくうとそれを差し出された。スプーンの上では何とも形容しがたいお茶漬けらしいものが湯気を立てている。それを見て静司の顔が一瞬引き攣った。

 

(いやいや、しかし食材はまともだ。食えない要素はあるまい。そうだ、自分でも言っていたじゃないか。本当に不味い料理というのは食べる事自体がマズイのだと)

 

 よし、と覚悟を決めそのスプーンを受け取ろうと手を伸ばし、しかし取っ手がこちら側に来ない。あれ? と視線で本音に問うと、

 

「はい、あ~ん」

「……」

 

 無邪気な笑顔がそこにあった。そしてその瞬間、すぐ近く――具体的にはシャルロットから鋭い視線が飛んできた。途端に冷や汗が流れる。

 確かにこれは恥ずかしい。恥ずかしいのだが、それとは別の危機感を感じる。

 

「本音。自分で食うから――」

「あ~ん」

 

 にこにこ、と笑っている。笑っているのだが自分には分かる。本音は譲る気は無いと。そして時間が経てばたつほど、この両者のプレッシャーが増すと言う事も。ならば即座に流してしまうのが得策……!

 観念して口を開ける。そこに放り込まれたお茶漬けの味は何とも形容しがたい不思議な味だった。最もこの空気の中、十分に味わう事は出来なかったのだが。

 

「かわむー。お味はどうだい~?」

「あ、ああ。不味くは無い。いや、多分美味しいとは思うんだが」

「マジか静司」

 

 一夏は驚く。そしてシャルロットはと言うとどこか冷たい目でこちらを見ていた。

 

「良かったね、静司」

「……ハイ。ソウデスネ」

 

 下手な事を言ってはいけない。それは今までの一夏達を見て来て勉強済みだ。故に静司は粛々と頷くだけだった。

 

「そういえば、メイド喫茶ではそういう事もやるのだったな」

 

 不意にラウラが思い出したのか呟く。静司は助かったと! と言わんばかりにその話に喰いついた。

 

「そ、そういえばそうだったな。というかそれも含めて接客どうするんだ?」

「一応練習してるけど正直時間が足りないよなあ」

 

 一夏も頷く。そもそもたった一か月で準備しろというのが無謀なのだ。事実、接客には皆手こずっている。バイト経験が有る者はスムーズに行くのだが、そういった経験が無い生徒も多い。加えて提供する飲食の手配、店の外装の準備等も行っているのだ。練習不足は否めない。

 

「うーん、その辺はどうにか人前に出れるレベルまで練習するしかないね。皆覚えるのは早いから慣れだと思うよ」

 

 シャルロットも気持ちを切り替えたのかそう答える。

 

「そうだな。私も日本流のメイドというのをまだ完全に把握していなかったので、本国の部下に資料を貰って訓練中だ」

「おお、ラウラ偉い」

「ふふ。褒めるがいい」

 

 一夏に褒められて嬉しそうなラウラ。

 

「おお~、ラウラウどんな練習してるの~?」

「確かに気になるな」

 

 静司と本音も興味が出た。しかしシャルロットだけは首を傾げている。

 

「訓練……? 漫画を読んでた気がするけどあれは……」

 

 ぶつぶつと呟いているシャルロットは余所に、ラウラは気を良くしたのか満足そうに腕を組んでいる。

 

「ふむ。ならば私の訓練の成果を見せてやろう」

「おお、それは見たい」

「同じく」

「私も~」

「え、えっと、一応僕も」

「よし、ならば見ているが良い」

 

 ラウラは盆に水だけを乗せると立ち上がり少し離れた。どうやら最初の接客の場面から行うらしい。客の役は一夏だ。席から離れたラウラは目を一度目を瞑り、一つ息を付くと盆を片手に一夏の元にやって来た。

 そして笑った。

 笑顔。それは正しい。接客業の基本であるし、メイド喫茶では尚更だ。その行為に文句を付ける人間は居ないだろう。だが何故だろう。ラウラの笑顔が妙に迫力があるのは。例えるのなら『にこり』でなく『にやり』に見えるのは。

 そしてその様子に若干ビビっている一夏に、ラウラはその笑顔のまま告げた。

 

「ククク、おかえりなさいませだな、ご主人!」

 

 ぶほっ、と全員が咽た。

 

「ラ、ラウラ? 一体何を……」

「む? 資料通りにやった筈だが?」

「違うから! その資料絶対に間違ってるから!?」

「しかし主人の為に手段を選ばず、知力・体力・破壊力を駆使して奉仕するその心意気に私は感動してな。仮面も準備して――」

「とにかく違う! 何教えてんだドイツ軍!?」

 

 ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ一夏達。その後、ラウラの間違いを納得させるのに30分ほどかかるのだった。

 

 

 

 

 そして学園祭当日。

 一年一組の教室では生徒達のテンションが上がりきり異様な空気に包まれていた。そしてそれは一夏と静司も同じだ。

 

「一夏」

「ああ」

「生きててよかったと、俺は今、心底感動している」

「そ、そうか。しかし確かに……これはいいなあ」

 

 二人の目の前に広がる光景。それは接客対応の生徒達のメイド姿。開店前の準備でせわしなく動いているその姿に、男二人は何とも言えない感動を感じていた。何せメイド姿を見るのはこれが初めてなのだ。『当日のお楽しみ』という事で、今までは制服のまま練習していたのである。衣装合わせの時も二人は見せて貰えなかった。

 

「俺、今なら静司の気持ちが分かる気がする」

「そうか。それは良い事だ……きっと」

 

 うんうん、と頷く二人だがその二人も執事服を着ている。これが今日の正装なのだ。

 

「あ、静司」

「かわむーやっほー」

 

 そこにシャルロットと本音がやって来た。当然二人もメイド服姿だ。今回の学園祭、衣装は基本的にクラスごと生徒に任されているが、過激すぎるものは教師から注意が入る様になっていた。一組も同様で、当初はそれぞれに似合うタイプの服が用意されていたのだが、過激な物も多数ありダメ出しを喰らってしまったのだ。よって、一番露出が少ないロザージュメイドのスタイルだ。

 くるぶしまで伸びるゆったりとしたロングカート。白く映えるロングエプロン。可愛らしいカフスの丸ボタン。そしてカチューシャと可愛らしかつ、清潔感も感じさせる姿の二人がそこに居た。

 

「おお、二人とも可愛いな」

「ふふ、ありがとう一夏」

「おりむーありがと~」

 

 一夏が二人を褒め、二人も礼を言う。しかし静司は無言のままだ。それを不安に思ったのかシャルロットが静司に話しかける。

 

「ど、どうかな静司?」

「かわむーの感想ぷりーず~」

「……」

 

 しかし静司は無言。だがゆっくりと顔を手で押さえ何か口を動かしている。

 

「どうしたんだ静司?」

 

 一夏も不思議に思い静司に近づくと、何か呟いている事に気づく。

 

「いかん俺。鎮まれ俺。叫ぶな俺。クールにCoolになれ川村静司」

「……」

 

 一夏は静かに目を瞑る。そして少し考え、うん、と頷くと2人に向き直る。

 

「喜んでいるみたいだぞ」

 

 そうとしか言えなかった。

 

「そうなの?」

「ん~?」

 

 二人は首を捻るが当然だろう。当の静司はどっか別世界にトリップしている様なのだから。

 

「静司、とりあえず何か言おうぜ」

「あ、ああ。すまん。内なる俺が何かを叫んでいた様だ」

「何言ってんだ?」

 

 自分でも分からない。だが二人の姿に見とれ、暴走したのは事実だ。

 実際、良く似合っているのだ。シャルロットは若干恥ずかしそうに、頬を染めているがそれがどこか初々しさを醸し出し、心をくすぐる、それでいて物腰は柔らかいので仕事が出来る綺麗なメイドさん、といった印象だ。

 逆に本音は着慣れているのかリラックスした様子で、いつものほんわかとした笑顔を浮かべている。来ているメイド服も他の生徒達の物よりも明らかに裾が長くぶかぶかで、メイドとしてそれはどうなのかと思うが、それが自然体に見えるのが不思議だ。どこかマスコット的でもあり、可愛いメイドさんといった所か。

 そんなそれぞれの魅力を振りまく二人に静司は心の中で密かにガッツポーズを取りつつ、今この時に。そしてメイド喫茶を提案したラウラに感謝を捧げていた。

だが何時までも一人で暴走している訳にもいかない。だから静司はゆっくりと息を整える。

 

「凄い似合ってるよ、二人共。俺はこの学園に来て良かったと心底思った」

 

 とてもいい笑顔で、後半に本音を漏らしつつ褒めるのだった。

 

「う、嬉しいな。そうまで言ってくれるなんて」

「褒められた~」

 

 二人も満更では無いようで、嬉しそうにしている。

 

「本当はね~しゃるるんにはロスチャイルドメイドが似合ってたんだけど、織斑先生が駄目だって~」

「あれはちょっと僕も恥ずかしかったかな」

「何っ!?」

 

 因みにロスチャイルドは今の格好とは違い、袖やスカートが短いタイプである。つまり露出が高い。それを着ている二人の姿を思わず想像してしまい、静司は本気で悔しがっていた。

 

「それより静司と一夏も似合ってるよ、執事服」

「おりむーは正統派でかわむーはちょい悪系だね~」

「おう、サンキュ」

「ちょい悪……まあ、いいか」

 

 一夏は頬を書き、静司も苦笑する。

 

「かわむー写真とろとろ~」

「あ、僕も」

 

 ぱたぱたと手を振りつつ本音が携帯を取り出しシャルロットも続く。そして三人で一夏に撮って貰う。とれた写真を見て二人は喜び、他のクラスメイトもそれを覗き込んで笑っていた。

 

(いいもんだな)

 

 これは別にメイド云々だけでは無い。静司とて学園祭など始めてだ。だから漠然としたイメージしか持っていなかったが、本格的に始まる前にこんなにも楽しく感じる。それがとても心地よい。

 だが気を緩ませる訳にはいか無い。ある程度制限されているとは言え、今日は学園外から多くの人が訪れる日。チェックはされていると言っても、侵入者への警戒は必要だ。そしてそれが目の前の笑顔を護る事に繋がるのだから。

 

「かわむーどうしたの?」

「いや、なんでも無い。それより今日は楽しもう」

「もちのろんろん~」

 

 二人は笑い合い、そして自分達の役割に戻って行った。

 

 

 

 

「うーん、いいわね、この活気。バイタリティ溢れて楽しくなりそう」

「……」

 

 IS学園の入場口近く。二人の男女が並んで歩いている。女はウェーブのかかった長髪。胸元を開き、豊満な胸を強調するようなシャツとスーツ。整った顔立ちとその活力溢れる肌から20代と言われても通用するであろう容姿。K・アドヴァンス社社長、草薙由香里。

 そしてもう一人は白髪の混じり始めた金髪の壮年の男性。鋭いと言う程ではないが、どこか厳しさを感じる顔つき。見るからに高級なスーツを着こなし、無表情で並んで立っている。

 そんな様子を見て由香里はため息を付いた。

 

「そんな難しい顔しないでよ。折角のお祭りなんだからもうちょっと柔らかくね」

「性分だ。そう簡単には直らない」

 

 男は表情を変えぬまま学園を見上げる。その瞳はどこか眩しそうであり、そして少しの戸惑いが見られる。

 

「なら直しましょう。折角お休みとって来たんだから」

「取らせたの間違いだろう。以前から思っていたが君たちの会社は強引すぎないか」

「そういう風土なのよ」

 

 ふふふ、と笑いながら由香里は受付でもらったパンフレットを広げる。

 

「さーて、じゃあ早速行くとしましょうか。時は金なりってね」

「……本当に行くのだな」

「当たり前でしょう。今更引き返さないわよ。さ、行きましょうかデュノア社長?」

「……わかった」

 

 そうして二人は歩き出す。目的地は一年一組。静司とシャルロットのクラスである。

 

 

 

 

 そして――

 

 IS学園。資材搬入口。

 

「追加の食材?」

「ええ。えーと……二年六組の秋月さんからの依頼ですね。後は三年生のIS演武用の的の追加だとか。他にも色々と」

「そういえば練習で壊し過ぎたとか言ってたわね……。拝見しても?」

「勿論」

 

 警備兼、搬入担当の教師が送られてきたコンテナの中身を確認する。IS学園は正面の正門の他は海に囲まれているので、資材や食材の搬入はその正面道路かモノレール。もしくは船で行われる。当然、それを担当するのは厳しいチェックを受けた限られた業者だ。

 

「では拝見……って凄い匂いね……」

「はい。なんでも香辛料だとか」

「そういえば二年六組はオリジナルカレー作るとか言ってたわね……後が怖いわ」

 

 コンテナの中身は酷い匂いだった。然しチェックをしない訳には行かない。教師は警備様に配備されていたISを起動。ハイパーセンサーで全てのスキャンを開始する。

 

「……うん、問題ないわね。では搬入を開始してください」

「了解しました。しかし大変ですね。全てチェックしているんでしょう?」

「まあね。あなた達を信用していない訳じゃないけど一応規則だから」

「当然ですし気にしてないですよ。では始めます」

「よろしくね」

 

 そうしてコンテナの搬入が開始される。教師は既に次の荷物に意識が向いている。だからその業者が漏らした言葉に気が付かなかった。

 

「折角与えられた恩恵も使いこなせなければ意味が無いと言うのに……」

 

 そうして業者と、そしてコンテナの中に潜んでいた(・・・・・・・・・・・・)数人が動き出す。

 技術は常に進歩する。篠ノ之博士の創ったIS。そのハイパーセンサー関連の技術も同じだ。例えば簡易スキャンに捕らえられない様にする為の技術も。本格的に調べられたら直ぐにバレた事だろう。しかし学園祭の忙しさ。そして何時もと同じ業者からくる油断。そしてISに対する過信。そのせいであの教師は簡易スキャンだけで済ましてしまった。担当の者がもっと用心深ければ見つかっていた。つまり賭けだったが、まずは自分達は(・・・・)勝った。後は他の同胞の成功を祈るのみ。

 

 静司達EXIST。デュノア社社長。そして狂信者達。それぞれの思惑が渦巻く中、学園祭が始まる。

 




メイドの服装云々については頂いた感想を参考にしました。けど学園行事だから派手なのはまずいかな? と思ったのでまた別の機会でもしかしたら着てくれるかもしれません。というかその姿を個人的に見たい。

本気のハイパーセンサーから逃れる技術は今のところ束しか持ってません。ザル警備かなーとも思ったけど、そこはISを過信していたという事で。
そもそも原作でもオータムとエムはどうやって侵入したんだろうか。やっぱステルス?

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